第百二十六話 夫婦喧嘩の後のセックスは燃えるらしいぞ? 校内放送でそれが伝えられた時、麻帆良女子中等部は一瞬完全な沈黙に覆われた。「第七位、二年A組平均点七三.八」 一学期の期末で念願の最下位を脱出して二十四クラス中二十二位であった。 それが今回、連続脱出どころか大躍進のトップテン入りである。 怒涛の追い上げに抜かれたクラスの子はあのA組にと頭を抱え、抜かれなくともヒヤリとしたことだろう。 学校が揺れるかと思うぐらいのどよめきと歓声に包まれ、A組の面々は各所で大騒ぎだった。 そして職員室でその発表を聞いていたむつきも、思わずガッツポーズが出ていた。「よし、よっし!」「おめでとう、乙姫先生。いや、僕の。僕の合コンの前に幸先良いですね!」 社会科の採点をしていた時にこれはと持ったが、他の教科も悪くはなかったようだ。 瀬流彦は明日に控えた自分の合コンで頭が一杯なセリフだが、祝って貰って悪い気はしない。 イエイと先生らしからぬハイタッチをかわし、今一度むつきはよしと拳を握った。 ちなみに、本来なら一番にハイタッチすべき高畑はいない。 テストが終了次第、出張にいったわけではなかった。 ついにあの人はテスト期間ですら帰ってこなくなったのである。 その主の居ない無人の席をチラリと見て、むつきは少し遠い目つきとなった。(俺はもう何とも思ってないけど、大丈夫かなあの人。英語科の先生たちも、いない人としてテスト問題とか作成してたもんな) 言い方は悪いが無視である。 だがそうでもしないと来るはずと頼って現れなければ、間に合わないのだから仕方がない。 某ご子息の卒業があり、彼を迎え入れる為に、高畑の僻地での活動は佳境に入っていた。 目元に隈をつくり二、三日は風呂どころか満足に睡眠もとれないぐらいの過酷な生活状況だ。 とはいえ、そんなことを知らない、知らされない人々からすれば社会人失格でしかなく、報われない人なのである。「いや、まさかA組が……でも、夏休みの宿題の提出率が一番良かったのもA組だったんですよね」「ああ、春日君。そう考えると、一学期の期末から、下地はできてきてたんですかね」 二ノ宮や瀬流彦の言う通り、このテスト期間だけ頑張ったからというわけではなかった。「一部は嫌々でしたけど、夏休みの旅行中にも定期的に勉強させましたから」「まき絵のことですね、わかります。あの子ももう少し、部活以外も力を入れてくれたら……」 そのクラスが学年七位を取ったと喜んでいるであろう佐々木だが。 ついに馬鹿レンジャーから、一人孤独に戦う馬鹿ライダーになってしまった。 先日まではまだ力の一号こと神楽坂がいたが、ついに彼女も馬鹿レッドを卒業。 七百三十七人中六百十二の順位となり、前回の期末から百位近く順位が上がっていた。 それでクラスのブービー賞だが、件の佐々木が七百三十位と今年三回のテストで一番悪かったのだ。「佐々木は、テスト前に腹壊したみたいで。同室の和泉が、ずっとトイレに籠ってたって言ってましたよ。元から勉強には集中力がない子なので」「うーん、なら仕方がない。のかな?」 新体操部の顧問として、教え子は可愛いのか二ノ宮も渋い顔ながら許してしまう。 彼女がトイレに籠っていた本当の理由は全く別なのだが、今の彼らに知る由もない。「まあまだ次がありますよ。乙姫先生、お祝いに今日一杯どうです。奢りますよ」「ありがたいけど。瀬流彦先生は明日の合コンの為に、体調整えておいてください。男メンバーですけど、温情で彼女持ちのダミーと若い女性に興味がないマダムキラーの友達呼んでおきましたから」「僕はもう、どうすれば良いんですか。神のご意志にどう報いれば良いんですか!」「乙姫先生、なんだか最近の瀬流彦先生が鬱陶しくなってさっさと恋人作らせようとしてません?」 さすがに二ノ宮は鋭いモノで、大正解だったりする。 瀬流彦とは仕事を抜きにしても友人でいて良いと思うが、頼られ過ぎても困るのだ。 どのみち、むつきの知り合いも、むつみの知り合いも妙齢の女性は打ち止めであった。「失礼いたします」「おい、むつき」 浮かれる瀬流彦に釘の一つでも指しておこうかと思った矢先、思いがけない人物が現れた。 丁寧にあいさつをして入って来た絡繰とは異なり、偉そうな口調でむつきを呼んだエヴァだ。 生徒にとって職員室とは大なり小なり緊張すべき場なのに、その欠片も見当たらない。 むしろふんぞり返りそうなぐらいに胸を張って、とことこやって来る。 が、そのエヴァを何故だか瀬流彦がインターセプト気味に、前を遮った。「やあ、エヴァンジェリンさん。学年七位、おめでとう。凄いね、頑張ったよね。偉い!」「お、おう……なんだ、こいつ?」「ああ、そっとしておいてやってくれ。明日の合コンで浮かれているんだ。それでどうした?」 だが有頂天な瀬流彦に褒められ、奇妙なものでも見る目でその足が鈍っていた。 そのエヴァをごく自然に抱っこしかけ、職員室では流石にと手を止めたむつきが要件を尋ねる。「桜子が見事にトトカルチョを独り勝ちしたからな。手に入れた食券を使って、これから教室で軽いお疲れ様会をするんだと。そしてこの私がむつきへのメッセンジャー役だ」 ふんぞり返って可愛い胸をぽむっと叩いたエヴァを見て、念の為に絡繰にも視線を移す。 一応はマスターであるエヴァを慮ってか、こくりと静かに頷かれた。 たぶん、サボり魔のエヴァの信頼をかんがみるに、茶々丸とセットで一人前扱いされたか。 もしくは茶々丸がメインで、おまけ扱いをされたかのどちらかだと思われる。 そんな義妹兼幼妻の信頼回復の為にも、迅速に教室へと赴くべきだろう。「それじゃあ、瀬流彦先生。明日は遅れないように。むしろ、ダミー参加者の二人を紹介しておきたいので、三十分前に集合ってことで。今度、二人に酒でも奢ってやってください」「うん、分かったよ。お酒ぐらい、奢っちゃうよ。ほら、君は早く食堂の方に。エヴァンジェリンさんも、茶々丸さんも楽しんでおいで。いってらしゃーい」 本当に有頂天な瀬流彦に見送られ、何故かエヴァは凄く微妙な顔になっていたが。 一先ずむつきたち三人は茶々丸の失礼しましたの礼の後に、職員室を後にする。 当然と言えば当然、直ぐに抱っことエヴァに強請られむつきは仕方なく抱き上げた。 本当は良くないのだが、エヴァがむつきの義妹扱いなのは結構知られているのだ。 職員室にアタナシアの写真を置いたおかげもあった。 恋愛に興味津々な他クラスの生徒からは、馴れ初めなんかを興味深げに聞かれたこともある。 そのエヴァは抱き上げた途端に首筋に鼻先を埋めて、すんすんと鼻を鳴らしていた。「一週間ぶりのむつきの濃い匂い。禁欲後のこの開放感、偶には勉強も悪くない」「こら、くすぐったい。頬ずりするな。お前、これが狙いだったろ」 流石に頬ずりはまずいと、ベリっとエヴァを引き離して普通に抱きなおす。 今までは可愛い子猫に過ぎなかったエヴァも、既に抱いた後では反応してしまう。 このままトイレにでも連れ込んで、ほらご褒美だとパコパコしたくなるのだ。「先生、マスターのお守りを変わりましょうか?」「お守りとか言うな、茶々丸」「てか、絡繰。なんか、立ち位置近くね?」「気のせいです」 どう考えても気のせいではなく、絡繰にぴったり寄り添われ廊下を軽く蛇行してしまう。 口に出したりはしないが、どう考えても彼女の体重のおかげである。 あっちへふらふら、こっちへふらふら。 傍から見ても、イチャついているようには決して見えないのはありがたいことなのか。 絡繰からの加重に堪え、二-Aの教室についた頃には少しむつきの息が乱れていた。「茶々丸、もっと離れろ。むつきが疲れてるだろ」「いえ、マスターが重いせいでは?」「失礼なことを言うな。どう考えても重いのはお前だろ!」「喧嘩すんなよ」 色々と主従の関係も乱れていたが、それも二-Aの教室のドアを開けるまでであった。 予想した通り、むつきが扉を開けた途端にパンっとクラッカーの音が連続して鳴り響いた。 くしゃみが出そうになる火薬の匂いと、降り注ぐカラフルな紙の束。「学年七位、おめでとう!」 たかが七位、されど一学期には底辺にいた二-Aである。 自分たちでも信じ切れない事実を確認するかのごとく、それは大きな大合唱であった。 鳴らせ飛ばせと爆ぜるクラッカー、降り注ぐ紙束を手で退けながらむつきは笑いかけた。 あれだけ勉強した教室は、まさにパーティ会場と呼んで差し支えない状況だった。 机を隣合せて、桜子の食券で買い集めたお菓子やジュースを並べ。 まあ、何時もの馬鹿騒ぎする時のスタイルとでも言う状況だ。「そりゃ、こっちのセリフだ。一番ってわけじゃないが、やったなお前ら。お疲れさん」「いや本当に一生分勉強した。これでまた当分は、勉強しなくて良いよな?」「ちうちゃんの言う通り、この私まで頑張っちゃった。先生、期末は冬コミあるからパスで」「お前らな……言いたかないが、夏休みの旅行で無理やり勉強させた分があったからここまで良い順位だったんだぞ。あれがなきゃ、良くて真ん中あたりだ」 彼女たちにしては偉業も偉業なのだが、早速千雨や早乙女が調子に乗っていた。 おかげでおめでたいこの場で、早速小言を言ってしまったではないか。 何をさせるとばかりに、自分やエヴァの頭に降り注いだクラッカーの紙束を投げつけてやった。「さあ、お馬鹿さんお二人は放置で。先生はこちらへ、特等席ですわ」 あやかでなくとも呆れる態度だが、もう当分はと思っている者は他にもちらほら。 いや、普段から真面目に勉強している成績上位者以外の殆どか。 それも仕方がないかと、むつきはあやかの案内で教卓前の席にエヴァを抱っこしたまま座った。 これで次の期末にまた最下位といかずとも、順位が激落ちして凹むのもありかもしれない。 人生は山あり谷あり、頂上に近づいて転げ落ちていくのもまた経験だ。「しかし、お前ら本当に今回は頑張ったな。前回の期末は下から三番目だったのに」「先生の為に、が……頑張りました」「ご褒美狙いののどかや那波さんも頑張りましたが、やはりクラスが一丸となったことが大きいかと」「元々このクラス、大半が平均以下だったけど、その反面学年トップクラスが固まってもいたからね。上位者以外が平均点でもとれば、自然とこの結果になるのは当然じゃない?」 夕映や早乙女の言うことももっともだが、その大半を勉強に向けさせるのが大変なのだ。 麻帆良女子中等部だけではないが、この学園の生徒の大半はエスカレーター式だからと勉強しない。 ちゃんとした担任がつけばまだ上手く指導できるのだが、むつきは指導できているとは言い難い。 恋心を利用したり、肉体的なご褒美目当てと最低の部類だ。 仮に別のクラスの担任になったとして、また一から全員を口説くのかという話である。(俺ももっと頑張らねえとな。こいつら以上に) 桜子の食券で勝ったジュースを飲みながら、とほほと笑う。「それで、クラス全体は良いとして個々はどうだったんだ?」「頑張ったのですが……惜しくも十位圏内には。合法的に、先生とデートしたかったのに」「那波、違法だからね。生徒とデートしたら違法だから」 はあっと頬に手を当ててため息をついた那波は、目指していた十位以内を逃したようだ。 ちなみに麻帆良の学校が発表するのは、あくまでクラスの順位だけ。 個々の順位はプライバシーなので個々に通達されるのみである。「あの」「うちも十位は無理やったえ」「恥ずかしながら、四百五十一位でした」「全然、恥ずかしくないって刹那さん。私なんて、六百十二位よ」 宮崎が何かを言いかけたが、木乃香や刹那、神楽坂の順位を惜しむ声にかき消されてしまう。 他にも私は何位だったと報告合戦が始まった。 とはいえ、A組となってからの最高順位を奪取しただけあって、個々が悪いはずがない。 夏休みからの蓄積もあり、前回の亜子のように百位近く順位を上げた子も珍しくはなかった。 最も、元から成績が良すぎて、それ以上順位を上げられない子も中には例外的にいたが。「私はそろそろ殿堂入りして良い頃ネ」「であれば、次回は私がくりあがりで主席になってしまいます。超さんには、まだまだ私の目標で居て貰わないと困ります」「その通りですわ、安易に抜けられては困ります。主席には、常に我々の壁でいて頂けないと」 本当に例外中の例外、小鈴に聡美、あやかの三人はこれ以上成績が変動できない。 学年の一位、二位、三位は今後よほどのことがない限りは動かないことだろう。「わ、私も五位でした。トップテンに入れました!」 羨望どころか、何だこいつらと呆れ混じりに見られていた小鈴たちを押しのけるように宮崎が声をあげる。 普段が蚊の鳴くような声だけに、周囲は驚きに包まれていた。 彼女が見事トップテン入りを果たしたという自己主張などよりもよっぽど。 そして驚かれた彼女も、自分の過剰な自己主張にはっと我に返って顔を赤くしてうつむいてしまう。 泣きそうなぐらいに顔を赤くした宮崎を慰めたのは、親友の夕映ではなく那波であった。「悔しいですが、おめでとうございます。のどかさん」「那波さん、いえ。ありがとうございます」 ライバル同士称えあう少女を前に、皆の視線がむつきに集まった。 那波が何を悔しがり、そもそも何故引っ込み思案な宮崎があんな似合わない自己主張をしたのか。 ぺこぺこ頭を下げながらも宮崎は、チラチラと期待の籠った眼でむつきを見ていた。「先生、あの宮崎にここまで言わせておいてだんまりはないでしょ。無垢な処じ、じゃなくて少女の願いは叶えてあげなきゃ」「後ろから胸を押し付けるんじゃありません、やわらか……はしたない」「それとも、先生は処女は面倒くさいとか言う派? 私たちなら、面倒くさくないよ。どうする、手を出しちゃう? 私は今日、生でも大丈夫な日なんだけど」「我々が溜まりに溜まった性欲のはけ口になってあげても良いが、現役女子中学生はそれなりに高いよ? 少なくとも、先生の給料三ヶ月分は分は堅い」 クラスで非処女宣言をしたからか、むつきにとって非常に面倒な絡み方をされた。 和美は後ろから首に腕を回しおっぱい枕をし、美砂が腕に抱き付き耳元で甘くささやく。 真名はエヴァを押しのけるように膝に乗って来て、軽くキスを投げてくる。 純粋にお互いの恋心を応援し合っていた那波と宮崎が、目が点になっているではないか。 あと、ちょっと立ってしまった。 禁欲生活が長かったのはお互い様、発情した雌の匂いがたまらない。「やかましい、ガキが色気づくには速いっての。わかったから、離れろ。それと宮崎」「あっ、はい」 一つため息をついてから、むつきは妥協することにした。「図書館島、あそこなら引率って形で付き合ってやれる。明後日の日曜で良いか?」「は、はい! うぇ~、ゆえゆえ。先生が、先生が」「今回は本当に頑張ったですから、のどかは報われるべきです。泣いてはいけなませんよ」 そんなに嬉しいかと夕映にすがりついてぽろぽろ泣く宮崎を見ると少し罪悪感がある。 なにせ彼女の親友どころか、クラスメイトの殆どの処女を貰ってしまっているだけに。 そろそろ、彼女にも真実を打ち明ける頃か。 もう一人、その真実を聞くに値する人物、羨ましそうに宮崎を見守る那波にも声をかけた。「それと那波」「はい?」「もう夏も終わって、外に行くには良い季節だ。孤児院の子たちも、ピクニックとか喜ぶとは思わねえか? 大好きなお姉ちゃんと、遊んでくれそうなお兄さんと一緒だと特に」「はい、院長先生にも相談してみます」 まさか自分にもチャンスが与えられるとは思わず、那波は一瞬呆けていた。 だが直ぐにその意味を理解して、少し涙ぐみながらも喜んでと返事を返してくれる。「先生、巨乳は好きでござるか?」「なぜ、今それを聞いた長瀬」「先生、先生」「今度はなんだって、大河内か。どうした?」 くいくいと何時もの様にスーツの裾をアキラに引っ張られ、教室のとある方向を指さされた。 そこは教室の後ろの隅っこ。 皆がジュースやお菓子を片手に談笑する中で、一人落ち込む者がいたのだ。 学年七位を奪取した中で不釣合いな暗い雰囲気を醸し出し、壁の方を向いてしゃがみ込んでいるのは佐々木だった。 あの能天気娘が珍しいが、亜子も明石すらも慰めないのはそれこそ珍しい。「まき絵が、過去最低の成績だったのは先生知ってる?」「まあな、ボロボロだったのは。危うく、学年最下位だ。しかもその大半は、病欠だったり途中退席でまともにテストが受けられなかった子だってのも」「あのね、まき絵がテストが散々だった理由だけど……」 あまり大きな声で言えない事なのか、アキラが耳元に口を寄せて来て囁いた。「オナニーにはまって勉強が手につかなかったみたい」「アホか」 突っ込んだのはむつきの膝の上にいて囁きが聞こえてしまっていたエヴァだった。「まき絵がテスト期間中よくトイレに籠ってシテたみたい。亜子はお腹でも壊したと思って心配してたんだけど、ついさっき事実を知って怒っちゃって」「ああ、だから」 佐々木が部屋の隅でめそめそしているのに、亜子が知らんふりをしているわけはそういう理由か。 他の子は親友同士がギクシャクしているので、余計に声を掛けづらくなっていた。 確かに自分が禁欲して頑張っている間、親友がオナニーに夢中になっていれば怒りたくもなる。 ただ、佐々木がずっとトイレに籠ってたというのも気になった。 別にどういうオナニーをしていたかとかではなく、こもり続けていたことがだ。 先日、神楽坂が日に五回もと言っていたが、普通の女の子はそんなにオナニーを続けられない。 佐々木は運動部とはいえ美を競う新体操部であり、特別体力があるわけでもなかった。「まき絵、もしかしていじるだけでイケなかったんじゃないの?」「女の子のオナニーは男とは違うからな」 恐らく佐々木は拙い知識でオナニーしたため、絶頂を迎えることができなかった。 だから逆にそれを終わらせるきっかけもないままずるずるしてしまったのだろう。 そんな真相はさておき、この目出度い場で落ち込んだり怒り続けるのもかわいそうだ。「エヴァ、ちょっと降りてくれ」「む、佐々木まき絵にやり方を教えてやるのか?」 今そんな事をすればそのまま襲いかねないと、余計なことを言ったエヴァの頭をぽこんと叩く。 主賓にも近い扱いだったむつきが動けば、それは目立つ。 念願のデートの権利を手に入れてはしゃいでいた宮崎や那波ですらむつきの動きに気づいた。 もちろん、その足の向き先が何処かも。 仲が良いからこそ亜子と佐々木の軽い喧嘩も、同じ親友のアキラや明石以外は楽観視していた。 だがあえてむつきはこの場で火中の栗を拾う様に、まずは膨れ面の亜子の頭を一撫でする。「先生?」「ちょっと待ってろ」 机で頬杖をついていた亜子にそう言い置き、むつきは壁に向かってうずくまっていた佐々木の両脇に手を置いた。 突然のことでビクンと驚いた佐々木をそのまま抱え、その体重の軽さに驚きつつ。 一先ずは涙で瞳を潤ませている彼女を立たせ、連れて行く。 亜子の隣、ただしその椅子に座ったのはむつきであった。 軽くぽんぽんと膝の上を叩いて、落ち込んでいる佐々木を対面座位のような形で座らせた。 普段の彼女ならまず座らないだろう。 いつもの無邪気な笑顔で意味も分からずエッチとでも言ったかもしれない。 だが、並々ならぬ優しさを持った、あの亜子に怒られたのが余程堪えたらしい。「先生ぇ……」「よしよし」 精神よりも余程幼い子供の様にひしっと抱き付いて来た佐々木を抱きしめその頭を撫でる。 おかげで、亜子がさらに頬を膨らませてしまったが仕方がない。 むつきも佐々木よりは可愛いお嫁さんの亜子を優先させてはやりたかった。 だが亜子にはもっともっと可愛い嫁でいてもほしかったのだ。「不満か、和泉?」「だって、まき絵が……皆が一生懸命、一丸となってテストの為に頑張ってたのに」「うぅ……」「大丈夫だって、俺に任せとけ」 まだまだ亜子の怒りは収まってはおらず、ことさら佐々木がむつきに抱き付いて来た。 彼女を宥めるむつきの姿に、ありがたくも余計な茶々を入れる者はいなかった。「ちょっとだけ、教師らしくないことを言うが。和泉はなんで怒ってるんだ?」「なっ、なんで?!」 親しき仲にも怒りあり、むつきの言葉にさすがの亜子もイラッとしたようだ。 そもそも、先にむつきは亜子の不満が何であるか聞いていたからなおさらであった。「だから、まき絵が」「別に勉強するもしないも、佐々木の自由じゃないか?」「そんなわけない、皆が勉強を頑張ってるのに。クラスの順位を上げようって」「ダウト」 苛立ちから机を叩いて立ち上がり叫んだ亜子のセリフをむつきは短い言葉で指摘した。「確かに今回、お前らはテスト期間中からちゃんと勉強してた。勉強が得意な子も、不得意な子も。だけど、その前にクラスの順位を上げようとか、一丸となってとか約束したか?」「してない、かな」「うん、してない」「アキラ、裕奈まで……そりゃあ、してへんけど」 口ごもった瞬間にアキラや裕奈がそれを肯定した為、しぶしぶ亜子がそれを認めた。「暗黙の了解とかは置いておいて、別に誰も約束したわけじゃない。皆が皆、自主的に勉強したんだ。俺の教師としての勉強しろって言葉も置いておいてくれ」 置いておくものが多すぎて、ガバガバな理論に自分でも思えて来たが。「勉強ってのはあくまで自主性で、佐々木がやるもやらないも自由だ。だから和泉の怒りは見当違いだし……そろそも、その怒りの発生点ですら違ってる。お前、自分がなんでそんなに怒ってるか、ちゃんと理解してるか?」「まき絵が勉強するのは、クラスの一員としての義務だと思ってたから?」 多少落ち着いたのか、席に座り直した亜子が上目使いに聞いて来た。 未だむつきにひしっと抱き付く佐々木を伺う辺り、すまなくも思い始めているのだろう。 そんな亜子の頭を軽く撫でてやってから、むつきは意地の悪い顔で笑って言った。「違うよ。和泉は自分がストレス貯めながら必死に勉強してる時に、自家発電して発散してた佐々木が羨ましかっただけだ。けどそう言うのが恥ずかしかったから、クラス一丸とか耳触りの良い言葉を選んじまったんだよ」 きょとんと眼を丸くする亜子は流石に元清純派、黙っていれば可愛いばかりだった。「え、えー?!」 本当にこんな初々しい亜子を見たのは、何時ぐらいぶりだろう。 真っ赤にした顔を両手で挟み込み、ガタッと立ち上がってはむつきから距離をとっていた。「ていうか、先生セクハラじゃ」「言うようになったな村上。俺はただ、生徒の美しい友情を取り持とうとしただけだ」「それは百歩譲っても、自家発電ってオヤジくさ」 多少分かってやったことだが、釘宮の呟きが一番傷ついた。 中途半端な照れ隠しでそういう言葉を使ったのがまずかった。「うるさい、とにかくだ。佐々木が勉強せずに、順位を落としたのはただの自業自得。自己責任だから、逆に言えば誰から責められるべきことでもない。それを責めたいと思ったら、正当ではない理由がなにかあったと思え」「それで結局、先生はどっちの味方なんっすか?」「どっちの味方でもねえよ。心情的には、全く勉強しなかった佐々木を怒った和泉の味方になりたかったが。怒った理由が理由だったからな、先にそっちを諌めたまでだ」「先ってことは、つまり……」 むつきが春日の言葉に正直な胸の内を語ると、美砂が正確にその意味を察した。 いや美砂だけでなく、赤面して飛びのいた亜子も、他の子達も全員だ。 未だにむつきに張り付いていた佐々木へと視線を落としていく。 周囲のそんな視線に促されたわけではなかったが、それに応えるようにむつきは両腕を広げた。 今までずっと佐々木の頭や背を、労わる様に撫でていた手をだ。「うわ、痛そう……」「普段通り勉強しててよかった」 むつきの両手が握りこぶしを握ったことで、鳴滝姉妹がそう呟いていた。 彼女たちも実は佐々木と同じように、特別力はいれずにこれまで通りにしか勉強していなかったのだ。 だが佐々木とは地力が違う、彼女たちは普段通りであればクラスでも中堅以上に勉強出来た。 悪戯好きだが実はクラス限定であれば以外に勉強できる二人だった。「佐々木、お前一体なにしてんの?!」「痛い、痛い……ひぃーん、だって気持ち良くてやめられなくて」 ぐりぐりと佐々木の頭をすりつぶす様に拳骨をこめかみに擦り付ける。「これ以上馬鹿になったらどうするんだ。お前、マジで後ろには病欠とか途中体質の子しかいなかったんだぞ! これに懲りたら、程々にしときなさい。自家発電も勉強も」「ごめんなさい、許してぇ!」 別の意味に変わった涙を佐々木が流し、安全地帯ではなかったと逃げ出した。 亜子並みにまき絵を優しく包み込んでくれるであろうアキラの胸の中にだ。 しかし本当にこの子は考えが足りない。「アキラぁ!」「まき絵……ごめんね、先に謝っておくね。私も色々我慢して頑張ってたんだよ。先生を見つめたいの我慢して、教科書とノートばかり。だからこれは八つ当たりね?」「ふにゃぁっ?!」 胸の内に飛び込んできた佐々木を、アキラが容赦なくその胸の中で締め付けた。 なんと羨ましい幸せ固めか、男にとっては。 ただしぎりぎりと音が聞こえそうな力の入りぐらいで、桜子や明石のお株を奪う猫叫びっぷりだった。「アキラ、アキラ。まき絵パース」「パース?」「私だって、先生の背中でごろごろしたいの我慢してたんだぞこの野郎!」「うわーん、ごめんなさーい」 アキラから佐々木を受け取った明石が、同じように豊満な胸の内で彼女を締め上げた。 もちろん、言葉程には怒ってはおらず、八つ当たりだと分かった上でだ。 むつきもちゃんと怒りの出所を理解していれば、邪魔をしようとも思わない。 なら次は私と美砂や桜子、長瀬など今回頑張った子達が列をなす、巨乳限定で。 あれは貧乳の女の子にとっては二重の意味で辛いのだろう。 あまり胸部装甲に自信がない子達は、まき絵が次々に幸せ固めされる様を見てクッと声を漏らす。「あれ、なんかお前ら変わった?」 それにしてもつい先日までの二-Aの行動とは違って見えた。 以前までならまだくすぐり地獄程度だと思ったが、アキラが始めたとはいえ幸せ固めとは。 年相応に思春期を迎えつつ、男であるむつきの前でも羞恥心が減っているようにも見えた。 それはさておき、代わる代わる可愛がられて、これで少しは佐々木も懲りてくれればとも思った。 佐々木だけに、まったく油断できないとも思っているのだが。「先生……」 皆がまき絵を囲んで正当な八つ当たりをしていると、亜子がむつきの隣の席に戻って来た。 しおらしくちょこんと座りながら。「私、八つ当たりだって気づかずにまき絵に当たり散らしてた。はあ、こんな調子なら診療心理士なんて夢のまた夢やね」「そんな簡単になれるか、考えが甘いよ中学生。三年現場で頑張ってた俺だって、まだ教師半人前だ。仕事はそんなに甘くねえ。それにまあ、恩恵がないわけでもないしな」「恩恵?」 おらおらと可愛がられる佐々木の悲鳴を聞きながら、むつきは隣の亜子にささやきかけた。「夫婦喧嘩の後のセックスは燃えるらしいぞ? 覚悟しろ、子宮がパンパンになるまでハメ倒すからな」「…………んぅ、ぁっ」 今度は顔を赤らめるより先に、亜子の体が小刻みに震えてイッた。 目元はとろんとむつきに媚びる光を帯び、その視線だけで抱いてと語り掛ける雌の顔だ。 むつきが仮に童貞であれば、その顔だけで三回はオナニーできる蕩け位である。 それにしても元清純派、現むつきの雌奴隷志望なこの子は本当に色々と駄目な子だった。 -後書き-ども、えなりんです。予想された方もいたようですが、馬鹿レンジャーはついに孤高の戦士となりました。というか、原作でのネギの試験が根本から潰れました。一学期の時点では最下位こそ脱しましたが、まだ低位。夏休みを通して一気に上位ですよ。また下がるフラグもビンビンですが。次回はエヴァに気安く話しかけるぐらい有頂天な瀬流彦のお話です。冷静になった後で背筋が凍り付いてそう……それでは次回は土曜日です。