走り去っていく四人の姿を茫然と眺め、ヒソカは手にしたトランプを眺めた。
血に濡れていない、綺麗なままのジョーカー。
血に染まるはずだった、未だ綺麗なジョーカー。
それを見て、ヒソカは嗤った。
「……いけないなァ❤ 楽しみはまだ先なのに♣」
もう少しで、まだ熟していない果実をもいでしまうところだった。
楽しい愉しいひと時だったとはいえ、昂った想いを見境なくぶつけてしまっては勿体ない。
もっともっと美味しく実るまで、じっくりとお預けにしなければ。
「彼女はもっと強くなる♦」
手合せした彼女は、旅団のメンバーなどと比べれば劣るが、それでも滅多に見れない美味しそうな実力者だった。
体術も、念能力も、機転も判断も覚悟も。全てがハイレベル。
あの若さであの力。実にすばらしい。
まだ伸び白はたっぷりとある。
ひとつ山を越えれば、彼女は飛躍的に強くなるだろう。
彼女には決定的に足りないものがあるのだから。
そういう意味では釣り竿で攻撃した少年に感謝するべきだった。彼がいなければ、すでにあの果実は潰れていただろうから。
その時のことを思い出すと、あの少年を思い出すと、ヒソカは陶然とする。
「あァ……彼はとてもとても、とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとっても美味しそうだった❤」
黒髪の少年。
彼は凄くイイ。
見ているだけで欲情してしまうくらい。素晴らしいオーラを出していた。
将来、きっとピカイチの使い手に育ってくれるだろう。
決めた。
「カレはボクの獲物だ……❤」
ああ、素晴らしい。
こんな出会いがあるなんて。ハンター試験を受けに来て本当に良かった。
他にも美味しそうなコは何人もいた。
殴りかかってきた長身のカレも、金髪の少年も。
きっと彼らも美味しく育つ。
「ああ、そういえば、あのコ……」
ふと思い出されたのは、ハルカと呼ばれていた少女。
最初見たときは、全然美味しそうとは思わなかった。
いきなり人の名前を叫んでくれたから何事かと思ったが、別にそれだけ。
自分と彼以外の念能力者ということで、少しだけ興味を持ったが、大した使い手にはならないだろうと思った。
だが……
「さっきの能力……くっくっくっ……❤」
先ほど見せた能力。あれは興味深い。
彼女は『伸縮自在の愛』を千切った。
『伸縮自在の愛』は、手元から離さない限り超一流の能力者でも破壊するのは難しい。
ガムとゴム両方の性質を持つこの能力は、念的な要素で考えても攻撃がうまく通らないのだ。
それを破壊した。
除念、とは違う。
除念というのは、一般的には「念を取り除く」能力を意味する。
優秀な除念師というのは極めて少ないため、一概に言えることではないのだが、紙に描かれた絵を消しゴムで消すかのように、文字通り取り除くのが除念だ。
だが、アレは違う。
彼女のは、描かれた絵を鉛筆で塗りつぶすかのように、乱雑に壊された。
除念とは異なる。だが、それゆえにむしろ気になる。
「しばらくの間、見ていてみようかなぁ♣」
案外美味しく実るかもしれない。
まあ、お菓子程度にはなるだろう。
ああ、本当に素晴らしい。
こんなにも楽しいのは久しぶりだ。
「くっくっくっ……あっはっはっ~~~~~~~~~~~!!!」
笑う。
童子のように嗤う。
腹の底から、愉快で堪らないと。
その笑い声は二次試験開始が間もないという報せが届くまで、不気味に霧の中をすり抜けていった。
息をつく間もなく必死で走って逃げて、追い縋る動物たちにも眼をくれず、自然のままだった湿原が、森林と言える程度に整然としだしたあたりで四人は足を止めた。
誰もが息を荒げ、喋る余裕もない。
クラピカは背負ってきたレオリオを邪魔そうに振り落とし―――その弾みでレオリオは「イテッ」と目を覚ました―――はるか後方を見やった。
「追ってはこないようだな」
「……逃げきれたか」
湿原に入ってからの記憶が無いらしいレオリオは何のことだと肩を竦め、アゼリアとクラピカとゴンは安堵の溜息を吐き、何故かハルカは少し残念そうな顔をした。
当面の危機は去ったと考え、アゼリアの先導で五人はひとまず先へ歩きだす。
何故道が判るのかとクラピカが尋ねると、アゼリアは秘密だと切って捨てた。
『大気の精霊』で操作した風をサトツに付けていたので、そちらの方へ向かっているだけなのだが、念を知らない人間に説明しても仕方がないだろう。
クラピカもしつこく詮索する性格ではないので、その話は追及されることなく終わり、五人は受験生たちが集う建物の前にたどり着いた。
五人の姿を認めたキルアが驚きに眼を見張り近づいてくる。
「よく着いたな、ゴン。どうやったんだ? 絶対にもう戻ってこれないと思ったぜ」
「アゼリアがこっちだって教えてくれたんだ」
「へぇ。あんた、どんなマジック使ったの?」
「企業秘密だ」
「んだよ、ケチ」
口ではそう言うが、さほど気にした様子もなくキルアはゴンに向かい合った。
同い年の少年が気になってしょうがないようだ。試験会場とされている建物を見て、中から聞こえる唸り声が何かと話し合いだした。
アゼリアはしばらくの間その様子をぼんやりと眺めていたが、ふと舐めるような視線を感じて振り返る。
人畜無害そうな笑顔を浮かべて、誰よりも有害なピエロが手を振っていた。
見なかったことにする。
「……アゼリア?」
「振り向くな。視線を向けるな。無視だ、無視」
さっさと興味を失ってほしいのだが、視線は一向に外れない。
ナメクジが首筋を這っているようで鳥肌が立つ。
視姦されている気分で、アゼリアは時間が過ぎるのを待った。
試験開始とされている正午に近づくにつき、周囲の緊張は高まっていく。
建物の中から響く獣のような唸り声は、中にいるであろう生物の凶悪さを想像させた。
いきなり襲いかかられないとも限らない。誰もが身構えた。
そして、ドアが開く。
現れたのは、小山のような大男だった。
……あ、手前に女の人もいる。
「どお? お腹は大分すいてきた?」
「聞いての通りもーペコペコだよ」
ぐるるるる、と唸り続ける男の腹。
まさか、これは腹の虫だったのか……!?
「ありえない……」
人間離れした肉体に、アゼリアは戦慄した。
「そんな訳で二次試験は、料理よ!」
高らかに為される宣言。
予想外の内容に驚愕する受験生たち。
―――二次試験、開始。
「うん、おいしい! これもうまい!」
むしゃむしゃ。積み上がる骨。
「うんうん、イケる。これも美味」
翳りすら見せない食欲。留まることのない暴食。一分と待たずに一頭が消える。
「あ~~~、食った食った。もーお腹いっぱい!」
見上げるほどの、小山となった食事の跡。
受験生は全員ひいていた。誰もが心の中で叫んだ。
豚の丸焼き72頭……!! バケモンだ……!!
「馬鹿な……一食毎にアレでは、一体食費がいくらになるというのだ……!!」
「アゼリア、驚くべきポイントが違うわ……」
呆れたように言うハルカ。
しかし食費はアゼリアにとっては切実な問題だ。
真剣に計算をし悩むアゼリアを見て、ハルカはやれやれと首を振った。
それよりも問題は次の試験だ。さて、と身構えた。
女性の方の試験官、メンチが一歩前に出る。
「あたしはブハラと違ってカラ党よ! 審査も厳しくいくわよー!」
テーマはスシ。それもニギリズシのみ。
発表された題材に、受験生たちは皆頭を抱えた。
「スシ、か。いったいどんな食べ物だ?」
「ライスだけで作るのかな?」
「見た感じ他の物も使うみたいだぜ?」
それぞれ意見を出しているが、決定的な情報は出てこない。
その場にいた誰もが―――ただ二人を除いて―――この難問に苦しんでいた。
そのうちの一人、ハルカは悩んでいた。他の受験生とはその内容が違うが。
この試験で如何にするべきか、について。
自分は当然ながらスシの作り方を知っている。料理だって得意だ。ハンゾーが作り方をばらしてしまうよりも前に提出すれば、きっと合格は貰えるだろう。
しかし、この試験で一人でも合格者が出たならば、果たしてネテロ会長は仲裁に乗り出すだろうか。
合格者ゼロ、という状況だからこそ救済措置を講じたという可能性は否定できない。ならば自分が合格しては、原作との乖離が修正不可能なほどに大きくなるのではないだろうか。
となると、やはりクモワシの卵を取りに行くのが無難? けど、あの試験絶対に怖い。間違いなく怖い。フリーフォール系のアトラクションは苦手なのである。ノーロープバンジーなど以ての外なのである。
「むむむむむ……」
「ハルカ、君は料理が得意だろう? 何か知らないか?」
「ごめん、ちょっと待って。考え中」
というか、あの試験はあり得ないのではないだろうか。
メンチは「下はふかーい川」と言っていたが、底が見えないほどの距離から飛び降りたら水なんてコンクリートのようなものだ。突っ込んだ瞬間バラバラ死体。川の水が赤く染まること請け合いです。
やはりこの試験で合格しておいて、もう一つの試験を免除してもらうのがいいか。二次創作だと結構そういうシチュエーションが多いし。もし救済措置が講じられないならば、その場合は仕方がない。自分が先ほどの合格を辞退して再試験の提案をすることにしよう。
「魚ァ!? お前、ここは森の中だぜ!!」
「声がでかい!!」
―――魚!!!!!
一斉に走りだす受験生たち。
ただ一人そこに取り残され、ぶんぶんと頭を振った。
……ええい、ままよ。
大丈夫。きっと何とかなるさ。
スシ。それもニギリズシに限る。
形は大事。形が違ったら審査の対象にならない。
調理場から読み取れる情報。使用するものはライス、包丁、魚。
試験官の持つ食器。棒が二本。そしてその前に置かれた、ソースらしき液体の入った皿。
根がまじめなアゼリアは、正直なところ試験自体は大して興味がないものの、真剣にこの問題に挑んでいた。
形が判らない以上、情報を読み取り、ヒントを捜し出し、解を導くしかない。
形は大事という話からすると、固定の形状があるのだろう。
ニギリズシというからにはきっと握る料理。
試験管の持つ食器は棒が二本。あれはどうやって使うのだろうか。
以上の情報から導かれる解。イメージしろ。その料理を。
―――スシ
―――スシ
―――ニギリズシ
「……視えた!」
そして頭に浮かんだ解。
すぐさまそれを形にする。
イメージ通り!
「完成だ」
「あら、今度は女の子? ちょっとは期待してもいいんでしょうね」
「ふっ……無論だ」
蓋を被せた料理を試験官に差し出す。
自信満々の様子に、メンチもワクワクした様子で、その料理を見た。
「……………………………………………」
沈黙。
時間が止まった。
いや、メンチの手は少しだけ震えていた。
「食えるかァァァァァァーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
「あぐぁッ!!」
アゼリアの顔目掛けてソレを力いっぱい投げつけるメンチ。
ソレは彼女の許容量を超えていた。
アゼリア・クエンティ、現在19歳。料理センス、皆無。
アゼリアが自信ありげな様子で料理を持って行ったから、どんなものかと様子を見ていたら、試験官のメンチが吠えた。
怒鳴ったって言うより、吠えた。この表現で間違いない。
投げつけられたソレが、コメディのようにべちゃりと地面に落ちる。
ソレを見て、ハルカは思わず眼を背けた。
い、今見たモノをありのままに話すぜ……!! などとポルポル君風に話す気にもならない。
アレは酷い、としか言いようがない。
だがまぁ、アレを出来る限り詳しく解説するならば、だ。
緑色のヌメヌメしたチョウチンアンコウのような奇妙な魚が、絞殺されて目玉を飛び出させ、口の中にぎゅうぎゅうと米を詰め込まれているのだった。
ひどい。いくらなんでもひどすぎる。
思わず夢に出てきそうなグロテスクさだ。アゼリアの料理はホラーの域に達している。
ニギリズシの握るという言葉に従ったつもりらしかった。但し、握ったのはシャリではなく、魚だったが。
「やれやれだぜ……」
本人は至って真面目なつもりだからなぁ。
やっぱり彼女に料理はさせないようにしよう。
さて、それじゃあそろそろ作るとするか。
まともに食べられそうな魚を探していたら時間がかかってしまった。ゴンに釣り竿を借りて何とか釣れたのは、他の受験生たちが持っているキワモノよりは美味しそうだ。
魚を捌き、切り身を作る。
米を握り、素早くシャリを完成。
わさびを付けて、タネを乗せる。
ひとつ味見。
「よし!」
うん、おいしい。
これなら文句なしだろう。
一料理人として、グルメハンターを唸らせてみたいという気持ちもある。
とりあえず、本気出した。
「なんだとお!?」
―――ん?
「メシを一口サイズの長方形に握って、その上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!! こんなもん、誰が作ったって味に大差ねーーべ!?」
し、しまった……!!
遅れた……!!
「ざけんなてめぇぇぇぇえええええ!!」
キレるメンチ。
あーあ、って感じの顔で見ているブハラ。
メンチの気迫に冷汗のハンゾー。
くっ、ハゲのせいでメンチがキレる前に提出して、合格を確実にしたかったが……!
これでは審査が凄まじい厳しさに跳ね上がってしまう……!!
「けど、これは私の快心作……! あの舌を唸らせて見せるわ……!!」
作り方を知ったとたん、群がりだした受験生たち。
その有象無象を押しのけて、何とかメンチの前にたどり着く。
「どれどれ……」
喰らえ! 私の最強の一撃を……!!
「ダメ!! タネの切り方が悪いわ!! やり直し!!」
―――ばっさり切って捨てられた。
「……な、なんですって…………!!」
ムカついた。
こ、こんな有象無象の雑魚どもと同じ扱いだなんて……!!
料理にはかなり自信があったのに……!!
「決めた……絶対、いつかぎゃふんと言わせてやる……!!」
雑魚キャラ風の捨て台詞を残して、鼻息荒く調理場に戻るハルカ。
余談だが、アゼリアの食事がどんどん豪華になり、食費が嵩むようになるのは、まだ先の話である。
―――メンチのメニュー、合格者、ゼロ。
重い空気が漂っていた。
受験生たちは皆、マジかよ、と言いたげな顔でメンチを穴が開くほどじっと睨んでいる。
そのメンチは携帯電話の向こう側に、不機嫌そうに怒鳴っていた。
「―――とにかく、アタシの結論は変わらないわ! 二次試験後半の料理審査、合格者はゼロよ!!」
メンチのその宣言に、受験生たちは一斉にざわめいた。
当然か。とてもじゃないが合格出来るような試験ではなかったのだ。
「……不合格、か。予想外の結末だったな。ハルカ、どうする?」
試験の合否にはさほどこだわっていないアゼリアは、特に気にした様子もなくハルカに話しかけた。
不合格ということに衝撃を受けているだろうと思われたハルカは、しかし平然と答える。
「んー、まぁ、何とかなるんじゃない? こんな試験、審査会が黙ってはいないでしょ」
「……どうかな。ハンターなんて誰もが変わり者だろう? 案外、毎年こんなものじゃないのか?」
「えー、でも今回は―――」
ハルカは何かを言いかけて、びくりと振り向いた。
ドゴォォン、と大きな音を立てて、255番のプレートを付けた男―――トードーが調理台を破壊していた。
「納得いかねェな、とてもハイそうですかと帰る気にはならねェな。オレが目指しているのはコックでもグルメでもねェ!!ハンターだ!!しかも賞金首ハンター志望だぜ!!美食ハンターごときに合否を決められたくねーな!!」
怒気も露わに声を震わせるトードー。
他の受験生たちも、声にこそ出さないが、彼に賛同していることをその場の空気が物語っていた。
だが、メンチもブハラも揺るがない。彼の剣幕などそよ風程度にも感じていないという様子で、平然と答える。
「それは残念だったわね」
「何ィ!?」
「今回の試験では試験官運が無かったってことよ。また来年頑張ればー?」
まるで他人事の、舐めた口調で話すメンチに、トードーは怒りのあまり血管が浮かび上がった。
「ふ、ふざけんじゃ―――!!!!??」
今にも殴りかかろうかという瞬間、トードーが冷水を掛けられたような寒気を感じ飛び退いたのは、彼の鍛練の成果と言えるだろう。
蛇を前にした蛙が感じるであろう圧迫感。
圧倒的な捕食者の気配。
怒りに沸騰しかけていた頭は、冷汗をとめどなく流している。
気がついたら彼は腰を抜かしていた。
それほどまでに邪悪で強大な殺気を感じたからだ。
しかもそれは、自分という個人に向けられた殺意ですらなく。
周囲にまき散らされた殺意のほんの一欠片だったのだ。
「くっくっくっ……❤ 試験はもうおしまいなのかい? 折角楽しくなってきたところだったのに……♣」
まるでモーゼの如く受験生たちの間から進み出た道化。
彼が歩を進めるたびに、受験生たちは恐怖のあまり腰を抜かしてしまうのだった。
「キミは今美味しいモノが食べれなかったみたいだけどね♦ ボクさっき、とっても美味しそうな果実を少しだけ味見して、そのせいでむしろ欲求不満なんだ♠」
ヒソカは殺意を撒き散らす心地よい快感に身を委ねていた。
ただの雑魚を狩ったところで面白くない。強く、頭がキレるタイプとの戦いが彼は大好きだ。
一次試験の途中、少しだけ遊んだアゼリアはかなりいい線行っていた。思わず熟さないうちに食べてしまいそうになったくらい。
他にも美味しそうな、輝くばかりの才能を持った少年たちもいた。
そんな才能という華が飛躍的に芽吹こうとするこんな絶好の機会をあっさりと消してしまおうとする試験官に対し、かなり本気で殺意を抱いていた。楽しみに取っておいたデザートを横から掻っ攫われたかのような気分だ。
「……だから、なんだってんだい?」
大気が震えるほどの存在感。
それを真っ向から受けても、尚も姿勢を保てるのは流石プロハンターといったところか。
メンチは流石に顔を強張らせていたが、真っ向からヒソカを睨み返した。
空々しい笑顔で、眼を邪悪に濁らせ、ヒソカが言う。
メンチとブハラは、なかなかに美味しそうだった。
「最近溜まってたんだ♦ ボクのお愉しみを奪うなら、代わりにキミにお相手願おうか……❤」
「ッ……! ブハラッ!!」
イスから飛び上がり、包丁を構えるメンチ。
立ち上がり、メンチを護るように前に出るブハラ。
念を使えるものならば視えるだろう。その身から吹きあがるオーラが。そして一つ星ハンターの名は伊達ではないことを知るだろう。
だがヒソカにとっては、それこそが極上の食材。
その血の味を想像し、舌舐めずりをする。それまでの一時を早く過ごすのも勿体ないと、一歩一歩を踏みしめる。
すると、ヒソカの足が何かに当たった。
「う、うわあああ!」
それはトードーだった。
腰をぬかし、メンチへと向かうヒソカの進路上で倒れ伏したままでいた。
這いつくばって逃げようとするトードー。
ヒソカはソレが酷く邪魔に思えた。これからのお愉しみに、こんなモノはいらないと思った。
「邪魔だよ♠」
何気なく振り上げた足。
それを、本当に何でもないかのように、軽く蹴りだす。
―――ぐしゃり
トードーは独楽のように回転し、地面に叩きつけられた。
四肢をだらりと弛緩させて投げ出し、ぴくぴくと痙攣するだけで起き上がる様子はない。
それも当然だろう。その首は捻れ、彼の顔は背中側を向いていたのだから。
―――NO255、トードー、死亡により失格。
目の前で繰り広げられる戦いを見て、ハルカは震えていた。
恐怖から、ではない。
予想すらしていなかった事態に愕然としたが故に。
知らない。
私はこんなイベント、知らない……!
トードーがここで死ぬなんて、知らない……!!
否定する。
ハルカは必死で、目の前で繰り広げられている戦いを否定する。
何かの間違いだ。こんなはずはない、と。
だが、現実は変わらず。
ハルカの脳の冷静な部分は、認めざるを得ない「事実」を突きつけてきた。
―――原作から、大きく乖離している。
予想はしていた、ハズだった。
自分たちの介入により、多少は変化が生まれるだろう、と。
その予想は、甘すぎた。
その考えは、未熟すぎた。
その行動の結果が人の死に繋がるなんて、思ってもみなかった……!
ヒソカと切り結ぶメンチを見る。
その巨体で殴りかかるブハラを見る。
もはや痙攣すらしなくなったトードーの死体を見る。
それは否定のしようもない、其処にある「現実」だった。
「なんで、こんな………………」
ハルカの呟きは、誰に聞かれることもなく大気に消えた。
〈後書き〉
ヒソカさん欲情→暴れる。
この作品でヒソカ暴れてばっかだな……いや、原作でも暴れてるけど。
下手に愉しんで、不完全燃焼で終わっていた分、ヒソカが暴れやすくなってます。
ハルカは、原作介入で起こるであろうズレがどの程度か、実感として理解していなかったのです。
認識の甘さ。自分の行動が誰かの死に繋がるとまでは考えていなかった。
でも、作者的にはそれが果たして思慮不足だったかというと、実際にはそうとは言えないのでは、と思います。
何気ない行動が、どこかで誰かを殺すかもしれない。そんなことを常に考えていたら、身動きが取れなくなってしまいます。もし自分がハルカと同じ立場になったら、と考えて、そこまで配慮する自信が正直ありません。
けど、原作にないファクターが入り込めば、当然出てくる結末は変わるわけで。
これからも少しずつズレていくと思います。
それでは、次回更新の時に。