第九十九話 行け、闇の忍び三人衆 残り一週間を切ってから、夏休みという名の日々は瞬く間であったことだろう。 中学二年生として、夏を謳歌している美砂たちはもちろん、二学期を間近に控えたむつきもであった。 多少、大規模なひかげ荘バレという事件があり、後はもう小事にしか思えなかったこともある。 古が修行と称してひかげ荘周辺の木々を数本折ったり、長瀬と龍宮がこれまたひかげ荘の山中でサバゲーをして木々を傷つけたなんてことも。 三人には夏休みが終わるまで午前中の間はずっと、田中さんたち監視のもとで山の手入れをさせておいた。 もちろん、飴と鞭的な意味で時給五百円のバイト代もしっかり渡してあげたが。 それを聞いた一部、お小遣いが危うい数名が立候補したが作業の過酷さに翌日筋肉痛となりドロップアウト。 他にはまき絵がやってみたかったと、アキラの部屋のぬいぐるみの山にダイブして怒られたり。 あとは美砂と桜子がむつきの正妻の座を巡ってお料理対決して、四葉が圧勝したなんてこともあった。 むつきの母親の味を完全再現できるようにまで進化した四葉に、手料理で誰が勝てようか。 ならば皆でむつきの母親の味を覚えようとそのままお料理教室になっていた。「んー、今日で夏休みもついに終わりか。長かった、本当に長かった。俺のある意味で夏休みの宿題も終わったし……」 職員室のデスクに座ったまま、背もたれを軋ませながらむつきが腕を天井に伸ばし背伸びした。 ゴキゴキと鳴る体に涙をにじませながら、開放感に目一杯浸っている。 そんなむつきの目の前、デスクの上には他の社会科教師とも意見を出し合った夏休み明けの実力テストの問題用紙があった。 夏休みの宿題内容をもとに、多少力を入れてつくりあげた一品だ。 ちょっとだけずるをして小鈴に見て貰って、お墨付きをもらっていたりもする。「さて、そろそろ時間かな?」 背伸びを終えてチラッと時計を見ると、針が午後五時を指そうというところであった。 まだまだ夏場、こんな時間ではまだ外は明るいが、若干陽が短くなったようにも感じる。 その日の天候次第では時折秋を感じる風が吹くこともあるが、今日はあいにくその気配はない。「乙姫君、ギリギリといったところだね。間に合ったようで良かった。社会科が最後だったからね」「あ、新田先生。お待たせしました。これが問題用紙の原本になります」 開放感に浸り過ぎて、新田先生の接近に全く気付かなかった。 慌てて立ち上がってはデスク上の問題用紙をひっつかみ、新田の手の中に手渡した。「うむ、確かに預かった。今日はこれであがりかね?」「まあ、そうなんですけど」 新田の他にも数名いることはいるが、今頃慌てて二学期の準備をしている人なんていない。 比較的のんびりした雰囲気が職員室内に流れており、夏休み中の生徒の話で盛り上がっている人もいる。 だがむつきは仕事を収めても、のんびりお茶を飲んでいる余裕はなかった。 二-Aの夏休み収め、花火大会にお呼ばれしているからだ。 しかも、乙姫銀行を期待してか、買い出しの引率をなんてずる賢いことも仰せつかっていた。「生徒達の花火大会に、保護者役で呼ばれてまして。これから、誰か迎えが来るって聞いてます」「はっは、君は相変わらずだね。彼女たちにとって、君は頼れる兄みたいだな」 教師ではなく、兄と表現された部分に少しばかり思うところがないわけではない。 美砂たちに手を出し恋人になったことは別にして、ちょっと普通の教師とは言えない仲である。 お祭りや旅行に連れて行ったり、相談のついでにご飯を奢ったり、花火大会もそうだ。 金銭的なことも含め、教師というよりは良く面倒を見てくれる近所の兄という表現も間違いではない。 苦笑いを浮かべていると、一緒に笑っていた新田がふいにその顔を真面目なものへと変えた。「乙姫君、これは私の個人的な意見でしかないのだが……」「乙姫先生」「はい?」 新田の言葉の途中で名前を呼ばれ、釣られて振り返った先は職員室の出入り口であった。 出入り口に一番近かった先生がむつきへと手招きした後で、職員室の外を指さした。 その出入り口からひょっこり顔を覗かせていたのは、鳴滝姉妹と長瀬である。 鳴滝姉妹はお揃いの白いセーラー服、ただし下は短パンで、長瀬は濃紺の男物の着物姿であった。「先生、はやく花火の買い出しに行こう。ついでにお菓子も買って貰おう」「お姉ちゃん、口に出して言っちゃ駄目だって」「これこれ、二人とも職員室では静かに」 どうやら花火の買い出し組は散歩部としてむやみに麻帆良に明るい三人らしい。「はいはい、お前ら十分ぐらい外で待ってろ。すみません、新田先生。先ほど何か」「いや、なんでもない。彼女たちを待たせないよう、はやく行ってやりなさい」「そうですか?」 話が途中だったので仕切り直そうとしたが、新田の方が手を振って何でもないと告げて来た。 新田が何を言いかけたのかは気になるが、本人がそういうのを問い詰めるのもおかしな話だ。 ではお先にと、手早く手荷物をまとめてむつきは新田や他の先生方に軽く頭を下げる。 廊下に出て直ぐに、鳴滝姉が待ちきれないとばかりに足をばたつかせ催促してきた。「先生はやく行こうよ。この上、まだ美空を呼びに行かなきゃいけないんだし」「はいはい。春日も買い出し組? 一緒じゃなかったのか?」「みそらは、全然宿題が終わってなくて知り合いに監禁されたとか」「なんだそりゃ」 一体なんのことだと彼女たちが受け取ったメールを見ると、写メが一枚添付されていた。 黒っぽい服を着た春日が両手を上げるように助けを求めるポーズであった。 文面もヘルプミーと短く明確に助けを求めてきている。 その手短な文章の下にはインターネットのアドレスが添付されており、開くと地図が表示された。 地図が指し示すのは麻帆良市内の教会らしいが、何故そんなところを指しているのか。「よくわからんが。とりあえず、迎えに行くか。徒歩じゃちょっと距離あるからタクシーにでも」「先生、タクシーなんていらないって。ここは散歩部にお任せ!」「タクシーを捕まえに駅前まで歩くより、直線距離で歩いた方が若干早くなりますよ」 改めて携帯の地図を見ると、教会は繁華街や住宅街、商店街と言った一般の敷地にはなかった。 ウルスラ女子高等学校の学区から近く、同じキリスト系として何かしら関係あるのかもしれない。 確かに一旦、駅に向かい歩いてタクシーを拾うよりも、直線距離を進んだ方が早いだろう。 しかしながら、この近代都市を直線で進もうなどと土台無理な話である。 学園都市だけあって区画整理はされているが、それでも限度というものがあった。 大丈夫かなと、普段の悪戯から信頼度の低い鳴滝姉妹から、勉強以外では信頼度の高い長瀬に視線を向けた。「んー、大丈夫でござるよ。散歩部の威信にかけて、近道に関して嘘は言わないでござる」「あー、先生信じてないですね?」「よーし、二十分以内に到着できたら先生はジュース奢ること!」 鳴滝妹にはジト目で見られ、指差されドヤ顔で鳴滝姉に勝手な約束を取り付けられたのは自業自得か。「わかった、悪かった。なら二十分だな。よーい、スタート。あっ、ただしマラソンは簡便な」「走らなくても余裕だよ。まあ、一部強制的に走らされるかもしれないけど」 むつきが携帯のアプリからストップウォッチを取り出し、スタートさせた。 なにやら、不穏なセリフを鳴滝姉が呟いていたが小走りになることもなく移動開始であった。 楽しそうに手を繋いで先導する鳴滝姉妹の後を、やれやれと嘆息しながら長瀬とむつきが追いかけた。 だがその足は校門や裏門といった校内から外へと向かう出入り口に向かっていない。 まだ部活中の生徒が多い運動場の端を横切っていき、何処へ行くのかやってきたのは体育倉庫だ。「お前ら、何処に」「こっちこっち」 質問にも答えず来ればわかるとばかりに、鳴滝姉妹に手招きされてしまう。 やってきたのは体育倉庫裏であり、そこは学校を囲む塀とに挟まれた狭い人がすれ違うのも難しい狭い空間だ。 仮にここから塀を超えるにしてもむつきが背伸びしても微妙に届かない高さにあった。 クラスでもダントツに背が低い鳴滝姉妹はなおさらなのだが、双子の行動に迷いは一切ない。「は?」 そして、あまりの光景にちょっと裏返った声がむつきの口から洩れた。「よっほっは!」「お姉ちゃん、ポーズとってないで」 体育倉庫の壁と塀の壁、順次繰り返して足を引っ掛けた鳴滝姉が瞬く間に塀の上に立っていた。 おいおいと突っ込む間もなく、鳴滝妹も似たような身軽さで猫のように塀の上に立ち乗り越えていく。 壁はもちろんのこと、塀にも足を引っ掛けるようなでっぱりやへこみはないはずなのだが。 どういうことだと近づいてみると、ないはずの凹みが一定間隔でついていた。「長年散歩部が作り上げて来た近道でござるよ。このように」 そんなことを言いつつ、鳴滝姉妹とは異なり壁の凹みを一切利用せず長瀬は一跳躍で塀の上だ。「せめてこういう小細工か、人馬ぐらいしろよ忍者」「忍者ではござらんよ?」「俺スーツなんだけど」 多少、むつきはぶつくさ言いはしたが、元悪ガキの血が騒ぎ今日ぐらいはと童心に返ることにした。 鳴滝姉妹を真似て壁の凹みに足をかけては塀の上へと登り向こう側へと降り立った。 降りる時はその高さにちょっと躊躇したが、降り立ってから振り返ってみると改めて塀の高さが分かる。 向こう側からは無理をすれば手が届く高さだが、表側からは梯子でもないと無理な高さだ。 内側からの脱出専用ならば、防犯的にも問題ないことだろう。 それに校門を出てぐるっと回ってくるよりは、数分以上も時間短縮になることだろう。「先生遅い、時間稼ぎは卑怯だよ!」「無茶言うな。こっちは慣れてないんだ、大目に見てくれ。ほら、喋っている間に」「お姉ちゃん、急ごう。ただし、散歩部的に歩いて」 それがルールだとばかりに、走るのは厳禁だとばかりに鳴滝妹が姉の手を引いていた。 この調子ではいったいどんな道を通らされることやら。 案の定とでも言うべきか、まともな道の上を歩くことの方がすくなかったかもしれない。 垣根の上をジャンプで通り過ぎるのは序の口。 ちょっと遠回りすれば橋があるところも、飛び石があるからと川をほぼ突っ切ったり。 鳴滝姉妹が通れるのだから大抵の通り道はむつきも通れたのだが。 とある建物の壁に小さい穴がある個所を潜る様な場合は、さすがに無理であった。 そんなの関係ねえとばかりに、塀を一跳びする長瀬に上から手を引いて貰いクリアである。 いっそ遠回りしてでも走った方が楽なのではという工程を繰り返しやって来たのは聖ウルスラ高等学校まえであった。 ただし、校門前なんて生易しいものではない。「いや、まさか。確かに、いくら麻帆良女子中の教師といえど。ウルスラの校内を突っ切る方より良いとはいえ……」 むつきが見上げているのは、聖ウルスラ高等学校をぐるりと囲む塀である。 日本式のコンクリート製ではなく、校舎との絵面に良く合う煉瓦を積み上げた塀であった。「ここは滅多に使わないんだけど。ジュースがかかってるから、楓姉お願い」「足を滑らせないよう、気を付けるでござるよ」 鳴滝姉のお願いに応え、長瀬が彼女を抱えて軽く投げるように塀の上へと押し上げた。 続いて鳴滝妹も同じように塀の上に押し上げられ、次に長瀬はまたしても軽々とジャンプで塀の上。 そして懐から取り出した荒縄を垂らし、ぐっと踏ん張りむつきを引っ張り上げる格好だ。「いやいや、お前ら女の子だから良いけど。大問題だからね、特に俺は」「有事の際は拙者らが擁護するでござるよ。それに、こちら側は体育館の裏でござるから、部活の女子更衣室が見えたりと。先生的に、嬉しいハプニングは皆無でござる」「いや、もっと根本的な」「先生、速く。駄々こねると、ロスタイム発生させるよ」 一応渋ってみせたが、鳴滝姉にせっつかれ仕方なく長瀬の言葉を信じることにした。 縄を掴んでなかば力ずくで塀の上まで引っ張り上げられ、鳴滝姉妹、むつき、長瀬の順で塀の上を歩く。 もちろん、四人の姿は校内や校庭から全く見えないわけではなかったのだが、その時間は一瞬だった。 長瀬が言った通り、校内からの視界は巨大な体育館に即座に遮られたからだ。 逆側からの視線も建物だったり植木が影となって、見咎められることは殆どなかった。「鳴滝姉妹、ロスタイム三分な」「え、本当。やった、これで慌てなくて良い」「先生本当に良いの?」 そんな軽口が出るぐらいに安堵したむつきであったが、それは早過ぎる安堵であった。「むっ!」 むつきの言葉に鳴滝姉妹が振り返り、むつきの視線も二人へと降りた時である。 いち早くそれに気づいた長瀬の声に釣られ、細く長い一本道の前方へ振り返った鳴滝姉が急に立ち止まった。「うわっ!」「きゃぅ!」「おっと、危ない」 当然のことながら、鳴滝妹が姉の背にぶつかり、バランスを崩したところをむつきが支える。 一体どうしてと鼻を抑えた鳴滝妹とそれを支えるむつきが前を向いて気づいた。 塀の道のりはだいたい半分といったところであろうか。 通せんぼをするように聖ウルスラ高等学校の女子生徒が一人、塀の上に腕組みをして立っていた。 あやかのように国外の血が流れているのか日本人顔なのに輝くような金髪を持った女の子だ。 その表情は決して穏やかなものではなく、最大限警戒するように厳しい視線を向けてきている。 気圧されるように後ずさった鳴滝妹をむつきが抱き寄せるように宥め、姉の方は逆に睨み返していた。「全く、何者かが忍び込んだと警戒してみれば……貴方たちが、噂のさんぽ部ですね?」「そうだけど。ちゃんと発掘ルートとして登録されてるよ」 剣呑な雰囲気故、鳴滝姉の味方をしたいが見知らぬ言葉が出て来たので鳴滝妹に尋ねる。「発掘ルートって?」「さんぽ部は、近道とか裏道をマップ化してるんです。それが発掘ルート。だけど、私有地なんかを通る場合は事前に許可を取っておいたり、色々ルールがあるんです」「ちなみに、このルートは許可こそあれ女子限定でござるよ」「おい、初耳だぞ!」 考えてもみれば、制限ルールがなければ危険な場所など小さい子にとっては危険なルートもあろう。 また現状の様に、男子禁制をルールとしなければいけないルートだってあるはずだ。 限定的とはいえ女子高の内部を眺めることができてしまうこのルートが女子限定なのは当たり前。 つまりは、同じ塀の上に立って睨んできている女の子の怒りも当たり前である。「あー、ごめん。男子禁制って知らなかったんだ。俺は二度とここを通らないから」「貴方はご存知なくても、さんぽ部の三人は知っていて当然ですが?」「ですよね、正論ですね」 一応言い訳を試みてみたが、むしろ鳴滝姉妹や長瀬以上に剣呑な瞳で睨まれた。 こりゃ参ったと視線こそそらさなかったがむつきが困っていると、相手の女の子の表情がハッと変わる。「貴方は!」「ん? あぁ、俺は」「そう、そういうこと。ついに正体を現しましたね、闇の福音の伴侶。大方、ガードの堅い中等部を諦め、あの悪の魔法使いの為にこのウルスラに標的を変えたのでしょう!」 突然、ビシリとむつきを指さし叫んだ彼女とむつきたちの間になんだか冷たい風が流れ込んできた。 夕暮れ時とはいえ歩き通しでジワリと体に浮かんだ汗が冷え込み寒ささえ感じてしまう。 だが当の本人は、むつきたちの微妙な表情に気づかずノリノリで口上を続けている。「しかし、残念でしたね。聖ウルスラ女子高等学校に、この高音・D・グッドマンがいることを知らなかったとを後悔しなさい!」「あっ、ごめん。ちょっとタンマ」「えっ、あ……はい、どうぞ。はっ、しまったこれは汚い悪の魔法使いの罠。しかし、正義の魔法使いたる私が一度許可したものを易々と覆すのも!」 彼女のノリについていけず、片手をあげてむつきがそう宣言をした。 タンマ宣言が出てくるとは思っていなかったのか、割と簡単に許可は出たのだが。 出した後でグッドマンと名乗った彼女は、一人頭を抱えては色々と苦悩し始めたようだ。 ただ前言撤回する様子はなく、性根は素直でまじめな子であることは疑いようもない。 その間に狭い塀の上なのでちょっと無理があったが、可能な限りお互い近づいてささやき合う。「俺たち、ルール破って怒られてたんだよな? あの子、なんで急に演劇の練習なんか始めたんだ?」「先生、オブラートに包み過ぎだよ。あれが中二病って奴じゃない。高校生にもなって……」「お姉ちゃん、むしろ私たちが中二病なんじゃ。楓姉と忍者になるための修行してるし」「にんにん、ここは一つルール破りをなかった事にする為に、相手の趣味に付き合ってあげるでござるよ。上手くごまかせるかもしれぬでござるから」 流石にこの年でと渋ったのはむつきだけで、割と鳴滝姉妹もやる気十分な顔であった。 律儀にまだかなっと、こちらの相談が終わるまで馬鹿正直に待っていたグッドマンに振り返る。 小さな体で精一杯威厳を出そうとふんぞり返っては腕を組み、鳴滝姉が言った。「はっは、良くぞ見破った正義の魔法使いよ。我らは闇の、闇の……なんだっけ?」「闇の福音だよ、お姉ちゃん。先生はその伴侶って設定」 相手の設定が一度では聞き取れておらず、後ろからこそっと鳴滝妹のフォローが入る。「そうそれ、闇の福音の伴侶を守る闇の忍び三人衆!」「そんな、何時の間にか生徒の中に部下を紛れ込ませているなんて?! やはり、学園長はあの悪の魔法使いを自由にさせ過ぎているのよ」「おい、急に設定が生えたぞ。学園長が正義の魔法使いの偉い人って、仙人みたいでぴったりだけど」 あまり急に設定が生えすぎると前後に矛盾が生まれやすいので、適当にあしらって通り過ぎるのが吉だ。 俺一体なにやってるんだろうという疑問は彼方に放り投げ、照れたら終わりとむつきも演じ始める。「くっくっく、見つかっては仕方がない。だが、飛んで火にいる夏の虫とはこのこと。手勢を集めず、一人蛮勇に酔いしれ敵の前に現れたことを後悔するが良い。行け、闇の忍び三人衆。奴を捕えるのだ!」「行くよ、史伽!」「何時ものあれだね、お姉ちゃん!」「そんな、私は誘い出されたというの?!」 良くある漫画やアニメの悪役の様に手を大げさに振るって、捕えよと仰々しくむつきが命令する。 その後でちょっと照れてしまったが、鳴滝姉妹はまだ照れまで達していない。 いかにも熟練の連携技がとばかりに、てーっと危なげなく塀の上をグッドマン向けて走った。 驚愕したように歯を食いしばりながら一歩後ずさるグッドマン。 しかし何かを思い直したように踏みとどまっては、駆け寄ってくる鳴滝姉妹を睨みつけた。「まだ未熟ながら正義の魔法使いを目指す身、せめて一太刀!」 そう覚悟を決めたように強く呟いた彼女の影が形を変えたが、鳴滝姉妹やむつきは気付かなかった。 なにせ建物に囲まれた元々が影の中にいるため、彼女自身の影は風景の影に溶けて見えない。「さすがにそれは、まずいでござるな」 最後尾にいた一番現状を詳しく把握している長瀬が、すばやく着物の袖口から両手にクナイを取り出す。 何時でも投げられるよう、むつきたちには見えていない影を目で追っていたわけだが。 彼女が感じた危機は、明確な形になって現れることはなさそうであった。 塀の上を走っていた鳴滝姉妹がグッドマンに飛びかかるように、塀の上を飛んだ。 恐らくこの時グッドマンには、小柄な二人が重なって一人の少女に見えたことだろう。 一体どんな秘術をと警戒した彼女の前で、鳴滝姉妹が声を重ねて叫んだ。「忍法、分身の術!」「って、それ元々二人です!」 一時姿を重ねてもいずれは分かれるわけで、律儀にグッドマンが突っ込んでいた。 中二病の不思議ちゃんかと思えば、突っ込み体質でもあるらしい。 それは相反する属性なので、どちらかに統一すべきとも思えるのだが。 彼女が突っ込みで技後硬直になった隙に、鳴滝姉がグッドマンの足元を潜り抜けていった。 まさかと自分の股座を潜っていく鳴滝姉を見ようと頭を下げたところで、鳴滝妹がその背に手をつき馬跳びで飛び越えていく。 これら全て足元がおぼつかない細い塀の上でしているのだから、小柄とはいえさすが二-Aの生徒だけあって身体能力がずば抜けている。 だがさらに言えば、二-Aの中でも彼女たちの悪戯心もまたずば抜けていた。「からの、神風の術!」 鳴滝姉妹の見事な連携に度胆を抜かれていたグッドマンは、とても無防備であった。 流れるような連携技の最後の一撃、鳴滝姉の両手が鮮やかに彼女のスカートを跳ねあげた。 ふぁさりと舞い上がり始めた、しかも運が悪いことに夏の夕暮れが涼しげな風を吹かせる。 風を受けて凧が舞い上がるように、彼女のスカートもまた舞い上がっていった。 これでもかと、中身を見せつけるように絶対不可侵の領域が周知にさらされていく。「うわっ、お……大人だ。ゆえ吉の紐パンより」「私は絶対無理。さすが高校生」「いやぁぁっ!」 慌ててグッドマンがスカートを抑えるがもう遅い。 間近で見てしまった鳴滝姉妹は同性ながら羞恥心を感じて視線をそらしているのである。 糸目の長瀬はちょっと不明だが、むつきは正面からばっちり見てしまっていた。「良くも、正義の魔法使いである私にこんな屈辱を」「いや、ごめん。謝るから、まずはここを降りてなにか履かないか? また事故が起きないとも限らないし」 怒りに打ち震え拳を握るグッドマンを前に、さすがに演じるのは無理だとむつきは両手をあげた。 まだ演じることを止めない彼女の根性には感服するが、高所にいるのはなにかとまずい。「そうやって言葉巧みに……たくみ、あれ?」 このままズボンになってしまえとばかりに、スカートを抑えていた彼女がなにか違和感を感じたらしい。 羞恥に顔を赤らめちょっと涙目だった顔が真顔になり、ぱんぱんとお尻周りを手で叩き始める。 なにかを確かめるように、いやまさかと何度も確かめ、その度に顔色は真逆に青くなっていく。 やがてその手も事実を認めるしかないと動きを止め、呆然としながらも思い出すように呟いた。「そう言えば今日は影の鎧の練習のために、全裸で。だって肌に直接身に着けた方が防御力が……」 ぶつぶつと絶望を味わうように、一つ一つ事実を思いだし、ギギギと音を立てながらむつきを見た。「もし、もしかして」「いや、事故だ。信じて貰える要素皆無だけど!」「私の大事な、まだ誰に! あら?」「危ない!」 これまで以上にむつきを睨みつけ怒り心頭で踏み出した一歩を、彼女は見事に踏み外していた。 咄嗟にむつきが駆け寄りその手を掴むも、ノーパンでスカート捲りを受けて見られた跡である。 反射的にグッドマンがその手を拒否するように払いのけ、反動で余計に大勢を崩す始末。 悲鳴も上げられないまま彼女の体は頭から、落ちようとしていた。 しかし緊急事態、それも生徒と呼んで憚らない相手には普段はないパワーを発揮するむつきである。 自分もまた塀から落ちるように体を投げ出し、その腕を掴みとった。「いかん!」 鳴滝姉妹が危ないと叫び、これは予想外と長瀬もまた塀の上から飛び降りていく。 グッドマンを引っ張りその顔を胸に抱く様に抱き寄せたむつきに、長瀬が手を伸ばした。 完全に大勢が崩れている二人が受け身を取れるように可能な限りサポートする。 二人を回転させ一番ダメージの少ない尻もちの形で落とそうとしたのだが。「いやぁ、汚らわしい!」「いででで!」「二人とも案外余裕でござるな!」 わずか数秒もないはずの空中で激しくグッドマンが抵抗したのが運のつき。 長瀬のサポートも中途半端な形となり、どしんとかなり痛そうな音が二つ鳴り響いた。 足りない分は長瀬であり、彼女はちゃっかり足から綺麗に着地していたわけだが。 自分のサポートの結果を見るや否や、ぽりぽりといつもの糸目で頬をかき始める。「どうして、こうなったでござる」「お姉ちゃん、あれって……」「ゆえ吉なんて相手にならないぐらい大人、になっちゃった」 中途半端にお尻から落ちたグッドマンに、結局背中から落ちてしまったむつき。 もちろん二人は折り重なっており、あとは語るまでもないかもしれない。 綺麗に顔面騎乗位となる形で二人は地面の上に落ちてしまっていた。「んごんぁ!」「痛たたっ、あん。くすぐった……い?」 どいてとばかりにむつきが声をくぐもらせると、痛みよりもとグッドマンが腰をくねらせる。 おかげで余計に彼女の股座とむつきの顔の密着度が深まって行っていた。 もしかすると彼女の方がわざとやっていたのではと疑いたくもなるほどだ。 現状に気づくや否や、ばっと大きく跳び退ってはスカートが破れそうになる程に押さえつけていた。 熟れたりんごのように顔を赤面させたまま、言葉にならない言葉を何か告げようとしている。「あっ、ぁ……」 一方で顔面騎乗位からようやく解放されたむつきは、激しく呼吸をしてはむせ始める。「ぷはっ、げほ。なんだ、誰だ俺の息を止めたのは。死ぬかと、痛っ。背中いた、けど。すげえエッチで嗅ぎ慣れた良い匂いが……」「責任を取ってください!」「えっ、あ……」 そして両手で顔を抑え泣きながら彼女が去っていくのを、呆然と見送ることしかできなかった。 引き留めようと手が伸びることも、言葉をかけられることもなく。 長瀬をみると視線をそらされ、鳴滝姉妹を見上げると普段は貰えない大人を見る尊敬に似た眼差しが返って来た。 ひとまずむつきにできることと言えば、他に人が来る前に逃げることだけであった。 再び長瀬に手伝って貰い塀の上に上り、とっとと聖ウルスラ女子高等学校を通り抜けていく。 そこまでくれば、あとは難所と呼べるような場所はない。 普通に道路を歩き、垣根を飛び越えたり塀を乗り越えることもなくたどり着いた。 洋風建築溢れる麻帆良でも割と珍しい部類の教会の前へとたどり着く。 大きな扉のドアノッカーを代表でむつきがガンガンと叩くと、しばらくして向こう側から開けられた。「あら?」 開かれたドアの隙間から顔を覗かせたのはシスターさんだが、意外な人がとでも言いたげにしていた。「あっ、と。確か……高畑先生と飲んでた時にいたシスターさん?」「それにほら、麻帆良祭の人気投票高等部の部で二位を取ったシスターさん」 こちらも見覚えがとむつきが呟き会釈すると、鳴滝妹が後ろからスーツの裾を引っ張りささやいて来た。 あの時むつきは檀上で落ち込んでいたので、その時のことはあまり覚えていない。 だが夏休み初めのお疲れ様会で飲んでいた時に、刀子と一緒に近くにいたことは覚えている。 むこうもあらと、覚えがありげに呟いたのもその時のことを覚えているからだろう。「こちらに、春日という名の中学二年生が来ていませんか?」「美空なら、確かにいますが。どのようなご用件で?」「夏休み最終日だから花火大会するんだけど、これこれこういうわけでーす」 途中から説明が面倒になったのか、鳴滝姉が春日から受け取ったメールをシャークティに見せた。「へぇ……」 すると一瞬、聖母の顔が鬼神になったように見えたが気のせいか。 疲れ目かなっとむつきが目頭を押さえていると、鳴滝姉妹もぷるぷると震えていた。 もう明日は九月、夕暮れの風は少し冷えてきたもんなと現実逃避である。「あの子は、宿題を全くやっていなかったので奥で缶詰にしているのですが」「あー、そこは明日の始業式後に僕がマンツーマンできっちりやらせるというのでどうでしょうか?」「…………」 案の定ともいうべき理由で、教会の奥に監禁されているらしい。 ただ、何故教会なのかは不明だが、せめてものむつきの提案にシャークティがじろじろと見てくる。 夏休み中に終わらなくてもと教師らしからぬ言葉が真面目そうな彼女を刺激したか。 でも折角、クラスの皆で最後の思い出をというのならば、行かせてあげたいのが人情だ。 教師としては間違ってるが人としては間違ってませんと、無意味に胸を張ってその視線を受け止める。 すると色々と思案に暮れていたシャークティが一つため息をついて、どうぞと扉を開けてくれた。「ココネ、この方たちを美空のところへ。大変遺憾ながら、今日のところは釈放です」「ハイ。美空はこっち」 教会に入ると礼拝用の長椅子の一つに座っていた小さなシスターちゃんがいた。 冷めた目で世間を見ていそうな半眼だが、素直にシャークティの言葉に従い案内してくれるそうだ。「ねえ、君。美空はなんで教会になんかいるの?」「お姉ちゃん、なんかって言っちゃ駄目だよ」「見習いシスターだから」「アイツが、見習いシスターって。似合わないにも程があるだろ」 小さな案内人に連れられて教会の奥へと向かったのは三人だけ。 扉を開けたままのシャークティのそばには、何時ものニコニコ顔の長瀬がこそっと残っていた。「貴方は行かないのですか?」「にんにん、少々裏の事情が分かる御仁に伝えておきたいことがあるでござるよ」 さすがに先ほどのグッドマンよりは人生経験豊富故か、それともシスターという職業柄か。 唐突な長瀬の裏を知ってますよ宣言の前に、シャークティーはぴくりと眉を動かすのみであった。「実は、先程。聖ウルスラ女子高等学校の敷地内で、貴音・D・グッドマンなる魔法生徒に危うく先生と鳴滝姉妹が魔法の存在を暴露されかけたでござる」「は?」 だがさらに突飛な事情を暴露されては、裏返った声で問い返さずにはいられなかったようだ。 そこで長瀬が改めて詳細な説明を行い、勘弁して欲しいとチクリと釘を刺しておいた。 もちろん、女子高の敷地にむつきが足を踏み入れたことも悪い。 だが正義の魔法使いを目指す人にとっては、魔法の秘匿の重要さに比べれば小さなことだろう。 案の定、シャークティはむつきに向けた時以上に大きく、それは大きくため息をついていた。「あの子の担当はガンドルフィーニ先生だから、注意して貰います。それで彼女は、許してくれるかしら?」「まあ、今回は未遂でござるし。エヴァ殿もあまりうるさくは言わないでござるよ、たぶん。他人にガミガミするより、先生とらぶらぶしていたい年頃でござる」「全く想像できないわ。あの闇の福音が、何処にでもいる一般人と……」 どう想像しても、エヴァがむつきを虐げているか、血をむさぼっている想像しかできない。「シスター殿は、エヴァ殿と言葉を交わしたことは?」「殆ど、事務的なこと以外はありませんが?」「まともに喋ったこともない相手のことを想像できる方が変でござるよ。拙者も、アメリカの大統領はそもそも名前も知らないでござるが。朝食に何を食べているか、想像もできないでござる」 相変わらずの糸目で何処を見ているのか、にんにんと笑みを浮かべながら長瀬がぽつりとつぶやく。 何気ない一言ではあったが、それが小さな針にでもなったかのようにシャークティの心を貫いた。 今まで名前や悪名以外何も知らない相手を、一方的に嫌うか遠ざけていたのだ。 いうなれば同じ組織に属する隣人と言えなくもない相手を愛する出なく遠ざけていた。 それこそ相手が朝食に何を食べているかさえ、想像できないぐらいに。「こういう時に、日本では一本とられたというのかしらね」「にんにん」「ところで、日本にはまだ忍者っているのかしら?」「忍者ではござらんよ」 ひとまず、春日のクラスには忍者が一人いるのねとシャークティは知ることができた。 その同じクラスにエヴァがいて、他にもいろいろと問題児がいたりする女子中等部の二-A。 半ば麻帆良にいない高畑に代わり、クラスを纏める一人の一般人に少し興味を持ったシャークティであった。-後書き-ども、えなりんです。ラブコメで”偶然”女の子に顔面騎乗位されてしまうのは定番。あと、はいてない時に限ってスカートが(略以前この人の出番云々で聞いた時に、高音とあったので出してみました。なんていうか、ちょっとアレな扱いになってしまいましたがwでも原作からして、こんな役柄でしたよね?次回が第二部のラストです。花火大会やって、最終日の夜をちょろっとやります。エッチな話はなしですが。来週の土曜日です。