第百八話 私は先生の血が欲しい その日、麻帆良市全土を大寒波が襲っていた。 まだまだ暑いよねと笑っていた昨日とは異なり、秋を飛ばして冬が来たかのような天気であった。 空はどんよりと鉛色の雲が浮かんでは、台風の後の川の濁流の様に流れている。 夏用の制服など論外、上着がなければ確実に風邪をひく程の寒風が吹きすさんでさえもいた。 異常過ぎる異常気象を前に、学園都市は急遽一限目を休校とする決断を下す。 何故なら、お気楽な性質の麻帆良生徒は、今日も暑くなると夏服での登校が多発したからだ。 教室内に急遽冷房ではなく暖房が灯されたが、それだけでは全く足りなかった。 だから一限目を休校にする代わりに、急いで寮に冬服を取りに帰れと放送したのだ。「なんていうか、私たちは委員長様々よね」 二-Aの教室にある自席から、ガタガタ揺れる窓の向こうを眺めながら神楽坂が呟いた。 一限目が休校と知らされたのはつい先ほどだが、彼女の格好は防寒がしっかり施されている。 安物ではあるがカーディガンや手袋にマフラー、足元は黒のストッキング。 本当の真冬には厳しいが今日の様なちょっとした異常気象の寒さにぐらいは勝てる格好だ。 しかしそれは、神楽坂のみが事前の準備が良かったわけではなかった。「せやな。事前に委員長が大寒波が来るって連絡網回してくれへんかったらアウトやったえ」「このちゃん、明日菜さんも。暖かいお茶です、温まりますよ」 木乃香と刹那も、神楽坂のようにマフラーや耳当てと防寒はばっちり。 実はこっそり二人で色違いの毛糸のパンツだって履いて来てきている。 暖房はまだまだ効き始めたところで、これまた事前に用意しておいた暖かい緑茶を刹那がふるまった。「やべえ、甘かった。見積もりが甘かった。桜咲すまんが、私にも茶をくれ」「長谷川さん、構いませんが。何故そんな薄着を」「うわ、千雨ちゃん寒そう。カーディガン貸してあげようか? 私まだ上着あるし」「うちの耳当て使う?」 しかし、全員が全員委員長の忠告をきちんと聞いて完全防備というわけではなかった。 自席でガタガタ震える手で、刹那のお茶を欲しがった千雨などがその代表だ。 まさかこんな大寒波だと思わず、せいぜいが夏服を冬服に変えた程度。 急激すぎる寒暖の差に、珍しく素直に神楽坂たちの好意を受けて防寒具を借りていた。「マジ、感謝する。今度ジュースでも奢る。けどありえねえだろ。なんだよこれ、真冬じゃねえか。またテレビの天気予報外しやがって」「私の予報は完ぺきでしたわよ。全く、こんな日にそんな薄着で」 防寒具を借りれど直ぐに温まるわけではなく、机に突っ伏し愚痴った千雨の頭を叩いたのはあやかだ。 その際に隣の机、明石の机にどすんと置かれたのは大きなポットであった。「皆さん、体が温まるお茶をご用意しておきました。体が冷えた場合には遠慮なくお飲みください。体の冷えは女の子の大敵。今日は特別に授業中でも問題ないよう許可を取り付けました」「さすが私のあやか、ちょうど暖かいお茶が飲みたかったの」「早朝の連絡網もさすが委員長、あまりに寒くてまだ私その時寝てたよ」 早速、私もっと那波や村上に続き、あやかをべた褒めしつつ皆がポットに群がった。 こういう時こそお金の使いどころと、あやかにより全学年全クラスにポットは手配済みである。 さすがに麻帆良学園都市の全ての学校とはいかないが、敢えて誇らないのもあやからしい。 ただ二-A内では誰の手配か隠すこともできず、まき絵や裕奈からもありがてえと拝まれていた。 そんなお茶でほっと一息ついていると、そうそうと那波が一つ爆弾を落としていった。「そういえば夏美ちゃん、昨日は小太郎君と一緒に寝たのに寒いはずないじゃない。もう、照屋さん」「その小太郎君が私のお布団とっちゃったからだよ。そもとも、昨日寝る前はちづ姉と一緒に寝てたはずなのに。もう、どうせちづ姉の悪戯でしょう。起きた時また、げって言われたし!」「うひょ、寮の中でそんなラブ臭事件があったなんて。なんで、小太郎君どうして寮に?!」「村上夏美女史、地味な外見とは裏腹にクラス初の処女喪失っと」「パルも朝倉も何言ってんの!」 早速ハイエナ二人に鍵づけられ、ほっといてと両手を上げて半泣き状態である。「夏美ちゃんも災難だわ。それにしても、本当になんなのかしらこの天気。このまま秋がなくなったら、高畑先生とのお月見デートとかできないじゃない」「きっと、明日からはまたこの寒さが恋しくなる程暑いですよ。暖かい肉まん、サービスです」「寒い時にガタガタ震えるとことのほか、カロリーの消費が激しいですから。色々と気にせずどうぞ」「五月ちゃんの肉まんや。でも一個は多いから、せっちゃんわけわけしよ」 あやかの他にも奉仕者はいるようで、四葉や葉加瀬が神楽坂や木乃香だけでなく皆に恒例の肉まんを配っていた。 それらを受け取り改めて周囲を見渡したわけだが、ちょっとだけ人数が足りていなかった。 あやかの連絡網はクラス全員にいきわたっているはずが、ちらほらと姿が見えない子がいたのだ。 普段なら既にホームルームが始まっている時間帯だが、五、六人ほど足りない。 さよにエヴァ、絡繰に長瀬と龍宮……あとはザジかと神楽坂は指折り数えて言った。 特にそれそのものには意味はなかったが、ついでに全く関係ないことを思い出しもした。「こんな天気だけど今日、先生来てるわよね」「先生とは、乙姫先生ですか?」「うん、そろそろ例の件を相談したくて。学園長や高畑先生に答えを言う前に」「ふふ、明日菜。なんやお爺ちゃんや高畑先生よりも乙姫先生を信頼してるみたいやな。釣れない憧れの先生と、気さくで優しくしてくれる先生の間で揺れる明日菜。可愛え」 そんなんじゃないわよと、両手を上げて怒る神楽坂へと木乃香がえいっと頬を突く。「おいおい、神楽坂。恋愛相談した相手といつの間にかってのは定番だぜ。泥沼にはまらないように気を付けな。それとも、もう手遅れか?」「千雨ちゃんまで、カーディガン返してもらうわよ」「もう借りた、今日一日これは私んだ!」 加えて防寒具を借りた感謝を込めて千雨が、こいつは怪しいなと毒づいたり教室内は姦しい。 ごく一部、むつきが現在どのようなことになっているか知らされている人物を除いて。「先生……」 むつきの現状はお嫁さんの中でもトップシークレット。 現在教室内にいる者で知らされているのは、暗雲漂う空を窓を通して見上げる美砂。 それからこんな時こそ普段通りにと、周りに気を遣うあやかの二人だけであった。 世間を騒がしている大寒波は、生徒のみならず一部特殊な先生を大わらわにさせていた。 一限目の休校により生徒帰宅も、時間稼ぎ以外の何物でもなかった。 大寒波は自然のものではなく、人為的なものに他ならなかったからだ。 犯人の名は、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。 闇の福音という畏怖と恐れから名づけられた名を持つ最強の悪の魔法使いである。 しかし最近大人しかった彼女は、産まれて初めての彼氏ができて良い感じに拭抜けていた。 例えば魔法関係者の集まりに、流行りの衣服を乗せる女性雑誌を片手にやってきたり。 なのに突然のこの暴挙である。 しかも彼女はそもそも魔力封印状態で満月でもなければ、魔法の一つも満足に使えないはず。 一体なぜ今になって、そもそも封印は、様々な憶測が駆け巡り関東魔法協会は混乱の極みにあった。「ふん」 そのエヴァと言えば、学生服姿で麻帆良女子中の校舎の上で腕を組み鼻を鳴らしていた。 彼女の体から全盛期を軽く凌駕する魔力が嵐となって吹き荒れ、麻帆良都市全体を冷気で押し包んでいる。 常人が同じことを試みれば数秒で魔力が枯渇し、そもそも都市どころか麻帆良女子中でさえ冷気に包めないことであろう。 それだけの非常識を堂々とやってみせたのは、挑発に対する挑発に他ならない。 昨晩発覚したむつきの勃起不全の症状は、明らかに魔力的な呪いによるものであった。 魔法関係者はむつきに手を出してはならない、その一文を破った相手への最大限の挑発である。 以前エヴァが関東魔法協会理事である近衛門に言った通り、麻帆良全土を氷に閉ざすという。「来たか」 こうしてある意味で目立つ場所に立っていたのも、挑発の返答を貰う為だ。 全面戦争か、タブーを犯した首謀者の首を差し出すか。 そして使者来たれりと背後に気配を感じたエヴァは、若干の拍子抜けを感じずにはいられなかった。 想像していた相手とは全く違った、むしろ欠片も想像しなかった相手がこの屋上に降り立ったからだ。「なんだ、貴様か。ザジ・レイニーデイ。今の私は機嫌が悪い。そもそも貴様会話が成り立た」「おはようございます、闇の福音ことエヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。この世界に生まれながら我々に近い性質を持つあなたとは、常々言葉を交わしたいと思っていました」 冗談に聞こえるぐらいなめらかでていないな口調に、一瞬聞き間違いかと言葉が途切れた。「シャベッタァァァァァッ?!」 聞き間違いじゃ、この子煩いぐらいの寒波の風の中での幻聴かとも思ったのだが。 意外と育ちの良さそうな、鈴がなるような可愛らしい声であった。 実際、一切喋らないミステリアスを通り越した存在ではあったが、二-Aらしく見た目は可愛い。 見た目通りの声と言えば声なのだが、何故今になってペラペラしゃべり始めたのか。「貴方の疑問ももっともです。実は……」「ふん、今のこの私の溢れんばかりの魔力を前に唾でもつけておこうなどとおこがましいことを」「あまり乙姫先生のお手を煩わせるのも申し訳ないとこの夏休みに必死に日本語を勉強したのです。日本にある夏休みデビューをもくろんだのですが、一人だけ宿題をしなかった春日さんのおかげで完全にタイミングを逸してしまった次第です」「阿呆かァ。夏休みが明けて何日経ったと思っている。逸し過ぎだろうが!」 エヴァの突っ込みに対し、何時もの半眼で拳を握りながら彼女はなおも言った。「春日さんの渾身のギャグを前に空気を読みました」「空気など読むな!」 また変なのが、元からいたのだがより変になって現れたと風で乱れた髪をなおかき回した。 くすくすとどこぞの令嬢のように品よくザジが笑うので猶更腹が立つ。「それで、夏休みデビューに失敗した貴様が何故ここにきた。私は人を待っているんだ。馬鹿は帰れ」「いえ、お供します。そろそろ、私も立場をはっきりさせたいと思っていました」「立場?」 ザジの物言いは気にはなったが、待ち人の本命が来たようだ。 この寒空の下を吹きすさぶ完封をモノともせず、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ高畑が現れた。 まさに一足飛びと言った感じで、どこぞの窓から跳んできたようだ。 相変わらず何が面白いのか、親父臭い笑みを浮かべながらそっとポケットから手を抜いた。 その両手は敵意がありませんよとばかりに、上に掲げられぷらぷら振られている。「おーい、エヴァ。皆が風邪引いちゃうから、そろそろこの風止めてくれないかい?」「タカミチ一人か……むつきに手を出した下手人を差し出せ。話はまず、そこからだ」「彼に何かあったのかい? 職員室に来ていないみたいだけど」「酷くデリケートな問題だ。こちらから、情報を明かすつもりはない。ただ要求するだけだ」 古い馴染みであれど許せることと許せないことは当然ある。 お互い努めて冷静に、表向きは敵意の欠片も見えないが逆に、引くつもりも特にエヴァはない。「とはいえ、私もこの寒空の下立ちっぱなしも勘弁願いたい。だから、貴様たちが動きやすいようにしてやろう。おい、タカミチ。近衛門に連絡して、麻帆良学園都市の電気代をネットで調べさせろ」「麻帆良学園都市の? エヴァがそう言うなら……もしもし、学園長ですか」 その意味は分からなかったようだが、ある種信頼もしている為高畑は言われた通りにした。 自前の携帯電話で学園長に連絡をとって、そのままエヴァの言葉を伝える。 当然、学園長も全く意味が分からなかったようだが、念のためにネットを参照したようだ。 パチパチとキーボードをたたく音が電話越しにも聞こえた後、「ぬわーッ!!」 灼熱の炎に焼き殺された某流浪の王様のような叫び声が、電話の向こうから聞こえた。 あまりに突然、しかも大声に高畑はとっさに電話を耳から遠ざけ顔をしかめている。 そして散々喚き支離滅裂なご老体の相手にちょっと辟易して、携帯電話をエヴァに投げた。「エ、エヴァお主まさか。麻帆良学園都市の電力で関東一帯の天候を操る大魔法を?!」「はっはっは、超鈴音から麻帆良の大結界は電力を使って維持していると聞いた。そして私への封印にも使われていると。つまり私から大結界への魔力パスが通っているということだ。そこからは私の領域だ。ちょいと探ってやればこの通り。専門用語でセキュリティホールというらしいな。麻帆良の電力で魔法を使いたい放題だ」「九月一週目で、既に一か月分の電力が。止め、止めて。予算が、麻帆良学園都市の運営が」「事の発端の私が言うのもなんですが。だから最初から私がいくと申し上げました」 既に交渉もなにもなく、半泣きの学園長の横から若い女性の声が割り込んできた。 一体誰だと声の主を思い浮かべるまでもなく、エヴァは知っている。 元々、むつきに呪いをかけたのが誰か知っていたのだ。 魔法先生の一人、シスター・シャークティ。 そもそもむつきの一大事に、あの小鈴が全く何もしなかったわけがない。 むつきの携帯電話のGPSの記録から、昨日の行動範囲をすべて洗い出した。 世界中のストーカーも真っ青な手段さえ使い、いつどこで誰とどんな会話をしたのか。 そして突き止めた発端、むつきの彼女へのセクハラにはこんな時だが腹を抱えて笑ってしまった。「シスター・シャークティだな。三十秒で麻帆良女子中校舎の屋根に来い」「善処します」 不要な反論がなかったのは、しでかしたことの重要性を理解しているからか。 若干いぶかしみながら電話を切ったエヴァは、高畑にそれを投げ返していった。「タカミチは帰れ。ここからは、むつきの沽券に関わる話題だ」「できれば、なにがあったのかちゃんと聞きたいんだけど。シャークティ先生も頑固でね。懺悔には守秘義務がって教えてくれないんだ」「ふむ、それをそのまま信じるわけではないが……私はまだ、タカミチを殺したくない。女は残酷でな、古い馴染みより愛した男の方が何百倍も大切だ。むつきの尊厳を守る為なら、私はなんでもするぞ?」「彼女は良いのかい?」 無理そうだなと諦めかけていた高畑は、エヴァのそばに立つザジのことを言っていた。 エヴァもまだ彼女が何を考えているかはさっぱりわかってはいない。 先程の言動から、エヴァに近いというエヴァよりも深い闇の住人らしいが。 その正体が何であれ二-Aの生徒であり、言ってしまえばむつきが好きそうな美少女だ。 どうせそのうち竿姉妹になるなら、早い方が良いとエヴァは無言で高畑に犬を追い払うように手を振った。「信じてるよ、エヴァ」「私はお前に信じて欲しいと思っていない」 そう言い残した高畑に吐き捨てるようにし、エヴァはザジと共に待った。 もとより三十秒なんて守れるとは思ったいないが、シャークティが現れたのは五分後。 彼女は急ぎ走ることもなく、寒風が吹くこの鉛色の空の下をゆっくりと歩いて来た。 実際は家々の屋根を跳んできたり、一般人に比べれば格段に早いことだろう。 しかしそれが、謝罪の為に急いで来たかと言えば、そんなことは全くない。 何故なら高畑のように何処からか一足飛びで屋根の上に現れた彼女の息は一つも乱れてはいなかった。「お待たせしました。こうしてきちんと言葉を交わすのは初めてですね。聖ウルスラで教師をしながら、教会でシスターをしています。シャークティです」 チラリとザジの事を気にしながらも、彼女はエヴァに対して正面から自己紹介を行ってきた。 エヴァは半強制的に関東魔法協会所属にさせられており、半ば同僚と言えなくもない。 しかし彼女の言う通り、まともに言葉を交わした相手など学園長か高畑ぐらいしかいなかった。 だから、誠意こそ見えなかったが、落ち着いて挨拶してきたことが少し以外でもある。 物が上から落ちる様に、悪の魔法使いは立派な魔法使いを目指す者に嫌われているのだ。「釈明を聞いてやろう。命乞いでも良いぞ?」「釈明は兎も角、命乞いをする理由はありません」 堂々と、ともすれば謝罪もしないと言いたげなシャークティの言葉にエヴァは額をひくつかせた。「聞き間違えたか? 神に股を開くだけで絶頂に至れるいかれた女が、世迷いごとを言った気がしたが……」「謝罪の必要などありません。彼は生徒に劣情を抱くことを悩んでいました。だから私は懺悔室でその悩みを聞き入れ、助言を与えました。それと小さな切っ掛けを」「良く言う、魔法を悪用して神父に成りすました癖に。続けろ」「彼には一晩だけ、その……夫婦の営みが行えないようになって貰いました。彼は少々、不純な気持ちが強いようですので。愛の営みの大切さを再認識できるよう」 悪用の件にはつっと視線を逸らしたがシャークティは、いたって大真面目に釈明している。 むしろ、貴方の為にもなりますよと言いたげな瞳を、真っ直ぐ真剣に向けてきていた。 その言葉が撮りつくられただけの張りぼてかどうかぐらい、エヴァに見抜くことは容易い。 そもそも、エヴァは人の思考をある程度読め、彼女は身の潔白の証明のために魔力的なガードを殆どしていなかった。 これならまだ、エヴァたちへの個人的恨みを間接的にむつきに向けられた方がましだ。 単純にそいつをぶちのめせばよいだけである。 しかしシャークティは正義とか立派な魔法使いとかそういう視点を持っていない。 少なくとも今回の一件については、完全にそういう視点はないと彼女自身も信じていた。「これだから、神に股を開いて絶頂できる奴は嫌いなんだ。処女こじらせてるだけじゃないか!」「しょ、確かに私は神に仕える為に。そこの貴方、なんですかその目は!」「いえ、別に。しかし、僭越ながらエヴァンジェリンのお言葉を通訳するなら。夫婦にまで清い男女交際求めるなんて処女乙。淫らな気持ちや獣のような衝動もひっくるめて、愛だと。少女漫画みたいな夢みてんじゃねーよ、ぷーくすくす。だ、そうです」「妙な意訳をするな。だいたい合ってるが。あと、お前結構性格悪いな!」 それほどでもとすまし顔のザジは、本当に性格も悪いが良い性格でもあった。 日本語がしゃべれなかったので随分抑えられていたが、こちらが本来の性格なのかもしれない。 そんなザジの本性はさておき、散々処女と馬鹿にされたシャークティはちょっと涙目で顔が赤かった。 本来敬謙なクリスチャンではシスターは敬われる存在で、処女であることは神聖なことだ。 何故その神聖な処女を馬鹿にされなければいけないのか。「夫婦であるからこそ、きちんと互いを尊重し合うべきです!」「だから貴様は処女を拗らせているというのだ。何時私やむつきが互いを蔑ろにしていると言った。奴は突然私を押し倒した時も、頭を打ったりしないよう気を付けてくれる。逆に私が押し倒すときも同様だ。もしそれで驚かせたら、素直に謝ってキスするわ!」「ではなぜ、彼は生徒に劣情をもよおすのですか。貴方が満足させてあげられていないからでは?!」「失礼なことを言うな。一晩で十回以上、相手をさせられるんだぞ。むつきはちょっと性欲が強いだけだ。それに誰だって間がさすことはある。ご馳走だけで人は生きて行けないんだ!」 エヴァの即時反論に、一瞬シャークティが固まった。「一晩で十回は多いのですか?」「駄目だ、こいつ。今時小学生でも、男は一回出さないとっていうフレーズ知ってるぞ」「あっ、なんだか馬鹿にされたのは分かります。怒りますよ」「ずっと馬鹿にしとるわ。処女膜の代わりに蜘蛛の巣張った萎びたシスターが!」 今にも一触即発といった雰囲気で睨みあう二人だが、当初とは随分と意味がすり替わっている。 いち早くそれに気づいたのはエヴァであり、いかんいかんと頭を振った。 もっとやれと、わくわくしていそうなされどポーカーフェイス気味のザジの足をげしっと蹴りつつ。「兎も角、貴様に悪意がなかったのは理解した。しかし、きちんとケジメを取って貰おうか」「ケジメとは、私はなにも責任を取る様なことはしていません。そもそも、あの呪いは性犯罪者を戒める簡易の呪い。一晩でとけてしまいます」「だからお前はダメなんだ。昨日、頑張って子供を作ろうとしたら、立たなかったんだぞ。そのショックを貴様は理解できていない。むつきはその場で崩れ落ちる程に心に深い傷を負った」「魔族の私でも、容易に想像できます。小さな親切、大きなお世話。嘘から出たまこと。先生はその時に負った傷により、本当に夫婦の営みそのものができなくなった」 さり気に超重要なことをザジが言った気もしたが、二人ともそれどころではなかった。 あの場にいたエヴァも千草も、少し調べれば微弱な呪いの効果や期間ぐらい直ぐに調べられた。 シャークティの言う通り、戒め用の簡易呪いであることや、効果が一晩ということも。 だがむつきは自分の一物が役に立たなかったところを見てしまった。 千草が竿をさすっても、アタナシアがおしゃぶりしてもピクリともしないうな垂れたままの一物。 呪いそのものは大したことはなくても、生み出された結果は残酷で錆びた刃のように傷跡に膿を残していた。「今朝、二時間早く起きて早速試してみた。結果は、こいつの言う通りだ。私に泣きながらごめんと、もう子供作れないかもと謝り続けていたぞ!」「そんな……」 最後まで説明され、ようやくシャークティが自分がしでかしたことの重要さを覚った。 彼女が怒りに任せ行った所業を正当化していた事実は、足元から脆くも崩れ去る。 正当化してはいても、それがむつきの為になると思っていたのもまた事実。 しかしながら、全ては裏目に、ともすれば一人の男性の将来を奪ったに等しかった。 もしもむつきの勃起不全が治らなければ、彼は自分の子を愛する伴侶に産んでもらうことができない。 寒風の強さは別にし、実際にシャークティは足元から屋根の上で崩れ落ちていた。「おい、なにを被害者ぶっている。貴様のせいで」「その辺にしておこうカ、エヴァンジェリン」 崩れ落ちるシャークティの胸倉を掴んだエヴァを止めたのは、意外にも小鈴であった。 別の場所から周辺を監視しているはずが、わざわざこの場に現れるとは。 そもそも、腹の煮えくり返り方は同じむつきの嫁として同様ではなかったのか。 小鈴は先日、この校舎内でちょっと特殊な初夜を迎え、これからという時であったのだ。 だから切り札の一つである学園結界のセキュリティーホールの件をエヴァに教えたのに。「超鈴音、なにか良いことが?」「んー、ザジさんに普通に会話されると反応に困るネ。エヴァンジェリン、私たちの愛する人はまた一つ強くなったネ。ほら、あそこ」 小鈴が指さしたのは、一度寮に帰った生徒たちが再び登校し始めている肯定だ。 身に染みる気温に身を縮こまらせ、スカートをはためかせる寒風に黄色い声を上げる女子生徒達。 その中を元気よく、スーツ一着で殆ど普段の姿で走っているむつきがいた。 正直、見ている方が寒くなる格好だが、両腕を手でこすりながらも当人は元気そうだ。「おーっす、おはよう!」「ちょっ、乙姫先生。見てる方が寒い。小学生じゃないんだから、コートぐらい着てよ!」「生憎俺のコートは出張中だ。ほら、一限目が休校でも、ホームルームは二限目が始まる前だぞ。急げ、急げ!」 二-Aとは異なるクラス、学年も違う生徒達に声をかけながら挨拶している。 その後ろにはぶかぶかの男物のコートを来たさよや、むつきのスーツと中にセーターを着た千草がいた。 どうやら突然の寒波に備えのなかった二人に、むつきが自分の防寒具を貸し出したらしい。 特にさよはまだ冬服を持っていないので、むつきの大きなコートにくるまれたような感じだ。「なんで、今朝はぼろぼろ泣いて。何度も私にごめんなって謝って」「寒さでごまかしていますが、目は充血して顔も若干赤いです。エヴァンジェリンの言葉に間違いはないでしょう。先生は、空元気で一杯です」「生徒は教師の背を見て育つ、校舎内では模範たるべき。聞いたことはないカ?」 そう振り返りつつ小鈴が聞いた相手は、崩れ落ちたままのシャークティであった。「親愛的は、確かに打ちのめされた。けれど、ありのままの自分を包み隠さず愛する者に明かした。だから、学校内では模範足ろうと立ち上がった。本来は、遅刻の時間だけど。そこは見逃すネ」「怪我の功名、ですか。良かったですね、シスター・シャークティ。乙姫先生が、自己正当化の理由を与えてくれましたよ。貴方も立ち上がったらどうです? 私は正しかったと。問題の根本は解決していませんが」「お前本当に性格悪いな。まあ良い。おい、貴様はいつまでうな垂れている」「私を罰しますか?」 ようやく顔を上げたシャークテクの言葉に、エヴァと小鈴はもとよりザジも小さくため息をついた。「むつきの顔をたてて、無罪放免。どこへなりと行くが良い。むつきが頑張ると決めたのだ、ここで貴様を罰せばむつきの意志を蔑ろにしたことになる」「ここからは、親愛的と私達の問題ネ。赤の他人はお引き取りを願うヨ。ただ一言付け加えるなら、他人に異性への愛を説く前に、まず自分が異性を好きになるべきネ。今回の件について、貴方の言葉は全て空虚、実態実感が全くこもってないネ」「私は主に仕えるシスターです」 シャークティの固持する言葉に、エヴァも小鈴も何も言わなかった。 正真正銘、赤の他人に興味を失ったと言っても良い。 とはいえ、なにもしなければまた同じことが起きかねないので、関東魔法協会には罰を負って貰う。 今日一日、もしくは麻帆良大結界のセキュリティホールが埋まるまで天気はこのまま。 魔法先生総出で電力を魔法で確保せねば、電気代が嵩むか、発電所がダウンする。 もちろんそんな馬鹿げたことをさせたのは誰か、調べればすぐにわかることだろう。 関東魔法協会が信用を失うか、それとも死ぬ気で魔法先生総出で麻帆良都市を支える電力を自力で生み出すか。 良い気味だと、相手をあざ笑うこともせず彼女たちは一人の男に目を奪われていた。 エヴァは校庭を走るむつきを眺めながら、今晩はどう誘惑してやろうかと蠱惑的な衣装をまとう自分を考えている。 立たなければ、立つまで誘惑するのがエヴァである。 小鈴も直ぐそうしたいが、やることがあると携帯電話を手に取っていた。「茶々丸、それに龍宮さんと長瀬さん。親愛的の護衛ご苦労さんネ。見ての通り、また一つ親愛的は魅力的になったヨ。あんな良い男は他にいないネ、三人とも良く考えるネ」「私は既に先生のことは認めているよ。教師として、男として。ただ、今回はタイミングが悪かった」「おお、真名からかような言葉が。ならば拙者も考えておくでござる。仕えるべき主に人望があって困ることはないでござるから」「私は元から……その」 最後絡繰がなにか言っていたが、これは好感触と、楽しみにしながら小鈴は電話を切った。「ところで、何故ここにザジさんが? 夏休みデビューに失敗したのは、盗み聞いてたヨ。まさか、ザジさんも親愛的に興味津々カ?」「超鈴音、貴方の言う通りです」「なに?!」 打ちひしがれているシャークティを完全無視のまま、ザジの爆弾発言にエロ妄想に浸っていたエヴァでさえ妄想から引き戻されていた。 二-Aの中でも特A級に謎の多いザジである。 先程ちらっと魔族だと言ってはいたが、だからこそ何故魔族なんてものがむつきに興味を持つのか。 ある意味で現世よりも単純で力こそ正義を地でいく魔族がである。「私はこう見えて、魔族でも割と高貴な感じです。RPGで言うなら、エヴァンジェリンをボスとすると裏ボスでしょうか。ちなみに超鈴音は、裏ワザです」「ユーモアがあるのか、ないのか判断に困るネ。それで大魔王の娘は親愛的のどこに惚れたカ?」「私がボスで、ザジ・レイニーデイが裏ボスという点が非常に遺憾だが」 負けず嫌いのエヴァの呟きにクスリと笑って、ザジはむつきのことをこう評した。「私の役目は本来、いずれここに現れるとある人の観察でした。しかし、乙姫先生を見るうちにとある人物の観察よりも重要事項だと判断しました。なにせ乙姫先生は、良く分かりません」 身もふたもない、されど端的に表現された人物像かもしれない。「魔族にはあくびの余波で彼を消滅させられる者や、くしゃみで塵に返させられる者もいます。我々王族は幾千、幾億とそういった強者の血を婚姻で取り込み魔界の覇権を拡大してきました」「親愛的が比較対象だと、とても強そうに聞こえないネ」「しかし、幾ら強者の血を取り込んだところで魔界全土の覇権は夢のまた夢。強者の血には限界があります。そこであの乙姫先生です。彼は力はない、しかし力のある者を繋ぐ力があります。エヴァンジェリン、超鈴音。二-Aの強者はほぼ集っています」「私も時々、なんであんなのと付き合ってるのか不思議に思うからな。結局、好きだからなんだが」 惚れた弱みで集っているのもあるが、また同時に特にあのひかげ壮は気が楽である。 世の荒波に何一つ気兼ねすることなく、乙姫むつきを中心に彼を愛する者が集まっていた。 個々で全く性格が違う女が集まり、されど王の後宮のように腹黒くもなく、むしろ腹を割り過ぎだ。 自分自身を偽ることなく、好きだから良いじゃないがキーワードのような集団である。「現状、私は先生の血が欲しい。少々動機は不純かもしれませんが、大変興味があります。思春期的な意味でも。セックスとは、そんなに良いものなのでしょうか?」「勘違いするな、セックスが良いんじゃない。むつきとの愛あるセックスが良いんだ。耳元で愛を囁かれながら、あの太くて熱いもので貫かれる悦び。熟成された最高級ワインよりも甘美な味わいだ」 「ザジさんが興味あるなら、いつでも大歓迎よ。先生は、ひかげ荘は二-Aの生徒を拒まない。私も魔界には興味津々ネ。経済的進出的な意味で。ザジさんも、その家族とも仲良くしたいネ」「ではまず、私の姉を紹介いたしましょう。双子の姉なのですが、観察役として麻帆良に閉じこもっている私よりも手広くやっていますよ」 ほほうと、ザジの言葉に小鈴が興味深げに目を光らせる。 打ちひしがれるシャークティがそこにいるので、あまり大っぴらに猥談ができないからだ。 カモフラージュの意味も含めた会話だが、また同時に本心でもあった。 大幅に時間をずらしたホームルームの予鈴まで、三人寄ればで姦しく吸血鬼、魔族、未来人は言葉を交わす。 やはり打ちひしがれているシャークティをいないかのように、ふるまいながら。 -後書き-ども、えなりんです。気が付いたらザジが面白い性格になっていた。彼女あれで高貴な感じの人なのであやかが好きなむつきならストライク、なはず。魔界の王族云々は即興で適当考えました、今後出てきません。あと、エヴァは以前テンパってコキュートス云々って言ったことを実現。ちょっと考えてみたんですけど。エヴァを封じるってことは魔力でつながっているわけで。セキュリティホールがあったら、逆に魔力を使いたい放題じゃねってのが発端。そろそろ近衛門は、むつきに関する取扱い注意書を配るべき。それでは次回は来週の土曜日です。