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No.35117の一覧
[0] ヴァルキリーがホームステイに来たんだけど(魔術バトルもの)[天体観測](2013/03/21 05:10)
[1] 第一章 ヴァルキリー? がやって来た[天体観測](2013/01/05 23:44)
[45] 第二章 死刑宣告を受けたヴァルキリーの友達[天体観測](2013/01/17 16:50)
[46] 悩みは多くて問題も多い[天体観測](2013/01/09 07:11)
[47] 買い物のが終わったら……[天体観測](2013/01/17 16:57)
[48] 情報収集と魔術の特訓は計画的に[天体観測](2013/01/17 17:03)
[49] 戦う理由はシンプルに[天体観測](2013/01/14 16:21)
[50] チョロイ男[天体観測](2013/01/14 16:14)
[51] 第三章 帰ってきたヴァルキリー[天体観測](2013/01/18 08:48)
[52] あ、ありのまま……[天体観測](2013/01/18 17:47)
[53] テストへの意気込み[天体観測](2013/01/26 21:23)
[54] ヒルドの意外な一面[天体観測](2013/01/22 12:09)
[55] 目標に向けて[天体観測](2013/01/25 20:36)
[56] その頃ヒルドとクマは?[天体観測](2013/01/27 05:44)
[57] 《神器》の持ち主大集合?[天体観測](2013/01/28 06:04)
[58] ジャスティス、ジャスティス、ジャスティス![天体観測](2013/02/17 06:54)
[59] 設定がメチャクチャな中二病[天体観測](2013/02/20 17:43)
[60] 中二病の本名[天体観測](2013/02/26 06:44)
[61] そして、一週間[天体観測](2013/02/26 06:46)
[62] 本音をぶちまけろ[天体観測](2013/02/26 06:49)
[63] VS漆黒[天体観測](2013/02/26 17:06)
[64] 中二病というよりは……[天体観測](2013/02/28 06:34)
[65] 理不尽な現実[天体観測](2013/03/04 00:38)
[66] [天体観測](2013/03/08 05:26)
[67] 特別でいたい[天体観測](2013/03/12 16:57)
[68] テスト結果。そしておっぱいの行方[天体観測](2013/03/16 05:21)
[69] 世界観および用語集(ネタバレ少し有りに付き、回覧注意)[天体観測](2013/03/17 05:51)
[70] 第四章 夏休みの始まり[天体観測](2013/03/21 05:11)
[71] 補習が終わって[天体観測](2013/03/24 06:39)
[72] 危険なメイド[天体観測](2013/03/30 23:34)
[73] ご招待[天体観測](2013/04/04 01:32)
[74] わけのわからない行動[天体観測](2013/04/05 23:33)
[75] 戦女神様からのお言葉[天体観測](2013/04/13 06:27)
[76] 人の気持ち[天体観測](2013/04/26 00:21)
[77] 彼女の秘密[天体観測](2013/05/04 05:30)
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[35117] 買い物のが終わったら……
Name: 天体観測◆9889cf2d ID:dfaff5c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/17 16:57
 四之宮という町は、大きく分けて三つの区域に分けられている。
 まず一つ目は、高貴の住んでいる学生寮や、通っている四之宮高校。昔からやっている店や、一軒家などが集まっている区域。ここは主に住宅街と呼ばれており、四之宮の中で高貴が最も多く過ごす場所だ。バイト先のマイペースも住宅街に存在している。
 二つ目は港区。といっても四之宮では漁業はまったくやっておらず、ただ海があるだけである。夏になればその海で泳ぐ事も可能であり、よその町から泳ぎに来る人々も多い。
 三つ目は、ここ十年ほどで一気に発展を遂げた場所。企業のビルや大型デパート、そして高級マンションなどが存在する区域。こちらは主に都心と呼ばれており、住宅街の店よりも品揃えがよい店が多いため、若者は買い物に行くときは都心に行くものが多い。
 都心は元々あまり住宅街と変わらないところだったのだが、十数年ほど前、四之宮に大きな企業の本社が移ってきたことをきっかけにして、どんどんと開発が進んでいったらしい。まぁ、しかし高貴のような今の若者にはそんなことはたいして興味のあることでもなく、せいぜい「便利になったんだな」くらいに捕らえている。
 そして今日、高貴たちはその都心に買い物に来ているわけだ。昨日真澄に言われたとおり、エイルの服を買う為である。都心と住宅街の境目辺りにある、都心を走ってまわるバスのバス停。去年できたばかりの四之宮中央公園のすぐ近くにあるため、四之宮中央公園前と書かれた看板の下で高貴とエイルは真澄を待っていた。現在の時刻は13時50分。真澄との待ち合わせ時間まであと10分はある。
 公園では沢山の子供たちが遊んでいる。すべり台やジャングルジム、シーソーなどで活発そうな子供達や、ベンチにたむろして携帯ゲームで遊んでいる子供たちなど様々だ。しかし、どうしてわざわざ外に出てゲームをするのかが高貴にはわからなかった。家にでもいってやればいいのに、外でする理由が見当たらない。晴れ渡った青空の下でやるのは特に健康的にも思えず、むしろ日光で画面が見にくいのではないかとすら考えている。
 まぁ、結局はする人の自由だという考えで毎回落ち着くのだが。

「公園か……そういえばさっきの公園には、そこにはこんなに人がいなかったような気がするがどうしてなんだ?」

 エイルの言うさっきの公園とは、高貴がヒルドと始めてであった公園のことだ。今日はそこの公園の前のバス停から、ここのバス停までバスに乗って二人はここに来た。

「こっちのほうが立派だからだろ。今日は学校も休みだから人も多いだろうよ。まぁ向こうの公園はこの公園が出来てからいっつもあんな感じだけどな。俺が小学生くらいのときはこの公園がまだなかったから、あっちの公園で遊んでたりもしたけど」
「ふむ、なるほど。どんどん町は変わっていくということか。あの公園はいつか違う何かに変わっているかもしれないな……」

 しみじみとエイルがそういった。もしかしたらエイルの住んでいたヴァルハラでは、昔遊んでいた公園が取り壊しになったりしたのかもしれない。異世界の公園とはどういうものだろうか。魔術の力で、すべり台の途中で上に戻されたり、ジャングルジムに上ると一瞬でバラバラになったりとかするんだろうか?
 もしそうならあまり遊びたくはない。確実に怪我をしてしまうことが想像できる。

「それにしても悪かったなエイル。服の事ぜんぜん気がついてやれなくてさ。普通は一緒に暮らしてれば気がつくのに」
「構わないよ。昨日も言ったが、本来は制服と寝巻き、あとは下着さえあれば私は他の服などなくてもいいのだから。制服の替えは沢山あるし、洗濯も毎日しているからなんの不便もない」

 本当に何も気にしていなかったようだ。個人的には、もう少し洗濯物を干すときなどに気をつけてほしいというのが本音だが。

「それよりも高貴、なるべく夜遅くにはならないようにはするが、もしもベルセルクに襲われた場合は真澄の安全は私が守ろう。心配してくれなくていい」
「二人で、だろうが。夜に出るっていうルールはこっちの世界じゃ通じないかもしれないんだから、一応常に気を張ってるよ。あやしい魔力を感じたらすぐにエイルに知らせる」
「本来ならば《神器》を一刻も早く探さなければいけないのだが、都心の方面には来たことがなかったからな。《神器》の持ち主が私たちの魔力に気がついて襲ってきてくれればいいんだが……」
「いや、よくねーよ。とにかく、お前の服は確かに必要だし、真澄には感謝してるよ。……でもお前金持ってんのか?」
「ああ、昨日クマからちゃんと貰って……ん、バスが来たようだ」

 エイルの向いている方向に視線を向けると、住宅街のほうからバスが走って来ていた。バスは四之宮中央公園前でしっかりと止まり、中から何人もの人が降りてきており、その中には真澄の姿もあった。真澄は高貴とエイルを見つけると小走りで近づいてくる。

「ご、ゴメン……遅れちゃったかな?」
「いや、まだ7分の余裕がある。私達が早く着きすぎてしまっただけだよ」

 それはそうだろう。待ち合わせは午後2時だったにもかかわらず、このヴァルキリーは1時間前にはつくように家を出ようとしていたのだから。なんとか高貴の説得が通じて30分前に変更となったが、それを言ってしまうと真澄が気にするであろうから黙っておくことにした。しかし、真澄はなにやら不思議そうな顔をしている。

「えっと……私達って事は、二人は一緒に来たの?」
「ふむ、それは―――」
「エイルが一番に来てたんだよ! 俺は少し前についたばかりだ!」

 真澄は四之宮高校の女子寮に住んでいるため、本来ならば待ち合わせなどをせずに一緒に来てもよかったのだが、エイルの事もあったので、待ち合わせという形を取った。

「あ、そうだったんだ。どっちにしろわたしが言いだしっぺなのに一番遅かったみたいだね。それじゃいこっか」

 歩き出す真澄の隣にエイルが並び、その隣に高貴が並んで三人そろって歩き出した。どこで服を買うかなどはまだ聞いていないが、きっと真澄に任せておけば問題ないだろう。歩いている途中で、エイルがちらちらと真澄に視線を送っている。

「エイルさん、どうかした?」

 それに気がついた真澄がエイルに声をかけた。

「いや、服を買うといっても、私は服の事は詳しくないんだよ。だからどういうものを買えばいいのかと悩んでしまって、真澄の服を参考にしようかと思ったんだよ」

 真澄の今日の服装は、ピンクのシャツに白いパーカー。いや、真っ白ではなくこちらもどことなくピンクに見える色。それに赤のデニムスカートだ。以前ヒルドに奢ってもらったとき、彼女も似たような格好をしていた気がする。いや、彼女はショートパンツだったかもしれない。しかし色がまったく違う為か、与える印象はだ
いぶ違う。

「それなら心配しなくていいよ。今から行く店の店長さんに相談すれば、勝手にコーディネートしてくれると思うから。っていうかエイルさん美人だから着せ替え人形にされちゃうかも」
「そんなことはないと思うが……しかし私は着る事さえできれば何でも構わないし、その店長に選んでもらえるのは助かる」
「でもせっかくだから自分でも選んでみるといいと思うよ。とにかく行ってみよ、すぐに着くから」

 二人はそのまま雑談をしながら歩き始めたので、高貴もそれに続いた。真澄は自分とエイルが仲良くなったといっているが、こうして見ると真澄とエイルもたった一週間でかなり仲良くなっている。女の子同士のほうがやはり仲良くなりやすいのかもしれない。しかし、今日はまだ見せてはいないが、時々真澄の見せる不満そうな態度がどうしてなのか、高貴にはわからなかった。
 まぁ、きっと自分にはどうしようもない事だろうし、きっとそのうちなくなるだろう。そんなことを考えながら高貴は歩いていたが、何故か嫌な予感が頭から離れなかった。



「……あの、真澄さん。ここっすか?」
「そうだけど。さ、入ろうエイルさん」

 自動ドアが開き、三人そろって中に入る。若干一名の足取りが妙に重い。
 嫌な予感は見事に的中した。
 当たり前の事だが、弓塚真澄は女の子である。エイル・エルルーンもヴァルキリーだが女の子である。つまり、服を買うということは女物の服を買うということであり、男物の服を買う必要などまったくないということになる。ようするに、真澄のやってきた店は、女性の服しか売っていない店であった。
 つまり、男の客が極端に少ない。というよりも今はいない。ぶっちゃけ居心地が悪い。右を見ても左を見ても女物の服ばかり。下着売り場のほうへは意識して無理矢理視線をはずしつつ、二人の後ろを着いて行く。他の女性客がちらちらと高貴のほうを見ているが幸い真澄達と一緒なので問題はないだろう。
 真澄は服を見ようともせずに、真っ直ぐにレジのほうへと向かって行った。そこに立っていた女性が真澄の姿を見つけると手を振ってくる。というよりも高貴も見覚えのある人物だった。年齢は恐らく20代前半。ショートカットで大きめの瞳が活発そうな印象を与えてくる。

「こんにちは美月さん」
「こんにちは真澄ちゃん。それからそっちの男の子は高貴君だったっけ? そっちの女の子は……初めましてね」
「どうも」
「ふむ、こんにちは」

 高貴とエイルが軽く頭を下げる。近くで見た高貴ははっきりと確信した。この女性はマイペースに時々来る客で、詩織の友人だったはずだ。いつも詩織と真澄の三人で話しているため、高貴が会話に入る事はなかったがよく覚えている。

「高貴は知ってるでしょ、白峰美月さん。マイペースで顔見てるよね」
「へー、高貴君。今日は女の子二人も連れてデート? やるじゃない両手に花なんて」
「で、デートじゃないです! エイルさんの服を買いに来たんです!」

 真澄が顔を赤くして否定する。まぁ実際その通りだし、女性を片手で扱える自身など高貴にはサラサラない。

「エイルさんってそこの美人? うわ、おっぱいでけー。髪の毛キレーでしかもサラサラ。肌もツヤツヤ、さすが女子高生。何これマジでこの娘好きにしちゃっていいの!?」

 エイルの体をぺたぺたとさわりながら美月は目をキラキラさせている。というよりも、エイルは学生服を着てはいるものの、正確な年齢は高貴も知らないので、一概に女子高生とは言えない。

「おい、大丈夫なのかこの人?」
「うん、性格には問題はあるけど、実害はないから」
「い、いや……私としては、服を選んでもらえればいいのだが……」
「大丈夫、痛くしないから。天上のシミでも数えてればすぐに終わるわ。心配しなくてもあたしが新しい世界を開いてあげる。じゃあ真澄ちゃん、この娘かりてくから、真澄ちゃんもゆっくり見てってね」
「いや、天井にシミなど見あたらな……ちょ、高貴!」
「いいの選んでもらってこいよ~」

 美月がエイルを引きずって、店のどこかに消えていった。よってぽつんと二人が取り残される。

「つーかさ、真澄も一緒に選ばなくていいのか?」
「本当はわたしもエイルさんに付き合いたいけど、私が行ったら高貴は一人で残される事になるじゃない。だから仕方なくよ仕方なく」
「あー……それは助かる」

 この店で一人取り残されるなんて想像もしたくない。

「それに、どうせ今は金欠だし服は変えないよ。貧乏人は安い小物でも見てますよーだ」

 真澄が移動し始めたので、高貴も慌ててそれに着いて行った。真澄の向かった先には、本人が言った様に小物などが売ってあるところだった。ヘアピンやネックレス、ピアスなども並んでいる。当然ながらどれも女物で、男性用のものはない。黙っているのも暇なので、高貴は何か話題を振る事にした。

「そういえばさ、真澄はあの……白峰さん? あの人と仲良かったのか?」

 ヘアピンを見ていた真澄が顔を上げる。

「うん、詩織さんと一緒に話してるうちに仲良くなったんだ。その縁もあって、服はここで買ってるの。いろいろとアドバイスももらえるし」
「店長なんだっけ? 詩織さんと同じくらいの年で、都心に店構えるなんてスゲーんだな」

 ふと、小物の中にストラップが売っているのが目に入った。もしかするとスマホにつけられるものでもあるかもしれないと思い、高貴はそこを中心に見はじめる。

「なんでも家業を継ぐのが嫌で実家を飛び出したらしいよ。あ、と言っても実家は四之宮らしいけど」
「家業? ちなみに何なんだそれ」
「メイドだって」
「……は?」

 思わず真澄のほうを向いてしまう。真澄は高貴のほうを向くことなく、ヘアピンを手に取っている。

「だからメイドだって言ってた。お帰りなさいませご主人様とか言うあれ。それが嫌だから実家を飛び出したとかなんとか。あと犯罪者にはなりたくなかったとか言ってたような」
「いや、メイドって犯罪者じゃなくね?」

 というよりもメイドの家系なんて存在するのか。しかも四之宮に。てっきり外国とかじゃないとそういう家系はないと思ってた高貴にとってはなかなかに衝撃的だった。ストラップもなかなかほしいものはない。花びら……可愛いのはほしくない。三日月……綺麗だが絶対自分には似合わない。クマ……見たくもない。

「まぁメイド云々はよくわかんねーけど、やっぱ店持つのはスゲーよ。都心は物価も高いだろうし」
「確かにそうだよね。あ、メイドは妹さんが継いだから問題ないらしいよ」
「継いだのかよ」

 様々な小物を見ながら真澄と高貴は会話を続けていた。ほしいヘアピンがなかったのか、真澄もストラップのほうへとやってくる。

「ねぇ、なんか可愛いストラップない? ヘアピンはそもそもつけないからいらないし」
「じゃあなんで見てたんだよ……可愛いのなんて沢山あるけどな」
「ここのストラップって、美月さんの手作りなのもあるんだって。ビーズとかを組み合わせたとかなんとか……あ」

 ふと、真澄が一つのストラップを手に取った。先ほど高貴が手に取っていた、三日月の形をしたの携帯ストラップだ。銀色の三日月は、シンプルなデザインながらも目を引く存在感がある。まぁ、男には似合いそうになかったので、高貴は買おうなどとは思わなかったが。

「それ、気に入ったのか?」
「うん……そう……かも。でも値段が……」

 高貴がそのストラップの値札を確認する。そこに書かれていた金額は……

「……これ380円だけど。お前どんだけ金欠なんだよ?」
「し、仕方ないじゃん。この前新しい服買ったばっかなんだから。今日はエイルさんの服だけ買って、あとは高貴に何か奢ってもらおうと思ってた」
「おい! どんだけずうずうしいんだよ!」
「じょ、冗談だってば。ほら、そろそろエイルさんと美月さんでも探しに行こうよ」

 そう言いつつもやはり真澄は残念そうな表情だ。仕方がない、エイルの服のことを気づいてくれたお礼は確かに必要か。高貴は無言でストラップを真澄からひったくった。

「あ、なにすんのよ!」
「ほしいんだろ、買ってやるよ」
「え?」

 キョトンとしている真澄を置いて、高貴はレジへと向かっていく。慌てて真澄も高貴を追いかけた。

「ちょ、ちょっと待って! わたしそんなつもりで言ったんじゃないってば!」
「遠慮しなくていいよ。ものほしそうにしてたじゃねーか。それに380円くらいなら俺の財布にはあまり響かない」

 先ほどちらりとみた服の値段に比べれば何と言う事はない。レジにいる店員の前に、三日月のストラップをポンと置く。

「380円になります」

 自分の財布を取り出して、400百円を店員に渡した。20円のお釣りとストラップを受け取って真澄のところに戻る。

「ほら」

 ストラップを真澄に差し出すと、真澄は戸惑ったように両手でそれを受け取る。

「……あ、ありがと。……せ、せっかくだから今付けちゃおっかな」

 真澄がスマホを取り出した。今は何もストラップをつけていないらしい。それに手早くストラップを付けていく。銀の三日月は、店内の光を反射してキラキラと光っていた。

「真澄ちゃん、高貴くん。ちょっときてもらえる?」

 いつの間にか背後に美月が立っていた。その視線が真澄の持っているスマホに向かう。

「あ、それ真澄ちゃんが買ってくれたんだ。お買い上げどーも。それあたしの手作りだから、もし壊れたら無料で修理するから」
「へー、これも手作りだったんですか。それで、どうかしたんですか?」
「あ、うん。エイルちゃんの改造が終わったから呼びにきたの。ほら、ついてきて」

 今この人なんのためらいも躊躇もなく改造って言った。本当にエイルは大丈夫なんだろうか?
 不安に思いながらも高貴と真澄は美月についていった。少し離れた所の試着室の前に着くと、中から声が聞こえてくる。

「美月さん。ここは狭いから早く外に出たいのだが」
「エイルちゃんダメ、今からお披露目なんだから。じゃあ二人とも用意はいい?」
「オッケーです」
「大丈夫っす」

 服が決まったならさっさと終わらせて帰りたい。それかクマに《神器》の反応があったかどうか聞くなりしないといけない。

「じゃあ、お披露目~~!」

 美月が試着室のカーテンに手をかけた。しゃらりと音が響きカーテンが開かれる。そして、高貴はそこに立っていた少女に完全に目を奪われた。
 エイルは白いブラウスを羽織り、中には黒のキャミソールを着ており、下は学生服のスカートから、薄い水色のスカートに変えていた。ブラウスは七部程度の長さで、そこから覗く肌と合わさって、全体的に調和がよく取れている。

「どうよどうよどうよ? キャミだから首元が出てていい感じでしょ? エイルちゃんは肌が綺麗だからそれを生かさなくちゃ。下はデニムパンツにしようかと思ったけど、せっかくだから真澄ちゃんと同じスカートにしてみたわ。それにしてもさっすがあたし!」
「いや……これは……恥ずかしくないか?」
「そんなことないよエイルさん! 絶対に制服よりもこっちのほうがいいよ!」

 真澄も目を輝かせている。しかし高貴はいまだに呆然としていた。今までエイルの私服というものは見た事がなかったが、学生服や鎧とは本当に印象が違う。これではどこからどう見ても普通の女の子にしか見えない。いや、普通以上に美人な女の子だ。

「ほら、高貴も何かいってあげなよ」
「……え?」

 真澄に声をかけられて、ようやく高貴は正気に戻った。だが、何を言っていいのかがまったくわからない。エイルは高貴の感想を待っているらしく、髪を弄りながら落ち着かない表情をしている。

「その……に、似合ってるよ」

 早く何かを言わなくては、という一心からか、口から出てきたのはそんな使い古された言葉だったが、その言葉にエイルは満足したように笑顔になった。しかし、真澄と美月には不評だったようで、なにやらぐちぐちと言われている。

「エイルさん、それ買うならそのまま着てったらどうかな?」
「あ、それでもいいよ。制服入れる袋はもちろん用意したげるから」
「ふむ、ではそうしよう。では支払いを―――」

 そう言うと、エイルは突然キャミソールの胸元を軽く下に引いた。大きく開いている襟元がさらに開き白い肌が露出する。そしてあろう事かエイルは、なんのためらいもなく自分の胸元に手を突っ込んだ。突然の行動に、高貴も、真澄も、美月も唖然とした表情になる。彼女が胸元から取り出したのは、一枚のカードだった。おそらくはクレジットカードの類だろう。

「高貴、このカードは使えるだろうか?」

 エイルが高貴にカードを手渡してくる。うまく働かない頭でそれを受け取る。心なしか妙に暖かい。

「つーかなにやってんだよテメーは!?」
「何って、カードを取り出したんだよ。カードというものはこうしておっぱいの谷間に挟むのが常識だとクマが言っていた」

 あのバカグマ! 心の中で高貴がそう叫ぶと、クマが薄ら笑いを浮かべている光景も同時に浮かび上がってきた。そして問題はもう一つある。これはおそらくクレジットカードだろう。しかし、そのカードはなんと黒い色をしていたのだ。ようするにブラックカード。限度額が無制限のカードを、エイルはポンと取り出したのだ。

「エ、エ、エイルさん? このカードってどうしたの?」
「ああ、クマにもらったんだ。これしかないから自由に使えとな」
「ブラックカードを人にあげちゃうような人なのその人!?」

 正確にはクマのぬいぐるみだ。と言うよりもあのクマ、資金不足だなんて完全に嘘だったらしい。

「ちょっとかして高貴君。……うわ、本物は初めて見た。こんなの持ってるならもっと沢山買っちゃえば? なんならまたあたしが見繕うけど」
「いや、私はそんな……」
「エイルさん、せっかくだからもっと買おうよ。ほら、こっちの服とかも似合うんじゃない?」
「いや、だから……こ、高貴!」
「思う存分買って来いよ~」

 違う服売り場へ二人に引きずられていくエイルを、高貴は片手を振りながら見送った。そして気がつく。真澄もいなくなった為、完全に一人になってしまった事に。居心地が悪くなった高貴は、真澄に時間を潰してるとメールを送り、早足で店を後にした。



 辺りはもうすっかりと暗くなってしまっている。女の子の買い物は例外なく時間が掛かるという事実、それを高貴は嫌というほど思い知った。真澄と美月がエイルを引きずって行ってから、高貴に買い物が終わったというメールがきたのは4時間以上。その間エイルはひたすら着せ替え人形にされていたらしい。それにもかかわらず買った服はたったの3着。たったそれだけの服を買うのに、どうして4時間以上もかかってしまったのかは、男にとっては永久に理解できないだろう。
 最初は都心に《神器》の使い手がいないかといろいろと歩いていた高貴だが、いなかったのか、または魔力を隠しているのか、何も見つける事は出来なかった。歩き疲れて店に戻るも、まだ買い物は終わっておらず、幸い近くに大型の古本屋があったため、高貴はそこで立ち読みをして時間を潰していた。ようやく店から出てきたかと思えば、満足げな表情の真澄と、疲れてぐったりとしているエイルの姿。
 その時に時刻がだいたい6時40分。遅い時間だったため、高貴と真澄は帰りにもバスを使うことにした。都心ほど頻繁ではないが、住宅街にもバスは通っており、バスが来る調度いい時間だったからだ。しかし、エイルは一緒に乗るわけには行かないので、バス停でいったん別れてきたが。次のバスが来るのは1時間後の最後のバスだが、大人しく待っている事を祈るばかりだ。

「ん~~、今日は楽しかった。やっぱりエイルさんの服買いに行って正解だったよ」
「つーか時間かけすぎ。、エイルはスゲー大変だったって言ってたし」

 隣に座る真澄が満足そうに伸びをする。今日はエイルの服しか買っておらず、真澄は見ていただけだったらしいが、本当に満足そうな表情だ。本来ならば、服を買った後に遊びに行く予定だったらしいが、予想以上に時間がかかってしまったことで無しになったが特に残念そうではない。
 会話がとぎれる。二人はなにを話すでもなく、ただバスの揺れに身をゆだねていた。しかし、高貴にとってそれは苦ではない。
 隣に座っているのがエイルならば、無言のままだと多少は気まずくなるだろうが、高貴にとって真澄は幼馴染の為、会話がなくても居心地が悪くなったりはしない。もっとも、エイルがずっと黙っているなど寝ているときぐらいしかないだろうが。
 今日はずっと立っていたためか、高貴自身も思っていたよりも疲れていたため、気を抜いてしまえば眠ってしまいそうだ。それは真澄も同じのようで、心なしか目がウトウトしている。
「次は四之宮公園前。四之宮公園前。お降りの方はボタンを押してください」

 バスの中にアナウンスが鳴り響く。それを聞いた高貴の頭がすぐさま覚醒した。都心のバスとは違い、住宅街方面のバスは人が少ない為、止めてほしいときにボタンを押すタイプのバスになっている。実際今バスに乗っているのは、高貴と真澄以外に数人しかいない。いずれは住宅街にバスが来なくなるかもしれないなんて噂も町には流れている。

「おい、降りるぞ真澄。寝るなら寮に帰ってから寝ろよ」
「わかってるよ。そこまで子供じゃないもん」

 高貴がボタンを押すよりも早く真澄がボタンを押した。バスの速度がゆっくりと下がっていき、四之宮公園の前でゆっくりと停止した。バスの扉が開く、このバス停で降りるのは高貴と真澄の二人だけのようだ。出口に向かって歩いて、料金を支払い、出口の階段を高貴は下りた。
 明日はもう一度都心に行ってみるのもいいかもしれない。とにかく《神器》を探そう。それとクマの《神器》を探すプランとか言うのにも期待しておこう。そんなことを考えながらバスを降りた。
 降りた瞬間に、背筋に寒気が走った。
 バスに乗っているときは気がつかなかったが、地面に足をつけてみると、辺りにドス黒い魔力が漂っている事が瞬時に理解できる。それは以前にも一度出会ったことがある存在。その時は何も感じることができなかったが、《神器》の持ち主となった今ならばはっきりと感じ取れる周囲の違和感。ベルセルクの気配が周囲に満ちている。
 まずい。よりにもよって最悪のタイミングだ。今は真澄が一緒にいるし、何よりもエイルがそばにいない。あげくにクマが他の世界に行っている為、真澄に魔術を見られても記憶を消してやる事ができない。悪条件があまりにも重なりすぎている。

「高貴、なにしてるの? 早く降りてよ」
「……あ、ああ。悪い」

 片足を地面につけたまま少し固まってしまっていたらしい。真澄の声で我に返った高貴は、すぐさまバスを降りた。それに続いて真澄もバスを降りると、ドアがゆっくりと閉まっていく。バスは数秒止まったままだったが、低いエンジン音を鳴らして走り去っていった。残ったのは高貴と真澄のみ、頭上に立てられている街頭が二人を照らしている。

「さ、あと少し歩こう。てゆーかどうせなら寮の前にもバス停あればいいのにね」

 まったく持ってその通りだ。そうすれば真澄を安全に寮に送り届ける事ができたのに。
 どうする? もう時間がない。嫌な感じはどんどん強くなってきている。エイルやクマの話ではベルセルクは一般人を相手にしない。つまりは真澄には危害を加えないのかもしれないが、そのルールがこの世界でも完全に通用するのかはまだわからない。というよりも、今真澄を一人にして万が一ベルセルクにでも襲われたら、自分を許す事が出来そうにない。しかし今自分の側に真澄を置けば、戦いに巻き込まれるかもしれない。

「高貴、ボーっとしてないで早く帰―――」

 帰ろう、というその言葉が途中で途切れた。真澄は何かを見つけたように首をかしげている。まさかと思い、真澄の視線の先を高貴は追いかける。すっかり暗くなった夜にもかかわらず、はっきりと見える黒。屋上で初めて見たときと同じように、地面に黒い影が一つ出来ていた。]

「なんだろあれ? 水溜りにしては黒すぎるし」

 疑問に思った真澄が黒い影に近づこうと一歩踏み出す。その瞬間―――高貴の体が動いた。

「近づくな!」

 真澄の右手を取り無理矢理自分の下へと引き寄せる。勢いがつきすぎて真澄が思わず尻餅をついた。突然の高貴の行動に真澄は当然のごとく彼に文句を言おうとした。言おうとした筈だったがそれはできなかった。自分の近づこうとしていた黒い影の中から、見た事もない何かが現れたからだ。

「……え?」

 突如現れた黒い存在それにより、真澄の思考は完全に停止した。彼女にはいったい何が起きているのかがわからない。なぜ地面から見た事もないようなものが現れたのか? 地面のどこに潜んでいたのか? そして何よりもこれはなんなのか? それが何一つとして真澄には理解できない。
 ただ一つだけ理解できるとしたら―――

「ガアアアアアアアッ!!」

 圧倒的な恐怖のみだ。黒い存在―――ベルセルクが空に向かってほえる。大気の震えが真澄に更なる恐怖を浴びせかけた。

「真澄、走るぞ!」

 真澄の止まっていた思考が、高貴の声によって回復した。高貴が真澄の手を握って公園に向かって走り出すと、自分が意識しだすよりも早く脳が体に走れと命令を下す。
 走りながら高貴は必死に思考をめぐらせていた。先ほどのバス停の周りには人がいなかった為、おそらくベルセルクの出現を見られてはいない。この公園に住んでいたホームレスは、都心の公園や路地裏に引っ越したと前に俊樹が言っていた為、大勢の人に見られる心配はない。一人か二人はいるかもしれないが、それはもうどうしようもない。さっさと逃げるように促すか、とっとと逃げてもらうしかないだろう。

「こ、高貴! さ、さっきのって……な、なに!?」

 会話ができる程度には自分を取り戻したのか、真澄が大きな声で叫ぶ

「ベルセルクだよ!」
「べ、べる……え!? てゆーか高貴あれの事知ってるの!?」

 しまった。聞かれたから思わず答えてしまった。俺も余裕がないみたいだ。
 しかし、どうせベルセルクを見られて、クマがいない今は気にしてもしょうがない。やはり真澄は一人で逃がしたほうがいいだろう。高貴は公園の中心の地点で立ち止まった。公園には幸い人がまったくいなかった。子供が遊ぶにしても、もう家に帰ってしまったのだろう。公園の中にある数少ない街頭が辺りを照らしている。その真下にあるベンチには当然のごとく誰も座っておらず、やはり誰もいない公園だ。
 だが、招かれざる客は必ず来る。それも人外の存在が。

「こ、高貴! そのべるなんとかって何なの!?」

 肩で息をしながら真澄が再び高貴に尋ねてきた。こうなればもう隠しても意味がない。そう腹をくくって高貴は口を開いた。

「ただの化け物だよ。簡単に言うと俺を狙ってるんだ。だけど真澄には手を出さないから安心していい」
「……は? ば、化け物? それで高貴を狙ってるって……ちょ、ちょっと待って。これってもしかして夢? わたしバスの中で寝ちゃったの? だってこんなの……ありえないでしょ」

 まったく持って同感だ。高貴もつい最近までそう思っていた。しかしこれは正真正銘の現実。いや―――

「確かに……今ここは間違いなく非現実だよ」

 非現実が―――現実となる。
 高貴と真澄を取り囲むようにいくつもの黒い影が地面に出現し、そこからベルセルクが何体も出現し始めた。真澄が小さな悲鳴を漏らす。その体はカタカタと震えていた。

「真澄、お前は逃げろ」
「……え?」
「あいつらが狙ってるのは俺だけなんだよ。だから真澄に手を出す事はない。俺があいつらをひきつけるから、真澄は―――」
「嫌!!」

 高貴の言葉が、真澄の叫びに遮られた。

「まだ最後まで言ってな―――」
「に、逃げられるわけないでしょ! 高貴を置いて逃げるなんてできない! そんなの当たり前じゃない!」
「…………」

 まったく、こいつもとんだバカだ。俺だったら、こんな状況じゃ確実に逃げているだろうに。

―――それはないだろうな。貴様もお人よしだ。

 なにやら変な声が頭の中に響いてきたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。真澄は考えを変えるつもりはきっとない。だったら話は簡単だ。自分がこの状況をなんとかすればいい。

「わかったよ真澄。じゃあ一つだけ約束してくれ。これから俺がすることは絶対に秘密な」
「え? な、何する気?」
「たいした事じゃない。ちょっと銃刀法違反をするだけだ」

 高貴がゆっくりと右手を前に伸ばす。
 意識を右手に集中させる。エイルとの契約によりエインフェリアとなって魔力の扱い方をものにした高貴は、スイッチによって魔力のオンとオフを切り替えることが出来る。それにはボタンや動作などは必要ない。ただ意識するだけでそれは簡単に切り替わる。そしてもう一つのスイッチ。そのスイッチを入れることによって、彼は完全に戦える状態になる。魔力の行使に加えて、常人以上の力を手にする事が可能となる。
 そのスイッチにもボタンはない。
 必要なのは音声。
 鍵となるのは言葉。
 その象徴は白き光。
 今、自分の成すべきことをなすために、月館高貴はその名を叫んだ。

「出て来い、クラウ・ソラス!!」

 白い光が集う。果てしなく、穢れのない白が高貴の右手に集っていく。夜が昼にでもなったかのような光、直視できずに思わず目を閉じてしまいそうなその光が―――弾ける。
 光が消え、高貴の右手には《光剣クラウ・ソラス》がしっかりと握られていた。手にするのはこれで二回目。約一週間ぶりに取り出したそれは、今度は最初から刀身が外れていた。初見でこれを剣だと思える人物はそうはいないだろう。しかし、そんなことは真澄には関係ない。高貴が、いきなり何かをして何かを取り出したという事実だけで、言葉を失う理由としては十分すぎる。

「真澄、俺から離れてろ。そうだな……あの街頭の下にでも走ってくれ。俺は今からこいつらを倒す」
「で、でも……てゆーかそれ……」
「説明してる時間がねーんだ! 走れ!!」
「う、うん!!」

 真澄が地面を蹴った。ベルセルクは高貴と真澄をほぼ囲んでいるが、街頭の方向だけはベルセルクがいない。加えて明かりもあればベンチも置かれているので、進行方向の目標としては最善だ。その真澄の動きによりベルセルク達の視線が真澄に奪われる。しかしその時間はほんの一瞬、本当に一瞬だけだった。クラウ・ソラスの光刃を展開した高貴に全てのベルセルクの視線は奪われたからだ。
 完全な姿を現した《神器》を理解したのか、いや、おそらくはただの本能か。ベルセルク達が高貴に向かって襲い掛かってきた。真澄にはもう目もくれておらず、目標は完全に高貴一人に絞られている。

「オオオオオオッ!!」

 ベルセルクが吼える。恐怖はもちろんある。そもそもエイルがいない状況で戦う事など初めてのことだからだ。エイルは今ここにはいないために助けは期待できない。頼れるのは自分自身とクラウ・ソラスのみ、やるべき事は真澄の安全の確保……はおそらく問題はないため、ベルセルクの撃破。
 理由は簡単。こいつらを倒さないと真澄が怯えたままだからだ!
 高貴が一体のベルセルクとの距離を詰める。スピードは明らかにこちらが上だ。ベルセルクが間合いを詰めてくるスピードよりも高貴が間合いを詰める速さのほうが上だ。しかし、攻撃に移ったのはベルセルクのほうが速かった。振り上げられる黒の豪腕が、高貴に襲い掛かってくる。
 防御しろと本能が叫ぶ。クラウ・ソラスの刀身でその腕を受け止める。ずしりとした衝撃が高貴の全身に襲い掛かってきた。だが防御した。失敗があったとすれば、剣の側面の部分で受けてしまった事だろう。刃の部分をぶつければ、もしかしたら腕を破壊できたかもしれない。
 反撃―――するよりも早くベルセルクが次の攻撃を繰り出してきた。狂ったように両腕を連続で振り回し、その鋭い爪先が高貴に襲い掛かってくる。それは高貴に反撃の隙をあたえようとすまいとしているのか、もしくはただただ狂っているのか凄まじい攻撃だ。
 だが、高貴には全て見えていた。
 以下に自分よりも大きな巨体だろうと、当たらなければ意味がない。ベルセルクのがむしゃらな攻撃など、《神器》を持ったヒルドの攻撃に比べれば、ただ赤子が暴れているかのようなものだ。
 パターンもわかってきている。というよりもただ腕を交互に振り回しているだけだ。今の自分ならば―――反撃が出来る。
 ベルセルクが右腕を振り上げた瞬間、高貴がすばやく左に動いた。ベルセルクの右腕が高貴のすれすれに空を切り、右頬に風圧を感じながらも高貴は前に出る。

「こ……のぉっ!!」

 右腕に持っていたクラウ・ソラスで、ベルセルクの右足を根元から叩き斬った。腕に強い衝撃が来たが、以前校舎を斬ったときよりは弱い。片足を失ったベルセルクがバランスを崩す。
 まだだ! もう一撃―――はいる!
 ベルセルクが体勢を整える前に、右の斬り上げで一閃。腹部から左肩まで真っ二つにされたベルセルクが、断末魔をあげて消滅した。
 倒せた。自分一人でもベルセルクを倒す事ができた。その事実に高貴は―――

「グオオオオオッ!!」

 反射的に背後を斬りつけた。その行動は正しかったようで、背後にいたベルセルクの左腕がクラウ・ソラスにより吹き飛ばされる。
 安心する暇などまったくない。敵はまだまだ存在するのだから。今の背後からに攻撃も防いだというよりはただ単に運がよかっただけだ。次に背後から攻撃されたら防ぐ自身などまったくない。
 高貴は周りを見回した。一体のベルセルクを倒している隙に、自分が完全に囲まれている事に気がつく。一体に集中しすぎていて、完全に周りが見えなくなっていた証拠だ。ひとまず以前エイルがやったように、どれか一体を倒して離脱―――できない。

「オオオオオッ!!」

 ベルセルクたちは、常に最低二体で向かってくる。一体の攻撃をかわして反撃しようとしても、すぐに別の一体が攻撃してくる。しかも他のベルセルクも迫ってくるので、どこから防いで良いのかわからない。
 前か? 後ろか?右か左か? 方向感覚がおかしくなり、前ってどっちだったかなどとも考えてしまう。それは無理がない事だ。高貴の実戦経験はヒルドとの戦いの一度のみ。これは二度目の実戦であり、しかも一対多の戦闘は完全に初めての経験だ。一対一ならば問題なく勝てる相手でも、質よりも量でこられれば素人の高貴には十二分な脅威となりえる。
 この状況を打開するにはどうすればいい? ベルセルクを一気に倒すにはどうすればいい?
 方法自体は存在する。以前の戦いでヒルドに使った技の一つである光刃円舞ライト・サークルだ。自分の周囲を三百六十度完全に攻撃でき、間合いにしてみてしても威力にしてみてもベルセルクを一気に倒すには申し分ない。
 だが、あれは使えない。そもそもあれは危険すぎる。この場で使ったら公園の遊具の大半が真っ二つになってしまうだろうし、それを直してくれるクマも今はいない。
 何よりもへたをすれば真澄が死ぬ。絶対に使えない。

「オオオオオッ!!」

 右からベルセルクが突っ込んでくる。高貴は攻撃に備えて―――おかしなことに気がついた。ベルセルクが攻撃の間合いに入っても腕を振り上げない。勢いに乗ったまま―――

「やばい!!」

 気がついた時にはもう遅かった。ベルセルクは腕を交差させて、体ごと高貴に突っ込んでいった。今までは腕を振り回すしかしていなかった為、今度もそうだと思っていた高貴はそれを防ぐ事が出来ずまともに右肩に衝突、大きく跳ね飛ばされた。
 視界が反転し、数メートルほど吹き飛ばされて背中からまともに地面に叩きつけられた。それどころかクラウ・ソラスを手放してしまった。1メートルほど前に光の刀身が消えたクラウ・ソラスが転がっている。激痛と吐き気が襲ってくる中、高貴はすぐさま体勢を立て直た。
 しかし―――遅い。
 すでに眼前には他のベルセルクが迫っていた。それは先ほど高貴が腕を吹き飛ばした隻腕のベルセルク。その恨みを晴らすかのごとく高貴に右腕を振り上げる。

「高貴ーーーっ!!」

 真澄の叫びが聞こえた。これはまずい。防御が間に合わない。というよりも手段がない。回避も間に合わない。
 その圧倒的に絶望的な状況で、勝利を確信したかのようにベルセルクはその右腕を―――

「《ソーン》―――!」

 絶望が満ちる公園に、凛とした声が響き渡る。
 暗闇を斬り裂くように、一筋の雷が走る。
 その雷は、今まさに高貴にとどめを刺そうとしていたベルセルクに直撃した。ベルセルクを破壊するまでにはいかなかったが、そのあまりにも突然の出来事に動きが止まる。高貴も、真澄も、他のベルセルクたちも、まるで時間をとめる魔法でも使われたように完全に動きが止まってしまった。
 実際に止まっていた時間はほんの二秒ほど、その止まった時間の中で一番速く高貴が動いた。手元から離れていたクラウ・ソラスを拾い、一瞬で光刃を展開させる。同時にベルセルクの時間も動いた。しかし、高貴の方が速い。
 ベルセルクの腕が振り下ろされるよりも速く、高貴がベルセルクの腹部を突き刺した。ピタリと再び動きを止めて、力尽きたようにベルセルクが黒い煙のように消滅する。
 高貴はその消滅した向こう側、声の聞こえてきた方向に視線を向けた。そこには長い銀髪の少女が、今の高貴にとって世界でもっとも頼りになる少女が買い物の紙袋を左手に持って立っていた。

「やれやれ、よりにもよって私がいないときに君の所にベルセルクが現れるとはな。まぁ間に合ってよかったよ」

 銀髪の少女―――エイルがほっとしたような声を出した。

「エ、エイルさん? 何でここに―――」
「高貴! 真澄のところに行け!」

 高貴に向かってエイルが指示を出す。その指示に反射的に従った高貴は、ベルセルクたちを振り切って真澄の下へと走った。エイルも同じように真澄も元へと向かい、街灯のそばに三人が集まる。

「助かったエイル、でもお前何でここにいるんだよ?」

 高貴がベルセルクのほうを向いているエイルに言葉をかける

「そういうのはあとだ。まずはベルセルクを片付ける。まだ戦えるか?」
「よゆーだ」
「ま、まって二人とも! いったいどうなっているのか説明してよ! さっきからわけがわかんない!」

 真澄はいまだに状況が理解出来ていない。当然だ。普通の人間がこんな滅茶苦茶な状況が理解できるはずがないのだから。

「すまない真澄、もう少しだけ我慢してくれ。ベルセルクを全て倒したら、君にも全てを反す事を約束しよう」
「た、倒すって……あの変なのを!? 危ないよエイルさん、だ、だって……あんな怖そうなの―――」
「オオオオオオッ!!」
「きゃああああああっ!!」

 ベルセルクの咆哮が夜に響いた。真澄が思わず高貴にしがみついて悲鳴を漏らす。その目には涙も浮かんでいた。そんな真澄を励ますように、恐怖を少しでもなくすように、エイルは真澄のほうに向き直る。

「大丈夫だ。何にも心配する事はない」
「そうだよ真澄、俺達がなんとかするから」
「で、でも……あんなの……」

 エイルが真澄に笑いかける。そしてやはりその少女は、いや、ヴァルキリーは凛とした声を響かせた。

「心配するな。私はヴァルキリーだ」



 私はヴァルキリーだ。
 銀髪のヴァルキリーは真澄に対して初めてその言葉を口にした。今まで散々言いかけて言えなかったその一言を言えたためか、心なしかエイルの表情は満足そうなものとなっている。

「おい、それよりもどうするんだよ。二人で戦うか、それとも片方は真澄を守ったほうがいいのか?」
「そうだな……真澄のそばに一人いたほうがいいかもしれないな」

 高貴にしがみついたままいまだに涙目で震えている真澄を見ながらエイルが言った。真澄が襲われる可能性が限りなく低いとしても、今の真澄には誰かがそばにいたほうが言いと判断したのだろう。

「ふむ、ならば私がベルセルクを―――」
「いや、俺があいつらを片付けるよ。エイルは援護を頼む。エイルだったらさっきみたいに離れた所からでも魔術で攻撃できるだろうし、それが適任だろ。それに真澄を守るにしてもエイルのほうがどうすればいいのかわかってるだろうし」
「しかし君、さっき……いや、わかった。君に任せて私はサポートに回ろう。真澄。私の後ろに来るといい」
「う、うん……」

 真澄が高貴から離れてエイルの後ろに移動する。その真澄をかばうようにエイルは立つ。そして持っていた紙袋を「すまないが持っていてくれ」と真澄に手渡した。

「よし、ではいこうか―――来い、契約の武装!」

 エイルの体が光に包まれる。一瞬で青い鎧を身にまとい、凛々しきヴァルキリーがその姿を現す。
 同時に高貴が走る。ベルセルクの群れに向かって疾走した。ベルセルク達は標的を高貴に定めたのか、高貴に向かって襲い掛かっていくが、スピードを緩めずに高貴は一気に突っ込む。
 もう難しく考えるのはやめにしよう。何も思いつかないし、思いついてもきっと出来るわけがない。思いついた事は至極簡単な事。作戦と呼ぶにはあまりにも幼稚なたった二つの事だけだ。
 作戦その一。まずは―――思いっきり突っ込む!
 後先を考えずにとにかく突っ込む。危なくなったらきっとエイルが援護してくれるだろうという確信もあってか、勢いは先ほど以上だ。クラウ・ソラスを振り上げ、そのまま一体のベルセルクに斬りつけた。

「オオオオオオッ!!」

 ベルセルクも左拳を振り上げ、あろう事かクラウ・ソラスを拳で受け止めてしまった。

「げっ!?」

 これは高貴にとっては予想外だ。高貴の予定では腕ごとベルセルクを真っ二つにする予定だったにもかかわらず、ギリギリと二つの力が拮抗して動きが止まってしまっている。これでは作戦その二に移ることができない。それどころかベルセルクの巨体に押しつぶされてしまいそうになってしまっている。
 さらに追い討ちをかけるかのごとく、高貴の右側から別のベルセルクも迫ってくる。動きを止められてしまっている高貴には回避も防御も出来るはずがない。真澄のそばにいるエイルがすかさずルーンを刻もうと腕を動かす。しかし、それよりも速く状況は一変した。

「こ……の……野郎っ!」

 止められてしまったのならば、もっと強い力で打ち破ればいい。その単純な答えならば高貴は知っているし、実行する手段もある。クラウ・ソラスに魔力を一気に流し込む。光の刀身が勢いと輝きを増していき、ベルセルクの拳に小さな亀裂が走った。
 光の刀身が拳に食い込む。拳から手首へ。手首から腕へ。腕から肩へ。そして―――左肩からクラウ・ソラスを斬り下ろし、肩口からベルセルクを真っ二つに斬り裂いた。
 黒い煙となって消滅するベルセルク。そして右から向かってくるベルセルク。それ以外のベルセルク。まだ敵が沢山いる状況で高貴は―――

「よし、一時撤退!」

 逃げた。
 襲い掛かってくるベルセルクなどには目もくれず、思いっきり背中を見せてひたすらに距離をとる。
 作戦その二。とにかく逃げる。
 囲まれて一度に複数の相手をするからいけないのであって、一対一ならば自分でも問題なく倒せる。その事実に気がついた高貴は、ヒット&アウェイの要領でベルセルクたちから離れた。それにしても見事な逃げっぷりだ。
 いったん距離をとった高貴は、なるべく孤立しているベルセルク目掛けて再び一気に走る。そのベルセルクを一刀の元に斬り捨てると再び距離をとった。これで残っているベルセルクは四体。この方法をあと数回繰り返せばこの戦いは終わる。そう考えて再び距離を詰めようとした。
 詰めようとしたが、一歩踏み出しただけでその足が止まる。前方のベルセルク二体が、高貴に向かって両腕を伸ばしたまま止まっている。いや、止まっているというよりは、何かの準備をしているようにも思える。そしてさらに、その両手の前になにやら黒い球体のようなものが浮かび上がる。
 おいおい、まさか―――

「グオオオオオッ!!」

 そう思考したのと、ベルセルクが吼えたのはまったくの同時だった。まるでマシンガンの発射音のような音と同時に、マシンガンの弾丸のように、黒い銃弾のようなものが連続で飛んでくる。
 かわせ―――!
 本能が叫ぶ。前方にではなく真右に向かって高貴は跳んだ。いや、転がったという表現のほうが正しい。一瞬遅れて自分がいた場所に黒い弾丸が雨のように突き刺さり、遥か後方にあった公園の木にもそれは命中した。めきめきと音を上げて弾丸を受けた木が横たわる。
 それだけでは終わらない。ベルセルクは弾丸を撃ち続けている。高貴はベルセルクを支点にひたすらに横に動いてそれを回避していた。もしも前に踏み込んだりしたものなら、きっと自分は蜂の巣になってしまうだろう。このままでは近づく手段がない。かわしながらそう考えていると―――ピタリと弾丸が止んだ。
 突然の事に高貴は驚きを隠せない。いったい何事かとベルセルクのほうを見ると、その理由はすぐに理解できた。二体のベルセルクが、その黒い両腕を今度はエイルと真澄のほうに向けている。
 ベルセルクの標的となる存在は一つは《神器》の持ち主。もう一つは魔術を使う存在、そしてヴァルキリー。真澄は狙われる事はないにしても、エイルはベルセルクに狙われる対象となってしまう。エイルならば簡単にかわせるかも知れないが、真澄がそばにいる状態であの弾丸を放たれるのはまずいかもしれない。

「エイル、真澄!」
「ガアアアアアアッ!!」

 高貴の叫びは、ベルセルクの無常な咆哮と放たれた弾丸の音によって完全にかき消された。無数の弾丸がエイルと真澄に襲い掛かっていく。
 しかし、高貴は一つ勘違いをしている。今真澄の目の前に立っているのが誰なのかを忘れている。エイル・エルルーン。銀髪のヴァルキリーは、自分よりも闘いなれているという事を彼は心配と不安のあまりに忘れていたのだ。

「《エイワズ》―――!」

 エイルの右手が動いた。青い軌跡で空中に刻まれた《エイワズ》のルーン。エイルが自分の正面に右手をかざすと、そこに青い障壁が一瞬で姿を現す。
 その障壁に、黒の弾丸が突き刺さった。

「きゃあああああああ!!」

 真澄が思わずうずくまって悲鳴を上げる。それは当然だろう。マシンガンで撃たれているようなものなのだから。しかも相手は得体の知れない理解不能の化け物。恐れがないわけがない。だが、青の障壁は決して破れる事はない。黒の弾丸ではけして破れず、けして汚される事のないその障壁は、いくつの弾丸を受けてもその輝きを保っている。
 自分の身が無事な事に気がついた真澄が顔をあげる。目の前には自分の身を守ってくれているヴァルキリーの姿がある。

「え、エイルさん……これって……」
「ああ、ルーン魔術だよ。だがこの事は内緒にしておいてくれ、一応は極秘任務なんだ」

 エイルの言葉に真澄はぽかんとしてしまう。るーんまじゅつだとか極秘任務だとかなにもかもがまったく理解できない。理解できるのは、自分が今エイルに守られているという事実だけ。

「って、エイルさん、あれ!!」
「……ふむ、そうきたか」

 真澄の目に映ったのは、弾丸を放ち続けているベルセルクではない残った二体がこちらに向かってきていることだった。
 エイルの作り出す障壁は壁であり、あくまでも平面状のものでしかない。故に一方向からの攻撃しか防御する事ができず、側面にでも回り込まれれば今の状態では防ぎようがないのだ。
「まぁ、問題ないさ」

 にもかかわらず、エイルには焦りがまったくない。その理由は極めて簡単だ。ベルセルクが一体ではないように、エイルもまた一人で戦っているわけではないのだから。

「なるほど……確かに一人でほっとかれると寂しいかもな」

 いつの間にか、ベルセルクの背後に高貴が立っていた。エイルたちが攻撃を受けているその隙に、フリーになった高貴は一気に弾丸を放つベルセルクの背後まで接近したのだ。背後にいる高貴の存在に気がついたベルセルクが振り返ろうとするが―――遅い。高貴はすでに攻撃の体制に入っている。
 イメージ、この二体を一気に斬り裂くイメージ!

「伸びろーーーっ!!」

 魔力を一気にクラウ・ソラスに流し込む。光の刀身が勢いよく伸びた。魔力による調整がうまくいったのか、もしくはイメージによる調整がうまくいったのか、光の刃の長さは約5メートルほどまでに抑えられている。そして自分の半径5メートル以内に存在するのは目の前のベルセルクのみ、これならば二体まとめて斬り裂ける。

「お……りゃぁっ!!」

 なんの遠慮もなしに、高貴はクラウ・ソラスを横に振るった。刃が当たったベルセルクの上半身と下半身が真っ二つに裂ける。目の前の二体のベルセルクはあっけなく消滅した。
 残りは二体。

「エイル!」

 高貴がエイルに向かって視線を送る。弾丸が止んだ事で《エイワズ》の障壁を解除したエイルと一瞬だけ視線がぶつかった。高貴は残りの二体に向けて走ろうとしたが、エイルの視線が「あとは任せろ」と言っている。右手を眼前に掲げると、中指と人差し指を真っ直ぐに伸ばす。その二本の指に青い光が静かに灯った。

「さて、終わらせようか。《ソーン》、《テュール》、バインドルーン・デュオ」

 すばやく描かれる二つのルーン。《ソーン》と《テュール》のルーンが一つに溶けあう。
 ばちっとエイルの右手に紫電が走る。魔力が迸り凄まじい雷光がその右手に集っていく。
 心なしか、高貴の魔力がエイルに吸い取られているような気がした。エイルとのエインフェリアの契約により、高貴はエイルの魔力を受け取る事が出来る。ならば当然のごとく逆にエイルも高貴の魔力を使うことができるということだ。もしも自分の魔力も使っているのだとしたら、その破壊力は今まで見たエイルの魔術で一番大きいに違いない。
 つまり―――

「響け、《迅雷の咆哮ヴォルトロアー》!!」

 二体のベルセルクとて、まとめて葬りさる威力があるということだ。
 ヴァルキリーの右手に集っていた雷は、一筋の帯となって夜を斬り裂きながら突き進む。そして、エイルたちに突進して来ていた二体のベルセルクに突き刺さった。まるで落雷だ。横からなのでそうは見えないが、もしも真上から落とされるような事があれば間違いなく落雷に見える事だろう。
 そんな強力な雷に抗う事もできずに、ベルセルクは黒い塵となって消滅した。
 残ったのは地面に出来た焦げ痕のみ、全てのベルセルクが消えた事によって、人気のなかった公園に静寂が帰ってくる。

「ふぅ……終わった……」

 高貴の体の緊張が一気に解けた。自分でも自覚していなかったが、結構緊張してしまっていたようだ。ヒルドとの戦いのときのように、勢い任せで戦っていたせいで自覚できなかったのだろう。

安心と、そしてこれからの不安を胸に抱きながら、高貴はエイルと真澄の元へと歩く。

「ふむ、ちゃんと戦えたじゃないか高貴。クラウ・ソラスの刀身の長さも調節できていたみたいだしな」
「いや……まぁ……来てくれて助かったよ。それより―――」

 二人は真澄のほうを振り向く。やはり相変わらず真澄は呆然とした表情のままだ。

「……どうする?」
「ふむ……そうだな、クマもいないことだし、こうなってしまったら全て話したほうがいいかもしれないな。もっとも本人が本当に知りたいのならの話だが」
「やっぱ……そうだよなぁ……あのさ、真澄……」
「聞く」

 高貴が真澄に確認を取るよりも速く、真澄が高貴に対してそう言った。

「本当に、今わたし全然……メチャクチャ……てゆーか……とにかく、わけがわかんない。さっきの黒いのはなに? 高貴のもってるそれはなに? エイルさんのその格好とか、あの雷みたいなのはなに? ヴぁるきりーってなに? 知ってる事全部ちゃんと教えて」
「……真澄、私たちは君の疑問に対する答えを知っている。そしてそれを君に教える事ができる。しかし本当に聞く覚悟があるのか? 私達の知る事実はかなり非現実的な話だ。普通では到底信じられないような内容も含まれている。それに知らないほうがいい事かもしれない。それでも君は真実を求めるのか?」

 まるで真澄を威圧するようにエイルがそう言った。そのあまりにも思いつめた表情に、思わず真澄はたじろいでしまう。それは、エイルの真澄に対する警告、いや、真澄を思っての忠告だ。ここが、現実と非現実の境界線。エイルは無理をしてその向こう側へと踏み込ませようとはさせず、真澄に対して選ぶ権利をあたえた。高貴としては、正直聞いてほしくはない。というよりも巻き込むような事はしたくないというのが本音だ。真澄と俊樹、そして詩織には危険な領域こちらがわ
来てほしくなかったからだ。

「……非現実な事とか……信じられないような事なんて、もうとっくに起きたから。だから……わたしは知りたい!」

 真澄は……うつむきながらも、最後にはしっかりと顔を上げて、エイルと高貴をしっかりと見て声を出した。

「わかったよ。じゃあここじゃなんだから俺の家に行こう。コーヒーでも飲みながら教えるよ。それでいいよなエイル」
「……ああ、かまわないが……」

 エイルがなにやら歯切れが悪そうに辺りを見回した。

「どうしたのエイルさん?」
「いや、気のせいかもしれないが、誰かに見られているような気がしたんだ。しかし周囲に魔力も人の気配も感じないからおかしいと思ってね」
「見られてる?」

 言われてみて高貴も同じように周囲を見渡した。しかし、やはり公園の中には自分達以外の人影はなく、ベルセルクも見当たらない。遊具の周囲にも、そびえ立つ木の影にも。当然ながら自分達のいる街灯に照らされたベンチにも誰も座っておらず、他のベンチにも人はいない。

「やっぱ気のせいだろ。どう見ても俺たち以外いないって」
「……そうだな、私の気のせいだった。去れ、契約の武装」

 エイルの体が光に包まれる。その光が消えると、青い鎧が消え去り、エイルの服装は今日買ったばかりの服装に戻っていた。それを見た真澄が再び驚いたような表情へと変わる。

「それ……どうやったの?」
「ちょっとした魔術だよ。それよりも家に戻ろう。君の望みどおり真実を話すためにね」

 そう言うなりエイルは真澄に預けていた紙袋を受け取り、公園の出口に向かって歩き出した。クラウ・ソラスを消した高貴も、覚悟を決めたような表情の真澄も、慌てて追いかけるようにその後に続いて歩き出した。



「取り合えず、コーヒーでもどうぞ」

 高貴が真澄の前にコーヒーを差し出した。真澄は「ありがとう」と礼を述べたものの、それに口をつけずに緊張した様子だ。公園での戦いのあと、高貴たちは寄り道をすることなく学生寮の高貴の部屋に戻ってきた。それが約5分前、真澄の気持ちを落ち着かせるためにコーヒーでも淹れようと思った高貴は、人数分のコーヒーを用意すると、それぞれの前に置いて自分も座った。
 客人ということでエイルは真澄にソファーを勧めたが、一人だけそれは気まずいということで、部屋の真ん中辺りに置かれている折りたたみ式のテーブルを囲むように全員が床に座っていた。せっかくコーヒーを淹れたのだが、真澄どころかエイルも口をつけようとしない。真澄はおちつかなそうに周囲をキョロキョロと見回し、エイルはなにやらもの珍しそうにコーヒーを見ている。

「そう言えば、私はコーヒーというものは初めて飲むな。随分と真っ黒なものだな。それに湯気が出ていて熱そうだ。どうして君は今までコーヒーを淹れてくれなかったんだ?」
「いつもクマがどこかから買ってきたジュース飲んでるからだろ。最近自分の部屋にポットがあるって事を忘れてたよ」

 高貴の思っていた通り、やはりエイルはコーヒーを飲んだことがなかったようだ。ここ最近はどこかのぬいぐるみのせいで、いやおかげで、冷蔵庫の中身が(お菓子やジュースのみだが)充実しているため、コーヒーを淹れることはなかった。もっと美味いコーヒーもマイペースで飲めるからだ。
 それにしてもヴァルハラにはコーヒーがないのだろうか。以前喫茶店でヒルドがアイスコーヒーを飲んでいた気がするのだが。エイルがカップを手にし、「いただきます」と一言いうとコーヒーを口にした。

「にちゅいっ!?」

 にちゅい?
 飲んだ瞬間に、意味不明な声を漏らしてエイルが顔をゆがませる。口を押さえて勢いよくカップをテーブルに戻した。

「だ、大丈夫エイルさん!? てゆーかどうしたの?」
「……に……苦くて……あつい……私には飲めそうにない」
「ああ、だからにちゅいか」

 それにしてもまさかにちゅいなんて言うとは高貴にとっては予想外だった。最近エイルの第一印象がかなり壊れてきている。まぁ、今にはじまった事ではないのだが。

「それにしても真澄、君はさっきからおちつかなそうにそわそわとしていないか? 今からちゃんと話すから心配しなくてもいいぞ」
「そ、そんなんじゃないよエイルさん。ただ高貴の部屋って初めて入ったから……」
「ふむ、君たち二人は確か幼馴染だったろう。一緒に遊んだりはしなかったのか?」
「してたよ。でも寮の部屋に入ってからはお互いの部屋に行った事はなかったかな。男子寮は女子禁制。女子寮は男子禁制だったから。遊ぶにしても俊樹の家に行くとか、どっかに出かけるとかならあったけどさ」
「うん、そうだね。こっちの高貴の部屋に入ったのは初めてだね」
「こっちの?」

 しまったというように真澄が口をつぐんだ。慌てて高貴を見るものの、高貴はとくになにも気にしていないようすだ。いや、一瞬真澄に対して「気にしすぎだ」という視線を送った。エイルは真澄の反応を一瞬疑問に思ったが、特に深く気にすることはなかったようだ。

「別に緊張する事はないさ。君と高貴の付き合いは長いのだから、自分の部屋だと思って気楽にすごすといい」
「お前はリラックスしすぎなんだよ。居候の癖にさ」

 ピクリと、真澄の耳が動いた。それはもうわかりやすいくらいに、今高貴の言った言葉に真澄が反応する。

「待って、まずわたしから確認させてもらってもいいかな?」
「ふむ、なんだろうか?」
「さっきから疑問に思ってたんだけど……もしかしてエイルさんってここに住んでるの?」
「ああ、その通りだが」

 真澄が固まった。まるで石化でもしたかのように、ピシリと音でも聞こえたかのように動かなくなる。二秒ほど固まって、再び活動を始めた真澄が一番最初に行った行動は、ギロリと人を殺せそうな視線で高貴をにらめつけた事だった。本能的に高貴が視線をそらす。先ほど戦ったベルセルクよりも、今目の前にいる真澄のほうが遥かに恐ろしい。
 ここにつれてきた以上はエイルのことも話さなくてはいけないため、必然的にエイルがここに住んでいる事を話す必要があり、腹をくくっていた高貴だが、やはり冷たい視線を浴びせられるのはきつい。

「ふーん……へぇー……ここに……住んでるんだ」
「ま、真澄、どうかしたのか? 顔が怖い事になっているぞ」
「そんなことないよ、エイルさん」

 地獄の悪魔も殺せそうな眩しく恐ろしい笑顔に、思わずエイルも怯んでしまっていた。

「全部、最初から、最後まで、途中も含めて、じっっっっっっくりと聞かせてもらうからね。大丈夫、夜は長いから」

 笑っているにもかかわらず笑っておらず、さらには笑えない表情に真澄を見て、高貴とエイルは恐怖を身に感じながら口を開いた。
 そこから説明したのは主にエイルだ。まず、自分がこの世界ではない他の世界、ヴァルハラから来たヴァルキリーであること。
 この世界に来たのは、四之宮に散らばった《神器》を全て集めるのが理由であること。
 この世界に来たときに高貴の部屋に転移してしまい、ヒルドとの戦いに巻き込んでしまったこと。
 高貴の身の安全を考えて四之宮高校に界外留学生として来たこと。
 先ほどの異形の存在はベルセルクだということ。
 そして、高貴が《神器》に選ばれ、エイルと一緒に《神器》を集めることになったことなどを出来るだけ丁寧に真澄に説明した。
 最も学校でのヒルドとの戦いのことについては主に高貴が説明し、契約の印エインフェリアルをおこなってエイルとエインフェリアとなった事だけは、真澄にも話さなかった。てっきりエイルが突っ込んでくるかとも思ったが、さすがにエイルも恥ずかしいのか何も口出しする事はなく、説明できる事はすべて説明し終える。
 真澄はその間ずっと黙って二人の話を聞いていた。その表情は真剣そのものでなおかつ終始不機嫌、一字一句聞き逃すまいといった様子だった。二人の説明が終わると、大分冷めてしまったコーヒーを真澄が飲みほす。しばらくの間沈黙が続き、少し気まずい空気になってしまった。

「なるほど……うん……よくわかった」
「そ、そうか。てっきり現実味のない話だから、信じてもらえるのか不安だったんだよ」
「つまり―――二人は今同棲してるって事で間違いないんだよね」

 説明した中で一番突っ込んでほしくないところを真澄はピンポイントでついてきた。

「そこかよ!? もっと驚く事あっただろうが! 魔術とか異世界とか《神器》とか! お前ちゃんと話し聞いてたのか!?」
「聞いてたよ、最初から最後まで。つまりはエイルさんが高貴のベットに立ってて、一緒に暮らす事になったんでしょ」
「いやそこ最初と最後だけ!」
「ベットの上のエイルさんに襲い掛かって、天国につれてって貰ったんでしょこのヘンタイ! 本当に男ってサイッテー!!」

 ドンッとテーブルに思い切り拳を打ち付けて真澄は怒声を放った。

「お前本当に話ちゃんと聞いてたのか!? 襲われたの俺だから。槍突きつけられて死んでくれないかだから。もっと非現実的な話があったろ!」
「女子高生にとっては魔法とか異世界とか何とかよりも、若い男女が同棲してるって事のほうが非常識なの!!」
「確かに非常識だけどそこ以外を気にしないお前はもっと非常識だよ!」
「お、落ち着け二人とも。ほら、コーヒーでも飲んだらどうだ。とても熱かったコーヒーがいい具合に冷めて、これなら私も飲め―――苦い……」

 コーヒーを飲んだエイルが顔を歪める。エイルはブラックコーヒーを飲む事ができないようだ。なんだか不憫なので次からは砂糖かガムシロップを入れてやることにしようと高貴は固く誓った。しかし、エイルのそれによって熱くなっていた真澄の頭がいささか冷えたのか、エイルの言ったように手元のコーヒーに手を伸ばす。しかし先ほど飲み干したのでからになっていることに気がつき、その手を途中で止めた。

「……正直現実味がなさ過ぎるし、漫画とかの話としか思えないし、そうでもなければ妄想壁か中二病だとしか思えないんだけど、全部が本当のことなんだよね。エイルさんが他の世界から来たこととか」
「ああ、私はヴァルキリーだ」
「それで高貴がその《神器》っていうのを集めるのを手伝ってるんだよね。いつの間にか四之宮でそんな危険な事が起きてるなんて……あ、あの黒いのとかに襲われたりしたら……」
「その心配はないって。ベルセルクは普通の人は襲わないからさ。さっきの公園の時だって、真澄には全然手を出さなかっただろ」
「それは……確かに。一瞬だけ見られたような気がするけど、すぐに高貴のほうに行っちゃったし、後はエイルさんの後ろに隠れててよくわかんなかったけど。……で、でもその理屈だと高貴は狙われるってことでしょ」
「まぁ……な。俺も《神器》を持ってるからそうなる」

 クラウ・ソラスを持っている限りベルセルクに襲われてしまうし、魔力を隠していなければ他の《神器》の持ち主に狙われる可能性があることを意味している。当然の事だが、高貴とエイルはそんな危険の中に身を置いて生活しなければいけないということだ。

「そんな危ない事なんで引き受けたの? だってさっきみたいな事がこれから何回も起きるって事なんでしょ」
「それは……なんというか流れで? よく覚えてないというかなんというか」

―――当然だ。あの時の会話の記憶は我が奪った。

 なにやら変な声が聞こえた気がするが、そんなことを気にする余裕はなかった。高貴のあいまいな理由に明らかに真澄は怒っているからだ。

「あんたバッカじゃないの! 下手すれば死んじゃうかもしれないってのに流れで決めたってどういうこと! そんなんじゃ絶対に後悔するよ!」
「いや、後悔はもうとっくにしてる。少なく見積もっても10回以上は確実に」
「ずいぶんと……君……後悔してるな……」

 さすがにエイルがショックを受けたようでわかりやすくへこんでいる。もっと正確に言えば朝起きてエイルが幼児化した際に高貴は毎回後悔をしているという事になる。

「だったらどうして―――」
「それでもさ、手伝いをやめる気はない。後悔しながらでもちゃんと最後までやるよ」
「……わかってない。高貴は全然わかってないよ。私達は普通の人間なんだよ。エイルさんみたいな特別な存在じゃない。それなのにいきなり戦うとかできる訳ないじゃん」
「そうだな、全て真澄の言うとおりだ」

 意外な事に、真澄の言葉にエイルが全面的に同意した。これには二人とも驚いたらしく、驚きの視線をエイルに向ける。

「本来ならば、《神器》を集める事は私一人でおこなうはずだった事だ。この世界の全ての人間に内密にしてね。にもかかわらず高貴を巻き込んでしまったのは完全に私のミスだよ。たとえどんな言い訳をしても許されるものではないし、また許してもらえるとも思っていない。だから高貴、この場で改めて君に言わせてもらおう。私は君に《神器》を探す事を強制する事はできない。ヒルドの一件で君には十二分に助けてもらったしね。もしも君が《神器》を探すのをやめて日常に戻りたいというのなら、私はそれを受け入れよう。すぐにでも君の前から立ち去るよ」

 淡々と、まるで自分を押し殺すようにしてエイルはそう言った。その一言で真澄にも完全に理解できた。エイルは高貴を巻き込んでしまった事を心の底から悔いている事を。

「いや、今はまだやめるつもりはないよ。正直言うとさ、ここでやめてクマにでも記憶を消してもらったほうが後々後悔しないと思う。それは本心からそう思ってる」
「だったらどうして?」
「今以上の後悔が待ってるってわかっててもさ、やりたい事っていうのはどうしてもあるんだよ。俺はどれだけ後悔する事になってもやりたい事をやれる人間になりたいんだ」
「それはやめない理由じゃん。エイルさんをどうして手伝うのかって事」
「そうだな……」

 エイルを手伝う理由。何か明確な理由があったような気がするのだが、何故かまったく思い出せないその理由。だが、それと同じかどうかは自分でもわからないが、小さな事かもしれないが、高貴はその理由をもっている。

「強いて言うなら、こいつ一人だと危なっかしくてなんだかほっとけないんだよ。それに、この町がやばい事になるかもしれないのに、エイル一人だけってのも不安だから」
「ずいぶんと……君……はっきり言うな……」
「……」

 真澄が口をつぐんだ。高貴と付き合いの長い真澄には、今の高貴の言葉が本気だという事がはっきりとわかる。だからこそ、自分ではもう高貴を止める事は出来ないという事もはっきりと理解できてしまう。もう何も言えなくなった真澄がため息をついた。

「あんたっていっつもそう。平穏に過ごしたい。平凡な人生がいい。トラブルなんて関わりたくないなんて言いながら、自分からトラブルに突っ込んでくんだから。しかも今回は間違いなく今までで一番のトラブルだし。高貴マゾなの?」
「マゾじゃねーよ!!」
「止められるわけないじゃん。わたしは高貴やエイルさんと違って、魔法なんて使えないし、すごい武器も持ってないんだから。たとえどんなに危険な目に合うってわかってても」
「……すまない。だが高貴の安全は私が必ず守ろう。この命に代えても高貴のことは私が守って見せる。再び平穏に過ごす事のできる日まで……必ずだ」

 自分の胸に手を当てながら、迷いのない瞳でエイルが真澄に言った。エイルは本気だ。高貴の身を守る為ならば、彼女は間違いなく自分の命を投げ出すだろう。それほどまでにエイルは高貴に対して責任を感じているのだ。そんな彼女を、誰かの為に自分の命すらかけようとしている少女を、これ以上真澄は攻める事ができなかった。

「うん、わかった。もう何も言わない。本当は言いたいけど」
「悪い、助かるよ」
「待て、それからもう一つ真澄に言っておかなければいけないこととがある。君の記憶についてだ」
「え、記憶?」
「ああ、この世界には魔術は存在しない。故にわれわれのせいで魔術を知ってしまったものにはいくつかの対処を施さねばならない。一つ目は命を奪う。高貴に最初にしようとしたのがこれだ。二つ目は黙ってくれるようにお願いする。次に高貴にやったのがこれだ。三つ目は記憶を消す。ヴァルハラのルーン魔術で、魔術や《神器》に関する記憶を全て消させてもらう。最後に高貴にやろうとしたのがこれだ。個人的には真澄を絶対に殺したくはないので、二つ目か三つ目を選んでくれると私は嬉しい」

 いきなりなんてことを言うんだこのヴァルキリーは。突然槍を突きつけなかっただけましかもしれないが、やはりもう少し言い方というものがあってもいいだろうに。

「……とりあえず殺す以外でお願い。てゆーか黙ってろって言われれば誰にも言わないよわたし。あんなに確実な証拠を見たのならともかく、証拠もなしに話しても信じてもらえなさそうだし」
「どの道今は君が今日のことを忘れたいと思っても、記憶を消してあげる事は出来ないから、そうしてもらえるとありがたい」
「あー、確かにな。逆に言っちまえばあいつがいなかったら真澄に知らせる事もなくすんだって事なんだよな。無駄に心配かけることになって悪い」

 とは言うものの、クマがヴァルハラに戻ったのは、ヒルドの死刑判決を遅らせる為と《神器》を探す対策をとるためなので、強く攻め立てる事はできない。しかも昨日の疲労具合を見ればなおさらだ。

「ところでその《神器》っていうのはいくつあるの? 全部集めるのにどのくらいかかりそう?」
「それがさ、いくつあるのかまったくわからないんだと。それどころかどんなものでどんな名前なのかとかもさっぱりらしい。まぁ、ありえないくらい非現実的なものっていう共通点はあるだろうけど」
「え、名前すら?」
「ふむ、私達の世界では《神器》の名称すらトップシークレットの機密事項だったからね。クラウ・ソラスやレーヴァテインの名前も少し前まで知らなかった。まずはどんなものがあるのか調べたい所なのだが、正直言って調べようがまったくないんだよ」
「レーヴァテイン……調べようがない……ふぅん」

 《神器》の詳細を知るのは戦女神ヴァルキュリアと呼ばれるものたちのようなえらい存在だけらしいが、聞いても無駄なうえに本人たちが来たら天変地異以上のことが起きる為あてには出来ない。無駄に厳しい縛りプレイだ。

「……ねぇ、思ったんだけど、もしかしたらその《神器》ってどういうものがあるのかとか調べられるかもしれないよ」
「マジ?」
「なに?」

 真澄の声に強く二人が反応した。異世界の住人でもあるエイルでも知らないというのに、魔術とは縁もない真澄がどのようにして調べられるというのだろう?

「ほ、本当か? しかし一体どうやって調べるというんだ。禁書クラスの書物がどこかにあるとでも言うのか? それともまさかヴァルハラに殴り込みをして無理矢理聞きだすつもりか? そんな危険なまねをさせるわけには―――」
「お、落ち着けってエイル!」
「か、確実とはいえないけど……」

 興奮状態に陥っているエイルを高貴が嗜める。それに気圧された真澄は、いささか自信がないように声を響かせた。

「ググって見たらいいんじゃない?」
                                             ――――――ヒルド・スケグルの処刑まであと五日



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