第二十七話 僕はA組の担任の座を狙ってます 麻帆良祭一週間前ともなれば、授業は全て免除され、生徒達は準備に追われる事になる。 と言っても、今回のA組の出し物は教師人気投票トトカルチョであった。 他のクラスほどに忙しいわけではない。 何しろ他所の学部から一クラスが協力者として名乗りを上げるばかりか、部活動まで協力を申し出てきたのだ。 アンケート部や、特設ステージ作成の為には土木作業部等々。 大掛かりな仕事は殆ど、専門の部活動に割り振られ基本的に残った仕事は教師の宣伝活動だ。 なんとしてもむつき、または高畑を上位入賞者に押し上げなければならない。 トトカルチョに加え、上位入賞者には賞金まで出ることになったのだ。 他の学部はまだしも、部活動まで参入してきた結果、もうけは日に日に割れて行く。 ならば稼ぐ場所と言えば、教師人気投票トトカルチョの掛け金。 それから応援するむつき、または高畑を上位入賞者にして賞金を手にする事だ。 賞金は教師のものだが、そんな建前などあってなきが如しである。「もういっそ、乙姫先生を脱がそう!」「野郎が脱ぐところなんて誰が見たい。私の傑作品の衣装を脱がすんだ、それなりの意味があっての事だろうなぁ!」「千雨ちゃん、その言葉使い怖い。でも先生沖縄出身なんでしょ。脱いだら凄いが普通にできるかも」「先生、実際脱いだら凄いよ。ほら、溺れた私をスーツで泳いで助けたぐらいだし」 明石の意見を即座に却下し、長谷川がこの野郎ともはやかつての姿の面影なくすごむ。 伊達眼鏡も既に止めており、佐々木は言葉使いもあって少しびびっている。「どうしよ、どうしたら高畑先生の魅力が皆に伝わるの。男の渋み……ああ、でも伝わりすぎたら高畑先生が大人気で、擦り寄ってくる変な奴が増えたり」「心配せえへんでも、流石に渋みに惹かれる女子生徒やなんて明日菜ぐらいのもんやて」「そんな無駄な心配よりも、どうすんの。麻帆良祭開催パレードでの衣装。向こうにちうっちがついてる分、かなりうちら不利だって」「渋みの強調ならば、下手に奇をてらう必要はないです。普段のスーツ姿にタバコの紫煙、これだけで十分です。以前誰かが仰ったように、我々のやりがいは減ですが」 一人勝手に盛り上がっては髪を振り乱す神楽坂に、近衛達は振り回されて話が進まない。 唯一まともな意見が綾瀬から出るも、どこまでそれが聞かれている事か。 如何に派手に目立たせ、入賞を勝ち取るのか話し合う中で特に忙しそうなのは雪広である。 何しろ数多くの学部と部活動を一手に取りまとめているのだ。 女子中等部という歳若さもあって、一度舐められては企画を全て奪われかねない。 あまりの忙しさに、さすがの彼女も身だしなみに解れが見え、髪が乱れてさえいた。 そんな彼女が、ふいに携帯電話を取り出して耳に当てる。「はい、二年A組雪広です。ああ、その件に関しましては既に麻帆大格闘団体の方々に……今から? そんな困ります、不平等だと仰られても。ちょっと、お待ちになって!」 なんだどうしたと、慌てた雪広に皆が視線を集めていると、彼女が立ち上がった。「長谷川、お前俺にこんなもん着てパレードに」「乙姫先生、ちょうど良かった。少々揉め事が、お付き合いください」「ちょっと待て、雪広。お願い、先にこの衣装」 そして教室の扉を開けて入ってきたむつきの腕を取って走り出した。 余程慌てているのか、むつきの言葉の一割も届いていない様子である。 走りにくい格好をしたむつきを引きずるように、廊下から玄関へ、校外にまで連れて行く。 すれ違っていく生徒達から乙姫先生可愛いと声をかけられても、本人は兎も角やはり雪広には届かない。 そんな雪広がやって来たのは、世界樹広場付近に設営され中の特設ステージであった。 麻帆良祭当日、教師人気投票トトカルチョの結果を発表するステージである。 現在そこは麻帆良土木作業部が設計し、格闘部と協力して設営中。 そのはずであったのだが、「おら、帰れ帰れ麻帆良工大のハイエナども。金の匂いを感じてやってきやがって。寝技みてえなチンタラした技が主体なだけあるぜ!」「んだと、取り消せオラ。お前らみたいな貧弱部に任せたら折角の催しが台無しだ。あと、寝技が打撃に劣るだと。今ここで決着つけてやろうか!」「おいおい、喧嘩なら他所でやってくれ」 ステージ設営も途中のまま、麻帆良大学の格闘部と麻帆良工業大学の格闘部が揉めていた。 今にも手が出そうな雰囲気で、土木作業部が遠巻きに止めている声も届かない。「お待ちください、教師人気投票トトカルチョ統括の麻帆良女子中の雪広あやかですわ」 そこへ颯爽と現れた雪広であったが、それも何処まで効果のある事か。「土木作業部の人足は既に麻帆良大学の格闘部の皆さんにお願いしています。申し訳ありませんが、麻帆良工業大学の格闘部の方々はお引き取りください」「大体、女子中のガキが統括なんてするから話がおかしくなるんだ。麻帆良工大に権利寄越せよ。そしたら、真っ先に麻帆良大の格闘部なんか飛ばしてやるぜ」 もはや金が欲しいのか、格闘部同士の意地なのか主張が滅茶苦茶である。「そのようにはいきません。乙姫先生、ガツンとこの方々に世の道理というものを教えてあげてください」「道理ね、そうしたいのは山々なんだが……この格好で説得力なくね?」「ぎゃははははっ、なんだコイツ。馬鹿じゃねえの。何処の絵本の世界から迷い込んだ!」「乙姫、乙姫だってよ。妙ちきりんな名前しやがって!」 そこで初めて、雪広もむつきがどういう格好をしているのかを知った。 乙姫なのだ、まさに浦島太郎に出てくる乙姫様の格好をしているのだ。 誰作など今さら考えるまでもなく、長谷川の渾身の衣装を着ていた。 十二単の様に幾重にも重ねられた生地が色艶やかで、羽衣さえ微風にフワフワたゆたっている。 確かにそんな格好で世の道理を説けと言う方が無理がある。 いっそ別の世界が開けてしまうかもしれないが、生憎むつきはノーマルであった。 おかげで、邪魔をしに来た麻帆良工大の格闘部どころか、麻帆良大の格闘部や土木作業部からも笑われていた。 さすがの雪広も、同行人の格好にカーッと顔を赤らめてしまった。「どうしてそのようなふざけた格好をしているんですの!」「長谷川から衣装合わせだって言われて着たら、こんなんだったんだよ!」「寝言は寝技を差し置いて打撃最強ってのだけで間に合ってんだよ、このボケが!」「雪広、危ねえ!」 最も短気な者の一人が、邪魔をするなとばかりに殴りかかってきた。 寝技最強は何処へ行ったのか、握った拳でだ。 咄嗟に雪広を胸元に抱きかかえ、庇うように背を向けた。 元々動き辛い格好で、むつきに喧嘩は兎も角、格闘の経験などない。 まだ普段のスーツ姿、また雪広がこの場にいなければ飛び退るぐらいはできたのだが。 現状出来たのが身を屈めるように小さく硬くなる事である。 そのまま自身も痛みに耐えようと瞳を閉じたが、想像した痛みは訪れはしなかった。 いや確かに拳が当たったパシンという音こそ聞こえてはいた。「間一髪、楓の言う通り後を追って来て正解だったアル」 何時の間についてきていたのか、古が手の平でその拳を受け止めていた。「乙姫先生に代わり、世の道理を拙者らが伝えて進ぜよう。弱肉強食でござる」「菲部長に散歩部最強の女……逃げッふ!」 古が受け止めていた拳を払いのけ、男の懐にもぐりこみ尖らせた肘を鳩尾部分へとねじりこんだ。 ピンポン玉のように吹き飛ばされたその体が、後ろにたむろしていた男達をも巻き込んで吹き飛ばされる。 そこからは、肉食獣が草食獣を蹴散らすが如くであった。 古が腕や足を軽く振るうたびに、屈強な男達が面白い程に吹き飛んだ。 また楓の姿がふっと消えた直後には、数人の男達がばたばたと倒れていく。 お前ら本当に中学生かと、別の意味で突っ込みたくなる光景だがこれが現実である。 一先ず危機は去ったと、格闘団体の悲鳴を聞きながらむつきは十二単の中に埋もれた雪広をみた。「雪広、お前少し顔色悪くないか?」「いえ、少し怖い思いをしたせいで……」 とてもそうは思えず、一先ずむつきは古と長瀬に声をかけた。「二人共、程々にな。雪広が逆恨みかったら怖い。それから、土木作業部と麻帆良大の格闘部の皆は作業を続けてくれ。アレらは、広域指導員の先生を呼んで連行して貰うから」「揉め事が収まればやる事はやるが。あんたは、一体誰だ?」「この子の副担任、担任は高畑先生な」「げっ、この子の担任デスメガネか。今回ばかりは、麻帆良工大の格闘部もやり過ぎたな。しばらく活動禁止だぞ」 ご愁傷様と、最後の一人が蹴飛ばされた麻帆良工大の格闘部の面々に同情さえ送られた。 広域指導員としての高畑も、そうとう顔が売れているようだ。 しかもむつきは知らないが、かなり恐怖の対象として。 デスメガネとはなんぞやとも思いもしたが、雪広の顔色の悪さの方が気になった。「ああ、それから」 雪広を連れて行こうとすると、土木作業部の一人が声を掛けてきた。「アンタも、副担任ならもう少しその子を手伝ってやれよ。まだ子供なのに、他の学部のクラス委員や部活動の部長に一歩も引けをとらずやりあってんだから」「とりあえず、常にあの二人のどちらかは護衛としてつけるよ。特に今回みたいなのが一番怖いからな」「ご心配なさらずに、これでも雪広流柔術の免許皆伝ですので」「生白い顔で説得力あるか。おーい、古に長瀬。そろそろ教室に戻るぞ」 しれっと言った雪広にコツンと拳を落としてから、むつきは暴れていた二人に声をかけた。 古と長瀬の二人を護衛に、まずむつきが向かったのは保健室であった。 麻帆良祭の準備中なだけあり、普段より少々込みあっていたがベッドは確保できた。 込み合っているといっても、大工道具で指を切ったり、金槌で指を叩いたとか軽傷が多かった事もある。 仕事があるからと渋る彼女を無理矢理寝かせ、仮眠をとらせようとする。 ただし、この麻帆良祭の一週間前と言う独特の雰囲気の中で眠れるかは不明だ。 なにしろ多少の怪我なので、それはもう保健室も賑やかなものなのであった。 主に笑いを提供しているのが、乙姫スタイルのむつきのせいの気もするが。「古、お前は超に連絡とってしばらく雪広の代役を頼めないか聞いてくれ。駄目でも良くても連絡はちゃんとくれな。それから長瀬は悪いんだが」「しばし、委員長殿の護衛でござるな。承知、拙者らは長谷川殿達の様に応援団員として手伝える事は極僅かでござるからな」「超を探してくるアル。委員長、ちゃんと寝てるアルよ」「悪いな、二人共」 大丈夫ですと起き上がろうとした雪広を、押さえつけるように寝かせる。 これも麻帆良祭の魔力か、自分を省みずと言う雪広も珍しいものだ。「良いから、少し寝てろ。お前が倒れでもしたら、折角の麻帆良祭を皆が楽しめないだろ。普段のお前なら、とっくに気付いてるぞ。まあ、年頃の娘らしくてほっともするが」 A組の他の生徒とはまた別の意味で大人びた姿ばかり普段見せられているので、尚更だ。「委員長殿も拙者も年頃でござる」「何故そこで自分もと強調した。護衛頼んだ事、実は根に持ってないか?」「にんにん」「忍者か」「忍者ではござらんよ?」 何このやり取りと思っていると、何が受けたのか雪広がくすくす笑っている。 何処が面白かったと長瀬に視線を送るが、瀬流彦のような糸目の奥で肩をすくめられた。 どうやら同じ年頃でも、少々笑いのツボは異なるようだ。 ただ少しは気が紛れたようで、雪広の耳元に唇を寄せてそっと囁くように言う。「まあ、なんにせよ。ちょっと寝ろ。今回はお前の頑張りすぎだ。別に俺は、高畑先生に勝ちたいってばかり思ってるわけじゃねえぞ」「存じておりますし、勝ち負けを殊更強調するつもりもありませんわ。大々的にしたのは、少々私の我が侭を含んでおりますので」「良く分からんが、だったら少し自重しろ。何かして欲しいことはあるか? 冷たい物が飲みたいとか」「では、眠るまで……お手をよろしいでしょうか?」 病気にでもなった小さな女の子のような申し出であったが、断る理由はない。 何か心細くなるような事でもあったのか。 良く白魚と表現されるような、細くて長い爪の綺麗な手をそっと握った。 これでむつきが普段のスーツ姿なら、もう少し絵になったのだろうが。 あいにく、未だ十二単の乙姫スタイルである。 誰かが保健室に来るたびに、びびったり、声を押し殺して指差し笑うのだけは勘弁してほしい。 しばらく無言で様々なプレッシャーに堪えていると、雪広の手からふっと力が消えた。 確認してみると、吐息も静かに眠り始めており、手を布団の中にそっと戻す。「それじゃあ、長瀬……悪いけれど雪広の事をしばらく見てやってくれ。麻帆良女子中にいる限りは、危ない事もないだろうけど」「にんにん、先生が知らぬだけで女子と言うのは時に残忍なものでござる。しかと、護衛の件を承ったでござる」「怖い事をいうなよ。なんにせよ、頼んだ」 女子中の教師なだけに、女の子の粗雑な部分も知ってはいるつもりだったのだが。 まだまだむつきには遠く考えの及ばぬ領域と言うものもあるらしい。 現在、雪広達は二年であり、最高学年ではないのだ。 恐らくはそういう部分でも、色々とあるのあろう。 上級生を差し置いて、麻帆良学園都市全体を動かすような催しを仕切ったりする事に。 そんな危険をおかしてまで貫こうとした、雪広の我が侭とはなんであろうか。 全て終わったら話してくれるのか、そう思いながら教室へ向かう途中、高畑が現れた。 何故か着流しに普段のタバコとは違い楊枝をくわえ、刀を一本差した格好で。 時代劇に出てきそうな風来坊といった格好が無精ひげもあいまって良く似合う。「高畑先生、その格好」「乙姫先生こそ」 これは気まずい所をと、互いに苦笑いしながら同時に立ち止まる。 どちらともなく、近くの窓を開けて外の空気を吸いながらまず高畑が口火を切った。「麻帆良工大の格闘部の連中には、きつくお灸を据えておいたよ。麻帆良大の格闘部と麻帆良工大の格闘部は昔から仲が悪くてね。一方だけが、今回の特別なイベントに参加したのが気に入らなかったみたいだね」「勘弁して欲しいですよ、本当。しかも、雪広に手を挙げようとして。古や長瀬がいなかったら、俺一人で守れたかどうか。なさけないですよ」「そんな事はないと思うけど。格好は兎も角、土木作業部の子達も君が雪広君を庇ったところを見たと言ってたしね。沖縄出身って聞いたけど、何か特別な格闘技でも?」「あったら、逆にのしてますって。海で育ったので体力に自信はありますし、喧嘩も少しはしましたけど。本当子供の喧嘩ですよ」 今気付いたのだが、担任と副担任でありながら、日常会話はこれが始めてだ。 事務的な会話は今まで何度もしてきたのだが。 確かに高畑は出張が多く、一年次はともかく二年A組はむつきが率いてきた自負がある。 ただし、その為に長谷川が切れたり、雪広が必要以上に頑張ったり。 これ以上、高畑との溝をむつきが、それも一方的に作るのは止める時期かもしれない。 教師の間でのみ通用する学園長派とその他の派閥はどうしようもないが。 むつき個人が高畑個人をどう思い、どう対応していくかは自由である。 だから、腹を割るなら今このタイミングを置いて他にないかもしれない。「高畑先生、少し真面目な話を良いですか?」「どうしたんだい、改まって」 一応ここは廊下なので、不用意に生徒が近付いていないか確認してから言った。「正直に言うと、四月に副担任になって五月中頃まで僕は貴方の事をあまり好ましくは思っていませんでした」「耳が痛いね、だいたい想像はつくよ」「彼女達が一年の頃は、そうではなかったようですけど。理由の不明な出張三昧。担任の仕事は全部下りてくるし、副担任の仕事だって。僕自身、余裕のある教師じゃなかった」「君に甘えていた事は僕も認めるよ。あまりに事務が的確で、これなら大丈夫だと」 確かに書類作成だけなら、むつきとしてはお手のものであった。 ただし、実務である授業や彼女達を纏める仕事が壊滅的だったのだ。 負のスパイラルどころか、どん底まで直滑降、日常茶飯事である。「けど、とある女性のおかげで立ち直れて、むしろ僕は担任になりたいとさえ。今回だって、どうせ高畑先生は出張だからって担任のつもりでいました」「僕も、思い知らされたよ。自分がどれだけ身勝手だったか。自業自得とはいえ、殆どの子達に慕われなくなってたからね。高畑先生、高畑先生って言ってくれるのは明日菜君ぐらいだ」「まだ間に合うと思います」 少々自虐が過ぎる高畑へと、むつきは改めて向き直った。「高畑先生、理由が明かせないような出張は止めにしませんか? 彼女達は日々を楽しみ、時に悩み。気軽に相談できる大人を欲しています、人に相談できない子は喋りかけれらる事を待っています」「すまないが、それは出来ないんだ。彼女達以上に、それこそ日々食べる事さえ困っている人達が僕を必要としてくれているんだ。その人達の為にも」「ですが、それは海外青年協力隊とか自衛隊の出番です。先生はこの麻帆良女子中の教師です。中途半端をするなら、どちらかに集中すべきです。彼女達か、その困っている人たちか」「そのどちらも選べないんだ。今僕が行っているNGOでの活動は憧れだった人の仕事の一部を引き継いでいるんだ。そして、二年A組にはその憧れの人から託された明日菜君がいる」 むつきは腹を割って全てを話したつもりが、高畑の話は要領を得ない。 教師としてというよりは、その憧れだった人というのが中心となっていた。 高畑と神楽坂の関係も、全くの初耳であったのだが。 高畑にとってはその憧れの人が全てで、教師という仕事にはあまり興味がないのだろうか。 何故教師と言う仕事を選びつつ、その憧れの人の仕事を継ごうと思ったのか。 むしろ教師と言う役職は、自分を縛るだけの足かせなのではないのか。 互いに良好な関係を築くwin、winという言葉があるが。 現状、高畑とA組はlose、loseのような関係であるかのようにも思えた。「高畑先生、ずるいですよ。僕ばっかり腹を割って、全然割ってくれてないじゃないですか」「すまないね、どうにも喋る事が出来る内容にも色々と制限があってね。そうだな、僕から言える事はただ一つ。麻帆良祭が終われば、また僕は海外だ。彼女達の事を頼めるかい」「頼まれなくても、それに覚悟しておいてください。僕はA組の担任の座を狙ってます。あまり出張ばかりしてると、今度こそ高畑先生の居場所はありませんからね」「そいつは怖い話だ。出来るだけ、顔は出すようにしてみるよ」 それだけはせめて約束するよと、最後にむつきの肩を叩いて高畑が歩き出す。 お互いに事情は色々とあるようだ。 ただし、手加減はしませんよと、楊枝をタバコのようにしている高畑の背中に語りかける。 結局、殆ど腹を割りあうこともなかったが、宣戦布告はしてしまった。 元々そこまでするつもりはなかったのだが。 これでむつきも、高畑がいない時には遠慮なくA組の担任代理として頑張れると言うものだ。 色々と胸の内に支えていた物を吐き出し、心の内を軽くしながらむつきは教室に戻った。 元々衣装合わせで呼ばれ、その結果がこの乙姫スタイルなのである。 改めて、これを作成した長谷川に文句を言う為に、扉を開けた。「長谷川、てめえこの野郎。こんなん着てパレードに出てみろ。俺の教師としての威厳なんざ粉みじんだ」「ぎゃーっはっはっは、似合ってんじゃねえか先生。さすが浦島太郎の登場人物!」「先生可愛いじゃん、似合ってる似合ってる」「私もそう、思う。可愛いよ、先生」「お前ら女子は、直ぐなんでも可愛いって言う。男はそんな事を言われても嬉しくともなんともねえんだよ。しかも、雪広のおかげでこの格好で外を爆走しちまったし」 指差して爆笑する長谷川はまだ普段通りといえるが、美砂とアキラの評価も似たようなものであった。 まるでフォローのつもりのように、似合ってる可愛いと。 嬉しくないと言っても、全然むつきの気持ちが伝わった様子がない。 それどころか、外を爆走したというキーワードに食いつかれる始末だ。「先生、それでそれで。ちゃんと自分の名前を大声で叫んできた?」「アピールしなきゃ、上位入賞できないよ」「はい、やり直してきて」「悪魔か、お前らは」 さも当然のように佐々木には聞かれ、椎名や釘宮からはもう一回行ってこいと言われる始末だ。 もしもできる事なら、そんなんだから彼氏ができないんだと叫びたい。 その瞬間、彼女達の乙女心もろともA組の担任になるという野望も粉みじんだろうが。「ちょっと、こっちも負けてられない。って言うか、高畑先生はどこよ!?」「いやあ、木枯らし紋次朗が良いなら由美かおるのかげろうお銀でもいけるかなって」「どういう方向転換ですか、渋みを他所に。パルがセクハラかましたせいで、逃げられたです」「女装男子が嫌いな腐女子なんていません!」 そんな早乙女の妄言は置いておいて。「高畑先生の苦々しい顔、初めて見た」「タバコ吸ってくるから言うて、爪楊枝を指で挟んでたやんね」 どうやら高畑のあの格好は神楽坂達の、主に早乙女の悪ふざけの産物らしい。 やはり高畑も麻帆良祭ともなると、彼女らにふりまわされるようだ。 宮崎の言う通り、あの高畑が生徒に対して苦々しい顔を見せるなどよっぽどである。 近衛が見た爪楊枝をは、むつきも見たので相当本人は動揺していたのか。「まあ、高畑先生は良いとして。長谷川、これマジでどうにかなんねえか。無茶苦茶重いし、動き辛い。あっ、脇のところが糸解れてら」「私が端整込めて造った衣装を早速壊すんじゃねえ!」 動きが激しい脇部分と言う事もあったのだろう。 ほつれに気付いた途端、ますますソレが大きくなり、あろうことか尻を蹴られた。 さすが十二単は防御が厚いが、それでも衝撃は受け止め切れなかった。「痛ぇ、理不尽。なんたる理不尽、お前俺をなんだと思ってやがる!」「あっ、ここも解れてるです。ひっぱっちゃえ、良いではないかゴッコです!」「お姉ちゃん駄目だよ、そんな事をしちゃ」「チビっ子共も止めろ。仮止めし直せば、マジで止めろって!」 調子に乗った鳴滝姉が、ほつれを見つけては糸を引っ張り破壊していく。 慌てて長谷川が怒声混じりに止めるが、余計に鳴滝姉を調子付かせたようだ。 ますます解れた糸を引っ張りそれらが全てぷつっと切れた。 一体どういう構造だったのか、途端にばらばらと糸ではなく十二単そのものが崩壊する。 折り重なっていた布地が、ばらばらと四方八方にちらばるように。 当然の事ながら全ての布地が落ちてしまえば、残るのは下着ぐらいのものであった。「コントか、なんだコレは。長谷川、お前どこまで仕込めば」「こんな神業仕込めるか。私の腕もまだそこまで行ってねえ!」「あらあら、まあまあ」 頬に手を当てて微笑んだのは、那波であった。 ハート柄の狙ったようなむつきのトランクを目の当たりにしてだ。「淫行教師、生徒の前で突然脱ぐ。先生の人気投票、終わったねこりゃ」「きゃー、先生なにそれ。彼女の趣味、趣味なの!」「ハート柄の、ハー……ふぅ」「のどか、しっかりするです。あんなのただの布キレですよ」 朝倉には写真を撮られ、顔を隠しながら指の隙間から佐々木には見られ。 ある意味正常な反応で宮崎は気を失い、綾瀬は努めて冷静にただの布切れと評した。 ただ、そのハート柄を彼女の趣味と言われ、反論できず美砂とアキラは無言であった。 ずばりそのまま、その通りだったからである。 少しばかり冗談も含め、似合うんじゃないかと以前にプレゼントしたのだ。「お願い撮らないで、朝倉。先生、もう色々と限界で泣きそう」「先生、そのしな垂れ方色っぽい。もう少し、足出して。意外に白いね」「エロカメラマンか。涙も引っ込むわ。おい、柿崎。社会科資料室に俺のスーツあるから持ってきて。この格好で廊下に出たら、速攻通報だよ」「はーい、ちょっと待ってて」 美砂が妙に嬉しそうにスキップしながら出て行ったので心配になった。 スーツをくんかくんかされそうだったので、アキラも次いで向かわせた。 油揚げを差し出したトンビが二匹に増えただけかもしれないが。 特にアキラの良心に期待しつつ、かき集めた十二単で体を隠す。 主に生徒達の視線を男である自分の汚物から守る為に。「やっぱ普通の手縫いじゃ、十二単はきつかったか。もう、普通の着物にすっか。先にお披露目しちまったし。先生、新しい衣装代くれよ」「お前なあ、入賞すらしてないのにそんなに俺に金があると思うなよ。それに割り当てられた活動費用内で宣伝しないと罰則もんだぞ」「ちっ、仕方ねえな。手先の器用な奴は手伝ってくれ。衣装縫い直すから」 むつきから元十二単の布切れを奪うようにして、長谷川が縫い直しに取り掛かった。 その周りにわらわらと人が集り始めるが、誰も手伝おうとは言い出さない。 何しろ既に長谷川の腕前を見てしまった手前、おいそれと手伝うと言えなかったのだ。「千雨ちゃん、私がちょい手伝うから。余った布切れ、借りてええ? 高畑先生の衣装、大分煮詰まってきてし」「色艶やかな女ものばかりだぞ。それでも良けりゃ。ほら、手伝う気がない奴は散った散った。街宣用ののぼりとか、多少雑な性格でもやれる事はあるだろ」「私、演劇部で衣装も造るから千雨ちゃんを手伝えるよ。どうすれば良いか、指示だけ頂戴」 村上は言い出す切欠が欲しかっただけのようで、指示通り衣装を縫い始める。 近衛のお陰もあるが、もう高畑派も乙姫派も関係ない。 皆が麻帆良祭の一大イベントへと向けて、黙々と作業に入っていった。 当初、雪広がいっそクラスを割ってしまおうと言った時は耳を疑ったのだが。 案外上手くいくものなのかもしれない。 神楽坂も、特に早乙女が役に立たないと思ったのか、乙姫派の面々にも意見を求めたりしている。 それが役に立っているかどうかは、また別にしてもだ。 そんな彼女達を教卓の影に隠れるようにしつつ、むつきは微笑ましく眺めていた。「先生、スーツ持ってきたよ。にやにやして、エッチな事を考えてる?」「馬鹿たれ、ちがわい。なんだかんだで、仲良くやってくれて良かったって思っただけだ」「意見が違う事は合っても、皆は仲良しだから」「雪広も、これで少しは気が楽になったんじゃねえのか」 今はまだ保健室で寝ているであろう雪広を思い、そう呟いた。 両手の側に立っていた二人のお姫様の機嫌を多少損ねる事になると思わず。 そっと伸ばされた二人の指が、嫉妬の心の赴くままにむつきの太ももを抓った。 -後書き-ども、えなりんです。長谷川、伊達メガネを捨て自分をさらけ出し始めました。言葉使いもあってまだ敬遠されてる部分もありますが、何れ周りも慣れるでしょう。生徒側がどんどん変わる中、主人公(笑)まあ、ちょっとずつは成長してるんですよ?あと今回、高畑とちゃんと(?)会話しました。三ヶ月経ってやっと日常会話とか、飲みニケーションも前回が初。なんやかんや高畑を中途半端と言ってますが。主人公も結構、変態と教師の間で中途半端です。中々自分って見えないもんですよね。さて、日常回三連続も終わり、次回はエロ回。なんというか、夕映が加入直後の盗聴回と同じぐらいアレです。それでは次回は水曜日です。