【17】
Turn of Hinamizawa Village ―― Okonogi side ≪数刻前≫
「ブリタニア警察を襲撃なさい」
物々しい雰囲気に包まれた作戦指揮車内にて、お姫様こと鷹野が呟くように命令を発した。
その言葉に俺を含めた山狗全員が耳を疑った。
「三佐、そりゃ無茶ってもんでさぁ」
「何故? どうして出来ないの?」
代表してリーダーの俺が否定を口にすると、鷹野はさながら何も知らない子供のように聞いてくる。
そんな事も分からないのか……。ため息交じりに、無能な上官もといお嬢へと分かりやすく説明してやるとしよう。
「いいですか三佐、確かにブリタニア警察をつついて古手梨花の生死が分かれば楽でしょう」
「じゃあどうして実行しないのよ?」
これからそれを教えてやろうとしているのに、お嬢は待ち切れず口を挟んでくる。やれやれだ……。
「――ですが、戦力が絶対的に足りてないんですわ」
ため息交じりにそう答える俺。さてどうやってこの昭和のマリー・アントワネットを説き伏せいればいいだろうか。
まず、襲撃して古手梨花死亡の事実確認をするだけなら容易くはないだろうがやってやれない事はないだろう。
しかし相手が警察であるのなら、強襲チームを組むだけでなくそれと同数以上の、安全に撤退を促すためのチームが確実に必要となる。
そんなチームを作るだけの戦力は現在の山狗にはない。その旨を懇切丁寧に教えてやればいいか。
頭でまとめた答えをお嬢にぶつけると彼女は腕を組んで押し黙った。
どうやら宥める事に成功したようだ。お嬢から視線を逸らし、車内を見回す。
すると隊員が一様に苦笑を浮かべていたので、俺もそれに苦笑いで返してやることにした。
***
「くすっ……くすくす……」
背後で哂い声が漏れた。俺は思わずぎょっとし、体を翻して振り向く。
「三佐?」
果たして笑い声の主は先ほど大人しくなったはずの鷹野だった。
「くすくすくす!」
彼女が唐突に腕を組んだままお腹を抱えて笑い出した。
「何かおかしいことでもあったんですかい?」
そんな疑問にも鷹野は今にも吹き出しそうな笑いを堪えて言葉を紡ぐ。
「ええ、小此木は随分と頭が堅いのねって思って。くすくす」
普段陰でお姫様と馬鹿にしている存在から嘲笑を浴びせられて少し頭に来る。だがそれでも本心を気取られないようにするのがプロであるこの俺だ。
「おや、そいつはどういう意味ですんね、三佐?」
柔らかい物腰で先を促すが、内心穏やかじゃない。お嬢の『本当に分からないの?』とでも言いたげな表情が本当にイラつく。
しばらくして鷹野は子供がクイズの正解を発表するかのように言った。
「くすくす。いいわ、教えてあげる。時に小此木、警察を強襲するために、撤退の助けが何故必要なの?」
「それは……」
お姫様は何を言ってるのか。理由は先ほど説明したはずだ。
俺が答えを濁していると、不敵な表情そのままにお嬢が続けた。
「強襲チームは古手梨花の生死を確認後、無線で連絡。これだけで済む話じゃなくて?」
「はい? これだけで済むとは?」
「言葉通りの意味よ」
俺は逡巡してお嬢の言葉から思惑を辿る。そして、気づいた。
「……まさかとは思いますが、三佐は隊員を切り捨てるおつもりで?」
「まさか? ふふ、山狗の隊長ともあろう貴方が何を甘い事を。任務遂行のために必要であればそれは当然の成り行きではなくて?」
冷たい目で笑う鷹野を前にして思わず背筋が凍る。
切り捨てるなんて言い方はまだ生易しい。鷹野は見殺しにするつもりなのだ。
そうさ、ブリタニアの警察署内でそのような騒動を起こそうものなら、ブリタニアはその威信にかけて日本人である山狗隊員を生かしておく事などしないだろう。
運が悪ければ拷問後、公開処刑。仮に運が良くともその場で射殺されるだけだ。それを鷹野に伝えても彼女は笑みを崩さない。
「それが何か?」
鷹野のそんな一言を聞いて俺は悟った。
ああ、この女は俺たちを便利な捨て駒としか考えてないんだな、ってな。
***
Turn of Tokyo settlement ―― Lelouch side ≪数刻前≫
「――そろそろ動き出すか……」
東京租界の警察署の取り調べ室にて俺は独りごちる。
ここを出て雛見沢に居る皆と合流。その後は……。
机を挟んで対面に座っている刑事に目配せをし、ゆっくりと席を立つ。既に彼は俺のギアスによって一時的に俺の協力者となっている。何も問題はない。
刑事は俺の脇へと来ると俺に手錠をし、共に取調室を出る。
俺がブリタニア警察に捕まった事は既に鷹野らに知られているだろう。従って、ルルーシュ・ランぺルージは戦線を離脱しているとまず敵は誤認するはず。
そうでなくても警察は彼らの天敵ともいえる存在であり、俺のマークは当然の如く緩和される。その綻びを突く。
俺は協力者の刑事にパトカーに乗せられ、警察署をまんまと抜け出る。表向きはここより上位の警察署に連行されることになっているが、鷹野らにはそれを見破る術はない。
となれば、奴らは居所の分かっている俺の動向よりも、梨花の死の真偽を調べるのに躍起になるはずだ。
ところがそれも難しい。
何故ならギアスで俺の支配下に居るのは何も取調室の刑事だけではない。梨花の遺体とされるモノが安置されている部屋にも、俺のギアスに操られた刑事達が存在する。
彼らへの命令は一つ。部屋を封鎖し、侵入者があった場合″出来る限り平和的に排除しろ″というもの。これによってその場にシュレーディンガーの猫箱を構築する。
古手梨花が”生きているか死んでいるか”は部屋に入って中を確認するまで分からない。生死不明の状態で緊急マニュアルを行使する暴挙はあり得ない。
従って、敵は必ずこの餌に食いつき、何かしらの動きを見せるに違いない。そこを揺さぶるとしよう。
この動きはチェスで例えるならナイトの動きといえる。駒を飛び越え、縦横無尽に動き回って相手を翻弄する奇策といった所か。
「……さて、敵はどう切り返してくる?」
車の後部座席で身体を楽にすると、考え付く限りの敵の手を予想していく。
しばらくして人気のない道へと入った。この先に予め決めておいた降車ポイントがある。
追手がないことを確認後、その場所でパトカーを降りた。
付近にはサイドカー付きのオートバイを傍らに携えた少女が一人。彼女は黒いバイクスーツに身を包み、長い緑髪を風に靡かせ佇んでいた。
「待たせたな、C.C.」
「遅いぞ、馬鹿。女を待たせるとは随分と甲斐性がないんだな」
待たされたことに腹を立てたのかC.C.は皮肉を口にしながら、ヘルメットを投げてよこす。そんな彼女に俺は悪びれもせず言葉を返した。
「甲斐性? そんなもの、正義の味方には必要ないだろう?」
「ふっ、正義の味方か。そんな悪人面ぶら下げてよく言えるものだ
」
C.C.は俺の物言いを鼻で笑いながらアクセルを吹かせる。俺がサイドカーに乗ったのを見計らってバイクを急発進させた。