【20】
Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side
スザクがゼロである俺の指揮下に入った後しばらくして祭具殿の扉が爆音と共にこじ開けられた。
どうやら山狗たちが祭りの花火の音に乗じて扉に爆弾を使用したらしい。
彼らはすぐに飛び込んで来ることはしなかった。無残にも破壊された扉前で危険がないかを確認しているようだった。正規兵であれば当然の立ち回わりであるが、時間が欲しいこちら側にしてみれば敵が用心深いのはむしろ都合がよかった。
扉から目を離さずにゼロとしてスザクに声をかける。
「さて、枢木スザク。最初の指示だが、侵入してきた敵を上手く撹乱して時間を稼いで欲しい」
「後方支援の有無を確認していいか」
「それについては私が銃器によるバックアップをするつもりだ。全力でな。要求や問題があれば今のうち伝えてくれると助かる」
「問題ない。他には?」
「大事なことが一つある。作戦の構成上、人質に取られるのは無論のこと、死ぬことは許されない。こちらの士気と戦力に関わるからな。頼めるだろうか?」
人質にされそうになった状況で自決できない、つまり失敗ができない任務であることにスザクは息を飲んだ。しかしそれも一瞬のことで、覚悟を決めたのか彼はすぐに言葉を返した。
「イエス、マイロード」
交戦前の俺とスザクとの会話はこれだけで終わった。
スザクは祭具殿の扉と俺のちょうど中間地点で敵の侵攻を阻止していた。
山狗はゼロとスザクの連携に攻めあぐねている様子だった。当然だ、俺たち二人が協力して出来ないことは少ない。拠点の防衛は容易かった。
そろそろいいだろう。梨花たちの撤退する時間は十分過ぎるほど稼いだ。後は殿(しんがり)を撤退させるだけだ。
「もういい、退け枢木スザク!」
「了解した」
スザクを戻し二人で弾幕を張り続ける。傍にいるスザクが交戦から初めて自分から話かけてくる。
「ゼロ」
「なんだろうか」
「君は先ほど死ぬのも人質になるのも許さないと言ったが、今も同じくことが言えるか?」
暗にこの状況での撤退は不可能であるとスザクは言っているのだ。
脱出口は垂直に空いている底が見えないほど深い空洞であり、その壁面には簡素な梯子が取り付けられているに過ぎない。
梯子を降り際には両手両足を使って体のバランスを取らなければならず、降下中は無防備にならざるを得ない。一人目はよくも二人目は敵の格好の的になるのが必然だった。
従って二人のうち一人は助からない計算となる。
スザクはゼロの返事を聞く前に矢継ぎ早に言った。
「僕が残る。君が残るよりかは僕のほうがいくらか適任だろう。君の撤退が完了するまでこの場を死守する。彼らに立ち向かうにはまだ君の指揮力が必要なんだ」
「そうだな、間違ってはいない」
「なら行ってくれ。君との決着をつけられないのは残念だが、」
「――しかし、正しくもないぞ枢木スザク」
俺は不敵に笑ってスザクへと否定の言葉を口にする。 一方、スザクの方は呆気に取られて首を傾げた。
「どういうことだ?」
「この場にはゼロである私が残る。それが最善だ」
「馬鹿な! 君にはまだ仕事が残っている! こんな所で死んではダメだ!」
「死にはしないさ。私は正義の味方だからな」
「ふざけている場合か!」
スザクの激昂に俺は少しも悪びれない。淡々と言葉を紡いでゆく。
「私は本気なのだがな。とにかく時間がおしい。頼む、ここは任せて行ってくれ。私に考えがある」
「本当か?」
「ああ、この状況で嘘などつかない」
スザクは頷くと背中を向けた。
何かを呟いたようだが聞き取れなかった。聞き返す暇もなく彼は闇に消えていった。
彼が撤退する間の時間を稼ぐ。それは難しくないだろう。
両手に銃器を持って弾幕を張り続ける。リロード時は沙都子の餞別であるトラップで隙を補う。
弾幕を張り続けている間は山狗も闇雲に距離を詰められない。が、弾薬は無限ではない。
善戦するもとうとう弾薬が底をつく。空撃ちの虚しい音が祭具殿内に小さく木霊する。
後退を余儀無くされ、脱出口まで急いで下がる。
こちらの攻撃が止むと、山狗は間髪入れず追撃に移ったようだ。銃弾が肩に、背中に被弾する。
動きが鈍り距離はあっという間に詰められた。
足元には奈落のように深い穴がある。なんとか脱出口まで到達できたようだが、すでに周りは銃で武装した山狗たちに完全包囲されている。梯子を降りようとすれば容赦無く銃弾の雨が降り注ぐだろう。
***
「殺さずに生け捕りにしなさい」
山狗たちの背後から女が現れてそう言った。
軍服姿であったがその顔には見覚えがあった。彼女は入江診療所のスタッフであり山狗の指揮官、そして古手梨花の宿敵――他ならぬ鷹野三四だった。
「くすくす、まさか革命家ゼロが一枚噛んでいたとは。計画通りいかないのも当然よねぇ?」
妖艶に笑いながら鷹野は山狗の包囲を割って中に入ってくる。
「さて、古手梨花含め他のやつらがどこに行ったのか吐いてもらうわ。ああ、その前に邪魔な仮面を取って素顔を見せてもらおうかしら?」
「この仮面を外して出てくるものなど見るだけ無駄だぞ」
「この状況で冗談を言えるなんて流石ゼロと言ったところね。貴方の素顔はブリタニアが喉から手が出るほど知りたがっているというのに」
「ふん、そんなに見たいというのか。ならば見せてやろう」
俺がそう言うとゼロは仮面を取り、脇にかかえた。鷹野は目を見開いて、露わになった仮面の下を凝視した。
「ふぅ、やっと喋ることができる。黙ったままというのも楽じゃない」
「女ですって?!」
「ああ、一応言っておくが私はゼロじゃないぞ。本物も数刻前まではここにいたんだがな、残念だが今はこの仮面に仕込まれたスピーカーから声を出しているだけでここにはいない」
どこか場違いな抑揚でゼロ不在を告げた女は特徴あるエメラルド色の髪をした少女、C.C.である。
「本物はどこにいるの?! 答えなさい!」
「さてな、大方そこらで悪巧みでもしているんじゃないか?」
「 悪巧みとは失礼な物言いだな、絶賛人助け中だというのに」
インカム越しに歯ぎしりをするが、その音はおそらく聞こえていないと思われる。まあ、今回の件で借りもあることだ、下手に噛み付くのはやめておこう。
鷹野が舌打ちをする音が聞こえる。
「ならば捕らえて拷問にかけて聞き出すことにするわ」
「それは拒否する」
山狗をけしかけられる前にC.C.は鷹野へと不敵に言葉を返した。そして――
「さよならだ、私はここから離脱させていただく」
おそらく鷹野はどうやってこの包囲から抜け出るつもりなのか聞こうとしただろう。だがその答えはただ行動でもって返された。
C.C.は脱出口に身を投げると垂直に落下していく。当然命綱など存在しない。
脱出口へC.C.の体が吸い込まれる間際、仮面に仕込まれたカメラで鷹野の顔を見ると驚愕の表情で固まっていた。
C.C.の胸に抱かれた仮面から送られてくる映像を見て偽りの浮遊感を覚える。
「嫌な役回りをさせてすまない」
俺は奈落の底に今も自由落下してるであろうC.C.に謝る。いくら不死の存在とはいえ、落下中の不快感も、その先にある落下の衝撃による痛みも彼女は感じてしまうのだから。
「なに、気にするなよ。私とお前の仲だろう? それよりこれが終わったら借りは返してもらうからせいぜい覚悟をしておくんだな」
「…ふっ、それは怖い」
C.C.の冗談に合わせて俺は笑った。
「だがこの高さから落ちれば私でもただでは済まないだろう。身体の修復もだが、この奈落から這い上がるのはちと骨だ。悪いが私を顎で使えるのはここまでと思っておけ」
「ああ、分かっている」
「では、またな。死ぬなよルルーシュ」
その言葉を最後にC.C.の身体と仮面は地面に激突し、その機能を停止させた。
***
C.C.との交信が途絶えてから俺は次の行動に移ることにした。
梨花たちとは違うルートで地上に出たため合流は難しいが、黒の騎士団でも起用しているトランシーバーでの定時連絡によって密にとはいかないまでも概ね連携は保たれている。
梨花たちは魅音をリーダーとして祭具殿を脱出後、裏山に籠城することとなっている。その動きはすでに敵側に知られているが、意図的に漏れるよう仕向けた情報であるため手はず通りだった。
裏山には沙都子のトラップが埋め尽くされている。一度籠城を決めれば少なく見積もってもまる一日は戦えるだろう。
普段は一学生に過ぎない彼女らだが、沙都子のホームグランドである裏山は彼女らの遊び場であり、その場所においてはまさに一騎当千と言えた。
今鷹野の戦力は地下祭具殿と裏山に集中している。
俺はゼロの装いのまま、富竹を救出すべく手薄な入江診療所へと侵入する。こうなる可能性を予見していた俺は富竹に小型の発信機を飲ませておいたのだが、その判断は正解だったようだ。発信機の反応は診療所の地下を指していた。
監視カメラの映像から侵入者が現れたことは分かるようで、山狗が四人正面から現れる。
山狗たちにして見れば敵を排除するために出て来たのだろう。だが俺にってそれは渡りに船だった。彼らにギアスをかけ手駒とし、地下の研究施設を開けさせる。
地下の研究施設内部は思いの外広く入り組んでいた。
無駄に時間を食えば敵が診療所に戻ってくる危険性も高まる。
手駒にした山狗のうち二人にはこの研究施設内の警備システムを無力化するように、もう一人には話に聞いていた昏睡状態となっている沙都子の兄を安全地帯へ退避させるように指示を出し、残りの一人には手っ取り早く富竹の元へと案内させることにした。
通路をいくつか曲がり辿りついた部屋の隅で富竹を発見する。手駒と化した山狗は富竹に無用な誤解を招きかねないため入り口の外で待機させ、俺だけが部屋へと入っていく。
富竹は縛られ横たわったまま俺を見上げた。
「君は……誰だ?」
「私の名はゼロ。安心しろ、革命家にして正義の味方だ」
名乗りながら富竹の身体を起こして縄を切断してやる。
「ゼロ? あの黒の騎士団の? それがなんでまたこんな田舎に来ているんだい?」
「その話は後だ。とにかくここを出よう」
「分かった、今は君の指示に従ったほうがよさそうだ」
富竹を監禁部屋から連れ出そうとしていると、部屋の入口付近で銃声が鳴り響いた。
扉の方に目を向けると、見張りを任せていた手駒の山狗が部屋のすぐ外で倒れているのが見えた。
床には大きな血だまりができ、額に弾痕があることからすでに事切れているのが分かる。
「危ない!」
富竹に肩を掴まれてそのまま床に倒される。その直後に破裂音がしたかと思えば、先ほどまで俺の頭があった高さの壁に銃弾による穴が空いていた。
富竹は手慣れた動きで近くにあった金属製の机を引き倒し、簡易的な防壁を作り出す。その横顔は精悍な軍人の顔であり、普段の彼、売れないフリーのカメラマンを知っている人間が見ればとても同一人物には思えないだろう。
「こちら雲雀13! 侵入者発見!内通者が手引きした模様! 繰り返す――」
姿は見えないが壁越しに男の声がする。どうやら無線で増援を呼ばれたようだ。ばれるのはもう少し先だと思っていたが、なかなか勘のいいやつがいたらしい。面倒なことになってしまった。
応戦してもらうために丸腰の富竹に所持しているほとんどの銃や弾薬を渡す。
「私より貴方のほうがうまく使えそうだ。頼めるだろうか?」
「うん、任せてくれ。これからどうする?」
聞きながら富竹は一度正面へ発砲した。
「そうだな、時間が立てばまずいことになる」
今の所は警備システムが切られていて大丈夫なはずだが、復旧が済めば鎮圧用のガスなどを使用され容易く戦闘不能にされるだろう。
俺の仮面は毒ガスなども防ぐため問題ないが、あいにくと特注のため自分の被っているものしかない。最悪、富竹に正体をばらして代わりに仮面を被ってもらわなければならなくなるかもしれない。
「だが――」
言いかけた所で扉の外から聞こえる銃声が増えた。こちらに飛んでくる銃弾が止んだことから敵の増援が来たわけではない。
おそらく沙都子の兄の保護や警備システムを無力化しにいった山狗たちが先ほどの無線を聞きつけたのだろう。ギアスに操られるまま俺たちの加勢をしているわけだ。
「くそが! 揃いも揃って裏切り者が!」
雲雀13と名乗る男が喚き散らす。
図らずもクロスファイアの配置となり、俺たちに有利な、逆に彼にとっては不利な状況へと戦況は一変した。
「チャンスだ!」
富竹は敵がいる方へと手榴弾を投げると爆発直後に特攻をしかけた。
俺も後に続いて部屋から脱け出す。
敵を挟撃してもよかったが、富竹を失う危険は冒せない。
手駒の三人を囮にして俺は富竹と共にその場から離脱する。
2ブロック程移動した頃に銃声が鳴りやむ。敵がやられたか手駒が取られたかは定かではないが、急がねばならないことに違いはない。
疲労を身体で感じながらも階段を二段飛ばしで駆け上がり、研究施設のある地下フロアを抜ける。後は診療所の待合室を横切れば外に出られる所まで来ていた。
「へへ、やはり戻ってきて正解だったみたいだなあ! 」
ところが出口までもう少しの所で思わぬ邪魔が入る。待合室で男が一人俺たちを待ち受けていたのだ。
その顔は一度見たことがあった。山狗の隊長、確か小此木と呼ばれる男だった。
***
俺の想定では、小此木は地下祭具殿か裏山の攻防で陣頭指揮をとっているはずだったが、それらを放棄して戻ってくるとは当てが外れたようだ。どうやら計画通りには行かないらしい。
が、さして問題はない。
俺は小此木と銃口を向け合いながら富竹に声をかけた。
「先に行け、富竹次郎」
「しかし…」
「貴方が興宮まで無事到達し、番犬部隊を呼ぶことができれば我々の勝利だ。そうだろう?」
「分かったよ。必ず助けを呼んで帰ってくる。ここは任せたよ」
そう言うと富竹は診療所の窓を勢いよく開けて飛び出した。
小此木はそれを黙って見逃していた。
「やけにあっさり彼を行かせたな。伏兵でも潜ませているのか?」
「はん、そんなのいねぇよ。まあ信じるかは勝手だが」
小此木は俺の問いかけを鼻で笑って言った。
「もうどうでもいいんだよ。どうせこの戦争ごっこはお前らの勝ちだ」
「ほう、負けを認めるというのか?」
「ああ、思えば標的の古手梨花に作戦がばれていたのがケチのつき始めだった。だがまさか大の大人がより集まってガキ一匹捕まえられないとはな。
そのガキには裏山で持久戦に持ち込まれて作戦のタイムスケジュールはがたがた。おまけに黒の騎士団のゼロなんかが出てくる始末。まぁお手上げだわな」
「ならば投降しろ、命の保証はする」
「命の保証ねぇ。じゃあなにかい、お前さんは死人を生き返らせれるとでも言うのかい?」
小此木は一呼吸置いてから俺の返事を待つでもなく一気にまくし立てた。
「俺はこの作戦で多くの部下を亡くした。部下たちは俺の指示に従って死んでいったんだ。だからよ、自分だけ命おしさに投降なんてするわけには行かないんだわ」
銃を撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけ。俺にはそう言っているように聞こえた。
「小此木、お前は死なすには惜しい人間だ」
「そりゃどうも。だが戦争には負けたがこの場で死ぬつもりはない。死ぬのはゼロ、お前さんのほうだ」
両者睨み合い、お互いの銃を持つ手に力が入った。
もはや説得は無駄なようだ。しかしそれならば手段を変えるまでだ。
俺の目に備わった奥の手、絶対遵守のギアスを発動させる。
「ゼロが命じる。武器を捨て速やかに投降しろ」
ギアスの波動が小此木の双眸に向かって飛んでいくのが分かる。この距離ならば外すことなどありえない。
ところがこの時、俺にとって想定外の現象が起きた。
まず、パチパチと静電気の弾けるような不思議な音が鳴った。
それからまるでガラスが割れるような破砕音がして――。
次の瞬間には一発の銃声が診療所内に響いた。
気づけば俺は右肩を銃弾によって貫かれていた。
***
「くっ……」
わけが分からなかった。推移した状況への理解がまるで追いついていなかった。ただ、利き腕を撃たれた俺は痛みにより銃を零し落とし、小此木の銃から煙が上がっているのを呆然と見ていた。
「なるほどなるほど。それがゼロの隠し玉ってやつか。他人を操るギアスとはまた恐ろしいもんもってやがる」
小此木が何故ギアスの存在を知っているのか、何故ギアスの命令に従わないのか分からず、俺は驚き固まる。対して小此木は銃をこちらに向けるのをやめたかと思えば、額に手を当てながらさもおかしそうに笑った。
「くっくっく、山犬から裏切り者が出たと聞いてまさかありえないと思っていたがそういうカラクリだったわけだ。でも残念だったなぁ。俺にはお前さんのギアス能力は効かないんだわ」
馬鹿な、そんなことがありえるというのか……。
ギアスのことを知られているだけでなく、絶対の自信があった手段を何事もなかったかのように防がれ、俺はとても普段の冷静な状態ではいられなかった。小此木の隙を突いて銃を拾うでもなく、傷に手を当てながら彼の話を黙って聞いていた。
「ギアスレジスト。自分に向けられたギアス能力を把握してただ一度だけ無効にする、それだけのしょうもない力だったがまさか役に立つとはな。世の中分からないもんだ」
「くそ…」
何がしょうもない力だ。俺にとっては最悪のギアスではないか。
何故なら俺の持つ絶対遵守のギアスは対象一人に対してたった一度しか効果がないのだから。
「終わりだ。お前さんが死んだらその仮面を剥がし、俺個人のちょっとした好奇心を満たすとしよう。敗軍の将にもそれぐらいの役得があっていいだろう」
小此木が再び銃口を向けてくる。
撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけ。俺はいつでもそのことを胸に刻んでゼロを演じてきた。
だからこの場で小此木に殺されたとしても仕方がないことだと分かっている。
だが。シャーリーと再会し、レナに諭されて俺は変わった。
恥知らずにもここで終わりたくないと思ってしまっていた。生きて幸せな未来を望んでしまった。これから死ぬ人間にはそんな想いは余計だと言うのに。
小此木が引き金に力を入れるとカチリと軽い音がした。
誰かが助けに来るなんて奇跡はあるはずもない。間も無く銃弾が飛び出し、俺の命を容易に奪っていくことが想像できた。
「すまない、ナナリー……」
どうやら俺はここまでのようだ。
その俺の呟きが引き金になったように直後銃声がした。その音を聞きながら俺は心臓を正確に穿たれ吐血する。素人目に見ても明らかな致命傷だった。
短いうめき声が口から漏れ、地面に倒れ込む。
視界が霞み、感覚もほとんどない。もうすぐ意識も途切れるだろう。
そんな中、今までの出来事が脳裏を駆け巡る。
走馬灯など迷信か何かだと思っていたが本当にあるとは。死ぬ間際だというのにそんなことを考えた自分が少しおかしかった。
皆の顔が浮かんでは弾けて消えていく。
スザク、ナナリーのことを頼む。
魅音、レナ、沙都子、俺がいなくなってもナナリーと遊んであげてくれ。
そして梨花、最後まで見届けることが出来なくてすまない。
それから、それから…。
シャーリー、君に出会えてよかった。
そこで俺の意識は、まるで電源プラグを抜かれたかのように酷く呆気なく途切れた。