【21】
Turn of Hinamizawa Village ―― Rika side
雛見沢の事件が解決して、あれから丁度一ヶ月の時間が経過した。
あの事件でルルーシュが死んだ。その事実に皆が悲しんだ。ナナリーはベッドから起き上がることもなくなり部屋から出てこなくなった。
ルルーシュの葬儀はすでに済んでいる。式はお魎の主導のもと、村一丸となって行われた。
私たちが裏山で鷹野と決着をつけたすぐ後、富竹が呼びよせた番犬部隊が到着した。
鷹野や山犬の残党を回収した彼らを見送ると、私は魅音とレナ、沙都子と共にゼロからの連絡を待っていた。
ところが連絡が来たのはスザクの方からだった。
皆と一緒に現場に向かうと、診療所の待合室で倒れていたルルーシュの亡骸を発見した。彼はゼロの装いのまま床に眠るように倒れていた。
私はこの時初めてゼロの正体がルルーシュであることを知った。
その場の皆が泣き崩れる中、魅音が涙ながら言った。このままルルーシュをゼロとして死なせる訳にはいかないと。
ゼロとして遺体を回収されてしまえば、私たちは彼を弔うことができなくなるからだ。私たちは共謀して彼の亡骸に偽装を施した。
だからルルーシュはただの一般人として運悪く通り魔に殺されたことになっていた。番犬部隊に捕らえられていなくなった鷹野と共に、またオヤシロさまの祟りが起きてしまったと噂されるようになった。
今日も私は納骨が済んだルルーシュの墓前でただ佇んでいた。彼の墓石はブリタニア式だった。それが日本の墓地では一際目立つ。
この結末が私の想い描いていた未来なのか……。否、そんなわけあるはずがない。
何度考えたか分からない。こうならないもっと良い方法があったんじゃないか、もっと上手く立ち回れたんじゃないかと。
ただ時間だけが過ぎていく。
何がオヤシロさまの生まれ変わりか。大切な友人一人救えないというのにまったくおかしな話だった。
もう枯れ果てたはずの涙が溢れてくる。涙は頬を伝わり、ルルーシュの墓石に零れ落ちた。
「このまま終わりたくないのですね、あなたは」
背後から声がして、ゆっくりと振り返る。するとそこには懐かしい少女の姿があった。
「久しぶりなのです。梨花」
巫女服に身を包んだ有角の少女。彼女オヤシロさまと呼ばれる存在であり、長い刻を共に過ごしてきた私の半身とも言うべき大切な……。
「羽入……? 本当にあなたなの……?」
「はいなのです」
その声を聞いているうちに懐かしさよりも腹立たしい気持ちが強くなった。
「今更……今更出てきてどういうつもりよ!」
「ごめんなさいです」
私が声を荒らげても羽入は淡々と謝罪を口にするだけだった。そんな彼女に対して溜まっていた文句が勢い良く溢れ出てくる。
「私がどういう気持ちでいたか分かっているの? ブリタニアなんて妙な国が介入してくる世界に一人飛ばされて恐ろしかった、あんたが消えてしまったかと思って不安に押しつぶされそうだった!
そしてこの世界のイレギュラーを素直に受け入れられるようになって。もうこれを逃したら後がないような最高の世界がやって来て。ようやく殺されない未来を歩めるかと思ったら、私のために大事な仲間が死んだ!」
羽入に見せつけるようにルルーシュの墓の方を指し示す。それでもなお羽入は冷淡に無機質な声を返してきた。
「知っているのです。全部見ていましたから」
「見ていたですって?」
「梨花がこの奇妙な世界に飛ばされた後、私も梨花を追いかけて世界を飛んだのです」
「だったらどうして……」
助けてくれなかったのと責めたてようとして途中で止める。
羽入に見捨てられたと思っていたが、どうやらそうではないようだった。彼女の言い分を聞くだけ聞いてやろうといくらか冷静になる。
羽入は話を続けた。
「世界を構成するカケラに問題があったためです。私はカケラ合わせという力を使って世界を渡り歩くことができる。でもこの世界のあるカケラの一つが私の持つカケラを拒絶していたのです。それが何か分かりますか?」
「分からない。でもその邪魔をしていたカケラが何らかの形で消滅したからこそ、あんたがこちらの世界に干渉できるようになったってことは理解したわ。それで、なんだったの? その問題のカケラは」
羽入は無表情のまま手を前に突き出すと、私の背後を指差した。
振り返っても、あるのはルルーシュの墓のみ。
羽入が何を指差しているのか分からず戸惑っていると、彼女は冷たく言い放った。
「ルルーシュ・ランペルージ。彼がそのカケラだったのです」
「なに言ってるのよ…。ルルーシュがカケラだなんて、彼を物みたいに言わないで」
「カケラは物であるとは限りません。生物、例え人間であっても不思議ではないのです」
羽入の言葉に私の心は強く揺さぶられた。だって、そんな事を突然言われてもわけが分からなかったから。それでも羽入が嘘をつく意味を考えると、彼女の言っていることが事実であると思わざるを得なかった。
「ルルーシュ・ランペルージは幾多の世界で雛見沢大災害に巻き込まれていました。ところが彼はどんな世界でもどんな状況だろうと存外にしぶとく生き残っていた。
決して彼があなたより先に死ぬことはなかったのです。彼が生きている間はカケラ合わせが成功することはない。私はそれを憎々しく見ていたのです」
「そして……今に至るわけね」
つまり羽入はルルーシュが死ぬのを待っていたのだ。彼がいなくなれば私をこの世界から引っ張り出すことができるから。
「はいです。だから梨花、時間は随分かかってしまったけれど……帰りましょう、あの雛見沢へ。圭一がいて。魅音やレナ、沙都子がいて。赤坂たちもいる、皆が笑っている世界に」
「ごめんなさい、せっかくだけど私は帰らないわ」
羽入の誘いはとても甘く素敵にみえた。しかし私は首を振ってそれを拒絶した。
「理由を聞いてもいいですか」
羽入は特に驚くこともなく聞いてくる。私はルルーシュの墓を一瞥すると羽入の問いに答えた。
「昔の私なら喜んで付いて行ったかもしれない。でも今は決してそうは思えない。彼がしてくれたことをなかったことにはできないから」
「本当にこの世界に残ると言うのですか? 後になって気が変わっても遅いのですよ」
「ええ、構わないわ」
そこで会話が止まり、辺りに静寂が訪れる。
どれだけの時間が経っただろうか、羽入は長い沈黙の後再び口を開いた。
「なんとなく、梨花がそう言うのではないかと思っていました」
「そう…」
羽入には悪いけれど、私の気持ちは変わらない。ルルーシュが命を賭して作ってくれた未来を捨て去るなどどうしてできようか。
「梨花、彼を助けたいですか?」
「助けたい。でももう死んでループするのは嫌。その行為すら彼を冒涜することだから」
「賢明な判断です。通常のループのやり直しではおそらく上手くいくことはないでしょう。むしろ悪い方向に変わってしまう可能性がとても高い」
その言い方に少しムッとしてしまう。そんなのは自分自身が一番わかっていることだった。この世界はもう二度と来ることのないような奇跡の積み重ねの上に成り立つ最高の世界だったはずなのだ。途中までは……。
「一体何が言いたいの? 今は世間話をしたい気分じゃないのだけど」
羽入が何故今更そんな話を切り出して来ているのか理解できず、再び心が荒れてくる。
一方、羽入は一つため息をつくと表情を変えた。その顔には先程までの無機質さは少しもなく決意に満ちていた。
「この世界を捨て去ることなく彼を助けることができる、そう言ったらあなたは信じますか?」
「ルルーシュを助けられる? それは、どういう意味よ…」
私は耳を疑って羽入に聞き返す。信じたいけど信じられない、そんな矛盾した感情が心に渦巻いていた。
「言葉通りの意味なのです」
「本当に…?そんな都合のいい夢みたいな方法があるの?」
もし本当にルルーシュを助けることができるのなら、なんでもするつもりだった。だから私は縋るように羽入に詰め寄った。
羽入は私に纏わり付かれても嫌悪を見せることなく決然と言った。
「必要なのはあなたの覚悟だけです」
***
Turn of Hinamizawa Village ―― Lelouch side ≪一ヶ月前のあの日≫
小此木が引き金に力を入れるとカチリと軽い音がした。
誰かが助けに来るなんて奇跡はあるはずもない。間も無く銃弾が飛び出し、俺の命を容易に奪っていくことが想像できた。
「すまない、ナナリー…」
俺は記憶の中の妹に謝罪の言葉を口にする。
どうやら俺はここまでのようだ。
その俺の呟きが引き金になったように直後銃声がした。
目を閉じると銃声が心臓を震えさせているのが分かる。その震えを感じて、ああ心臓を撃ち抜かれたんだなと思った。
ところが、一向に胸の痛みはやって来ない。
この距離でプロが外すとも思えず不思議だった。
目を見開くと小此木の方も同様に驚き戸惑っているようだった。
「馬鹿な、外した…?この俺が…?」
小此木は焦りつつ引き金に再び指を押し付けるも何故か俺を殺すための銃弾は飛び出ることはなかった。
「くそ、なんなんだ一体」
どうやら小此木の銃はここに来て突然の故障に見舞われたらしい。
小此木は舌打ちをしながら銃を投げ捨てる。そして懐からナイフを取り出して俺に飛びかかってきた。
「大人しく死んでくれや!」
俺も簡単に刺されてやるほどお人好しではない。奇跡的に生じた隙をいかして銃を拾い上げ、小此木へと反撃を行なった。
銃弾は当たることはなかったが、敵の攻撃の手が緩む。小此木が死角に隠れる間に俺も奴との間合いを取った。
しばらくの間、両者とも動かなかった。微かな呼吸音だけがその場に響く。
そんな緊迫した中で小此木の影が突如動き出し、その影に向かって焦って引き金を絞り徒に弾丸を消費してしまう。
ナイフと銃で武器の差はあるとはいえ、相手は戦闘経験の豊富な兵士であり形勢は完全に不利な状況だった。
利き手が潰されているのもきつい。
せっかく手にした奇跡を活かせずにここで倒れることになるなんて認めたくなかったが、銃弾の雨も威嚇にしかならず、俺はある種の閉塞感を覚えていた。
床を金属が跳ねる音がする。嫌な予感がしてそちらに視線を注ぐと、転がって来たのは手榴弾だった。
「っ……」
なんて間抜け。相手の武器がナイフだけとなぜ思い込んだ?
己の浅はかさを呪いつつも咄嗟に近くにあったソファの影へと飛び込む。それでも爆風がソファ越しに俺の身体を突き飛ばした。
身体は無事でもその衝撃で銃を手放してしまう。
まずいと思うと同時に床へと転がった銃に手を伸ばすが一手遅かった。目の前に小此木が立ちふさがり、銃を遠くに蹴られてしまった。
「手間をかけさせてくれたが、これでしまいだ」
小此木のナイフが振り下ろされる。
もう間も無く俺の頭に刃が突き刺さるそんな間際、時間が引き伸ばされるような奇妙な感覚が生じた。
実際に小此木の動きがゆっくりとなり、次第にナイフの動きが止まる。
ここまでか…。時が動き出せば俺は死ぬ。
俺の反射神経ではこの距離からの回避はもう間に合わないそうもなかった。
運動嫌いな俺にしては頑張った方ではないか。富竹が番犬に連絡を取るまでの時間稼ぎをしたと思えば悪くはない。そう自分を納得させようとする。
けれど、結局見苦しく足掻いただけで行き着く先は何も変わらない。
それが酷く惨めで、滑稽で――。
「――見苦しくてもいいじゃない。かっこ悪くてもいいじゃない。そうやって生き汚く足掻いたからこそ奇跡は繋がった」
何処か聞き覚えのあるような女の声がした。
女神の美声を彷彿させるような透き通った声。それが一体誰のものなのか思い出す事は叶わなかった。
止まっていた時が動き出す。ナイフがもうすぐ眼前まで迫っていた。
しかしその凶刃は俺に届くことはなかった。
小此木の脇腹に一発の銃弾が突き刺さり、その動きを止めたのだ。
診療所の入口見やると、そこには俺の親友であるスザクの姿があった。彼の握る銃からは煙が立ち昇っていた。
「テロ及び殺人未遂の容疑でお前を逮捕する」
スザクは床に倒れ込んだ小此木を拘束し手錠をかける。
それから呆気にとられた俺へと声をかけてきた。
「無事だったか、ゼロ。君のことだ、簡単には死なないと思っていたがだいぶ無茶をしたな」
「枢木スザク、どうしてここに? 古手梨花の護衛はどうした?」
「あちらなら僕がいなくても大丈夫だ。それより君が心配だった」
「君が私の心配だと?どういう風の吹き回しだ」
「それは……いや、ただの気の迷いだろう。それより、この騒動もそろそろ解決するみたいだ」
建物の外からヘリの回転翼が駆動する音がする。外に出て空を見上げると複数の軍用ヘリが飛んでいるのが見えた。富竹が無事に番犬部隊を呼び寄せることに成功したのだろう。
番犬部隊がどれほどの戦力かは把握していないが少なくとも山犬に遅れをとることはないはずだ。
勝利を確信した俺は診療所の長椅子に倒れるように身体を預け、安堵のため息を付く。
一時の休息だった。まだ事件が完全に解決したわけではなく、この後にもまだ仕事はたくさん残っているのだから。
それにしても、あの声は幻聴だったのだろうか。
……まあいい、あれが幻聴だろうと女神の神託だろうとどうでもいい。せっかく助かった命、好きに使わせてもらうだけだ。
こうして、俺の雛見沢での長い戦いは終わりを告げたのだった。