【16】
Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side
「――以上、これが僕の話したいことのすべてなのです。ぺこり」
防災倉庫のリビングにて短くない時間を費やし、ようやく魅音やスザクに私が置かれている状況を説明することができた。
一呼吸置いて周りを見回すと、皆呆然として押し黙っているのが見える。
魅音、レナ、沙都子、スザク……。やはりこんな荒唐無稽な話、簡単に信じてくれはしないか。
「信じられないのは分かりますです。でもこれは事実なのです」
……だが、こればかりは時間をかけてでも信じてもらわなくてはならない。何故なら、これから起こる事件が私だけの命を奪うものではないと、もう私は知ってしまったのだから。
「それで、おじさんたちはどうすればいいのかな?」
説明を終えてから、魅音が初めて口を開く。彼女に倣って沙都子も言葉を発すした。
「私たちに一体何が出来るというんですの?」
その言い方には僅かに私を責めるような強さがあった。
二人は怒っているのだろうか?
何に対して? もしかして私がいるせいで大量虐殺が引き起こされるから?
私が死ぬとそれに巻き込まれると知ったから?
二人にそんな目で見られているかと思うと居た堪らなくなった。私は自然と謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめんなさい……」
「それは何に対してのごめんなのかな、かな」
レナだけはこの空気を理解して私を責めないでくれると思っていた。けれど彼女もまた二人と同じく私をきつく見据えて詰問してくる。
仲間が周りにたくさんいるはずなのに、私は何故か孤独感を感じてしまっていた。
「それは……皆を巻き込んでしまったからなのです。そして僕が死んでしまった時、皆も犠牲になるからです」
俯き加減にレナの問いに答える私。口に出して酷く悲しい気持ちになる。
皆の罵りの言葉が聞こえてくるような気がして再び謝った。
「本当にごめんなさい。でも僕が頼れるのは皆しかいないのです……」
首を横に振るレナ。それは拒絶?
「梨花ちゃんは謝るべきだと思う」
もう謝っているのに、これ以上何を謝罪しろと言うのか……。レナが分からない。
レナの言葉を引き継ぎ、スザクが言った。
「梨花ちゃん。僕は皆とは初対面ではあるけど、皆が君の何に怒り、何に謝罪を求めてるかが分かるよ」
「それは一体何なのです……?」
「どうしてもっと早くに相談してくれなかったの? 僕には魅音たちがそう言っているように見えるよ」
「え……」
非難されても仕方がないと思っていた所に意外な答えが返ってきて、思わず唖然としてしまう。
そんな私にレナが真顔で語りかけた。
「梨花ちゃんの相談がもっと早ければ、奴らに比べたら限りなく無力に近いこんな私たちでも、今より多くの事が出来たかもしれない。逆に相談がもっと遅くなっていたなら、最悪、何もできずに私たちはただ梨花ちゃんを失っていた。理解できるよね?」
「はいです……。僕は皆の気持ちを全然考えてなかった。本当にごめんなさいなのです……」
私は自分の事を信じてもらおうと考えて、そのくせ仲間を信じることが出来ずにいた。その私の心を責められていたのだと気づく。
「分かってくれたならいいよ。幸いまだ時間がないわけじゃないし、それに……」
そこで場の空気を仕切り直すかのように魅音が手を叩いた。
「はいはい、そこまでにしようか。まだ梨花ちゃんに最初に訊ねたことの答えを聞いてないからね」
「最初に訊ねたこと……?」
「ええ! 梨花が私たちに何をどうして欲しいかってことですわ!」
沙都子が先ほどまでの責めるような表情を一変させて、いつもの太陽のような笑顔を向けてくる。
彼女だけじゃない。見回すと他の皆も笑顔で私の答えを待っていてくれた。
「皆……。僕を、いえ私を……助けてください!」
「「当然!!」」
皆は口をそろえてその想いに答えてくれたのだった。
***
Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side
ナナリーを家に送り届け、咲世子に適当な話をでっち上げて宥めた後、俺はまっすぐと梨花の家に戻った。
梨花へ問題は解決したもとい、そもそも事件自体なかったことを告げ、防災倉庫の階段を昇る。皆への打ち明けは済んだようで梨花は満面の笑顔で俺を迎え入れてくれた。
だが二階の居間に入ると、俺がいなかった間に何かあったようで少々疎外感を覚える。
まあいいか……。一人呟くように言ってすぐに頭を切り替える。
「それで? お前ら、事情を知った所で何か考えはないか?」
「考えって言われてもねー。逆に聞くけどルルの方はどうなのさ?」
緊迫した空気が辺りを包む中、魅音がいつもの様子で横柄に言う。空気が読めないのか、それとも場馴れしているのか、どちらにしろこの状況下では彼女の存在は心強かった。
「そうだな、俺は梨花を殺そうと思う」
「「な、なんだってー?!」」
俺の発言に対し、皆が一様に驚きの声を上げる。さながらMMRの登場人物たちのようだと言ったらお分かりになるだろうか。
このまま勿体ぶるのも一興だが、今はそんな場合ではないので続けて説明に移ることにする。
「綿流しの祭りまでの時間は少なく見積もっても優に48時間以上ある。今なら緊急マニュアルを逆に利用できるんだ」
「緊急マニュアルを逆に利用? あ、そっか! レナは分かったんだよ!」
まずレナが最初に俺の考えに気が付く。当然だろう。普段は隠しているが、彼女が部活メンバーの中でも群を抜いて勘が鋭いことを俺は知っている。こういうのを日本のことわざで能ある鷹は爪を隠すというんだろうな。
「え? え? どういうことですの? ルルーシュさんの言う事はいつも肝心の部分の説明が足りませんわ!」
「右に同じ。ルルみたいな優等生タイプってやつはそういうトコ、相手が分かってるのを前提で話を進めるから厄介この上ないよね」
沙都子が首を捻るその脇で魅音もまた同様の仕草をする。
「あのね、沙都子ちゃん。つまりこういう事なんだよ」
レナが耳打ちしてようやく得心がいったのか沙都子が手をぽんと叩いた。
「ああっ、まさかそんな手があったとは! まさに最高に優雅なトラッププランじゃありませんの!」
「な、何?! 沙都子どういうこと?!」
「おーっほっほっほ、これには魅音さんも驚くと思いましてよ~!」
今度は沙都子が魅音に耳打ちし、次は魅音からスザクへ。
傍観していた梨花だけが酷く困惑した様子で置いてけぼりとなっていた。
「みぃ、僕だけ仲間はずれなのです……」
「安心しろ、今説明してやるから。梨花以外はもう分かっているとは思うが、一応確認のために一緒に聞いてくれ」
皆に作戦内容とその段取りを伝え、それを元に俺たちはついに行動を開始する。
――――最悪の結末を回避するために、大切な人たちを守るために……。
「さあ、反撃を始めよう」
――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後2日。
***
Turn of Hinamizawa Village ―― Takano side
診療所の休憩室の一角で、紅茶の香りを愛でながら私は一日の仕事の疲れを癒していた。
今まで長い時間この職場で働いていた気がする。しかしそれも今日明日と従事してしまえばそれで終わりとなる。
思えば、ブリタニアの侵攻によってトウキョウが解体された時こそが私の運が尽き始めた頃だった。
雛見沢症候群の研究資金の供給ルートが断たれ、素性もよく知りもしない人間から援助を受けた。
私の方針など耳を貸さないそいつらの顔色を窺って研究を続けている現状……。
私は明日、最愛の人を殺すことになるだろう。
そして、この雛見沢に住む何の罪もない二千人余りの人たちを私の自己満足に巻き込むだろう。
だが立ち止まることは許されない。亡き祖父の遺志を継ぐと決めたあの日から私の心は変わらない。
「……。…………ん」
ふと覗き込んだティーカップの紅茶の液面に、ルルーシュ・ランぺルージの顔が映り込んだ気がした。
何故彼の顔が浮かんだのかぎょっとするが、その刹那に私は悟る。
ああ、彼は私に似ているのだ。いや、その言い方は多分誤り。正しくは”似ているような気がする”だろう。
冷徹で個人主義……。手段より結果を尊び、結果を出すためならいかなる犠牲も厭わない。そんな気がする。
もしあの少年が私の立場に居たなら、彼に同じ選択が取れるだろうか?
……その疑問に特に意味はない。ただ少し頭を掠めただけだ。
だがその答えとは関係なく、明日彼は何かしら行動を起こすだろう。
私の計画が漏れているはずはない。……が、雛見沢症候群の存在に気付いた彼なら何かを掴んでいると見ていいだろう。
「だけど、それでも――――」
私は私の未来を一歩も譲りはしない。
勝つのは私かそれとも彼か。否、最後に笑うのは他ならぬこの私だッッッ……!
強い意志は運命を強固にする。揺るがない信じる心こそが運命を切り開く鍵となる。
私の決意は地球という一つの惑星よりも遥かに重い。故に何者にも決して負けはしないし負けるはずもない。
すっと席を立ち、いつの間にか傍らで待機している小此木に飲みかけの紅茶を手渡して私は休憩室を後にする。
「さあ、祭りの準備を始めましょう?」
――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後1日。
***
――タイムリミット、綿流しの祭当日
日が落ち始め、辺りに綿流しの祭りの合図である打ち上げ花火の音が鳴り響いた頃の事だった。
作戦を開始しようとした矢先、小此木から一つの無視できない情報が入った。
「……っ…………なんですって?!」
小此木によって耳打ちされた内容によって、私は人目もはばからず驚愕の声を上げてしまう。
周囲を見回し、軽く咳払いをする。声のトーンを落とし、小此木を引き連れ、人気のない場所に移ると彼に聞き返した。
「本当なの……? Rが二日前に既に殺害されていたというのは……!」
「へい、東京租界から出張ってきたブリタニアの警官が死体を発見したとのことで」
「一体どうして……?! いえ、誰がそんな真似を……!」
山狗には古手梨花の殺害予定時刻についてはしつこく何度も確認を取っているはず。まさか山狗が先走ってしまったとは思えない。
一体誰が?! 焦りと苛立ちで思わず歯ぎしりをしてしまう。
そんな私とは対照的に小此木は冷静に話を進めた。
「Rをやっちまった犯人は既に捕まっています」
「誰! 誰なの?!」
急かす私の疑問に対し、小此木は重苦しいため息をつく。
「あの小僧……ルルーシュ・ランぺルージです」
徐に答えを告げる小此木。私の心情を察してか酷く残念そうだった。
古手梨花殺害の犯人の名を聞き、私はまるで後頭部を激しく強打されたような衝撃を受けた。
ルルーシュ・ランぺルージが何かしらの行動を起こす可能性は考えていたが、まさか友人の古手梨花を殺害してしまうなんて想定の範囲外だったのだ。
彼は古手梨花の友人であり、どちらかといえば彼女を守る側の人間のはずだ。いや、例えそのような関係を抜きにしても、彼女が死んでしまえば村人の急性発症が起きてしまう事を知っている彼がそんなふざけた真似をするわけがない。
つまりルルーシュ・ランぺルージが彼女を殺すことで得るメリットなど何もないはずなのだ。
ぐちゃぐちゃに煮込まれたシチューのような頭で私は言葉を零す。
「分からない……どうして彼が?」
「雛見沢症候群の急性発症が考えられます」
「急性発症ですって?」
「入江の奴が隠してやがったんでさ。小僧が犯人として捕らえられた知らせが届いた時の奴の様子がおかしかったので、問い詰めてやると簡単にゲロしました。あの小僧、一度症状をL4まで悪化させていて診療所に治療に来ていたようなんですわ」
「……っ……雛見沢症候群を、再発させたですって…………?」
そんな馬鹿な事があってたまるものか。だって、二日前会った時には彼にそんな素振りは僅かにも見られなかったじゃないか。
山狗に囲まれて組み敷かれても、動揺の色を少しも見せなかった彼が……あれほど古手梨花を信頼していたルルーシュ・ランぺルージが、その身に宿る疑心暗鬼や凶暴性をひた隠しにして雛見沢症候群を再発させていたというのか……? 馬鹿な、あり得ない!
「そうよ……これは何かの罠よ! ただちに事実確認をして頂戴!」
「へい、現在やっておりますが、少々問題がありまして」
「出来ないっていうの?!」
キッと睨みつけてやると小此木は狼狽し表情に苦笑いを浮かべた。
「いえいえ、出来ないとは言いません。ただ、ブリタニア警察には我々の息のかかった者がおりませんで、なかなか難儀しているところですわ」
「っ……可能な限り迅速に調査させなさい!!」
「へい、三佐の仰せのままに。……おいお前ら!」
小此木が近くにいる山狗隊員に強い口調で命令すると、彼らは一度綺麗に敬礼をし、逃げるようにその場を立ち去った。
「くっ……こんな形で私の計画に綻びが生じるなんて」
小此木の隣で、山狗が出て行った扉を呆然と見ながら呟く。
山狗の情報によると、古手梨花が死亡してまる二日……。これでは緊急マニュアルの発動の有意性が足元から崩れてしまっていることになる。
緊急マニュアルは古手梨花が死亡して48時間以内に行わなければならないもの。それを超えて発動させても何の意味も持たないただの大量殺戮なのだ。
何故……どうして? 緊急マニュアルを発動していなければ、村人の急性発症を止める手立ては何もないはず。もう今の段階で村人は発狂して殺し合いを始めていてもおかしくない時間ではないのか……?
にも関わらず村の様子がいつもと変わらず続いているという事は、私の尊敬するお爺ちゃんの論文が間違っていたという事……?
「それを認めろというの……? そんなことって……」
こぶしを強く握り込み、爪を掌に食い込ませても苛立ちは収まらない。
「三佐、まだ終わったわけではありません」
「……どういう意味?」
小此木の言葉が呆然自失だった私を現実へと引き戻す。
「作戦決行直前の古手梨花の死亡。何やらタイミングが良すぎはしませんか?」
***
Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side
地下祭具殿。それは園崎本家の一角にある、重厚な扉の先に存在していた。
奈落の底のような暗く陰鬱とした地下道、そこを通ってしばらく歩くと、祭具とは名ばかりの拷問器具が眠っている部屋に出る。
そのおどろおどろしい拷問器具らの寝室を通過し、傾斜の高い十数段からなる階段を降りていくとようやく私の居る部屋へと到達する。
その部屋には私と沙都子の二名が寝泊りをしている。先ほどの拷問器具の部屋と違って数多くの照明が施されており、気分的にどうということはない。
近くには監視カメラの映像を映す数台のディスプレイ。そこだけ見ると、さながら漫画やアニメに出てくる秘密基地のようだ。
私の傍らでは、沙都子が机に突っ伏しながら監視カメラの映像と睨めっこをしている。
「ねぇ、梨花」
突然、沙都子が姿勢を正して話しかけてくる。
「何なのです?」
すぐに返事をするも、警戒心の強い彼女の視線は映像に向いたままだ。
「私たち、だいぶ長い間ここに閉じこもっているわけでございますけど、一体外は今どうなっていると思いまして?」
「分からないのです。スザクやレナ、魅ぃが帰ってきてくれれば外の様子が分かるのですが……」
沙都子に倣ってカメラの映像を注視する。映像は園崎本家の敷地内を移しているが、怪しい人影は特に映ってはいない。
考えていたよりもカメラの映像だけで得られる情報は少ないようだ。分かることと言えば、私がここに隠れていることが山狗たちにまだ知られていないという一点のみ。それすらも憶測に近い怪しい情報である。
「レナたちはもう富竹さんを保護できている頃でしょうか?」
「分かりませんわ、手はず通りならもうこちらに到着していて良い時間ですし、案外手間取っているのかもしれませんわね」
そう答える沙都子は焦りからか膝に乗せた両手を頻りに動かしている。
こちらの動きを敵に勘づかれないように富竹の保護をぎりぎりまで先延ばしにする。そのルルーシュの判断は間違っていたのだろうか……?
「いずれにしろ、私たちはまだこの場を動くわけには参りませんわ」
「ええ、分かっていますです」
ここで私が出て行けば緊急マニュアルの有意性が復活し、再び敵の攻撃が始まる。最悪ルルーシュの策をぶち壊しにしかねない。
それは沙都子が出て行くのであっても変わらない。沙都子と私は一緒に失踪した事になっているからだ。
狂気に駆られたルルーシュによって私たち二人は共に殺害された。敵にそう思わせておかねばならない。そんな中、沙都子が雛見沢を闊歩していればこの私自身の死すら疑いの目を向けられかねない。
「ルルーシュが警察に捕まって封殺された今、下手に作戦にずれが生じれば修正は困難になりますです」
何も出来ず、おめおめと地下に籠ることしかできないなど全くもって歯がゆいことだが……作戦が失敗に終わることだけはなんとしても避けねばならない。
やはりルルーシュを序盤で失ったのはこちら側にとって大きな痛手となっている。だが信頼できる仲間の中で、山狗たちに対して違和感なく私の殺害動機を仄めかす事が出来る人間は雛見沢症候群を一度発症した彼だけなのもまた事実だった。
結局これを最善手と考えて、後は彼の力を借りずに奴らと戦うしか道はないのだろう。
沙都子と私は向かい合い、お互い深刻な面持ちで頷き合った。
***
「梨花ちゃん! 沙都子ちゃあああん!!」
そんな叫び声が地下洞に木霊する。
「レナさん?」
沙都子が耳に手を当て、声がする洞窟の暗がりのほうを向いた。
地下が静かすぎたために幻聴が聞こえたかと思ったが、なるほどあれは確かにレナの声だ。
この地下室には複数の脱出口があり、それらが迷路のように複雑に絡み合って出口へと繋がっている。その中の一つを通ってこちらに戻ってきたのだろう。
下手すると遭難する危険性があるのだが、正面口から入ると敵にこの場所を察知される恐れがあるので園崎本家へ戻ってくる時は仕方がなくこういった手法を取っている。
地下室に響く忙しない足音と共に暗がりからレナの姿が現れた。レナは私と沙都子の目前で動きを止めると、肩で息をして呼吸を整えた。
「二人ともっ、大変なんだよ!」
「一体何があったんですの?」
慌ただしいレナに対し、落ち着き払った様子の沙都子が先を促す。
十中八九、レナの知らせは悪い報だろう。だからこそ沙都子は冷静に状況を分析しようとしているのだ。
レナは一呼吸置いて叫ぶように口を開いた。
その内容は予想通り悪い報で、ルルーシュのいる警察署が何者かに襲われたという最悪の事態を告げるものだった。
悪い知らせだと身構えていたつもりなのに私の心臓が大きく跳ねる。
このタイミングで警察署が襲われる理由は……考えるまでもない、鷹野側にこちらの攻撃が見破られてしまったからだ。
まずいことになった。私の死体が偽物だと気づかれたのもそうだが、それよりもルルーシュのほうだ。
嫌な汗が私の頬を舐めるよう、緩やかに伝り落ちた。
「それで、ルルーシュさんは?」
「……ごめんね、そこまではレナも知らないの」
沙都子が訊ねるとレナは俯き気味に視線を逸らして首を横に振る。
「そんな……じゃあ彼は……」
まるで足元が崩れ去ってしまったかのように身体から力がぬけてゆく。
今まではルルーシュという存在が私を勇気づけ支えてくれていた。再び運命に立ち向かう意思を持てたのも彼がいたからだ。もし彼が敵の手に捕らえられてしまったのなら私は……。
貧血の時に起こるような酷い眩暈が私を襲ったが、そのまま倒れてしまいそうになるのを隣にいる沙都子が支えてくれた。
「梨花! 大丈夫ですの?!」
「え、ええ……ありがとう沙都子。でも……」
最悪な現状は変わらない。
ルルーシュの場合、捕まっても例のブラフにより殺されはしないだろう。しかし、殺されずとも死ぬよりもつらい拷問を受けることになり、そうなれば流石のルルーシュでも喋らざるを得ない。
「ルルーシュが鷹野に捕らわれたのだとしたら……」
もう私たちに勝ちの目はなくなってしまう。
彼の安否が不明というだけで、急速に私の心は沙都子が鉄平に連れ去られたあの日のように衰弱していくようだった。
「――その心配は無用だ」
「誰?!」
どこか聞き覚えのある男の声が聞こえ、皆一様に声のする方角――レナの現れた隠し通路のほう――を向いた。
何者かがコツコツと靴音を鳴らし、私たちの居る場所へゆっくりと近づいてくるのが分かる。この通路の秘密を知っているのは仲間だけのはず……。ふとルルーシュの顔が頭に浮かぶ。
一歩、二歩……。ゆっくりと距離が詰められ、その姿が室内の明かりにさらされる。はっきりと見えるようになるまでにそう時間はかからなかった。
あれは……ルルーシュでは、ない?
暗闇の奥から現れた人物は漆黒のマントとヘルメット型の不気味な仮面を身に付け、その場に立っていた。
「あなたは……ゼロ?!」
その姿を認識するなり、皆の声を代弁するかのようにレナが彼の名を叫んだ。