第一話 終わった、俺の人生 乙姫むつきはうつむいた顔全体を覆うように手の平を当てていた。 その格好から分かるように表情は優れず、顔色にいたっては真っ青であった。 下半身を埋めた硬いシーツの中には、自分以外の柔らかい女の子の温もりがある。 決して触れぬように身じろぎして遠ざかろうとすれば、聞き覚えのある声でその子が寝言を漏らすようにうめく。 僅かな隙間に寒さでも感じたのか、不満そうなその声に耳を塞いで振り払うように少しだけ頭を降った。 むつきがベッドの上で上半身を起こし、顔を手で覆っているのはその事実を認めたくないからだ。 聞き覚えがある、それこそはっきりと顔、性格、成績その他をしっかりと思い浮かべられる相手が自分と同じベッドにいる。「終わった、俺の人生……」 今むつきがいるのはビジネスホテルのシングル部屋である。 まかり間違っても、そう言う事をいたす場所ではない。 だからと言って、教師生活三年を過ぎ二十台半ばに差し掛かる彼が女性とそういった行為をする事は誰に責められる事でもなかった。 問題なのは、彼が麻帆良女子中の教師だという事だ。 そう問題、となればその隣に寝ているのは、彼の生徒である。 やっぱり夢なんじゃと、指の隙間から見下ろしてみるが、現実は非常だ。 事実は、決して変わらない。 深く被られたシーツの中からは、窓のカーテンから漏れる朝日の加減で、深い紫色にも見える艶やかな髪が見える。「んんっ……」 聞き覚えのある声で、今まで聞いた事のない少し艶かしい吐息を漏らしていた。 やはり事実を認められず、震える手でシーツを持ち上げてみる。 奥に覗く事のできた顔は穏やかで、母親の腕という揺り篭に揺られている赤子のようでもあった。 寧ろ血色が異常に良いようで、昨晩の情事の余韻がまだ残っているかのように赤い。 事が強引に進められたわけではない事は、その表情から明らかだが、何の慰めにもならない。 間違いなく、彼の隣で裸で寝ているのは麻帆良女子中二年A組の柿崎美砂である。 髪の色とは対称的に、白い肌の上には赤い斑点、キスマークが点在していた。 この春先に蚊にでも刺されたのかという冗談では済まない。「どうしてこうなった」 過ちを犯した人間が過去、幾度となく呟いた台詞を彼も全く同じように呟いた。 ベッドの直ぐ脇にある据付けのテーブルの上に、ビール缶が複数転がっている時点でどうしてもこうしてもないのだが。 発端の発端を探るように、むつきは二日酔い気味で動きの鈍い頭を必死に働かせて記憶の糸を辿り始めた。 溜まっていた事務仕事を土曜日一杯使って片付けた後の事である。 時間もとうに深夜に差し掛かろうとし、むつき自身はまだ電車に揺られている途中であった。 普段このような状況であるならば、頭の中は罵詈雑言の嵐であるはずだ。 担任の癖に謎の出張ばかりを繰り返し、副担任に全て押し付けてくる某担任へと。 だがこの時のむつきは、かなり上機嫌であった。 大切な休日のうちの一つが無残にも潰れたというのだ。 先を急ぐ電車が不必要に大きく揺れ、隣り合い吊り輪を捕まる見知らぬおじさんと体が激しくぶつかっても笑って済ませられる程に。 何しろ彼の頭の中は、コレから訪れるであろう花園の事で頭が一杯であった。(待っててくれよ、俺の舞ちゃん。今日は大枚はたいて、俺だけの舞ちゃんにしてやるからな) お気に入りの風俗嬢の事で頭が一杯だったのだ。 電話予約もばっちりで、朝まで、翌日の昼までお持ち帰り込みで存分に愉しむ予定なのだ。 袋の中がすっからかんで、一週間や二週間使い物にならない覚悟である。(まあ、実際そうでなけりゃ……やってらんないよな、女子中のセンコーなんて。イカン、イカン。奴らの事など思い出すな、俺は今、舞ちゃんの虜) ふと浮かび上がる担任の生徒達の顔を振り払い、愛しい風俗嬢の事だけを思い出す。 幸か不幸か、恐らくは不幸に傾く事なのだが。 むつきの副担任として担当するクラスの生徒は、異常な程に美少女率、はたまた美女率が高いのだ。 中学生など、まだまだ子供などと侮ってはならない。 いや、ごく一部には侮るどころか、こっちから願い下げな格好の者もいるにはいる。 そんな極々一部を除いても、有り余るほどに良い女が多いのだ。 男の性欲をかきたてるという意味で。 中学生のくせに、妙に人妻臭がする者や、モデル顔負けのスタイルを持つ者。 成績の悪い普通の中学生よりも、アイドルになった方が大成するんじゃないかという者。 というのに、大半は彼氏がいないという不思議なクラスでもあるのだが。 無垢な美少女というのも、男の下衆な部分を刺激して止まないのだ。 こうして薄い財布が更に薄くなるのを覚悟で、風俗嬢につぎ込まねばまともに仕事などできやしない。(イカン、結局思い出しとるやないか) ハッとし、頭の中で関西弁で突っ込むと同時に電車が減速を始めた。 夜の東京行きの最終電車が到着しようとしてるのだ。 暇つぶし程度にはなったかと、今度こそ姦しいクソガキどもの顔を頭から追い出し扉の近くに移動する。 後数分も経たず駅に到着し、後は桃源郷へと一直線。 少々そわそわと落ち着かなく、扉の窓外で流れる景色を目で追い、最後の時間を潰す。 減速に減速を重ね、ついに電車が終着駅に到着し、空気の圧縮音の後に開いた扉をひょいっと軽く飛び降りた。 今にもすきっぷを始めそうな程に足取り軽やかに、人もまばらな構内を行こうとして立ち止まった。「ん? なんだ、アレ?」 埼玉、東京間の電車が最終なら、東京から埼玉行きの電車も最終である。 向かいの電車もそろそろ出ようかというところだが、構内に人だかりができていた。 土曜日の夜なのだから、オールナイト予定の若者など、人がいること事態は別に珍しい事ではない。 だがそうではない、年配のお父さん方など、家路に着こうという者さえ一時は人だかりへ振り返っている。 既に予約はしているので、急ぐ事もない。 軽い気持ちでむつきも人だかりへと近付いていき、その瞬間、むつきの運命があらぬ方向へと歩き出したのだ。 電車を降りた時のはやる気持ちのまま、風俗に直行していれば、数時間後にベッドの上でどうしてこうなったと呟くこともなかった。 人だかりに近付いてみると、何やら女の子が泣きじゃくっているような声が聞こえる。 酔っ払いか、はたまた彼氏に盛大にふられた子が泣き崩れているのか。 気分が下がる光景を見る事もないと思うのだが、どうにも何かが頭の中で引っかかった。 その時は気付かなかったが、後にして思えば声に聞き覚えがあったからだろう。 見えない釣り針に釣り上げられるように、人だかりをかきわけ最前列へと進み出る。「はい、ちょいとごめんよ」 そして目の前に見えたのは、予想通り泣きじゃくる女の子を介抱している駅員の姿であった。「うぅ……ぐっ、ごめんね。ごめ……」「君、大丈夫か? とりあえず、駅員室の方に来てくれるとありがたいんだけど」「だって、怖かったんだもん。あぁ……」 崩れ落ちうつむいて泣きじゃくる女の子の顔は良く見えない。 だが、年恰好から成人しているようにはとても見えなかった。 着ているのは温かい春らしく、長袖の黒いワンピースだが、袖や襟にあるフリルがやや少女趣味だ。 いっていて高校生、もしくは中学生かと一度今にも発車しそうな最終電車を振り返る。 この泣き崩れている子が埼玉行きの電車に乗るかは不明だが、この構内にいる限りはそうなのだろう。 麻帆良の生徒じゃないだろうなと、やや腰をまげ屈むように顔を覗きこんで驚いた。「おま、柿崎! ちょっと待て、電車。乗る、この子ソレに!」 慌てて振り返りなおした直後、その麻帆良に続く唯一の電車が発車して行ってしまう。 待てと伸ばした手が虚しく落ちていく中、むつきの肩に新しく誰かの手が落とされた。「君、この子の知り合いかい?」 それは先程まで美砂を介抱しようとしていた駅員であり、人だかりの視線もむつきに集まっていた。 今さら言い逃れも逃げる事もできない。 そんな事を考える前に、教師として選択できるはずもない答えは即座に消える。 さよなら舞ちゃん、キャンセル料の大枚達と心で泣きながらむつきは頷いた。「この子の、副担任です。柿崎、お前こんな所でなにやってんだ。終電行っちまったが、釘宮や椎名は帰らない事を知ってんのか? ていうか、まず立て。ここは目立つ」 むつきの声に反応した美砂は一瞬ビクリと震えたが、見上げて直ぐに何処か安心したように再び涙を零れ落ちさせ始めた。「うぐっ、せんせぇ……うっ」「とりあえず、立てって。駅員さん、すみませんが手を貸してください。あと駅員室を貸してもらえるとありがたいんですが」「まあ、知り合いがいるなら。最近は、無理に動かそうとして触れたりすると後が大変で。さあ、お嬢ちゃん立とうか」 やや年配の駅員の手を借り、未だ泣き止まぬ美砂を両方から抱え起こし駅員室へと引きずるように運ぶ。 好奇の視線の的だが、もはや何も言葉もない。 女の子とはいえ、脱力した人間一人運ぶのは一苦労で、駅員室のさらに休憩室に運びこんだ時にはお互い汗だくであった。 年配の駅員は知り合いだけの方が良いだろうと気を利かせてくれた。 あまり、むつきにはありがたい状況ではないが、もはや放っておける状況でもない。 少しは気分が落ち着き始めたのか、しゃくり上げる事が少なくなってきた美砂に駅員が淹れてくれたお茶の湯のみを勧める。 すすめられるままに熱いお茶に唇をつけてしまい、「熱ッ」と小さくこぼす。 ソレで尚更、我に変える事が出来たようで、何度か小さく深呼吸を繰り返した後に上目遣いで恥ずかしそうにむつきを見上げてきた。 それっきり何を言うでもなく、黙りこくってしまう。「とりあえず、全部お茶飲め。話はそれからで良い。こっちもやる事がある」 まだ落ち着ききっていないと見て、むつきは先に用事を済ませることにした。 別に今ここで風俗のキャンセルの電話をするわけではない。 麻帆良女子中は完全全寮制ではないので、門限という概念はないが、外泊となると話は別だ。 タクシーで帰れない事もないが、その金は誰が出すのかという事になる。 一万越えは確実で、下手をすると二万はかかる。 もちろんその場合、誰が払うかといえば当然の事ながらむつきだ。 風俗のキャンセル料に加え、さすがに教師でもそこまでできやしない。 可能かどうかではなく、心情的に。 登録してはいるが、あまりかけたくない相手の番号をメモリから探し出し通話ボタンを押す。「あ、もしもし。深夜にすみません、高畑先生」 内心こんな時ぐらい生徒の為に働けと毒づきながら、申し訳無さそうに電話に向けて話す。「構わないけれど、珍しいね乙姫先生が僕に電話するなんて」「実は、東京の駅で終電を逃した柿崎を見つけてしまいまして。あらぬ疑いが掛かる前に、報告しておこうと思いまして。今晩は、ビジネスホテルに柿崎を止めます。隣の部屋に僕も。念のため、寮と学園長に連絡をお願いします」「ああ、そう言うことか。柿崎君はどうして?」「理由はまだ」 一度受話器を口から遠ざけ手で押さえると、お茶をさまそうと息を吹きかけていた柿崎に小声で尋ねる。「高畑先生に何処まで言っていい?」「ふ、普通に……電車を逃したって」「後で、俺だけには説明しろよ」「うん」 やはりまだ内心動揺は残っているようで、幼い子供のような頷き方であった。「現地の友達と遊び惚けて、逃したみたいです。後日、本人からも説明させますのでよろしくお願いします」「乙姫先生も、休日にご苦労様だね。分かった、寮の方と学園長には伝えておくよ」「いえ、教師ですから。それでは」 教師の部分にイントネーションを強く置いて、やや乱暴に電話を切った。 その事について美砂は少し驚いたような顔をしていたが、他の事に気が回るようになったという事は落ち着きだした証拠だ。 気にするなと、手を振ってからむつきは改めて理由を美砂に尋ねた。「それで、お前はあんな所で何をしていたんだ?」 そこで再びの沈黙であった。 時間が経つにつれ、動揺がぶり返したのか声こそ抑えられているが美砂がすすり泣き始めた。「何時も通り、彼氏とデートしてて……」 ぽつり、ぽつりと言葉を詰まらせながら美砂が語り始めた。 その内容は、聞いて頭が痛くなるような内容であった。 言葉の始まりは中学生らしい、甘酸っぱくなるような内容であったが。 問題はデートの終わり、それも終電間際の事であったらしい。 終電がと焦り始めた美砂を彼氏が変に引き止めるような事を始めたそうだ。 その時点で、だいたいむつきも分かり始めた。 最終的な場所こそ不明だが、彼氏としてはそろそろ美砂と一線超えたかったという事だ。「私はそんなつもり全然、なくて」 少々彼氏の方が空気を読めず、美砂に振り切られてしまったという事だ。 頭の痛い話ではあるが、自分も大枚を逃した手前、その彼氏にざまあみろと思わざるを得ない。「いや、もういい。分かった、もう何も言うな。俺は何も聞かなかった。お前は時間を忘れて遊び惚けて、終電に乗り遅れた。それだけだ」 これ以上は一教師、それも男が踏み込むべきではないと、話を断ち切った。 既に美砂はその彼氏を振り切った後であり、正しい事をしたのだ。 泣いていたのは、好きな彼氏の期待を裏切ったからか、単純に怖かったからか。 正直なところ、むつきの手に余る問題である。 今日は美砂が終電に遅れ麻帆良に帰れなかっただけで、何もなかった。 後日、美砂が彼氏に対してどうするか、相談されたら答えるだけで能動的に何かする必要は無い。 こういう時、男の教師は役立たずだと思わずにはいられない。 やりたい盛りの彼の気持ちは分かっても、美砂が感じた躊躇や恐怖を理解できないのだ。 ただ、美砂のすすり泣きを聞いていると、何か言ってやれる事はないかと探してしまう。 だからだろうか。 模範的な、見知らぬ彼氏にすまんとあやまりたくなる常識的アドバイスをしてしまった。「とりあえず、俺から言えるのはこれだけだ。逃げた事を負い目に感じて、安易に彼氏に体を許すな。呼び出されても直ぐに会わずに、まず電話にしろ。男は逆上すると怖いぞ。あと、電話する時は釘宮か椎名にも一緒にいてもらえ」「でも、怒らせちゃったかもしれないし……」「だからだ。その彼氏に対して、お前はもう正常な判断なんてできねえんだ。冷静に、お前に親身になってくれる奴が近くにいた方が良い。いいか、絶対そうしろ」 一人というのはやはり不安だったのか、完全に納得したわけではないようだが美砂はしっかりと頷いてくれた。 それっきり二人は無言で、美砂がお茶を飲み終えるまで駅員室にお世話になった。 それから年配の駅員に二人で頭を下げてから、近くのビジネスホテルを目指した。 どっかりとベッドに尻を落とすと、むつきはそのまま後ろ手に体を支えて天上を見上げた。 溜まりに溜まった疲れを溜息とともに口から吐き出すと、体を起こしなおして今日もご苦労さんと自分で肩を揉む。「あ~……疲れた、マジで」 既に美砂は、このビジネスホテルの隣の部屋に放り込んできた。 正直なところ、一人にするのは不安が残るがそこは先生と生徒といえど、男と女だ。 ツインの部屋でなんて持ってのほかであるし、むつきの方から願い下げである。 今日はまる一日休日出勤して、楽しみの風俗も潰れてクソガキの世話に終始しただけ。 先生業はもうお休みとベッドに倒れこみ、そこでようやく夕食がまだだと思い出し、空腹である事に気付いた。 だが流石に今から出かける元気もなければ、既に寝ているだろうとはいえ、美砂を隣の部屋に置いて出て行くのもなんだか怖い。 先生業はお休みと考えたくせに、煮え切らない事この上ないが。 熱血って柄ではないとつらつら考えこんでいるうちに、むつきはうとうととし始めた。 若いとは言え体力に限界はあるとばかりに、寝入り始める。 静かに吐息を漏らし、今日一日の疲れをゆっくりと癒していく。 ドンドンと叩かれるドア、連続して押されるチャイムの音さえなければ。「な、なんだ。誰、今何時だ!?」 けたたましい来訪音に跳ね起きたむつきは、軽い混乱を引き起こしていた。 チェックアウト時間を過ぎて、誰かがたたき起こしに来たかと思ったがそれにしては乱暴すぎる。 慌ててポケットの携帯を取り出すと、チェックインから一時間程度、寝入って三十分程度であった。「せんせぇ~、開けて。もう寝ちゃったのかな? せんせぇ!」 ドアの向こうから甲高い能天気な声が聞こえ、混乱は去り、唖然としてしまう。 相変わらずドアをドンドン叩き、チャイムを鳴らしては大声を上げているのは美砂であった。 泣いた烏が笑うにしては短すぎる気もするが、それどころではない。 何せ美砂は先生とむつきを呼びながら騒いでいるのだ。 もしこれが誰かに見られでもしたら、どんな疑惑を呼ぶやら分かったものではない。「あんのアホ!」 慌てたむつきは、転びそうになりながらもドアに駆け寄り開け放った。 そして突然開いたドアに少し驚いた様子の美砂の腕を掴んで引っ張り込んだ。 誰かにこの騒ぎを見られていないかドアの外を見渡し閉める。 廊下には一応、誰もいなかったようでほっと息を付くが、苦情ぐらいいったかもしれない。 それからようやく、美砂を叱ろうとしたのだが。「へへっ、先生。ご飯まだでしょ、一緒に食べよ」「ああ。悪いな、気をきかせて……」 意外な行為に虚をつかれ、差し出されたビニール袋を受け取る。 その間に両手が開いた美砂は、袋からジュースらしきものを引っつかんでいった。 不気味なぐらいにハイテンションな様子でスキップしながら、むつきが先程まで寝ていたベッドに腰掛けた。 ぴょんと軽く跳ねて腰掛ける様子は、本来の彼女に近く立ち直ったようにも見える。 なんにせよ、元気な事は良い事だとご相伴にあずかろうとし、固まった。 コンビ二のビニール袋の中には、お握りやお菓子と空腹を満たすに困らない。 ビールやチュウハイといった、酒類さえはいっていなければ。「おい、柿崎。お前まさか、飲んでないよな!?」「んっふふ、まっさか。酔ってなんかいませんよー」 良く良く見てみれば赤く火照った顔で説得力が皆無である。「この野郎、マジでなにしてんだ。俺の管理不行き届きになるじゃねえか」「やだ、先生のエッチ。今、胸触ろうとしたでしょ」「マジで、マジで温厚な俺でもそろそろキレるぞ!」 手にしたチュウハイを取り上げようとするも、痴漢呼ばわりで抵抗されてしまう。 本気で乳の一つでも揉んでやろうかと思ったが、我慢に我慢を重ねる。 何故急に酒など買って来たのかは不明だが、そろそろむつきも素面では無理であった。 ビール缶を袋から取り出すと、半分ぐらいは一気飲みで飲み下していく。 疲れや不満、苛立ちを全部飲み込んでしまうように、苦い泡で腹に飲み下す。 腹にまでそれらが辿り着くと、カーッと熱くなって逆に頭が冷えていく感じがした。「あぁ、ちくしょううめえ」「それより、聞いてよ先生!」 俺は小さな余韻に浸る事も出来ないのかと、袖を引いてくる美砂の隣に座り込んだ。「分かった、聞いてやるから。なんだよ、今度は……」「ひっどいの。さっき、彼氏から電話があって。迷ったんだけど出てあげたら」「そこがもうおかしい。言ったよな、一人で電話するなって。お前、少しは俺のいう事を……」「でねでね!」 もはや美砂は自分が喋りたいだけで、がっくりと徒労にうな垂れるむつきの様子など気にもしていない。 というより、最初は気づかなかったがかなり怒っているようで叩いてくる手が痛い。「電話に出て、開口一番に何て言ってきたと思う。ああ、もうなにアレ!」「お前の態度でだいたいわかった。謝るどころか、キレられたんだろ。それで、デートにどんだけつぎこんだとか、愚痴られた」「凄い、先生。そのまま。別に何時も奢られてたわけじゃないし。三回に一回、ぐらい? それに頼んでないのに、胸張って当然の様にドヤ顔で奢ってくれて。気にすんなって言ったし!」「お前の彼氏が幾つか知らねえけど学生だろ、たぶん。彼女に見栄はりたかったんだよ、内心今月小遣いどうするかハラハラしてたんだよ」 もはや何も疑う必要はなく、電話越しに喧嘩をし、腹立ち紛れに酒に走ったようだ。 恐らく最初は一人でこっそり飲んでいたが、酔った勢いと愚痴をぶちまけたくなったと。 不純異性交遊未遂に飲酒、それに教師の注意を無視と三藩。 後一つ何かあれば満貫じゃねえかと、相変わらず叩いてくる美砂の手が痛いと思いながら飲む。 一応、美砂があまり飲み過ぎないように注意しながら。「もう、腹が立つ。最後なんていいからやらせろって、私は彼女だったけど玩具か何かじゃないんだから。先生、聞いてる!」「聞いてるよ、ていうかお前こそ俺の注意もろもろ聞いてたのか? なんでお前らって、簡単な注意が聞けないかな。無意味に反発しあっても疲れるだけだろ」「なに、先生。あんな奴の味方なの?」「ああ、ダメだ。会話が通じなくなってる」 お互い酔いも手伝って、教師や生徒の立場を超えて本音が漏れ始める。 それにしても、相変わらずバシバシ叩かれて痛いと思っていると、ふいにソレがやんだ。 寝たか、それともゲロかと身構えそうになって気付いた。 ベッドの上で隣り合って座ってはいたが、こんなに距離は近かったかと。 太ももが殆ど触れ合っており、美砂の火照った体の匂いが香る事もある。 ガキは好みではないが、多少の役得は必要かと改めて注意しなかったが。 それよりも、ゲロだけは勘弁と言う気持ちが強く美砂を観察するが、違ったようだ。「ねえ、先生。なんで男の子って、そんなにエッチしたいの? デートして、愉しんで。時々キスして、それだけじゃダメなのかな?」 ハイテンションは一時なりを潜め、率直な疑問を先生ではなく一人の男に聞いてきた。 美砂にそのつもりはないだろうが、むつきに男としての意見を求めている。「ぶっちゃけ、可愛い女の子とセックスしたいから」「セッ、セックちゅって。あっ……」「噛むな、素に戻るな。ほら、気持ち悪くならない程度、舐める程度に飲んどけ。てか、エッチもセックスも意味は一緒だ」 今さら美砂もむつきとの距離に気付いて、少し距離を空ける。 酔い以上に赤くなり言葉を失う美砂を一瞬可愛いと思ってしまったが、続けた。「柿崎の彼氏がそうとは限らねえけど。男が女に優しくするのは、結局その子とセックスしたいからだ。お前らより多少長く生きてる俺だって愛なんて高尚な感情わからねえんだ。純粋に好きだからとか、愛とか。そもそもそれならセックスしたいなんて言わねえよ」「したいだけ、なんだ……」「ああ、もう泣くな。あくまで一般論、もしくは俺の極論だ。彼氏の気持ちはまた、落ち着いてから自分で確かめろ」 再び飲む前と同じくテンションダウンしうつむき始めた美砂の頭を、振り回すようにかき回す。 少々気安くしすぎかとも思ったが今更である。 生徒の前でセックスなどというNGワードをぶちまけているのだ。 毒を喰らわば皿までと、ビールを一缶飲み干し、次の缶のふたを開け放つ。 生徒とサシで飲むというなれない行為からか、少しペースが速い。「ほら、満足したか。してないなら、もう少しだけ不満ぶちまけとけ。今日だけだぞ、俺がココまで優しいのは。あと、酒もな。てか、良く買えたなお前」「優しい……」 やや語弊があるが、むつきの腕の中にいた美砂が不意に見上げてきた。 セックスと言う単語を聞かされた時以上にその顔は赤い。 そして急にソワソワし始めたかと思うと、キョロキョロと挙動不審になる。 別に今度は距離も開いたままだし、何を照れる事があるのか。「せ、先生も……私とセックスしたいから、優しくしてくれて、にゃわ!」 言葉を返す前に、もう一度美砂の頭をわやくちゃにかきまわす。「教師舐めんな。お前が俺の生徒で、俺がお前の先生だから。無償の愛……じゃなくて、仕事だからだこの野郎。それにガキはお呼びじゃねえんだよ。お前さえいなけりゃ、舞ちゃんと……」「嘘、普段だれかが授業の質問とかいくと、妙に挙動不審になるくせに。ていうか、舞って誰?」 半オクターブ、美砂の声が下がった事に気付かず、酔った勢いでむつきの方がぶちまけた。「今俺一押しの風俗嬢。いいぞぉ、舞ちゃんは。仕事柄ちょいと化粧は濃いが、男好きする肉付きでな。ああ、しくったな。あの時、真っ直ぐ舞ちゃんに会いに行ってれば……」「風俗嬢……私だってCあるもん。もうちょっとでDだし。それに綺麗な処女だもん」「何張り合ってんだよ。女が処女で喜ぶのは童貞だけだ。めんどくさいだけだ、んなもん。ああ、くそ。セックスしてえ。お前ら中学生の癖に発育良すぎなんだよ。一週間後、身が持つか俺?」 普段より速いペースで飲んだせいか、むつきも段々思考が怪しくなってきていた。 愚痴役と聞き役が逆転してしまっているのが良い証拠だ。 そのむつきがうっかり零してしまった愚痴を耳にして美砂がニヤリと笑った事にも気付かない。「先生」 頭に乗せられたむつきの腕を掻い潜るように、美砂が甘えた声と共にもたれかかってくる。 頭の上にあったむつきの手を胸元に抱え込み、まるでむつきが抱き寄せたような格好だ。 手の甲には、美砂が誇った胸の感触がワンピースとブラ越しに感じられた。 本能的に手を裏返して包み込みたくなる衝動に駆られたが、まだ踏みとどまれ。「そういうことは、今頃死ぬ程後悔してるか、キレ続けてる彼氏にしてやれよ。セックスは無理だけど……アカン、絶対押し倒されるわ。止めとけ」「やだ、あんな理不尽な奴。それより、先生ちょっと手が動いてる。ねえ、本当に教師で仕事だから? 嫉妬とかなしに、止めろって言ってる?」「こっちが聞きてえよ。なんで俺、こんな頑張ってんだ。ダチに意外と世話好きって言われた事があるが、今理解したよ。お前らに振り回されてばかりだけど、知らず楽しんでんのかね。教師って仕事好きなのかね、やっぱ」 むつきとしては、はぐらかしているわけではないが美砂は不満だったようだ。 美砂も同じように酔ってはいたが、一つだけはっきりとした感情が自分に芽吹いているのを感じていた。 今や心情的に最低と化した元彼よりも、よっぽどむつきの方が好ましい事に。 泣きじゃくる自分を見つけ介抱してくれ、寮の方にも高畑経由で連絡してくれた。 もちろん、むつきの言う通り仕事だからという面もあるだろう。 だがこうして酔って素が見えてもまだ、色々と美砂の事を考えたり、面倒を見てくれている。 元彼の行動の反動ではあっても、今美砂が一番異性に求めているのは思いやりだ。 自分の欲求を最優先するのではなく、何より美砂を優先して考えてくれる心。 釣り橋効果である事までは、美砂も理解していない。 ただ、むつきが風俗へ行こうとしていた事を聞いて最初に感じたのは嫉妬だ。 潔癖な中学生として、相手を不潔に感じるよりも先に。 だからつい張り合った自分に気付いて、好きになり始めている事を理解した。「ねえ、先生……私にセックス、教えてよ」 だから自然とその言葉が出た事には驚かなかった。 少なくとも、むつきなら怖くない、きっと優しくしてくれると確信できた。「保健体育を真面目に受けろ。てか、そろそろ寝ろよ。俺も眠いんだよ」「もう、先生のばか!」「んぐっ」 間違ったのは一体何処からか。 駅で人だかりに気をとられたことか、美砂を介抱した事か。 それとも無理してタクシーで送り返さなかったことか、それとも酔った彼女を招き入れた事か。 いずれにせよ、もはや後戻りが出来ない程にお互い酔っ払ってしまっていた。 飛びつくように抱きついてきた美砂の唇を受け止め、その勢いのまま共々ベッドに倒れこむ。「なんではぐらかすの。今私、すっごく先生の事が好きになり始めてる。元彼思い出しても腹立つだけだけど。先生を見てると凄いドキドキする。ほっとする」「酔って鼓動が早くなってるだけで、お前の行動は彼氏に対する当て付けだよ。それでも」 押し倒したのは美砂だが、それも瞬時に入れ替わってしまう。 元々、男と女で年齢も男であるむつきの方が圧倒的に上なのだ。 素早く美砂と自分の体を入れ替え、抵抗を押さえつけるようにその両腕を押さえつける。 言葉こそ美砂を諭してはいたが、行動はその間逆をいっていた。「柿崎……美砂、もう洒落じゃすまねえぞ。ぶっちゃけ、俺もそろそろ我慢の限界だ。風俗で玉ん中すっからかんにするつもりだったから、暴発寸前なんだよ」「やっぱりちょっと怖いけど、なんだろう……先生だと、元彼よりも怖くない。先生はまだ私の意志を確認してくれてる。私の事を先に考えてくれてる」「綺麗ごとだよ、んなもんは。俺の頭の中も、そいつの頭の中もかわんねえ。お前を抱きたい、それだけだ」 今度はむつきの意志で、組み伏せた美砂の唇を塞ぎ若く瑞々しいそれを堪能し始めた。 やや甘く、爽やかな匂いはルージュではなく、リップのためだろうか。 そこで美砂がチュウハイを飲んでいた事を思い出し、一部それの味かとその唇を舐める。 舐められると思っていなかったのか、組み伏せていた美砂がビクリと震えた。「んんッ」 思わずむつきが組み伏せていた手を話すと、幅のある川を飛び越えるように思い切ったように美砂が両手を背中に回してきた。 きつく閉じていた瞳も目一杯開けられており、次第にこれ以上ないぐらい赤面し始める。 そしてこれ以上ない程に体を密着させてから、むつきを睨んできた。 恥ずかし過ぎるぞこの野郎と、訴えるように。 先程は美砂をガキと呼び、風俗嬢を褒めちぎったが実際やってみると評価は上々だ。 唇一つ舐めただけでここまで過敏な反応が返ってくるとは、面白すぎる。「美砂、セックス教えてやるよ」「優しくしてね、先生」 もはやむつきも止める気はさらさらなく、深く、ねじ込むように美砂の唇をこじ開けた。 -後書き-ども、えなりんです。お久しぶりの方も、そうでない方もよろしくお願いします。連載が終了し、若干の今更感もありますが。書いてしまいましたネギまのオリ主ものを。とはいえ、主人公は完全な一般人。魔法については殆ど触れず、エッチな学園ものを目指します。若干、アンチっぽい表現が見られますが、やさぐれている主人公の主観です。またアンチかと言われるのが嫌なのでネタバレですが、ちゃんと高畑とも和解します。一応はハーレムものですが、しばらくはメインヒロインのみです。特に、普段スポットを浴びない子にスポットをが今回の命題。絶対の命題ではありませんが、早速そのスポットに当てられたのが柿崎美砂。彼氏が居た設定と別れた設定を利用させていただきました。彼女がメインヒロインであり、十数話まで彼女が主人公を独占します。とういうか、珍しくプロット無しで書いているので結果的にそうなったというか。この物語の向く先は、私の指先のみが知っています。現在、手元にて四十六話まで、二年の夏休み直前まで進んでます。ガンガン鋭意製作中ですので、お付き合いください。それでは引き続き、第二話むしろ本編をお楽しみください。