第二十六話 今は悪魔が微笑む時代なんだよ 本日の六時限目は、麻帆良祭の出し物を決める為の特別授業時間であった。 その六時限目になるまでずっと、二年A組は微妙な雰囲気に支配され続けていた。 教師側からの特別な介入もない。 なにしろ雪広に頼まれたむつきが、新田へと様子を見させて欲しいと伝えたのだ。 その原因である長谷川は表向き、親しい友人がクラス内にいない。 最近、そんな彼女を心配して委員長が良く話しかけていると認識されてはいるが。 皆から質問攻めにあった雪広も、のらりくらりと珍しくかわす始末だ。 ならばと乙姫×長谷川ネタを朝倉と早乙女が広めようとした時は、ならA組は麻帆良祭の間ずっと謹慎ですねと呟いた。 その瞬間、二人がクラス全員から取り押さえられる結果となったのは言うまでもない。「それじゃあ、今年のクラスの出し物の件だけど、君達に任せるよ。雪広君、君が皆を纏めてくれるかな?」 そう高畑が教卓上で喋っているのを聞きながら、ついに一人の少女が動いた。 長谷川の左隣の席である綾瀬である。 席が近い事を良い事に、綾瀬が前を向いたまま皆に聞こえるように尋ねた。 ひかげ荘メンバーによる筋書きのある演劇の始まりでもあった。「長谷川さん、少しよろしいでしょうか?」 何人かはおおっと、綾瀬の度胸に唸り、一人はそんな奴に話しかけるなと睨んでいた。 今にも噛みつきそうな獰猛そうな瞳のその子は、神楽坂である。 だが、長谷川も負けず劣らず、眼光には劣るも言葉の棘は負けてはいなかった。「神楽坂、ウザイから愛しの高畑先生でもこりずに眺めてろ。それと桜咲、近衛をとって食いやしねえから、お前も前を見てろ。本当にウゼェ」「確かに心地良い視線とは言えませんね。既に教室が息苦しい理由の半分は、自分達だと自覚して欲しいものです」 長谷川の乱暴な言葉使いに、神楽坂はおろか桜咲までもぽかんと口を開けていた。 寡黙で大人しい眼鏡少女、周りのそんな認識の外にある態度であったからだ。 耳をそばだてていた他の面々もそれは同様であった。 あんな子だったっけと、記憶の底を掘り起こし余りの印象の薄さに誰もが失敗する。「長谷川さんは、乙姫先生の事が好きなのでしょうか?」 しかし、綾瀬の核心を突いたような問いかけに再び耳をそばだてた。 雪広が教壇に立ったまま、何も喋り出さない事を気に止める者すら居ない。 教室内のほぼ全員の視線は、長谷川と綾瀬が握っている。 その視線を浴びながら、長谷川は努めて冷静に問いかけに答えた。「ああ、好きだよ。友達としてな」 周りの驚きは中途半端に、煮え切らないように燻っただけであった。「私はこのクラスの全員が、一年の頃から本当に大嫌いでさ。無意味に騒いで煩いし、ガキっぽいし。下らない事しては怒られて反省せず、またやらかして」「ガキっぽいというのは否定しません」「腐ってた私を救ってくれたのがあの馬鹿。実際、色々とやらかしてくれただけだけど。一生懸命空回って、上手く行かなくて落ち込んで。それでも頑張って」「恩人と言うわけですか。ならば、今朝の態度も納得です。無粋な邪推を失礼したです」 本人には絶対言うなよと釘を刺す振りで、一先ず会話は終わりである。 聞き耳を立てていた連中も、それなりに満足したようだ。 長谷川が朝のホームルームでぶち切れた理由も含めて。 ここまで語って聞かされれば、朝のどうしてという呟きも含めて想像は容易い。 特に恩人というキーワードに反応を見せたのが、神楽坂であった。 何しろ彼女が想いを寄せる高畑もまた恩人、そして教師。 長谷川に対し、共感を覚えないはずがない。 許すか許さないか、一人で悩み頭を抱え始めてさえいた。(第一段階は成功、次は頼むぜ委員長) そして自分の役目は一先ずと、高畑に代わり教卓に立った雪広に視線を投げた。 その雪広がパンパンと手を叩いて、皆の視線を自分に引き戻す。「それでは、二年A組の今年の麻帆良祭の出し物を決めたいと思いますが」「はーい、メイド喫茶!」「ゲームセンター」「超包子2!」 まだ雪広の言葉の途中であったが、椎名、鳴滝姉、明石が次々に意見を出した。 メイド喫茶はまだしも、ゲームセンターなど具体性が皆無である。 それに一度殿堂入りさせられた超包子を再び上げた明石も明石だ。「超包子2ってなんだか、強そう」「殿堂入りしたじゃん、裕奈!」 早速佐々木や釘宮からそれは無理だとの言葉があがるが、本人は余裕でチッチと指を振っていた。「超包子2は超包子とは違うから、だって2だから!」「などと意見がまとまりませんので。まずは私から提案させていただきます」 拳を握って力説した明石を座らせ、雪広が仕切りなおした。「私から皆さんに提案させていただく二年A組の今年の出し物は、麻帆良学園都市全域の教師人気投票トトカルチョです」「麻帆良学園都市全域の」「教師人気投票トトカルチョ?」 雪広の言葉を理解しかね、キーワードを呟いたのは佐々木と春日であった。 ただし、全く理解しかねていた佐々木に対し、春日は特にトトカルチョの部分に興味を引かれていた。 そこへ待ったをかけるように手を挙げたのは、美砂である。 含みを持った笑みがやや隠しきれてはいなかったが、妙に行儀良く手を挙げてから発言した。「でもさ、委員長。それって許可下りるの? 人気投票って、紙に書いてもらって投票して貰うだけで殆どの人は何もできないからクラスの出し物って認められないんじゃ」「美砂……なに、凄い真面目な反論してんの? 頭良く見える」「うっさいわね、くぎみー」「くぎみー、言うな。アンタ、普段円って呼んでるよね!?」 怪しまれたというか、早速釘宮に突っ込まれていたが。「そこはぬかりありません。投票用紙、集計機については既に超さんと葉加瀬さんに依頼済み。人手は殆どいりません」「なおさら、あかんのやないやろか。また超りんの手ばっかり借りてたら、しかもアンケートやったら手抜きやって」「そうでもありませんわ、亜子さん。我々の役目は、主に人気投票対象者の宣伝活動。各々が一押しの教師を選び、麻帆良祭の発表期間まで街頭演説やウグイス嬢を行ないます」「なんとなく分かってきたえ。ほなら、他所のクラスや別の学校の子も、好きな先生が一番になれるよう応援団長やったりもできるやんね」 ナイスアシストと、ぼんやり浮かんだ考えを呟いた近衛に誰かがグッと拳を握る。 一人や二人の少人数ではない事は確かであった。 ただ近衛の言う通りこれは、票を集計して発表して終わりではない。 票を集計する前から、教師人気投票トトカルチョは始まっているのだ。 一押しの先生を応援すればする程、上位に食い込みやすくなる。 上位入賞者に賞金をつければ、後で奢ってもらえると尚更応援団も力がはいるだろう。「だったら、私は乙姫先生の応援する。色々お世話になったし。一番になれたら、先生もっと自分に自信持ってくれると思うし」「あのアキラがついに動いた。じゃあ、私も乙姫先生の応援!」「私も乙姫先生の応援するアル!」「あれ、くーふぇも?」 別の意味でアキラを応援しようと明石が諸手を上げて賛同した。 ソレに続けと佐々木が立ち上がろうとし、思わぬ立候補に疑問の声を上げる。「宗派天台は結局見つからなかったアルけど、おかげで隠れた格闘家を見つけて先週戦ってきたアル。凄く楽しかった、これも乙姫先生のおかげアル!」「うむ、あれは楽しかったでござるな。そう言うことなら、拙者もせめてものお礼でござる」「待った。応援と言ったら忘れちゃいけないチア部。円と桜子もやるでしょ?」「モチの」「ロン!」 流石に一瞬ではチア衣装は着れないので、せめてもとぽんぽんを両手に二人が立ち上がった。 古や長瀬に続き、美砂が声をかけると釘宮と椎名が乗ってきた。 筋書きの決まった出来レースであったが、思いの他にむつきは人気があったらしい。 こうなれば後は雪崩の如くである。 だったら私もと鳴滝姉妹や、那波、村上とクラスの大半が集り始めていた。「ちょっと待った!」 そこへ面白くないとばかりに、待ったをかけたのは神楽坂であった。「なんでそこで乙姫先生? A組の担任は高畑先生なんだから、そこは高畑先生を押すべきでしょ!」 彼女らしい言葉と言えば言葉なのだが、少々空気が読めなかったようだ。 何しろむつきを応援すると一番に言ったのはアキラである。 まだ記憶に新しい、あの事件を考えるとそれは当然の考えであった。 ただし、他に集ってきた生徒もおり、理由はそれだけではない。「でもさ、明日菜。高畑先生を押すってどうやって?」「どうって、色々あるじゃない。格好良いとか渋いとか!」 明石の疑問に神楽坂がぐるぐる目を回しながら説明するが、完全に自分の好みの話である。「ていうか、高畑先生ってなんでもそつなくこなすから応援のしがいがあらへんやんね」「んー、そう言われるとそうかも。その点、乙姫先生って」「ふふ、私達が支えて上げないと、何処までも転げ落ちて行く。母性本能をくすぐるタイプね」「ちづるの言う通り、僕らが手の平の上で捏ね上げて一人前の男にしてやるです!」「お姉ちゃん、意味分かって言ってる!?」 こればっかりは、和泉も狙って言った訳ではなく本心であったのだが。 村上から那波、鳴滝姉妹と続々とむつきをこき下ろしながら味方の宣言をしてきた。 本人が聞いていたら、またそっと美砂やアキラを涙で濡らしたことだろう。 それは兎も角として、味方のいない状況の神楽坂は、心底焦っていた。 憧れの高畑が軽く見られている、そればかりか誰からも応援されないなどあってはいけない。「ムキァー!」「まあ、落ち着けや。神楽坂」 焦ってテンパリ、奇声を発した彼女の肩に腕を回し抱き寄せたのは長谷川である。「なっ、なによ。元はと言えば」「だから聞けって。見てみろよ、高畑先生をよ」 ちょいちょいととある方向を指差され、その高畑の様子に初めて神楽坂は気付いた。 当初、パイプ椅子に座って笑っていた彼は、肩を落としてずんと沈み込んでいる。 それもそのはず、自分の担任クラスの大半の生徒が、副担任の応援に回ったのだ。 しかも神楽坂が孤軍奮闘すればする程、それが浮き彫りになった。 僕はこんなに人気がなかったのかと、今朝の長谷川の怒りを心底理解していた。「高ッ!」「だから、聞けって」 即座に駆け寄ろうとした神楽坂の口を塞ぎ引きとめ、長谷川は囁いた。「落ち込んだ男の目の前で騒ぐ馬鹿がいるか。そういう時は静かに、相手の心に染みるようにまず名前を呼ぶんだ。アピールしろ、自分と言う味方を。貴方は一人じゃない、私がいるんだって」「ちょっと、なによそれ。それじゃあ、まるで」「そうさ、心の隙間につけいって何が悪い? お前そんな綺麗ごとで教師と付き合えるとでも思ってるのか? 言葉巧みに相手の心を握れ、意のままに操り恋を成就させろ。今は悪魔が微笑む時代なんだよ」「そ、そうだったんだ!」 長谷川の言葉を理解したのか、していないのか。 肩に回された腕を外し、ありがとうと何度か握って振ってから神楽坂は駆け出していく。 落ち込み俯いたままの高畑の前に立ち、神楽坂は胸の前で手を組んだ。 そして呟く、恋心を花開かせた相手の名前を。「高畑先生」「明日菜君?」 長谷川の言う通り、染み入るような穏やかな呼び声に引かれ高畑が顔を上げた。 そこまでは良かった、良かったのだ。 しかし、神楽坂が冷静でいられたのは高畑の顔を正面から見ていなかったからだ。 その高畑が顔を上げれば当然、神楽坂と瞳が合ってしまう。 一秒、二秒と神楽坂が何も言わない事に高畑も目をぱちくりとしている。 次第に、神楽坂はカタカタと震え出し、頭に血が上り、皆は確かに聞いた。 水を沸騰させたやかんがそれを知らせる時に鳴らすピーっという音を。 発生源はもちろん、神楽坂の頭の天辺からだ。 次の瞬間、落ち込んだ高畑の両肩に、神楽坂は思い切り手を叩きつけていた。 それはもう全力で、バシバシと何度も何度も。「せ、センセェー。わた、私は一人じゃないから。高畑先生が、悪魔で操り人形で!」 瞳をぐるぐる回し、既に長谷川から教えられた囁きも何処へやら。 落ち込んだ高畑の前で、一人から回って騒ぎ捲くっていた。 当然の事ながら、目の前で意味不明に騒がれ高畑はぽかんとしている。「駄目だ、こりゃ」 長谷川の呟きは、皆の気持ちを代弁したものであった。 完全に暴走した神楽坂は、高畑の気持ちも無視して喚いているだけだ。 割と本気のアドバイスをした長谷川も、望み零だと思わざるを得ない。 ただそこへ、小さな助け舟となる存在が手を挙げた。「明日菜、あのままやと取り返しのつかん事をしでかしそうやし。うちは、高畑先生の応援にまわるわ。夕映とのどか、あとついでにパルはどないする?」「えっ、わ……私は夕映が応援したい先生の方に」「のどか、自主性をもっと重んじるです。あまりにワンサイドゲームでは、賭けも盛り上がらないというものです。高畑先生の応援にまわるとするです」「そこで、私だけ乙姫先生の応援ってのもね。正直、そっちの方が興味あるけど、感謝しなよ明日菜」 理由が理由であったが、近衛を含む図書館島探検部の面々が高畑派に回った。 こっそり長谷川にピースサインを送る綾瀬の意図は、そういう事なのだろうが。 未だむつき派が圧倒的人数を抱え込んでいるが、まだ全ての生徒が派閥に属したわけではない。 超や葉加瀬は、投票用紙や集計機作成の任務がある為、中立は必須だ。 しかしながら、まだ立場を表明していない生徒も多かった。 龍宮やレイニーデイ、桜咲、絡繰、マグダウェル。 他に、言いだしっぺの雪広や朝倉、四葉。 催しごとに興味のない連中と、性格的に中立を謳いそうな面々ばかりである。「必ずしも、誰か先生を応援しなければいけないというものでもありません。中立派の方には、投票の管理委員に回っていただきましょう。皆さん、一度席に着いていただけますか?」 ぱんぱんと改めて手を叩いて、雪広が皆を席に着かせる。 まだ麻帆良全域の教師人気投票トトカルチョの説明は、触り程度なのだ。「麻帆良全域と銘を打ったからには、女子中等部のみならず大学から小学校まで。我々の手には少し余る催しとなる事は目に見えています」「だろうね。それにさ、委員長。高畑先生みたいに、広域指導員をしてる人は色々と顔が売れてるけど。乙姫先生みたいに女子中等部限定で顔が売れてたり。その辺のハンディキャップは?」「良い質問です、朝倉さん。ですので、私はこの麻帆良全域の教師人気投票トトカルチョを二年A組だけの出し物ではなく、各学部から一クラスの協力を取り付けます。その上で、人気投票は大学部、高等部、中等部、小等部、トータルの五部門の投票にしたいと考えています」「これだけ金と人が動きそうな出し物、直ぐに他の部が食いついてきそうだね」 報道のしがいがあると、早速朝倉は雪広を一枚の写真におさめた。 それから机の中から原稿用紙を取り出し、ガリガリと号外用の原稿を書き始める。 夕方に報道部から号外が出れば、明日の朝には申し込みが殺到する事だろう。「以上、簡単にですが私からのA組の出し物の提案をさせていただきましたが、他に何かやりたい出し物がある方はどうぞ挙手をお願いします」「ありませーん、やろうよ。大人気間違いなし。教師人気投票トトカルチョ!」「桜子大明神のお墨付きだし、盛大にやっちゃおう!」 椎名と明石が諸手を挙げて、雪広のひかげ荘メンバーの案に食いついてきた。 先程までの加熱振りを見れば、それも当然の反応か。 何一つ、滞りなく彼女らの望み通りにA組の麻帆良祭での出し物は決定した。 放課後も朝と変わらず、超包子は大賑わいであった。 登校の妨げにならない分、夜の方がテーブルも多く設置でき、寧ろ客足は多いぐらいだ。 流石に小等部の生徒は見当たらないが、中等部から大学部と客層も拾い。 酒やお話の肴はもちろん、麻帆良祭についてが殆どである。 クラスの中心的な人物がいれば、期日まで如何するか話のネタは尽きないだろう。 他に学部は違えど、先生の姿もちらほらと見え、むつき達もその集団の一つであった。 メンバーは朝方に新田におごりを宣言されたむつき、二ノ宮、瀬流彦の新人組。 さらに六次限目に多大なダメージを負った高畑と付き添うようにやって来た源である。「僕だって、出来るならあの子達の面倒をずっと見ていたいんですよ。けど、今のうちに色々と片付けておかないと来年が」「わーッ、ちょっと不味いですって高畑先生。しずな先生、お願いします」「はいはい、高畑先生ほらお水でも」 お酒が入って早々に、何やら高畑が普段の渋みを投げ捨て泣き崩れていた。 聞いている限りでは、何時もの出張は不本意であるらしい。 しかしあの高畑も辛い時は酒に酔って泣くのかと、とても親近感が沸くむつきであった。 特に源に慰められ、涙声が大きくなる所など特にだ。 当たり前だが、人間、それも男だなあと思わざるを得ない。「それにしても来年って、何かあるんですか? 普通は受験ですけど、うちは殆ど全員がエスカレーターですよ?」「いや、僕も詳しくはそれよりも。A組の出し物ですよ!」 何時の為に何の為の準備なのか、聞き出そうとしたら遮られた。 むつきや二ノ宮と仲は良いが、瀬流彦は一応学園長派なので何かあるらしい。「そうそう、聞きましたよ。A組の出し物、麻帆良全域の教師人気投票トトカルチョなんですって?」「あの子達は、本当に面白い事を思いつくね。良いんじゃないかね。偶には生徒が教師を採点しても。流石に全ての教師をあげつらい、点数を点けるのは今後の授業を鑑みても避けては貰いたいが」「その点は大丈夫ですよ、発案者が雪広ですし。そもそも、生徒の応援団がつかなければエントリーされませんし、発表も上位数名だそうですよ」 現在、雪広は他部のクラスから運営委員の選別中であった。 放課後、朝倉が執筆した報道部の号外が出されるや否や、応募が殺到したのだ。 我々にも一枚かませろと。 他にもアンケート部なる部活からも協力申請が届いて大わらわの様子である。 やや負担が雪広に掛かりすぎなので、要注意であった。「僕の方は、A組の一部が応援団をしてくれるみたいですけど。新田先生達はどうです?」「私は担任がありませんけど、新体操部の子達が応援してくれるって。まき絵は、乙姫先生にとられちゃいましたけどね」「まあ、私は……まさか、応援したいと言ってくれる子達がいるとは。くっ、思いもせず」「センセェー!」 誰かがそう声をかけると、超包子にいた全ての先生が私かとその声に振り返った。 むつきや二ノ宮、新田のみならず、他の席で飲んでいた先生方もだ。 あの高畑も泣き崩れていた涙も何処へやら、ちょっと希望をこめて顔を上げていた。 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた源に一目礼を言うのも忘れて。 やや遠くで手を振っていたのは、麻帆良女子中等部の生徒である。 それだけで違ったかと何人かの先生方が、がっくりと肩を落とした。 もしかすると、まだ応援団のついていない先生なのかもしれない。 本当に報道部の力は侮れず、もはや麻帆良全域にこの話は広がっているのだろうか。 やがて呼ばれた方も分かっていないと、その生徒達が近付いてきた。 鞄とは別に、手に水泳袋を提げていれば何処の部で、誰を先生と呼んだか丸わかりだ。「おお、部長じゃないか」「先生、冷たい。大会の応援を最後に、全然部の方にも顔を出してくれないし。そんなんじゃ、水泳部一同投票してあげないよ」「正式な顧問の先生がいるのに、素人の俺が顔を出したら迷惑だろ。部の出し物の準備か何かか?」「水泳部は毎年恒例だから機材は殆ど揃ってる。はい、たこ焼き無料券。アキラがいる時でも良いから来てね。それから、人気投票の演説にはいくから」 それじゃあと、来た時同様嵐の様に騒いで帰っていく。 受け取った無料券をふりふり振って、何時までも手を振っている彼女らに答える。「乙姫先生、顔でれっでれ。彼女さんに怒られますよ」「はっは、乙姫君も男だ。可愛い生徒が応援してくれるとあれば、仕方あるまい。しかし、運動部は横のつながりも相当だからな。案外、上位に食い込めるのではないかね?」「新田先生こそ、広域指導員で顔は知られてますし慕われてますから上位候補者ですよ」 いやいやとお互い褒めちぎり、この人たちはと呆れた顔で二ノ宮に見られてしまった。 しかし、はたと気付いてみれば、やけに瀬流彦が大人しい。 高畑が何かを口走った時には、妙に声を大きくして教師人気投票トトカルチョに誘導したくせに。 まさか酔いつぶれたわけではと見てみると、席にいない。 カウンターの隅の陰で、しゃがみ込んで地面を涙で濡らしのの字を書いていた。「えっと、もしかして瀬流彦先生」「何故、僕に応援がつかないんだ。そりゃ、糸目ですけど、生徒からすれば大人しくて目立たないかもしれないけど」 むつきの懸念どおり、どうやらまだ生徒からの応援団がついていないらしい。「まだ昨日の今日じゃないですか。それに、乙姫先生の親戚のお姉さんを紹介して貰うんでしょう。どっちもどっちなんて、贅沢ですよ」「そう言えば、教師人気投票トトカルチョに話題をさらわれていたが、元はその話題で飲もうとなったんだったな」「そうだ、僕にはそれがあった。乙姫先生、飲んでますか。お注ぎします!」 二ノ宮がフォーローし、新田が今日の飲みの本題をようやく思い出した。 瀬流彦自信、ややそれを忘れかけていたようだが、即座に思い出してビールの瓶を手に取った。 まだ半分も減っていないむつきのコップに注ぎ出す。 かなり溢れたが、慌てて唇で泡を吸い取って、コップの縁から一センチ下まで飲み干した。「それで、乙姫先生。その方のお名前は、写メなどあれば……」「あっ、写メは私も見たいです」「私は学歴等、現在の生活も気になるところだが」「最近の写メはあったかな?」 大学受験後、しばらく連絡はとっていたが卒業と同時にとらなくなっていた。 先生業が上手く行かず、不貞腐れていた事もある。 ただし、あの姉が連絡もせず結婚などはしないだろうから、多分まだフリーのはず。 そう思いながら携帯電話を操作していると、見つかった。 真冬にマフラーをしながら、スイカを持っている一番新しい写メである。「この人です。大学生時代の写真ですけど、あまり今と容姿は変わってないはずです。乙姫むつみ、今は二十八ぐらいですかね」「凄い美人、しかも微笑が優しそう。こういう人を探していたんです」「うわっ、瀬流彦先生に勿体無い。こんな美人で独身とか、周りは何してるんですか!」 むつきの携帯を奪うようにした瀬流彦の肩口から、二ノ宮も覗き込んで言った。 かなり失礼な発言でもあったが、感涙している瀬流彦には届いていない。 しかしさすがと言うべきか、学歴を気にしただけに新田は写真にはあまり興味は無さそうだ。「東京大学の四年生時の写真ですね。三浪ぐらいしてから入ってますけど」「ほう、東大かね。二人の反応を見る限り、才色兼備じゃないかね」「まあ、それを補って有り余るほどに放浪癖や病弱で良く血を吐いたり、気を使いすぎて使いすぎるって事はないですよ」「ふむ、多少失礼ながら天は二物を与えずか。しかし、多少の欠点は寧ろ長所だよ。完全無欠の人間など詰まらん。寧ろ欠点がある、手の掛かる生徒の方が可愛いものだ」 喋っている内に酔って来たのか、新田の論点が生徒に転換されてしまっていた。 がははと豪快な笑いを見せながら、くいっと軽く日本酒を飲み干してしまう。 それは良いのだが、瀬流彦と二ノ宮が携帯の写メを凝視しながら固まっている。「瀬流彦先生?」「東大……美人で優しくて、勉強も出来る。無理だ、高嶺の花過ぎる!」「確かに、既に天が三物与えてますよこの人。そりゃ、男がいないわけだ。絶対、惹かれた後に引かれてますって」「俺にとっては、普通の良い姉ちゃんですけど」 じゃあ、この話はなかった事にと携帯を取り上げると、がっしりつかまれた。 しかしそれ以上瀬流彦も動けず、思い切り苦悩している。「とりあえず、会うだけなら良いんじゃないですか。本当、普通の……いや、ちょっと放っておけない人ですから」「会うだけ、会うだけなら自由だし。お願いするよ」「既に心が負けを認めてますけど」 しっかりしろと二ノ宮が背中を叩くも、瀬流彦の背中は曲がりきっていた。 仕事で失敗を仕出かしたようにカウンターに、がっくりとうな垂れている。 その様子に心配になったのか、四葉がそっと中華スープを差し出していた。 これを飲めば胃が休まりますよとばかりに。 本当、今朝はああ言ったが既に一人前の料理人、というか飲み屋のママ気質である。「先生、ほっかーく!」「おっと」 そろそろ時期も考え、誘いのメールの一つでもと思っていると誰かに後ろから抱きつかれた。 スーツと制服後しだが、その胸や香ってくる匂いで特定は容易だ。「柿崎、今返りか?」「うん、先生の応援団の結成式で超包子でご飯にしようって。先生も来て、一緒に食べよう」「いや、俺は他の先生方と飲んでるから」「行ってきなさい、乙姫君。こちらは、瀬流彦君を叱咤激励しているから。全く、相手の学歴で知りごみするとは、気合が足りんぞ!」 半ば追い出されるように新田に背を押され、美砂に手を引かれた。 向かった先では、机や椅子が足りずにもはや立食パーティ状態である。 A組の大半が来ているのではと思えるような人数であった。 その皆が、むつきを見つけるや否や、わらわらと群がってきた。「主役の登場だ。先生、前祝に奢って。私らが、中等部の部で一位にしてあげるから」「あっ、二ノ宮先生だ。後で、ごめんねって言っとこ」「瀬流彦先生が怒られとるけど、今度はなにしたん?」「何もしてねえよ。ほら、瀬流彦先生に俺が親戚の姉ちゃん紹介するって話になってな。これがその姉ちゃん。東大卒って聞いたら、ちょっと尻込みしてな」 来て早々、明石の妄言を飛ばされたが、軽くスルーしておく。 和泉のみならず、他にも瀬流彦が新田に怒られている光景が気になったようだ。 酒の上での席の事なので、新田も本気で怒っているわけではないのだが。 軽く事情を説明して、先程も瀬流彦や二ノ宮に見せた写メを見せてやる。「あらまあ、何故かとてもお話が合いそうな」「ちづ姉……乙姫先生のお姉さんと話が合うって、ハッ」「なにか言った、夏美ちゃん?」「ひぅッ!?」 早速、那波の精神攻撃に村上が捕まっている。「綺麗な人、沖縄人なのに全然焼けてないし。てか、何故に真冬にスイカ」「きゃははは、真冬にスイカ。ミスマッチもいいとこだ」「沖縄、琉球王国アルか!」「ほほう、これはまた何やら達人の匂い。いや、これは残り香?」 釘宮や椎名の突っ込みは当然だが、古や長瀬の言葉は若干危ない。 あの病弱な姉に攻撃されたら、攻撃が当たる前に風圧で魂が飛んでいく。「麻帆良祭に呼ぶ予定だが、止めてくれ。体の弱い人でな」「皆、先生のお姉さんはまた今度。今日は先生の応援団の結成式」「アキラの水泳大会以来、チア部も本領発揮で応援しちゃうよ」 むつきの携帯は手の中に持ってまま、アキラと美砂の言葉に合わせおーっと手が上がる。 まだ教師人気投票トトカルチョの詳細は不明ながら、何をやらされる事やら。 こんな形でとは予想していなかったが、麻帆良祭が楽しみになってきたむつきであった。 -後書き-ども、えなりんです。題名を見て、何があったと思われた方は多数でしょう。明日菜、若干ウザめに書かれていますが。今後ちゃんと良いところも書いていきますよ。明日菜がいなかったら、むつきが人生詰む場面も出てきますし。というか、原作で千雨がウザい時があるみたいな事言ってませんでしたっけ?あと、トトカルチョのアイディアはあやか。他に演劇は千雨や夕映と、むつきの出番はほぼなし。主人公(笑)まあ、なんでもかんでも主人公が出張れば良いってわけでもないですし。むつきとA組の全員が主人公と言う感じが理想です。それでは次回は土曜日です。