第七話【祟りの足音】
体調がまだ万全でないという理由で、今日は再び学校を休むことにした。
勿論それは半分仮病で、本当の所は連続怪死事件について調べる時間が欲しかったからだ。
咲世子にナナリーの看病を任せて、俺は一人電車で租界に向かった。目指すはエリア11中央図書館だ。
初めて訪ねる場所だったが比較的に大きな建物だったので簡単に見つけることが出来た。
図書館内に入るとエアコンが効いていて気持ちがいい。直接当たっていると少し肌寒いぐらいかもしれない。
入口のすぐ近くに複数台のPC端末を見つけてその中の一つを起動させる。
カタカタカタ。キーボードをリズミカルに叩くものの、連続怪死事件についてはなかなか検索に引っかからない。
雛見沢で起こった事件は秘匿捜査対象になっているらしく、関係するページは数少ないようだった。
「――――あった」
≪雛見沢連続怪死事件(※通称、オヤシロさまの祟り)捜査情報≫
その項目をクリック。事件の詳細が表示される。
サイトの造りから、どうやら公式的な情報サイトではなく個人が作ったもののようだ。
今はとにかく情報が欲しい。多少誇張があっても構わないとの思いから、このサイトを調べることにした。
トップから中に入ると、様々な情報が目に飛び込んできた。
事件の日付。状況。犯人逮捕の有無。
被害者の名前―――。
「何、だと……?」
そこには見覚えのある苗字が記されていた。
北条……古手……。これは一体……?
たまたま知り合いの苗字と同じなだけなのか。いや、違う、そうじゃない。
読み進めていくうちに被害者家族の話も出て来る。
北条……沙都子。
古手……梨花。
被害者家族の名簿にクラスメートの名前を見つけた。
二人が一緒に暮らしていると聞いたことはあったが、まさか共に両親を亡くしているとは思わなかった。
「そうか、なるほどな……」
皆が怪死事件について知らないと言ったのは決して他人事じゃなかったから、そういうことか。
仲間に対しての疑念が全て取り払われた気がした。
続いて沙都子の叔母の撲殺事件のページが目に止まった。
そうだ、この事件が一番不可解に感じる。
警察は当初、沙都子の兄を容疑者としていたはずだ。そこに麻薬常習者の犯人が突然現れ、自白後犯人が死亡している。
まるでスケープゴートにされてそのまま口封じをされたかのように……。
そうなると沙都子の兄である北条悟史の失踪も不自然と言える。
電車に乗って家出をしたという説もあるが、沙都子を一人置いて逃げ出すだろうか?
悟史失踪の日――その日は沙都子の誕生日で、大きなクマのぬいぐるみを持って店を出たのを興宮の住人が目撃しているとの証言もサイトに載っている。
そしてその姿を目撃された後、悟史は誕生日プレゼントのぬいぐるみと共に忽然と消えた。
普通に考えて、誕生日のプレゼントなどを持って家出するだろうか?
家出するつもりなら誕生日のプレゼントなど邪魔なだけだ。悟史には誕生日プレゼントを沙都子に渡す意思があったのはほぼ間違いない。
であれば悟史の家出はあまりにも不自然すぎる。答えは否だ。
そもそも兄が実の妹を置き去りにすることなど俺には到底考えられなかった。
むしろ、俺はそんな噂レベルの説よりも全てを説明できる答えを知っていた。
スケープゴート。不自然な行動。そして突然の死。
ギアス能力だ。
仮に俺のように絶対遵守の力を使える能力者がいたなら? 人間の記憶を書き換える能力者がいたなら? 全ては可能となるだろう。
つまり、連続怪死事件の犯人はギアス能力者……?
エアコンがかかり涼しいはずの図書館内で嫌な汗が流れた。
いや……そうと決まったわけではない。まだ情報が絶対的に足りていない。
新たな情報を欲して他のページにも飛んでみるが、後は鷹野三四の話をなぞるようなオカルト的な内容しか記載されていなかった。
ここで手に入る情報はこれぐらいか。俺はブラウジングを止め、静かに席を立った。
***
図書館を出ると日差しがさらに強くなっていた。じわりと汗が滲み出る。
地面がアスファルトで覆い尽くされているせいだろう。雛見沢にいる時よりも気温が大分高い。
……これはきついな。この暑さの中歩き回ったら熱中症で倒れてしまいそうだ。
出来る限り日陰を探しながら歩くことにする。
そうだ、租界なら携帯電話が使える。C.C.に電話してみよう。
しばらくのコール音の後にC.C.が出た。
『なんだ、ルルーシュ』
「ギアス能力について聞きたい」
『なんだいきなり。ギアスユーザーに心当たりでもあるのか?』
「いや、違う。だがこちらで起きている事件にギアス能力者が関与している疑いがある。例えばだ、標的に幻覚を見せることが出来る能力やそれに類似するものに心当たりはないか?」
質問に対してC.C.は少し間を置いてから答えた。
『……ないな。これは私が発現させた能力にはないという意味だが』
「そうか。ではそういった能力もありえると考えていいんだな?」
『ああ、発現する能力には個人差がある。そんな能力が生まれることもあるのだろうな』
「そうか、わかった」
それが聞けただけでも大きな収穫だ。可能性は出来うる限り広く考えておくべきだからな。
『用事はそれだけか?』
「いや、もう一つある。黒の騎士団員数名をしばらくの間、雛見沢に潜伏させて欲しい」
綿流しの日から数日、スザクが守ってくれるというが一人では心もとない。二重の防壁を作っておくべきだろう。
スザクには常に俺たちと一緒に行動してもらい、陰から黒の騎士団に警護をさせる。
表と裏からの防御態勢。これをかいくぐり、俺とナナリーの二人を殺害するのは難しいはずだ。
『ルルーシュ、それは無理だ』
何……?
「なぜだ、理由を言え」
『言いにくいんだが今……団員の全てが某所に温泉旅行に出かけている』
はぁっ?!
「なんだと?! そんなことを誰が許可した!」
『いやな、それが玉城がゼロの姿でな』
「この馬鹿が! 何しに租界に戻った! 玉城にはゼロをやらせるなと言っただろ!」
『残念だが私が戻った時にはすでに発っていてな。文句はそれを止められなかった籐堂か扇に言ってくれ』
「ぐ、では黒の騎士団はいつ頃租界周辺に帰ってくる?!」
『電話で問い合わせたら、後一週間は帰って来ないそうだぞ』
一週間だと?!
どこまで行ってるんだ、あいつら!!
「っ……それでは全てが遅い……もういいっ!」
返事も待たず携帯電話の電源を切り、それから俺は独りごちた。
「くそっ……黒の騎士団はあてにはならない……か」
となると、スザク一人に頼るしかないと言うわけで……。
スザクの力を認めないわけではないが危ういな。
「痛っ!」
「……すみません」
考え事をしながらを歩いていると、気づけば路地裏に迷い込んでいた。そこで正面から来た男と肩がぶつかった。
「ああん?! すみませんだぁ?!」
どうやらたちの悪い輩に絡まれてしまったらしい。
狭い路地ですれ違おうとするならお互い道を譲らなければいけない。肩がぶつかったのはあえてこの男がそうしなかったからで、明らかな言いがかりだった。
……今日は厄日かもしれないな。
「申し訳なぁ思っとるんならちゃっちゃと慰謝料出さんかいゴラァ!」
「すみません、あまり持ち合わせがないもので……」
「おうおうっ! それで済むと本気で思っとるんかワレェッ?!」
面倒だな。仕方がない、使うか……ギアスを。
本当ならこんなゴロツキにギアス能力はもったいない。だがそれ以上に今の俺は苛立っており、時間を無駄にはしたくなかった。
男の眼を見てギアスを開放した。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。お前は黙って今すぐこの場から立ち去れ」
――――。
――――――――。
………………。
「…………」
絶対遵守の力に支配された男は先ほどまでうるさく怒鳴っていた口を閉じ、何処か視線の定まらない眼をしたまま踵を返した。
俺はその様子を鼻で笑いながら男を静かに見送った。
今日はもうこれぐらいでいいだろう。また妙な連中に絡まれないうちに雛見沢へと帰るとしよう。
……。
…………。
ひたひたひた。
自分のすぐ後ろから微かに足音が聞こえた気がした。
だが立ち止まって背後を振り返っても、そこには誰もいない。
「……気のせい、か」
俺は独りごちると、ため息を一つ吐く。
そうだよな、誰もいないはずの背後から足音が一つ余計に聞こえるなんてありえない、よな……。
――タイムリミット;オヤシロさまの祟りまで後5日。