グラス一杯に注がれた水。その上に、そっと一枚の葉を乗せた。
水面が揺らぐことのないように、静かに下がる。後ろで緊張した面持ちでこちらを見ているハルカに準備が整ったことを伝えて、場所を譲った。
「いいか、リキむんじゃないぞ。力は入れて、しかし無駄のないように、だ」
「わ、判ってるわ……」
全然判ってないよなぁ、と苦笑してしまうが、何も言わずに見守ることにした。
壊れやすいガラス細工に触るように、そっと彼女は手を翳す。
―――「練」!!
コップから、ちょろちょろと水が溢れた。
「おお、やったなハルカ! どうやら君は強化系のようだ!!」
強化系は六つの系統の中で最も攻守のバランスがいい。
戦闘に携わる者としては強化系の技は必ず必要になる。羨ましい限りだ。
だが、ハルカは何故か浮かない顔だった。
「どうした、ハルカ……? な、何かあったのか?」
「……なんで?」
「へ? な、なんでって……何が?」
俯いたまま、ハルカは震えている。
これは何か、重大な問題でもあったのか? 私が見ていた限りでは、そんな風には全く見えなかったのだが……
ハルカが顔を上げる。
その顔は悲壮で、信じていたものに裏切られた子羊のようだった。
「なんで特質系じゃないのよーーーーーーっ!!!」
「アホかぁぁぁぁああっ!!」
スパーン、と新聞紙で作ったハリセンで頭を引っ叩いた。
最近お馴染みになってきた光景だった。
「うー……いたーい……」
「お前が悪い」
ハルカは今ソファーに横になってうんうん唸っている。
最近では「練」なども様になってきたので、私がひっぱたく時は「練」でガードするようにと言ってある。当然私のハリセンには「周」が施された状態だ。
だがまだ「練」を即座に実行できるほどの能力はなかったらしく、私がハリセンを一閃するたびにこの様というわけだ。とりあえず何事も練習だ。
「そもそも、お前は勘違いしている。特質系というのは、ただ他の五系統に属さない性質をもっているというだけで、言うならばその他系統だ。修行法は個人差があるため確立されていないし、そのオーラの性質によっては応用の利かない不便な能力を強いられることもある。はっきり言って損な系統だ。君が知っている特質系能力者がどんな能力なのかは知らないが、特質系は万能なんかには程遠い。そこのところを間違えるな」
「う、うう……」
「大体強化系の何が不満だ? 強化系はある意味では最も理想的な系統と言えるんだぞ?」
「だ、だって……単純一途って、誉められてる気がしなくって……」
「単純一途? なんの話だ?」
時々ハルカはよくわからないことを言うが、それももう慣れたものだ。なにしろハルカがこの家に住みだしてもう四か月近くの時が経ったのだから。
今は三月、季節は春。そよ風が心地よくなった季節である。
「いいからほら、寝ている暇はないぞ。早く起きろ起きろ。残りの修行をこなしてしまえ」
「うー、アゼリア厳しいなぁ……」
不満を言いながらもハルカは大人しく立ち上がった。ここに来た頃は考えられなかったことだ。何しろランニングがいやで逃げ出したことがあったのだから。
秋の暮、あの喧嘩別れして、その後ハルカが謝った日。私もまた彼女に対する態度を改めることにした。
彼女を自分に守られる存在に押し込めようとするのではなく、彼女の意思を尊重するべきだったのだ。
大切なのは、自らの意思で選択し、そこに向けて努力すること。ならば私が彼女にしてあげることは、その目標に到達できるよう手助けをすることに他ならない。
旅団に会いたい。ゾルディック家に会いたい。私にはまったく理解できない望みだが、彼女がそれを選ぶのなら構わないではないか。そこで私の予測する最悪の事態が起きないように、できる限りの修行をつけてあげることにした。
ハルカもあの時はかなり反省したらしく、修行に文句を言うことはあっても、サボったり手を抜いたりすることはなくなった。今も私を背中に乗せて腕立て伏せをしている。「練」をした状態とはいえ、筋力も結構ついてきた証だろう。まだまだ彼女の「練」にはタメの速度も力強さも安定性も足りないが、それでも確実に力はつけてきている。
「九十九、ひゃーく! アゼリア、終わったよ、どいてどいてー」
「ん、ああ、すまない。じゃあ次行くぞ」
「はーい」
右手を翳す。そして「陰」をしたまま次々とオーラで文字を形作っていった。
「3、7、A、2、Q、X、4、1……」
意外だったのは、ハルカは「凝」が殊の外得意だったということだ。
目を凝らすのと同じくらい自然に「凝」をする。それは戦闘において必須の技術であるが、始めから出来る者はほとんどいない。それを彼女はあっさりとクリアした。十分すぎるほど合格点だ。
「凝」が得意ということは「流」も得意ということ。彼女はまだまだオーラの総量が足りなすぎるので「流」の訓練はさせていないが、この分だと「流」に関しては私もあっさりと抜かれてしまうかもしれない。
「流」の戦闘における重要さは計り知れない。確かに潜在オーラ量、顕在オーラ量は戦闘において重要なファクターだ。単純にぶつかりあえばこの二つが勝っている念能力者が勝つだろう。
しかし、戦闘で本当に重要なのは体全体を覆うオーラの量ではない。相手の攻撃箇所、または防御箇所とぶつかりあう自分のオーラが、相手のオーラよりも勝っていればいいのだ。
すなわち「流」でオーラを必要な箇所に的確に集めることさえできれば、オーラの総量のハンデを覆せる。格上の念能力者にも勝ちうるのだ。
まぁ、そうは言っても「硬」で集めたオーラですら相手の「堅」を破れないようでは意味がない。総オーラ量が未だ少ないハルカでは、戦闘などまだまだ先の話だが……
「よーし、とりあえず終わりだ。残りは帰ってから。ほら、早く行くぞ! 今日は二十分だ」
「あー、待って待って! 今準備してるから!」
慌てているハルカをおいて先にロフトの外に出る。
ハルカが出てきたのはその数分後で、手には恒例となった大きな包みを持っていた。
「今日は郊外のトンネル工事だったな。急ぐぞ」
「おー!!」
春の風を割く感覚が心地いい。
人の少ないこの通りは全力で走っても何も問題が無い。
目的地まではおよそ六キロ。目標時間にはたどり着けそうだった。
最近は体力もついてきたハルカはランニングにも音をあげなくなった。
六キロ程度なら二十分ほどで完走できるようになったし、休日にやらせている五十キロマラソンも六時間を切るようになってきた。
「こんにちは」
「おっはよー、みんなー!」
「おお、今日も来たかねーちゃん、嬢ちゃん」
『姐さん、お嬢、おはようございます!!』
そう、あの監督のもとで今日もアルバイトをさせてもらっているわけだ。
体力がつくし、修行もしながらお金が稼げる。これ以上の環境はない。
ハルカがお金を自分で稼ぐといった言葉に偽りはなく、しっかりと休むことなくこのバイトを続けていた。
「あ、監督さん、これ今日の分です」
「おお、いつもいつも御苦労さん」
ちなみにハルカが持ってきた包みは全員分の弁当だ。
あの一日以来、我が家の厨房はハルカに任せきりになっている。ハルカ曰く「アゼリアが栄養失調にならないよう見張ってるのよ!」とのことだ。私としてはありがたいので任せている。意外と彼女の料理はうまいのだ。しかも食費はハルカ持ち。正直頭が上がらない。
で、そんなハルカは監督さんと交渉して、現場のみんなのぶんの弁当を用意してこようと言いだした。妹か娘が弁当を作ってくれるようで悪い気分じゃない現場の皆さんは大賛成し、ついにハルカによる現場作業員への餌付けが始まった。ハルカがお嬢と呼ばれているのはそのためである。ちなみに対価として食費分を給料に上乗せすることになったらしい。割増請求していることを知っている私としては若干心が痛む。
まぁ、みんな喜んでいるみたいだし、いっか。
「よーし、そんじゃあ今日も気張っていくぞてめーら!!」
『押忍!!』
さて、今日もお仕事の始まりだ。
「……ん? アゼリア、あれってスミスさんじゃない?」
「ああ……確かに、スミスだな」
作業を開始してから二時間ほど経過したとき、現場の近くに黒塗りの車が停車して、見知った顔が降りてきた。
きょろきょろとあたりを見渡して、こちらの姿を認めると大きく手を振っている。何だろう……?
「何か起きたのかな……? ちょっと行ってくる」
「ん、行ってらっしゃい」
作業途中だが、ひとまずそれは中断してスミスのところへ駆け寄った。
「何かあったのか、スミス?」
「あ、アゼリアさん、おはようございます! えっとですね、カーティスさんがアゼリアさんを組の屋敷にすぐに連れて来いって言ってまして、お迎えに来たんす。乗ってくれますか?」
「何……? 組の方に? ……ちょっと待ってくれ、監督に断ってくる」
監督とハルカに仕事を早退しなければならない旨を伝え、私は車に乗り込んだ。
私の表情から何かを察したのか、二人とも何も言わずに送り出してくれた。
バックミラーに映った私の顔は強張っている。自分でもそれなりに緊張しているのが判る。
なんせ組の屋敷に呼び出されるなんて随分と久しぶりだ。
一体何が出てくるのか……
鬼も蛇も出て欲しくないものだ。
ボルフィード組の本拠地と言える屋敷は、ヨークシンシティから若干離れた場所にある。
ヨークシンシティは言わずと知れたドリームオークションの開催地であり、それと同時期に行われるマフィアン・コミュニティー主催の地下競売はマフィアの一大イベントとも言えるものだ。そのため一年に一度だけはヨークシンシティはコミュニティーの管理下に入る。ボルフィード組はこの近隣一帯をシマとしている巨大なマフィアだが、ヨークシンに関してはあくまでオークション期間以外の平時の管理を委任されただけに過ぎないのだ。
スミスの運転する車に揺られること数十分。見えてきた屋敷は流石に豪勢かつ立派なものだった。
「それじゃ、カーティスさんたちはボスの部屋にいると思うっす。自分はここで待ってますんで、行ってきてくださいっす」
「ああ、判った」
重厚な樫の扉を開ける。見かけこそアンティークな代物だが、実際は最新の警備システムが働いている。指紋認証、パスワード入力、そして屋敷の警備担当者の許可がなければ、屋敷に足を踏み入れることすら出来ない。
無論私が入ることに問題はなく、一連の手順で入室許可を得ると私はふかふかの絨毯の上を歩き、ボスの部屋へと向かった。館の三階の一番奥にある部屋だ。
ドアをノックすると、低い声で入室の許可が返ってきた。
「失礼します」
扉を開けた先は、いつ見ても溜息が出そうなくらい立派な部屋だった。その辺に無造作に置かれた置物一つとっても、私が死ぬ気で貯めたお金を悠に凌ぐのではないかと考えてしまう。
だがそれ以上の驚きに私は体を強張らせた。何故ならその場にいた人々が私の想像よりも上で、私がここに呼ばれた事態の重さを示しているかのようだったからだ。
スキンヘッドにサングラスをかけた小柄な男は、サンジ=ボルフィード。このボルフィード組の首領だ。
その横に控えた長身の男はアレッサンドロ=カヴァルロ。組の相談役を勤める切れ者で、彼自身も優れた念能力者だと聞く。
そしてその二人よりも一歩引く形でこちらを見ているのが、直接顔を合わせるのは久しぶりの、出来れば一生会いたくない男。どこか蛇じみた顔つきのそいつが、私の上司のカーティス=オルホフだ。
「おう、来たな。こっちもちょうど話が纏まったところだ。おい、カーティス。説明しろ」
「はい、判りましたボス。で、アゼリア、これはあくまで任務を伝えるだけなので、硬くなる必要はないですよ。その馬鹿な頭で指示を聞き逃されたらたまりませんからね」
確かに私は随分と緊張していたようだった。
任務以外の―――たとえば、ヴィオレッタについてとか―――話でもあるのかとさえ思っていたため、任務の話と聞いて幾分肩の荷が下りる。だが普段は電話で済ませている任務説明が今回は呼び出しとは、一体どんな任務なのだろう。
「順を追って説明しましょう。まず、半年ほど前から麻薬の消費量と組へのアガリが釣り合わないということが判りまして、それについての調査を私は行っていました。といってもこのときはまだ、一部をどこかの馬鹿がちょろまかしている程度の話だろうと考え、締め上げておこうという程度の話だったのですが、最近新たな情報が入りましてね。麻薬販路の管理責任者、ギュンターのことですが、彼は実際に売上の一部を誤魔化して私腹を肥やそうとしただけでは飽き足らず、組には無断で麻薬を他のマフィアに横流ししようとしているらしいのですよ。その情報の裏付けはまだ取れていないのですが、本当だとすれば早急に手を打つ必要があります。時間はありません。なにしろ三日後に最初の取引が行われるという情報を掴みましたからね。そこで、あなたはこの取引を潰し、首謀者であるギュンターを捕えてきなさい」
これは、確かに電話では聞かせられないような重大な仕事のようだった。
その話が本当ならば、ギュンターの行為は組への重大な背信行為だ。組織の内部問題などできる限り表に出すべきではない。
ボスは怒りに身を震わせて、声を荒げた。
「あのボケが、何が最悪かって、取引の相手があのインチキ野郎のノストラードなんだよ!! 占い女にケツ振らせてるだけでも我慢ならねぇってのに、ヤクにまで手を出そうなんざ許せるか!! それをうちのもんが手引きするだとぉ……!? ぜってぇに捕まえて来い! 生まれてきたことを後悔させてやる!!」
気炎を吐くボスを、アレッサンドロはなんとか宥めた。
「だが、情報の真偽は出来る限り正確に確かめておきたい。無実の奴を消したとなったら、組全体の統制に影響するからな。なので、お前にはギュンターが本当に裏切っているのか、出来る限りの情報を集めて欲しい。まあ、これについてはそこまで期待しておらん。後々問題が起こらないように、予め万全を期しておきたいというだけのことだ。大切なのはこの取引を潰すこと。ギュンターがシロと証明できる情報でも出てこない限り、殺れ」
アレッサンドロの声は淡々として、冷たい。
何の感情も浮かばせずに死を命じるその口調は、思わず背筋が寒くなる。
「はい、了解しました。情報の裏付けを可能な限りとり、取引を不可能にすればよろしいのですね」
「ついでだ、ノストラードの命も殺れそうなら殺ってこい!!」
そんなことをしたら組織間の問題につながるのではないかと思ったが、それは上が考えることだろう。私が気にすることではない。
どうせ、どんな命令にも逆らうことは出来ないんだ。ならば私は全力で指示を全うするだけだ。
「それではアゼリア、任務に関するより詳しい情報を与えます。着いてきなさい」
「はい。それでは失礼します」
残されたボスと相談役に一礼して、その場を去った。
ボスの部屋を出てから、詳しい情報を説明する場所を捜し出したカーティスを見て、私は何か不自然さを感じた。
まるで隠れるように、人気のない場所を探していく。
確かにこの任務は内部の問題だ。尻尾をつかむ前にギュンターに逃げられては元も子もない。人気のない場所を探す必要があるのは判る。だがそれならばボスたちに場所を用意してもらえばいいのだ。何故わざわざ部屋を探しているのかと、小骨がのどに詰まった程度の違和感を感じた。
「ああ、ここでいいですね。ここにしましょう」
結局選んだ部屋は、普段は倉庫として使われていそうな埃っぽい部屋だった。
乱雑に置かれた資材を掻き分けて、入口からも目につかない奥へと入っていく。
やはり、何かおかしい―――
この任務はボスの了解を得ている。ここまでこそこそとする必要はない。だというのに、なぜカーティスはこのような場所を選んだのだろう……?
「さて、任務の説明をする前に、一つだけ言っておくことがあります」
カーティスは適当な資材の上に腰掛けると、唐突にそう切り出した。
「ボスはああ言っていましたが……この任務で、絶対に、ノストラード組の親子―――特に娘の方を傷つけることは許しません」
その強い物言いに少し驚いた。ボスの命令を無視しろということだろうか?
「……それは、ボスの意思に反しても、ということですか?」
「ボスはあのようなこと本気で言ったのではありません。彼女の占いには十老頭たちですら心酔している方もいます。それを傷つけたとあっては、我々はお終いです。そんなことも判らないのですか?」
確かに、それは理解できる。私自身疑問に思った点だ。
だが私にとって重要なのは妹に被害が及ばないよう気を付けること。組織の命令に逆らうな、ということが条件なのだから、この場合はどうすればいいのだろうか……
「……私は、組織の命令に従うだけです。ボスがおっしゃったならば、それは―――」
「―――うるさいですね。貴方は了解しましたとだけ言っていればいいのですよ。それともなんですか、まさか妹さんがどうでもよくなったと?」
「……」
違和感は先ほどとは比べ物にならないほど大きくなっていた。
焦り、だろうか。カーティスの言うことは尤もらしいが、その裏に隠された感情があるように思えた。カーティスが私に妹のことを直接的に仄めかすのは、彼にとってその物事の重要性が極めて高い時だ。
ノストラード組の娘と何かあるのだろうか? だが違和感をいくら感じても、私の取るべき態度は一つしかなかった。その言葉を出されては選択の余地などないのだ。
「……ええ、了解しました。私は決して、ノストラード親子を傷つけはしません」
「ふん、初めからそう言っていればいいのですよ、愚図が。では、説明に移りますよ」
もやもやとした思いを抱えながらも、私は説明を聞いていた。
カーティスの弱みを握ることができれば、そしてそれが致命的なものであるならば、私にとっては非常に大きなメリットとなる。
その後のヴィオレッタの処遇にすら関わる重大なものとなりうるからだ。
だが、下手な詮索は身を滅ぼす。それがバレた時に被るリスクを考えると、ここでの追及など出来る筈もなかった。その時この男の毒牙に襲われるのは、きっとヴィオレッタなのだから。
新たに伝えられた情報を纏めると次のようなことらしい。
ギュンターは今年の頭、仲介人を通じてライト=ノストラードと面識を持った。
ネオン=ノストラードの占いで勢力を伸ばしてきたノストラード組は、占い以外の業務にも手を伸ばしより広範な活動をしたいと考えた。しかし急激に勢力を伸ばしてきたために、裏世界の多くを牛耳る古株のマフィアたちからはいい顔はされない。例えばうちのボスのように。そのため未だ十分なコネクションを持たないノストラード組にとって、安定的に麻薬などを供給してくれるパイプは喉から手が出るほどにほしかった。
それは私腹を肥やしたいと考えているギュンターにとっても渡りに船だった。ノストラード組に麻薬を横流しする代わりに、万金の価値ある権利をギュンターは求めた。すなわち、未来の情報。ネオン=ノストラードの占い顧客に、無料で加えてもらえることになったというのだ。
そしてノストラード組はその条件を呑んだ。そしてその後も秘密裏に交渉をすすめ、ついに三日後、最初の取引が行われるらしい。その内容は一億ジェニー分のコカインの取引。そして取引の場でネオン=ノストラードによる占いが行われるというものだった。互いの信用を作るための取引ということだろう。
場所はロームタウン。ボルフィード組のシマの端にあたる場所だ。ハルカにランニングをさせている場所でもある。その郊外にある廃工場で取引が行われる。
取引に万全を期そうとしているのか、ノストラード組は本日ノームタウンに入ったらしい。そのためこんな急に私に任務が知らされたのだが。ギュンターの周辺を探るのはカーティスやアレッサンドロ氏が行うので、私が情報を得るならば彼らからがベストだ。
最優先目標、取引を潰すこと、及びギュンターの捕獲。
その他にも、ギュンターの部下にいる念能力者や、ノストラード組側の能力者の情報がある程度まで調べられていた。
それらに一通り目を通し頭の中に叩きこんで、与えられた資料を返却した。
「それでは、これで与えられる情報は全てです。後はあなたがその眼で確かめなさい。ああ、それと会わせたい人物がいるので着いてきなさい」
「会わせたい人、ですか……?」
「ええ、新しく私の部下に一人加わりましてね。しばらくの間あなたとチームを組んでもらいます。言うならば研修期間のようなものですね。あなたが無能だとすれば、彼はまだ念能力も覚えたての輪をかけた無能ですが……まぁ、馬鹿と鋏はなんとやらです。愚図同士が集まったところで何ができるとも思いませんが、せいぜい有効に活用してください」
正直、遠慮したかった。
使えない相棒なんていても足手まといでしかない。そいつが下手を打てばこちらの身も危険にさらされる。冗談じゃない。
しかし命令であれば仕方がなかった。溜息だけは隠すことなく吐いて、無言でカーティスについて行った。
「ああ、いましたね。あの無駄にでかい図体をした男がそうです」
屋敷の広間でソファーに座り寛いでいる男は、なるほど、カーティスが無駄にでかいというのも頷ける男だった。
アレッサンドロのように無駄のない長身というわけではない。横にも広く、ある意味では筋骨隆々と称することもできるのだろうが、シャツがはちきれんばかりに広がったその肉体は見栄えがいいとは思えなかった。
顔は……以前戦った能力者の、猩々の念獣を思い出す、どこか獣めいた顔。頭はスキンヘッド。浅黒い肌。いたるところにつけたピアスやトゲトゲの腕輪が、どこかチンピラめいた印象を与える。そして喧嘩でもしたのか、鼻が歪に歪められていてどこか滑稽な顔になっていた。
「纏」は出来ている。オーラの力強さはそれほどでもないが、まるっきりの覚えたてというわけでもないらしい。そのことは私を少しだけ安堵させた。
こちらに気づいた男はソファーから立ちあがるとニヤリと笑った。
自分の力に自信を持つ、不敵な笑みだった。
「フェルナンデスです。こき使ってあげなさい」
〈後書き〉
みんな特質系って大好きですよね。まぁ、原作でのクラピカの絶対時間やクロロの盗賊の極意、ネオンの天使の自動筆記、パクノダの記憶読む能力やネフェルピトーみたいなとんでも能力たちを見ていたら特質系に憧れるのも判りますし、カリスマ性ありとか言われたいですよね。判ります。
でも強化系や放出系も、もっとスポットを当ててあげましょうよ……そんな訳で、ハルカの能力は強化系です。性格的にも単純なので。
それでは、次の更新の時に。