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No.3597の一覧
[0] アゼリアの溜息 (H×H)[EL](2008/07/24 23:16)
[1] アゼリアの頭痛[EL](2008/07/30 15:23)
[2] アゼリアの寝不足[EL](2008/07/27 20:00)
[3] アゼリアの回想[EL](2008/07/30 18:52)
[4] アゼリアの激怒[EL](2008/07/31 18:47)
[5] ハルカの放浪[EL](2008/08/01 18:04)
[6] 閑話 思い出のガーネット[EL](2008/08/03 19:35)
[7] アゼリアと重要任務[EL](2008/08/04 23:12)
[8] 閑話 ハルカの念能力考案[EL](2008/08/05 15:25)
[9] 憧憬[EL](2008/08/24 22:05)
[10] 揺らぎ[EL](2008/08/27 13:07)
[11] 壊れだした人形[EL](2008/08/28 12:04)
[12] 『敵意』[EL](2008/09/12 22:08)
[13] 飼い犬[EL](2008/09/20 14:59)
[14] 陽の世界の人々[EL](2008/10/07 23:42)
[15] 絡み合う蛇たち[EL](2008/10/20 23:41)
[16] 合格? 不合格?[EL](2008/11/04 21:41)
[17] それぞれの理由[EL](2008/11/13 22:52)
[18] ファーストコンタクト[EL](2008/11/17 00:28)
[19] ズレ[EL](2008/11/22 13:47)
[20] 小さな救い[EL](2008/11/24 20:54)
[21] 次の一手[EL](2009/01/03 01:23)
[22] 怖れるモノ[EL](2009/01/25 02:22)
[23] 四次試験 一日目[EL](2009/02/08 00:28)
[24] 四次試験 二日目[EL](2009/02/13 12:16)
[25] 四次試験 二日目 ②[EL](2009/02/16 13:32)
[26] 四次試験終了 最終試験へ[EL](2009/02/19 10:16)
[27] 試験終了[EL](2009/02/23 13:34)
[28] 首狩り公爵[EL](2009/05/16 22:26)
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[3597] アゼリアの頭痛
Name: EL◆8dda00b7 ID:cbded637 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/07/30 15:23
 平気なように振舞っていたが、見知らぬ場所というのはやはり疲れがたまるものなのだろう。
 異世界から来たと自称する少女、ハルカは今私のベッドで寝ている。まだ午後八時。寝るには随分と早い時間だ。
 もっとも私自身環境の変化に戸惑っている部分があり、少し疲れている。早く寝てしまいたいところだが、今日一日の話し合いで得た情報から現状を把握することの方が先だと思った。細かな情報まで書き込んでいたら十枚以上に及んだメモをパラパラとめくる。

 ハルカ・アヤセ。十五歳独身。日本の東京都渋谷区在住。自宅の自分の部屋で寝ていて、気がついたらこの部屋にいた。自分は異世界からこの世界にやってきた。この世界は自分の世界でハンター×ハンターというコミックで描かれており、念能力のことはそこで知っている。一番好きなキャラはクロロで、幻影旅団の団長をしている。その次に好きなのはイルミやヒソカ。イルミはゾルディック家の長男で、ヒソカは幻影旅団の団員。多分帰るためにはグリード・アイランドの中で手に入る「離脱(リーブ)」のカードが必要だと思うが、自分はこの世界で生きていくから必要ない。キルア萌え、etc……

 はっきり言って、妄言の類だ。信じるに足る根拠など何一つないし、そもそも私が実際に生きているこの世界を実はコミックの世界です、などと言われて納得できるわけがない。それに日本という国も東京都渋谷区なんて地名も、電脳ネットでめくってみたが出てこなかった。

 しかし戯言と切り捨てることができない理由もまたあった。その理由の一つが彼女の念能力に対する造詣の深さだ。
 「纏」「絶」「練」「発」の四大行から、「陰」「円」「周」「堅」「硬」「流」といった応用技まで、彼女は言いよどむことなく説明してみせた。しかし、断言していいが彼女は念能力者ではない。質問の最中、幾度となく本当は念能力を使えるのではないかと疑い、念弾を飛ばしては寸止めするを繰り返してみたが、彼女は一つとして反応することなかった。精孔が開いていてオーラを見ることが出来るのならば、如何に取り繕おうとも生物として微妙な反射が出るはずだから、彼女は念能力者ではないという結論になる。周囲に念の使い手がいて、知識だけを彼女に与えたという可能性もあるが、念能力は基本的に秘匿されるものである以上、弟子に取っているわけでもない一般人の少女に知識だけを教えるなどとは考えづらい。ならば彼女はどこで念の知識を手に入れたというのだろうか。

 二つ目の理由は、彼女が裏の事情にあまりにも詳しいということだった。
 ヒソカとクロロという人物については知らないが、ゾルディック家の長男の名は私も知っていた。伝説の暗殺一家の名に偽りはないが、彼らは隠れ住んでいるわけではない。裏社会に所属していれば耳に入る名前ではある。しかし、それも裏に関わっていればこそ、だ。今私のベッドで寝ている少女はどう考えても裏に関わりのある人物とは思えない。肉体的に鍛えられている様子はないし、そもそも警戒心が皆無だ。危害は加えないと誓ったとはいえ、一度自分を殺しかけた相手である私の前で、ああも無防備な姿を晒すだろうか。答えは否、だ。少なくとも裏に住む人間ならば考えられない。これが器の大きさからくるものなのか、ただの馬鹿なのかと聞かれたら、私は馬鹿の方だと即答してしまうだろう。どこかのマフィアのメンバーの息女という可能性もなくはないが、彼女の語ったイルミ・ゾルディックに関する情報は私の知る限り誤りはなく、そしてまた聞き程度で知ることのできる情報でもなかった。

 結論から言うと、本日の話し合いで判ったことは少ない。
 彼女の語る言葉が嘘か真か。普通に考えればまず間違いなく嘘、あるいは彼女が現実と妄想を混合させていると考えるべきだが、安易に決めつけることも出来ない。
 そしてそれを確定する手段が現状私にはない。
 しばらくは様子見だな、とため息をついて、リビングのソファーに体を投げ出した。
 もしも嘘をついているならば、観察しているうちにボロを出すかもしれない。場合によっては病院での精神鑑定の必要も考えておくべきだろう。

 ああ、だがしかし、と電気を消しながら思う。
 もし万が一、彼女の言葉が真実だったならば、私はどうすればいいのだろう……





 私の朝は早い。
 何時に寝ようと、朝の五時には目が覚める。これは決して眠くないのではなく、眠くても活動に支障が出ないように訓練したということだ。いつも十全なコンディションで仕事ができるとは限らない。むしろそうでない場合の方が多いくらいだ。ならばその状況下で如何に結果を残せるかが、プロに求められる資質である。
 だが休める状況ならばできる限り体を休めておくこともプロには必要だ。なのになぜ、今日に限って普段より一時間も早く起きたのかというと、単純に寒かったからだ。
 昨日は気にならなかったが、ハルカが現れた日に私が暴れたせいでリビングはかなり荒れている。
 蹴り壊されたドア、大きな裂け目の入った壁、大口径の拳銃で撃ちぬいたような穴もいくつかある。
 秋も暮れ始めたこの季節。隙間風が入り込むこの部屋はなかなかに寒く、まだ空が白んでもいない時間に私は起きる羽目になった。
 とりあえず壁やドアは後で業者を呼ぶとして、今はガムテープで穴を塞いでおく。

「ふむ、ひとまずはこれでいいか」

 五分で終わってしまった。
 普段の起床までまだまだ時間がある。
 そういえば昨日は疲れて寝てしまったから修行していないな、と思い出した。

 「……修行でもするか」



 体中の血液が溢れていくイメージ。
 血管を突き破り、体を埋め尽くしていく命の水。その一滴一滴を絞り出すようにして、オーラを集めていく。
 そのオーラを全身から噴出させ、留める。
 「堅」―――戦闘において基本となる状態だ。
 私の「堅」は潜在オーラ量、顕在オーラ量ともに一流と自負できるレベルにあると思う。
 私の能力は顕在オーラ量が能力の強力さに大きく影響するので、この部分に関しては相当の修行を積んできた。
 しかし私は「流」があまり得意ではない。
 修行は積んでいるものの、一流の業に比べるとどうにもオーラの攻防力移動にぎこちなさが出る。
 それはたとえオーラの総量で勝っているとしても、経験の豊富な念能力者に付け込まれる隙があるということだ。
 だから最近は「流」の訓練を中心に行っている。

 「堅」の状態を維持したまま、逆立ちをする。
そのまま腕の力で体を跳ね上げ、両足が天井に届く。その瞬間、両足の先の攻防力を100にする。
高密度のオーラで覆われた両足が天井に届くと、オーラ自体の力が重力に加算され、体は勢いよく落ちる。
そして着地の瞬間再び両手にオーラを集め、体を跳ね上げる。この繰り返しだ。
戦闘における攻防力の移動は、ニュートラルの状態から手足への移動が主となる。さらに「堅」の状態を保ったまま肉体にも負荷をかけるこの訓練は、極めて実戦に近いオーラの運用ができる。
そのためオーラの消費も激しい。それは短時間で密度の濃い訓練ができるということだ。
三十分もしないうちに私は汗だくになり、訓練を終了した。
……だからまぁ、この失態は疲れていたせいだろう。

「……いつ起きたんだ?」
「ん~、十分くらい前かな。ドシンドシンなんの音だろうって思ったら、アゼリアが変な動きしているし。面白かったから見ていたの。今のは何? 何かの儀式?」
「変な動きとは失礼な。これは念の訓練だ」

 素人の少女の気配に気づかないとは、我ながら抜けすぎだろう。あまりの無様さに、先ほどプロの資質とか何とか考えていたことが恥ずかしくなる。恥ずかしさを誤魔化すようにガシガシとタオルで乱暴に汗をぬぐうと、声だけは平静を繕って呼びかけた。

「昨日は大分疲れているようだったが、もう大丈夫なのか?」
「もっちろん! クロロやイルミに会うために、一分一秒たりとも無駄には出来ないわ!」
「……ハルカ、君は幻影旅団がどういう連中か判って言っているのか?」
「あら、当然でしょ! 本人しか知らないようなディープな情報だって知ってるわ」

 ……頭痛がしてきた。
 ならば何故、あの人災としか言えないような連中に会いたいなどと考えるのだろうか。まったく理解できない。
 私は幼子に諭すように、一言一言はっきりと、聞き間違えることのないように言った。

「いいか、幻影旅団というのは、人を殺すことをなんとも思っていないような皆殺し集団だ。奴らの引き起こした事件は数知れず、その多くが甚大な被害を及ぼしている。近年で最も有名なのは、四年前のクルタ族の皆殺しだな。古くから独自の伝統を受け継いできた部族が、奴らの私欲のためだけに滅ぼされた。近づけば、まず生きては帰れない。一流の賞金首ハンターでさえ手を出すのを躊躇うような相手だ。何故わざわざそんな連中に会いたいなんて思うんだ?」
「……ああ!! そうだ、クラピカくんは今どうしてるの? クルタ族滅亡が四年前!? 原作まであと一年しかないじゃない! こうしてる場合じゃないわ! 早く準備をしないと! アゼリア、朝ごはんまだ?」
「……」

 人の話を聞いてください、お願いします―――そう口にする気力すら残っていなかった。
 なんていうか、会話が全く成り立たない。真面目に頭痛薬の購入を検討するべきかもしれない。ストレス性の脱毛症になったら、仮にも女のはしくれとして私もショックだ。
 だが、今は我慢だ。彼女の言葉の真偽を判断しなければならないのだから、と自分に言い聞かせて、キッチンから朝食を取り出してハルカに投げ渡した。

「……なにこれ?」
「何って……朝食だが? あ、ああ、もしかしてほかの味の方が良かったか?」
「そうじゃなくて、どうして朝食がカロ○ーメイトなのかって聞いてるのよ!」
「な……? い、一体なにが不満なんだ? 手軽で安価、栄養価も十分。食事として完璧じゃないか!」
「あ、あんたねぇ、本気で言ってるの!? これはね、非常食っていうのよ、非常食! 判る!? 普段から食べるものじゃないのよ! 何か他のもの頂戴、他のもの!」
「ほ、他のものって言っても……あとはカップラーメンくらいしかないぞ? さすがに朝からラーメンはもたれると思うんだが……」
「一体どういう食生活してるのよアンタは!!! 頭おかしいんじゃないの!?」

 ―――どの口でそのセリフを言うんだ、という言葉を飲み込むのは、本当に精神力が必要だったと言っておこう。





 結局、食事はまともなものを取らなければダメだ、お肌に悪い、というハルカの強硬な主張に負けて、ハルカの朝食だけは喫茶店で食べることになった。
 万年金欠な私としては、現在ハルカが突っついているストロベリーパフェが恨めしくてしょうがないのだが、人の話を聞く様子もなくさっさと注文されてしまったので、後から取り消すなんて恥ずかしくて出来やしない。
 この喫茶店でのハルカの食事は、フレンチトーストセット700ジェニー、オレンジジュース250ジェニー、ストロベリーパフェ550ジェニーの計1500ジェニー。ちなみに私の頼んだものはお冷だけ。0ジェニー。頼むから遠慮というものを知ってほしい。

「はぁ~、甘くっておいし~!」

 ……だがしかし、そこまで止める気にもならない自分がいることに気がつかずにはいられなかった。
 目の前にある、妹と瓜二つの顔。それが笑い、怒り、感情を露わにし、蕩ける様な表情を浮かべているのを見ると、つい頬が緩んでしまう。ハルカは妹とは別人だということは、もういやというほど判っているのに、それでも夢にまで見た日々の偽物が私を捕えて離さない。
 私は彼女を、妹の代わりとして見ているのだろうか……
そんなことは、許されない。私自身が許せない。それはハルカに対する、そして何よりも最愛の妹に対する侮辱でしかない。そう理性が訴える。
やはり一言言っておくべきかと考えて、意を決して口を開いた。

「ハルカ、ちょっと……」
「なに? アゼリアも食べたくなったの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ああ、別に遠慮しなくていいわ。はい」
「んぐっ!」

スプーンを口に突っ込まれた。
苺ソースの甘酸っぱい味がクリームと混じり合い、あまり経験のない甘い味が広がっていく。

「ほら、甘くておいしいでしょ? カロリーメイトなんて不健康なものじゃなくて、もっとちゃんとしたもの食べた方がいいのよ! あ、ところでさっきなんか言った?」
「……いや、食事が終わったら服を買いに行こう。しばらくの着替えが必要だろう?」
「え、本当!? やった、それじゃあ早く食べちゃうわね」

 ―――何をやっているんだろうな、私は





 ハルカの生活用品、衣服、カ○リーメイトとカップラーメン以外の食材、それと結局押し切られる形で化粧品まで買い込んで帰ってきてみると、もう夜だった。
 他人の買い物に付き合うのがこんなにも疲れるものだったとは……服の店で実に三時間も悩んだハルカは、結局フリルなどがたくさんついた……ゴスロリ、というのか? そういう服を買っていた。
 結局今日の買い物だけで私の一月分の生活費が飛んだことになる。ああ、頭が痛い……帳簿を付ける手も遅遅として進まない。ちなみに昼の間に業者に依頼して、壁の穴や切れ目、扉の立付けは直してある。これもまた結構な出費だ。昼の買い物でこっそりと買っておいた頭痛薬を何錠か飲みほしておく。
 このままでは様子を見ている間にうちの家計が崩壊するのではないだろうか、と真剣に危惧していると、その元凶がやってきた。

「ねぇ、アゼリア、ちょっといい? お願いがあるんだけど」
「ふぅ……なんだ?」

 また何か頭痛の種が増えそうな気がする。

「私に念を教えて!」
「却下だ」

 こいつに念を教えるなんて、馬鹿にマシンガンを与えるようなものだ。
 ばっさりと切り捨てられるとは思ってなかったのか、ハルカは目に見えてフリーズしていた。

「な、なんでよ! いいじゃない、教えてくれるくらい!」
「じゃあ聞くが、どうして念を覚えたいって思うんだ?」
「ハンター試験を受けたいからよ!」
「……ハンター試験? その体でか?」

 どう見ても、ハルカの体は試験に耐えられるものではない。
 贅肉が付いているわけではないが、筋肉もまたほとんどない。武術の心得があるとも思えない。あんな触れば折れてしまいそうな体では、試験を受けることからして無謀だろう。
念は使いこなせれば便利な力だが、万能の力ではない。元の体力が皆無では、念を覚えたところで意味がない。

「そんな貧相な体では無理だ、諦めろ」
「なっ!! だ、誰が貧乳よ! 少しばかり胸が大きいからっていい気にならないでよね!」
「胸の話じゃない!!」

 大体、ハルカに念なんて教えたら、相変わらずわけの判らない理論で旅団のアジトとかゾルディック家とかを探しに行ってしまいそうな気がする。むざむざ自殺志願を手伝ってやるつもりはない。

「それに私は無理やり起こす方のやり方しか知らん。失敗したら死ぬような方法を取る気にはならない」
「別にそれでいいわよ! 私が失敗するなんてありえないんだから!」
「……その自信はどこからくるんだ? ま、とにかくダメなものはダメだ」

 話はこれで終わりだ、と視線を外して帳簿に向き合う。

「なによ、ケチケチケチケチケチ!!」

 後ろで喧しく騒いでいるハルカは諦めるまで無視することにする。
 人の話を聞かない子を地でいく彼女は、説得しようとしても無駄なんじゃないかと考えだした今日この頃である。
 それよりも問題は今日の出費をどうするかだ。銀行には一応十万ジェニーほどの貯えはあるが、それを引き下ろしたらもう金がない。真剣に金策を考えなければならない。
 あの糞上司に金の工面を頼むというのだけは却下だ。となるとやはりアルバイトだろうか……と、考えたところでハルカが静かになっているのに気がついた。
 思ったより早く諦めたなと意外に思っていると、正面にハルカがやってきた。
 神妙そうな顔で、両手を祈るように組み、子犬のような眼で私を見つめる。
 作戦を変えてきたのか? だが、そんなものに引っかかる私ではない。

「ねぇ、お願い……おねえちゃん」
「よし、任せろ」

 ……自分の言葉の意味を理解したのは、言い終わってからだった。

「ありがとう、アゼリア! 持つべきものは理解のある友達ね!」

 してやったり、と言った風の顔をしているハルカに、先日の怒りがふつふつと滾ってくる。
 妹を、引き合いに出すとは、どういうつもりだ……?

「……言っていい冗談と、悪い冗談がある。そんなことも習わなかったのか?」
「あら、私は冗談のつもりはないわよ? アゼリアのことは本当に姉のように思ってるわ」
「ほぅ……それはそれは、光栄だなぁ……」

 頭に血が上っているのが自分でもわかる。
 冷静に、クールにならねばと考えるが、駄目だ、抑えられそうにない……

「いいだろう……上着を脱いでこっちに来い。だけど、死んでも知らないぞ?」
「ふっふーん、そんなことあるわけないよーだ。「纏」なんてすぐにマスターしてみせるんだからね」

 シャツ一枚になったハルカの背中に、念を込めた手を翳す。
 少しくらい痛い目に逢えばいいんだ……!

「行くぞ」

 ドン、という音が部屋の中に響いた。

「お、おおおおおおお! す、すごい、これがオーラね?」
「「纏」のやり方は知っているな? 血液が全身を循環するイメージでオーラを留めるんだ」
「わ、判ってるわ……!!」

 ハルカは自然体を取り、目を閉じて集中しようとしているが、残念ながら無駄な力が入りすぎている。
 「纏」は自転車に乗るようなものだ。一度覚えてしまえば次からは楽だが、最初に使えるようになるまでが大変だ。

「あ、あれ……?」

 ハルカのオーラはその勢いを時折弱めてはいるものの、風船に吹き込んだ息が漏れていくように噴出していった。
 「纏」ができそうな様子はない。

「あ、ちょ、これ、きつ……」

 そのまま三分ほど経っただろうか。
 立っているのも精一杯といった様子で、もはや集中などまるで出来ていないハルカはバタンと床に倒れ伏した。

「だから言ったんだ、危険だって……」

 自業自得だと言い聞かせてその場を去ろうとした。
 明日の朝までには結果が出ているだろう。ハルカが「纏」を覚えるか、疲労で倒れるかは判らないが。
 人の忠告をまるで聞かないばかりか、妹のことまで引き合いに出したんだ。これで病院に連れ込まれたところで知ったことではないし、精神鑑定をついでに受けさせてしまえるから都合がいいかもしれない。

 だが……最悪、死ぬかもしれない。
 そう考えると、さっきまでの怒りは潮が引くように消えていき、急に不安で胸が満たされた。

「……」

 私にハルカを助けなければならない理由は、ない。ないはずだ。そう言っておいたんだから。
 だけど、本当にそれでいいのだろうか……
 ハルカを見る。
 妹によく似た、かわいらしい顔が、苦悶の表情を浮かべて細かい呼吸を刻んでいる……

「……ああ、もう、倒れてるんじゃないよ! あれだけ大口叩いたんだから、心配かけるな、このバカ!」

 まったく、本当に面倒ばかり掛けてくれる!!
 私はタオルと氷水を用意しに急いでバスルームに駆け込むのだった。










〈あとがき〉

アゼリアはシスコン。妹そっくりのハルカに抱く感情は複雑です。妹のことになると冷静な判断ができなくなります。
妹が今どうなっているのかについては直に触れられると思います。

冷静に考えて、無理やり起こす方法ですぐに「纏」を覚えられる人なんてそうそういないと思うんですよね。
天性の才能、十万人に一人の才能とまで言われるズシでさえ、ゆっくり起こす方法で三か月もかかってるんだから、念の習得はとんでもなく険しい道だと思います。
ましてや才能や主人公補正もない素人の小娘なんて、とてもとても……
天空闘技場で二百階まで登れるような格闘の達人たちですら、念を覚えることなく死んでいく人がいるんですから。

この作品のコンセプトは「人生そんなうまくいくか」なので、ハルカのお気楽思考はどんどん悪い結果を引き寄せると思います。それに伴いアゼリアの苦労も増えていくでしょう。
そんな二人にニヤニヤしていただけたら幸いです。
ではまた次の機会に。


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