最初から名前なんて必要なかった。
父は“武士”で私は“武家の娘”で。
貧乏な武家に生まれた娘の使い方なんて少ない。私は“武家の娘”として、否応なく名も知らぬ誰かの元に嫁いでいく。其処に親子の情はなく、ただ役割と利害があったのみ。
「娘よ、名はなんという」
私を見初めたという武士はそう言った。
だから私は答えた。
「“武家の娘”に御座います」
もとより己の意思ではなく、ただ家を存続させる為この場にいる。
ならば名は“武家の娘”。
“私”なぞ端から必要ではない。重要なのは“私”で在ることよりも、“武家の娘”であることなのだから。
しかし相手は馬鹿にしているとでも思ったらしい。
婚約は破談となり、縋る縁を失った家は没落し、私は“武家の娘”ですらなくなった。
失意の内に死んだ父。恨み言をぶつける母。どうでもよかった。
悪いとも思わなかった。情など与えて貰ったことはない。あの人たちにとって、私は“武家の娘”でしかなかった。役割が破綻すれば他人と何処が違う。
行方知れずになった兄は、少しだけ気になった。けれどもう会うこともない。そういうものだとすぐに諦めた。
そうして一人になり、私の名を呼ぶ者は誰もいなくなった。
悲嘆はない。
だって父母は私に教えてくれた。
私が誰であろうと、役割さえあればそれでいい。
だから、最初から名前なんて、必要なかったのだ。
◆
日が落ちて、直次は再び浅草へと足を延ばした。
商家の立ち並ぶ大通り。途中、またも雨が降り出した。今夜は傘を初めから持ってきていたので濡れなかったが、雨の夜はやはり冷える。ほんの少し肩を震わせながらも淀みなく進み、辿り着いたのは昨夜と同じ軒先。傘をたたみ、軒先で雨宿り。自分は何をしているのか。明確な答えは出せぬまま直次はただ待ち続けた。
「おや、昨日の。傘を持って雨宿りかい?」
夜も深くなり、雨が激しさを増した頃だった。
ぼろぼろの傘をさした、着崩した粗末な着物を纏う女。
夜の雨に濡れた白い肌。小さく微笑めば、幼げな顔立ちだというのに妖しげな色香が漂う。
「今晩は、夜鷹殿」
「夜鷹殿? 妙な呼び方だね」
「ですが貴女が名乗ったのでしょう?」
「それもそうか」
傘を持つ二人が軒先で雨をしのぐ。妙な状況ではあるが、直次には傍目を気にする余裕はない。彼女を待っていたというのに、いざとなれば緊張に体が硬くなっていた。
「で、お武家様はどうして此処に?」
「あ、いえ。何と言いますか」
見透かすような目だった。
口にしていない言葉さえ読まれたような気がして、自分よりも年若いであろう女相手に狼狽させられる。
趣味など刀剣の見聞・収集くらいしかなく、酒も嗜む程度。なにより元が生真面目な性格だ。夜鷹と渡り合うには少しばかり経験が足りなかった。
「少し、気になったものですから」
「へえ、なにが?」
貴女のことが、と言えるほど遊び慣れてはいない。
だからもう一つの方を口にする。
「あの、人影が」
嘘という訳でもない。雨の中に見た、兄とよく似た人影。恐らくは夜鷹を見ていたのだろう。あれが何者なのか気になったのは事実だ。
「言っただろう、昔の男だよ」
感情の乗らない冷たい声は、雨音の中でもいやにはっきりと聞こえた。
「それは」
兄とよく似た男は、彼女と寝たということだろうか。得体の知れない何かに心の臓を握られた。上手く呼吸できず、それでも真意を問おうとする。
「女の、それも娼婦の過去を探ろうなんて随分と下世話じゃないか」
しかし夜鷹の言葉に二の句を封じられた。
娼婦に身を落す女の半生なぞ語るまでもない。差異はあれど皆一様に無惨な道行きに決まっている。それを掘り起こそうなんぞ確かに下世話だ。
「済みません。無神経でした」
呼吸を整え、すぐさま頭を下げる。二度目とはいえ娼婦に頭を下げる武士という構図には慣れないのか、夜鷹は微妙な表情をしていた。
「ほんと、お武家様は素直だね」
「私のことは直次で構いません」
「そうかい。で、お武家様は結局あたしに何の御用で?」
名前を呼ぶことはせず、薄く妖しい笑みを浮かべる。幼げな顔立ちではあるが十分に蠱惑的と言ってもいい。しかし直次にはその笑顔が何故か寂しそうに思えた。
「あの人のことだけじゃないんだろう?」
あの人。何故か嫌な気分になる。誤魔化すのは得意ではない。きっと顔に出ていただろうに、夜鷹は気付かないふりをしてくれた。
「別に用があった訳ではないのです。ただもう一度会ってみたかった」
素直な言葉だった。
「それだけかい」
「ええ、まあ」
「夜鷹がそんなに珍しいのかね」
「そうじゃありません。私が会いに来たのは貴女です」
むっとした様子。さすがに失礼だと思ったのだろう、夜鷹も言葉は続けなかった。
「別に馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「済みません、私も大人げなかった。でも本当に、ただもう一度会ってみたかっただけなんです。それ以上のことは考えていませんでした」
他に理由があったのかもしれない。けれど上手く言葉には出来ない。ただ彼女のことが気になった。一目惚れ? 違う、そんな艶かしい感情ではなく、もっと違う何かが。
「ほんと、変なお人だね」
浮かんだ笑顔は今までのものよりも無邪気で、それに見惚れた自分に直次は気付いていた。
けれど長くは続かなかった。
「あ……」
やはり、今日も来た。
花の季節には似合わない。洗い流すでは表現が綺麗過ぎる、全てを流し去ろうとする激しい雨。
その中に、ぽつり、黒い影。
───あの黒い影がこちらを見ている。
何をするでもない。
近付いてきて話しかける。負の感情を向ける。或いは、襲い掛かってくる。本当に何一つしてこない。
黒い影は動かずただ眺めるばかり。
雨に遮られその姿を明確に捉えることは出来ない。
だがやはり、影は兄に、三浦長平に似ているような気がした。
「なんで、今更来るんだろうね」
胸が締め付けられる。昔の男。それは以前寝た客という意味ではなかったのかもしれない。夜鷹の声には隠しきれない親愛の情があった。
でも彼女は震えていた。怯えている。ならば、自分に出来ることなど一つ。
「お武家様……?」
直次はずいと前に出て夜鷹を背に隠した。
意味があるかは分からない。けれどあの男から隠してやりたかった。
夜鷹は彼の背中に体を少しだけ預けた。
意味がないとは知っている。けれどこの男の不器用な優しさに少しは報いてやりたかった。
とくん、と高鳴った鼓動は一体誰のものだったろう。
雨の夜。まだ少し冷たい春の風に吹かれ、でも暖かいと感じられる。
だから自分の取った行動はきっと間違いではないのだと思えた。
そうしてしばらくの後、黒い影は雨に流されて消えた。
◆
「どうしたんです? 珍しく箸が進んでいませんねぇ」
かけ蕎麦を頼んでおきながら一向に箸を付けない甚夜におふうが声を掛けた。
「ん、ああ」
「伸びてしまいますよ?」
「そうだな、頂こう」
言いながらも動作は緩慢で、一口啜っては止まり何かを考え込んでいる。元々表情は豊かではなく大抵は仏頂面をしている甚夜だが、今日はいつにもましてだ。彼の様子が気になり、おふうは少しだけ腰を屈め顔を近づけた。
「そう言えば昨日は鬼を討ちに行ったんですよね。なにか、あったんですか?」
「……いや」
「言いたくないなら、無理には聞きませんけど」
そう言いながらも目は心配そうに揺れていた。
おふうはいつもさりげなく気にかけてくれていると知っている。その上同じ鬼、正体も知れているのだから、甚夜にとっておふうは最も心安い相手だった。
だからごく自然に答えていた。
「昨夜は後れを取った。それだけだ」
短い答えにおふうは随分と驚いた様子だ・
「甚夜君が、ですか?」
いい加減付き合いも長く、甚夜の剣の腕は十分に理解している。だからこそ彼が後れを取ったというのは意外に思えた。
「でも怪我はないですよね」
「向こうからは仕掛けてこなかったからな」
重く溜息を吐く。
「でしたら、今日も行かれるんですか?」
「それは天気次第だな」
「天気?」
「ああ。どうにも件の鬼は雨の夜にしか出ないらしい。ここ二日は雨が降っていたからよかったが、取り逃しのは痛いな」
「え? ですけど」
おふうが何かを言おうとした瞬間、遮るように暖簾が揺れた。
「あ、いらっしゃいませ」
反射的に発した明るい声。訪れた客は見慣れた顔、喜兵衛の数少ない常連、三浦直次在衛である。
「三浦様、なにに」
注文を取ろうとするが歩みを止めず、一直線に友人の元へ行った直次は、今まで見たこともないくらいに真剣な表情だ。
「甚殿、少しお時間を宜しいでしょうか」
「ああ、構わんが」
「ありがとうございます。実は少し話を聞いてほしいのです」
その重々しい様子に甚夜も表情を引き締める。
そういえば昨日も何か悩み事があるような素振りだった。
おそらくはその相談なのだろう。だが正直なところ、鬼の討伐なら兎も角、他事では上手く相談に乗ってやれる自信などなかった。
「出来れば店主殿にも、出来ればおふうさんにも」
「俺らもですかい」
「はい、御助言頂ければと思いまして」
「はぁ。俺は別に構いませんが。おふう」
父の声掛けにおふうも聞く程度ならばと頷いて見せる。
「よし、それなら俺らも」
「済みません」
二度目の礼はしっかりと頭を下げた。
さて、何から話したものか。直次は話そうとしていた内容を自分の中で組み立て、途中で止める。
考えることに意味がないと気付いたからだ。
あの黒い影のことは勿論気になる。兄似た、彼女の昔の男。何故彼女は名を名乗らず、呼んでもくれないのか。引っかかるところはいくらでもある。
しかしそんなものよりも、優先すべきは此方の方だ。
「実は、ですね。気になる女性が出来まして」
予想外の言葉に甚夜達が固まってしまったのは致し方ないことだろう。
雨の夜の出会いを所々ぼかしながら語って聞かせる。
そのうちに店を訪れた善二と奈津も加わり、いつの間にか随分と大人数になってしまった。
「ほお……あの晩の帰り、そんなことがなあ」
感心したように善二は息を吐いた。
「私としては吉原に行った誰かさんの話も気になるんだけど」
「うっ、それは、ですね。そんなことよりもまずは直次の話が大事でしょう御嬢さん!」
半目で睨む奈津を勢いで誤魔化そうと大声を張り上げる。
「つまりあれだな。直次はその女性の気を引きたい訳だ」
「あ、いえ、別にそこまでは。ただ、もう少し仲良くなれればと」
「ほうほう、お前も男だな」
にたにたといやらしい笑みを浮かべる。対して直次は照れたように俯いていた。
「実際、出来れば……とか考えてんだろ?」
からかうような物言いに、しかしうまい言葉が見つからず曖昧な笑みで返す。
背中のぬくもりはまだ残っている。
憎からず思っているのは間違いないが、一人の女性にこうまで執着したのは初めてで、どう言えばいいのか分からなかった。
「なんとも言えません。お恥ずかしながら私はこの歳まで女性とそういったお付き合いをしたことがないもので」
直次は確か奈津の二つ上、今年で二十の筈。もう結婚していてもおかしくない歳だ。女性に不慣れなのが恥ずかしかったのか、頬が若干赤い。しかし表情を引き締め、大真面目に彼は言う。
「けれどあの人が気になっているのは事実なのです」
「なかなか言うじゃないか!」
妙に楽しそうな善二とは裏腹に、表情の変わらない甚夜以外は皆一様に困惑の表情を見せている。実直で生真面目な直次の相談がまさか色恋沙汰とは思わなかったのだ。
「夜鷹にって、本気で、ですか?」
もっとも、奈津の問いも困惑の原因の一つではあった。
夜鷹は最下級の街娼。直次は旗本の跡取り。とてもではないが釣り合っているとは思えない。女だからこそ、奈津の表情には僅かな嫌悪感があった。
「分かっています。彼女は娼婦。おそらくは多くの人が顔を顰めるでしょう」
それに腹を立てることはない。直次でさえ分かっていた。夜鷹とは、“そういう存在”なのだ。体を売って糊口をしのぐことしか出来ぬ汚れた女。だから奈津の態度は当たり前のもので、しかし柔らかく否定する。
「ですが私は彼女のことを知りたいのです。知ってどうなるかは、私にも分かりませんが」
言い切った直次の表情は言葉の強さとは裏腹に、実に穏やかなものだった。
「案外情熱的なんですねぇ、三浦様は」
おふうがくすくすと笑みを浮かべる。笑顔の理由は、彼の穏やかさがいつか自分を救ってくれた誰かのものに重なったからなのかもしれない。
「いや、大人になったなぁ。おふう、お前もそろそろ旦那とだな」
「だからね、お父さん」
件の誰かは、今ではすっかり親馬鹿なのだけど。
「つまり、その女との仲を取り持ってくれ、ということか?」
今まで黙っていた甚夜が端的に表現すれば、顎を微かにいじりながらこくりと頷く。
「いや、そこまででは」
率直な言い方は流石に照れるらしく、少しばかり言い淀んでしまう。甚夜は更に眉間の皺を深くした。
「まあ、どちらにせよ私では役に立てそうもないな」
「確かに甚夜君は苦手そうですねぇ」
図星だった。今まで強くなることだけを考えてきた。遠い昔には惚れた女もいたが、結局は上手くいかなかった。とてもではないが良い助言など出来そうもない。
「ならここは俺に任せとけ」
にい、と自信ありげに善二が笑う。
「なにか妙案でもあるの?」
「あれですよ、その女が悪漢に襲われてるところを直次が颯爽と助けるんです」
「うわあ……」
自信を持って討ちたした提案の陳腐さに奈津は軽く引いていた。
「いやいや、御嬢さん。馬鹿にしちゃいませんて。やっぱり自分を守ってくれる男に女はよろめくもんなんですよ」
「だとしても都合よく悪漢など出る訳もないだろう」
呆れ混じりの溜息を吐く甚夜の肩にぽんと手を置く。
「何言ってんだよ、悪漢」
先程よりも更に口元を釣り上げた、心底楽しいといった笑みだった。
「……おい」
「お前ならでかいし、目付きも鋭いから似合いだ。お前がその女を襲って、それを直次が助ける。完璧じゃないか」
満足そうにうんうんと頷き、「だろ? 直次」と話を振る。
「甚殿を……」
下らない提案を受けて、しかし直次は真面目に思索を巡らせている。
そして想像する。
夜鷹を襲う甚夜。
庇うように立ちはだかる直次。
襲い掛かる悪漢を討ち払う為、直次は刀を抜き。
刀を抜き、刀を抜き、刀を抜いて、抜こうとして。
「はは、馬鹿なこと言わないでください善二殿。私が勝てる訳ないでしょう」
……想像の中の自分は刀を抜くことさえ出来ずに斬り伏せられていた。
「いや、演技。演技だからな? 勿論甚夜には手加減してもらうし」
しかし甚夜の方を見ても難しい顔をしている。どうやら似たり寄ったりの想像だったらしく、重々しく口を開く。
「手加減は苦手でな。一応やってはみるが命の保証は出来ん」
紛れもない本心だった。
「お前ら揃いも揃って融通効かねえな!」
「というかこの二人にそれを求めるのがそもそも間違ってると思いますけど」
おふうも流石に呆れ気味だ。それが果たしてどちらに向けてのものかは分からないが。
「いいと思ったんだがなあ。ちなみに親父さんはなんかいい案ありませんか?」
「そりゃあ、積み重ねることじゃないですかね」
何の気負いもなく、店主はさらりと言ってのけた。
「積み重ねる、ですか?」
直次が問いなおせばからからと快活な笑みで答える。
「ええ、積み重ねるんです。例えば、旦那は最初から鬼を討てる程強かったんで?」
「いや」
「善二さんだって須賀屋に入った時から手代って訳じゃないでしょうに」
「そりゃそうですよ」
当たり前だ。幼い頃は稽古をつけて貰っても簡単にあしらわれていた。それでも毎日のように剣を振るって、振るって、ただ只管に振るい続けて、いつの間にか鬼を討てるようになっていた。
と、そこまで考えて店主の真意に気付く。
「ああ、成程。確かに店主の言う通りだ」
「でしょう? 強くなりたいなら毎日剣を振るう。偉くなりたいなら真面目に働く。誰かの心が欲しいなら、それに見合うだけの時間をかける。結局人の心を動かすのは劇的な何かじゃなくて積み重ねた信頼だと思いますよ、俺はね」
そうして店主は勝ち誇ったような顔で言ってのける。
「ちなみに言いますが、俺は二十年以上かけて信頼を積み上げて、最高の女を手に入れました。経験者の言うことは素直に聞いとくもんです」
締め括りの言葉に甚夜はちらりと横目でおふうを見た。彼女もまた同じ仕種で自然と視線が交わり、それがおかしくて二人して笑う。
「二人とも、どうしたの?」
その様子を見ていた奈津が不思議そうに小首を傾げる。
「何でもありませんよ」
「ああ、何でもない」
返す答えも同じで、余計に面白く感じられた。
「ふうん」
反対に奈津は面白くなさそうな顔で不貞腐れている。除け者にされたような気分なのだろう。しかし易々と話せるような内容でもなく、やはり二人して苦笑を零した。
「そう、ですね」
しばらく無言だった直次が力強く頷く。
「確かに店主殿の言う通りです。まずは何度も顔を合わせ話してみると事から始めようと思います」
「それがいいと思いますよ。直次様は、何も考えずに真面目にってのが一番似合ってる」
「そうかも知れません。ありがとうございました。では、これで失礼します」
晴れやかな表情で席を立ち、迷いなく暖簾を潜り出て行く。蕎麦の一つも食べずに、しかし実に満足そうな背中だった。
「……結局、親父さん一人で解決しちゃったわね」
奈津の一言に甚夜も善二も押し黙る。分かっていたことではあるが、相談を受けてもまともな言葉をかけてやれなかった。なんとも居た堪れない心地だ。
「ま、年の功ってやつですよ。無駄に年齢だけは積み重ねてますから」
快活な笑みは普段よりも頼もしく見える。
ただ納得がいっていないような顔をしているのがおふうだ。
「ん、どうしたおふう。俺、なんかまずいこと言ったか?」
「そうじゃありません。ただ、ちょっと三浦様のお話が奇妙で」
「奇妙?」
こくりと頷き、釈然としない様子で甚夜の方を見る。
「さっきの甚夜君の話もなんですけど、おかしいですよね」
思わず眉を顰める。
おかしいと言われても、昨日あったことをそのまま話しただけだ。直次の話も特に矛盾する点はない。内容も奇妙なものではなかった。彼女が何を言おうとしているのかよく分からず、正直なところ困惑していた。
しかし次いで放たれた言葉に更に困惑する。
「だって昨日も、一昨日も。雨なんて降ってませんよ?」