「う……うあ……ああ……」
逆神は呆然としたまま動けない。
静音に教えられた、否、突きつけられた理不尽な現実。今までずっと都合のいい妄想に浸っていた少年は、理不尽な現実を前にして一歩も動けず、何をすることも出来ない
しかしそれは高貴たちも同じだ。
静音の張った結界の周りには、いまだに魔力の通った弾丸が包囲しており、結界を解除したならばすぐにでも襲ってくるだろう。30もの弾丸の回避は不可能の為、結界を張ったまま高貴たちも動けなかった。
「なぁ、どうやって攻める?」
「そうね……ねぇあなた、さっきこの結界を纏ったまま歩いたわよね? だったらあいつに近づいて、結界を解除して攻撃っていうのはどうかしら」
ヒルドの質問に、静音は一瞬だけヒルドのほうを向いて、またもや視線を前に戻して答える。
「無理ね。このまま移動は出来るけど、解除した瞬間に弾丸が襲ってくるわ。どちらが速いか試す価値はあるかもしれないけど、たぶんむこうのほうが速いわね」
「あー……たしかにそうかもなぁ。でもそれじゃあ攻めようがなくないか?」
結界の中はほぼ安全とはいえ、このままでは逆神に攻撃する事ができない。《神器》を奪う事もできない。どうすればいいのか考えている高貴とヒルドの耳に――
「クク……クックック……」
聞こえてきたのは、不気味な笑い声。
「ヒャーッヒャッヒャッヒャアッ!! わかったぞ! これは試練だ! 最後の試練だ!!」
声の主は、もちろん逆神正義。狂ったように笑う彼の表情からは、さっきまでの戸惑いの気配はなく、笑い声の示すように笑っていた。
本当に、狂ったように彼は笑う。
「ここでお前たちを倒して、僕は本当の漆黒の正義を手に入れるのだ! 僕が漆黒の守護者として新たな段階に進むための試練! ならば僕が負けるわけがない! なぜならば僕の名前は逆神正義! 神に逆らう事となっても漆黒の正義を貫くものだ! だから――」
逆神がゲイ・ボルグを頭上で振り回す。静音の結界を取り囲むように飛んでいた黒の弾丸が、一斉に逆神の周りに集いだした。
「ここからチョ~~~~~~~漆黒技でキサマラをかっこよく倒せば良いだけなのだあああああああっ!!」
ゲイ・ボルグに漆黒の光が灯る。その切っ先に黒い弾丸が全て集まっていく。
「お、おい。なんか知らないけどやばいんじゃないかあれ?」
「大丈夫よ。この結界すごそうだし、あんな攻撃――」
「無理ね」
「「え?」」
ヒルドの言葉を静音が遮る。ポカンとした顔になった高貴とヒルドにたいして、静音は表情を変えずに淡々と語りだす。
「私の今の結界では、あの攻撃を受け止める事はできないわ」
「……マジかよ!? 音無バリアーはエイル以外に壊せないんじゃないのかよ!?」
「知らないわよそんな設定」
なに言ってるのあなた? とでも続けて言われそうな感じだ。
「回避も無理ねこの結界が解除された瞬間に、あの中二病はきっと弾丸を飛ばしてくるわ」
「いや……打つ手無くね?」
「打つ手ならあるじゃない。すごく簡単な打つ手が」
再び高貴とヒルドの視線が静音に集まる。
「簡単な事よ。こちらもそれ相応の攻撃で、あの攻撃を受け止めればいいのよ」
「……あ、確かに。でも俺クラウ・ソラス持ってないんだけど」
高貴のクラウ・ソラスは、先ほど逆神に言われて捨てたきりだ。結界の外にあるため取りにもいけない。
「ちなみに、私は攻撃は苦手よ」
「となると……」
高貴と静音の視線がヒルドに向かう。
「……わかったわよ。やればいいんでしょやれば」
口調は嫌そうだったが、ヒルドの表情はどことなくうれしそうだ。一度レーヴァテインで素振りをすると、静音の隣に並ぶ。
「さっきは避けたり防いだりばかりで全然戦えなかったから、こっちはストレス溜まってるのよ。個人的にあいつはムカつくし、思う存分憂さ晴らしさせて貰うわ」
「……そういやお前、今回役に立ってねーな」
「うるっさいわね! とにかくやるわよレーヴァテイン!!」
そのヒルドの声に応えるかのように、レーヴァテインに炎が灯る。
高まっていく二つの魔力。炎の剣《炎剣レーヴァテイン》と、漆黒の槍《銃槍ゲイ・ボルグ》。
「ははははははっ!! 貴様のそのようなちんけな炎で僕の漆黒を打ち破るつもりか! 僕の漆黒は正義の漆黒! 漆黒は負けない! 漆黒漆黒!」
「うるっさいわねこの中二病。あんたのお遊びに付き合ってあげるから、さっさとしなさいよ」
「ほざいていろ! そして見ろ! これが漆黒の守護者の最大最強の漆黒技だ!!」
逆神がゲイ・ボルグを天に掲げる。黒い弾丸が先端に集まっていき、徐々にその形を変えていった。
「我が漆黒の双眼が見据える深遠の彼方より来たれ。今こそ永遠の混沌に捕われし哀れなる存在を葬り去る為に、その全ての力を我が手に集めよ。気高く美しきその至高の槍は、漆黒の! 漆黒の! 漆黒の! すうぃいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃっっっくぉぉぉおおおおおおおくぬぅぅぅおおおおおおおおおお!! ジャァアアアアアアアアアアアアストゥィィィィィィィィイイイイイイスッ!!」
漆黒の弾丸が集い、形を変え、ゲイ・ボルグの先端に巨大な漆黒の鏃を作り出した。30の弾丸を全て一つにしたそれは、先ほどまでの攻撃とは比べ物にならない威力を秘めていると想像するのは難しくない。
「……おい、ヒルド。あんなのに負けたら恥ずかしすぎて生きていけないんじゃねーか?」
「……わかってるわよ。てゆーか安心してなさい。単純な真っ向勝負の力比べで、あたしがあんなのに負けるわけ無いわ」
「そっか……まぁ、それもそうだな」
クスリとヒルドに笑いかける高貴につられてヒルドも笑う。ヒルドがレーヴァテインを振りかぶった。その視線が真っ直ぐに逆神と交差する。
「結界を消して」
静音のほうを見ずにそう一言。静音はそれにしたがってアイギスの結界を消し去った。
「さぁ、妄想から覚める時間よ中二病。現実の厳しさを教えてあげるわ!」
「ほざけえええええっ!! 僕は漆黒の守護者だあああああああああああっ!!」
逆神が右手に持ったゲイ・ボルグを振りかぶる。そして――
「くらええええええええっ!! これが僕の漆黒のおおっ!!ファイナルジャスティスエターナルインフィニティアビスオブカオスシッコクジャスティスフォースシャイニングクルセイドイリュージョンジャジャジャジャーーーーーーーーーーーーーーーーースティーーーーーーーーーーーーーーーーーーースッ!!!!」
ゲイ・ボルグを投げた。
それは一筋の黒い閃光のように、放たれた矢のように、一直線にヒルドに向かっていく。先端には漆黒の光が迸り、地面をえぐり、傷跡を残しながら進んでいく。
「《焼き尽くす紅玉》!!」
それに対するは真紅の太陽。レーヴァテインから放たれた太陽は、ゲイ・ボルグと同じように地面をえぐり、焦げ痕を残しながら進んでいく。かつて高貴とヒルドに放ったそれよりもはるかに強力な太陽が、漆黒の槍と衝突した。
バギャアアアッ!! と耳を劈く轟音が響き。漆黒の槍と真紅の太陽は互いの身を削りあう。黒い粒子が、真紅の炎が、互いにせめぎあって周囲に弾けていく。
力は完全に互角――ではない。本の僅かではあるが、逆神のゲイ・ボルグが押している。真紅の太陽が押されている。
黒い魔力以上に、炎の弾ける量のほうが圧倒的に多い。真紅の太陽はその姿を、原型をどんどん失っていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!! 燃え上がれ僕のしっこくうううううううううううっ!! ジュウウウウアアアアアアアアアアアストゥウウウウイイイイイイイイイイッッッッッス!!!」
逆神の叫びが終わるのと、漆黒の槍が真紅の太陽を貫くのはまったく同時のタイミングだった。自らをはばむものを消し去った漆黒の槍が、再びヒルド目掛けて飛んでいく。
勝った。逆神は自分の勝利を確信した。
やはり自分は漆黒の守護者なのだ。これは乗り越えるべき試練で、自分ならば乗り越えられて当然の事なのだ。悪いのはあいつらで正しいのは自分。漆黒の正義の名の元に自分は弾愛を行ったに過ぎない。
やはり僕は選ばれた存在だ!
そう勝利を確信した逆神の目に入ってきたのは、勝負に終焉を告げる漆黒の槍。
その先、ゲイ・ボルグが目標としているターゲットのヴァルキリー。ヒルド・スケグルの口元。この絶望的な状況の中で、口元を笑顔にしている少女の姿。そして――
「もう、十分に楽しめたわよね?」
ヒルドのそんな一言が、逆神の耳を、胸を、そして心を撃ち貫く。
レーヴァテインの燃え盛る刃、それがゲイ・ボルグに当たった瞬間――真紅の炎は漆黒の槍を勢いを全て消し去った。あっけなく、本当にあっけなく力を失ったゲイ・ボルグは、地面に乾いた音を立てて転がる。
「………………ふひ?」
逆神の口から意味不明の言葉が漏れる。ポカンとした表情でその目の前の光景を――現実を見ている。
「な、なにをした? い、今確かに僕は、最大の漆黒技を放ったはずだ。なのにどうしてそんな……お、お前の必殺技を打ち破ったのに、どうして剣でたたいただけで、僕の漆黒技が……」
「見てわからないの? 単純に、本当に単純に、あたしの力があんたの力を上回っていただけよ。《焼き尽くす紅玉》は手加減をして放ったわ。これでわかったでしょ?」
「な、なにをだ!?」
ヒルドは悠然と歩きながら、おちているゲイ・ボルグの元に向かいながら言葉を続けた。
「つまり、あんたの最大の技なんてものは、あたしにとって技でもなんでもない、ただ魔力と炎を高めただけの一撃に負ける程度のものだったって事よ」
「そ、そんな……」
ヒルドが地面に落ちているゲイ・ボルグを拾い上げた。
「これで《銃槍ゲイ・ボルグ》の回収は完了ね。はぁ、無駄に苦労したわ」
「か、返せ! それは僕の漆黒の――」
「まだわからないの? もう、あんたは負けてるのよ」
その言葉に、逆神の中で何かが壊れた。
負けた? 漆黒の守護者であるこの自分が? そんなことはありえるはずがない。ありえるはずがないのに――
「ようやく、妄想から覚めたかよ」
逆神の背後から声が聞こえてくる。ハッとして振り返ると、そこにはいつの間にか高貴がたっていた。その手にはクラウ・ソラスも握られている。逆神がヒルドに気を取られている間に、高貴はクラウ・ソラスを拾って逆神の背後まで移動したのだ。
「し、しまっ――」
「おらあぁっ!!」
逆神が動くよりも早く、高貴の右手が動いた。逆神の顔面目掛けて拳を繰り出し、鈍い音を立てて左頬に突き刺さる。殴られた逆神は数メートルほど転がってしまう。
地面に座りながらなんとか視線を上げた逆神の前に、高貴がクラウ・ソラスの光刃を展開させて立ちふさがっていた。
「おはよう鈴木太郎。つごうのいい妄想から目覚めた気分はどうだ? 随分とぐっすり寝てたみたいだけど」
逆神正義は……鈴木太郎は、何も答える事はできない。
「寝起きなんて最高に決まってるじゃない。何せこのあたしがじきじきに起こしてあげたんだから。彼女もいない童貞には過ぎた幸せよ」
鈴木の背後からヒルドが歩いてくる。右手にはレーヴァテイン、左手には鈴木の持っていたゲイ・ボルグを持ちながら。
そして、高貴に並んで鈴木の正面に立つ。
「お、お、お、お前達は……な、なにをしたのか……わかってるのか?」
心のどこかで敗北を理解したのか、怯えるように鈴木が声を出す
「ぼ、僕に何かあったら、ほら、あれだ。この世界に危機が迫った時に、すごく困るぞ。何せ僕は漆黒の守護者だ。わかったら早くそれを返せ」
「はぁ、まだ夢見てるらしいな」
「ゲイ・ボルグは回収したし、どうでもいいわよ」
「そうかもな、さっさと《神器》を全部集めて、下の平穏な生活にもどりたいよ俺は」
「きっ、貴様はバカか!?」
突然鈴木が叫ぶ。
「お前はわかっているのか? 僕たちは選ばれた存在なんだぞ! この世界の全ての人間を超える力を手に入れた存在なんだ! なのに貴様はその力をなくすために戦っている! わかっているだろう! お前はどうしてこの素晴らしい力に執着心がないんだ!? この力があれば、生きていく上で不便な事など何もない、常に優位な状況に立てるというのに、貴様はバカか!」
高貴を真っ直ぐににらめつけながら、鈴木が狂ったように叫ぶ。いや、自分の本心をぶつけた。
確かに高貴のしている《神器》探しは、最終的に全ての《神器》を見つけた場合、その全てをヴァルハラに返すことになり、いつかは《神器》を失ってしまう事を意味している。
鈴木の言った様に、《神器》の力は持っていて損はない。人よりも優れた身体能力で、スポーツでは花形になれるだろうし、犯罪に使用したとしてもかなりの力になる。
にもかかわらず、この力をなくすために戦っている高貴を、鈴木は理解できないのだ。
疑問を投げつけられた高貴は、「はぁ……」とため息を一つついた。
「あのさぁ、俺はお前と違って、しっかりと現実を見て生きてるんだよ」
「な、なに?」
「つまり俺は、偶然手に入れた力なんかを当てにして、人生設計するほど夢見がちじゃないって事だ。お前みたいに常に妄想に浸ってられねーんだ。だって俺は現実でしか生きられないからな。つーか、まだ寝ぼけてるんなら――さっさと妄想から目を覚ませ」
「まぁ、今からあたしがもう一度夢から覚まさせてあげるから安心しなさい」
着火。ヒルドのレーヴァテインに炎が灯った。
「ま、俺も協力してやるよ」
発光。クラウ・ソラスから光があふれ出す。光の剣と炎の剣。その二つの剣を、高貴とヒルドは振りかぶる。
「ま、待て! 僕はもう戦えないんだぞ! なのにそんな敗者に鞭打つようなまねをするのか! それがお前達の正義か!?」
「まだ寝ぼけてんのか? 理不尽な現実って言ったろ」
「アニメや漫画みたいにかっこよく負けられると思わないことね」
炎が、光が、いっそう勢いを増していく。
「さっきはよくも好き勝手殴ってくれたなこの野郎」
「目覚まし時計にしてはちょっと激しいけど、あんたにはこれくらいが調度いいわね」
「そういえば俺さぁ、一回中二病に言ってみたかったことがあったんだよな」
「奇遇ね、あたしもよ」
「ま、待て待て待て待て! わかった! 今日から君達が漆黒の守護者を名乗り、この世界に平和を――」
もはや聞く耳は持っていない。高貴とヒルドは同時に剣を振り下ろし、そして言葉を重ねて、このふざけた戦いに幕を下ろした。
「「中二病乙!!」」