「あの後、母と話しました」
鬼女と出会った翌日、甚夜と直次は蕎麦屋『喜兵衛』にて顔を合わせていた。例によってこの場所を指定したのは甚夜である。
浪人の甚夜とは違い直次には勤めがある。そのため彼は昼食時に江戸城をわざわざ抜け出してきたのだ。
しかし二人は何も注文もせずに茶だけを啜って話し合っている。一種の営業妨害だろうが、店主もおふうも咎める気はないらしい。むしろ愁いを帯びた直次の様子を心配そうに眺めていた。
「何故兄を覚えていなのか、ずっと考えていたのですが……思い至り問い詰めてみました」
直次の纏う愁いは一層強くなった。
「冷静になって話を聞くと、母は兄を忘れた訳ではなかった。ぼんやりとは覚えていたのです。ただ母の中で兄は“二十年以上前に”家を出て行った息子、ということになっていました。そんな兄は既に三浦家の人間ではない、だから私が嫡男、なのだそうです」
母の言は武家の生まれにしてみればある意味当然、家を顧みない者は切り捨てられて然るべきだろう。だがその事実こそ直次にとっては悔しかったのかもしれない。
「おそらく母は、あの屋敷で兄が過ごした時間と同じだけの年月、兄がいなくなったものと感じていたのでしょう。本当は忘れていたのではなく、忘れたかったのかもしれません。出て行った兄を思い出すのが辛くて」
だから思い出したくなくて、忘れようとして……いつの間にか本当に忘れてしまった。
それがあの異界に組み込まれたからくり。
忘れていくのは鬼の<力>ではなく人の性。
「家族であっても長い間離れれば名前も顔も忘れてしまう。きっと私もいつか兄を忘れ、普通に暮らすようになるのでしょう。……人は、寂しいですね」
失われた幸福を抱えて歩くのは辛くて、だから人は大切なことも簡単に忘れてしまう。鬼女の<力>はその体現だったのかもしれない。
二人は揃って沈黙し、しばらく店内に静けさが鎮座した。静寂の時間は流れ、何かを思い出したのか、直次がそれを破った。
「そうだ、もう一つ伝えようと思ったことが。今朝、城に納められている資料を調べてみたのですが、実際に南の武家町辺りで昔火事がありました。あの童女がすべてを失った未曾有の大火事、あれは真実だったようです」
懐から数枚の紙を取り出す。覚書きらしく、それを読みながら言葉を続ける。
「明暦三年。今から二百年は前に、当時の江戸の大半を焼失するに至った大火災があったそうです。明暦の大火……振袖火事、丸山火事の方が一般的ですね。被害は未曾有の大火事というに相応しく、外堀以内のほぼ全域、天守閣を含む江戸城や多数の大名屋敷、市街地の大半を焼失したそうです」
「そう言えば、屋敷で見た白昼夢では城の天守閣が燃え落ちていたな」
「ええ。そこから考えるとあの童女が見舞われた火事は明暦の大火に間違いないでしょう」
言い終えると持っていた紙を卓の上に放り出す。
明暦の大火。死傷者は最低でも三万に上る災禍。幼い娘子の心を壊すには十分な地獄だったのだろう。文字からでは当時の悲惨さを知ることはできないが、それでも童女の悲しみの一端には触れられたような気がした。
「この大火の後、江戸は都市改造に着手した。南の武家町も区画整理が行われ、三浦家の屋敷は復興計画の初期に建てられたもの、ということです。これは私の想像ですが、大火以前には三浦家の敷地に」
「あの童女の住んでいた屋敷があった」
先回りするように甚夜が言うと、ゆっくり首を縦に振った。
「やはりそう思いますか。だからこそ彼女の創り出した屋敷と“繋がった”のではないでしょうか」
「だろうな。何とも奇縁だ」
「全くです。時を越えた出会い、とでも言えば綺麗にも聞こえますが、実際のところ……」
あの童女に決定的な喪失を与えたのが己の住む屋敷だと思うと、たとえ自分に咎がないと分かっていても遣り切れないものがある。兄の失踪、その怪異はほぼ解決したと言ってもいい。しかし胸中は淀んでいて、とてもではないが怪異の終端を喜ぶ気にはなれなかった。
「済まなかった、三浦殿。結局私は何の力にもなれなかった」
目を伏せ、深く頭を下げる。
突然の行動に直次は驚き目を見開く。甚夜の声はひどく沈んでいて、普段見せる鉄の如く揺るぎない雰囲気を感じることはできない。
自責の念か、頭を下げたまま微動だにせずいる。しかし直次は首を振って彼の謝罪を否定した。
「顔を上げてください。私は感謝しているのです」
想像以上に落ち着いた語り口だった。言葉の通り顔を上げ直次の目を覗き見る。
穏やかな瞳に責め立てる色はない。寧ろ満ち足りているようにさえ見えた。
「兄は良くも悪くも自分の意思を強く持っている人でした。だからこそ、兄はあの童女を救う為に家を捨てた。その理由は私には分かりませんが、結局あの人は最後まで自分の意思を曲げなかった。それだけの話です」
誇らしげに笑う彼の顔はまるで無邪気な子供だった。だというのに一本芯が通ったように感じる。
「甚夜殿、兄はやはり私の尊敬する兄でした。それを知ることが出来ただけで私は満足です」
兄が己の為すべきを為したように、私もまた兄に恥じぬ生き方を。
そんな決意があるのだろう。静かに落とした彼の笑みには、言い知れぬ強さが滲んでいるような気がした。
「と、そろそろ時間ですね。すみませんが城へ戻ります」
結局何も注文せずに直次は店を出ようとする。
「あの、三浦様」
その背に今まで黙っていたおふうが声をかけた。
「おふうさん」
「貴方のお兄さんは素晴らしい方です。誰も覚えていないとしても……自分の全てをかけて一人の女の子を救ったのですから」
その言葉に直次は瞬きもせずに一筋の涙を零した。
「はい、兄は私の誇りです」
言い切ったその表情は晴れやかで、何処か長平の見せた快活な笑顔に似ていた。
◆
「甚夜君、本当にありがとうございました」
「俺からも礼を言わせて下せえ。旦那のおかげであの人も吹っ切れたようですし」
直次が立ち去った後、店主とおふうはそう言って深々とお辞儀をした。
「私は何もしていない。結局怪異を解くことは出来なかったし、鬼も討てなかった」
「そりゃあ、仕方無いことでしょ。なんにせよ、これでもう兄を探すなんてことはしなくなる。あのお人にとっちゃいいことだったと俺は思いますよ?」
「そうならいいのだがな」
歯切れは悪い。何かを考え込むように少し顔を俯かせ眉間に皺を寄せている。
「浮かない顔ですね」
「……今回の件にはまだ疑問が残っている。そのせいだろう」
「疑問ですか? そいつは例えばどんな」
惚けたような店主の返しに、甚夜は溜息を吐いた。
そして表情を引き締める。
────さて、そろそろ真に今回の怪異を紐解こう。
「例えば……そうだな。鬼女は、三浦殿の兄君のことを兵悟と呼んでいた。しかし私が聞いた兄の名は三浦長平だ。名前が違う」
至極真面目にそう言った甚夜を奇異の目で店主は見る。いったいこいつは何を言っているんだろう。そういう呆れた視線だった
「あのー、旦那? それは諱(いみな)なんだと思いますけど」
諱とは分かりやすく言えば本名である。
日の本には古くから、清(中国)と同様に実名と霊的人格が結びついているという宗教的思想が基盤としてあった。故に本名を隠し、代わりに通称を名乗る文化が生まれた。
長平に関して言えば、姓は三浦、字は長平、諱が兵悟。この場合通称が長平で本名が兵悟となる。
漢字文化圏では、諱で呼びかけることは家族や主君などのみに許され、それ以外の人間が名で呼びかけることは極めて無礼であるとされた。
名を知ることは本質を知ることに繋がる。
本名とはその人物の霊的人格と強く結びついたものであり、それを口にすることは、その人物の存在そのものを支配することに等しいと考えられた。このような慣習は「実名敬避俗」と呼ばれ、日本に限らず多くの地域で行われている。
「しかし武士の諱は基本的に主だけが知るものだろう」
「いやでも、家族なら諱を知っていてもおかしくないですよ。その娘が兵悟って呼んでたのは単にその兄貴が家族と認めた、ってだけの話でしょう。いったい何が疑問なんです?」
瞬間、ぎらりと視線が鋭さを増した。
「ところで、店主は私に何と言って今回の件を依頼したか覚えているか?」
「へ?そりゃもちろ」
そこで店主は目の前の男が何を言いたいのかようやく理解した。そう、今回の件に甚夜が携わったのは、店主がこう願ったからである。
『旦那。すいませんが、在衛様の力になってやってくれませんかねぇ』
しまった、と焦りの表情が浮かぶ。だがもう遅い。
「例えば、普通ならば『主か家族しか知らない筈の諱』を、何故蕎麦屋の店主が知っているのか……というのは、大きな疑問だ」
「あーいや、それはですね」
「三浦殿は寿命で兄が死んだと思っていたようだが、私は違う。鬼女は此処にはいないと言ったが決して死んだとは言わなかった。鬼は嘘を吐かないが真実は隠すもの。故に、兄君は生きて現実に戻ってきたのだと考えている」
たらりと汗を掻いても攻め手は休めない。
「三浦長平は鬼女の屋敷に迷い込んだ。そこは通常よりも時間が速く流れる異界。彼は二十年以上を屋敷で過ごし、しかし途中で出ることができた」
窮する店主を追い詰めるように言葉を続ける。
「するとどうだろう。自分は二十以上齢を重ねたというのに、現実では一月も経っていない。一人年老いてしまった長平は帰る場所を失くしてしまった。当然だ、三浦家に帰ったところで父母も弟も自分が長平だとは信じないだろう。故に家には戻らず市井へと下り、江戸の町で蕎麦屋を開き現在に至る、というのが私の推測だ。間違っているところがあったら訂正してくれ……三浦長平殿」
確信を持って放たれた言葉に店主が固まった。
王手である。そんなこと言っていない、と惚ければよかった。だが動揺を見てとられた時点で嘘は通じない。逃げられないと理解し、しかし店主は最後の抵抗を試みる。
「鬼女の屋敷は時間が早く流れるんでしょう? そこに閉じ込められたんなら、長平様はとっくに死んでいるんじゃないんですかい?」
「それはない」
そんな戯言はにべもなく斬って捨てる。
「なんで、そんなことが分かるんです?」
絞り出すような店主の言葉。しかし何でもない事のように甚夜は言う。
「あの娘が笑ったからだ」
思い出すのは最後の瞬間。
全てを失った童女の見せた、見惚れるくらいの笑顔。
「長平殿が死んだとは思えない。あの娘が笑えるのは父がいてこそだ」
失った過去は今も胸を焦がし、けれど喪失を上回る優しさがあった。少女の笑みは幸福に満ちていた。
長平が生きていると知れた理由など、あの笑顔一つで十分だ。
「まいった……旦那はずるいですよ。そんな言い方をされたら、否定なんて出来る訳がない」
それはそうだろう。
此処で自分が長平であると否定することは、彼を父と慕った娘の純粋な思いを踏み躙るに等しい。そこまで来てようやっと店主は自分が長平だと認めた。
「いつから気付いてました?」
「最初からと言いたいところだが、気付けたのは全てが終わった時だ。違和感は幾つもあったがな。諱もそうだし、これもだ」
言いながら懐から笄を取り出す。
以前店主から預かったそれは、元々は直次からの贈り物だったという。
「蕎麦屋の店主に刀装具などおかしいとは思った。これは“店主”にではなく“長平殿”に贈ったものなのだろう?」
「そういうことです。在衛は、俺ががしがしと頭をかく姿がどうにもよろしくないと思ってたらしくて。こいつをくれたんですよ」
武士とは礼節を重んじるもの。頭を掻くのがみっともないと思うものもいるだろう。そういう時、髷を崩さぬように頭を掻く為の道具が笄だ。蕎麦屋の店主への贈り物には妙だが、相手が武士ならば納得はできる。
「“どっちにしろ、これは俺にはもう必要ないんです”。言った通りだったでしょう?」
その言葉は“こんなもの必要ない”ではなく“武士から蕎麦屋の店主になった今、笄など必要なくなった”という意味だった。
店主は嘘を吐いた訳ではないし誤魔化しもしなかった。ただ甚夜が気付かなかっただけの話だ。
「名乗らないのか。三浦殿は兄を心底尊敬している。無事を知れば喜ぶだろう」
「旦那、俺はね。小さい人間なんですよ。家を守ることと、あの娘を守ること。どっちも選べるほど強くはなれなかった。だから俺はより守りたいものだけを残した。その時点で俺には三浦の姓を、あいつの兄を名乗る資格なんてないんです」
「だが」
「俺はもう三浦家の嫡男じゃありません。ただの蕎麦屋の店主です。だから名乗るつもりはありません。それにあいつだって子供じゃないんだ。俺がいなくたって立派にやっていけますよ」
頑とした否定。これ以上は何を言っても無駄だろう。
「その笄は旦那に差し上げます。俺にはもう必要ないですから」
この男も相当に頑固だ。呆れたように溜息を吐き、笄を懐に戻す。
「しっかし、理由が分からない、か」
直次が言った科白を反芻し店主は苦笑を零した。
「まだまだあいつにゃ精進は必要ですかね。ちなみに旦那は分かりますか? 俺があの娘の父親になろうとした理由」
にやにやと笑いながら問う。試すような挑戦的な視線だった。一度茶を啜り、まさに茶飲み話のような気楽さで甚夜は答えた。
「さあな。理由などなかったんじゃないか?」
それを聞き満足げに頷く。
「その通り、大した理由なんてないですよ。ただ俺はあの娘が寂しそうにしているのが嫌だった。だから一緒にいると決めた。一度決めたんなら、他人には理解できなくても、それを為すのが男ってもんでしょう?」
例え誰にも理解できなくても、全てを捨てることになったとしても、俺には“自分”からはみ出るような生き方は出来なかったんです。
そう締め括った店主には後悔など微塵も感じることはできない。ただ己の為すべきを為したという誇らしさだけがあった。
「大体理由なんぞ他人が聞いても分かるもんじゃないでしょうに」
結局長平は自分がそうしたいからそうしただけ。
しかし結果として鬼女は救われた。それだけの話だ。難しく考えるようなことではない。
「ああ、そうだな。己の理由なぞ余人に理解して貰うようなものでもない」
「流石、分かってらっしゃる。伊達に長生きはしてませんね、鬼の旦那」
軽い調子で店主は言う。
その一言に今度は甚夜が固まった。
……なんで、それを。そんな意を込めて店主を見ればからからと笑っている。
「俺は二十年以上鬼と過ごしたんですよ? なんとなく雰囲気で分かりまさぁな」
勝ち誇った意地の悪い表情だった。
固まった体を何とか動かす。平静を装いもう一度茶を啜る。気付かれぬように小さく深呼吸をすれば、ほんの少しだけ落ち着いたような気がした。
「そう言えば、あの童女は元気でやっているのか?」
話題を変えるために問うてみる。しかし、間髪を入れず店主が返した。
「へ? そこにいるじゃないですか」
意外だ、という風に店主が人差し指を突き出した。
そちらに振り返ると、いつも通りの綺麗な立ち姿でおふうが笑っている。そして一度目を伏せ、再び開いた時には。
赤い瞳があった。
「……どうりで都合良く鬼女の屋敷に入れた訳だ」
やられた。
心底そう思ってしまった。
今回の件は最初からこの二人の掌の上だったのだ。
直次はいなくなった兄の行方を憂いていた。
大方、直次が兄のことを吹っ切れるように話を進めていく案内人として己が選ばれたのだろう。何というか、うまく使われてしまった。
「ね、言ったでしょう? まだまだ“君”で十分だって」
苦々しく顔を歪める甚夜が面白いのか、くすくすと笑っている
そしてもう一度瞬きすればまた黒い瞳に戻っていた。
鬼は齢を重ねても外見は変化しない。ある程度成長してしまえばそこで老化は止まる。実体験として知っているのに、なぜそれを考えなかったのか。己の迂闊さに頭が痛くなってくる。
「お前からすれば私は確かに子供だろうよ」
何せ相手は二百年近く生きている。それに比べれば己など子供も子供、歩きも覚束ないひよっこだ。彼女でなくとも子供扱いしたくなるというものである。
「で、どうします? 甚夜君は鬼退治が仕事なのでしょう」
ゆったりとした笑顔でおふうが言った。
確かに、鬼を討つことは甚夜にとって必須と言える。
自身の想い人を殺した妹。
妹は遥かな未来で、全ての人を滅ぼすと言った。
それを止めるために<力>を求める。そしてそのためには高位の鬼を喰う必要があった。
そう、己はたった一つの理由の為に生きてきた。
ならば甚夜の一言など決まっている。
「……とりあえず、かけ蕎麦を」
「はい、お父さんかけ一丁」
「あいよっ」
店主が小気味よく返事をする。
相変わらずおふうはたおやかな笑みを湛えたままだ。
それにつられたのだろう。甚夜の表情も随分柔らかくなっていた。
彼女の<力>は戦いに向かない。故に喰らう意味などない。
脳裏に浮かんだ考えは言い訳めいていて、しかしそのまま受け入れる。
自嘲から溜息を落す。まったく、相も変わらず惰弱な男だ。しかし今だけは弱いままでもいいと思えた。
「ふふっ」
「……何を笑っている」
「嬉しいから笑ってるに決まってるじゃないですか。ほら、やっぱり“それしかない”なんて嘘ですよ」
いつかの言葉を笑顔で否定する。気づけば店主も笑っていた。歪なようで、けれど暖かい。不可解な親娘はそれでも幸せそうである。
「あいよ、かけ蕎麦一丁」
「はーい!」
全てを失った鬼女と、彼女を救った男。
血の繋がらない、種族さえ違う、それでも二人は家族だった。
上手く利用されてしまったというのにその事実が何故か嬉しくて、甚夜はしばらく頬杖をついて眼前に広がる幸福の家を眺めていた。
その昔、全てを失った娘がいた。
父を亡くした。母を亡くした。家を失くした。
思い出ごと根こそぎ奪われた。
それだけではなく彼女は、
─────あの娘は、鬼だ。
自分自身さえ失くし、娘は鬼女となった。
それでも歳月は無情なまでに流れ往く。
花は枯れ、季節は移ろい、水泡の日々は弾けて消える。
時の流れは留まることを知らない。
その速さの中では、誰もが大切なものさえ手放し失ってしまうだろう。
失ったものは失ったもの。
それが返ることは決してない。
だが忘れてはいけない。
失くしたものが返ってくることはなくとも。
新しい何かが道行の先に見つからないとは限らないのだ。
さて、幸福の庭を抜け出した鬼女がそれからどうなったかというと────
「はい、お待たせしました。かけ蕎麦です」
まるで花が咲くような笑顔。
────今は、江戸の蕎麦屋で看板娘なぞをやっている。
鬼人幻燈抄 江戸編『幸福の庭』・了
次話『花宵簪』