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No.3597の一覧
[0] アゼリアの溜息 (H×H)[EL](2008/07/24 23:16)
[1] アゼリアの頭痛[EL](2008/07/30 15:23)
[2] アゼリアの寝不足[EL](2008/07/27 20:00)
[3] アゼリアの回想[EL](2008/07/30 18:52)
[4] アゼリアの激怒[EL](2008/07/31 18:47)
[5] ハルカの放浪[EL](2008/08/01 18:04)
[6] 閑話 思い出のガーネット[EL](2008/08/03 19:35)
[7] アゼリアと重要任務[EL](2008/08/04 23:12)
[8] 閑話 ハルカの念能力考案[EL](2008/08/05 15:25)
[9] 憧憬[EL](2008/08/24 22:05)
[10] 揺らぎ[EL](2008/08/27 13:07)
[11] 壊れだした人形[EL](2008/08/28 12:04)
[12] 『敵意』[EL](2008/09/12 22:08)
[13] 飼い犬[EL](2008/09/20 14:59)
[14] 陽の世界の人々[EL](2008/10/07 23:42)
[15] 絡み合う蛇たち[EL](2008/10/20 23:41)
[16] 合格? 不合格?[EL](2008/11/04 21:41)
[17] それぞれの理由[EL](2008/11/13 22:52)
[18] ファーストコンタクト[EL](2008/11/17 00:28)
[19] ズレ[EL](2008/11/22 13:47)
[20] 小さな救い[EL](2008/11/24 20:54)
[21] 次の一手[EL](2009/01/03 01:23)
[22] 怖れるモノ[EL](2009/01/25 02:22)
[23] 四次試験 一日目[EL](2009/02/08 00:28)
[24] 四次試験 二日目[EL](2009/02/13 12:16)
[25] 四次試験 二日目 ②[EL](2009/02/16 13:32)
[26] 四次試験終了 最終試験へ[EL](2009/02/19 10:16)
[27] 試験終了[EL](2009/02/23 13:34)
[28] 首狩り公爵[EL](2009/05/16 22:26)
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[3597] 揺らぎ
Name: EL◆8dda00b7 ID:cbded637 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/27 13:07
「見て見て、フェル! これどう?」
「あ、ああ……い、いいんじゃ、ないか? う、うん、似合ってる、ぞ……」
「ホント? 嬉しい! あ、それじゃあこっちと合わせた方がいいかな?」
「あ、あー……そ、それは……」
「大変よくお似合いですよ、お客様」
「それじゃあこれとこれ、あとこれも買います」
「はい、ありがとうございます」

 買ったばかりの服の入った紙袋を手渡して、もう片方の手に当然のように抱きつく少女を、フェルナンデスは恐ろしいものをみる目つきで見やった。
 例えるならば、羊の皮を被った狼というのが最も適当だろうか。
 美しい笑顔を張り付けた少女は、その実、いつでも自分の喉笛を食いちぎれるほど恐ろしい相手なのだから、堪ったものではない。

「……なんて眼で見ている」
「あ、だ、だってよう……」

 表面上は何も変わらず、見る者を幸せにする笑顔を張り付けたまま、子猫のように右腕に抱きつく少女が、周囲には聞こえないほど小さな、しかし自分にははっきりと聞こえる平坦な声で言ってきた。
 見た目だけは麗しいこの少女は、しかし、この距離で見るとはっきりわかる。眼だけは欠片も笑っていない。ゾッとするほど静かな、機械のような瞳でこちらを見ている。それがとても怖くて、フェルナンデスは今すぐ腕を振りほどきたくて仕方が無かった。

「もっと自然に対応しろ。こんな具合では素人だって誤魔化せはしない。さっきの店員だって訝しがっていたぞ」
「ぐ……だ、だが……」
「今日の仕事は説明したな。ネオン=ノストラードに一般人として接近し、それとなく話を聞き出すことが任務だ。その際にはカップルの方が警戒されにくい。だからこそお前を連れてきたというのに……この様では子供にも通じない。演技力が無さすぎる。対象が動くまで練習のつもりだったのに、こうまで酷いとは思わなかったぞ」
「……仕方ねえだろ。なんだよ、さっきの喋り方。気持ち悪いったらねえ。ゾッとするぜ」

 少女―――アゼリアはふぅ、とため息を吐いた。

「……私とてそんなことは判っている。正直、自分でも慣れないしな。だが、それとこれとは話が別だ。お前が仕事をしっかりとこなすかどうかとは、な」
「くっ……そ、そんなこというなら、別の作戦にしやがれ」
「……そうだな、お前のこの様子だと、別のパターンを考えた方が無難かもしれない」

 アゼリアが一考しだしたのを見て、フェルナンデスは隠そうともせず溜息を吐いた。
 今日の仕事として説明されたのは、ネオン=ノストラードから情報を引き出すため、一般人を装うこと。そのために恋人役なんてものを押しつけられたわけだが―――無茶言うな。
 普段なら喜んでもいいが、昨晩この女の怖いところは見せつけられたばかりだ。落ち着かない……

「よし、それじゃあ、こうしよう―――」

 アゼリアが作戦の変更を説明しだすと、フェルナンデスは何とか安堵出来た。
 そのくらいなら、何とかなる、と思う。

「―――というわけだ。出来るな?」
「ああ……やってやるよ……」





「あー! このネックレスいい!! こっちの指輪もかわいいー!! イヤリングは今度これに変えよっかなー」

 今日でこの町に来て三日目になる。
 パパに仕事があるからって言われてきたんだけど、この町は結構遊ぶところが多くて飽きない。
 まだショッピングモールは半分くらいしか見れてないけど、今日中に全部のお店を制覇しよう。かわいい服や綺麗なアクセサリーとかが揃ってるから、来てよかったと思えた。
 ボディーガードのアマデオとトチーノの持つかごに品物を次々と入れていく。このお店は大体見終わった。会計はトチーノに任せることにして次の店へ向かう。

 ここは最近人気が上がってきたブランドのお店だ。ハイティーンから二十代前半の女性をターゲットにした、大人っぽいけどかわいいがコンセプトのブランドで、広告で見て絶対に手に入れたい服もあった。地元にはまだお店が出てないから、ここで絶対に買おうと決めている。
 そしてその服を見つけた。あと一着だけ! 流石このブランド内の人気NO1!! ああ、でも残っていてくれてよかったー!!
 そう安心して、急いで駆け寄ってその服を取ろうとした時だった。
 横から女の子の手が伸びてきて、その服を取ったのは!!

「あーーーーーーっ!!!」

 思わず叫んでしまった。
 最後の、最後の一着だったのにーーーー!!!
 私の服を取った子を睨む。その子は私の叫び声にびっくりしたのか、驚いた顔でこっちを見ていた。うう、なんでなんでなんでー!!
 視界がうっすらと滲んできて、慌ててエリザがハンカチを出してきたけど、私はその子から目を離さなかった。

「……あ、もしかしてこの服欲しかった?」

 その女の子は睨まれている理由に察しがついたのか、私に向けてそんなことを言ってきた。
 まったくもってその通りなので力いっぱい頷いてやる。

「うーん……どうしよっか……私、これそこまで欲しいわけじゃないし……」

 それならちょうだい!! と視線で強く訴える。
 黒髪のその少女は困った顔をしながらこっちに近づいてきて、驚いた顔をして立ち止まった。

「あーーーっ!! これ、このネックレス、ずっと欲しかったやつ!! え、これどこで売ってたの!? この辺じゃ全然なかったのよ!!」
「え、こ、これ? えっと、どこだっけなー……」
「お願い、思い出して!! あ、そうだ、教えてくれたらこの服譲るわ!!」
「ほんとうっ!?」
「もっちろん!!」

 これは絶対思い出さないと!! 私の頭がぎゅんぎゅん動き出す。

「えっと、ちょっと待って、今思い出すわ……これ、確か……」
「お嬢様、確か西館の一階で昨日買ったんですよ」
「そう! そうだったわ、エリザ!! 西館の一階よ!!」
「ありがとー!! 嬉しい!!」

 そう言って彼女は私のことをギュッと抱きしめてきた。
 彼女の方がちょっとだけ身長が高くて、私の顔はたわわな胸に受け止められた。うう、負けた……
 でもそのあとでちゃんとその服を渡してくれたから、私も嬉しくなってギュッと抱きしめ返す。

「あ、でも西館の一階って言ってもかなり広いわね……うーん、こないだ来た時見つけられなかったから、見落としてたのかしら……」
「それだったら後で一緒に行ってあげるよ!」
「本当に!? いいの!? それじゃあ一緒に回ろっか!」
「うんっ!!」

 もしかしたら断られるかも、って思っていたので、その言葉に嬉しくなって大きく頷いた。
 買い物は楽しいけど、趣味の合う友達と一緒だともっと楽しい。
 エリザとかは服の相談をすると乗ってくれるし優しいけど、やっぱりどこか一歩引いて付き合う感じがあって友達とはちょっと違う。
 だからこの子と回ったらきっと楽しいだろうなって思った。

 女の子を見る。多分年齢は私より少し上くらいだった。
 濡れたようにしっとりとした綺麗な黒髪をリボンで軽く纏めている。どちらかと言えば美人系の顔立ち。白のブラウスとブラウンのプリッツスカートの組み合わせがよく似合っていて、服の趣味も合いそうだった。
 そして何より、その眼。アメジストのように綺麗な紫の眼を見たとき、一目で欲しいと思ってしまった。本当は取り出して保存したいけれど、まだ生きている人のだからそれはちょっと難しいかもしれない。でもこのまま別れるなんて嫌だった。貰えないにしても、傍でもっとよく見ていたかった。

「あ、ワタシはネオン。ネオン=ノストラード。あなたの名前は?」

 少女はにっこりと笑った。花が咲くような笑顔だった。

「アゼリア=クエンティよ。よろしくね、ネオン!」





 目の前では少女たちが楽しそうに服を選んでいる。
 どちらも美しい少女だ。その二人が零れるほどの笑顔を浮かべている様子は本来なら眼福というべきものなのだが、その笑い声が響くごとに俺のフラストレーションはどんどん高まっていく。女の買い物に付き合わされるなんて、こっちとしては本当にいい迷惑だ。もう全部でいくらになるか判らないほどの荷物がずっしりと手に食い込む。護衛の仕事よりもある意味ずっとハードだった。

「……あんたも大変だな、女の買い物に付き合うってのは……あの子の彼氏か?」

 こちらもまた疲れの滲んだ声をかけてきたのは、今ネオンお嬢様と一緒に服を選んでいるアゼリアと名乗った少女の恋人らしかった。
 どこかゴリラじみた顔に、野性味溢れる巨体。鼻は何があったのか折れて歪んでいるし、パンクファッション風のその服装も横に広がりすぎて似合っているとは思えない。先ほどの少女と並べると、美女と野獣という言葉しか思い浮かばなかった。
 だがそんなことを考えているとは態度に出さずに言葉を返す。やっぱり俺の声も疲れていた。

「んなわけねーだろ……俺はただの荷物持ちだよ」
「へえ、荷物持ちねえ。なんだ、あの子はどっかのお嬢様だったりするのか?」
「まぁ、そんなとこだ」

 似たような境遇の男として、こいつには若干の親近感を覚えないでもない。
 それはこの二人は警戒の必要が無いと判っていることも起因している。何しろこの二人は念能力者でないのだから。
 この男も女も「纏」が出来てない。男の方は一般人よりは体から出ているオーラの量が多いようだが、垂れ流しにされているだけのオーラを見れば念を使えないことは一目瞭然で判る。それでは警戒する必要などない。

 ちなみにトチーノの奴は……柱の陰からこっそりとこっちを窺っている。
 この二人が来たとき、トチーノの奴は前の店の支払を済ませていたところだった。そしてあいつは先ほど電話してきたのだ。
 曰く「ボスからは目立つなと言われているから、俺は陰から見守ることにする。俺は放出系だから、この距離ならばすぐに対応できるしな」
 そんな感じのことを延々と言っていたが……要するに、逃げやがった。買い物の付き添いから。
 確かに、店の外にはスクワラの犬が何匹も残っていて、念能力者が近付いてきたらこっちに知らせるようになっている。それにボスは今回情報が漏れることにすごく気を遣っていたから、目立たないようにする必要があることも確かだ。山のような荷物を持ったトチーノは確かに近くにいない方がいいだろう。
 けどまぁ、俺が一人でこの苦行を強いられているのはあいつのせいなわけで。
 同じ苦しみを抱えている目の前の男と愚痴を言い合うしかないのだ。

「……まぁ、終わったら呑みにでも行くか?」
「……ああ、そいつは最高だな」

 二人の溜息が同時に漏れた。





「ねえねえ、ネオンちゃんってこの辺の子じゃないよね? 発音がちょっと違うし! どこに住んでるの?」
「えっとね、私が住んでるのはヨルビアン大陸の東の方の―――」
「ああ、そこ知ってる! 海が綺麗なとこでしょ!?」
「うん! うちの館から見える海ね、夕方になるとすっごいきれいなの!」
「へえ~! いいなあ、私も今度いきたいなー」
「あ、その時はうちに泊まっていきなよ!! 歓迎するよー!」
「本当!? ありがとー!!」

 今はもう昼過ぎ。モールの中のカフェで昼食を買って、オープンテラスに移動しネオンと食事を食べる。そして、そんな他愛もない会話を繰り返し、ネオンとの距離を少しずつ縮めていった。
 対象に接近することは、対人諜報の基本だ。相手の警戒心や、話してもいいと考えるラインを下げていくことは、情報を聞き出す上で非常に重要なこととなる。さらに昨日一日観察したことから、ネオンは一度友人と見た相手には心理的な垣根がほとんどなくなるだろうと考えられた。好悪がはっきりしている人間はこういう時にやりやすい。
 その甲斐あって護衛の男はこちらへの警戒をしていないようだった。作戦の第一段階はまずまずの成功といったところだろうか。理想は探られていることにすら相手は気づかないこと。そのためにはこちらを警戒させてはいけない。そしてその条件はほぼクリアされただろう。ネオンや彼女の護衛たちは私のことを気さくな一般人の少女程度に認識している筈だ。
 「纏」を解き、オーラの流れを素人と同じように微弱に、かつスムーズさをなくしただけなのに、単純なことだ。
 意外とありがちなことだが、念能力者は念能力を持たない者を脅威とは捉えなくなる傾向がある。確かに念を使えるか使えないかでは、戦闘力に絶対的な開きが出来る。だがそれは念を使えない者が念能力者を殺せないというわけではない。ライフルなどを使えば、下手な念を込めたパンチよりも大きな威力を出すことは普通に出来るのだから。
 もしも私たちが刺客で、この場で武器を抜いたらどうするつもりだろう。大口径の拳銃をこの距離で乱射すれば、如何に念能力が使えても生半可な実力では防ぎきれない。そんなことも気づかないとは……護衛の質が低いのだろうか。護衛の警戒を解くための策もいくつか用意してきたというのに……まぁ仕事が楽で結構なことだが。
 とりあえず、これでひとまず仕事の下地は整った。先ほどから離れた席からこちらを窺っている念能力者もいるが、特に問題はないだろう。少しずつ、ネオンから情報を聞き出すことにする。
 しかし……我ながらこの喋り方は気持ち悪いな。寒気がする。

「こっちには何しに来たの? 旅行?」
「うーん、一応お仕事かな」
「あれ? 学生だと思ったけど違ったんだ? ネオンって何してるの?」
「あ、一応学生よ。学校はあんまり行ってないけど。パパがうるさいの。本業は占い師をやってるわ。結構得意なのよ」
「え、占い師って、タロットカードとか、水晶玉覗いたりとか、そういうの?」
「ちょっと違うかなー。私はね、詩の形で運命を占えるの。あ、そうだ、アゼリアもやってあげよっか?」
「本当!? うわー、面白そー! やってやって!」
「じゃあこの紙に名前、生年月日、血液型書いてくれる?」

 渡された紙に名前を書きながら、軽く思考を纏める。ひとまず彼女はこの町に占いの仕事で来たということは判った。
 何か話の流れが妙な方向に来ているな、と一瞬危惧したが、不審に思われないためにも自然な会話、自然な反応を繋げていくべきだと考えなおす。それに裏社会でも多くの要人を顧客に持つ彼女の占いを受けることが出来るのだから、得をしたと考えるべきだろう。
 書き終えた紙を彼女に返すと、彼女はペンをくるりと回した。
 そして―――

「それじゃ、やってみるね」

 ―――天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)





「はいっ終わったよ!」

 書きあがった紙をアゼリアに渡す。もちろん自分に占いの内容が見えることはないように。占い師はあくまで予言をするだけで、その運命に自らが介入するべきではないと思うのだ。
 占いを受け取ったアゼリアは感激したような声を出し、喜色に顔が彩られる。この瞬間を見るのが一番好きだ。パパの知り合いの、顔も知らない人たちの占いなんかしているよりも、友達の占いをしている時の方がずっと。

「へぇー! ロマンチック―!!」
「私の占いって四つか五つの四行詩から成り立ってて、それがその月の週ごとの出来事を予言しているらしいから……もう最初の二つは終わっちゃってるかな?」
「面白いね。これ、どれくらいの確率で当たるの?」
「百発百中らしいよ!」
「うっわー、すごーい! あれ? でも、らしいって、ネオンが占ってるんでしょ?」
「あ、私はそこに何て書いてあるか判らないの! 自動書記って言って、勝手に書いちゃうから」
「おお! なんか霊でも降りてきているのかな?」

 私の占いは確かに霊とか天使とか、そういうものなのかもしれない。
 パパやダルツォルネさんは、この力を念というものだと説明したけど、私は天使がやってきて私に教えてくれているという方がよっぽど素敵に思えた。
 だけどそれをどう説明したらいいのか判らなかったので曖昧に笑ったが、アゼリアは特に気にすることもなく予言に目を移していた。

 そして―――その笑顔が凍りついた。

「ね、ネオン……こ、この四つ目の詩……」
「あ、だ、ダメ! 私自分の詩は見ないことにしているの! も、もしかして、悪い予言が書かれていた?」

 アゼリアはさっきまでの溌剌とした表情が嘘のように青い顔をしている。
 まるで病気になったように震えるその様子が何よりも明確な答えだった。

「ど、どうしよう……」
「……ネオン、それじゃあ一つだけ聞いていい? この詩には警告が書かれているんだけど、その警告を守ればこの予言は回避されるのかな……?」
「あ、それなら大丈夫!! その警告さえ守れば、その予言は絶対に成就しないって聞いてるから!」
「よ、よかったー……」

 アゼリアは心底ほっとした様子で椅子に深く座りなおした。
 その様子を見て私もほっとする。自分の予言で友達が悲しそうな顔をするのはいやだった。

「ありがとう、ネオン……とても、大事なことが書かれていた」
「う、ううん!! 気にしないで!!」
「いや、何かお礼をさせてくれ。私の感謝の気持ちとして」
「え、ほ、本当に……?」

 そう言われると、ダメ元でお願いしてみたくなる。
 アゼリアの眼は恐怖に濡れていた時もとても綺麗で、私は彼女を心配すると同時に見惚れていた。

「そ、それじゃあ、アゼリアの眼を売ってくれない?」

 アゼリアは一瞬ぽかんとした表情をした後、苦笑交じりに答えた。

「いくらなんでも、眼はあげられないな」
「え~……ダメ? 二つあるんだし、一つくらい。そうね、一億ジェニーくらいで!」
「い、一億ジェニー!?」

 驚いた様子のアゼリアに強く頷く。一億ジェニーくらいなら、パパに頼めば出してくれるだろう。
 冗談でもなんでもないことをアゼリアも判ったのか、考えこんでぶつぶつ言いだした。

「一億……それなら、手術代を払ってもお釣りが……それなら、ちょっと……」

 なんて言っているかはよく聞こえなかったが、結構揺れているみたいだ。なんだったらもっと、二億くらい出しても……

「う、うーん……い、いや! やっぱり駄目だ!! 眼はダメ、眼は! 何かもっと、軽いものでお願い!!」

 けどそれを切りだす前に断られてしまった。
 がっくりと肩を落とすのを隠せない。ああ、欲しかったのに……

「うー、それじゃあ、メアド交換して」
「ま、まぁ、それくらいなら」

 家に置いておけないのは残念だけど、しょうがないか。
 無理言って友達なくしちゃったらつまらないし。
 それなら生きたままで近くで見せてもらったほうがいい。
 携帯を取り出しながら、でも欲しかったな~、と考えてこっそり嘆息した。





 携帯を取り出しながら、私はようやく思い出した。占い師ネオン=ノストラードのもう一つの顔、それは人体収集家であった。
 何の気まぐれか私の眼は彼女のお気に召してしまったらしい。
 一億ジェニーならヴィオレッタの手術代を全部払ってお釣りがくる値段だから、それなら、ちょっと、いいかも……? なんて考えて真剣に検討してしまったが、やっぱり駄目だ。もしこの先、万が一ヴィオレッタがまた病気にでもなったら、その時またお金を稼がなければならないんだ。片目を失っていたりしたら致命的だ。だから眼を売るというのは取っておこう。最後の手段に。
 ちょっと剝れているネオンを見ると、悪いことしたかなと一瞬思うが、すぐに頭を振ってその考えを否定する。ていうか、一般人の友達に向かってないだろう、それは。
 メールアドレスの交換を済ませた後、もしも眼がいらなくなったら売ることを約束させられて、もはや引き攣った笑顔しかでなかった。もしかしてネオンは普通の友達にもこんなことを言ったりしているのだろうか。

真剣にネオンの交友関係を危惧しながら再び歓談を始め、ネオンからそれとなく情報を聞き出していった。
 とはいえ、あまり踏み込んだ質問をして警戒されては元も子もない。細心の注意を払いながら、少しずつ根幹となる情報に近づいていく。

 ネオンのお父さん、ライト=ノストラードはホテルの部屋に籠っている。とても緊張した様子で、いろいろと指示を出していた。
 ネオンは父親から、今回の旅行の目的が占いの仕事とは聞かされているが、どこのどういう人が相手なのかは知らない。明日直接会うことになっている。
 明日の午後の飛行船で地元に帰る。帰ってからもメールはするから、いつか本当に自分の家に遊びに来てほしい。

 そんなことがネオンからは聞き出せた。
 生憎ギュンターの名を聞き出すことは出来なかったが、彼女がここに来たのが間違いなくノストラード組の関係、さらには占いの仕事を明日やるということが判った。それだけでも状況証拠としてはかなり固められたと言えるだろう。
 それに彼女はきっと、占いの相手の名を本当に知らないのだろう。だからネオンからはこれ以上多くを聞き出せないだろうなと思った。

 そのまま適当に話を続けながら、視線をこっそり隣の席に座っているフェルナンデスの方に向けた。
 フェルナンデスには今日、私の買い物に付き合わされている恋人役として疲れた様子を作り、同じく疲れている護衛たちに接触して情報をそれとなく聞き出せと言ってある。人は愚痴などを言い合うと相手に対し親近感を抱き、心を開く傾向がある。そしてそうなるとつい口が軽くなる。そこを利用しようと考えたのだ。本当はもっと恋人役として積極的にネオンと話させる予定だったのだが、練習の時の様子だと絶対ボロを出しそうだから仕方がない。私と切り離して諜報をさせた方がまだまともにふるまえるだろう。護衛との接触は上手い手とも言えないが、やって損する手でもない。
 まぁ、あの馬鹿のことだし、そこまで成果をあげられるとは期待していない。だが、下手は打ってないだろうな、と考えた時だった。フェルナンデスと話していた護衛の男が、携帯を取り出しながら席を立ったのは。
 意識を背後に傾けると、少し離れた席からずっとこちらに注意を向けてきていた男もまた、どこかに席を外していた。





 昼飯に買ったチキンを頬張りながら、フェルナンデスと名乗った目の前の男と愚痴を言い合っていた時だった。携帯がマナーモードのまま着信を告げたのは。
 決してお嬢様たちの周りから注意を逸らしていた訳ではないが、胸元で振動した携帯を取り出して、少し話に熱が入りすぎていたことに気づく。
 相手の名を見ると、少し離れたところにいる筈のトチーノからだったので、席を少し外すことを伝えて、会話が男たちに聞こえないところに来てから電話に出た。

「なんだ? 何かあったのかよ、トチーノ?」
『何かあったも何も、お前は何も疑問に思わなかったのか、アマデオ』
「何の話だよ」
『だから、あのカップル、どう見ても不自然だと思わなかったのかって言ってるんだ』
「……まぁ、確かにあの二人じゃ釣りあわねーとは思ったがよ」
『そういうことじゃない! お前たちの会話を聞いていたが、あの男の方、さっきから組のことを探るような質問を時々していたぞ』
「……マジか?」

 言われて、先ほどまでの会話を思い出す。
 ……確かに、前後の脈絡のない唐突な質問があったりした。何をしにこの町に来たのか、あの女の子はどういう人なのか、などの質問をされたとき、どうして自分は不自然に思わなかったのだろうか。
 ついつい会話に熱が入って、警戒心が薄れてしまっていたことは認めざるを得なかった。

「……だが、こいつらは念能力者じゃねえ。いざとなったら簡単に抑えられるだろ」
『それだってどうだか判らない。今確かなのは、こいつらは「纏」をしていないということだけなんだからな。念能力者が「纏」を解除しているだけという可能性もある』
「……お前はこいつらが刺客かスパイだと言っているのか?」
『確定は出来ない。だが否定も出来ない。だからこそ、お前みたいに警戒をしないのは論外だし、早急にはっきりさせる必要がある』
「ちっ……確かに、ちょっと無警戒だったよ。そんで、どうやって確かめるつもりだ? 俺は何をすればいい?」
『いや、調べるのは俺がやる。お前は何も気づかないふりをしていればいい。だが、もしもそいつらが念能力者だと判ったら、すぐに捕えろ』
「わかった。それじゃあ一端席に戻るぞ」





 席を外した男が戻ってきたのを横目で確認したとき、視界の端に映ったものに思わず舌打ちしたくなった。
 人間代のオーラの塊が複数、私たちを包囲するように現れている。
 ネオンの護衛の男たちが何もそれに対して反応していなかったところを見ると、あれは二人の男のどちらかの能力なのだろう。第三者の念能力ならば彼らは護衛として動くはずだし、彼らの味方の能力ならば何事かと訝るはずだ。
そして、なぜ今能力を発動したのか。それは先ほど護衛の男が電話をしていたことと合わせて考えれば自ずと判る。内容を聞き取ることこそ出来なかったが、席を離れたタイミングを考えて護衛の二人が連絡を取っていたことは間違いない。その内容も、念能力の発動から自然と推察される。
すなわち、私たちは疑われているということだ。

 私たちは今念能力を使えない一般人として振舞っている。当然オーラの塊を感知することなど出来ない。気付かれてはいけない。私は素知らぬ顔でネオンとおしゃべりを続けながら、そうと悟られぬよう自然に視界にオーラの塊の一体を入れた。
 思考を分割。半分をネオンとの会話に割り当てつつ、もう半分で相手の念能力とその狙いを分析する。
 大きさは人間大。手足と思われる箇所があるので、精巧さこそないが一応人型なのだろう。視認したわけでも「円」を使った訳でもないので正確ではないが、気配から考えて全部で十……いや、十一体か。
 どんな能力がそこに隠されているのかは判らないが、おそらくは放出系か操作系の能力者。セオリーとしてはあの人型たちを操作して戦闘させるといったところだろう。
 相手はしかし、すぐに攻撃をしかけてくる様子はない。じっくりと包囲をして、徐々にその輪を狭めてくる。
 ならば私たちは刺客やスパイと完全に見切られたわけではない。もしも見切られていたら、すぐさま攻撃してくるのが護衛として当然の筈だ。あくまで違和感を感じられたというだけか。そうだとすると術者はどこかから私たちの反応を見ているのだろう。私たちが念能力者なのか、そうではないのか。それを確かめようとしているらしい。
 逆にいえば、ここでその違和感を払拭できればその後がやりやすくなる。私たちが念能力者でないと相手が確信すればいいのだ。
 必要なのは相手の念能力に一切反応しないこと。わずかな反応を返すこともないように細心の注意を払わなければならない。
 出来ることならばフェルナンデスに指示を出しておきたいところだが、ネオンと話している最中にそんな行動を取っても、相手に勘繰られるかもしれない。ここはフェルナンデスが敵の狙いに気づいていてくれるよう信じるしかない。念能力を使えない一般人として振舞えとは口を酸っぱくして言ってあるんだ。まさか愚かな行動は取らないだろう。多少の違和感程度ならばこちらでフォロー出来る筈だ。

「うおぁっ!! なんだこいつら!!」

 そう、多少の違和感程度なら……

「……」

 ギギギ、と油の切れた人形のようにフェルナンデスの方を向くと、彼は「纏」を行い、完全に戦闘態勢で人型たちを睨み据えていた。
 そして、そんな彼を睨みつけ臨戦態勢に移る護衛二人。
 ……あの、糞馬鹿がっ!!!!!

「アマデオっ!! そいつ、やっぱり能力者だ! 捕まえろ!!」
「任された、トチーノ!!」

 席に残っていた男の方は立ち上がり、拳銃を取り出してフェルナンデスに飛びかかっていくのを見て、私は一瞬だけ能力を発動した。
 フェルナンデスの耳元の大気と、私の口の近くの大気の動きを同調させる。そして同時にその大気の塊の周囲を一時的に真空状態にして、音の伝動を遮断。簡易的な無線機を一瞬だけ作り出す!

『このマヌケ!! 私が能力者と判るような振る舞いはするな!! 早く撤退しろ!!』

 その直後、アマデオの拳銃が火を噴いた。





「任された、トチーノ!!」

 アマデオは彼の得物である大口径の拳銃を取り出すと、フェルナンデスと言った大男に飛びかかっていった。
 彼の指が引き金を引き、大きな破裂音が三度響く。空を切るその音はモールの中によく響いた。

「いやああああっ!!」

 アゼリアという少女が怯え竦み、悲鳴を上げる。周囲にいた客たちもようやく何が起こったのか判ったようで、その悲鳴を合図に一斉に逃げだした。
 標的となったフェルナンデスは運良く弾丸を避けたようだった。モールの出口に向かってジグザグに走る彼の背に照準を合わせて、アマデオはその後ろ姿を追っていた。
 俺はこの場に残り、ネオン(ボス)たちを護衛しなければならない。追跡はアマデオに任せ、『縁の下の十一人(イレブンブラックチルドレン)』を発動しなおす。先ほどは念能力者かどうかを確かめるために風船にオーラを纏わせるという形を取らなかったが、今度は能力の本来の形を取らせた。これで先ほどの不完全な状態よりもより精密な操作が可能となる。風船黒子の六体を周囲の警戒に回し、残る五体でアゼリアを包囲した。この少女もまた、先ほどの男の仲間である可能性が非常に高い。念能力者である素振りは全くないが、身柄を確保するべきだ。
 五体の風船黒子がそれぞれの得物をアゼリアに向けて構えると、彼女はひどく怯えて恐怖に顔を引き攣らせた。

「ち、ちょっと、トチーノ!!」
「お嬢様、お下がりください。先ほどの男は念能力者です。一緒にいたこの女もまた敵である可能性が高い」
「そんなことないわよ! アゼリアは私の友達よ! 失礼なことしたら許さないんだから!!」
「しかし、我々の仕事はお嬢様の護衛です。少しでも危険があるならば排除しなければなりません。少なくとも、彼女は父君のところまで連れて―――」
「ダメ―っ!! ダメったらダメ駄目駄目だめーーーーっ!!」

 ボスは泣いて暴れだした。
 昼食のバスケットやゴミを投げつけて、大声で喚いている。
 俺はそのゴミをよけながら、頭を抱えたくなった。このお嬢が暴れだしたら俺ではどうしようもない。お手上げだ。仕事なのだからアゼリアという少女は拘束するべきなのだが、このお嬢がそれを聞き入れてくれそうな様子はない。だが、一応こんなお子様でも俺の雇用主側なので、その意向を完全に無視するわけにはいかない。
 どうすれば最善なのか判らない。そんな困った状況だが、時間が経つごとに状況は悪くなっていく。先ほどの発砲と合わせて、お嬢が泣き叫んでいるために周りの客の注目がこちらに集中している。目立つ行動は避けろと言われているのだから、こうして注目を浴びるのは良くない。一刻も早くこの場を抜け出すべきだった。

「いや、ですからボス、別に我々は彼女をすぐにどうこうしようというわけではなく……」
「いいから、ダメ!!」

 しかし、理性的にお嬢に状況を説明しようとしても、感情の赴くままに叫ぶこのお子様は聞く耳を持とうとしない。
 こんな性格と、人体収集家なんていう趣味、そして闇社会の要人であるという立場から普通の友達がほとんどいない彼女だから、友人のことになるとやたらと頑固になるのは以前にもあった。
 この場でお嬢と分の悪い押し問答を続けてこの女の身柄を拘束するのと、目立つことを避けるために早くこの場を離れることのどちらがより取るべき選択かと考えたが、俺の一存では答えは出なかった。
 アゼリアという少女は―――先ほどからの一連の反応を見る限り、普通の一般人の少女と思われる。念能力が使えるようにも見えない。あくまで俺が見た限りだが、俺とてそれなりに死線はくぐってきている。あの様子は演技ではないと思った。ならばここで一端離れても、大した問題とはならないのではないか―――そう考えるが、むざむざ危険の芽を摘まないというのも護衛として取るべき選択肢ではない。どうすればいいのか、この場では手詰まりだった。
 というか、俺がそんな判断をする必要はない。そんなのはリーダーにでも任せるべきだ。面倒なことになったなと頭を振りながら、投げやりに言った。

「あーっ! 判った、判りましたよお嬢様(ボス)! ちょっと待っててください!!」

 風船黒子たちに周囲の警戒とアゼリアの監視をさせたまま、少し距離を取って携帯を取り出した。掛けなれた番号を選択し、数秒待つ。

『なんだ?』
「ダルツォルネさん、トチーノです。さっき接近してきた男がいまして、様子がちょっとおかしかったので確かめたところ念能力者だったので、今アマデオが追跡しています。それで、その男の彼女っていう女が一緒にいまして、そいつは念能力者かどうかよく判らないし、こっちのことを探ってるような様子があるわけでもないんですが、どうしますか? とりあえず押さえますか?」
『当然だ。近づく者はすべて敵と思えといつも言っているだろう』
「それなんですが……そいつ、ボスと仲が良くて、身柄を拘束しようとしたらボスが怒って暴れだしちゃいまして……正直、俺じゃお手上げです。今モールの中で凄い目立ってます。どうしましょうか?」
『ボスが……ちっ、参ったな。ちょっと待て、今ノストラードさんに伺いを立てる』

 ダルツォルネ(リーダー)は電話を通話状態のまま、少し席を外したようだった。彼も怒って暴れたお嬢様(ボス)が手に負えないことはよく知っている。まさか俺にそれを説得しろとは言わないだろう。こんな面倒な事態の責任を負うなんてやってられるか。

『―――よし、トチーノ、そこはいったん退け。お嬢様の安全を最優先すべきだし、ノストラードさんは今目立ってボルフィード組の奴らに嗅ぎつけられる方が問題だと考えている。こっちからスクワラに連絡してその女の後を犬たちに尾けさせるから、騒ぎが大きくならないうちに撤収しろ』

 まぁ、その指示ならそんな無茶を言われているわけでもない。
 俺は了解の意を告げると、電話を切ってボスたちの方へ向かった。
 そのとき、そよ風が軽く耳元をくすぐったのが少し不快だった。





 着替えるのも面倒で、そのままの服装でベッドの上に体を投げ出して、たった一日で疲れ切った体を休めた。精神的な疲れは体にも同様に負担となる。対象と直接接触する諜報行為は言動に細心の注意を払わなければいけないので、とにかく疲れた。普通の少女のような振る舞いは自分にとって鬼門なのかと考えると、それはそれでちょっと悲しくなるが。
 あのあと、トチーノという護衛はネオンに言い聞かせて、彼女をホテルへと連れ帰った。ネオンは渋々とだが、絶対また連絡すると言い残して帰っていった。だがそれは私への疑いが晴れたわけではもちろんなく、今も二匹の犬がホテルの外から監視している。リーダーがそのように指示したことを、能力を使い盗み聞きした私は知っていた。
 しかし多少の疑念は持たれたものの、疑念が確信に変わるほどの失態は私は犯していないし、それなりの情報も手に入った。今日の仕事は概ね成功といえるだろうか。ちなみに、今日一番の失態をしてくれた馬鹿な後輩は裏口から先ほど帰ってきて、今はホテルのレストランで酒を浴びているようだ。捕まってこちらの情報をゲロするよりははるかにましだが、今朝の失敗を活かせない馬鹿にはどういう薬をつければいいんだろう。もう止める気にもならない。
 とりあえずフェルナンデス(バカ)のことは頭から追い出して、今日一日で仕入れた情報を整理する。
 ノストラード組は、何らかの取引―――少なくとも観光などではない事情―――でこの町に来ており、情報の流出、特にボルフィード組にバレることをとても恐れている。その取引というのは明日終了し、ネオンの占いもその一環に含まれる。
 状況証拠としては十分な情報だ。物的証拠こそ残されていないが、ノストラード組がこちらにばれたくない何かを画策しているのは間違いない。あくまで念のため情報を仕入れろと言われているだけなのだから、成果としては上々だろう。
 疲れた体で上司に電話するなんて考えるだけでも気が滅入るが、嫌なことは早めに済ませるに限る。幾度となく呼び出した番号を選択した。

『今日こそはまともな情報があるのでしょうね』

 開口一番がこれか、とこめかみのあたりがピクピク震えるのを抑えながら、今日一日の出来事を出来るだけ詳細に伝えた。

『―――ふむ。まあ、これだけ判っていれば、ギュンターを潰したところでいくらでも言いようはあります。組の中でも問題とはならない……いいでしょう、物的証拠はこちらで捏造します。ボスたちもそれで構わないと仰ってますしね。あとはあの馬鹿を捕えなさい』
「了解です。明日の取引を潰し、首謀者を捕えます。」

 仕事の指示が出たならば、私はそれに則るだけでいい。
 これは特に難しい仕事でもない。ただの捕縛任務だ。
 珍しく厭味を言われることのなかった電話を切ると、ちょうどそこにフェルナンデスが酒で顔を赤くして帰ってきた。
 ……こいつとのチームを解消してくれるように言うのを忘れてた。

「……お前の頭は猿並みなのか? 一度の失敗から何も学ばないのか?」
「ちっ、こっちは一日中面倒な仕事をさせられた挙句、敵に追われて何とか撒いてきたんだぜ。これで飲まなきゃやってられねーよ」
「仕事はやらなければならないことだし、敵に追われたのはお前の無能が原因だ。お前が自殺行為に走るのは勝手だがな、それに私も巻き込むな。プロとしての自覚を持て」

 間違いなく、今日の疲れの原因のほとんどはフェルナンデスバカにある。
 フェルナンデスが念能力者とバレた後も一般人の少女を装ったのは、すぐに私を消そうとはしないだろうという確信があったからだが、仕事の状況としては非常に悪くなったのは間違いない。運良くあの場で解放されたが、もしも敵のど真ん中に連れて行かれた場合の対応を考えるので頭の中は必死だった。ネオンが騒いでくれたお陰でそれは免れたが。
 こいつの軽率で考えなしの行動がそれを招いたのだ。足手まとい以外の何物でもないその男を睨むと、彼はやれやれと頭を振った。

「はっ、てめえこそ、プロだなんだって偉そうに言ってるが、今日はずいぶんと楽しそうだったじゃねーかよ。あの小娘との買い物はそんなに楽しかったのか?」
「なに? ……楽しそう、だった?」
「どっからどう見てもな。仕事なんか放っておいて、遊び気分だったのはお前の方だろ」

 そんなことは、ない。
 遊び気分で仕事に臨んだりはしない。それだけは確信をもって言える。今日一日の仕事も、私は真剣にやった。手抜きも気の緩みもない。
 だが、フェルナンデスの言葉に、何故か強く言い返せない自分がいた。
 手を抜いてなんか、いない。
 だけど……私は、仕事中、幾度となく考えなかったか?
 楽しい、と。

「……馬鹿な」

 そんなことを考える余裕など私にはない。
 生き残るため、僅かなミスも許されないのだから。一瞬たりとも気を弛めたりなんかしない。していい筈がない。感情なんて邪魔なものは、殺した。
 だが、私の声は自分でも驚くほど力が無かった。

「……下らないことを言うな。私は、仕事に私情を持ち込んだりなんか、しない。するわけが……ない」
「口だけならなんとでも言えるわな」

 馬鹿にしたように吐き捨てるフェルナンデスを睨みつけるが、その眼には彼を怯ませる程度の力すらなかった。

「……不愉快だ、寝る」

 それ以上言い争うつもりもなく、私はベッドに潜り込んだ。
 いや、それ以上言われることから逃げたのかもしれない。
心の中のドロドロした思いは、目を閉じても消えなかった。

 感情なんて、いらない。
 私が人に戻るのは、妹の前だけでいい。あの病室の中でだけ、私は人でいられる。そう決めた。
 機械のように冷徹に、何も感じずに、命令を実行するための人形であるために。
 初めて人を殺した日、私は覚悟した筈だ。人並みの幸せを手に入れられると思うなと。拳銃の重みと血のぬめりを感じたあの日、吐き気と震えで眠ることも出来ず泣き続けた夜に、冷たく暗い海に自分を堕とす覚悟を。
 大切なものはただ一つだった。そのためにはその他の全てを犠牲にしていいと思った。だからこそ、私は生き延びてこれた。
 その覚悟がなければ、私は……
 ワタシはコワれてしまうのだから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 だから、仕事中に感情を持ち込むなんて、あり得ざる異常。
 私という機械に表れたエラー。
 それは一体何故起こったのか……
 その原因を考えだして、すぐに脳裡を過ぎる、一つの笑顔。
 妹によく似た、奇妙な同居人。
 それを思い出すと、胸がざわめく。

「なんなんだ……」

 彼女との触れ合いで、彼女と暮らした四か月で、私は変わってしまったのか?
 凍らせたはずの心が、とけてしまったのか?

「なんなんだ、一体……」

 彼女と過ごした、慌ただしくも楽しい日々。思い返すと、奇跡のような幸福がそこにあったことを知る。
 認めざるを得ない……私は、その日々を楽しいと、失いたくないと、そう考えてしまっていることを。

「なんで、こんなに、苦しい……」

 だが、それは私を壊す毒。
 冷徹に、非情にあること。それがこの世界で求められることなのだから。
 私は、このままでは、弱くなってしまう……

「くそっ……」

 ああ、けれど。
 失いたくない。あの幸せな日々を。あの太陽のような少女を。

 大切なモノが、増えてしまった……

 私はそれを、捨てられない……





 ホテルの一室で、一人の男が頭を垂れていた。
 その男を囲むように立つ数人の男たち。正面に立つ大柄な男の一人が、脇に立った男の言葉に一通り耳を傾けると、静かに頷いた。

「……ようするに、アマデオ。てめえは俺の教えを破って、こう考えたわけか? こんな奴らが敵なわけがねえ、と」
「い、いえ……そんなことは……」

 ひれ伏した男は追及の手に縮み上がって、ますます低く頭を下げた。正面に立つ男の威圧感は膨れ上がり、アマデオにはまるで巨人のように見えていた。

「それで、トチーノがいてくれたから何とかなったが、お前は全く警戒していなかったわけか?」

 男は脇に立つ短髪の男を顎でしゃくった。トチーノは自分の言うべきことは終わったとばかりに沈黙を保っている。

「い、いえ、警戒をしてなかったなんてことはないです……も、もし奴らが何かしようとしたらすぐに動けるようにしていました……! で、ですから、ダルツォルネさん……」
「俺は、いつも言ってるよな? 敵の姿を想像するな、近づく者すべてが敵だ、と」

 弁明の声にも、男―――ダルツォルネは耳を傾ける素振りもない。
 身を乗り出し、息がかかるほどの距離で眼光鋭くアマデオを睨みつける。蛇に睨まれた蛙のように、アマデオは固まった。

「てめえがそんなだったから、ボスの身が危険に曝されたって判ってんのか? 今回の取引も危うく潰れるところだった。おまけに、その男を取り逃がしただと……?」
「は……はは……」

 アマデオは乾いた笑いを洩らすしかない。この後自分に降りかかるであろう絶望的な未来は、占いがなくとも予想できた。

「てめえはこれで二度目だ……一度は許しても、二度目はねえ……てめえは処分だ」

 そうして、アマデオは周囲を囲んでいた男たちに連れて行かれた。
 抵抗する意思すら折られて、乾いた笑みに頬を歪めたまま。

 ネオン=ノストラードが屋敷に戻り、見慣れた護衛の一人が絵画のように額縁に入れられ、苦悶の叫びを顔に張り付けて壁に埋められているのを見るのは、また後日の話である。





 苦しみながら悩み続け、それでも疲れは溜まっていたのか、じきに意識は眠りに落ちていく。
私はそれを他人のように感じていた。
 眠りに落ちるその間際、昼の出来事を思い出した。
 ネオンに占ってもらった、その時のこと。未来を綴る四行詩、その四番目の詩のことを。



『箱庭に眠る愛しい天使を林檎の毒が襲い
 天使は永遠(とわ)に目覚めぬ眠りについてしまう
 迷い子の天使を伴いなさい
 真実への鍵が見つかるかもしれないから』











〈後書き〉

アマデオは八巻で壁に埋められて飾られていた男。また原作端キャラに勝手に名前を付けてしまった……どうも、ELです。
うーん……スパイ行為って書くの難しい。今までで一番悩んだ場面なのに、それでも満足のいく出来には至らない……いずれ改訂するかもしれません。
そして自分の詩を作る能力の無さに絶望する。クロロを占った詩が一番好きです。富樫先生は本当にすごいなぁ。
それでは、次の更新の時に。


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