第三十三話 爺さんの気持ちが今なら良く理解できる 麻帆良祭二日目を終えて、本日の夜は二度目の中夜祭である。 夜間パレートで今一度、教師人気投票トトカルチョの説明と最後の教師の紹介が行なわれた。 パレードは五時に始まり、七時には全ての教師の紹介が終わってしまった。 昨晩と変わらずハイテンションを維持する二年A組であったが、やはりそれでもまだ子供だ。 特に体力のない体の小さな鳴滝姉妹や、それこそ平均的発育の佐々木や和泉も眠たげであった。 お酒も入った周囲のドンちゃん騒ぎに、時折顔をしかめる程である。 そんな超包子の一部を貸しきっての夕食後に、雪広がとある提案を行った。「皆さん、現在は八時半ですが九時には切り上げ、明日に備えしっかりと眠りましょう」「えー、良いじゃん良いじゃん。眠りたい人は眠れば、私はこの程度の修羅場は慣れてるし。むしろ、ここからが本番じゃない?」「私は、はわぁぅ。委員長の意見に賛成やな。明日は後夜祭もあるし、ちょっと最後まで持たせる自信があらへん」「まあ、ここで中休みもありかもね。後夜祭が始まる前から記憶がないとか、ちょっと避けたいしね」 もちろん、そこでブーイングを行なう者がいないわけではなかった。 その筆頭は徹夜慣れしている早乙女だが、反対意見。 雪広の提案に賛同する声が近衛、釘宮等からもあがっては周囲がざわめいた。 テンションに任せるタイプは早乙女のように、気絶した奴が悪い。 やや大人な意見で長く楽しもうとするタイプが、近衛や釘宮のような意見である。「高畑先生としては、いかがでしょうか?」「そうだね、できるなら皆で足並みはそろえた方が一緒の思い出が作られて良いんじゃないかな。まだ来年もあるとはいえ、今年の麻帆良祭は今年限りだ」「ですよね、高畑先生。ほら、楓ちゃんは鳴滝姉妹を抱える。テキパキ、寮に帰って寝る!」「神楽坂、お前そのテンションで寝られるのか?」 むつきの突っ込みも何のその、ふらふらのクラスメイトを神楽坂が起こして回る。 もはやテンションが上がり過ぎて、高畑の意見とは間逆を突っ走っていた。「明日菜、ストップ。のどかとか、起きてまう」「アイタッ!」 さすがに寝た子を起こすのはあかんとばかりに、近衛がトンカチで静かにさせた。「興奮して眠れない方には、甘いホットミルク用意します。冷ましながらゆっくり飲めば、落ち着いてぐっすり眠れますよ」「四葉、悪いけど俺と高畑先生のぶんも頼む。昨日に夜の見回りしたから、今日はないんだ。俺達も後は寝るだけ、ですよね?」「特別な用事はないからね。僕の分も追加で」 少々お待ちをと四葉が厨房の奥でミルクを火にかけ始めた。 こういった事態を予測していたのか、人数分となると結構な量の牛乳を冷蔵庫から持ってくる。 鍋に牛乳を小分けにして暖めたのか、五分ほどで四葉がクラスメイト分のホットミルクを持ってきた。 半ば意識を失くすように寝ていた者も、甘い匂いに誘われ目を覚ましだす。 そんな意識の危うい者に熱々のホットミルクは零すと危ないので、温めの気遣いが素晴らしい。「それでは、麻帆良祭二日目の締めを乙姫先生お願いします」「え、俺? 高畑先生じゃ」「最終日ではありませんので」 確かにと、雪広の言葉に促がされ、ホットミルクを片手にむつきは立ち上がった。 皆の視線が集っている事を、ぐるりと視線をめぐらせ確認する。「絶対に寝ろとは強制しない。ただし、眠りたい者の邪魔だけはするな。以上、長々話すのもだるいだろ。麻帆良祭二日目ご苦労さん、明日に備えてお休みなさい」 締めと言っても雪広の言う通り、最終日でもないので軽めの言葉だ。 むつきが真面目腐った締めを行ってもしらけるだけであるし。 いの一番にホットミルクをむつきが飲み干して見せると、皆も微笑んでそれを口にした。 砂糖がふんだんに入っているのか、それとも特別に甘い牛乳なのか。 糖分が体の隅々にまで行き渡るようで、興奮状態でもさすがに疲れている事を教えられた。「眠気だと。ま、瞼も重い……くぅ。な、なんて事だこのパル様が、眠たいだと。このパル様がホットミルクで眠気を刺激され。立つ事が、立つ事ができないだと」「これは中々侮れない。拙者らもまだまだ子供でござるな」「うふふ、ウィスキーを一滴垂らすともっと眠くなるのよ」「ふっ、どこか懐かしい味だ。四葉にしてやられたな」 早乙女を筆頭に長瀬、那波、龍宮と大人顔負けのプロポーション組さえも欠伸をかみ殺している。 やはり二年A組でのあらゆる意味での最強は四葉なのか。「それでは皆さん、少々お早いですが。お休みなさいませ。一人で寮に戻れる自信のない方は周囲と声をかけあってください。決して、お一人で寮に戻ろうとしないこと」「僕が女子寮まで引率しよう。さあ、帰寮の第一弾は行くよ。もう少し、残る子は席を立たないでくれるかな。紛らわしいからね」「夏美ちゃん、ほら起きて。あやか、先に戻ってるわね」 半分夢の世界の住人は、ルームメイトなどで声をかけたり肩を貸す。 高畑は近衛に請われ、懐かしき日々を思い出すように神楽坂を背負っていた。 どうやらホットミルクに止めをさされ、一気に眠気が来たようだ。 高畑の引率で引き上げた第一弾が帰寮した後で、残ったのはどういうわけだろう。 ひかげ荘のメンバーばかりであった。 まだ営業している超包子のシェフである四葉や、ウェイトレスの絡繰が例外であるが。「では、我々も寮に戻るといたしましょう。それでも十二時には寝る予定ですが」「委員長がナチュラルにひかげ荘を寮と呼んだ件にふわっ、どうでもいいや」「寝る前にお風呂入りたい、お風呂。色々と、お話も聞きたいし」「セックスフレンドの件は聞いてたけど、まさか夕映ちゃんに手を出すとは思わなかった」 途中で台詞を投げ出した長谷川は良いとして。 美砂やアキラの台詞に、数人がビクリと体を震わせていた。 もちろん、名指しされた綾瀬は当然として、事の発端となった超、雪広、長谷川である。 特に後者の三人は、初日のパレードでむつきをひん剥いて怒られたばかりであった。 ちなみにむつきも人事ではないので、肩を竦めたりしていた。「あっ、私は超包子が」「超さん、今日は早めに店仕舞いしますので。軽く摘めるものを包むので手伝ってください」「はい、すみませんヨ」「麻帆良最強の馬鹿を抑えられるって、やっぱり四葉凄いな」 むつきの賛美にそれ程でもと、微笑んで超の首根っこを掴んで厨房の奥へと連れて行く。 極々自然に、ひかげ荘やその他の件を知っていると暴露されたが。 超包子のメンバーであるなら、割と知られているのかもしれない。 超や葉加瀬、四葉の三人と来れば後は古と絡繰の二名がどうなのか。「葉加瀬、他の二人は知ってるのか?」「茶々丸は知ってますよ、あとその主のエヴァンジェリンさんも。古さんはこういった手合いの話は苦手そうなので教えていません」「半分ほっとして、もう半分なに? マグダウェルはどっから出てきたの?」 聞かなきゃ良かったと、ビックリ情報に頭を痛めるむつきであった。 絡繰はマグダウェルのお世話があるからと帰宅し、四葉を伴ないひかげ荘にやってきた。 高畑には、待っている間に全員撃沈したと電話で連絡を入れておいた。 知り合いの経営するホテルが近いので、全員そちらに運んだとも。 さすがの体力自慢も電話の向こうで眠たげで、むしろほっとしたようでもあった。 眠いと童心に返る神楽坂の世話に少し手をやいたのかもしれない。 そんな事を思いつつ、むつきは色々と用意に時間がかかる女性人を置いて一足先に露天風呂へ。 まだ誰もいないので浴衣は小脇に抱え、手早く頭と体を洗ってマナーに従う。 自分の管理物件なので何をしようが自由だが、嫁や恋人以外の女子生徒がいるのである。 昼間に綾瀬相手に酷使した股間は優しく念入りに手洗いし、早速と湯船に。 肩までしっかりと湯船に浸かり、湯煙を吸い込んでは思い切り吐き出した。「あー、あぁー……癒される。けど、たまんね。そういや、姉ちゃんから連絡ないけど、また迷ってんのか。まさか埼玉についてすらないとか、ないよな?」 あれだけ期待させておいて、瀬流彦に掠りもしなければ大惨事である。 瀬流彦の疲れたハートにも、その後が怖いむつきとしても。 一度連絡してみるかと、携帯をとりに脱衣所に向かおうとするとカラカラと出入り口の引き戸が開けられた。 少し遅かったようで、明日の朝一にでもと思い直し、外に置いておいた浴衣へと手を伸ばす。「おーい、ちょっと浴衣を着る時間をく」「何言ってんのさ、乙姫先生。露天風呂に浴衣なんて邪道、邪道。先生がこんな物件持ってたなんて最近大人しくしてたかいがあったね、こりゃ」「あっ、朝倉!」 後頭部でパイナップルの葉のように纏め上げた髪はそのままに、二枚のタオルで胸と腰を隠していた。 豊かな胸の上では首から提げたデジタルカメラがぷよぷよと浮いている。 あの朝倉が、ばれてはいけない人間筆頭の彼女が何故かそこにいた。「ちょっと、今聞き捨てならない人間の名前。うわちゃぁ、本当にいるし」「えっと、ここは先生の知り合いの旅館で。あの……私達、眠くて動けなくて」「学校からでも一駅ある距離を皆で移動して?」「弁解の余地なしです」 半脱ぎの美砂が顔に手をあて、アキラが説明しようとするも見事な反論だ。 綾瀬もこれはきついとばかりに匙を投げてしまっている。 後から続々と雪広や長谷川達が現れるが、その反応は似たようなものであった。 青天の霹靂、まさか朝倉に尾行されてひかげ荘がばれてしまうとは。 もはやむつきと美砂、アキラあとおまけで綾瀬との関係すらばれていると考えるべき状況だ。「皆さん、慌てても状況は変わりません。落ち着いて、この素晴らしい露天風呂を堪能してから考えましょう」「五月の言う通りネ。いざとなったら」「この記憶消去君の出番ですね。凄いですよこれは、記憶操作の概念を根本から覆す装置です。何しろ、物理的に脳を破壊してしまうのですから。機密保持に持ってこいです!」「それ、死人に口なしって昔からの考えじゃねーか」 長谷川の突っ込みに、さすがの朝倉も殺されちゃうのと及び腰である。 ただまあ、そんな事をむつきが許すわけもなく。 こよなくひかげ荘を愛する面々が、殺人現場になる事は避けようと一先ず落ち着く事にした。「でも、委員長と長谷川。それから超は外で正座ね」「くそ、覚えてやがったか。朝倉の登場で有耶無耶になるかと期待したのに」「私、最近怒られてばかりネ。でもちょと嬉しかたり。知らなかたネ、実は自分がM気質だたなんて」「特別扱いに辟易していただけですわ。私と超さんではレベルが違いますが、それでも先達として、そう断言します」 美砂の命により、三人はぶつくさ言いながらも脱衣所で浴衣に着替え正座を始めた。 その前に岩場にお湯を流して暖めたのは、アキラの最後の思いやりか。 一人、また一人と浴衣に着替えてきては、軽く髪と体を洗ってお湯に入ってきた。 美砂とアキラは、もはや定位置と化したむつきの両脇でそっと体を預ける。 昼間に精液まみれにされた綾瀬が少し体を洗うのに手間取っており、和泉が手伝っていた。 少々遅れて、四葉と葉加瀬が超包子の余った甘味とジュースを大きな桶に入れて持ってきた。 桶はすぐさま湯船に浮かべられ、二人もまた体を洗いに行った。「えっと、私凄く浮いてない?」「良いから、一先ず体を洗ってこい。うちの風呂スタイルにケチつける前に、マナーだぞ」「はーい」 結局長谷川達を除く全員が湯船に浸かったのが五分後。 正座を解禁された長谷川達がそれから体を洗い、結局十五分近く揃うのに時間がかかった。 全員でほっと息をつき、四葉の差し入れである甘味とジュースで喉を潤す。 むつきにだけは寝酒用にと温めの熱燗が用意されており、折角だからお呼ばれしておいた。「で、話題が二つあるわけだが」「処理し易い、朝倉からで良いんじゃない。何時から、何処まで?」 一先ず、話せば分かる時点で早乙女よりは楽なはずの朝倉の攻略に取り掛かる。 むつきが軽く話題を振って、美砂がそれに続いて尋ねて見た。「大河内が溺れた事件の少し後かな。急にクラス内での友人関係に変動が見えて。特に委員長とちうっち。他に和泉と綾瀬とか、接点薄かったのに良く喋るようになって」「それも知ってんのかよ。舐めてた、麻帆良のパパラッチを舐めてたよ」「ネットアイドルちうを知ったのは最近だけど。あれだけ衣装作りに造詣が深けりゃ、以前に何か趣味でしてたなって」 長谷川の言う通り、小さなヒントを幾つも集め、辿り着いたようだ。 そしてむつきの前に現れた時の、最近大人しくしてたかいという言葉。 真実をその目にする為にあえて知らない振りをして、隙が大きくなる麻帆良祭を待ったと。 恐らくはこのひかげ荘が最後の詰めで、それ以外はあらかた知っているのだろう。 むつきが二人の肩を抱いていても、何も言わないのが良い証拠だ。「当たり前だが、秘密にして欲しいわけだが。要望は?」「先生、話が早い。ぱっと見てきたけど、皆それぞれ部屋を分けられたみたいだし。専用の現像室が欲しいかな。デジカメはお手軽だけど、素人感が抜けなくて」「現像室か、なら余り人が立ち入らない方が良いよな。長谷川、三階って部屋余ってるか?」「いくら私でも全部使い切れねえよ。衣裳部屋も半分は皆の衣装だし。一番奥なら日の当たりも悪いし、逆に良いんじゃねえ?」 その程度なら安いものだと、とんとん拍子で決まっていく。 これには申し出た朝倉の方がマジでと聞きたそうにしているぐらいだ。 そこへなんとも申し訳無さそうに、四葉が手を挙げて珍しくもお願いしてきた。「あの、乙姫先生。お部屋が貰えるのなら、食堂をお預かりしたいのですが」「じゃあ、四葉は食堂と二階の一部屋な」「気前よ過ぎでしょ、先生ってなに。玉の輿、ってだけじゃないの?」「別に玉の輿じゃねえよ。厳密には爺さんの所有物だし。俺はただの管理人。でも貰えるなら他の遺産相続権全部放棄して、ここだけ欲しいって最近思うようになった」 世界中を女の尻を追いかけているファンキー爺さんだけあって資産は相当なものだ。 ただし、その資産も実家の沖縄のみならず、何故かそこかしこの土地にばらばらにある。 全部相続しようとしたら忙しくて、教師をするどころではない。 ここだと決めて、こうこうこういう理由でと頭を下げるのが一番だろう。 孫の中でも気に入られている方なので、渋られはしないと思う。 ちなみに一番気に入られているのが、件の姉ちゃんである。 何しろ一度は浦島家と縁続きになりかけたので、爺さんは無茶苦茶応援していた。「朝倉も秘密は守ってくれるようだし、最悪葉加瀬のアレで頭吹き飛ばすとして」「この買い物、安かったのか高かったのか」 何時でも準備万端と葉加瀬と超が装置を見せて、朝倉をびびらせていた。 案外、この二人は抑止力として働くのかもしれない。「あや、夕映こっちにおいで」「えっ、名前……はいです」 これ以上先延ばしにする事でもないと、和泉のそばで隠れるようにしていた夕映を呼んだ。 一時、迷いを見せたようだが、お湯の中を歩いてきた。 両側に美砂とアキラがいる為、それならここと開いた足の間に座らせる。 ちょこんと小さなお人形さんのような体のお腹に腕を回して抱き寄せた。「最重要案件、厳密には違うが夕映に手を出してしまいました」「ですが、あれは超さん達の悪ふざけのせいでも」「後悔はしていません。俺はあの時、夕映を綺麗で可愛いと思った。子供を生んで欲しいと思った。だから後悔はしない。むしろ幸せにする」「ひゅー、言うようになったね先生。大河内の時とは雲泥の差じゃね」 茶化した長谷川は美砂に睨まれ、大人しくすみませんと呟いていた。「その節は申し訳ありませんでした。つい調子に乗ってしまい」「以後、一服盛らないと誓うネ。ちゃんと先生の体質に合わせた漢方を無料で進呈もするヨ」「ごめん、何度も話しの腰を折って。全然、ついていけない。手を出したって、なに? 大河内の時って、あれ? 二人共、玉の輿狙いで先生を誘惑してたんじゃ」「朝倉、もしかして全然知らないんやない? 柿崎が先生のお嫁さんで、アキラがお妾さん。それで今回、夕映ちゃんが加わるのかどうかって」 今度は逆に朝倉の方が青天の霹靂とばかりに目を丸くしていた。 どうやらこの場にいるメンバーは、むつきのひかげ荘に関する秘密を知った者だと思っていたらしい。 確かに教師が生徒に二股、三股をかけるよりは、よっぽど現実的な話である。 玉の輿という言葉が示すとおり、失礼ではあるが美砂とアキラが誘惑してると考えてもおかしくはない。 そんなんじゃないと、少々二人から厳しい目で見られていたが。「玉の輿ついでに、部屋貰えてラッキーってレベルじゃない。なにこれ、ここなんなの?」「乙姫先生管理の私らの竜宮城だよ。世間から隔絶された本当の自分を見つける場所。ちなみに、今日気付いたが先生のセックスフレンドの溜まり場でもある」「そう言えば、四葉は平気カ? 普通の女子中学生の精神をしていたら、乙姫先生は乙女の敵にも等しいネ」「思うところはもちろんあります。ただ、恋愛は他人が口を出すべき事でもありません。相談されたら誠心誠意を込めて答える。それで良いと思います」 やはり普通の精神どころか、四葉は色々と女子中学生を超越していた。 超のみならず、皆も後光がとばかりに四葉を見ては目を細めている。 確かに、ただでさえ複雑な状況なので、他人がとやかく言えば拗れるのは目に見えていた。 特に今回、超を筆頭に余計な事をして二股が三股に増える結果となったのだ。「それで、先生は気持ちを口にしたけど夕映ちゃんはどうなん? 一番大事なのはそこやと思うやんね」「誰もセックスフレンドに突っ込まない件について。おーい、朝倉?」「ごめん、今情報の整理中。話しかけないで欲しい」 どうやら理解の範疇を超えて、脳味噌がフリーズしかけているらしい。 目を瞑り耳を両手で塞いで、見ていなければそのまま湯船に沈み込みそうで怖かった。 現在、全員が夕映の答え待ちなので、むつきは視線で四葉に頼むとお願いしておいた。 当人もお任せくださいと軽く頭をさげ、朝倉が沈まないように支え始める。「わ、私は……」 チラリとまず夕映が美砂を見て、次にアキラを見た。 二人共見られて小首を傾げて怒っているわけではない。 夕映自身、二人を恐れたり怒ったりしていないか確認したわけではなかった。「正直、今でも乙姫先生をどう思っているかわからないです。美砂さんやアキラさんのように先生との劇的な恋に落ちる出会いがあったわけでもなく。ひかげ荘メンバーとしても日が浅いですし」 もちろん、恋や愛情に時間などあってないようなものである。 ただしやはり常に論理的思考を心がけている夕映にとってはそう思えないのだろう。 皆も夕映の気持ちの整理を妨げないよう、紡がれる言葉を待っていた。 焦らせず素直な気持ちを言葉にしやすいように。「でもこうして腕をお腹に回され抱きしめられるると、ぽかぽかするです。生前のお爺様やのどかといる時とはまた別種の不思議な気持ち」 おっかなびっくり、夕映はゆっくりと体重をむつきに預け始める。 そしてお腹に回された腕に捕まるように手を触れもさせた。「もし、この感情を探し認める事が許されるのなら。きちんとした形になるまで、先生には待って欲しいです。本番も、それまでお預けになってしまいますが。なにとぞ」「何時までも待つよ。ああ、爺さんの気持ちが今なら良く理解できる。夕映が考えてくれるなら、何年でも何十年でもきっと待てる」「そこまで時間は、適齢期などもありますし。だから、あの。少しだけ、今の気持ちを形にするです。私の、ファ。ファーストキスです」 少しだけ体を捻り、夕映が必死に目を瞑って唇を突き出してくる。 もはや半分は答えが出ているようなものだが。 震える夕映の顎に手を振れ固定し、むつきは静かに唇を触れさせた。 唇を触れさせるだけの幼いキスだが、夕映らしくて悪くない。 誰が始めたのか拍手の音に押されるように唇を離し、薄目を開けた夕映のおでこにもう一度だけキスを落とした。「きょ、今日はここまでです。失礼するです」 そしてもう我慢出来ないとばかりに、むつきの腕の中から逃げ出した。 ばしゃばしゃと湯船をけるようにして、和泉のそばで鼻先まで湯船に沈み込んだ。 恥ずかしそうにむつきを見て目が合っては、今度は目元近くまで沈む。 あまり見つめると、頭まで沈み込みそうなので目を放した。「そう言うわけだ、美砂もアキラもすまん」「アキラがいて、今さらだし。セックスフレンド勧めたの私だから。それで恋人の夕映ちゃん連れてきたのは予想外だったけどね」「私も、文句言える立場じゃないし。夕映ちゃんと先生がソレで良ければ」「駄目、全然理解できない。お湯熱い、もうなんで皆浴衣なんか着てるの。本当に熱い」 少し逆上せたのか、ついに思考が破綻して朝倉が妙な事を口走り始めた。 今や四人となった三股が理解できないのか、浴衣姿で露天風呂に入るのが理解できないのか。 前者だと分かってはいるのだが、朝倉も一杯一杯のようだ。 一番意外と言わざるを得ないが、むしろそんな朝倉の反応が正常なのである。 いや、もっと言うなら泣き喚くようにして逃げ出すのが、一番正常か。「怒らないで聞いて欲しいが。やっぱり賭けは超の一人勝ちだな。私ら、自覚なかったけど先生のセックスフレンドで間違いない」「不本意ながら、自分のここにいる意味までは見失いませんが」「自覚が出てきたところで、賭金を払って貰うネ。大丈夫、超包子の利益と同じ額を出せなんて無茶は言わないネ」「長谷川、お前絶対に以後金銭が絡む賭けはするなよ。身を滅ぼすぞ」 むつきに言われるまでもなく、身に染みたよと力なく手を振られた。「個人的には、皆ももっと乙姫先生と親密になって欲しいネ。手始めに、この露天風呂では浴衣の着用禁止、水着もネ。それが私から提案する賭け金ヨ」「えー、それって私もなん?」「例外は認めないネ。恨むなら、無謀な賭けをした長谷川さんと委員長さんを恨むヨロシ」「けどそれ、俺だけが得してね? 眼福だし、実は毎度浴衣を洗濯するの大変だったけど。好きに入って良いとは言ったけど、お前ら毎回浴衣着て入ってたし」 和泉の文句も、超の言葉でばっさりである。 むつきの俺だけがという台詞も、後半の洗濯が大変という言葉でフォローにもならない。 むしろ、迷惑かけてたかと和泉でさえ、浴衣の襟元を捲って考え込んでいた。「ちらっと、その辺聞いたけど。超りんは先生をどうしたいの?」「少しぐらいなら良いけど、ハーレムとかそういうのはちょっと」「そうネ、言っても信じて貰えるかどうか。半年後、とある世界で超有名人の息子がこの麻帆良学園都市に教師としてやって来るネ」「聞くからにコネを使いまくる典型的駄目二代目っぽく聞こえるな」 美砂やアキラに言われ、超が口を割ったが話半分である。 長谷川も本気にはしておらず、半年後って中途半端だと話の構成が甘いと指摘していた。「素直で良い子ヨ。本当に素直過ぎて、私の祖先ながらちょっとアレネ。私の目的はセワシ君の逆バージョン。祖先から幸運をほんの少し削り取り、未来を修正するネ」「おい、葉加瀬。妄言翻訳機って発明ないか?」「超さんに通用する機械を発明出切るぐらいなら一人で研究した方がはかどります」 つまりは、そんな物体は存在しないという事だ。「ああ、信じてないネ。何を隠そう、この超鈴音。中国人留学生とは仮の姿。未来の火星からやって来た火星人ネ!」「うぅ、先生の前で素っ裸になるやなんて。お風呂だから当たり前だけど」「私らとしては、先生に密着できて嬉しい掛け金だけどね。むしろ、もっとこの日々磨きをかけた珠のお肌を見て欲しい?」「うん、先生とセックスするようになってから色々と成長が。背だけは、これ以上大きくなってほしくはないけど」 もはや麻帆良最強の馬鹿の台詞は誰も聞いてなどいなかった。 美砂やアキラは率先して浴衣を脱ぎ捨て、むつきの腕にそれぞれ豊かな胸を押し付けた。 一番恥ずかしがっているのは和泉で大事な部分を必死に腕で隠している。 朝倉は恥ずかしい以前に抵抗激しく、雪広や長谷川に両腕を押さえ込まれ脱がされていた。「ああ、全然聞いてないネ!」「火星とか未来とか、どうでも良いし。ここは竜宮城だ、時止まってんだよ」「ほほほ、夢のあるお話ではありますが。生まれたままの姿を男性に晒すほうが一大事ですわ。郷に入っては郷に従え、ですわ朝倉さん」「ちょ、やばいって。脱がすな、助け。見えちゃうって、全部大事なところが」 抵抗むなしく、胸と腰に巻かれたタオルは瞬く間に奪われてしまっていた。 即座にお湯に沈んだ朝倉だが、さすがにそれ以上の追い討ちは長谷川も雪広もしない。 怒られたばかりだという事もあるし、その羞恥心が分からなくもないからだ。 それから先に脱いでいた四葉や葉加瀬に追いつくように、帯を解いて浴衣をはだけた。 浴衣から元はお湯の水しぶきを上げながら、長い髪が夜空と湯気の間を舞う。 二人共髪が長いのに纏めていないので、それはもう綺麗な光景である。「寂しいから私も脱ぐネ。あれ、夕映サンは脱がないカ?」「いえ、もちろん歩調は合わせるです。ただ、あの恥ずかしいので先生にはその他を見ていて欲しくあるです。既に全部さらしたので今さらなのですが」「ちょっと美砂とアキラ、悪い」 夕映がそうお願いしたが、逆効果だったのかもしれない。 二人に断りを入れてから立ち上がったむつきが、夕映の前まで歩いてきた。 そして夕映の帯を解き、咄嗟に襟元を締めた夕映の手に自分の手を重ねる。「夕映を脱がしたい、良い?」「本当に意地悪です。断れるとでも? あまり意地悪すると嫌いになるです」「好きな子を苛めたいのは、もはや男の本能だ」 だからごめんと額にキスすると同時に、浴衣の襟元へと手を滑り込ませた。 キュッと恥ずかしさを我慢するように体を縮めた夕映の体の上をなぞる。 襟元の内側から外側へ、花開かせるように浴衣を開き幼さが大半を占める体を正面にて出向かえた。 昼間見たときと変わらない、凹凸の少ない小さな体だ。 そしてその体を見ての感想も、全く揺るぎはしなかった。「綺麗だ、とても。可愛くて綺麗」「ぽかぽかどころか、ほかほかするです。まともに先生のお顔を、しばらく何も見せないで欲しいです」 何も見たくも聞きたくもないからと抱きついてきた夕映を抱きしめる。 お互いに素っ裸のままで、皆に見守られるようにみながら抱きあっていた。 -後書き-ども、えなりんです。さらっと、朝倉登場。さらっと、超が重大な秘密を暴露。前者は兎も角、後者はそのうちに理由が出てきます。もっとも、あっさりスルーされましたけどねw乙女にとって、妄言より男に肌を晒す方が重大なのです。着々と、皆がむつきのセックスフレンドに昇華中。温泉話はもう一話続きます。あと、久々にエヴァが話題に上がりました。今の所、本当に影が薄いですね。それでは次回は水曜日です。GW特別投稿するはずが、そんな事はなかったぜ。