月夜の立ち合いを経て、深川の喜兵衛に戻る。
夜は深く辺りは寝静まり、虫の音だけを聞きながら辿る道。
付喪神使いを名乗る男、三代目秋津染吾郎も同道していたが、つい先程一方的に言葉を残し消えた。
「そしたら手筈通りに頼むな」
道すがら告げられたのは、怪異を終わらせる方法。その通りに行えば奈津を救うことが出来ると染吾郎は言った。
伝えられた方法は実に単純なもので、本当にそれだけで解決するのか疑問に思ってしまう。とはい取れる手がない以上、あの男を信じる他あるまい。
もしも謀ろうというならば首を落せばいいだけのこと。多少の不安はあるが、取り敢えずは黙って従う。
喜兵衛に戻ってきたが、流石に暖簾は片付けられている。店の火は既に落ち、しかしその軒先にはほととぎすの簪を髪に差した女が。
「奈津」
「お兄様、お帰りなさいませ」
じっとりと暑い夏の夜で良かった。もしも季節がずれていれば彼女に凍えさせてしまう所だった。
「待っていたのか」
「はい、お兄様が待っていてくれと」
ああ、そうだった。
出かける前に確かに言った。落ち着かせる為の言葉だ。本当に待っていてほしかった訳ではない。だというのに、彼女は文句も言わず幸せそうな笑みで日付が変わる時間まで待っていてくれた。
「済まない、遅くなった」
謝ったのは待たせたことか、それとも安易な約束をしてしまった為か。
理由は分からないがごく自然に謝罪していた。
「いいえ、お兄様は帰ってきてくれると知っていましたから」
彼女はそう言ってくれる。
──だから願った。この娘が何者だとしても、最後まで兄でありたいと。
だけど遠い雨の夜の誓いはいとも簡単に壊れてしまって。
純粋な信頼の言葉が、純粋だからこそ耳に胸に痛い。
それでも表情は変わらない。
子供の頃は転んで膝を擦りむいて泣いていた。けれど今では腹を裂かれても涙なんぞ零れない。
強くなったのではない。ただ痛みに鈍くなっただけ。
長く生きれば痛みには鈍くなる。その是非を問うことは、今の自分には出来ないけれど。
「少し、出かけようか」
誤魔化すように呟いた。
「え?」
「こんな時間からで悪いが」
「……いいえ、お兄様となら何処へでも」
そうして夏の夜に体を寄せ合って、二人月夜を歩く。
まるで読本に描かれる恋仲の男女。
なのに、何故こうも心が冷えるのだろう。
◆
青白い月の光に染まる深川の町並み。
じー、じー、と虫の音。
整然と整備された神田川の近く、ちょうど草が押し茂り、柳の立ち並ぶ場所に辿り着く。
「雪柳だ。春には雪のような花を咲かせる」
近付き、雪柳にそっと触れる。
何かを話すならこの場所がいい。
雪柳のおかげで少しだけゆっくり歩けるようになった。
だから、此処でなら少しは穏やかに話が出来ると思った。
「お兄様?」
「正直に言えば」
奈津の言葉を邪魔するように言った。
「兄と呼ばれるのは苦手なんだ」
「え?」
「私は最後まで兄でいてやることが出来なかった。だから苦手……ああ、違うな。多分、自分の弱さを見つけられたようで、嫌な気分になるんだ」
妹を憎悪する男が兄と呼ばれる。
なんと滑稽で無様なことか。
惰弱な己を否応なく理解させられるから、奈津が「お兄様」という度に、古い記憶を思い出す。
原初の記憶。愛していた筈のもの。でも何一つ守れなかった。
だから強くなりたかった。
それだけを願って生きてきた。
「私はもう甚太ではない。結局のところ、奈津とも……鈴音とも。兄妹ではないのだろう」
「いいえ」
きっぱりとした否定だった。
「鳥が花に寄り添うのに、何の理由がいりましょう。兄妹だって同じではないですか。たとえ何があったとしても、繋がりとは断たれぬものです」
奈津は月夜に溶ける淡い微笑みを浮かべた。
本心から零れ落ちた素直な表情。兄妹はどこまでいっても兄妹なのだと彼女は言う。
───だけど、この憎しみだけが、今も消えてくれなくて。
真っ直ぐなものをまっすぐに見つめることが出来ないのは、自分が歪んでしまったからだろう。
彼女の笑顔が素直であればある程、余計に辛かった。
「私は、幾星霜を巡りお兄様の元へと辿り着きました。だからきっと、貴方も同じように帰ることが出来ると思います」
「帰る……?」
「ええ。きっと私達は、想いの帰るべき場所を探して、長い長い時を旅するのです」
脈略もなく繋がりもない。
彼女が何を言っているのか分からない。
でも本当に、出口のない憎しみにも帰る場所があるのなら。
それを見て見たいと思えた。
「見つかるだろうか」
「見つけるのです。きっと、その為の命なのでしょう」
或いは、鬼の命が人よりも長いのは。
昏い心に迷い込んだ想いが、いつかは帰り道を探せるように。
その為に千年という時間は与えられたのかもしれない。
「奈津……いや、違うのか」
彼女が奈津でないことは初めから分かっていた。
それでも彼女の容貌は見慣れたものだから、甚夜にとっては奈津の延長線上にある存在でしかなかった。
けれど今は違う。
彼女は奈津ではなく、妹ではなく、名も知らぬ誰かになった。
「名を呼べなくてすまない」
しかし名を聞く気にはなれなかった。
甚夜にとって名を聞くことは斬り殺す為の作法だ。
だから聞かない。彼女は月夜に擦れ違ったただの女。それでよかった。
「愚痴を聞いてくれた礼だ」
懐に手を伸ばす。
彼女が誰なのかは分からないが、何よりも求めていたものなら知っている。染吾郎がちゃんと教えてくれた。
「……返そう、お前の半身だ」
取り出したのは、藤の装飾が施された笄(こうがい)。
以前喜兵衛の店主から貰ったものだった。
「ああ……」
蕩けるような、熱っぽい瞳。
甚夜にではなく、笄に向けて奈津は語り掛ける。
「……お兄様」
そっと指先で触れる。装飾を撫ぜるように指を動かす。
「ようやく貴方に触れられた」
鳥の声が聞こえる。
囁くように、歌い上げるように、甲高い音色が夜に響く。
てっぺんかけたか。てっぺんかけたか。
鳴き声はそんな風に聞こえた。
「これは」
古今要覧稿という類書がある。
この類書は文政から天保に掛けて編纂されたもので、日本の故事の起源や沿革についての考証を分類し記されている。
書に曰く、「籠の内に有て天辺かけたかと名のる声の殊に高く、清亮なるは空飛びながら鳴にも勝れり」。
それは正しく鈍ることのない透明な音色だ。
「ほととぎすの声……」
月夜にほととぎすが鳴いている。
ああ、そういえば。
彼女の簪の意匠は、ほととぎすだった。
「ありがとうございます。ようやっと、私も……」
簪を外し、笄を受け取り、二つを包み込むような優しさで握り締める。ほっそりとした指から漏れる光。女の手の中で簪と笄は、月の光にも負けてしまいそうなくらい淡い光を発していた。
「お兄様」
淡い光はほととぎすの形になって、羽ばたきを始める。
「共にまいりましょう」
奈津は、奈津の口を借りた誰かは幸福に満ちた溜息を零した。
そうして優しく、ただ優しく。
満ち満ちた微笑みを残して、ほととぎすは宵の空に消えて行った。
◆
───たぶん君、なんか懐に入れてるやろ? 僕の想像があってるんなら、櫛か笄。
あー、笄のほうかな? それをあの娘に上げれば終いや。
染吾郎が語った怪異を解き明かす手段はそれだけだった。
半信半疑だったが、実際に終わりを見せつけられては信じるより他にない。
意識を失い崩れ落ちた奈津を腕に抱く。
しかし目は何時までも飛び去ったほととぎすの行方を追っていた。
「お疲れさん」
見計らったように現れた染吾郎は気楽に声を掛けた。
「秋津染吾郎」
「かったい呼び方やなぁ。まあええけど。それより、上手くいったやろ?」
「ああ」
正直何故上手くいったのかは今も分かっていないが。
「笄(こうがい)は“髪掻き”が転訛した名前でなぁ」
それを悟ったのか染吾郎は滔々と語り始めた。
「そもそもは髪を結わう時に使うもんやし、頭が痒い時に髪型を崩さん掻いたり、まあ娘さんの身だしなみの為の道具やね。だから同じ職人が作ったんなら、簪と笄はある意味兄弟かもなぁ。ああ、簪は女もんで、笄は男の刀装具でもあるからどっちかゆうと“兄と妹”やね」
その物言いに何となくだが理解する。
「つまり」
「その藤の笄も染吾郎の作なんやろ。だから簪は自分の兄貴をもっとる君をお兄様って呼んだんちゃうかな」
そう言えば事あるごとに奈津は、奈津の中にいた誰かは胸元にしな垂れかかってきた。
あれは甚夜に触れようとしていたのではなく、懐にある笄を求めていたからなのかもしれない。
「しかし簪が兄を探す、か」
「納得いかんか?」
「いや、ただ予想外でな。……あの簪には、死んだかつての持ち主の想いが宿っている。だから、奈津はそれに取り憑かれ兄を探しているのだと思っていた」
「んで君は兄貴によく似とる、とか? あはは、講談なんかやとよくあるヤツやね」
しかし実際は簪“の”兄を探していた。
納得できない訳ではないが、妙な心地だった。
「犬神みたやろ? 物にだって想いはあるし、肉を持って形になる。なら簪が兄貴と一緒にいたいと思うても不思議やないと思わん?」
言われてもよく分からない。言葉に窮すると呆れ交じりの苦笑を零される。
「好きな人の傍にいたいのは、人も動物も物も、みぃんなおんなじやと僕は思うな」
その想いだけを抱えて簪は流れ往く。
様々な人の手に渡り、幾星霜を巡り。
本当に帰るべき場所を探して、長い長い時を旅してきた。
「そもそも、これ対になるよう作られたみたいやし」
言いながら奈津の手にある簪と笄をじっと眺める。
「“藤に不如帰”……花札やね。初代も冗談が好きやな」
確かに店主から受け取った笄には藤の意匠が施されている。花札の一枚、“藤にほととぎす”に準えて作ったものなのだろう。初代染吾郎のちょっとした悪戯だ。
────鳥が花に寄り添うのに、何の理由がいりましょう
奈津が、奈津の中にいた誰かが口にした言葉を思い出す。
それは比喩ではなかった。ほととぎすはずっと、藤の花を探していたのだ。
「現世には不思議なことがあるものだ」
「鬼の言葉ちゃうなぁ」
「違いない」
確かに己も“不思議なこと”の筆頭だった。
今更この程度のことを不思議と思うのも妙な話か。
「まあでも、君のゆう通り兄を探していた持ち主もいたんかもしれんね」
あはは、と朗らかな声で笑う。
「もしかしたらあの簪と笄は、昔どっか兄妹が互いに持ってたもんで、持ち主が死んだ後も一緒にいようとする想いが二つを引き合わせたんかもなぁ」
その様を想像しているのか、染吾郎は実に楽しそうだ。
「それかどこぞの夫婦の思い出の品やったんかも。いやいや、遠く離れた恋人同士が、お互いにこれを見て、遠く離れても浮気なんかせずに愛し合いましょうね、なぁんて約束を交わしたり」
歌い上げるような冗談。甚夜は呆れて溜息を吐いた。
「適当だな」
「しかたないやん。あの簪がどんな旅をしてきたのか。どんな人が想いを込めてきたのか。そんなん、誰にも分からへんよ。でも、分からんでもいいんちゃうかな?」
二人は並んで空の向こうを眺める。
「清(中国)ではなぁ、ほととぎすはとある男の霊魂の化身らしい。在る国の王様になった男は、死んだ後もほととぎすになって自分の国に戻ってくる。でも長い長い時間が流れて男の国は他んとこに攻め滅ぼされたもうた」
人も景色も、鬼程長く在ることは出来ない。
いつかの言葉が思い出される。
「だから帰る場所が無いって鳴きながら血を吐いたってお話や。帰り去くに如かず。だから不如帰(ほととぎす)なんやと」
視線は空から動かさぬまま。染吾郎は万感の意を込めて言った。
「だけどあのほととぎすは、自分の兄貴のところまで帰って来れた。それでええやろ」
ほととぎすは姿も形も見えない。鳴き声も遠く離れ、その行方を探ることは出来なかった。
だけど不如帰はちゃんと兄と巡り合えた。
確かに、それで充分なのかもしれない。
「あの不如帰は何処へ飛んで行ったのだろうな」
「そりゃあ、遠くちゃう?」
「遠く?」
「そ、遠く。空高く、広い海を越えて。遠く遠く、想いの還る場所へ。何処かはあのほととぎすに聞くしかないけど……でも、想いって、最後には自分の望んだ場所に還るて僕は思うな」
長い時を流れ、己が半身へと辿り着いた簪。
ならば今度は自分が触れた想いを、他の誰かへ伝えるために飛んで行ったのだろう。
きっと誰かが幸福に笑う傍らには。
ほととぎすの鳴き声が優しく響いているに違いない。
「そうか。……そうだと、いいな」
意識しての言葉ではなかった。
だからこそ限りない本心だった。
あのほととぎすが帰るべき場所に辿り着けるよう小さく小さく祈りを掲げる。
「さってと、僕はもう行くわ」
両手を組んで背筋を伸ばし、染吾郎は踵を返した。
「一応聞いておくが、いいのか」
歩き出す前に、空から視線を外さぬまま呼び止める。
「何が?」
「私は人に化けた鬼だ」
「ああ……そゆこと。ま、別にええんちゃう」
返ってきたのはあまりにも気楽な声だ。
退魔よりも職人こそが染吾郎の本分なのだろうが、余りにも適当過ぎる答えだった。
「だって君、おふうちゃんの知り合いやろ? あの娘のこと見逃しとるんやから今更やし、君は危なそうに見えんからね」
「だが」
「僕はあくまで職人や。依頼があれば鬼を討つし、命狙われたら抵抗もするけど、害のない鬼まで叩こうとは思わんよ」
その言葉を最後に、染吾郎は表情を変えた。
昏く静かな、鬼を討つ者の顔だった。
「でも、忘れたらあかんよ。君らは鬼、どこまでいっても倒される側の存在や。どんなにおふうちゃんがええ娘で、君が人を救って、僕が君らを認めた所でそれは変わらん」
「……ああ、分かっている」
「それならええんやけど。ほな、さいなら」
今度こそ歩き始める。
夏の月夜に残された甚夜は、奈津を抱きかかえたまま、しばらくの間空を眺めていた。
空では消えた筈の不如帰の羽ばたきが、甲高い鳴き声が、まだ聞こえてくるような気がした、
◆
「いやぁ元に戻ってよかったよかった! ……てのに御嬢さんはなんでへこんでるんですか?」
翌日、喜兵衛の一角では暗く沈み込んでいる奈津の姿があった。
「おふうさん、知ってます?」
「えーと、どうもあの時の記憶が残ってるみたいで」
「ああ、そりゃあ……」
善二は納得してうんうんと頷いた。
「お兄様ぁ~とかやっちゃってたしなぁ。確かにあれは恥ずかしい」
「善二、後で覚えてなさいよ」
「あ、いや、別に馬鹿にした訳じゃ」
若干目を潤ませながら、奈津は憎々しげな視線を向ける。相も変わらず失言の多い男である。
「まま、お奈津ちゃんも落ち着いて。今日は好きなもん頼んで下せえ。奢りますから」
「親父さん……ありがと」
「しかし、旦那来ませんね」
「う」
店主の気遣いに感謝し、しかしあの男のことを思い出し顔が赤くなる。それを目敏く見付けたおふうが、たおやかに笑いながら声を掛けた。
「ハマグリになりそうですか?」
男どもはその言葉の意味が分からなかったらしい。「は? ハマグリ?」と顔を見合わせている。
「……やっぱり、私はまだ雀で十分だわ」
言いながら卓の上に置いた福良雀の根付をちょんと指先で突く。
あの男にしな垂れかかったり、腕を組んだり。自分の意思ではなかったにしろ余りに恥ずかし過ぎる。決して嫌ではなかったし、寧ろ嬉しいと思わなくもなかったが、奈津には少しばかり早すぎたようだ。
「あらあら」
「……ああもう、どんな顔して会えばいいのよ」
頭を抱え奈津はぐったりと卓に突っ伏した。
どんな顔して会えばいい。そんなことを言いながらも彼の良く来る蕎麦屋に訪れる。その意味を、それがどんな感情に起因しているかを理解できていない奈津が面白くて、おふうはくすくすと笑っていた。
◆
ところ変わって浅草。
流石に翌日すぐに喜兵衛へ行く気にはなれなかった。もしも奈津と顔を合わせれば気まずいことこの上ない。数日は間を置こうと考えていた。
ほおずき市が終わり、人の少なくなった大通りを仏頂面で歩く。すると珍しい相手に声を掛けられた。
「おや、随分難しい顔をしているねぇ」
「……夜鷹か」
辻遊女が通りに立つのはよると相場が決まっている。真昼間から顔を合わせるのは稀だった。
「男を誘うには少し時間が早いだろう」
「心配して声を掛けたっていうのに、随分と失礼なものいいじゃないか」
言葉とは裏腹に夜鷹は楽しそうに笑っている。
「ま、折角だ。話でもしてかないかい?」
「ほう、それは」
「噂、幾つか仕入れといたよ」
それは有難い。
今は体を動かして頭をからっぽにしたかった。
そう思った瞬間、甲高い鳴き声が響いた。
「今のは……ほととぎす?」
昨日聞いたばかりだ。間違える筈がない。
「ああ、またかい」
うんざりとした様子で夜鷹は溜息を吐いた。
「いや、今日の朝なんだけどね。寝よう思ったら急にほととぎすが鳴いてねぇ。結局寝れないからこうやって出てきたのさ。それにさっきから妙にあたしの近くで鳴くんだ。なんだろうね、いったい」
その言葉を聞きながら、甚夜は昨夜のことを思い出していた。
────そ、遠く。空高く、広い海を越えて。
遠く遠く、想いの還る場所へ。
何処かはあのほととぎすに聞くしかないけど……
でも想いって、最後には自分の望んだ場所に還るて僕は思うな。
染吾郎は確かにそんなことを言っていた。
例えばの話である。
もしあの不如帰が選んだ、“最後に帰りたい場所”がかつての持ち主のところだとしたら。
「ん、なんだい?」
思わずじっと見つめてしまう。
奈津と同じ年齢で体を売る女。
甚夜は彼女の過去を知らない。それどころか名前さえ知らなかった。
だから、もしかしたら。
「まさか、な」
浮かんだ想像を一太刀の下に斬って捨てる。
流石にそれは出来過ぎだ。そんな偶然ある訳がない。
「だから何が? ……ねえ、あれ鬼とかじゃないだろうね」
甚夜が何かを知っている様子から嫌な想像でもしたのか、僅かな不安が見て取れた。
相も変わらずほととぎすは綺麗な声で鳴いている。
「いいや」
片目を瞑り、透明な音色に耳を傾けながら甚夜は言った。
「宵を越えた不如帰が、花に留まっただけだろう」
ただ、それだけの話だ。
『花宵簪』・了
次話 余談『雨夜鷹』