屋敷への呼び出しから帰ってくると、もう夜だった。
すっかり運転手役となってきたスミスにお礼を言ってロフトに入る。
リビングのテーブルの上では、ハルカが難しい顔をして紙とにらめっこしていた。
「精が出るな。勉強か?」
「あ、お帰りアゼリア。結局なんで呼びだされたの? 仕事?」
「ああ、そうだ。これから三日くらいは帰ってこれないと思う。明日監督にもそう伝えてくれるか?」
「えー、出張なの? うーん……判った。監督には伝えておくね。いい、ちゃんとご飯は食べるのよ。それと夜はしっかり眠ること。それから―――」
「ああ、判った判った。気を付ける。無茶はしないよ」
最近のハルカは、食事と睡眠について口うるさく注意してくるようになった。何かの使命感にでも燃えているのだろうか。まるで母親のように振舞おうとする彼女は何となく微笑ましい。普段が子供っぽいというか、聞きわけが無いというか、要するにどこかおバカな分、背伸びしている子供を見守る微笑ましさというか……そんなものがある。もっとも、そういった家族のような相手は私には久しいものなので、助かっているし嬉しくもあるのだが。
そんなハルカだが、今日は珍しく机にかじりついたまま動かない。頭を抱えて唸っている。
「で、それは何をしているんだ?」
「んー、「発」を考えているの」
「「発」か……確かにそれは考えておいて損はないが、念能力というのはフィーリングが重要だ。頭で考えるのもいいが、ふとした時に自分に合ったものがひらめく時もある。あまり悩んでも仕方がないぞ?」
「いやー、私に合うってことは判ってるのよね。問題は、どれにしようかってことで……あ、ちなみにアゼリアは自分の能力どうやって決めたの?」
自分の念能力を決めた理由、か……はて、なんだったかな。
私が念能力を覚えたとき、そのころに思いを馳せると、ゆっくりと当時のことが浮かび上がってきた。
「確かな、私が念を覚えたのは七歳の時で、そのころ私は別に武術の心得も何もない小娘だった。しかし私には闘って生き残れるだけの能力が必要で、そのためにはそもそも相手と戦闘にならないことが必要だったんだ。正面からぶつかりでもしたら一瞬で殺されるからな」
「う……なんか、いきなりヘビィね」
「まぁ、それは仕方ない。で、続きだが、相手と戦闘にならずに殺すための方法は暗殺か奇襲だ。そしてそのために必要なのは、相手の攻撃の届かない遠距離から、相手に気づかれずに致命傷を与えられる能力だった。幸い私は放出系だったので、遠距離から攻撃するための条件はあらかじめ満たしていたから、ならば相手に気づかれない攻撃というのはどうしようかと考えたんだ。ただ気づかれない攻撃というだけだったら、多少制約をつけて「陰」を併用すれば何とかなるんだが、オーラの総量が少ない当時の私でも致命傷を与えられる能力となるとそうそうなくてな。どうしようかといろいろと悩んだ」
だんだんと思いだしてくるあの当時の記憶。一日中訓練をさせられボロボロになりながらも、必死で生き残るための策を考えていた幼い日。あの頃に比べれば、身体も出来てオーラの総量も上がった今は大分楽になったと言えるかもしれない。
「たとえば、見えない念弾を作り、超長距離からの狙撃をしようかとも思ったんだが、確実に仕留めるためには相当の精度が必要になるし、見えないだけなら対処は可能だ。しかし気配もないような念弾を作ろうとすると、相当厳しい制約を付けるか、威力を犠牲にするしかない。それはどちらも望ましくはなかった。あるいは念人形を作りそいつらに戦わせようかとも思ったんだが、操作系でない私ではそこまで精密な攻撃命令を与えられない。ある程度の能力者なら何の問題もなく対処できてしまう。結局そうした能力では、基礎能力を大きく向上させないことには条件が満たせないということになった」
そしてじっくりと鍛えるだけの時間は私にはなかった。明日にも死が迫ってくるかもしれないのだから。しかし重い制約は諸刃の剣。死ぬわけにはいかない私は、制約による能力の底上げは出来る限り避けたかった。
「そこで考え方を変えてみることにしてな。相手を殺せるだけのパワーを得るんではなく、どうすれば相手を効率的に殺せるかを考えた。はっきり言って人を殺すのにミサイルのような威力は必要ない。頸動脈を掻き斬れば、剃刀でも人は殺せるわけだからな。そうして考え付いたのは、呼吸ができなければ人は死ぬ、ということだった。これは生物である以上覆せないことだ。だから大気を操る能力を作ったわけだ。これならば大気をただ操作するだけだから、オーラの量が少ない当時の私にも使うことができたし、手段もいろいろあった。呼吸を出来なくする他にも、さっきも言ったように頸動脈を掻き斬ってやってもいいし、対象が念能力者でないならば肺をズタズタにしてもいい。そして何よりもこれが重要だったんだが、大気を操作するのに大したオーラは必要ない。オーラというのは「硬」などに見られるように密度が高ければ高いほど戦闘では有利なんだが、私の能力は逆に拡散させることで気づかれないということに重点をおいたんだ。こうしてこの能力が作られた」
今では修行の甲斐あって、直接戦闘にも対応できるだけの威力を持たせられている。だが当時は酷かったものだ……相手が窒息して回復が不可能になるまでずっと見つからないように物陰で震えていたし、頸動脈を掻き斬ろうとして、威力が弱くて薄皮一枚切るに留まったこともあったし……いま思い出すとよく生きていられたな、と思うようなことばかりだ。
「まぁ、私がこの能力を作ったのはそんな経緯だな。さっきの話とまったく逆ですまないんだが、私の場合はやらなければならないことがあって、その条件を満たす能力が必要だったから、頭で考えていくしかなかったんだ。本当はこのやり方はあまりおすすめできない」
「ふーん……正直、私じゃ参考にできなそうな話だったわ……」
それはそうだろう。
むしろ彼女に私を参考にするような生き方をしてほしくない。
「それで、ハルカはどんな能力にしたいと考えているんだ?」
「えーっとね、どんな能力にしようか、じゃなくてどの能力にしようかで悩んでるんだけど……うん、やっぱここら辺かなー」
「ん? もうそんなに考え付いたのか? どれ、ちょっと見せてくれ」
ハルカの考えた能力がどういうものか、私としてもちょっと興味がある。
ハルカがいろいろ書きこんでいた紙を手に取った。
『世界』
圧倒的な攻撃力と動きの精密さを併せ持つ念人形を作り出す。本体から十メートルほどしか離れることは出来ない。時間を約九秒停止させ、自分だけはその世界で自由に活動することが出来る。制約として、念人形へのダメージは自分にも跳ね返る。
『天照』
視認した対象を燃やしつくすまで決して消えない、漆黒の炎を呼び出す。
『氷輪丸』
具現化した刀が氷の龍を呼び出す。四方に絶対零度の冷気をまき散らす、氷雪系最強の能力。
『王の命令』
対象と直接視線を合わせることで、いかなる命令をも聞かせることのできる絶対遵守の力。一人に一度しか使うことが出来ない。
『王の財宝』
念空間に繋がる鍵。念空間から様々な特性を持った宝具を高速で射出し攻撃する。射出される武器は様々な特性を持ち、その威力もまた武器の特性に左右される。
その他にも、色々。
とりあえず、ハリセンで叩いておいた。
「いったー……何よ、アゼリア! いきなり人のこと叩いて!!」
「何よ、じゃない!! なんだこの滅茶苦茶な能力は! しかも五つも!! こんな能力を作れるか!! そもそも君は強化系だろう! この王の命令というのなんて操作系の能力だし、氷輪丸というやつなんて具現化とはっきり書いてあるじゃないか!! 根本的に系統が違いすぎる!!考えるなら考えるで、自分の系統にあった、もっと現実的に作れそうな能力を、精々三つくらいにしておけ!!」
「うう……どれもこれも、ちゃんと原作があるのに……それにクラピカくんは五つ能力作れてるし……」
相変わらずよく判らないことを言っているハルカだが、私は久々に頭痛がしてきた。
明らかに無茶のある能力だろう、これは。どれほど重い制約が必要になるのか想像もつかない。
念能力は結局のところ人間のなす業だ。修行と制約によってある程度の能力は作ることができるが、人間の限界を超えた能力を作ることは出来ない。例えばこの天照とかいうのはなんだ? 決して消えない炎? そんなありえないものが作れるか。
とりあえず、ハルカに念能力のことを一任させていては駄目だということが判った。
「ったく、「発」なんてしばらくは考えなくていい!! 今は基礎能力をじっくり上げろ!! 強化系は「練」と「纏」を極めていけば十分強力なんだから!! さぁ、立て! まずは「練」を維持したまま腕立て二百回!!」
「いやー!!! そんなにー!!?」
夜の街に、ハルカの悲鳴が響いた。
〈後書き〉
夢小説とかで、明らかに強力すぎるとんでも能力が、ほとんど制約もなく何個も出てくるのを見て思ったこと。
うん、それ無理。
そんな欲張るなよ……って思うことが多々あります。
パワーバランスを明らかに崩壊させるような最強主人公はよくないと思う今日この頃。