第百七話 誰だ、私のむつきをこんなにしたのは! 来ちまったなと、むつきが見上げているのは一軒の教会である。 以前に鳴滝姉妹や長瀬と共に、春日を迎えにやって来たシスター・シャークティがいる場所だ。 現在時刻は十七時と今頃むつきは、水泳部の部活に顧問として監督する義務があった。 それをコーチとして退部後に就任した小瀬に一時任せやって来た。 結局お昼休みに暴走して和美を腰砕けにした後も、全くおさまらなかったのだ。 気力でなんとか今日を乗り切ったものの、下手に性欲を抑えた為反動が凄かった。 それこそ、先日の始業式後のホームルームで神楽坂が素っ裸に見えたぐらいに。 嫁とか二-Aとか全く関係なしに、校舎内を歩く生徒が全員全裸に見えた。 もちろん実際そんなことあるはずもないのだが、愛の有無に関係なく見えてしまったのだ。 そして男として自然と、誰々が良い体をしている、セックスしたらどんな味わいかと。 嫁の大半が生徒であるため、せめてこの胸に抱いた愛だけはと思っていたのだが。 今のむつきには、手当たり次第にそれこそ力ずくでもなんて不埒な考えしかなかった。「はあ……」 俺は本当に大丈夫なのか、色々な意味で心配になり結局やって来てしまったのだ。 他に相談できる相手がいないと、見ず知らずの神父様を頼って。 内容がもう少しまともならば、相談相手に困らないぐらい友達はいるのだが。 祖父を含め、色々とシミューレートしてみたら、やれば良いじゃんと社会人失格の答えが返って来たので最初から相手として失格だった。「当教会になにかご用でしょうか?」「え?」 門前で大きなため息をついていたのが分かりやすかったのか、声が聞こえたのか。 不必要な程に大きな教会の扉が開かれ、一人のシスターさんが中から顔を覗かせた。 たぶん日本でいう巫女服と似たような意味を持つ修道服を着たその人はシャークティであった。 ほら案の定、顔以外の殆どを衣服の奥にしまい込んだその肢体に俄然興味がわいて来る。 隣人を愛せよ、なら今から神の前で隣人である俺となんて中学生並みの妄想が沸いて来た。 そんな邪気がはっきりと伝わったのか、何やら軽く身構えられたような気がした。「神父さんはいらっしゃいますか?」「神父様ですか、あいにくお出かけに……もしかして懺悔でしょうか?」「懺悔、いや。俺悪いことなんかしてないですよ?!」 急におどおどし始めたむつきを前に、シャークティは毒気を抜かれたように肩の力を抜いた気がした。 少なくとも彼女が知る限り、麻帆良一の問題児と付き合うような男は懺悔と聞いて鼻で笑うイメージだ。 こうも普通の、一般的な日本人の懺悔に対する発想をされれば力を抜かずにはいられない。 しかしそれと同時に、シャークティは目の前でおどおどするむつきに興味深げな視線を向けて来た。「なにも過去の罪を告白するだけが懺悔ではありません。胸に抱いた悩みを打ち明け、心を軽くしてさしあげるのも懺悔の一種。主に誓って秘密は厳守されますから、ご安心を」「あ、そうなんですか。でも、神父さんがいないなら」「いえいえ、もうじき帰ってまいりますから。懺悔室で数分お待ちください」 半身を覗かせるだけしか開かれていなかった扉を開け、にこやかにシャークティが中へ促した。 どうぞと手のひらを奥に差し出されては、日本人として相手に従わずにはいられない。 彼女の勧めで教会に足を踏み入れ、懺悔室はと思えば意外な場所にあった。 入り口から祭壇に続く絨毯、その両側にはお祈りまたは結婚式を祝う友人席の長椅子がずらりと。 むつきの教会のイメージそのままだが、懺悔室は教会の人目につかない奥かと思いきやすぐそこにあったのだ。 祭壇の横とは言い過ぎだが、長椅子の最前列のすぐ目の前に。 一見電話ボックスのような縦長の箱に、申し訳程度に削り細工を施されてはいるが。 拍子抜けするぐらい、本当にちょっとおしゃれな電話ボックスにしか見えなかった。「これ?」「皆さん、良くそういう顔をされますが。これと指さされたのは初めてです」「ああ、ごめんなさい。それじゃあ、少し中で待たせてもらいますね」 指さした手をぱっと後ろに隠し、むつきが謝罪を口にしたことでシャークティが目を丸くする。 むつきの一挙一動を不思議がるように、その姿が電話ボックスならぬ懺悔室に消えていくまで。 そしてぱたりとドアが閉められたところで、うーんと思い悩む様に額に手を当てていた。 教会内に今は誰もいないことを、特に悪戯好きな春日やその妹分がいないことを確認する。 それからそそくさと懺悔室を放れて、その裏側、話を聞く側のボックスの前に立った。「魔法で声を変えて、恰好は良いわね。別に見えないんだから。あ、あー……うん、神父様の声だわ。今日限り、主よお許しください。これも彼女を麻帆良の一員として理解するがため」 発生練習を始めた彼女の声が、若い女性のものから若干しわがれた壮年の男の者に代わっていく。 誰かにみつかれば、物まね得意ですねっと言われそうなほどに姿と声がミスマッチである。 敬謙なシスターとして悪戯っ子だったあの頃より、二度と使うまいと思った変声の魔法だ。 これもある意味で正義の主の為にと祈りをささげてから、彼女もまた懺悔室へと足を踏み入れた。 薄暗い懺悔室の中で椅子に座っていたむつきは、向こう側とを隔てる鉄網の向こうに気配を感じ取った。 個室の暗さで鉄網を通してもその姿は見えなかったが、明確な気配を感じる。 それ以前に、向こう側が一瞬明るくなり扉の開閉の音が聞こえたからこそであったが。 案の定、向こう側にも椅子があるようでギシリと軋んだ音の後に声をかけられた。 年齢を重ね様々な人の悩みを聞いて来たであろう重厚で落ち着いた声である。「お待たせして申し訳ない。私がこの教会の神父です。迷える子羊よ、主を前にその胸のうちを告白しなさい。ああ、もちろん秘密厳守の為に名乗りは不要ですよ」 経験に裏打ちされた自身だろうか、一言二言を聞くだけで随分と安心できる声でもあった。 この人にならそう思わせるような声であり、少しばかりむつきの緊張もほぐれ始めていた。 しかし、多少緊張がほぐれたところで、例の件を率直に相談するわけにもいかない。 待っている間にいろいろ考えてみたのだが、なにから話して良いやら。 むつきが色々と思案してなかなか喋らない間も、辛抱強く神父はその口が開くのを待ってくれていた。 その辛抱強さ、先を急がせない雰囲気がまた一つ、むつきの心を解きほぐす。「あの俺、麻帆良学園女子中等部で教師をしてます。あと、付き合ってる人がいて。俺なんかにはもったいないぐらい美人で可愛くて、意地っ張りな寂しがり屋が」「ほ、ほう……では私と同じく聖職者ですな。ふふ、神と契りを結んだ私とはちがい伴侶を得ても良いところは違いますが。そのような美人とは、少々羨んでしまいます」「いやあ、すみません。懺悔に来たのに、のろけに来たみたいで」 下世話な話が嫌いな真面目一辺倒でもないのか、少々前のめりになった雰囲気があった。 当然、まさか神父さんがとむつきも自分の気のせいだと思っていた。「他者から尊敬されるべき神聖な職と、美しい伴侶を得る。人が羨む生を謳歌しているように聞こえますが」「それが……」 さてどう説明しようと改めて、もう少しだけ落ち着いて考える。 一度口を開けば神父さんの雰囲気もあって、思ったよりは滑らかに口が動いた。 しかしここからはなめらかだけではと、可能な限りちょっとだけ模造を込みで言った。「先程も言いましたが、僕は麻帆良女子中の教師です。女性とも呼べない若い少女たちを教え導く立場にあります。もちろん、愛している人はいます。けれど……」「聖職者の身でありながら、うら若き乙女を前に目移りしてしまうと」 むつきが苦しい胸の内を明かせずにいると、神父さんが察した内容を呟いてくれた。 自ら口にせずとも済んだ反面、心の内を知られるのは一部とはいえ何とも言えない気持ちだ。 その気持ちも、数秒程度のことであったが。 突然、バキッと何かがきしみ壊れるような音が鉄網の向こうから飛び込んできた。 思わず椅子から転がり落ちそうな程に大きく激しい音だったが一体何があったのか。「し、神父さん?」「失礼、どうにも設備が古くなっていたようで」 うちのひかげ荘どどちらが古いだろうと、天井や壁を見上げてむつきは言われるがままに納得した。「まさか、本日の懺悔とは。生徒の一人に手を……」「それこそまさか。僕は愛しているのは、アタナシアです。現在も共に暮らしています。出勤前には行ってきますのキスをして、お弁当を貰います。帰るまでの間にも、寂しい会いたいとメールしたり。夜はもちろん、一緒にお風呂に入って愛の結晶を作る為に毎晩欠かさず!」「いえ、申し訳ない。こちらの失言でした」 神父さんの私的に無茶苦茶焦って、色々と性活を含め喚いたら引いてくれた。 焦ったまさか、一人どころかクラスの大半であることが発覚したら終わりである。 俺なんでこんなチキンレースみたいなことしてんだろうと、ふいに我に返ったほどだ。 謝罪は受け取ったものの、もう帰ろうかなと思い始めてもいた。 だいたいにして、性欲過多で生徒をエロイ目で見てしまうと相談したところでどうなる。 そもそも、可愛い女の子をエロイ目で見ない方が失礼じゃないか。 実際に手を、出してしまった場合はさすがに一般論じゃ語れないと立ち上がりかけた尻が椅子に落ちた。「時に神父さん。いっそ腹を割って話します」「はい、私はもとよりそのつもりです」「僕は、教職の身でありながら生徒をそういう目で見てしまうことがあります。妄想だってあります。生徒を人気のない部屋に連れ込んで悪戯するような。もちろん、実際はありません。妄想です、それで一発抜きます」「抜く? 一発抜くとは」「あれ、神父さんも外国の方です? あのシスター・シャークティさんと同じ、日本語上手いですね。オナニー、これドイツ語だっけ。マスターベーションですよ」「オナ、マス。えっ、あの……素晴らしい美人の伴侶がいるのにですか?」 おいおいと、戸惑いの声をあげる鉄網の向こうに腹を割れよとむつきが失笑交じりに言った。「怒られようが言います。愛のあるセックスと自分勝手なオナニーは違いますよ。神父さんも男ならわかるでしょう。綺麗な人ですよね、シャークティさん」「え、いえ。そんなことは」「えー、嘘だあ。修道服に包まれた凛とした顔に、スカートから伸びるすらっとした足なんか最高じゃないですか。国籍知らないですけど、異国のシスターさん。まさにエキゾチック」「普通です、わた。彼女は普通の敬謙なシスターですよ」 何故お前が謙虚なんだと、第一印象のみでむつきはシャークティをそう評した。 お昼の和美のように、私を食べてなんて言われたら絶対に断らない自信があった。 その性欲、獣欲の懺悔に来ておいてなんだが、門前でのシャークティ相手の妄想で十分抜ける。「分かった分かりました。割った腹を天日干しにします。さっき言いましたよね、僕は生徒を相手に妄想にふけってしまうと。一目見て、シャークティさんも例外じゃなかったですよ」「ッ?!」「お近づきになれるならなりたい、もう少しだけふわっと柔らかく笑って欲しいですけど。いや、真一文字に結んだあの唇が凛として。彼女は綺麗だ、そそる。一発やりたい!」 拳を握りしめる程に力説し終えた後、鉄網の向こうからは沈黙しか返ってこなかった。 その沈黙を前にして、だらだらと背中にいや全身に嫌な汗をかき始める。 俺は本当にここに何をしにきたのかと、改めて自問自答しはじめた。 少なくとも、少なくとも教会の神父さんに貴方のところのシスターと一発やりたいという為ではない。 守秘義務ってどこまで守られるのと、通報されませんよねと不安になってきた。「いや、はは。ちょっと熱くなり過ぎちゃいました。すんません」「いえ、黙りこくって申し訳ない。貴方を苛むお悩みがとても良く分かりました」「むしろ忘れてください。いやあ、死にたい。シャークティさん近くにいませんよね、これ声聞こえてませんよね!」「ご、安心を。彼女には先ほど、お使いを頼みましたので」 良かったっとほっと胸をなでおろし椅子に深く腰をかけたが、すぐに佇まいをただした。 もう本当になにしにここに来たか分からないが、このあふれ出る煩悩をなんとかしたかった。 自分勝手なそれこそオナニーまがいの行為で、愛を見失ったままお嫁さんたちを壊さないように。 あやかたちはむしろ獣欲をぶつけられたいといったが、怖いものは怖いのだ。 もし本当にそれをやった時に怯えられたくない、それこそ嫌われたくない。「ねえ、神父さん。間違ってますかね。僕はこんな、良く知らない綺麗な人を見るだけで一発やりたいって叫ぶような人間ですよ。薄汚れた年中真っ盛りの雄です」「嘘は言いません。少々面食らったのは、事実です。しかし……その、男の人は少なからず」「だって同じ聖職者でも神父さまは、あんな綺麗なシャークティさんを見ても……その、日本ではまだ理解が不十分ですが。国外では珍しい、その早乙女、うちの生徒が好きな男同士が」「違います、神父様の名誉に誓って!」 何故そこで自分を様づけで呼んだのか、その焦りようが帰って真実味を帯びたような。 思わず尻を抑えて逃げ腰になってしまったのは勘弁してもらおうか。「神にも誓いましょう、私は男性より女性が……えーい、あります。シスター・シャークティをそういう目で見たことが。き、綺麗ですよね」「それだけ? 美人を前に綺麗の二文字だけって。他にもあるでしょ?」「くっ、その清楚なシスター故に清らかで腰回りも細く折れそうな華奢なところも」「おー、なんだ結構見てるじゃないですか。良いっすよね、あの腰。正面からキュッと抱きしめたい。私は神と結婚した身とか言い訳されながら、強引にキスしたい」 かなり苦悩した感じが鉄網の向こうから伝わって来た。 やはり神父と言えどそういうことぐらい考えるんじゃんと、やっと心を開き合った感じがする。 調子に乗ってまた妄想が爆発したが、腹を割った以上構うまい。「いずれ、神父さんとはシャークティさんの履いている下着についてお酒を交えて語るとしてです」「止めてください、本当に。わざとですか、わざとですよね!」「わざとって?」「いえ、私はお酒を断っていますし。そう、あまり大っぴらにそういう会話をするのも。せめて、この懺悔室で。事前にシスター・シャークティを通して予約していただいて!」 神父さんも美人が周囲にいると大変だと、仲間だ仲間と嬉しくなって快く了承する。 かならず猥談をしに懺悔室に来る時には、シャークティを通して予約をすると。 懺悔室が予約制なのかは、まあどうでも良い事だろう。 きっと今日はたまたま空きがあって、飛び込みで懺悔できたに決まっている。 それに自分が猥談の標的にされたと知らず、当の本人に予約するのもおつなものだ。「まあ、猥談はまたいずれ。それで、話は戻りますけど」「はあ……」「あからさまなため息を。身構えられると、身構えちゃうから良いですけど」 とても疲れた様子でため息をつかれたが、それがお仕事でしょうとこっちが割り切って話す。「男として、可愛い綺麗な人と一杯エッチしたい。それは当たり前の欲望だと思います。けど、本当に愛する相手には知られたくないじゃないですか。お前だけだぜって格好つけたりしたいじゃないですか。色々と壊したくないんですよ」 この壊したくないは信頼関係もそうだが、主に相手のまだ幼い肉体をである。「正直に思いのたけをぶつけるのと、煩悩は胸に秘めるだけで格好つけるのとどっちが正しいんですかね」「そうですね、同じ聖職者としては欲望は胸に秘めたままにした方が良いかと」「ああ、そうなんですか」「早とちりをなさらぬように」 思わず反射的に頷いてしまったが、見えない手が伸びてきたように止められた。「秘めたままにするのは、貴方が聖職者である間です。教職として人を教え導く人は、生徒にとってお手本でなければなりません。子が親の背を見て育つように、生徒は教師の背も見て育ちます。あなたが聖職者である職場、校舎内では模範たるべきです」「そりゃ、生徒に向かって欲望丸出しじゃあね」「ですが、人間は不完全な生き物です。常に聖職者であり続けることなど不可能。貴方が耐え切れず膝をついた時こそ、隣へ振り返りなさい。そこにはきっと貴方が選び愛した伴侶がいるはずです。その人にだけは、己の全てを包み隠さず打ち明けなさい。でなければ、貴方は聖職者であることに潰れてしまいます。そして愛する人から何も打ち明けられず、見ていることしかできなかった伴侶もまた同じ」 なるほどっと、むつきは神父さんの言葉を一言一句漏らさぬよう聞いては頷いていた。 改めて考えてみれば、生徒を性的な目で見てしまうのはもはや仕方がない。 例えそうであったとしても、そんなことをおくびにも出さなければ何一つ問題はないではないか。 だいたい人は相手の心が読めないから、妄想の中でエッチしても分かるはずがない。 あまりエロイ目で見過ぎると、察知されてしまうこともあるので要注意だが。 そして、溜まり溜まった鬱憤は、たくさんいる嫁に分割して抜いて貰えば良いではないか。 何時だったか、美砂か誰かが私一人じゃ大変だからって言ってたような気もする。 さよ一人に全部ぶつけようとするから、変に手加減をして鬱憤が貯まったままになってしまうのだ。 中途半端に鬱憤を繰り越し出勤すれば、可愛い子を手あたり次第悪戯したくなってしまう。(それにきちんと、美砂たちにも相談しよう。ちょっと格好悪いけど。お前らとやりたいんじゃって言えば、むしろ喜びそうだし) 包み隠して勝手に潰れるのが駄目、そうだ元々むつきは一人で抱え込む癖があった。 そんな中で美砂と出会い支えて貰って、そうしてくれる相手が増えた。 なら支えてくれる子全員に支えて貰い、体だろうが何だろうが満足させてやれば良い。「よし!」 もはや迷いは晴れた、端的に玉袋が空になるまで煩悩が枯れるまで嫁とやる。 単純明快、俺も満足嫁達も満足の良い事ずくしであった。「ありがとうございました、神父さん。いえ、神父様。来て良かったです。胸の支えが晴れました」「いえ、それが神父たる私のお役目ですから」「あ、でも今日の件は内密に。特にシャークティさんの件は気まずいでしょう」「は、はは……」 椅子から勢いよく立ち上がると、むつきは見えない鉄網の向こうの神父様へと頭を下げた。 向こうからも見えているかはわからないが、誠意はきっと伝わるはずだ。 満足気に頷いたような雰囲気があり、伝わったらしい。 それから一つ気づいたように、むつきは鉄網に顔を近づけ口元を隠してこそっと伝えた。 乾いた笑いが返って来たが、秘密厳守は俺もですとまた語りましょうとも。 薄暗い懺悔室を出ると、長いトンネルを出たように明るい西日が出迎えてくれた。 今からでは部活動の時間も一時間もないかもしれないが、顧問にさぼりは許されない。「さあ、行くぞ!」 両腕を上げて伸びをし、怒られそうなぐらいに声を上げてむつきは一歩を踏みだした。 今の俺は無敵だとばかりに、軽くランニングをするように教会を去っていく。 その姿が豆粒ほどになった頃に、奥から浅黒い肌を羞恥に染めたシャークティが出てくるとも思わずに。 自分の両腕を抱きかかえ、わが身そのものを抱きかかえるようにしていた。 知らぬとはいえむつきに妄想で辱められ、本物の神父様には申し訳ないやら。 その胸中を推し量れるものなど誰もおらず、彼女は去っていくむつきの背へとにこやかに呟いた。 攻撃的な意味でのにこやかさではあったが。「そしてこれが、貴方の懺悔を聞いた私からの最後のプレゼントです」 懐から取り出した十字架を、逆さに向け若干まがまがしい煌めきが発せられる。 部分的に早く訪れた夜のような闇の光は、空を行くいなごの大軍のように空へと向かった。 そのイナゴの大群の行先が、豆粒程度の大きさのむつきであることは疑いようはない。「未遂の人に使うのは戸惑われますが。一日だけの煩悩退散、そしてあなたは真の愛に目覚めることでしょう。私怨ではないですよ、曲がりなりにも懺悔を聞いた私からの道しるべです」 完全に平常心を見失った瞳で、しかも完全に自己を正当化するような口ぶりであった。 そんな彼女が我に返って乙姫むつきに対する魔法関係者のルールを思い出したのは、随分後のことである。 さらに、この血迷った行動が今後の人生を大きくゆがめるとは、まだつゆとも知らぬことであった。 その後、水泳部へと向かったむつきは、アキラや亜子、小瀬に手は出さなかった。 さすがに悩みが解決したとはいえ、鬱憤が貯まりまくった状態で彼女たちに手が出せなかったのだ。 確かに数の上では三人だが、まだ少女である彼女たちに今の自分は受け止められない。 大人、そうアタナシアに加えて、先日大人として嫁に加わった千草である。 彼女たちなら、この胸にくすぶる煩悩を全てぶつけても決して壊れないと思えた。 なので事前に二人には水泳部の監督室から電話し、今夜絶対にひかげ荘に来てほしいと頼み込んだ。 ちょっとだけ心配した千草が預かる小太郎については、預ける先の当てはあると言われた。 どう考えても那波や村上のことであろうが、小太郎ならばたくましくやってくれることだろう。 などと、むつきは夕飯を終えた後で、布団の準備をするさよを前に考え込んでいた。 自分の為でなく他のお嫁さんの為に床を用意させるのは申し訳ないが、これも皆の為である。「はい、綺麗に準備し終えましたよ、あなた様」「悪いなさよ。今夜は……」「いえ、むしろ私は嬉しく思っています。なにも聞かされず、漠然と優しく抱かれるよりは。あなた様の胸の内を聞かされ、故あって抱かれない方がずっと」 綺麗に整えたばかりの布団を崩さぬよう、遠回りしてむつきの下へやって来たさよが両手を握って来た。 その表情は確かに、無理やり自分を殺して抱いた昨晩よりもずっと晴れ晴れしいものであった。 神父様の言う通りにして良かったと、逆にその手を握り返して引き寄せた。 流れるように胸元に倒れ込んできたさよを受け止め、愛、胸にたまった愛を込めたキスをする。 それだけでさよはくてりと力が抜けそうだが、今晩は順番がと頑張って耐えていた。「あなた様、これ以上は私も混じりたくなってしまいますから。まだお役目が」「そうだよな。基本的には、美砂かあやかが仕切ってくれるから。さよは中立者として見守ってくれ。喧嘩のないように、みんな仲良くな」「はい、もちろんです」 スキンシップが過剰になると危ないからと、正面向き合って手を触れ合うにとどめる。 今日、むつきがアタナシアと千草を抱いている間、さよにはお願いしたことがあった。 それは、他のお嫁さんたちを主に平日の昼休みや放課後にローテーションで抱く相談だ。 夏休みはまだ良かったが、今のむつきに平日は基本耐えて休みに性欲を爆発させるのは無理である。 だからもっと頻繁にということで、少しでも空き時間があれば誰かを校内で抱くつもりであった。 そろそろ人数も多くなって来たし、土日だけではさばききれないのもある。 ただし、さよは平時より夜を共にするのでローテ外とし公平性を保つ役を担って貰う。「では、そろそろ超さんのてれび会議とやらが始まりますので」「おう、すまんが今日はエヴァと一緒に寝てくれ。こっちはこっちで楽しくやってるから」「はい、あなた様。お先に失礼します、お休みなさいませ」 ぺこりと頭を下げたさよが、ととんと軽い足音と共に遊戯室へと向かっていく。 そこでテレビ、寮の皆は小鈴謹製の携帯電話だが全てを繋げての秘密の会議である。 焦点は恐らく、ローテの一番を誰が手に入れるかに絞られることだろう。 もっともそれ以外に時間を見つけてむつきに迫るのは、全く問題ないのだが。 結果はその時聞いた方が面白いと、思っているとインターフォンが鳴らされた。「へーい」 管理人室から返事をしても聞こえるはずはないのだが。 やってきましたと、何時もの浴衣姿でむつきは愛する二人を出迎えに行く。 玄関はまだ鍵をかけていなかったため、開かれた玄関の先にいたのはお待ちかね。 夜に溶け込みそうな黒のカジュアルドレスを着たアタナシアと、京都で出会った時の様な肩出しの白地に華をあしらった着物姿の千草だ。「全く、偉くなったものだ。百発やりたいから、この私に来いなんて命令するとは」「小太郎は、女子寮のあの子らにあずかって貰いましたえ。今夜はむつきはんと」「いらっしゃい、二人とも。上がって、ご飯は?」 念の為聞いてみたが、それぞれの腕を取って来た二人から食べて来たと言われた。 なら遠慮なくとまずは二人を洗い、洗って貰う為に自慢の露天風呂へと連れて行く。 むにむにと歩く間際にも押し付けられる胸が嬉しく、両手に華とはことことだ。 今日は明日に響いてでも全部出し切る、それからまた可愛い嫁を校舎内だろうが可愛がる。 もう今から押さえられませんと、二人の腰を抱いたところでふと違和感があり立ち止まった。「おい、どうしたむつき……ん? お前、なにか」「ほんまや、なんか。妙な感じが」「え、そんなわけ。さあ早くお風呂に」 股間に感じていた違和感、それはこの状態でもぴくりとも動かなかったからである。 でもあるわけがないと、違和感を一笑に付してむつきは二人を露天風呂の脱衣所に連れて行った。 自分は浴衣一枚、下着さえないので帯を解いて一足先に全裸となり見ろこの勇士と股間を押し出す。 しかしどうやら、今日はちょっと恥ずかしがり屋の様で俯いたまま顔を見せてくれない。「あれ……なんだよ、良い歳して緊張してんのか?」 自分で自分の股間に突っ込みつつ、まだかなっと二人の脱ぎっぷりを遠慮なく鑑賞する。 アタナシアは自信の塊であることが良く分かるようにモデルの様に長い足を見せつけていた。 そのまま背中のジッパーをおろし、カジュアルドレスはいともたやすく床に落ちて折り重なった。 残されたのはふんだんに刺繍の細工を施された同じく黒のブラジャーとタンガショーツ。 そしてみんな大好きガーターベルトが彼女のおみ足を、一際悩ましげに飾り立てている。 眉唾物とはまさにこれとばかり、むつきの舐めるような視線を前にアタナシアが挑発的に笑う。「どうだ、むつき。この私を好きにして良いんだ。そうだな、跪いて足の甲にキスすれば今すぐにでも天国に連れて行ってやるぞ?」 一方の千草は、日本人らしく羞恥心を持ってむつきに背中を向けていた。 そしてゆっくりと少し勿体つけるように長い帯を解き、はらりと締められていた着物が開く。 と言ってもそれは正面の話で、焦らされたむつきはたまったものではない。 そんなむつきの反応を楽しむ様に、ついに千草は緩んだ着物を肌の上を滑らせ床の上に落とした。「むつきはん、恥ずかしいからあんま見んといて」 未だ背中を今日美人らしい真っ白な雪の様な肌を見せた千草は、他に何も身に着けていなかった。 ブラジャーもパンツも、何もかも。 いや、落ちた着物を小さく跨いだ彼女は、足元に白の足袋をはいていた。 全裸に足袋だけとはなんていうか、ある意味で日本人らしいマニアックさだ。「駄目だ、もう待てないよ。二人とも、お風呂の前にここで一発!」 ここまでされて大人しく風呂に入れるかと、早速押さえつけていた欲望をむつきが解放する。 待たなくて良い、恰好つけなくても思いのたけを、何もかもをぶつけて良いんだ。 これから長年連れ添う伴侶であり、彼女たち自身がそれを望んでいる。 アタナシアの腕を、さらには千草の腕をとり全部俺のだと主張するように強引に抱き寄せた。 同じ胸元に和と洋の美人をはべらせ、誰にも渡さんと男の欲望を前面に押し出し見下ろす。 それは良いのだが、そろそろ現実を見るべきだろうか。「ねえ、俺の気のせいじゃなけりゃ……」「これは何の冗談だ?」「これはこれで可愛いどすけど。孕ませて貰うには」 下に視線を向けたアタナシアと千草が、両側から共につんつんと突いて来る。 この状況下において全く、これっぽっちも勃起してくれないうな垂れたむつきの一物をだ。 わなわなと震えるだけで棒立ち、下半身は全く立っていないが、むつきは棒立ち。 当人の代わりに、互いを見合った二人が頷き合い、そっと下から支えるように千草が竿をアタナシアが玉袋を手に包み込んだ。 千草が竿を上下にこすりあげ、アタナシアが玉袋を捏ね上げても一向に反応はなし。 そこでお互いを見合ったアタナシアと千草がどうぞと譲り合い、結果アタナシアが大きく口を開いた。 こんなふにゃった状態では初めてかもと思いつつ、垂れているむつきの竿を一口で咥えこんだ。「んぅ、味は……何時もの、あむ。んー」 ちゅぱちゅぱとアイスを舐めるように舌で愛撫するも、硬くなる気配は一切ない。 ただむつきの濃い匂いにちょっとアタナシアが発情したに終わるだけだ。「嘘だぁーーーーーーー!」 それこそ先日のさよの果てる声以上の大声で、むつきは二人を掻き抱きながら叫んだ。 こんなことがあるわけがないと、今目の前にある現実を真っ向から否定する為にも。 しかし、現実は非常である。 決して認めるわけにはいかないそんな現実を前に、むつきの意識という名のブレーカーが落ちた。 ぐらりと倒れ行く最中にちゅぷっとアタナシアの口から抜けた一物はやはりふにゃっている。「むつき、まだ諦めるのは。誰だ、私のむつきをこんなにしたのは!」「むつきはん、しっかり。どこのどいつや!」 乙姫むつき二十五歳、なんの前触れもなく唐突に勃起不全発症であった。 -後書き-ども、えなりんです。懺悔室のネタは原作でもあったので、いつかやってみたかったんです。春日でなく、向こう側にいたのはシャークティでしたが。しかしエロSSで主人公をEDにしてどうするってのもありますが。これ、結末がまだ自分の中であんまり固まってません。考え中と平成教育委員会のアレが頭の中で流れるぐらいに。ぼちぼち考えてやってきますわ。それでは次回は来週の土曜日です。