「逃げろ!クラウド!」
黒い髪が風に靡く。揺らめく水色の瞳をした金色の少年は、ただ虚ろに空を見ていた。
軍靴が丘を踏みしめる音が近づく。風は強く吹いている。
強い風に黒髪は勢いをつけて舞い上がる。
「クラウド!クラウド!!!!」
豆がはじけるような、乾いた破裂音が幾度も繰り返される。そして一拍置いてまた数度。
「こいつはどうする?」
「どうせ中毒だ、ほっといてもモンスターがおいしく処分してくれるだろうさ」
「ハッ!ちげぇねぇ」
「何をしている、さっさと帰投するぞ」
「了解」
「うぃっす」
兵たちが踏みしめる丘は、赤い血溜りで染まっている。
いまだ自らの体液に濡れぬ黒髪は、静かに、そして激しい風に揺らいでいた。
まっすぐ前を見ていた瞳は、ただ亡羊としたまなざしで
黒々とした空を映す。
頭に何発も打ち込まれた弾丸から、奇跡的に左目だけが無事だった。
悲しみも苦しみも映さない、唯ひたすらに未来(きぼう)をを見つめていた瞳。
数刻前までは、生き生きと蒼く輝いていた、その虹彩(ひとみ)を空へ向けていた。
じわり、と音がしそうなほどにゆっくりと。濁りかけた蒼い瞳から涙がこぼれる。
丘に滴るどんな液体よりも透明な雫が、埃をまとってざらついた肌をぬらして、地面に沁みていった。
風はいまだ強く吹きつけ、一滴だけの水分は直ぐに大地にしみこんで、強く吹き付けるそれによって乾いていく。
ぼんやりとその光景を眺めていた金色の少年は、わけも分からず涙を零し、黒髪の青年が携えていた武器を持ち上げる。
その拍子に黒髪の青年の体にぶつかり、青年の瞳は偶然、静かに瞼を下ろし、眠るような表情となった。
「あ…ぅ…う?」
自分に持たされていた道具袋と、青年の武器を引きずり、丘から見える巨大な都市へと足を進めていった。
取り残された青年は、静かに横たわっている。
黒髪が静かに靡く。風も弱まってきた。
閉じた瞼に、小さな砂粒がぴちりと当たる。
ミッドガルを望む、草原と荒地が混ざる丘に
黒髪が揺らいだ。
Song dedicated to you
FF7:名無しのNANA- はじまり
賑々しく輝く、夜のミッドガル。「腐ったピザ」と蔑称される鋼で作り上げられた大地を行き交う人々。
そんな街を見下ろす高層ビルの屋上に人影があった。
「確認確認っと。ふふ、がんばってしがみついちゃって…」
轟音を立てて、町の隙間を疾走する列車。その列車を双眼鏡で眺めているものがいた。
双眼鏡を目に当てた人影は、随分と幼い。
「キュルルル!」
人影の後ろに控えていた、若いチョコボが啼く。
「…そうね、もう用意をしたほうがいいかも」
「クェ!」
「まあ待ちなさいって、ちょっと根回ししておきましょ?」
人影がポケットから機械を取り出し、操作する。ピ、ピ、ピ…。と甲高い電子音。数度機械から呼び出し音が漏れ、
成人した男性の声が続いて聞こえる。
その機械、PHSを耳に当てた人影は微笑を浮かべた唇を開いた。
「ああ、ロジャーン隊長を出してくださるかしら?ライゼンですわ。…ええ、よろしく」
「ロジャーンおじさま、ご無沙汰しております。うふふ、分かりました?そう、わたくしですわ!」
『・・・・・・・・?・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・』
少し年嵩のある男性の声の返答、簡単な挨拶と他愛も無い雑談を交わす。
「ええ、ええ。…で、ものは相談と報告なのですが…。あら、「アレ」については伺っておりましたの?
…まあ…おじさまの慧眼には驚くばかりですわ!民草を守ろうとする、それが軍ですものね!おじさまはやっぱり
頼りになりますのね!そうそう、あちらのスラムにはわたくしがお世話になったお医者様とおともだちがおりますの。
是非助けてさしあげてくださいまし。おじさまの勇者のごとき活躍を期待しておりますわ。うふふ、あらいけない
呼ばれてしまいましたわ。それでは失礼いたします」
即座に親指が終了ボタンを押下した。
ピッ
【畳み掛けたな】
「炉が落とされることは聞いてたみたい、手出しはしないように言われてたらしいけどね。」
【ロジャーンだっけか?ツラいな。自分を屈託なく信頼する女の子からのお願いと命令との揺らめき…ってか?】
「あら、言い方が悪いわよ。 私は 軍人でありながらも人として成熟なさっているおじさまを尊敬してるだけですわ」
【酷い女だなぁ、相変わらず】
「あら、素敵な褒め言葉どうもありがとう」
地表の光が届かぬビルの上では、表情の変化がよくわからない。けれども少女は皮肉にしか聞こえぬ言葉を聴き、微笑んだ。
【フォローはいれとけよ】
「わかってるって、あとでパパのほうに私がおねだりしたっていうのをほのめかした連絡でも入れておくよ。
…多分人気が上がるからシャチョーさんも深くは攻めないデショ」
【たぶんな】
「じゃ、いきましょうか」
【おう】
歩き出す影。
「小母様が何か察知して怯えてるみたいだから…。銀ゴキが来る前に落ち着かせないと」
【じゃ、俺は駐車場の隅っこにでもいるか】
「ん、お願いね。なんかあったら『呼ぶ』から」
【了解】
ビルの屋上出入り口のドアノブに手が触れた瞬間。こちりと音がするほど静かに大気が硬直した。
そして光が背後からあふれ、美しくも狂った緑色の光が空へと散っていく。
【堕ちたな】
「ええ、おばかさんたち…腐ったピザの生地を壊したところで、ピザの具は皿にへばりつくだけ。…自分に帰ってくるのにね」
膨大な魔晄の光と風が体に衝突し、三つ編みが激しく揺れる。耳の上辺りに手を当て、暴れる髪を押さえながら振り返った。
【分からないのさ、大義に目が曇ってる】
「しかも拭っても落ちづらい、まるで脂の曇りのようね」
肩をすくめ、向き直った少女はドアノブを捻る。
そうして、何かに気がついたように空いた手でポケットを探り、再びPHSを取り出して高い操作音を立てて電話をつなぐ。
「小父様?ナナです。わたくしの赤いお友達はどうかしら?……まあ、大食漢ですこと。そうそう、これからそちらに参りますわ。
ええ、ええ。判りました。ではまた後で…」
ピッ
【神羅行った後はどうすんだ?】
「どうせあと二日は時間があるわ。暫くここを離れるんだし…親孝行でもしてくる」
【乙】
「おー」
屋上の人影はビルの中へと去り、屋上はさざめく喧騒がかすかに響く、本来の空間へと戻っていった。
「助けられるくらいなら、全部助けてあげたいけれど」
【ムリだもんな】
「まったく、やるせないったらないよ」
【ほれ、さっさと乗れよ。ナナ】
「あんがと、ハニー。じゃあ飛ばして頂戴」
【よろこんで!】
人気の失せた丘に、黒髪を靡かせる姿。
風に遊ぶ、艶やかな長い髪を鬱陶しく撫で付けると
月の光を跳ね返すほどに磨かれたストラップシューズで
青年を蹴り上げる。
「いい加減、シリアスしてないで起きたら?」
「ってぇ…まだ傷口ふさがってないトコを態々蹴るなよ!」
「あら、ごめんあそばせ?ハリネズミ語は習得しておりませんの。理解ができませんわ」
ホホホ、と黒髪を靡かせた少女は高く笑った。
「ってゆーかぁ、ファイナルアタックと「そせい」返してくれない?」
「えっ!?くれたんじゃないのか!?」
「何いってんのこの黒ハリネズミ。きっちょーな(貴重な)マテリアあげるわけないじゃん。さっさと返して
特にファイナルなんてゴールドソーサーにいくら寄付したとおもってんの」
「わーってるよ、でも。なんでだ?」
「なんでって?」
「なんでって…そりゃ…俺のことだよ」
アイツのこともあるけどさ。
「簡単よ。アンタ助けておけば、あとでの覚えもいい、ってもんよ」
「はぁ?」
「判んなくていいのよ。私の事情だもの」
さてと、大いに大番狂わせを序章からしてみたけれど、これからどうなっちゃうのかしらねぇ~?
「おい、ちゃんと答えろよ~ナナぁ」
「OK、じゃあできるだけ簡潔にいってやろう」
「お、おう」
「せつめいするのがめんどい。終わり」
「このクソガキィィィ!!!」
「ハッ!このゴンガガ猿め!いいから行くよ!」
「ちょっ、まだ腹の傷がちゃんとふさがってな…イテテテテ!!」
にぎやかな二人組み、その二人を丘の麓で眺めていたチョコボが高く「クエー!」と鳴いた。
それは、悲劇が起こるはずだったある夜のこと。
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