何かを為すには力が必要だ。
そして自分の力を超えたものを求めるならば、犠牲が、代償が必要となる。
それは例えば金だったり、時間だったり、部下だったり。切り捨てるものと手に入れるものの割が合うのならば、人々はそうしたカードを切っていく。
けれど私には何も無かった。力を得る為に私が支払える代償は、自分自身しかなかった。
だから削り落していった。自分自身を。必要最低限の機能だけを残して。
食事を削った。
睡眠を削った。
ヒトとの触れ合いを削った。
喜びを削った。
怒りを削った。
悲しみを削った。
楽しみを削った。
優しさを削った。
愛情を削った。
善意を削った。
悪意も削った。
罪悪感を削った。
悲鳴をあげる良心を削った。
迷いは……消した。
これらは全部、妹の前でだけ持っていれば、それでいい。
そうして、自分を鋭くしていった。
鉛筆を削り取っていくように、細く、鋭く。
妹のいる病室でだけは、私は人間に戻っていい。
それ以外は、ただの道具であればいい。そう自分に言い聞かせてきた。
いつからだろう。そんな自分が変わってしまったのは。
私が道具から人間に戻ってしまったのは。
その答えは……考えるまでも、無かった。
彼女と出会ったあの日。
抑えつけていたモノが溢れるように、歯車が狂っていったのだから。
目覚めは不快だった。
昨日着替えることなく寝た服は汗をたっぷりと吸い、クリーニングに出さなければならないだろう。
決して機能的とは言えないその服を脱ぎ、部屋に備え付けのシャワーを軽く浴びる。そしていつものスーツに身を包むだけで、不快感は大分薄れた。
「うん……やはり、私はこっちの方があってる」
自分に言い聞かせるように、はっきりと口に出した。迷いを断ち切るように。
決して脱ぎ捨てた服に振りむこうとはせず、私は部屋を出た。
「さて……標的は今どうしているのやら」
携帯にメールは来ていない。
標的がロームタウンに向かったならば、カーティスが連絡を寄越すことになっている。
それが未だにないということは、標的が現れるとしたら取引の直前ということか。無論、情報に誤りがなければだが。
「まぁ、準備は整えておくか」
ロビーでは昨日と同様に数人のホテルマンが既に働いていた。
その一人を捕まえて支配人のアーノルドへの取次を頼むと、ほどなく彼は現れた。
「これはミス・クエンティ、おはようございます」
「ああ、おはよう。昨日は服をありがとう」
「いえいえ、お礼など無用でございます。服も部屋に置いていただければ、当方で片付けておきますのでお気遣いなく」
「助かる。それで、昨日のうちに届いているものがあるだろう」
「ええ、そう仰ると思い、こちらに用意しております」
そう言ってアーノルドが取りだしたのは、一つのファイルとサブバックだった。
ファイルを軽くめくり、そこに記された内容から目的のもので違いないことを確認する。バックはホテルの真ん中で開けるわけにはいかないものが詰まっている筈なので、確かめるのは部屋に戻ってからだ。ずっしりとした重みが手に食い込む。
礼を言い、頭を下げるアーノルドを背に部屋に戻った。
「ちっ……相変わらずよく寝る」
大いびきをかいて寝ているフェルナンデスを蹴とばしたくなるが、起きてもそれはそれで面倒なので放っておくことにして机の上でサブバックを開いた。
中身は……手榴弾が十個ほど、ミゼット社製短機関銃が三丁、サイミン蛾の鱗紛、無骨な軍用ナイフ、投擲用ナイフが五本、強力な麻酔薬、などなど。
今日の戦闘に必要と想定されるものを送ってもらった。
それぞれの動作確認や状態に問題が無いかを一通りチェックして、バッグに詰めなおした。
その次は、送られてきたファイル。
そこには今日の取引現場と考えられている廃工場の周辺の詳細な見取り図、そして対象であるギュンターと、その部下の念能力者たちの判るかぎりの情報が記されている。
眼を瞑り、イメージする。現場の状況、そして相手の能力、自分の立ち位置。幾通りにも枝分かれしていく状況を可能な限りシミュレートし、不測の事態が起こることのないようにあらゆる状況の対処策を考えていく。
私の戦いは、基本的には一撃離脱だ。
万難を排し好機を探り、初撃にして必殺を期す。もしもそれを逃したならば身を隠し、再びさらなる好機を待つ。自らのリスクを最小限に、陰から陰へ。戦闘をしないことこそが私の戦闘。
だが、今回はそうはいかない。再び機会を待つだけの時間がない。その場一回のチャンスで敵を討たなければならない。
だからこそ、あらゆる事態に備える。
いかなる理不尽が起ころうとも、それに対応し、打倒できるように。
それはカーティスからの電話が来るまで続けられた。
ロームタウンは山間部近くの町で、町の南の郊外に出れば小山がすぐそこにある。
さして高くもないその山の上に設備の老朽化と利便性の悪さから使われなくなった廃工場が残されており、組の取引の場の一つとして今はその用途を変えている。
組から隠れて行う取引にそこを使うとは、図太いというべきか、愚かというべきか……
私とフェルナンデスは、廃工場と山へ入る道を監視できるポイントを選んでその草陰に隠れていた。
「……おい」
「なんだ?」
「なんでもっと手っ取り早くしねーんだよ。わざわざこんなとこで待たなくても、来る途中を狙えばいいじゃねーか」
隠れ始めて既に二時間以上が経つ。いい加減痺れを切らしたらしいフェルナンデスが愚痴を言い始めた。
私としてはこいつを置いてきたくて仕方が無かったんだが、この廃工場まで来る足がなかったことと―――私は運転が出来ない―――今日に限ってこいつがしっかりと起きてきたために、置いていくことが出来なかった。まぁ、もともとこんな奴は戦力とは数えていないが。
私は双眼鏡から眼を離すことなく投げやりに答えた。
「まず走行中の車を攻撃するのは面倒だ。不可能ではないが、スピードと車体の硬度が人体よりも上である以上いらない手間を増やすことは間違いない」
なんと言っても今回はチャンスは一度なのだから。出来る限りリスクを抑え、成功率を上げなければならない。
以前やったように呼吸を不可能にしてやってもいいが、護衛の能力者たちに対処できる者がいた場合機会を逃すことになる。よってこれも却下される。
「さらに街中では相手も警戒している。反撃された場合周囲にも被害が及ぶ可能性があり、あまり上手い手ではない」
相手の能力者についてはある程度の情報を得ているが、得られた情報が正しいとも全てだとも限らない。当然私は必殺を期すが、それが失敗した場合の次の手、さらにその次の手を考えなければならない。
「そうなると、周囲に人がいなくて、対象が車から降りる場で狙うのがベストということだ。よって現場を狙うことにした」
事前に情報を色々と集めさせられたが、こちらとしては現場を押さえてしまえばそれでいいのでは、と思う。
まぁ、以前スミスから聞いた話だと組の上の方はなかなかにドロドロとした関係らしいので、そういった事情が絡んでいるのだろう。私たちが気にすることじゃない。
「判ったら大人しくしていろ。この仕事で一番重要なのは待つことだ。それを覚えておけ」
「くっそ、退屈だな……で、俺は敵が来たら何をすればいいんだ?」
「何もするな。邪魔だ」
「あ、ああ!? なんだとコラ!!」
「私はお前を戦力とは数えていない。うろちょろするな。巻き込まれても知らんぞ。どのみちお前の出番などなく終わるさ」
「こ、の……舐めやがって……!!」
「しっ! 黙れ!!」
手で制し、無言で「絶」をする。
フェルナンデスは何か言いたげだったが、こちらの雰囲気の変化を悟ったのか大人しく「絶」をする。完全な「絶」とは言えないが、森の中で、工場からはそれなりに距離がある。バレることもないだろう。
視線の先には、黒塗りの車が五台、隊列を組んで工場に向かっていた。
廃工場の前で停車した車から降りてきたのは、ギュンターではなかった。
事前に渡された資料にあったうちの一人。ネオンの父親、ライト=ノストラード。
小さく舌打ちする。この場に先にギュンターの方がついたのであれば、何も気にすることなく車を降りた瞬間攻撃できたのだが……
ノストラード組の人間には手を出すなときつく言われている。だがノストラード組が先に着いていたのでは、ギュンターを攻撃する際にノストラード組に被害が及ばないよう注意を払わなくてはならない。面倒だな。
そんなことを考えているうちに、ノストラード組の護衛と思われる男たちが数人ぞろぞろと出てきて、周囲を無言で警戒し始めた。その中には昨日ネオンを護衛していた男もいた。
「ネオンは先に工場の中に入っていなさい。イワンコレフ、リンセン、トチーノ。中でネオンの警護を」
「うー……パパ、こんなのもう最後だからね。汚いし、古くさいし、面白いものなんか何もなさそうだし……」
「う、む……わ、判った。パパは約束を破らないよ」
「いつもそう言うんだから……」
静かな森の中なので、距離があっても彼らの話声は聞き取ることができた。
そして車から降りて工場の入口に向かった少女を見て、私は昨日の一日を思い出し、胸がざわめくのを感じた。
「……スクワラ、昨日トチーノの報告にあったカップルというのはどうなっている?」
「犬からの連絡はありません。もし犬が攻撃されたならば俺に伝わるので、今のところホテルから出ていないでしょう」
「よし……それならばいい。今回の取引は、今後につながる重要なものだ。問題を残してはならない……」
ライト=ノストラードはそのままそこに残るようだった。
スクワラと呼ばれた男と、厳めしい顔をした顎がやたらとしゃくれている男がその周囲を守る。
それなりに鍛えられているようだが、脅威となるほどではない。
「だが、ダルツォルネ。予期せぬ事態が起きたときは、ネオンの安全を最優先に行動しろ。麻薬なんぞはいずれ他にも伝手ができるだろうが、ネオンの代わりはないからな」
「心得てます」
その言葉を最後に、彼らの間では会話は無くなった。
ライト=ノストラードはしきりと時計を気にしながら落ち着きなく動き、護衛の二人は木のように動かない。
私たちもまた、森の中に溶け込むように押し黙っていた。
そのまま待つこと十数分、木々のざわめきと鳥の声、あとは工場の中から響くネオンの声くらいしか聞こえなかったところへ、新たな車の走行音が聞こえてきた。
「来たな」
ライト=ノストラードの言葉は、そのまま私たちの思いでもあった。
三台分の車の音は次第に大きくなり、工場の前で停まった。
「おや、お早いな、ノストラードさん」
「なに、先ほど着いたばかりだ。気にしないでくれ」
事前に写真で見せられていた、ギュンターがそこにいた。
そして前後の車からは数人の念能力者、及び組の人間と思われる黒服たちが現れた。
「事前の約束通り、工場の中に入るのは私とあなた、双方から能力者の護衛を二人ずつ、及びネオン嬢ということでかまわないな」
「ああ、無論だ。他の兵は外で待機させ、警戒に充てる」
「結構。それでは中に入ろうか」
そうして、ギュンターは二人の護衛とともに、ライト=ノストラードはスクワラとダルツォルネと呼ばれた二人の護衛とともに中へ入っていき、入れ替わるようにネオンとともに中へ入っていった能力者たちが出てきた。
「……よし、フェルナンデス。お待ちかねの仕事の時間だ」
「お、おい、どうするつもりだよ。あの警備の数見えないのか?」
「無論、承知の上さ」
周囲の警戒をしているのは、双方合わせて念能力者五人、一般兵二十人と言ったところか。
サブバックの中を探りながら、ゆっくりと『大気の精霊』を発動させた。
「元からあんな連中、相手にするつもりはない」
およそ一分ほど、そのまま待った。隣のフェルナンデスはしきりにどうするつもりかと問いただそうとしているが、黙るようジェスチャーで示す。
護衛たちが次々と崩れ落ちたのは、フェルナンデスがついに我慢できずに口を開いた瞬間だった。
「お……い……!?」
糸を切られた人形のように、彼ら全員が力なく崩れ落ちたのを見て、私は身を隠すこともなくそちらに進み始める。
フェルナンデスは目をパチクリさせて、口を茫然と開けて彼らを見ていた。
「な、何をしやがった? や、殺ったのか!?」
「殺してはいない。サイミン蛾の鱗紛とトリカブトの粉末を散布し、彼らに吸引させた。半日は起きないし、体を満足に動かすこともできないがな」
こんな護衛たちに関わっている暇はない。彼らを殺す必要はないのだから、無力化に最も効率のよい手段を取っただけだ。
この方法ならば、護衛たちの異常を中の人間たちが知ることもなく、相手に警戒されることもない。
ちなみに朝ホテルを出るとき、監視をしていた犬たちの眼を誤魔化したのもこの方法だ。今頃犬たちは路上で鼾をかいていることだろう。
「さて、やるか……」
自分に言い聞かせるように呟いて、扉の前に立つ。
見ると手が小刻みに震えていた。
きっと武者震いだろう。私は強く手を握り、震えを止めた。
廃工場の中で、男たちは二十メートルほどの距離を置いて向かい合っていた。
双方の脇にはベルトコンベアが一本ずつ通されており、薄暗い工場の中でそれだけが動いている。そして両者の間には、うっすらと、しかし確かに、強力な防弾ガラスが張られ、両者の間を隔てていた。ただコンベアだけを除いて。
「ここは我々の組が取引に使う場所の一つでね。互いに取引するものをこのコンベアに乗せれば、相手の元へ届く。そしてコンベアの脇に着いているボタンが見えるかな? それを両者が押すことで、始めてこの倉庫から出るための鍵が開く。攻撃も、取引の誤魔化しも出来ない。何か不満はあるか?」
「……いや、大丈夫だ。早速取引に入ろう」
「素晴らしい。時間は大切だ。早急に用事は済ませてしまいたいな」
ギュンターはそこで、後ろに控えていた護衛の一人に手で合図を送った。
護衛の一人は、手に持ったアタッシュケースを掲げ、開いた。中には袋に詰められた錠剤がぎっしりと詰まっている。
「飲む麻薬、D2だ。今月の流通レートできっかり一億分ある。そっちは?」
「これだ」
ライト=ノストラードが合図をすると、後ろに控えていたダルツォルネもまた、手にしたケースを掲げ、相手に見えるよう開いた。
隙間なく敷き詰められた札束がそこにはあった。
「現金一億ジェニーだ。札のナンバーはバラバラにしてある。それでは早速……」
ダルツォルネはケースを閉じ、コンベアの上にそのケースを置こうとする。
しかし、ギュンターたちは動かない。
そのことを不審に思ったノストラードは、ダルツォルネに待てと合図した。
「どうした?」
「ミスター・ノストラード、大切なものを忘れているのではないか? このままでは俺は取引出来ない」
ギュンターは不満げに顔をしかめると、手持無沙汰にしていたネオンを顎でしゃくった。
「名高いネオン=ノストラードの占いを受けられるというから、俺はこの取引を受けたんだ。俺は今回、かなりヤバい橋を渡っている。だがその占いがあればその橋が崩れる前に逃げ出すことができる。そういう話だったがな?」
「あ、ああ、すまない。失念していたよ」
「俺は今後もあなた方とは良い関係を築いていきたいと考えている」
「……私としても、それは同じ思いだ」
「ならば、今後の信頼のために、先にネオン嬢の占いを送ってもらおうか。それで今のミスは水に流そうじゃないか」
ライト=ノストラードは苦虫を噛み潰したような顔をした。
大局に影響はないが、仮にも一つの組の長である自分が、たかだか一組織の幹部程度に主導権を握られる。そのことが屈辱だった。
マフィアという信用ならない者たちの社会では、皮肉なことに信用が何よりも必要となる。取引の内容を失念していたということは、それが故意でないとはいえ重大なミスだ。見ようによっては、取引を誤魔化そうとしていたと取られても仕方がないのだから。
今回の取引は今後の取引につなげるための顔合わせ、そして今後の信用の構築と言った意味合いが大きい。ゆえに取引の額もあまり高額とはせず、一億に留めることになった。だがマフィアにおける信用とは、その裏に主導権の奪い合いを含んでいる。下らないミスで今後の取引に不利に働くような状況を作ってしまったことは、あまりにも痛い。
しかし、その申し出はむしろノストラード組に有利に働いた。
相手はこちらのミスを、ただネオンの占いを先に送るだけで水に流すと言ってきたのだ。それはギュンターがいかにネオンの占いを重視しているかを表している。
というよりも、不安で仕方がないのだろう。現在の彼の組の中での立場を考えればそれは判る。いつその身に危険が訪れるか判らないのだから。ネオンの占いがあれば、それを回避できる。だからこそ一刻も早く占いを手にしたい。一見平然と構えているこの男の内心の焦りが透けて見えるようだった。
つまり、その不安に付け込めば今後の主導権を握ることが出来る。ライト=ノストラードは内心ではほくそ笑んだ。
だが、まずは失態を帳消しにしてからだ。相手が水に流すと言っている以上、気が変わらないうちに立場をイーブンに持っていく必要がある。
如何にも仕方なし、といった様子を作り、ライト=ノストラードはネオンに視線を向けた。
「ネオン、頼むよ」
「はーい、パパ」
事前に受け取っていた、ギュンターの名前、生年月日、血液型の書かれた紙をネオンに渡す。ここに本人がいるため、顔写真は必要ない。
ネオンがペンをくるくると回すと、それが発動した。
―――『天使の自動書記』
瞬く間に記されていく未来の情報。数多の可能性の中から、一本の未来を紡いでいく。
それを見るたびに、ライト=ノストラードは陶然とした心地になる。
これこそが俺の切り札……
これさえあれば、俺はどこまでも上へ行ける……
娘に向ける彼の視線は、愛情と欲望で酷く濁っていた。
そして、詩が書きあがった。
「要望通り、これは先に渡そう」
「話が速くて助かるな」
後ろに控えていたスクワラにその紙を渡すと、スクワラはそれをコンベアに流した。
数秒の後、それはギュンターの手に渡る。
「紙には四行詩がいくつか記されている筈だ。それぞれがその月の各週の出来事を予言していて、悪い予言は警告を守れば回避される」
「ん? それはおかしいな。俺の紙には三つしか詩が書かれてないぞ?」
「それは……」
―――三週目に死ぬということだ
しかし、その説明がなされることはなかった。
工場の窓からいくつも投げ入れられた、テニスボールよりも少し大きい程度の黒い塊。それが何だか、ライト=ノストラードには一瞬判断が出来ず、つい頭が真っ白になった。
あれは、手榴だ……っ!!!
誰かに押し倒されるのを感じた瞬間。
閃光と爆音が、炸裂した。
ガラスを隔てても平衡感覚を失うほどの轟音。凄まじい破壊の力に廃工場全体が震えた。
上下の感覚がなくなった世界で、ライト=ノストラードはスクワラに押し倒されて何とか難を逃れていたことを知った。慌ててネオンの姿を探せば、同じようにダルツォルネによって地面に伏せられている姿が見える。
敵襲。疑うまでも無かった。外に残してきた連中は何をしているんだと毒吐きたくなるが、そんな暇はない。両者を隔てていた防弾ガラスは熱に溶け、ところどころ罅が入っている。下手人の狙いがギュンターたちだとしても、このままでは被害がこちらに及ぶ危険が高かった。
「ボス! 早く脱出してください!!」
「わ、わかった!!」
歩くことすらまともに出来ない状況で、スクワラに支えられながら必死で出口を目指す。先ほどの爆発の衝撃でイカれたのか、ボタンを二つ押さなければ開かないはずのドアはあっさりと開いた。
廃工場の外に出ると、外で警護している筈の連中は皆倒れていた。
殺されているわけではない。それは判る。だが、一体どうやって―――
しかし、そんなことを考えている暇はなかった。廃工場の中からは再び新たな爆発が起こり、状況の危うさを明確に示していたのだから。
ネオンとともにダルツォルネの運んできた車に転がるように乗る。外を見ると、スクワラが犬たちに命じて倒れた護衛たちを車の中に無理やり押し込んでいた。この分ならば連中のことはスクワラに任せておけばいいだろう。
「出せ、ダルツォルネ!!」
「はい!!」
そして猛スピードで発進する車。見る見るうちに廃工場は小さくなっていく。
「クソが……」
中止になった取引と、危うく命を落とすところだった自分たちのことを思い、ライト=ノストラードはそう吐き捨てるしかなかった。
突如上から降ってきたそれが何だか、一瞬判らなかった。
黒く、小さな塊。
コロコロと地面に転がるそれが五個を超えた時、護衛の一人が発した声で我に返った。
「ボス! お逃げくださ―――」
その、直後。
轟音。閃光。爆風。衝撃。
壁に叩きつけられ、世界の上下も判らなくなり、耳はイカれて、ただキーンと耳鳴りがするだけになった。
痛い、というよりも熱い。体の中心にマグマを流しこまれたように、体の節々が熱を持っている。
だが、自分がそれだけで済んだのは、目の前で片腕を失いながら必死の形相で何かを叫んでいる護衛がいたからだろう。
くそ! なんだっていうんだ一体!!
さらに窓から投げ入れられる手榴弾の雨。
こんな耳では爆音はもはや聞こえないが、新たな衝撃に叩きつけられながらも、護衛の一人が全身をバラバラにして絶命したのが判った。
俺の右手が炎に包まれて、ただの燃えカスになっていく。
姿を見せない襲撃者に罵声を浴びせてやりたいが、ひゅーっとか細く息が喉を震わせるだけで、その声が音となることはなかった。
その次に投げ入れられたのは、手榴弾とは少し違った。
大きめの缶。それが数本。
地面に落ちた瞬間、それは中から煙をまき散らし、周囲はあっという間に視界が利かなくなった。
その煙を吸った瞬間、眼と鼻と喉に鋭い痛みが走り、涙と咳が止まらなくなる。
眼を開けていることも、満足に呼吸をすることもままならない。
少しずつ回復してきた耳だけが、唯一周囲の状況を知らせてくれる。
そして、聞こえた。
パララララ、という乾いた音。聞きなれた、サブマシンガンの掃射音。
太ももに鋭い痛みを感じるのと、目の前に両腕を失った護衛が倒れてくるのはどちらが先だっただろう。
熱に浮かされたように火照る体では満足に思考することも出来ず、恐怖を感じることもないまま、俺は意識を失った……
ノストラード組の人間が廃工場から逃げ出すのを、工場の屋根の上から見て、アゼリアは攻撃を再開した。
詰みチェスのように、一手一手を想定通りに進めていく。
手榴弾による先制攻撃、クリア。
追撃の手榴弾。捕縛を命じられているギュンターは死なないように、『大気の精霊』で爆風をいくらか和らげ、調節する。クリア。
催涙ガスの噴霧による敵の無力化、クリア。私には目で見えなくとも、能力により敵の位置が判っている。
サブマシンガンの水平掃射。残された護衛もまた、これで死亡。
任務は恙無く終了したことを確信すると、風で催涙ガスを全て霧散させ、アゼリアは廃工場の中に入っていった。
「お、終わったのか?」
「ああ。任務終了だ」
衝撃で歪んだドアをこじ開けて、後ろから着いてきたフェルナンデスを背に応える。こちらの被害はゼロ。オーラの消費すら最小限に抑え、敵勢力は無力化した。首尾は上々だろう。
ドアを開けた瞬間、屋内から行き場を求めるように噴き出す熱風。それとともにやってきた臭いに、フェルナンデスは酷く顔をしかめた。
「うげっ、なんだよこの臭い……」
酷い悪臭だった。
下水の臭いと肥溜の臭いをブレンドしても、ここまで嫌悪感を催す臭いとはならないだろう。
錆びた鉄のような血の臭いと、人の肉の燃える臭い。
フェルナンデスは手で鼻を覆わなくては息をすることも出来なかった。
戦争の跡という他に、その場を表す言葉はないだろう。
工場内を二分していた防弾ガラスは熱でドロドロに溶け、泡立っている。
取引に使われるはずのコンベアは吹き飛び、ただのガラクタと化していた。
コンクリートの壁は所々焦げ、罅が入っている。
そして、何よりも血の海。
根本から千切れた右腕が転がっていた。
蜂の巣になった左足が、皮一枚残してつながっていた。
右足は真っ黒に焦げて炭化している。
左腕はもはや再現不可能な無数のパズルピースと化していた。
そして、血と脳漿をまき散らして護衛の一人は絶命していた。
もう一人の護衛は、今も尚、炎に包まれ燃えていた。
根源的に人間の嫌悪感を呼び起こす凄まじい悪臭はそこから立ち込めている。
熱により沸騰した血液が気化していく様子は、地獄の底を見るようだ。
「おえっ、マジかよ。グロ……」
フェルナンデスの言葉には耳を傾けず、アゼリアは歩みを進める。
血の海と死体の傍を避け、壁に叩きつけられた、唯一生き残った男の元へ。
ギュンターもまた酷い負傷だった。
他の二人のような致命傷こそないが、全身は熱風により焼けただれている。
特に火傷の酷い左腕は真っ黒に焦げ、ケシズミと化していた。
両足の大腿部は一直線に銃傷が並び、ドクドクと血を垂れ流している。
叩きつけられた拍子に頭を割ったのか、こめかみの辺りからも血が出ていた。
それでも、彼は確かに生きていた。
仮面のような無表情で彼の呼吸と脈拍を測り、生存を確認したアゼリアはギュンターに背を向けて足早にその場を去った。
「フェルナンデス、カーティスの番号は知っているな。彼に連絡を取り、任務の終了を報告しろ。直にこの現場を処理し、ギュンターを確保するチームがやってくるはずだ。それまでここで待機しろ」
「あ、ああ、判った。あんたはどこ行くつもりだ?」
「やることがある。すぐに戻るからついてくるな」
平坦な声で、無感情にそう言い残し森の中へ去っていくアゼリアを見送り、フェルナンデスは唾を吐き捨てた。
酷い惨状だった。廃工場の中は凄惨で、容赦なく、苛烈な殺戮の跡地だ。
初めて「殺し」の現場を見た。チンピラの友人たちが戯れに言う「殺す」とはまるで次元の違う「死」。
そんなものを作っておいて、そんなものを見ておいて、アゼリアは表情一つ変えずに、淡々としていた。
胸糞悪い。
「人形かよ、あいつは……」
感情も無く、表情も変えず、作業をこなすかのように人を殺す機械。
そんなものは、人間と呼べない。ただの化け物じゃないか。
フェルナンデスは行き場のない気分の悪さを携帯にぶつけるかのように、乱暴にボタンを押し始めた。
「お、おえぇぇぇぇぇ!!!」
吐いた。
「げ、お、おえぇぇぇ、うぇ、あ、ぐ……」
吐いて吐いて吐いて、吐瀉物の匂いが立ちこめて、胃の中に吐き出すものが残らなくなっても、尚吐いた。胃液のツンとした臭いすら気にならないほど気分は最悪で、そのことが何より私を愕然とさせた。
胃液に汚れた手を見て、愕然とする。
なんだ、これは。
これが……こんなものが、今の私か?
何も感じないはずだった。
人を殺しても、傷を負っても、仕事を終えても。罪悪感も、嫌悪も、安堵もなく、遠い他人の出来事であるかのように、何も感じずに眺める私がいるだけだった。それはさながら映画の中の、虚構の物語を眺めるかのような無感情で。そうあろうと努力してきた。
こうなることが、怖かったから。
眼を瞑り、必死に見ないようにしてきた。人の死を。血に汚れた私の手を。
耳を塞ぎ、聞こえないふりをしてきた。断末魔の叫びを。救いを求める声を。
そうしなければ、コワレてしまうから……
人の死を背負って歩くなんて、私には出来ない……
感じないようにしなければ、押しつぶされてしまう。
けど、それが出来なかった。
あの死体を見たとき、氷柱を背骨に差し込まれたような悪寒が走った。
無表情の仮面も、限界だった。あれ以上一秒でもあの場に居たくなかった。逃げるように森の中へ進み、廃工場から離れた木陰で、私は不快感も共に吐き出されてくれればいいのにと思いながら吐いた。
吐く気力も失せて、どっと疲れが襲ってくる。服が汚れちゃうな、とぼんやり考えて、少し離れた木の幹に背中を合わせてずるずると座りこんだ。
汚れた手がべたべたと気持ち悪い。
汚いなぁ、と。ハンカチを取り出して手を拭おうとして―――
―――血で真っ赤に染まった手が、そこに……
「う、わああああああああああああああああああああああっ!!!!」
ち、違う!
違う違う違う違う違う!!!
こんなの、私の手じゃない!!!
誰かの手が、知らない手が私の腕にくっついている!!
知らない! こんなの、知らない! 気持ち悪い!
外さなきゃ……外して、私の手を探さなきゃ……!
でも、どうやって……!!
どうやったら、この手は外れてくれるの!?
「あ……痛っ……」
じくりとした痛みを感じた瞬間、世界はもとの色を取り戻した……
ここは他に誰もいない森の中だし、私の手は、私の手のままだ。
怖いものを追い払うように振り回した手が、木の枝に引っかかって切り傷が出来ていた。
「げん、か、く……」
見慣れた、手。
血なんて付いてない……
「ふ、ははははははは……」
自然と笑いが漏れた。
止まらなかった。
自分の惨めさが、いっそ滑稽だった。
「なんて、無様……」
なんて弱くなったのか、私は。
いつものように人を殺しただけ。いつものように仕事をこなしただけ。それだけで、この様か?
こんなの、まるで幼い日の私じゃないか。
私は、十年前から、何一つ成長していない……
「……いや、それも当然か」
成長しているはずが、ないか。
私は逃げてきた。
見ないように、眼を逸らしてきた。
人の死と向き合うことから……
傷を負わないで済むように。罪悪感に潰されないように。
そんな私が、変わっているはずがない……
強くなったつもりだった
―――本当は逃げていただけだった
心なんて殺したはずだった
―――それを取り戻してしまった
逃げだしたかった
―――逃げ場なんて元からなかった
「……嫌だ」
そしてひとしきり嗤った後、残されたのは虚しさと、恐怖だった。
「もういや……こんなの……」
震える。
体中が熱病にでもかかったかのようにガタガタと震える。
両手で体を抱きしめた。力強く、爪が肌に食い込むほどに。
少しでもこの体が小さくなるように。誰にも見つからないように。
私が殺した人たちに見つからないように……
そして誰にも聞こえないことを祈りながら、小さく嗚咽を噛み殺した。
耐えろ。そう自分に言い聞かせる。
心を空っぽにして、何も考えずに。寒気と怖気が通り過ぎるのをじっと待つ。
そうすれば、いつしか何も考えなくなる。
何も心を動かすことが無い、人形になれる。
また何も考えずにヒトが殺せるようになる
―――それは、なんて恐ろしい……
苦しかった。
胸が張り裂けそうなほど苦しかった。
そしていつしか、頬を暖かい雫が伝っていた……
「助けて……たすけてよ、ヴィオレッタ……」
たすけてよ、ハルカ……
任務終了の連絡がフェルナンデスから送られてきた二時間後。
医療スタッフが一通りの治療を済ませ、拘束衣で身動きを取れなくしたギュンターが、ボルフィード組の屋敷に送られてきた。
部下に命じて、地下牢に放り込ませる。これがかつての自分の同僚の姿と思うと、暗い嗜虐の念が湧いてきた。
腹に一発、強く蹴りを入れる。
ギュンターは悶絶し、苦しげに息を吐きながら目を覚ました。
「気分はいかがかな、ギュンター」
「……カーティスっ!!」
重症といって差し支えない怪我を負っていながら、こちらの姿を認めた途端敵意を露わにするのは流石の胆力と言えるだろう。
絶対的優位者の立場から、そんな賞賛の想いを抱きながら、カーティスは皮肉気に嗤った。
「小遣い稼ぎは上手くいきましたか? なに、失敗した? それは残念……」
「やっぱり、てめえの差し金か……!!」
「人聞きの悪い。組を裏切ったのは貴方の方でしょう。確かに調べたのは私ですが、ボスもアレッサンドロさんも既に知っていました。貴方の下らない企みなど、初めから成功するはずがなかったのですよ」
「この、蛇野郎が……!!」
その瞬間、ギュンターの顔に靴裏がめり込んだ。
だが鼻がへし折れ、熱を帯びるのを感じ、鼻血が溢れて呼吸も苦しくなりながらも、ギュンターはカーティスを睨みつけることを止めようとはしなかった。
カーティスの口が、さらに暗く歪む。
「さて、ボスたちは今後このようなことが起きないよう、あなたから出来るだけ情報を引き出そうとお考えです。僭越ながら、私がその役目を引き受けました。知っていることは何でもいいから話しなさい。ノストラード組のこと、どういった経緯で麻薬取引を持ちかけられたのか、仲介人は誰か、全てです」
「……誰が、てめえなんかに……」
「ほう、そうですか……あなたはどうせ、見せしめに惨たらしく殺されることになりますが、苦痛は少ない方がいいでしょう? どうです? 私の靴を舐めて、大人しくすべてを話すのならば、拷問などしなくていいのですが……友人として言ってあげているのですよ、ククククク……」
カーティスはつま先をギュンターの口元に運んだ。
ギュンターは汚物でも見るような眼でそれを睨むと、唾を吐きかけた。
「地獄に堕ちろ、屑め」
「……その強気がいつまで続くか、楽しみですよ」
カーティスは再び腹に蹴りを入れ、吐きかけられた唾を拭うと、ナイフを取り出した。
覚悟を決めてぐっと歯を食いしばるギュンターに、嘲笑うかのような視線を向ける。
そして、自分の右手を切った。
「……なんのつもりだ?」
「いえいえ、すぐに判りますとも。さて、それではお愉しみの時間ですよ……せいぜい粘って下さいね」
ポツリ、ポツリと滴る血。
暗がりの中でも輝くガーネットが、血に濡れて艶やかに輝く。
それが何よりも美しくて……怖気がするほど不吉だった。
赤い霧が辺りを包む。
いつしかそれは濃くなっていき、血煙はゆっくりと一つの姿を形作っていった。
真っ赤な、髑髏の姿を。
それを見た瞬間、ギュンターはあまりに不吉な予感に、抵抗の気力など吹き飛んでしまった。
カーティスを睨みつけるのも忘れて、必死で後ずさろうとする。
しかし、拘束されたその進みは、悲しくなるほどに遅い。
芋虫が進むかのように、地を這う。
そしてついに、牢屋の壁を背負い、逃げ場がなくなる。
ギュンターはそれ以上、恐怖を抑えつけておくことができなかった。
髑髏が、迫る。
死神の鎌をその手に携えて……
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
ハルカは夕食の準備をしていた。
今日はアゼリアが帰ってくる予定の日だ。どうせ眼を離せば碌な食事を取らないに決まっているんだから、帰ってきたら腕によりを懸けて美味しいものを食べさせてあげようと思う。
本当はクロロとかに作ってあげたいんだけどなー、とぼやくが、別に現状に不満があるわけではない。ただ未来の恋人に作ってあげるために練習してきた料理をふるまう相手が女一人というのは、ちょっと引っかかるものがあるが。
まぁいいか、と考えなおして、火加減を調節した。料理はなんだかんだ言って楽しいし、これはこれで幸せだ。
その時だった。
表の通りに車が停車する音が聞こえて、ロフトのドアが開かれた。
リビングに入ってきた慣れ親しんだ気配に、ハルカは笑顔で振り向く。
「おかえり、アゼリ……ア?」
ハルカの声が戸惑いの色を帯びたのも無理はない。
いつも凛として強くあったアゼリアの顔が真っ青だった。
まるで長い間土砂降りの雨の中を傘もささずに歩いてきたかのように、酷く弱っていた。
「ど、どうしたの、アゼリア!? 大丈夫?」
慌てて包丁を置いて駆け寄る。
アゼリアの表情は俯いていてよく見えない。あまりに普通でない様子に、下から顔を覗き込もうとして―――
「ひゃっ!」
抱きしめられた。
ギュッと、力強く。万力のような力で、決して逃がすまいとするかのように。
「あ、アゼリア! 痛い痛い!! ていうか、私はそういう趣味はなくて―――」
「寒い……」
ポツリ、と。ほとんど聞き取れないほど小さな声でアゼリアが何かを言ったことを知り、ハルカは騒ぐのを止めた。
全身で感じるアゼリアの体は冷え切っていて、ガタガタと震えていた。
「寒いんだ、ハルカ……どうすればいいのか、判らない……」
「あ、アゼリア……?」
「両手が真っ赤で、べっとりしてて、何回洗っても落ちなくて……!! あいつらが、私が殺した人たちが、周りで嗤って、罵倒して、責め立ててくるんだ……」
アゼリアは項垂れて、今にも消えてしまいそうだった。
ハルカはかけるべき言葉も見つからず、ただ何かを伝えたくて、両腕をアゼリアの体に回してギュッと抱きしめた。
震えが、少し収まった気がした。
「ごめんなさいって、言ってるのに……! 許してって、言ってるのに……!! 消えない! 消えてくれない……!! 今までは気にならなかったのに! 見ないでいられたのに!! 今は、今は……!!」
そこにいるのは、常に強くあった姉のような人ではなかった。
怯え、泣き叫び、悲鳴を上げる、幼い少女の心がそこにあった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
怯えながら、涙すら滲ませた声で謝り続けるアゼリアを、ハルカはずっと抱きしめていた。
アゼリアは疲れていたのか、ハルカの腕の中でそのまま眠りについてしまった。
自分より背の高いアゼリアをベッドまで運ぶのは大変だったが、何とかベッドまで連れて行き、服を脱がす。
毛布を取ってきて、アゼリアの上にかける。
夕飯、無駄になっちゃったな……
アゼリアの秀麗な横顔を、涙が伝う。
なんで彼女があんなに弱っていたのかは判らない。
けれど、せめて夢の中では幸せでいてほしい……
ハンカチで涙を拭い、そんな思いを込めて、毛布を首元まで引き上げた。
「お疲れ様、アゼリア……」
〈後書き〉
奇襲と一撃離脱こそが暗殺者の真骨頂だろうと考えてます。でもその描写も難しい……相手が格上じゃないとジェノサイドゲームになってしまいます。
そしてアゼリアも変わっていきます。おもに悪い方向に。精神崩壊若干進行中。
そろそろハルカに頑張ってもらわないと……
それでは、また次の更新の時に。