第三十一話 俺を嫌いなの、好きなのどっち? 麻帆良祭の二日目、梅雨時でありながら先日に引き続き好天に恵まれていた。 基本的に麻帆良祭の本格始動は十時以降となっている。 前夜祭、中夜祭で学生が夜更かしするのが当たり前となり、それを考慮してであった。 午前中の十時から鳴滝姉妹と長瀬の散歩部の麻帆良都市ツアー。 双子によって屋台の食べ物をかなり奢らされたが、特別な日である。 申し訳無さそうな長瀬にも、たこ焼き等を食べさせた。 それからむつき一人に対し、専属のガイド三人という贅沢振りで市内を歩き回った。 お昼は途中で見つけた長谷川を連れて超包子でとり、オーナー直々に料理を披露された。 だが、流石に長谷川には少し様子がおかしかったのを気付かれたようだ。 どうせまた何時もの事だろうと、特別何かを聞かれる事はなかったが。 しかしそれも、長谷川と超を連れて、午後から雪広の乗馬部の障害物走を見るまでであった。「いかがでしたか、先生。私の乗馬も、なかなかのものでしょう?」「乗馬ができる奴なんて初めて見たよ。やっぱ、真剣に何かをやってる奴は格好良いな」 演目も終了し人がばらけ始める中で、雪広が馬を巧みに操って客席に近付いてきた。 砂のダートコースと観客席を分ける鉄柵の前で、くるりと馬を回転させ横付けてくる。 あまりのその見事さに、帰ろうとしていた一部の客はその足を止めてまで雪広に見惚れていた。 他に同じ乗馬部の部員だろうか、あやか先輩と大きな声で声援を送っている者もいる程だ。 その雪広が馬上からむつきを伺い見るようにして、怪訝そうに尋ねてきた。「先生、どうかされましたか?」「あ、悪い。ちょっと見惚れてただ」「嘘つけ、この野郎」「委員長には悪いケド、時折上の空になることがあったネ」 上手く笑って誤魔化したつもりであったが、長谷川と超に突っ込まれた。 超については、お前にまで分かるかと思わず思った程だが。 むつきがこの少女達に隠し事をしようと思うのがまず間違いだったか。 周囲に他の客がいなくなった事を確認してから、少し相談してみた。「雪広は知ってるが。昨日の中夜祭で、ちょっと美砂と深夜デートしてきた」「ああ、夜の街でしけこんでたのな」「デートして来たんだよ」 無用な突っ込みはやめいと、長谷川を牽制して続ける。「まあ、目的はセックスなんだが。水泳部のキャプテンにセックスフレンド申し込まれたのが和泉辺りから漏れたみたいで。断ったとは伝えもしたが」「そりゃ、大河内辺りにも漏れてるな。水泳部のキャプテンってあれだろ、短髪の。さばさばしてそうな、自分からさばさば系だって言うのじゃなくて、マジの」「麻帆良女子中の三年F組、百六十四センチで上から七十九、五十二、七十二のスレンダータイプ。これはちょっと予想外ネ」「男らしくお断りされたのなら、何か問題でも? ところで、セックスフレンドとはなんですの?」 馬上で可愛らしく小首を傾げた雪広に、知らないのかよとずっこけた。 俗語も俗語、普通に生活していても使う事はない言葉である。 それでも予想ぐらいできそうなものだが、むつき達がこけた様子を見て慌てる雪広は本気だ。 確かに愛し合う行為を友情の段階、むしろ快楽先行で求め合う事は理解の範疇外なのだろう。 そんな雪広の初心な面に安心するやら、純朴すぎて不安になるやら。「恋とか愛とか、面倒な感情は抜きで。セックスで気持ち良くなろうってのがセックスフレンド、何真面目に説明してんの俺」「そのようなふしだらな。おセックスを気軽に」「おセックスってなんだよ、初めて聞いたよそんな言葉使い」 長谷川に突っ込まれつつ、ムキーと雪広が両手を上げていた。 ムキになった瞬間は少し神楽坂と似ていたが、生憎今は馬上であった。 馬が驚き暴れ、投げ出された雪広が鉄柵を乗り越えるように観客席へと転がり落ちてくる。 かなり冷やりとする一幕であったが、なんとかむつきが抱きとめた。 上下逆さまに受け止めた為に、雪広のブーツのかかとが思いきり額に当たったが。 とりあえず、放心状態の雪広を隣に座らせてから額を押さえて悶絶する。「ぐおぉ、罰が。早速罰がぁ、あかんのか。俺のようなふつメンが持てたら!」「ああ、先生申し訳ありません。とんだ粗相を」 介抱してくれたのは当の雪広だけで、長谷川と超は大爆笑中であった。「マジで額が割れるかと……雪広、怪我はないか。それと馬は?」「あ、三年生の部長が。申し訳ありません!」 馬も手綱を握られ落ち着けられたようで、その部長とやらが連れて行ってくれたようだ。 珍しく雪広がペコペコと謝る姿が見られた。「ひぃ、お腹痛いヨ。委員長も、とりあえず座るネ」「思い切り脱線しかけたが」 先程まで埋まっていた観客席をバシバシ叩いていた二人が、涙目でそう促がした。 改めてむつきに謝罪した雪広が、恥ずかしそうにむつきの隣に座った。 そそっかしい姿がちょっと可愛かったので、ある意味眼福である。 そんな邪な心を見透かされたように、超がニンマリと笑ってから説明を始めた。「委員長、忘れてるようだけど。私達もある意味で先生のセックスフレンドと言えなくもないネ。先週の件、忘れたとは言わさないヨ」「言われて見ると。この麻帆良最強の馬鹿にのせられたとは言え。やっちまった。ピンクローターを突っ込んでリモコン先生に渡して遊んだ。これ、セックスフレンド以外の何者でもない」「ぁっ……」 何故今頃気づいたと長谷川が顔に手を当て俯き、雪広もそそくさとむつきから距離を取った。 唯一態度を変えていないのは、事の張本人の超だけだ。 むつきに最近良く見せるニンマリとしたあの笑みである。 ちょっとムカついたので、そのホッペを握りつぶすように手の平で顔面を掴み上げた。 目の前にその潰れた顔を持ち上げ、この野郎と睨みつける。「超、お前……いや、確かに生徒をセックスフレンドにして楽しんだ俺も悪い。けど、お前何考えてる? あの無駄に元気になる漢方と言い」「ああ、先生落ち着け。ようやく、私も頭が働きだした」 観客は既にゼロとは言え、まだ他の乗馬部の子達が練習していたりする。 話し声こそ聞こえやしないが、流石に超の顔を掴みあげている様子は丸見えだ。 暴力はまずいと、長谷川に止められしぶしぶむつきは超の顔を放した。 尤も中国武術研究部の部長である古とタメを張れる超をどうにかできるとも思えないが。「ひかげ荘のメンバーで、超だけが違う。葉加瀬は科学馬鹿だから、ひかげ荘に来る前から素で生きてる。けど超は違う。少なくとも、私はそう思う。誰か超の素、内面を理解してる奴はいるか?」 最後の問いかけに対し、むつきも雪広も頷く事は出来なかった。 麻帆良最強の頭脳やら、呼び名が幾つもある超だが、普段は普通の女子中学生。 クラスの中で古と並び馬鹿をすることもあれば、騒動の種を率先して蒔く事もある。 A組の生徒としてらしいと言えば、らしいのだが。 そんな超の素となると、科学者、拳法家、漢方薬剤師など姿が多すぎてわからない。「さすが長谷川さん。将来的、とある人のブレーンになるだけの事はあるネ」 歪んだ赤丸ほっぺをふにふにと直しながら、謎の言葉を超が呟いていた。「確かに、私だけ不純な理由で乙姫先生に近付いたネ。むしろ、先生にはもっと二年A組のクラスメイトと特別に親密になって欲しいと願っているから」「超が麻帆良学園都市にやってきたのは一年前、先生が二年A組の副担任になったのは今年から。まさかな、まさかね」「まさか、あるわけないネ。私が学園のコンピューターをいじって、乙姫先生をA組みの副担任に押し込んだなどと。本当に、まさかネ」「そんな事はどうでも良い」 怪しげに笑う超の頭に手を置いて、ぐりぐりと髪を乱すように撫で付ける。 本当にそんな事はどうでも良さそうにだ。「おい、今コイツ結構重要な事を」「この麻帆良最強の馬鹿が仮にそうしたとして、誰か不幸になったか?」「多少、不純異性交遊に柿崎さんや大河内さんが巻き込まれていますが特には」「むしろ美砂やアキラとこうなった事に後悔はないし、幸福だと思ってる。俺自身、二年A組の副担任になっていろいろと救われた。高畑先生とも、仲良くなれ始めたし」 何だかんだと言っても、先週の件だって長谷川も雪広も楽しんでいた。 気持ち良かったし、今さらむつきがおぞましくなるわけでもない。 中二の夏少し前のちょっとエッチな思い出ぐらいだ。 ちょっと普通なさそうな思い出でも。「改めて確認するのは、そうだな。超、お前は二年A組のクラスメイトをどう思ってる?」「大切ヨ、幸せになって欲しいと願ってるネ。余計な運命に巻き込まれず、普通に人を好きになって愛し、子を産み、育てて欲しいネ」「なんか急に壮大な話になったな。学園のコンピューター云々より、よっぽど」「美砂とアキラは俺が幸せにする。で、麻帆良最強の馬鹿の話はここまでで。そもそも何の話をしてたっけ?」 超のせいで主軸を外れ、思い出すのに少し苦労したが戻る事ができた。 話の本筋は、美砂が許可を出してきたセックスフレンドについてだ。 本当に、生徒に相談するような内容では決してない。 それでも相談された長谷川や雪広も、今さら放り投げる事はできなかった。 一応、自称裁定者と断罪者なのだから。「柿崎さんや大河内さんを除く、ひかげ荘のメンバーは乙姫先生のセックスフレンドだと」「実際、やるまでは言ってないが。私の見所では、先生が拝み倒せば和泉や綾瀬あたりがやれそうだ。和泉の奴、良い男がって愚痴るわりに必死に探してないし、あれで先生に心許してる」「綾瀬サンは、放尿プレイとハンカチ越しとは言え手マンされても怒り狂わなかったネ。必死に頼めば、男の人は本当に仕方がないとか言う可能性ありネ」「止めてくんない。今日この後で、図書館探検ツアーで顔合わせるんだけど」 歳の割りに女っぽい美砂やアキラならまだしも、流石に綾瀬に反応したら終わりだ。 こじんまりとしたあの体形に欲情したら、もはや認めるしかあるまい。 この乙姫むつきは、ロリコンであると。 美砂やアキラにそんな感情で接してはいないと信じたいが、自分の下半身ほど信じられないものもなかった。 一応、あの神社での一件では反応していなかったので大丈夫だとは思うが。「二人共、自分以外はあげつらてるけど、実際先生に拝み倒されたらどうするネ?」「下げた頭で床をぶち抜くほどに踏み抜いてやるよ」「私もさすがに通報して罪を償っていただこうと思います」「お前ら、俺を嫌いなの、好きなのどっち?」 とても冷たい視線と言葉の槍にむつきは泣きそうになって顔を両手で覆った。 だから必死に感情を押し殺したような二人の本当の表情には気付かない。 互いに気付いたのは長谷川と雪広。 それから槍となって跳ね返る元となった槍を投げつけた超である。「だったら、試してみるネ。丁度、先生はこれから図書館探検部のツアーヨ」「綾瀬なら大丈夫だ。アレで結構論理的で冷静な性格だからな。賭けてもいいぜ。私らが勝ったら超包子の利益全部寄越せ」「さすがに掛け率が高すぎますが。ひかげ荘メンバーの中でも日が浅いですし。私も綾瀬さんを信じていますわ。と言うわけで、綾瀬さんにベットですわ」「言質はとったネ。行くヨ、先生。真実の愛を試しに。もちろん、私は先生の鬼畜さにベット」「お前らなぁ……」 意地になった長谷川と雪広を、むつきが止められるはずもなく。 ずるずると首根っこを捕まれて、図書館島の方角へと連れて行かれた。 図書館島は、麻帆良でも世界樹と並ぶ名所である為、図書館島探検ツアーは大賑わいであった。 図書館探検部の大学生が陣頭指揮をとって、バスガイドの如く旗を振って案内していく。 一番詳しい大学部が外から来た一般のお客をツアーガイドするようだ。 高等部の生徒は麻帆良都市内だが、学園とは無関係な一般市民を。 中等部が多少なりとも麻帆良に慣れている学生他、職員の案内係である。 つまり、むつきが参加したツアーの中には好都合にも、二年A組の図書館探検部の姿があった。 むつき自身は、全く好都合とは思ってもみていなかったが。「こちらが、名物の北端大絶壁やえ」「け、建築当時の資料は散逸している為……あのえっと」 近衛と宮崎がツアー団体の先頭にて、一生懸命に説明を行っていた。 渡り廊下のような通路の左手が、その説明の対象である。 本棚による絶壁の上には木陰が見え、そこから大量の水が流れ落ちてきていた。 ツアー客は、手すりを掴んで下を覗き込んだり、本に手が届くのか伸ばしてみたり。 近衛達の説明文も右から左へと聞き流しては、降りかかる水しぶきを喜んで浴びている。 そんなツアー客の最後尾にて、最後尾の旗を持った綾瀬と一緒にむつきはいた。「おい、宮崎さっきからカミカミだぞ。助けてやらなくて良いのか?」「いざとなったらお喋りのパルがしゃしゃり出るです。尤も、色々と喋りすぎるのでガイド役は先輩方から外されてますが。一年の時、ツアーそっちのけでBLを熱く語ったもので」「成る程な、誰も彼もあいつには手を焼いてるってわけか」「頑張るです、のどか。何時までも、私が貴方の隣で手助けできるとは限らないのです」 本来の意味を振り払うように、応援の為に綾瀬は最後尾の旗を宮崎に向けて振っていた。 二年A組は何かと親友が多いが、割と珍しい支えるタイプの親友である。 美しいねえと、無垢な少女達の友情に目を細め、ちらりと綾瀬を盗み見た。 身長が百四十センチないので、綾瀬はむつきのお腹の上辺りぐらいまでしかない。 体つきもこの北端大絶壁に負けないぐらいで、むしろ上からみると分けた髪から覗くおでこに目が行く。 無理、これには絶対反応しないわと改めて思わされた。「先生、眺めているだけでは誘惑はできないネ。その甘くないマスクで甘い台詞をなんとか捻りだすネ」「やれるもんならやってみろ。変態鬼畜ロリコン教師。ほら、言えよ。君のオデコは太陽より眩しくて君が直視できないって」「先生、信じてはいますが。綾瀬さんをお誘いしなければ証明もできません」 耳に入れた受信機から好き勝手な超達の台詞が届く。 ちらりと後ろを見てみれば、誰もいないがいるのである。 超特性の光学迷彩マントをかぶっている為、光が透過されて見えないだけで。 この野郎と拳を握るも、相手が見えないのでは怒りもどこへ向けてよいやら。「先生、どうしたです? トイレなら、もう少し歩いたところで休憩なので我慢してください」「悪い、置いていくな。ここマジで迷うから」 一先ず滝の飛沫を浴びて頭を冷やしつつ、先で振り返っている綾瀬を追った。 今日の綾瀬はツアーコンダクターなので、図書館探検部共通のガイド姿である。 と言っても、普通のバスガイドのような制服姿ではない。 ベレー帽を被り、黒のハイネックのインナーの上に厚手のオーバージャケット。 ホットパンツが先程ちらりと見えたが、綾瀬の背が背である。 オーバージャケットが大き過ぎてワンピースのようにも見え、ニーソックスで肌も殆ど隠していた。 そのおかげで細い太ももに絶対領域が出来ていたが、あまり目が取られる事もない。 ロリコンじゃないから当然だ、当然なんだ、たぶん。「しかし、本当にこの図書館は意味がわからんな。もはや図書館というより、一種のアミューズメントパークだ」「ですね、だからこそ面白いのですが。苦労して手に入れた本、謎のジュース。だからこそそのありがたみが一層心に染み渡るです。飲みますか、先生の好きそうなジュースを予め手に入れて置きました。濃縮雌汁」「逆セクハラって知ってるか、貰うけど。男汁より、なんぼかマシだ」 時折、長谷川達が耳元で煩いが、それさえ除けば普通の探検ツアーである。 綾瀬に専属のガイドになって貰い、贅沢にもツアーとは別で案内された。 やはり好きこそものの上手なれ、少し用法は怪しいが。 普段寡黙気味な綾瀬も、大好きな本やジュース、図書館島については喋る喋る。 聞いてるこっちが楽しくなりそうで、休憩所までは直ぐに感じた程だ。「それでは後半の打ち合わせをしてくるです。先生に構いっぱなしだと流石に悪いですので」「ああ、行ってこい。俺はここで休憩してるから。案内代わるにしても宮崎は簡便な。置いていかれるとマジでしゃれにならんから」 それはそれで妙案ですと、宮崎の男嫌いを直す手伝いをと言われてしまったが。 綾瀬を見送り、ベンチに座り濃縮雌汁のパックを置いてやれやれと休憩する。 休憩場所は周囲を円状に本棚で囲われた円筒の塔の天辺であった。 塔といっても下が崖で低いだけで、階段から階下へ降りていけるわけでもない。 一種空中庭園のようなもので、中央には一本の立派な木までもが植えられていた。 近くには綾瀬の好きなジュースも売っており、ツアー客達は大喜びである。 自販機の前には列ができ、出発前には一度トイレへと頭にたんこぶをつけた早乙女がスピーカーで喋っていた。「このまま、なんとか無事に乗り切るか。先週、超に乗せられたとか言ってまた乗せられた二人にはキツイお灸でも据えますかね」 ベンチの後ろは手すりもない断崖絶壁の為、油断していた事は否めない。 まだこんなに残ってたかと、妙に重さを増した濃縮雌汁をコクリと飲んだ。 何故かチーズ臭のしていたそれが、妙に薬臭くなっていた。「ごふっ」 匂いのみならず、味まで全くの別物であり慌ててパッケージを確認する。 何時の間にか濃厚男汁にすりかえられていた。 よりによってと唇の端から垂れたそれを袖で脱ぐっていると、目の前の光景がゆらりと奇妙に揺らいだ。 流石に目の前に立たれると、多少の違和感ぐらいはするらしい。 光学迷彩マントを羽織った超達の仕業である事は間違いない。「一応、聞いてやる。何を飲ませた」 なんだか予想はついているのだが、念のために聞いて見た。「前回、委員長のプライベートビーチで使ったあれネ」「お前、あれ飲んだら。勃起が収まらなくなるんだぞ、まだツアーの後半が」「けけけ、これで綾瀬を誘うしかなくなったな。要は、先生の気持ちはどうあれ綾瀬が拒否すりゃ私らの勝ちなんだ。ぐずぐずしてる先生が悪い」「申し訳ありません。私達もずっと覗いていられる程、時間に余裕があるわけでは」 ならさっさと帰れよと言いたかったが、早速効果が現れ始めていた。 むずむずと股間が疼き、体も熱っぽくてついつい種付けする女性を目で探してしまう。 勃起を隠してツアーを続ける所の問題ではなかった。 浮気はいかんと、必死に脳内で可愛い嫁と恋人を思い出したわけだが。(脱ぐな、迫ってくるな。せめて夜まで待てんのかい!) 瞬く間に二人がエロイ目付きと格好で迫ってきた為、逆効果であった。「先生、お待たせしたです。もう直ぐ、ツアーの後半が始まるです。トイレは済ませましたか?」「綾瀬?」 必死にセックスを強請る二人を脳内であしらっていると、何時の間にか目の前に、目の下に綾瀬がいた。「あまり私が楽しそうに話しているからと、のどかが気を使ってくれたです。後半も不肖この私が……先生、何やら顔色が。まさかお腹でもくだして、トイレ行けるです?」「悪い、ちょっと肩を貸してくれ」 こうなったら、トイレで萎えるまで、それこそ折れるまで自分でやるしかない。 小さな綾瀬の肩を借りるのは、それはそれで体に負担だったが。 それ以上にまずかったのが、密着する事であった。 普段は全く気にならなかった綾瀬の甘いミルクのような体臭が妙に香る。 薬のせいで鼻腔が敏感になっているせいか、この小さな体に女すら感じてしまう。 せめて、どうかその感情が薬のせいである事を願いつつトイレを目指した。 だが現在はツアー中であり、むつき達の団体以外にもツアー客はいるのだ。 この前の神社での件と同様に、いやそれ以上に長蛇の列であった。 順番が回ってくる前に、休憩時間が終わってしまうのではないだろうか。「あう、これは……先生、我慢できるです? なんでしたら、皆さんにお願いして」「教師の俺が率先してできるか。他にも我慢してる人がいるんだ、かぐっ」 心配そうに顔を覗きこまれ、むずがっていた股間が勃起を始めた。 不味いと思って離れたいが一人では立てず、綾瀬の肩を抱き寄せる他にない。「本当は駄目ですけど、特例です。こっちに来るです」「急に引っ張るな、マジで」 急遽方向転換をした綾瀬が、ツアーを外れて別のトイレを目指し始めた。「ゆえ、先生それどないしたん?」「凄い汗、あの私腹痛の薬なら。ゆえに渡しておきます」「最後尾は私が行くから。ゆえ吉、大丈夫? なんなら私が行こうか?」 途中、当たり前のように近衛達に見つかり、酷く心配を掛けてしまった。 しまったのだが、わらわらと集られると少女の匂いが香ってでなおさらやばい。 特にぽっちゃり系だがその分だけ大きな、早乙女の胸から目が放せないでいた。 あまり見ていると本当にバレるので、苦痛に顔をゆがめた様に瞳を閉じる。 実際のところ、本当に痛いぐらいに股間が膨らみきつかった。「薬はありがたく頂いておくです。先程まで普通にしてらしたので、多分直ぐに治ると思うです。直ぐに追いつくので、心配無用です」「悪いな、お前ら。ちょっと綾瀬を借りるぞ。宮崎、直ぐに返ぐっ」「あの、全然気にしないで下さい。ゆえも、早く連れて行ってあげて」 脂汗も滲み会話も辛くなったので、珍しく間近まで近付いてきた宮崎にお礼もいえない。 そのまま綾瀬の肩を借りて、休憩所を離れ、別のホールのトイレへと連れて行って貰う。 そこまでは良いのだが、もう超の思惑にのるしかない状態だ。 当初は自分でするつもりだったが、近衛達に見つかったのがまずかった。 一人でオナっても、施設のトイレでは肉体ばかりで気分が高揚しない。 一度出すのにも時間は掛かるだろうし、それでは折角のツアーが台無しだ。「先生、ほらもう少しです。扉の前までなら、恥ずかしいですがお連れしますから」 そう気遣ってくれている綾瀬に、手伝って貰うほかになかった。(なんて、あの三馬鹿の思惑に乗ってたまるか!) 何度も綾瀬に頑張れと言われながら、長い時間をかけてようやく辿り着く。 次の瞬間、断腸どころか断金の思いで綾瀬の体を手放す事に成功した。 そのままよろよろと、よろめきながら振り返って半開きの扉越しに綾瀬に振り返った。「すまん、助かった。恥ずかしいから、遠くで耳塞いでくれよな」「どんな爆音ですか、お尻が破れますよ。ではなく、お早く。私も直ぐに退散します」 最後はやや恥ずかしそうに、本当に退散していく綾瀬を見送った。 なに獲物を逃がしてんだと憤る股間に対し、握りこぶしを振り上げながら。「これで良かったんだ。俺の嫁は美砂、恋人はアキラ。今夜はマジで寝かさないが、今は子の窮地を脱するのが先。浮気相手はこの黄金の右」 手と最後まで呟く前に、足音が聞こえた。 男子トイレには似つかわしくない羽の様に軽い女の子のような。 その足音がぱたぱたと扉の前にやってきて、そのまま扉を開けてきた。「せ、先生匿ってください!」「何してんの、お前!」「声が、いえ外に出ようとは。ですが、向こうから人影が!」「お前も声が大きいよ!」 ツアーから外れた場所の男子トイレに篭る教師と女子生徒。 例えそれが誤解であろうと、見つかってしまえば誤解ではすまない。 かなり慌てて騒ぐ綾瀬を静かにさせようと、むつきがとった手段は簡潔であった。 綾瀬の口を塞いだのだ。 ただし、その小さな体を抱き締め、お腹の上辺りで彼女の口、顔を塞ぐ事で。「え?」「喋るな」 静かに囁くように忠告し、綾瀬を黙らせただ静かに時を待つ。 確かに外では複数の足音が聞こえ、そこから二人の耳は少し仕事を放棄することになる。 何しろ二人は耳をそばだてる事よりも、別の事に集中していたからだ。 むつきは折角手放した綾瀬が舞い戻ってきたことで、かなり動揺してしまっていた。 だから手のひらで口を塞ぐだけで良いのに、その小さな体を抱き締めると言うわけのわからない行動に出てしまった。 対する綾瀬もむつきに抱き締められた事はもちろん、知ってしまった。 自分の絶壁に押し付けられた硬くてスーツパンツ越しでもはっきりと熱が伝わる何か。 ここが図書館島であるはずなのに、何処かひかげ荘に似た雰囲気、匂いが感じられる。「せ、先生、あまり押し付けないで欲しいです」「すまん、少し体勢を変えるか」 もはや当初の口を塞ぐ理由も忘れたように、トイレの中で抱きあったまま一回転。 何故かむつきが押し倒すように、綾瀬が便座の蓋の上に座る形となった。「麻帆良最強の馬鹿に一服盛られた。以前、雪広のビーチで使った強力な奴。聞いてるか?」「それは、あの一度や二度では全く萎えないあの」 様式の蓋を閉めた便座の上に座らされた綾瀬が、カッと熱くなる頬を両手で挟んだ。 どうやら、二人のどちらかからは聞いていたらしい。 それと同時に、何故自分が便座の上に座らされたのかも理解していた。 かなり混乱しているが、二年A組の中では割と冷静な方だと言う自負もある。 そもそも、冷静さを失いトイレに舞い戻ってきたのはさておき。 現在は図書館探検部の探検ツアー中で、体調が悪そうな所を近衛達に見られた。 ただでさえ、宮崎がカミカミなのに最近頑張って話しかけていたむつきが体調不良となればさらに気が気でない事だろう。 ごくりと喉を鳴らした綾瀬が何かを決意したように、むつきを見上げてきた。「私にできる事があれば」「思った通り、来たネ。賭けは私の勝ちヨ」「緊急事態だろ、これ既に。それに最後まで行かなけりゃ私と委員長の勝ちだろ」「お静かに、今いいところですので」 またしても騒がしい三人の声が聞こえ、さすがのむつきも我慢の限界であった。 耳からイヤホンを取り出し、床に落として迷わず踏み抜いた。 他にスーツの襟からも集音マイクを取っては、床に落としてこれも激しく音が出るように壊す。 今頃は破壊音が耳を貫通してもがき苦しんでいるだろうが、ざまあみろだ。 それらの行動だけでも、十分に綾瀬には何故むつきが盛られる事になったかは予想がついたようだ。 もちろん細部まで、自分が賭けの対象になった事までは分からない。 ただ、盗聴は自分も何度もしている為、悪ふざけの一種だろうというぐらいには。「これで馬鹿どもには聞こえない。聞こえないが、綾瀬……」「ど、どうすれば。あの流石に知識は万全ですが」「基本的に何もしなくて良い、俺もお前には何もしない。ただ少しだけ、本当に少しだけで良いから手伝ってくれ。頼む、凄く嫌、気持ち悪いかもしれないが」「誰もそこまで嫌とか気持ち悪いとかは、のどかの為にも。そう、のどかの為にも仕方がないのです。早く戻って安心させてあげないといけないですから」 必死に拳を握って力説した綾瀬を見て、ふとむつきはどうでも良い事に気がついた。 方法はどうあれ、これは完全にパターンに入ったのではと。 むしろ、超の手により入らされたのか。 現在むつきが綾瀬をトイレに連れ込み、拝み倒している状態だ。 何もしないよ、だけど少しだけと。 状況が状況なら、先っぽだけで良いからと拝み倒しているも同然である。 麻帆良最強の馬鹿の一人勝ちじゃねえかと、恨まざるを得ない。「綾瀬、断るなら今しかない。もうそろそろ、本当に限界だ。良いんだな?」「後で超さんを思い切り絞ってくれれば。不問に伏すです。先生は悪くないですから」「そっか、聞き分けの良い生徒は好きだぞ」「そういう言葉は柿崎さんとアキラさんに言ってあげるべきです」 必死に赤くなった顔を隠そうとする綾瀬が凄く可愛く思えた。 薬によって興奮状態になっている事もあるが、それでもだ。 身長が小さいとか、絶壁だとか全く気にならない。 綾瀬夕映という一人の女の子、目の前で恥ずかしがる女の子が愛おしく感じる。 そっと頬に触れようとすると小動物のようにびくりとし、そのまま触れずにいるとおずおずと見上げてくる所など特にだ。 パターン入ったのはこっちかもしれないと思いながら、むつきは自らに課したはずの一線を踏み越えようとしていた。「綾瀬、帽子ちょっと借りるぞ」 その第一歩として、綾瀬が被っていた帽子をそっと手で取り上げた。 -後書き-ども、えなりんです。なんとか再宣言の月曜に、間に合ってないw三連休が三連勤とか、メタモルフォーゼにも程がある。愚痴しかでないので、今日はここまで。