「御初にお目に掛かります。この屋敷の主、畠山憲保(はたけやま・のりやす)と申します」
畠山家の座敷。
目の前には六尺を越え七尺に届こうという大男・土浦。そして彼の主であろう細目の男が正座していた。
「は、わたくしは三浦直次。江戸藩にて祐筆の役を承っております」
同じく正座した状態で男と正対している直次は恭しく一礼をする。流石に登城を許された武士、彼の礼は典礼に則った秀麗な所作だった
案内された座敷で二人を迎え入れたのは畠山憲保と名乗る男だった。
杉野平七の失踪を聞き早々に屋敷を離れようとしたのだが、土浦に「憲保様がお前達に会いたいと仰っている」と言われ半ば強制的に奥の座敷まで連れてこられた。
そうして面会した憲保は三十代後半といったところか、家督を譲り隠居したとは思えぬ程に若かった。畠山家は会津藩の旧臣と聞いたが、体格は然程良い訳ではないし、柔和そうな表情は武家の人間らしからぬものである。
「私は」
「甚夜殿、ですね」
次いで名乗ろうとした甚夜だったが、細目の男が先回りして名を呼んだ。眉を顰めて憲保を睨むも相手は飄々とそれを受け流す。
「噂は聞き及んでおります。なんでも刀一本で鬼を討つ怪異の請負人だとか」
視線が鋭さを増した。
甚夜が江戸で退魔を生業としてから長い年月が経った。人の噂に戸口は立てられない、その存在を知っているものも少なからずいるだろう。
とは言え憲保のような立ち位置の人間の耳に入るような話でもない。それでも知っているのは態々調べたのか、他に理由があるのか。どちらにしろ胡散臭いことこの上ない。
「随分と眼鼻が利く」
自然態度は荒くなる。乱雑な甚夜の言葉に反応したのは憲保の護衛として控えていた土浦だった。殺気立つ大男、しかし腰が上がるのを憲保は手で制した。
「甚殿、もう少し態度を。畠山殿、御無礼をお許しください」
友人のあんまりな態度に直次も軽く叱責し頭を下げる。しかし憲保の方は気にした風でもなく首を横に振った。
「いえいえ三浦殿、お気になさらず。喋り易い口調で結構。なにより私は既に隠居の身。そう畏まらないでいただきたい」
柔和そうな笑みはそのままにからからと笑う。懐が深い、ように見える。だがその張り付いた笑みはどこか得体のしれない印象を抱かせた。
「甚夜殿もそう警戒しないでほしい。此処に呼んだのは他意があった訳ではなく、ただ音に聞こえた剣豪を一目見てみたいと思っただけなのです」
「見ても面白いものではないと思うが」
「いやはや、御謙遜を。いとも容易く鬼を討つ、人の枠に収まらぬ<力>の持ち主。私でなくとも興味を抱くというものでしょう」
ぴくり、と眉が動いた。
含みを持たせた物言い。笑顔を張り付かせたままうっすらと開けられた双眸は値踏みでもするようにこちらを眺めいていた。
その視線に理解する。
この男は、間違いなくこちらの正体に気付いている。
本当に眼鼻が利くらしい。何処から情報を仕入れてきたか知らないが、憲保は甚夜が鬼であるという事実を正確に掴んでいた。
「畠山殿は」
「当方の屋敷には、杉野を訪ねてきたのでしたな」
語気も強く問い質そうと思えば被せるように話題を変えられた。
「あれはよく働いてくれる男でした。しかし今朝ですが、妻を斬り殺し、この屋敷から姿を消したのです。いや、彼は私が引き立てたのですが、こんなことになるとは。他の御坊主の話を聞けば、なんでも杉野は妖刀を手に入れたとのこと。ああ、御二方の目的はそれですかな?」
のらりくらりと話の主導権を奪われている。隠居の身とはいえ相手は会津藩に古くから仕える武家の当主、食えない男だった。
「……ああ」
「噂に違わぬお方のようだ。怪異に囚われ身を滅ぼす者は多い。人心を惑わす悪鬼羅刹を討つ貴方は、まさしく正義の剣士ですな」
「世辞は結構だ」
静かで重い声には若干の苛立ちが混じっていた。
甚夜が鬼を討つのは醜い感情から生まれた目的の為。とても正義と呼べるような代物ではない。
今回も妖刀に鬼の<力>が込められているのならば己が内に取り込めるのでは、そう考えたから首を突っ込んだに過ぎなかった。
憲保は此方の事情を知らないのだ。決して悪気があった訳ではないだろう。しかし彼の物言いに、己の在り方を揶揄されたような気がした。
「ですが、貴方は怪異の犠牲になる者を見捨てられぬでしょう」
見透かすような言葉。だが甚夜は素直に頷いた。
憲保の言が掛け値のない真実だったからだ。
「ああ、だろうな」
それは正義だからではなく、巫女守として在った為に。
人に仇なす怪異を討つのは己の役目。守るべき巫女がこの世を去った今でも、その在り方は変えられなかった。
「で、畠山殿の用向きは?」
「はて、それはどう意味ですかな」
「まさか雑談をするために呼んだ訳ではあるまい」
相変わらずの鉄面皮のまま早く本題に入れと視線で促す。
「はは。個人的にはそれでよかったのですが。確かに呼び立てたのには理由があります」
軽く笑い、すぐさま憲保は表情を引き締める。其処には先程の柔和な印象とは打って変わり、一個の武士としての畠山憲保の姿があった。
「甚夜殿は浪人だとお聞きしましたが」
「ああ」
「ならばどうでしょう、もしよろしければ当家にて身を置いてみては。仕えろ、という訳ではありません。ただ力を貸してほしいのです」
「な」
声が漏れた。驚愕は誰のものか、憲保の突飛な提案に場の空気が固まった。
「私は江戸藩より帯刀こそ許されているが身分で言えば町人と変わらない。武家に出仕するのは不可能だと思うが」
「なに、正式な藩士になる訳ではなく、あくまで私個人が雇うだけ。問題はありません。事実、土浦も貴方と似たような身の上ですし」
その言葉に控えている巨漢へ目を向ける。確かにその風体はおよそ武家の出とは思えない。延ばし放題の髪といい、そこいらの浪人と言えるほどに粗雑な格好である。彼もまた武士ではなく、憲保が引き立てた町人なのだろう。
だが憲保が言ったのはそういう意味ではない。
同じような身の上。
それは甚夜と同じく町人である、ということではなく。
「成程、“似たような”、か」
視線を向けた時、僅かに瞬いた瞳は鉄錆のような赤色をしていた。
もう一度瞬きをした後は黒の眼に戻っている。だがあの赤は決して見間違いではない。この男も鬼。此処まで自然に人に為ることが出来るならば、おそらくは高位の鬼だ。
「今、この国は岐路に立たされております」
気迫に満ち満ちた語り口だった。
「嘉永の黒船来航より始まった諸外国との外交は、いつからか攘夷派が鳴りを潜め、開国派が主流となっています。その権力は大老であった伊井殿、その後継たる老中の安藤殿により盤石となりました。今や幕府の内部では佐幕開国思想が横行しています。しかし彼らは勘違いをしている。開国などと耳触りのいい言葉を使ってはいますが、欧米諸国が我が国に強いてきた条約はあまりにも横暴。それは外交ではなく侵略だ。このまま進めばこの国は諸外国の植民地となる。幕藩体制は崩壊し、徳川が長らく保ってきた治世は失われるでしょう」
在り得ない話ではなかった。
事実、現時点で既に幕府は諸外国のいいなりと言っても過言ではない。このままいけば幕府という政体が保てなくなるのは目に見えている。
「そして、その時には我ら武士もまた幕府と命運を共にする定め。幕藩体制の崩壊は即ち武士が支配者として相応しくないという証明。ならば幕府が終焉を迎えた後に生まれるであろう政治機構には……新しい時代には武士は必要とされず、いずれ武士という存在は消えてなくなるでしょう。武士は時代に取り残されようとしているのです」
そんなことは。
直次は否定したかった。だが声を出すことも出来ない。熱に浮かされたようにまくしたてる憲保の放つ独特の空気に呑まれていた。
「それを開国派の連中は理解していない。徳川が没しても尚己が特権階級でいられると考えています。そんな愚鈍なぞどうでもいい。ですが私には、我ら会津藩士には自負があります。戦国の世を乗り越え、太平の世を築いた誇り高き英傑の系譜たる自負が。我らはこの国を。今まで続いてきた徳川の治世を。武士の誇りを守らねばならない。そのためには、我ら武士が生き残る道は、夷敵を討ち払う他にないのです。………たとえ、どんな手段を用いたとしても」
力強く言い切った憲保の目は真剣で、其処に虚偽など欠片もないと感じられた。
詰まる所、憲保は典型的な佐幕派────江戸幕府存続を根幹に据えた、攘夷論を掲げる古い武士だった。
幕藩体制を保ちながら夷敵を討ち、古くから続いた“日の本の国”を守り通したいと願っているのだろう。それ自体はごく有り触れた発想。武士として誰に憚ることのない、一つの在り方だ。
「私は既に隠居の身。ですがこの国の未来を憂う一人でもあります。何人をも打倒し得る貴方の<力>、徳川の治世を守るために使って頂きたいのです」
ただし鬼を利用しようなどと考えなければ、の話ではあるが。
憲保は既に土浦を子飼いにし、更には鬼であると理解した上で甚夜を手駒に加えようとしている。
その理由は実に簡単だ。
佐幕攘夷派は決して少なくない。今まであった幕府を守ろうとするのも、現体制を崩壊させかねない諸外国を忌避する感情も、至極真っ当なものだ。
だがその思想は致命的な弱点、根本的な欠陥を抱えている。
そもそも開国派が増えた理由は、嘉永に来訪した黒船を、また諸外国の持つ力を実際に見た上で、現在の国力では直接的な侵略に出られた場合抗いきれぬと判断したからである。だからこそ幕府は開国し、欧米列強の技術を得て幕藩体制を立て直そうとした。
そう、それこそが佐幕攘夷思想の根本的な欠陥。
この思想は欧米諸国の駆逐を掲げてはいるが、現実問題としてそれを討ち払うだけの武力が今の幕府にはないのだ。
故に攘夷派の多くは尊王を掲げ、幕府は開国に傾倒していく。それはある意味で当然の帰結。佐幕攘夷が遠からず時代に淘汰されていくのは目に見えている。
「甚夜殿。貴方はこの国の未来をどう思われますか」
それをこの男は。
畠山憲保は鬼という理外の存在、盤外の一手をもってひっくり返そうとしている
おそらくは倒幕派や諸外国を殲滅するために鬼を欲しているのだろう。
「さて。折角の御高説だが生憎と浅学でな。開国だ攘夷だと言われても然程興味がない」
「ほう。では貴方はこの国がどうなってもよいと?」
声には少なからず侮蔑が含まれているように聞こえた。
仕方のないことかもしれない。憲保にはこの国の未来を憂い、現状を変えようと───その是非は置いておくにしても───邁進している。そんな彼にとって無関心としか思えない物言いは許せないものだった。
しかし甚夜は軽く目を伏せ、平然とした様子で言葉を続ける。
「昔、似たようなことを言う鬼がいたよ。この国はいずれ外からの文明を受け入れ発達していく。だが早すぎる時代の流れに鬼は淘汰され、我らはいつか昔話の中だけで語られる存在になるのだと」
「面白いことを言う鬼もいるものですね。それは我らにも言えたこと。武士も同じく、時代に淘汰されようとしている。ならばこそ」
力を貸せ。
鬼も武士も、時代に取り残されようとしている。
お前も同じく淘汰され往く存在だろう。
声ならぬ声で憲保はそう語っていた。
「悪いが、力を貸すことは出来そうもない」
それを受け止め、はっきりと甚夜は言い切った。
「……私の考えを間違いだと思いますか」
鬼を手駒に反抗勢力を潰す。およそ真っ当とは言えない手段。成程、人によっては卑怯、汚い、お前の行いは悪だと騒ぎ立てる者もいるだろう。
しかし首を振って憲保の問いを否定する。
「甚夜殿は人に仇なす鬼のみを討つと聞きました。貴方は、力無き人を守るためにしか<力>を使わないと?」
「まさか」
馬鹿なことを。
己には既に誰かを守る資格などない。何一つ守れなかった。大切だと思った筈の妹を鬼へと変えた。母を、父をこの手で殺した。
憎悪をもって全てを切り捨て、今尚多くのものを踏み躙り続けている。
そんな男が『守る』などと、言える訳がなかった。
「言いたいことは分かった。いかなる手を使おうが、悪辣とも卑怯とも思わん。だが貴殿に目指すものがあるように、私にもまた目的がある。鬼を討つのもその為。貴殿の志に比べれば薄汚い私怨でしかないが、私にはそれが全てだ。幾ら望まれようとも、今更生き方は曲げられん」
「目的とやらが何かは分かりませんが、生き方を曲げさせる気も、邪魔をする気もありません。ただ貴方が生きる長い時間、ほんの一瞬の間だけ助力が欲しい。それでも」
「ああ、出来んな」
まるで茶飲み話のような軽さで紡がれる頑とした否定。
その答えに何を思ったのかは分からない。ただ憲保は静かに耳を傾けている。
「そも目的を別にしても、貴殿の下で刀を振るう己を肯定できん」
「それは何故。貴方は私が間違いではないと仰ったでしょうに」
間違いではないと確かに思う。
だが首を縦に振ることは出来ない。己の生き方を曲げられぬが故に。
「栄枯盛衰は世の常だ。貴殿の言う通り、いつかこの国は諸外国に踏み荒らされ滅び往くのかもしれない。時流に抗い剣を取ることが尊いというのも理解できる。ならばこそ私が関わるのは間違っている。隆盛も衰退も須らく“あなたたち”の手で行われるべきだろう」
あなたたち、という言葉が何を意味するのか憲保はちゃんと悟ってくれた。
いくら取り繕ったとてこの身は鬼。
既に人の理から外れてしまった己が、人の行く末を決める動乱に手を出すなどあってはならない。
憲保の遣り様を間違いだとは思わない。鬼を利用しようが、外道に染まろうが、本当に何かを為したいと願うのならばそれを否定する気は微塵もなかった。
それでも己が開国だ攘夷だと謳いながら刀を振るうのは間違っている。時代の変革は須らく人の手で。人外たる己が踏み入ってはいけない領域だろう。
たとえこの国が滅びゆくとしても、それが人の選んだ道行きならば、受け入れねばならぬ事だ。
「だから力は貸せぬ、と?」
「ああ。何より私は何の為に刀を振るうかさえ見つけられていない。そのような男が、未来を切り開く戦に携わっていい筈があるまい」
それは真にこの国を想い、刀を振るう者達への冒涜だ。
だから開国の為にも攘夷の為にも刀は振るえない。
「曲げられませんか」
「曲げられたなら、此処にはいなかったろうよ」
その答えを聞いて、憲保は堪え切れず笑いをもらした
「くくっ、面白い方だ。倫理にもとるからでも思想が相容れぬからでもなく、己が美学に反するから刀は振るえないと?」
憲保の言は正に正鵠を射ていた。
友を喰らい、父を斬り捨て。後悔が無いとは言わない。しかし全ては己が手で、己が意思で犯した罪だ。だから後悔はあれど納得はしている。
しかし他人の願い、理想の為に刀は振るえない。振るう自分を認められない。
どれだけ言葉で飾ったとしても、根本的に甚夜は善悪の基準ではなく、己の中でそれを是と出来るかということしか考えていないからだ。
憲保に見透かされたが、不思議と嫌な気分にはならなかった。“それ”が分かるということは、立ち位置は違えど憲保もまた甚夜と同種の人間だ。だからこそ二人は一種の共感さえ抱いていた。
「上手いことを言う……ああ、貴殿の言う通りだ。どれだけ正しかろうと、意思を曲げて何かを斬ることが、私には美しくないと思えるのだ」
結局はそういうこと。
甚夜の剣は人の為ではなく己の為。
国の未来より、倫理や人道より、曲げられない生き方の方が彼にとっては重いのだ。
「だから否定はしない。だが私も頑迷でな。一度決めたならばそこから揺らぐことは出来んのだ」
「では……次に会う時は、敵同士やも知れませんな」
憲保は笑った。
声に先程までの侮蔑はない。代わりに鋭くなった眦からは敵意を感じ取ることが出来た。だが今すぐどうこうしようという気はないらしい。土浦の方も動こうとはしなかった。
「私もまた、この生き方を変えるつもりは御座いませんので」
そのようだな、と甚夜は頷いた。
憲保は隠居の身とはいえ、攘夷活動を続けるつもりだ。そしてその手段に鬼を使うのならば、当然怪異の犠牲になる者は出てくる。
そうなれば開国や攘夷といった思想に関係なく甚夜は憲保と敵対せざるを得ない。お互いが自分の生き方を曲げられない以上、衝突は必然だった。
「お互い、難儀なことだ」
「いや、まったく。ですが己が在り方を貫くというのはそういうことでしょう」
「違いない」
最後に軽く笑い合って甚夜は立ち上がった。
「直次、そろそろ行くとしよう。妖刀を追わねば」
「あ、は、はい。では畠山殿、これにて失礼いたします」
「そうですか。では土浦」
無言で立ち上がった土浦に案内され二人は座敷を離れる。
「ああ、そうそう。杉野ですが、どうやら『富善』に興味があったようです」
最後に背後から、そんな呟くが聞こえた。
◆
「土浦殿と言ったか」
玄関に辿り着き、先に甚衛が正面門を潜ったところで思い出したように甚夜は言った。
「畏まる必要はない」
「そうか。ならば土浦、何故畠山殿に仕える? お前も私と同じく開国だ攘夷だなどといったことに興味などないだろう」
彼は鬼。そして己と同じ身の上だとするならば、初めから畠山家に仕えていたわけではなく、憲保が引き立てたのだろう。
ならば何故この鬼は憲保に従うと決めたのか。およそ関係のない人の主義主張に態々首を突っ込む理由が分からなかった。
「俺はかつて人に裏切られた」
いや、信じることが出来なかったのか。
目を伏せた、何処か沈鬱な面持ち。
感情のこもらない声で淡々と語り始める。
「随分昔の話だ。人に裏切られ、失意に塗れた俺を憲保様が拾って下さった。その折に仰られた」
正直なところ素直に答えるとは思ってもいなかった。
表情は真剣であり、嘘を吐いているようには思えない。そもそも鬼は嘘を吐かないものだ。ならば彼の言葉は掛け値のない真実なのだろう。
「鬼と武士は同じく時代に打ち捨てられようとしている旧世代の遺物、いわば同胞。ならば共に手を取り合うことが出来る筈だ、と。故に俺は憲保様に仕えている。……俺は、あのお方を信じているのだ」
“信じている”。土浦はやけにその言葉を強調した。過去に何があったのかは分からない。だが酔狂ではなくそれなりの忠節を抱いているようだ。
「聞いたのは此方だが、何故話した?」
「何故、か。同胞への情けとでも思えばいい」
どうでもよさげに投げ捨てた科白。その眼は虚ろで、土浦の感情を読み取ることは出来ない。
「鬼は人と相容れぬ。人の中で生きるならば、お前も分かっているだろう」
───近…らな…で化け……!
投げ付けられた感情を思い出す。一瞬だけ揺れた瞳を見抜いたのか、土浦は静かに言葉を続ける。
「だが憲保様は受け入れてくださる。その意味、忘れぬ事だ」
それが裏のないものだと理解できる。
同胞ゆえの気遣いだ。だが首を縦に振ることは出来ない。
「配慮は痛み入る。しかし畠山殿の下には付けん」
無表情のまま土浦の言を斬って捨てる。
今更生き方を変えるなど出来ようはずもなかった。
「言っただろう。開国に攘夷、どちらにも興味はない。だがお前達が鬼を使い無意味に人へ危害を加えるというのなら、私はおそらく刃を向けることとなるだろう」
そうか、と一度目を伏せ、しばしの間逡巡をする。
「憲保様の意向だ、今は手を出さん」
沈んだ表情は一瞬で消えた。
そこに在るのは外見に相応しい餓えた獣の相貌である。
「貴様が静観を貫くのならばそれでいい。だがもし憲保様の邪魔をするというのなら……」
瞬間、男の瞳が赤く染まった。
纏う殺気は本物。肌が痛くなる程に空気は張り詰める。
「それは此方も同じ。お前達が私の道を塞ぐというならば」
甚夜はそれを飄々と受け流し、左手は腰に携えた夜来に掛かる。触れた金属の冷たさが意識を透明に変えていく。
そして互いの視線が交錯し、
「潰す」
「斬る」
二人は同時に絶殺を宣言した。