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No.35460の一覧
[0] 雛見沢にルルーシュ・ランペルージを閉じ込めてみた[ひぐらし×コードギアス][海砂](2012/10/19 20:19)
[1] 第一話[海砂](2012/10/12 15:10)
[2] 第二話[海砂](2012/10/12 16:35)
[3] 第三話[海砂](2012/10/13 21:52)
[4] 第四話[海砂](2012/10/15 16:36)
[5] 第五話[海砂](2012/10/19 14:02)
[6] 第六話 PV数10000感謝[海砂](2012/10/25 20:42)
[7] 第七話[海砂](2012/10/31 16:48)
[8] 第八話[海砂](2012/11/14 12:54)
[9] 第九話[海砂](2012/11/25 19:42)
[10] 第十話 PV数20000感謝[海砂](2012/12/26 21:56)
[11] 第十一話[海砂](2013/01/23 16:13)
[12] 第十二話[海砂](2015/12/08 00:56)
[13] 第十三話[海砂](2015/12/08 01:01)
[14] 第十四話[海砂](2015/12/08 01:05)
[15] 第十五話[海砂](2015/12/08 01:14)
[16] 第十六話[海砂](2015/12/08 01:19)
[17] 第十七話[海砂](2015/12/08 01:21)
[18] 第十八話[海砂](2015/12/08 01:24)
[19] 第十九話[海砂](2015/12/08 01:29)
[20] 第二十話[海砂](2015/12/08 01:32)
[21] 第二十一話[海砂](2015/12/08 01:36)
[22] epilogue[海砂](2015/12/08 01:39)
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[35460] 第十二話
Name: 海砂◆ae35f1b3 ID:743be759 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/12/08 00:56
【12】

「あ、こんな所にいたー! ルル! 梨花ちゃん!」
 硬い握手を交わす俺たちの元に遠方からの魅音の呼び声が届く。
 魅音は肩で息をしながらこちらに駆け寄ってくる。
「どうした、魅音?」
 俺が涼しい顔で訊ね聞くと、魅音は口をあんぐりと開けて非難の声を上げた。
「どうしたじゃないよっ、沙都子が無事救出されたって連絡が着たからルルたちにも知らせようと思ったのに、あんた達どこにもいないじゃん! まったくもーっ、何やってんのこんなとこで! 散々探したよ!」
「ああ、そいつはすまない。で、沙都子は今どこにいる?」
「それがね、鉄平に相当痛めつけられたらしくて、今は入江診療所で怪我の治療をしているみたいだよ」
「沙都子は大丈夫なのですか?!」
 梨花の甲高い声が辺りに響く。
 魅音はそれを聞くと深く頷いて微笑を浮かべた。
「平気だよ、本人はいたって元気。今は憑き物が落ちたようにけろりとしてるよ」
「そう……良かったのです」
 梨花がほっと安堵のため息をつく傍らで、俺も顔を綻ばせた。
「レナは一足先に診療所に行ってる。私たちも行くよ!」
 どうやら魅音は沙都子の容態を人づてに聞いただけのようだ。早く自分の目で確認したいのだろう。魅音が俺たちを急き立てる。
「ルルーシュ、行きましょう!」
 梨花の言葉に頷くと、俺は梨花と共に魅音の背を追いかけるように診療所へ向かった。

  ***

 しばらく小走りで駆けた後、ようやく診療所へと到着した。
 園崎本家からここまで幾らか距離ある。沙都子の安否が気になり、慣れない運動をしたためか身体は熱り、背中はびっしょりと汗ばんでいた。
 自動ドアをくぐるとエアコンのひんやりとした空気が心地よく身体に吹き付ける。するとうだるような暑さが嘘のように退いていった。
 乱れた呼吸を整えて、診療所内を見渡してから魅音に訊ねた。
「沙都子の病室は?」
「ごめん、ちょっと受付で聞いてみるよ。そこまでは電話で教えてもらってないんだ」
「なら僕も一緒に行きますです」
 そう言うと魅音と梨花は受付の白衣の女性に近寄っていった。
 遠目で女の顔を確認する。
 あれは……鷹野か。一見普通のナースに見えるが、たしか彼女もまた入江や診療所のスタッフと共にこの診療所で雛見沢症候群の研究をしているんだったな。
 あまり気が進まないが、近いうち彼女にも話を聞いておくべきだろう。
「ルル、何ぼけっとしているのさ」
「はい……?」
 気がつくとすでに魅音らは受付から戻って来ていたようだ。無意識のうちに呆けた返事をしてしまう。
 そんな俺に対して、魅音は責めるように口を尖らせた。
「もうっ、しっかりしてよ。沙都子はこの奥の個室だって言ってんの!」
「あ、ああ、了解した」
「まったく。ルルはちょっとマイペース過ぎだよ。私は先に行くからね!」
「あ、おいっ」
 魅音は呼び止めの言葉も空しく、一人慌しい様子で診療所の奥へと姿を消していった。
 その場には梨花と俺だけが取り残される。
 最初に口を開いたのは梨花だった。
「ルルーシュ、沙都子が気になるわ。私たちも行きましょう」
「ああ、そうしよう。だが俺はその前にしておきたいことがある。悪いが先に一人で行っていてくれないか?」
 梨花は不思議そうに首を傾げ、たまらず聞き返してきた。
「しておきたいことって何よ?」
「……俺は先ほど雛見沢症候群の急性発症を起こしかけた。俺にはこのままでいいとはどうしても思えない」
 周囲を確認後、声を落として梨花に囁く。
「? 貴方が打った注射――C120は雛見沢症候群の病原性を急速に沈静化させ、無害なレベルまで引き下げる効果を持っているわ。手遅れなケースも当然あるけれど、貴方の場合はもう心配しなくても平気そうだけど?」
「いいや。念のために専門家の判断を仰いだほうがいい」
 俺はあっさりと首を横に振る。梨花は大丈夫だと言っているが、素人判断で病状の良し悪しを決め付けるわけにはいかないだろう。梨花に頼み、入江に病状の検査をしてもらうことにした。
 梨花の話によるとすでに短時間で結果が出る簡易検査も確立されているようなので、梨花の死を回避するために動ける時間もそんなに減るわけではない。
 それに何も検査だけのためにわざわざ入江と接触したいわけではないことも合わせて伝える。
 彼から直接、雛見沢症候群の話を聞かせてもらうつもりだ。
 そう俺が豪語すると梨花は表情を少し曇らせた。
「果たして正直に話してくれるかしら……」
「なんだ、えらく弱気だな?」
「だって、雛見沢症候群の存在はこれまで隠匿され続けてきたんだもの。簡単に答えてくれるとは思えない。最悪、秘密を知る者は東京によって消されるかも知れないのよ……」
「そんなに難しく考えるな。大丈夫、入江ならばきっと快く話をしてくれるだろうさ」
「その根拠は?」
 梨花に聞かれて俺は即答した。
「入江は変人だが、正しく医者だ。彼の性格からしても一度急性発症を起こしている俺を、放っておくことはしないだろう」
 そう……。これから先、俺はいつ雛見沢症候群を再発させてもおかしくはないのだ。
 隠匿されてきた病とはいえ、患者にとって自らの病気を知るのは大事なことだと、入江なら考えるはず。
「ならいいのだけど……でも」
 梨花はまだ納得いかないようだ。
 そんな彼女の頭を軽く撫でると、俺は不敵に笑った。
「心配は無用だ。もし入江が非協力的な態度を取ったなら、こちらもギアスの使用を辞さないさ」

  ***

 梨花が沙都子の病室に入って、しばらく時間を置いてから俺は病室の入り口から室内を覗き込んだ。
 事前に聞いていた通り、沙都子は頗る元気そうだった。皆に対して何やら申し訳なさそうな笑顔を浮かべていたが、それでも彼女の安否を確認出来たことに安堵のため息を漏らす。
 納得すると室内へは入らず、ワイワイと雑談に興じる皆に気づかれぬよう一人踵を返した。
 入江と接触するため受付にて診療の手続きをする。病室に行く前に梨花が自分も付き添うと言ってくれたが、沙都子と話したいことがあるだろうと思い、俺はその申し出をきっぱりと断っていた。
 受付での鷹野との会話は二三やり取りをするだけの簡単なもので済まし、待合室の長椅子に腰をかける。清潔感のある真っ白な天井を見上げて一息をついた。
 ……しかし、まさか先日俺が風邪で通院した診療所が謎の奇病の研究をする施設だとは思わなかったな。たしかにひなびた寒村の診療所にしては立派過ぎるとは思っていたが……。そんなことを今更ながら考える。
 三人ほど別の名前が呼ばれた後、自分の番が来る。椅子から立ち上がって診療室へと足を運んだ。
「ランペルージさん。大活躍だったそうじゃないですか」
 診療室に入った早々に入江からそんな言葉をかけられて、俺は呆けた声を上げた。
「はい?」
「またまた。沙都子ちゃんの件ですよ。聞きましたよ、なんでもあの園崎お魎さんを説き伏せたとか」
「ああ、そのことですか。いえ、説得なんてそんな。ただお願いを聞いてもらっただけですよ」
 もっとも、お魎に拒否権はなかったがな。心中でほくそ笑み、入江の前に置かれた背もたれのない丸椅子に近寄る。
「あ、どうぞおかけください」
「失礼します」
 俺は入江に促されて丸椅子に座る。
 そんな俺を前にして入江はうな垂れた。
「しかし、沙都子ちゃんがここに運び込まれた時は本当に驚きました……。まさか彼女がそのような状況に置かれていたとは……」
「無理もないですよ。担任の知恵先生ですらこの間まで知らなかったことですから」
 珍しく真顔で悔いている入江に対して慰めの言葉をかける。
 それにも入江は難色を示す。
「いえ、しかし……私は恥ずかしい……。日頃から沙都子ちゃんために何かしたいと思っていながら、ここぞという時に何も出来なかった……。だから私は……」
 しばらく入江による懺悔が続く。
 俺は一通りそれを聞き終えると、首を横に振って言葉を投げかけた。
「入江先生、それは間違っている」
「え?」
 入江はきょとんとしてただ俺の次なる言葉を待っていた。
「貴方は何も出来なかったというが、沙都子のために最善の治療をしてくれたじゃないですか」
「それは……医者として当然のことをしただけで……。なにも、沙都子ちゃんだから特別というわけではありません」
 俺は再び首を横に振ると同時に入江の手を握り締め、ぽつりと言った。
「その当然に感謝します」
「え?」
 顔を上げ、きょとんとする入江。彼に対して言葉を続ける。
「その当然が出来ない、そんな村のしがらみが沙都子を苦しめていた。なのに貴方は医者としてそれを当然と言ってのけた。ならば貴方は出来たんだ。言い切ってもいい。もし仮に今回の件を貴方が知っていたなら、貴方は沙都子を助けるために少しも協力を惜しまなかった」
「ランペルージさん……」
 入江は身体を震わせ、一抹の涙を零した。その様子を見られまいと、白衣で隠すようにして涙を拭うとすっと立ち上がった。
「……ちょっとコーヒーを持ってきますね。待っていてください」
 そう震えた声で言うと返事も待たずに診療室を出て行く。
 俺はその後姿を黙って見送った。

  ***

 数分後、コーヒーの香りを漂わせて入江は診療室に戻ってきた。手には二人分のコーヒーカップを乗せたトレイを持っている。
「インスタントで申し訳ないのですがどうぞ」
「ありがとうございます」
 カップを一つ、火傷に気をつけながら受け取る。
 エアコンの心地よい冷風もそろそろ肌寒く感じてきたところなので、温かいコーヒーだったのがとても嬉しい。ありがたくカップを口に運んだ。
 入江は一度コーヒーを啜ると、それから遠慮がちに口を開いた。
「ところで……今日はどんなご用件で? もしやまだ風邪が治られてないとか」
「いえ、今日は別件です」
「別件?」
 怪訝な顔で聞いてくる入江。さてどう話を切り出すべきか……。
 しばらく思案した後、結局単刀直入に聞くのがベストだという考えに至り、入江に詰問する。
「雛見沢症候群について分かることを教えていただきたい」
「なっ……」
 入江は俺の口からそんな話題が飛び出すなどまったく予想だにしていなかったのだろう。驚きで声を失っていた。
 それでも必死に誤魔化すように稚拙ながら言葉を紡いだ。
「な、なんですか? その雛見沢症候群とは一体……?」
 入江は視線を逸らし、机に置かれたカルテを手に取った。
「すみません、急な仕事を思い出したのでお引取り願えますか」
 俺の返事も待たずに捲し立てるように言葉を連ねる入江。その表情にはあからさまな焦りが見え隠れしていた。
 俺は間髪いれずに首を横に振り入江を追い詰めた。
「妙な誤魔化しは無用です。粗方のことは梨花から話を聞いて知っていますから」
「え、古手さんから、ですか……?」
「ええ。ですから入江先生、あまり手間を取らせないで欲しい」
 入江は梨花の名を出され、観念したようだ。深いため息を付くと、徐に二口目のコーヒーを口に運び入れた。
「どこまでご存知なんです……?」
「その問答に意味はないでしょう」
「そう、ですね。……では、逆にお尋ねします。何故古手さんは貴方にその話をされたんですか?」
「それは――――」
 入江の疑問に対して一呼吸置くと、俺は自らが発症に至るまでの経緯をこと細かく打ち明けた。

  ***

 俺は一部始終を――勿論ギアスの件は伏せているので全てというわけではないが――入江に淡々と話して聞かせた。その間入江は相槌以外ずっと無言だった。
 話が一段落着くと、すぐに簡易検査をする事となった。
 検査は実に単純なもので、採血をして血中のアレルギー物質の濃度を測り取り、試薬との反応を見るといったものだった。場所は極普通の診療室でひっそりと行われた。
 本当なら地下に存在する雛見沢症候群専用の研究施設で検査したいようだったが、鷹野に知られると面倒になるとのことで入江は諦めたようだ。
 梨花から鷹野は東京の監視員と聞いていた。主な任務は入江機関の監視だが、同時に雛見沢症候群の存在の隠蔽も行っている。
 山狗という不正規部隊を率いて、機密保持のためなら如何なる手段も躊躇なく使用し、情報漏洩の危険を排除する。その中には当然というべきか殺人も含まれるそうだ。
 だから、鷹野から情報を得る際には大事を取ってギアスを使おうと思っていた。
 それに対して、入江は雛見沢症候群について他言しないことを条件に何のリスクもなく質問に応じてくれるので都合が良かった。検査の間、俺は思いつく限りあらゆる疑問を投げかけていた。
「――ええ、そうです。古手さんが女王感染者と呼ばれ、研究対象として大変重要な人物であるのは本当です。
 事実、彼女の協力によって雛見沢症候群の研究は大きな躍進を遂げました。貴方の使用したC120も彼女がいなければまず完成には至らなかったでしょう」
 入江は治療薬の進歩を梨花のおかげと言う。そこには自分の手柄だという慢心は一切見えない。改めて入江の人の良さを垣間見た気がした。 
「それでは梨花が死ぬと村人が一斉に急性発症を起こすというのも事実なんですね?」
「そんなことも知っているんですね……。ええ、その通りです。
 もし仮に古手さん……いえ、女王感染者が何らかの理由で死亡するようなことがあれば、全ての感染者が48時間以内にL5急性発症を起こし、暴徒と化した人々で雛見沢は生き地獄になります。
 ……隣人を憎しみ疑い、昨日まで食事を囲んで笑い合っていた家族さえ信じることが出来なくなって殺し合う。想像するだけでも恐ろしい未曾有の生物災害となるでしょう」
 入江は試薬を秤量する手を止めて、一気に捲し立てる。
 事前に梨花からその話をされていたものの、俺は入江の口から物語られる凄惨な光景を想像してぞっとした。

  ***

 入江は一度静かに口を結び、再び口を開いた。 
「ですが、それはまず起こりません」
「何故です?」
「そういう事態に備えて緊急マニュアルというものがあるんです」
「緊急マニュアル?」
 それは初耳だった。おそらく梨花も知らない情報だろう。詳しく聞く必要がある。
 入江は表情をさらに強張らせた。
「……これは、古手さんにとって刺激の強い話です。彼女にも内緒にすると約束……いえ、誓ってください」
「ええ、分かりました。誓います」
 強く念を押してくる入江に俺は深く頷いた。
 無論そのような約束は反故だ。入江には悪いが梨花とは協力体制を取っているのだから、どんな気分を害する情報であれ伝える必要があるし、中には梨花が知ることによって初めて意味を持つ情報もあるだろう。
 入江は俺が即答したことに誠実さを感じたのか、こくりと頷き返し、ゆっくりと話し始めた。
「先ほどお話した通り、女王感染者は云わば爆弾の導火線なんです。その爆弾は爆発すれば恐ろしい事態が起きてしまう。……それを非人道的に処理するのが通称、滅菌作戦と呼ばれる措置です」
「非人道的に処理? ……っ、入江先生それはまさか!」
 入江はわざと言葉を選んで直接的な表現を避けているが、俺には彼の言いたいことが十分すぎるほど理解できた。
 入江は何を言うでもなく、ただ深く頷いて俺の想像を肯定する。その様子を見て取って、俺はある種の絶望を抱かずを得なかった。
 やはり非人道的な処理方法とはそういうことなのか……。
 もし仮に爆弾が破裂すると大変なことが起きると分かっているならば、爆発する前にその問題の爆弾を摘出してしまえばいい。
 摘出とはつまり……感染者の完全な消去。皆殺し。大虐殺となるわけだ。
 緊急マニュアル三十四号――滅菌作戦とやらが発動すれば、誰が何をしようと間違いなく雛見沢は終わる……。
 いや、ここは恐れ慄いている場合じゃないはずだ。梨花殺害の動機は十中八九この件が関係している。未だ動機は不明だが、上手くいけば梨花殺害の犯人の正体に近づけるかもしれないのだから。
「もしその事態が起きたとして、得する人間はいませんか?」
 俺は思い切って、さらに踏み込んだ質問をする。それは動機の追究。子供向けの漫画やアニメならともかく、こんなテロレベルの事件を起こしてただ喜ぶのが目的の悪人など現実には存在しない。そこには確かに何らかの利益、理由があるはずだ。
 しかし入江は驚き顔で即答した。
「まさか、そんな人間がいるはずありません」
「では質問を変えましょう。その緊急マニュアル、滅菌作戦の内容を熟知している人間を教えてくれませんか」
 そう訊ねると突然入江は重苦しい表情で押し黙った。 どうしたことかと不思議に思っていると、入江は鋭い目つきでこちらを窺ってきた。
「……おかしいですね、ランペルージさん」
「何が、です……?」
「貴方は再発を防ぐために雛見沢症候群について知りたいと言った。ですが思い返せば、貴方が聞いてくることは先ほどから対症療法とは関係ないことばかり。どうしてですか」
 入江は俺を値踏みするように見据える。
「いや、それは……」
 しまったと思った。情報を引き出すことばかりに夢中になり、疑いの目を向けられる危険を考えていなかったのだ。
 もし入江に嫌疑――どこかの諜報員かそれに順ずる何かの容疑――をかけられようものなら、遅かれ早かれその疑いは鷹野の知る所となり、疑わしきはクロのルールに従って俺は鬼隠しにされてしまうことも十分ありえる。
 何とか誤魔化さなければ……。嫌な汗が頬を伝った。
 
  ***

適切な言い訳が思いつかず、沈黙のまま時が経過する。
 そもそもこうなってしまったなら、どのような言葉も無意味なのだろう。意味があるとしたらギアスによる絶対遵守の命令しかない。
 正直入江にはギアスを使いたくない……がそう言っていられる状況か……?
 ……っ、やはり使うしか……。
 そう覚悟し、ギアスを開放させようとした矢先に入江が首を横に振る。
「いえ、今のは忘れてください」
「はい?」
 間抜けにも口をぽかんと開けてしまう俺。
 入江は気にせず続けた。
「私は沙都子ちゃんを救ってくれたランペルージさんを信じます。
 貴方がどういう理由で雛見沢症候群に興味があろうと、そこに悪意があるとは思えない。だからすべてお話しましょう」
「入江先生……」
 どこまで人が良いのだ、この人は。思わず俺は苦笑する。
 それとも、ここは沙都子に感謝すべきか。
 沙都子には悪いが、あいつが鉄平に虐待を受け救出することがなければ、ブリタニア人の俺が入江とここまで友好的にはなることはおそらくなかっただろうしな。
「さて。ランペルージさん、検査のほうは済みましたよ。
 一時的にL4になったような抗体反応が見られましたが、素早いC120の使用が良かったんでしょうね。現在はL2に落ち着いています。もう大丈夫ですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ただ再発の可能性が通常の潜伏患者よりも若干高くなっています。毎日十分な睡眠を摂り、ストレスを溜めないことを心がけてくださいね」
「ええ、分かりました。気をつけます」
 とりあえずは一安心といったところか。だがベッドでの睡眠時間を削り、居眠りで補っている俺にとってはつらい心がけになりそうだ。

  ***

 入江は検査道具を片付けながら先ほどの質問に答え始めた。
「緊急マニュアル34号の存在を知っている人物でしたね? それだとかなりの人数になりますが」
「では入江先生が思いつく限りで構いません」
「ん……そうですか、分かりました」
 入江が頷き、順に名前を上げていく。入江自身、富竹、鷹野、山狗の隊員――。
「それと、キョウト六家の関係者ですかね」
「え……? ちょっと待ってください!」
 動揺から自然と声のトーンが大きくなってしまう。俺は慌てて自制した。
「……キョウトですって? "東京"の間違いではなく?」
「いえ、キョウトであってますが」
 入江はそう応えてから独りごちるように言った。 
「そうか……梨花さんは東京がもはや存在しないことを知らない。だからランペルージさんが知らないのも無理はないかもしれませんね」
「どういうことです?」
「東京は、日本がエリア11と名を変えてブリタニア帝国の属領になった際に解体を余儀なくされました。
 この時、後ろ盾を失くした入江機関の存続も危ぶまれましたが、東京の代わりに無償で資金を提供してくださったのがキョウト六家だったのです」
 そんな馬鹿な。キョウトが無償で資金を提供するなんてありえない。何か裏があるに決まっている。
「無償……それは本当ですか?」
 俺が怪訝そうに尋ねると入江は首を傾げた。
「ええ、本当ですが。……何か目的があると?」
 キョウトはブリタニアから日本を取り戻そうと暗躍、活動している。
 日本解放戦線のようなテロ組織や黒の騎士団に資金を提供するのに手一杯で、そんな誰も知らないような奇病の根絶に割く資金などないはずだ。
 もし仮に資金に余裕があっても無償など考えられない。何か目的があるとしか思えなかった。それもおそらく軍事目的の……。
 別にキョウトの思惑を想像するのは大して難しくはなかった。ただ理解することは俺にはできそうになかった。
「キョウトは雛見沢症候群を生物兵器として軍事利用するつもりでは?」
「それはありえません。過去にはそういう研究を為されていたこともありますが、現在は治療薬等のポジティブなものしか扱っていません」
 だろうな。生物兵器の研究を代償にしてまで資金を得ようなどと入江のような人間が考えるはずがない。
 となると表向きは入江が治療法の研究を、裏ではおそらく別の人間が入江の目を盗んで生物兵器の研究を進めているといったところだろう。
 雛見沢症候群の研究に携わっている人間で怪しい人間は……?
 ……今のところ鷹野だろうか。梨花の話では綿流しの日に殺されるとのことだったが、偽装死の可能性も十二分にある。
 勿論キョウトから派遣された人間が入江診療所とは別の場所で研究をしている可能性も否定できない。
 だが生物兵器の性能をまず第一に考えたなら、東京が解体される以前から入江機関に属して雛見沢症候群を研究している人間にコンタクトを取るほうが都合がいいはずだ。
 そうなると鷹野の手駒の山狗や仲間の富竹という男も怪しく思えてくる。
 ……悪い兆候だ。雛見沢症候群の再発の危険性を思うと、あまり深くは考えないほうがよさそうだ。
 疑心は必要最低限に止めなければならない。俺のように頭で考えてから行動する人間には雛見沢症候群は最大の敵なのだと今更ながらに痛感する。
 こういう時は一人で悩むのはまずいな。梨花に意見を求めることにしよう。
「今日はありがとうございました。そろそろ沙都子の病室に行きますのでこれで失礼します」
「ええ、そうしてあげて下さい」
 俺はすっと席を立つと、入江に会釈をして診療室を後にした。






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