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No.35776の一覧
[0] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[1] プロローグ[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:39)
[2] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:50)
[3] 第二話 善悪の彼岸[カルロ・ゼン](2012/12/14 04:52)
[4] 第三話 Homines id quod volunt credunt.[カルロ・ゼン](2012/12/05 04:02)
[5] 第四話 最良なる予言者:過去[カルロ・ゼン](2012/12/05 03:59)
[6] 第五話  "Another One Bites The Dust" [カルロ・ゼン](2012/12/13 02:31)
[7] 第六話 Die Ruinen von Athen[カルロ・ゼン](2013/02/19 08:41)
[8] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum[カルロ・ゼン](2013/02/27 07:44)
[9] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.[カルロ・ゼン](2013/06/26 09:01)
[10] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)[カルロ・ゼン](2013/03/08 07:24)
[11] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)[カルロ・ゼン](2013/03/12 05:11)
[12] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)[カルロ・ゼン](2013/04/25 09:45)
[13] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)[カルロ・ゼン](2013/05/26 07:43)
[14] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:38)
[15] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)[カルロ・ゼン](2013/08/25 08:37)
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[35776] 第二話 善悪の彼岸
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/14 04:52
JASRAの出身母体は合衆国。
故に、参考意見聴取という名目ならば幾らでも政策決定の場に呼び出されることはありえた。
当然ながら、ただ聞かれるばかりか意見を勧告することも職務には含まれている。

だから、デグレチャフ事務次官補は淡々と自分の信ずるところに従い長期戦略の形成へ提言を行う。

「…ユーラシア失陥を前提とした、難民政策の提起だと?」

そう狭くないはずの安全保障会議室を埋め尽くさんばかりの高官ら。
大半が、眉をひそめて何事を言い出すのかと訝しがっている眼差し。
黒と灰色の制服とスーツが、広いはずの部屋を狭く感じさせるほどの圧迫感。

それらを一身に集めつつ、統合代替戦略調査機関(JASRA)局長、デグレチャフ事務次官補は淡々と政策を提起する。

「はい、議長殿。JASRAは、今次BETA大戦が長期化することを前提とした行動計画の策定を各国政府に勧告するつもりです。」

今次BETA大戦という言葉。
長期化の前提という言葉。

そのいずれも、前線国家群がひしひしと感じざるを得ない現実である。
後方国家とはいえ、さすがに合衆国ほどの超大国となると無関係でいるわけにもいかない。
いや、わずか数年でユーラシア中央部を喪失しつつあるのだ。

軍事情勢を理解できるマトモな脳があれば事態の深刻さは否応なく察せられる。

まして、情勢分析と戦略目標策定に携わる連中にしてみれば否応なしに直面せざるを得ない脅威だ。

誰もかれも、嫌々ながらだろうとも現実と向き合うことを始めている。

「確かに、ユーラシアの戦局は激化の一途を辿っているが…」

だが、現実を直視すればするほど専門家というのは知識にとらわれる。
前提条件に、暗黙裡の仮定に、構造のフレームワークに拘束される。

はたして、ユーラシアが失陥しえるだろうか?
初期の大規模なBETA侵攻地域の拡大を許してしまった最大の理由は、ソ連の正面配置が真逆のNATOへ向いていたからだ。
言い換えれば、余力を保持したままの状況で後退だと認識しえる情勢。
主力が依然として、残存している状況だ。

彼らは、それらを知っている。
そして、彼らのフレーム・パラダイムにおいてそれは状況の挽回を考えさせるに足るものだ。

中国戦線も激戦の一途を辿っているものの、依然としてカシュガル戦線は拮抗状態にあるとされている。

「間違いなく。おそらく、前例の無い大規模な人口移動を前提としなければなりません。」

だが、そんな一時的な小康状態などターニャにしてみれば気休めの時間にすぎない。
あと数年もすれば、欧州失陥を真剣に協議しなければならないのだ。
そんな時に緊急避難計画の策定を始めるよりも、今から厄介ごとを他所様に押し付ける方策を検討すべきと判断。

なればこそ、ターニャは殊更にプロフェッショナルとして無表情のまま言葉を紡ぐ。

「わが合衆国は、おそらく最大の受け入れを希望される国家となるでしょう。その安全性・経済力、いずれも魅力的です。」

なにしろ、合衆国は安全だ。
世界最強の軍事力。
世界最大の経済力。
世界有数の人口規模。
世界最高の技術水準。
世界最高の地政学的優位。

そのいずれも、合衆国が地球上において数少ない約束された安寧の地であるかのように思わせることだろう。

特に、BETAに母国から追われる連中にしてみれば渇望の地だ。

「まあ、伝統的に合衆国は移民を受け入れてきた。今後も、その方針は変わらない。」

「では合衆国一国でもって億単位で人口流入を受け入れられますか?」

「億?」

だから、それこそ難民はほぼ全員がステイツへの移動を望む。
ユーラシア難民すべてが、だ。
ソビエト・イギリス・アフリカが吸収しうる分を除いたとしても、億は軽くくだらない規模が。

ステイツ一国の肩に期待という名の重荷を勝手に載せてくる。

「ユーラシアの人口から考えれば、その程度は覚悟されるべきかと。」

無論、すべてを受け入れるのは非現実的。
オーストラリアや日本、それに中南米に分担させることで米国負担を軽減することは可能かもしれない。
だが、それらとしても一朝一夕に纏められる政策でもないのだ。

そして、そのための労苦に国務省が割く時間と人的資源は莫大に違いない。
どの国とて、口では綺麗ごとを言おうとも難民抱え込みには忌避感を抱くものだ。
そこに定着の可能性まで示唆される単位が違う難民の大群である。

だからこそ、その波に直面する前に対応策を練って行動を今から行わなければならないのだ。

そう確信すればこそ、ターニャはわざわざ安保理へ難民問題への提言を計画する。
BETA大戦に勝利するがために合衆国の戦力を最大限発揮させるべく行動しているのだ。
なればこそ、わざわざ事前にステイツに対して前線国家からの頭脳流出をすべて吸収せよと促す。

「技能がある者、経済的余裕があるものはまだよろしい。それは、合衆国にとって受け入れる価値があります。」

選別には時間がかかる。
虚偽申告、書類不備、膨大な申請件数。
議論の余地なく、選別作業は大混乱することだろう。

それらを差し引いても、この苛烈なBETA大戦だ。
有為な人材を囲い込めるのであれば、大歓迎する。
大歓迎し、その才幹を存分に対BETAに活用するしかない。
使える者ならば、なんだって使おう。

前線で肉壁として使い潰すよりも、彼らにはもっと効率的に仕事をしてもらおう。

「ですが、我が国の社会保障制度に過重な負荷を与える億単位の難民など悪夢です。」

だが、その一方で限られたリソースを有効活用するためにも効率性至上主義は絶対に譲歩できない。
その意味において、この限られた資源を食いつぶすような層は断じて看過しえないのだ。
ステイツはなるほど、世界で最も裕福な国だ。
だが、世界において最も裕福であるというだけで全人類を養えるはずもない。

そう、ステイツとて限界があるのだ。

「メキシコや中南米からの不法移民の比ではありません。不法移民は、まだ経済的に一定程度自立しておりましょう。」

敢えて、プロとしてターニャは淡々と言葉をつなぐ。
本音であれば、不法移民問題も苛立たしくはある。
だが、現実問題として不法移民の多くは労働力として有意。
必然的に、経済に組み込まれているという現実は無視できない。

その意味では、経済難民でも働く能力・意欲があり比較的ステイツの価値観になじみがある世代は良いだろう。
教育を受けており、少なくともステイツの経済基盤を潜在的に下支えしてくれる層は可愛げもある。
なにより、実質的に低賃金労働を負担することでステイツ経済の雇用のギャップを補てんしている貴重な労働力として評価できる。

そう、彼らも市場に貢献している。

「彼らの一部の様に、合衆国経済に貢献し、また忠誠を示すために従軍する人間は例外的です。」

だが、ユーラシア難民にそれらを期待しえるだろうか?

過去の経験と知識を見る限り、はっきり言って難民解放戦線に代表されるアホ共を生むだけだ。
あんな連中に食い扶持をやるくらいならば、戦う意思のあるガキどもの食い扶持にすべきだろう。
日本帝国の中尉ではないが、限られた資源で戦う戦闘員を優先することの何が悪い?
人類に必要なのは、断固としてこの種としての生存戦争を戦い抜く決意有る戦闘要員だ。

弱者愛護の精神は、地獄にでも行って再編成するべきなのである。

「はっきり申し上げましょう。無駄飯喰らいを億単位で受け入れた挙句、社会保障制度を崩壊させるのは愚策です。」

だから、結論だけははっきりと強調しておく。
これを譲ることだけは、まかりならないという明確な意思を込めて。

「…人道上の問題という合衆国の立場もある。何より、見捨てろと?」

国務省の高官らが、顔をしかめて政治的配慮からの言葉を口にしてくるがターニャは省みない。
無論、人道政策が介入の方便としてシステムを円滑化するツールならば大歓迎することだろう。
人道的に振る舞うことが、戦略的利益に合致するならば敬虔な人道論者にすらなって見せる。

だが、今は人道というソフトパワーは明らかにBETAに対し無意味なのだ。
軍事力・経済力・技術力といったハードパワーを結集し、あらゆる力でもって力に対峙しなければ食われる。
戦車級のディナーになりたくなければ、勝つしかないのだ。

「1951年の国連難民条約はあくまでも紛争ないし自国内部での弾圧を前提としたものです。」

そのために、法的な見地から難民問題を見るという解釈はターニャにとっては合理的。
少なくとも法律に対する敬意と、服従は人類普遍の義務であると信じて疑わない。
だが、だからこそ抜け穴があればそこを堂々と潜り抜けるのだ。

それは、居並ぶ黒と灰色の連中とて知らないわけではない。
法律とは、そもそもそういうものだと理解されているのだ。

法は、法によって人間を守り、縛る。
だが、同時に法は一つの限界を定めるのだ。
それは書いてあること以上は、法は求めたりしないという法の限界を。

「デグレチャフ事務次官補、つまり貴方は条約難民説によって立つべきだというのか?」

そして、難民問題に関する限り『条約』は難民の案件を規定している。
云わんとするところは、余りに明瞭。
そう、誤解の余地が無いように明瞭に提議されているのだ。

…本来は、難民を救済するために。

なれば、理解すればこそ国務省の人間は思わず口をはさむ。
それは、条約難民説に依拠する遠回しなBETA大戦難民の受け入れ拒否か、と。

「…67年の地位確認を考慮したまえ。戦争難民も一定程度は法的妥当性がある。」

「なにより、人道上の受け入れを拒絶するわけにもいかないだろう。」

彼ら、国務省の官吏は人間として正しい。
彼らは、合衆国の裏表を見た上で合衆国の正義を信ずる。
その意味において、彼らは現実的な善を信奉しているのだ。

だから、彼らは非常識な戦争という新しい常識を未だ理解できていない。

立ち上がりかけ、思わず嫌悪の情も露わにする彼らは善良な人間として正しく、邪悪な組織人として完全に間違っている。

「戦時の難民に関し重要なのは、『特定の文民』を迫害する『差別構造が交戦状況下』に存在するか、という点でしょう。」

そして、わざわざ説諭してやる義理も義務も権利もターニャにはない。
ターニャにしてみれば、それは時間の無駄。
戦略的合理性と法的義務の洗い直し程度に議論を行う程度だ。

相手が反論してくるからこそ無駄を省くために行うプロセス。
そして、少なくとも法律論争の問題点を類似した議論で洗い出してあるターニャの論理だ。
全くもって邪悪極まりない論法ながらも、一定の法的有意性を持つ議論を形成しえていた。

まあ、それはそうなのだろう。

なにしろ、難民関連諸法規は拡張されたとはいえ所詮人類間での紛争を前提としたレベル。
空からのお友達をお招きしての、救いのない生存戦争を前提とした国際法など前例がない。
前例がない以上、既存法規の解釈で対応せざるをえないだろう。

つまり、まっとうに既存法規の論理に基づけば難民など存在しない。

なにしろ、BETA対人類だ。
文民・軍人関係なくむさぼり喰らうBETAがどう差別的だというのか。
一切合財まとめて、資源として回収してく姿勢は明白だろう。

「…この点に関し、BETAは一切の差別を行っておりませんな。」

加えて、自国政府からの弾圧や差別という構造も厳密に言えば対BETAでは成立しにくい。

せいぜい、BETA相手に少数民族を投入する東側諸国の少数民族問題がある程度。
だが、彼らは軍人だ。間違っても、文民ではない。
おお、素晴らしきかな国際法規。

「それを考慮するならば、国際法上での義務を我が国が負うとは私には思えません。」

「事務次官補殿、義務でなくとも政治上必要になることを考慮すべきでは。」

一部官吏から提出される異論。
それは、この狂っていく世界にあっては貴重な善意だろう。
合衆国という国家の根幹をなす善意というべきだろう。

世にいうところの、良識だろう。

だから、何年やってもBETA戦争に勝てないのだ。

「潜在的治安・政治的不安要素です。受け入れに際しても絞るべきです。」

中途半端な優しさ。
マキャベリが遥か古代に言ったではないか。
与えるならば徹底的に与え、奪うならば徹底的に奪わねばならないと。

愛されるよりも、恐れられよ、と。

笑顔すら浮かべかけ、ターニャは口元を引き締める。

「つまり?」

「EB-1~3、乃至EB‐5カテゴリーならば、積極的に受け入れる価値があります。ただ、家族に関しては少し留保すべきでしょうが。」

自己資本で移住してくる資本家・熟練技術者・研究者は喜んで受け入れよう。
家族をぞろぞろと引き連れてはたまらないが、基本的に高給取りの家族も割合高給取り。
なにより、家族がスポンサーになっての移民は難民と峻別されてしかるべきだ。

彼らは、合衆国に納税し、合衆国で研究し、合衆国で生産する。
実にすばらしい、理想的な移民でありまさに国家が渇望する人材でもあるのだ。
そういった手合いであれば、いくらでも受け入れて合衆国で活躍していただいて構わない。

なにしろ、そういった手合いが高付加価値産業には絶対に必要なのだ。
代替可能な部品としての労働者と異なり、彼らは社会の歯車を円滑に動かすための主要なパーツである。
交換するには手間暇をかけねばならないし、交換部品も早々豊富にあるわけではない貴重なパーツ。
はっきり言えば、壊れたが最後、新しく機械全般を作り直した方が早いような貴重な人的資源だ。

養成費用を払う必要もなく、ステイツに流れ込んでくれるならば大歓迎しよう。
費用対効果からみても、家族程度ならばもちろん受け入れていい。
そういうイーブンな取引ならば幾らでも労働市場を開放するに値する。

「問題は、それ以外です。率直に言えば、受け入れる価値はほとんどありません。」

「では、どうすると?」

「志願し、入隊して対BETA戦争に従事するならば受け入れましょう。それ以外は、OAUあたりに押し付ければよろしい。」

曲りなりにも人的資源だ。
対BETA戦争においてステイツの損害を極小化するために志願するというならば認めよう。
少なくとも、これらも一つの取引だ。

権利と義務。

彼らが、権利を欲し義務を為すならば権利は与えられねばならない。

そうでないならば、ことはいたって単純。

此方は、そちらに望むものがないのだ。
当然、取引が成立しないだけの話。

だから、受け入れるといっているOAUあたりに受け入れてもらえばいいではないか。

「なるほど、反吐が出るような政策だな。」

思わず、誰かが吐き捨てる様に自己本位も甚だしい政策だろう。
ろくでもない最悪の入管政策だろう。
考えるだけで、おぞましいと思わず唾棄したくなるような政策だろう。

だから、どうした?

「ですが、確かに最も低コストかつ合衆国にとってメリットのある政策です。」

「ゲーレンバーグ立法・法務問題委員長?」

リアリストの一派。
数字と論理に親しみすぎた現実から乖離した法曹関係者。

彼らにしてみれば、デグレチャフの論理は法的に問題がない。
そして、法的要請に基づき行われる諸政策の費用対効果の分析にも正確だ。
故に、彼らはそれらが合理的であると単純に結論付けられる。

余りにも、余りも多くのほかの要素を斬り捨てる言論。

だからこそ、彼らは知らない。
彼らは、それを斬り捨たことを知らないのだ。
単純に、数字をみて、数字に基づいて、発言しただけ。

悪意も、善意もなくただ専門家として一視点を提示。

ただ、それだけ。

「51年並びに67年の規定では、『受入国水準』での庇護及び支援の義務が求められます。」

彼らは、知っている。

難民を受け入れた場合、自国の社会福祉政策に準じる基準が求められる、と。
法律では、そう書いていると。

「我が国で難民一人を受け入れるよりも低コストで難民受け入れが叶うOAU諸国の方が経費は少なくて済む、と。」

彼らは知っている。

合衆国のコストと、OAU諸国の平均コストは後者の方が圧倒的に安価だと。
統計が、そう書いていると。

「その通りです。高い水準で難民受け入れを行い破綻させるよりは最低限度の水準で行うべきかと。」

そして、デグレチャフと彼らは難民政策の費用対効果を計算してしまう。
安価に、多数の受け入れ問題を解決するためには初期費用とコストを削減すべきであるという経済の思想にのっとって。
そこにあるのは、完全に人を人として見ず数字でとらえる人間の末期的行動。

だからこそ、彼らはそこにおいて劣悪な生活水準・インフラ・治安といった要素に考慮を認めない。
それは、OAU諸国の基準において問題ないとされるのであれば難民キャンプは法的に問題ないからだ。

合衆国で100の費用を1人に投じるよりも、1の費用で、100人を。
彼らにしてみれば、効用の最大化とでもいうだろう。
そこにあるのは、主体としての国家であり扱われる難民たちの嘆きではない。

「当然、OAU諸国への支援は絶対に必要になるでしょうが、それでも自国受入れよりは遥かに安上がりです。」

そして、ターニャはOAU諸国に対しても取引という概念を持ち込む。
すなわち、面倒事を押し付けるものとして処理費用を提供するという対応策。
迷惑料ということだろう。

それは、単純に施設の設置と補助金を論じるような軽い口調。
だからこそ、込められた言葉の邪悪さは居並ぶ面々をして思わず軽く嫌悪させるものだ。

「…検討してみよう。」

それの感情をしればこそ、デグレチャフは苦虫を噛み潰したと言わんばかりの関係者を平然と見渡すとノウノウと付け加える。

「また、単に援助依存で財政的負担とするのを避けるために国家を移植する必要性をJASRAは提言します。」

「…続けたまえ。」

「通常の難民受け入れと異なり、今回難民は自国政府に弾圧されるわけではありません。」

条約難民どころか、そもそも難民でないのだと。
ならば、なぜ主権国家の行政機構を活用しないのか、と。

「故に、難民出身国の政府機関を活用する、と?」

「その通りです。居留地なり、租借地なり名目は随意に研究させるべきでしょうが区画ごとに住まわせるということを提案します。」

纏めて、管理するために。
せめて、管理費用を最小限にするために。

「つまり、自治権を与えて管理させると。」

「その通りになります。彼らの在外資産を絞れば多少は受入国の負担も軽減できるかと。」

受け入れてやるのだから、払えるものは払わせようと。
OAU諸国に押し付けるのだから、せめてOAUに対しては最低限度の義理を果たそうと。
そこにあるのは、完全に取引の発想。

BETAという未曽有の侵略者に対抗するために、最大限まで市場の効率性を追求し続けた果ての思考。

「ガス抜きのために、一定程度は受け入れるべきかもしれませんが最低でも負担にならないレベルを選り好みするべきかと。」

「移民政策と難民政策を統合ということも検討に値するとお考えですかな?」

皮肉気に、なんなら移民と難民を統合して難民審査を移民審査と同じになさるかと腐す上院議員。
彼にしてみれば、入管政策の観点で難民を語るというモラルが理解できなかった。
難民を邪魔者と一蹴し、戦争のための戦争に恋い焦がれるような狂人を理解しかねた。

だからこそ、思わず皮肉の一つでもと思わざるを得なかったのだ。

そして、生涯その吐いた言葉に苦しめられる。

「…素晴らしいご提案だと思います。なるほど、我が国が受け入れているという姿勢になります。」

まるで、天啓を得たかのような笑顔。
正に、まさにそうすべきであると確信したとばかりのデグレチャフ事務次官補が表情。

「あまり、褒められた政策ではありませんな。」

「国務長官?」

「損なわれる我が国の対外的な印象をお考えいただきたい。」

咄嗟に、咄嗟にこれまで口を噤んでいた国務長官が割って入るもすでに時遅し。
ターニャ・デグレチャフという人間種の災厄にとってことは単純化されている。
彼女は、カッサンドラ。

なればこそ、その忌まわしい提言だろうとも毒を飲み干す思いで耳を傾けざるを得ないのだ。
ルナリアンと、狂気のルナリアンと忌み嫌われるのは故あってのこと。

「国務長官、我が合衆国は行ったことで批判され、かつ行わなかったことで批判される宿命にあります。」

「古くからの超大国が宿命、というやつか。」

「はい。我が国は受け入れを行ったところで、不十分な移民受け入れ体制や財源の不足を非難されましょう。」

そして、狂気じみた提言の裏にはほぼ冷徹な現状認識と悲観論が渦巻いている。
尤も、事が起こった場合それは悲観的に事態に備え楽観的な結末を求めるための行動だと後になって誰にでも理解できる。

今、ユーラシアで起こっていることを考えてみれば。
1973年のルナリアンによる暴発は、見逃していたほうが結果的には人類種にとって幸いしただろう。
だが、それはその当時においては信じがたい暴挙だった。

「つまり、劣悪な難民受け入れ政策、と。デグレチャフ次官補、君はそう言いたいのだね?」

「はい、国防長官殿。どのみち、受け入れようが受け入れまいが合衆国は非難されます。」

そして、それが今一度再現されないと誰が断言できようか。
ここにいる評議員の誰一人として断言できないのだ。
そんなことは、ここにいる誰一人としてできない。

ルナリアンの提言が、一見する限りではまともな分析に基づいているならば殊更に。

そして、一部ではあるが合衆国という超大国は確かに国際社会への嫌悪と違和感を有する。
彼らにしてみれば、善意で行ったことを邪悪な帝国主義と批判されることに厭いている。
一方で、時を同じくして自制して介入しなければ邪悪を蔓延らせる諸悪の根源とされる。

こんな社会の評判を相手に、一喜一憂すべきだろうか?
信頼できる同盟国数か国との関係を強化すれば、事足りるのではないのか?
古き良き、ヨーロッパとの強固な関係のみでよいのではないか?

そんな疑念を燻らせている面々にとって、答えは決まっているようなものだ。

『「…自分勝手なものだ。合衆国に期待を勝手にかけた挙句、満たされなければ裏切られたと批判するのだからな。』という憤り。

「ですので先ほどウォーケン上院議員から示唆されました移民制度改訂を活用するのはどうだろうか。」

だから、ルナリアンの言葉はそこに囁く。

「難民のOAU押し付けと同時に、『移民』制度の大幅な緩和を行うべきかと。」

我々が、悪しざまに罵られるのならばなぜ、罵られるように行動してはならないのか、と。


あとがき
マーチあけのノリで、勢いで突っ込まれた難民問題へフォーカス!

①何々、難民キャンプ問題があるって?
君たちは、いったいどうして難民を団結なんてさせたのかね!
分割して、統治しろって習わなかったのか、君主論を読み直せばかやろー!
良いですかぁ?暴力を人類に振ってはいけません。
暴力を振るってよいのは、BETA共とBETA共に味方する人類の裏切り者だけですよぉ。

というか、正直ユーコンの警備仕事舐めてんのかと。
各国主権と保安組織なめてんのかと。
仕事しろ警備要員。内の敵を摘みだすのが、貴様らのお仕事だろうと。

②難民解放戦線?
そんなに解放したいならば、赤軍方式で解放してやんよと。

何、有能なテロリスト共?
よろしい、飴と鞭で対応しよう的な。
中途半端な対応が一番よろしくないんだと。

あと、ぶっちゃけラプタンいらないよ。
高すぎるし、正直数そろえるのもあれだし運用めんどうそうだし。

加えて言うと、難民解放戦線ってぶっちゃけテロやん。
テロには屈さない。テロリストとは、交渉しない。
僕たちは、犠牲を忘れない(`・ω・´)


連中、難民を人民解放軍的に解放したいのだろうか。普通ならテロを口実にイスラエル式コンクリートブロック塀とブルドーザー出動ですよ。


次回
ソビエト軍にこにこ大戦略。
明るく愉快な、赤軍とWTO加盟諸国の心温まる作戦にご期待ください!

ZAP式再構築実行中です。


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