第三十六話 これも一種の未知のファンタジーです 最終日の午前中は、まず教師人気投票トトカルチョの最終アピールで始まった。 これまでのパレード内での紹介が形式型としたら、最終日の午後は自由型だ。 どんな格好、場所でもTPOさえ守られていれば何をしても許される。 さすがに、瀬流彦とあのD組の生徒のバージンロードは意味不明であったが。 高畑は今度ばかりはやっぱりあれだと木枯らし紋次朗の仮装でアピール。 むつきはもうギャグ路線しかないので、むつみと同じ亀のキグルミでのアピールであった。 乙姫むつきをお願いしますと午前中一杯は、チラシ片手に麻帆良都市を歩き回った。 意外とこの時、鳴滝姉妹と長瀬との散歩部で練り歩いた事が幸を奏した。 大通りは誰も彼もが先生が集る為に、どうしても一人一人の印象が薄くなる。 そこで道は広くないが、確実に人がいる場所を練り歩いて精一杯のアピールを行なった。 あとは投票と結果発表待ちと、昼前には解散。 それから急ぎ着替えを済ませ、とあるお店で待ち合わせである。「悪い、待たせたか。あっ、店員さん俺冷たいビール」「待たされたのは、クラスメイトをまくためなので仕方がありませんが。着席するなりお酒ですか。好感度だだ下がりです」 半眼でそう睨んできたのは、口調から分かる通り、夕映である。 長谷川に新たにおろして貰った新式メイド服の仮装で本を手に持っていた。 スーツに崩したネクタイと普段の姿のむつきとは微妙にミスマッチであった。「大目に見てくれ、キグルミの暑いのなんの。シャワー浴びたけど、まだべたついてる気がするんだ。何読んでんだ?」「ウィトゲンシュタインの論理哲学論です」 答えを聞いて、むつきがどんな顔をしたかは察するべきか。「あからさまに拒否反応を示さないで下さい。本当に面白い本は、とっつき難くても読んでいる内に引きずり込まれます」「教師用のテキストは最近良く読むが、哲学には縁がないんだ」「もう少し、私にもアピールしてください。人を待たせてお酒、それに好みの相違。二股、三股は恩恵に預かる身なので見過ごすとして。先生のどこに惚れる要素があるのか不思議の塊です」 店員からビールジョッキを受け取り、メニューに目を通し始める。 夕映の言葉を聞いていないわけではないのだろうが、空腹が優先か。 もちろん夕映も昼食は食べずに待っていたので、お腹は空いていた。 身勝手と心の内でつけたし、一緒に覗いてパスタ中心のメニューを選ぶ。 ぶつくさ文句は言っても、仕方のない人、この魔法の一言でなんでも許してしまいそうになる。「あばたもえくぼって言うだろ。小さいけど、意外と綺麗で可愛い夕映が好きだ。哲学大好きで論理思考だけど、時々破綻する夕映が好きだ。口うるさいけど最終的に許してくれる夕映が好きだ。まだまだ言えるぞ?」「卑怯で意地悪なところが、大嫌いです。頼りないけど、時々行動的なところが、大嫌いです。私など子供っぽい相手に綺麗などというその口が大嫌い、大嫌いの塊です」「饅頭怖いの類か、嫌よ嫌よもだな」「全くもってその通りで憤慨です」 最後に打てば響く会話も大嫌いとつけたし、メニューを決めた。 むつきはミートスパの大盛り、夕映は海鮮スパの普通盛りだ。 ついでにむつきはビールのお代わりも早速頼み、この野郎と夕映に睨まれた。「麻帆良祭、最終日なんだから大目にな。こうやって教師と生徒が堂々とデートできるのも次は何時になる事やら」「一応、柿崎さんや大河内さんとの日常は見てきました。けど、理解にはまだ及んでいません。色々と大変なのでしょうか?」「そりゃな。カップルに聞けば何時も一緒で羨ましいとか言う奴もいるだろうけど。正直生殺しの面もある。目の前にいるのに触れられない、気軽に喋るわけにもいかない」「気が滅入る話です、本当にこのまま好きになって良いのか」 哲学書を胸に抱きながら、夕映が目をそらすように空を見上げた。 終わらない紙吹雪に沈まないバルーン、時折航空部の飛行機や飛行船が空を舞う。 日常をほんの少しだけ逸脱した、ほんの僅かな期間のファンタジー。 教師と生徒、いっそ麻帆良祭と同じく僅かな期間のファンタジーで終わらせてしまえば。 そう考えると、ズキリと心が痛んだ気がして特別な感情を自覚させられる。「お待たせしました。ミートスパと海鮮スパです」「はいよ、夕映? 海鮮スパ来たぞ。空、何か見えるか?」「世界樹がほんのり光ってるです、昼間なので全く気付きませんでしたが」「ああ、あの発光な。ちらっと噂で聞いたが、来年が周期的に、再来年だったか? 凄いらしいぞ。二十何年周期で発光が強くなるって、どっかの研究会が発表してた」 お先にと一言断って、ミートスパを頬張りながら耳にした情報を口にした。 やがてお腹が空いたからか、首が痛くなったからか。 へえっと短く言葉を残して夕映が空を見上げるのを止める。 そしてフォークを手に取ろうとして、目前でそのフォークが取り上げられた。 また意地悪ですかと、目の前のむつきを半眼で睨んだがもちろん違う。 むつきは取り上げたフォークで海鮮スパをクルクル巻き取り、差し出したのだ。「あーん」「手間がかかるだけの行為になんの意味が、あーん」 呆れたように呟き口を開き、食べさせてもらった夕映が目を開く。 呟かれた言葉は美味しいと驚き混じりで、フォークを奪って二口目を。 そしてあれっと小首を傾げた。「隠し味の愛情も馬鹿にならんだろ?」「ですね、これも一種の未知のファンタジーです。お返しです、どうぞ」 くるくると巻いた海鮮パスタを差し出され、遠慮なくぱくついた。 ミートスパを食べていたので、少しフォークにミートソースの赤味が残る。 うっと迷った夕映は、ナプキンに手を伸ばしかけては止めて、海鮮スパを巻いた。 そのまま勢い良くぱくつき、新たに加わったミートソースの味も認め咀嚼していった。「美味いか?」「とても。先生のミートスパも少しください。目減りした分、しっかりと」「跳ねないように気をつけろよ。ほら、あーん」 メイド服にソースが飛ばないよう、むつきが慎重に巻いたそれを差し出した。 ああ、馬鹿ップルだと思いはしたが、心が火照って周りが気にならない。 関節キスの小恥ずかしさも今や甘酸っぱいスイパイスで美味しさアップ。 踏み出してしまった一歩は、もはや取り返しがつかなさそうだ。「先生、いくつか確認させてください。柿崎さんと付き合った経緯は?」「正直なところ、飢えてた。余裕がなかったから、縋りつきたかった。もちろん、今はちゃんと愛してるし、大切にしたいと思ってる」「では大河内さんは?」「あれも必死だった。懸命に命引きとめ、告白されて。欲情もしてたし、欲張りになってた。欲しいと思ったから掴んで、もう絶対に放さない」 綺麗な気持ちも汚い欲望も、包み隠さずむつきは語った。 ありのまま、下手に論戦に持ち込んでも負けは目に見えている。 それに、論戦などに意味はない。 夕映が納得できる、むつきの心の底をしっかりと伝えなければ誠実とはいえない。 現時点であれもこれもと手を出して、今さらなのだが。「では特別な出会いも特になかった私は? 超さんの薬を盛られ切羽詰って、私も混乱から全て晒して。誘っただけのような気も」「俺の姉ちゃん見たろ。あれが初恋で、正直なところ俺はむちむちした相手が好みだ」 ぺたぺたと改めて触るまでもないが、夕映は自分の胸に触れて少し落ち込んだ。「そんな俺が何故ほれ込んだか。もちろん、どろどろにぶっかけた罪悪もちっとはある」「その部分ははしょってくださいです」「羞恥に悶える夕映が可愛いからやだ。靴下で下着で、変態まっしぐらだ、それでも懸命に私でって脱いでくれた良い女。放っておけるか、他の誰かに渡せるか?」「褒め殺しは卑怯です」「どうやら俺は爺さん並みにストーカー気質らしい。絶対、手放さねえぞ。惚れた女は腕に抱いて犯して、いずれ子供も生ませる。それで幸せにする。ってところだ」 さすがに最後の最後で照れくさくなり、そっぽを向いて照れ隠しである。 気まずい空気も数秒の間は流れたが、呆れ果てた夕映の溜息が聞こえた。 D組のあの子の台詞ではないが、私がいないと駄目とでも言いそうな目をしている。「言ったら、言いっぱなし。返答も促がさず、仕方のない人です」「お前が俺を惑わすからだろ。そう言うからには返答くれるのか?」「のどかと天秤に賭けられる程には。今はこれが精一杯です。ご馳走様でした」「どっちが卑怯だか。あんまり生殺しにすると、後ろから襲いかかるぞ」 会計レシートを手にむつきが席を立った。 喋っている間に、お互いのスパのお皿は見事に空になっていた。 続いて立ち上がった夕映が、むつきに追いつき左手を手に取り握る。 大きな手が余るので、指を三本ぐらいと若干控えめだが。「意地悪ではなく、優しくしてくれれば対価は払うです。それで、今日のデートコースは何処です?」「とりあえず散歩がてら歩いて、茶道部の野点。絡繰と、いたらマグダウェルとちゃんと会話したいしな。俺全くあの二人と話した事がないし、良い機会だ」「恋する相手を隣において、別の女性の催しですか。最低です」「仕事も兼ねてるからな。勘弁してくれ、これも我慢の一つだよ」 会計を済ませぽんぽんとカチューシャのある豊かな髪をもつ頭を叩く。 それから野点って行った事ないんだと、ちょっとした暴露である。 当然、その為に連れ出したのかと文句は言われたが。 アイス一つを奢る事で決着し、二人はのんびり会話をしながら野点海上へと向かう。 ちなみに絡繰は出迎えてくれたが、マグダウェルは担当時間ではない為いなかった。 麻帆良祭最終日の午後五時、薄暗くなり始めた赤焼けの空の下で世界樹の発光が強まっていた。 朝方や昼間といった陽の光の下では全く見えなかった発光も、今ははっきりと見えている。 電飾によるライトアップにも似た光景だが、規模が違う。 目に優しくない電飾の光とは違い、どこか心を癒される温かい光だ。 その光の真下、世界樹中央公園の特設ステージは今や大賑わいであった。 最終日、最大のイベント麻帆良全域の教師人気投票トトカルチョの結果発表である。 特設ステージを発端として、円状に設営された階段状の客席は満員御礼。 押すな押されるなと、上空からは蠢く人の影が砂糖に群がる蟻のようにも見えた事だろう。 ステージ前の空間には教師人が自分の応援団五人を引き連れ集められていた。 ちなみに客席のチケットはプラチナチケット化しており、ダフ屋も出る始末。 これはいかんと、麻帆良の地方テレビも動員され、大々的にテレビでも生中継であった。「皆様、大変長らくお待たせいたしました。第一回、麻帆良全域教師人気投票トトカルチョ。司会は既におなじみ、麻帆良女子中二年A組の報道部朝倉がお送りしまっす!」 朝倉の結果発表前の挨拶に、割れんばかりの歓声がどよめいていた。 同心円状の客席の中央にいる教師は溜まったものではない。 必死に耳を押さえなければ頭が割れそうで、次回からは耳栓が必須となる事だろう。「ぐぁっはっはっは、こちとら刀子先生の十万一点買いじゃ。愛の偉大さを知れ!」「何を、シスターシャークティの神々しさにおばんが勝てるか、十五万一点買いだボケ!」「中等部の部は大妖精二ノ宮先生で決まりだろ、強敵ぞろいの高等部で張ろうって発想が既に博徒じゃねえ」「盛り上がるところすみませんが。あくまで人気投票、張っていない相手をこき下ろした場合、最悪券の没収もありえますのでご自重をお願いします」 さすがに女性教師の人気は高く、お金が潤い出す高校生以上は賭け額も大きい。 新田がううむと腕を組んで唸っており、来年は賭け額に上限もかけられそうだ。 まだ第一回という事もあり、雪広も頑張ったが改善点は目白押しである。 もちろん、それで雪広を糾弾する者があれば、むつきも全力で徹底抗戦の構えであった。「先生、実際自己評価はどう? 駄目押しで踊っちゃうよ」「踊りなら、私もチア部に負けないよ。水があればアキラだって」「シンクロは未経験だよ、まき絵。それにもうアピールタイムは終了してる」「既に投票結果は出てるから大人しくしてろ」 むつきの応援団は美砂を筆頭としたチア部三人と佐々木とアキラである。 雪広は運営委員の統括で、長谷川は元々衣装作成係で表に出るタイプでもない。 和泉は佐々木に場所を譲って、超や葉加瀬、四葉と後方支援組みだ。 あと、夕映は高畑の応援に元々はスパイとして送り込まれていたのでいない。 パレード時の発表順で並んでいるので、間に源や二ノ宮がいて少し遠かった。「高畑先生、やる事はすべてやりきりました。後は勝つだけです、信じてます私」「ありがとう、明日菜君。皆も、僕なんかを応援してくれて感謝してるよ」「先生やもんな、来年もお世話になるんやし。色々と、な。明日菜」「賞金でたら奢ってよ、高畑先生」 鼻息荒い神楽坂達に囲まれ、笑っている高畑の真後ろ。 ちょっと寂しそうにしているので、駆け寄って抱きしめたいが我慢我慢。「ゆえゆえ、どうかしたの?」「な、なんでもないですよのどか。さあ、小等部の結果発表が始まるです」 宮崎に話しかけられ、夕映も空元気で似合わない拳を上げていた。 ついに小等部の結果発表が始まったが、賭けている者はやはり小学生が多い。 掛け金十円、高くても五百円と可愛らしい絵付きの券が順次空を舞った。 やはり小学生では母親を連想しやすい女性の教諭が一位と二位を取っていた。 そのなかで唯一男性教諭として残りの一席を勝ち取ったのはこの人だった。「第三位、麻帆良小等部のお父さんはやはりこの人だった。賞金は皆で一緒に肉まんでも食べようか、弐集院先生。賞金は三十万となりますので存分に肉まんをどうぞ」「はははっ、皆。肉まんを食べたいかー!」 朗らかに笑った後にマイクを向けられての第一声がそれであった。 小さな子達も賭けの勝ち負けには拘らず、食べたーいと大声で返していた。 なんとも微笑ましい、さすがは小等部であった。 こんな一幕には女性教諭の誰が一位か言い争っていた男子高校生達もほんわかしている。 中等部発表を前にして、美砂達の肩に入っていた力もやや解れていた。 クスクス笑い声も絶えず、気を取り直すように朝倉がマイクを手に取った。「それでは次、中等部の部です。お年玉の半額なんてケチくさい事は言わない。外れたら年末まで涙を飲む覚悟は良いか。結果発表です」 小等部の結果発表時もそうだったが、豪勢にドラムロールであった。 周囲のライトも光度を落とされ、スポットライトが特設ステージ前、教師陣を照らしてまわる。 本当にこれが学生の催しと誰が思うか。 テレビ中継された先のお茶の間でも、どうせ大人が色々と思っているかもしれない。 だがそんな他人の心の内は関係なく、皆は今この瞬間心を一つにしていた。 対象はそれぞれ違うかもしれないが、大好きな先生が一番でありますようにと。 ドラムロールが終わり、パッとスポットライトがとある先生を照らし出した。「なに、私かね!?」「中等部の部、第一位はこの人。私達は貴方のような古きよき先生を何時でも待ち望んでいる。金八先生よりも大好きだ、鬼の新田先生!」 一瞬、朝倉がやべっと鬼のと無駄な前置きを置いてしまったが問題なかった。 そんな細かい誤りは完成にかき消され、立ち上がった新田教諭は応援団の子に抱きつかれている。 慌てふためく新田というのも珍しく、手を引かれて特設ステージ上の表彰台の一番上に招かれた。「中等部の部、第一位の賞金百万円です。この賞金をどのように?」「長年連れ添った妻を旅行にでもと言いたいが、より良い生徒指導の為に進路指導室、相談室などの整備、備品の購入に当てようか」「そんな真面目過ぎる程に真面目な先生が大好き!」「こら、やめんか恥ずかしい」 応援団から大好き宣言が飛び出し、年甲斐もなく大照れの新田であった。 鬼が真っ赤になったと多少の揶揄も飛んだが、麻帆良祭それも最終日である。 こらっと新田の注意も普段の見る影もなく、普通の近所のおじさんレベルだ。「まあ、妥当だよね。倍率一.一倍とか、当選確実視されてたし」「本当の勝負は二位から二位から、負けないよ明日菜!」「こっちこそ、まきちゃん。白黒付けようじゃないの!」 美砂の言う通り、中等部は新田が出た時点でほぼ一位は諦められていた。 賭けも絡むと生徒は本当に正直で、倍率が良い証拠である。 だから佐々木や明日菜でさえそれは理解しており、指差しあって二位狙いだ。 場外戦も順調に盛り上がっており、高畑とむつきは見合って苦笑いである。「それではここからがある意味で中等部の本番。新田教諭の後継者は誰か、そちらも気になるところ。第二位の発表です!」 再びライトが消され、ドラムロールが始まったが一位に比べてその間は短い。 何しろまだ高等部の部、大学部の部、それから総合さえ残っているのだ。 一位が確実視され二位からが本番とは、運営も共通認識だがそれはそれ。 約半分程度のドラムロール後にパッとスポットライトが止まった。 一体誰だとむつきは眩しいライトに目が眩み、あれっと思う。 何故自分が眩しいと思ったか、右手左手を見ると明るいのは自分の所だけだ。「第二位は企画発案の二年A組の副担任。脱がされたら色々と凄かった初日に一気にハートを掴んだぞ。その後もちょいちょい、各所で小ネタを挟んで堂々の二位だ」「やった、先生二位だって賞金獲得だよ」「やったやった、見事に二位を引き当てたよ。倍率はそこそこだけど、お年玉全額ぶち込んだから大もうけ」「そっちか、桜子。でもちょっと分けて!」 ぴょんぴょん飛び跳ねた佐々木は純粋だが、椎名は賭けの方を喜んでいた。 注意した美砂もさりげに、分けてと彼氏ほったらかしである。「ちなみにこれが小ネタの数々です。見回り中に不良グループに追いかけられ、生徒の乗馬を見に行っては転がり落ちた生徒にかかと落としを食らわされ。熱いたこ焼きを突っ込まれたり、本当小ネタに困りませんでした。報道部としても大変ありがたい!」「ちょっと、朝倉さん。何故私の恥ずかしい場面を激写しっ、ちょっとお放しになって。私を誰だと、この催しの統括雪広あやかですわ!」 わざわざ大スクリーンで小ネタの数々を写真で紹介されてしまった。 雪広の慌てぐあいからも、完全に朝倉の独断なのだろう。 被写体であるむつき達の角度から、黙っていれば雪広だとは知り合い以外分からなかったものを。 さすがに彼女と間違ってむつみを襲った場面の写真はなかったが、持ってる気がする。 この野郎と朝倉を睨んでいると案の定、ポラロイドらしき写真を振られた。「高畑先生、お先に失礼します」「まだ、まだ負けてない。総合の部では高畑先生が有利だから!」「こらこら、明日菜君。すまないね、乙姫君」 久々に神楽坂に噛み付かれたが、既に和解済みの二人は内心も穏やかだ。 むつきもぺこりと頭を下げてから、表彰の舞台に上がってまず朝倉の写真を奪った。「先生、それで第二位の五十万の賞金は。もちろん、奢ってくれるんでしょ?」「おーい、二年A組と世話になった麻帆良女子中水泳部。この五十万でJOJO苑の奢りだ、この野郎。ただし、朝倉除く!」「きゃー、先生だから愛してる。水泳部一同、コンパニオンだってやっちゃう!」「さり気に水泳部まで、この変態教師。でも愛はこっちも負けてない!」 当て付けで朝倉除くと言ったが、もちろん本気でハブにするはずもない。 ちょっとしたおしおき程度の気持ちで、ごめんなさいの一言で許すつもりだ。 だというのに朝倉ときたら、そっちがその気ならと徹底抗戦の笑みである。 これにはむつきの方が冷や汗だらだらで、空気読めと念話を送るが通じるはずもなく。「ああっと、手が滑っちゃった。てへぺろ」「ぎゃーっ、まだストックあったのか!」 朝倉がスイッチを押して巨大スクリーンに映し出されたのはアレだ。 ポラロイド写真を奪って安心していたが、とある女性を押し倒した決定的瞬間。 今朝、美砂やアキラと間違えてむつみを押し倒したあの現場の写真である。「誤解を与えず言いますが、初恋のお姉さんを恋人と間違えて押し倒した乙姫先生の図です。いや、初恋って甘酸っぱい」「見るな、見るな。だって姉ちゃんが起きたら布団にいるって普通思わねえよ!」「むっ君、お姉ちゃんは気にしてないから。胸の谷間にキスマークつけられたけど」「姉ちゃんも何故神多羅木先生の応援席に。もう、何も言わないでお願い。むっ君からのお願い」 五十万円分の巨大小切手を手に、泣き崩れるように久々に落ち込んだ。「さあて、少し時間が押してまいりましたのでちゃっちゃと三位の発表です。新体操部の大妖精、二ノ宮先生でした」「扱い、軽ッ。乙姫先生みたいに、弄られまくるよりは良いけど」 非常に微妙な表情で特設ステージの表彰台に上がってきた二ノ宮がまずむつきの肩を叩いた。 もちろん、それはやったねとかお隣さんねというものではなく、純粋な慰めだ。 さすがの新田も落ち込んだむつきは少々持て余していたのである。 ただし、久々に精神的ダメージが大きいので美砂かアキラ、もしくは夕映でしか癒せない。 巨大小切手を抱えてしゃがみながら、ぷいっと客席に尻を向ける始末だ。「さ、さーてお次はお待ちかね。人気教師の激戦区、高等部の部です!」 さすがにやりすぎたと額に大粒の汗を浮かばせながら、朝倉が先を続けた。 対処を間違えたのは明らかで、美砂やアキラ、夕映のみならず他からの視線が痛い。 特にクラスメイトからの視線が厳しく、内心はやっちまったと思っている。 ただし、そこはさすがに謎のプロ根性。 内心の焦りを微塵も見せずに、高等部の部の発表をそつなくこなしていった。 第一位は男子高校生の得票率が高く、実は女子生徒からも支持の高い葛葉である。 ちなみに彼女も合コンのセッティングを非常に感謝しており、朝倉を睨んだ一人だ。 第二位は惜しくも敗れたシスターシャークティ。 五十万は全て恵まれない施設の子へと寄付しますと、なんともシスターらしい回答である。 第三位は男の渋みがものを言った神多羅木であり、何故かむつみを伴なっての登壇であった。 朝倉のマイクを向けられ、私達結婚しますとむつみがぶちあげて神多羅木が慌てたり。 続く大学部の部では、もはや教授が多すぎて誰が誰やら。 第三位に明石の父である明石教授ぐらいで、今一ぱっとしない内容であった。 そして総合の部、教師と名がつくなら誰でも良い、いわば無差別級である。「さて、ここからは実力のみがものを言う。最強の教師を決める場といって過言ではありません。皆さん、散財の心の準備は万端か。総合の部、第一位の発表です!」 何度目かのドラムロールの長さは過去最長。 非常にもどかしい時間を遅らせ、スポットライトを浴びたのは何時もと違う場所。 特設ステージ前の教師陣の待機場所ではなく、特設ステージの真上。 既に中等部の部で第一位を獲得した新田であった。「第一回教師人気投票から、もはや殿堂入りか。中等部の部と総合の部のダブル受賞しかも一位独占。我らが女子中等部が誇る古来よりのGTN、新田先生だ!」「また私か。教師生活云十年、やり過ぎだと一部声もあったが伝わっていた。私の教育方針は決して間違いではなかった。なかったのだ!」「おおっと、これはなんと鬼の目にも涙。やはり先生も人の子、生徒へくだす雷にも迷いはあった模様。大丈夫、生徒は貴方を信じています。愛しています!」「すまないが、もはや言葉にならない。私も君達生徒を愛している、ただそれだけだ」 もはや涙で前が見えず、足元もおぼつかない様子であった。 これは危ないと二ノ宮が新田に手を貸して、総合の部の表彰台へと上らせた。 さすがにこれはいじけている場合ではと、むつきも多少復活しはじめる。 惜しみない拍手へと自分も加わり、男泣きが止まらない新田へ拍手を送った。 朝倉も泣き崩れそうな新田へは、独断でインタビューを中断し次の発表に移る。 その空気の読む力は、もう少し早く使ってほしかったものだが。「それでは、総合の部のインタビューは後日報道部の新聞を見ていただくとして。第二位の発表です!」 この時、誰よりも力強く両手を握り締め祈りを捧げたのは一人の女子中学生であった。 一心不乱に誰よりも信じ、その後押しとして応援し、時には力不足に泣きもした。 特別な感情を込めてこの三日間、それ以前から応援し続けた少女。 その想いが通じたかのように、スポットライトが彼女の前の人物を照らし出す。「第二位、新田先生と同じく広域指導員は伊達じゃない。幅広い活動範囲と治安維持活動により街の平和を守るもはやヒーロー、デスメガネと一部不良も認めた高畑先生!」「やった、先生。高畑先生……うぅ、泣いてちゃ。喜ばなきゃいけないのに」「ええやん、泣いても。頑張って応援したもんな、明日菜。一番頑張ってたの私がちゃんと見とったえ。よしよし」「ありがとう、明日菜君。君のおかげだ」 その一言でわっと神楽坂が泣き崩れ、感動屋さんめと貰い泣きがちょこちょこと。 その大半は二年A組の面々だが、仕方のない事だろう。 もはや高畑派、乙姫派などの派閥もなくし、ぼろ泣きの明日菜を皆で囲んで慰める。 やや高畑は壇上に登り辛そうに何度も神楽坂を振り返っていたが。 あまり待たせるわけにもいかず、皆に神楽坂の面倒を任せて表彰台に上った。「やば、私も泣きそう。被保護者である生徒がぼろ泣きですが一言どうぞ」「最近は出張が忙しくて、本当にこんな僕が応援されて良い立場か迷った事もあるよ。けれど、それでも応援してくれる子はいて、答えなきゃいけないと思ったよ。何歳になっても男の子だからね」「あーぁ、子供みたいに応援団が抱き合って泣いてます。ちなみに、五十万円の使い道は?」「中等部の部で二位をとった乙姫君が奢るんだ。僕だけポケットにしまうわけにはいかないよ。それにJOJO苑にクラスまるごと、水泳部も連れて行くと足りないかもしれないからね。乙姫君、君と僕とで割り勘だ」 もちろんむつきに断る理由など何もない。 水泳部員だけは凄く個人的な事情で連れて行くのでむつきの方で出すが。 そして後は終息していくだけの総合の部、第三位である。 とりと言えばとりだが、ちょっと選ばれた人は哀れにも感じる立ち位置であった。 ドラムロールもそのせいか少し投げやりでばらばら。 あたふたと闇を泳ぐスポットライトは迷いに迷って欄外へと消えていった。 そしてドラムロールが止まる。 スポットライトが向く先は、特設ステージの袖口であった。 一体誰がとざわめき、うわちゃと朝倉は顔に手を当てていた。 そしてスキップしながらスポットライトに照らし出され現れたのは、妙に頭の長い妖怪爺。 麻帆良のぬらりひょん事、近衛近右衛門であった。「えー、非常に組織票というものを疑いたくなる、盛り下がる結果でございます。総合の部第三位は麻帆良学園都市の長、長老、妖怪、女子中等部に学園長室ってロリコン爺。近衛近右衛門先生です」「うほっ、二ノ宮先生より投げやりではないか。組織票など、わしは純粋に実力で」「学園長、そう言いますけど。応援団は誰なんですか? ほら、唯一応援団に入ってくれそうなお孫さんは、高畑先生の応援団ですし」「お爺ちゃん、私恥ずかしいえ。身内が権力にものを言わせて組織票やなんて。自首してや、待っとるから。何年、何十年でも、ひ孫ができたら面会にも行くえ」 ちょっと待ってと、学園長は大慌てだ。 しかし可憐な孫娘としなびた妖怪爺とでは、特に男子生徒からの信頼が違う。 特に朝倉の言葉にもあったように、女子中に学園長室を作るロリコン変態だ。 孫の近くにいたかったとしても、他にやりようはあったろうに。「引っ込め、学園長。俺も女子中のフローラルな香りをはすはすしたい!」「盛り下がるわ、だいたい掛け率何倍だよ。ダークホース、大穴も良いところだ!」「かーえーれ、かーえーれ!」 ブーイングはまだしも、空き缶ペットボトルさえ投げ込まれ暴動寸前。 特に男子生徒の嫉妬はすさまじく、非常に物々しい雰囲気となってきた。 これはまずいと統括の雪広がステージに飛び出した瞬間の事だった。「おだまんなさい、ガキども!」 客席にて立ち上がったのは、一人のおば様。 それこそ、六十代近い初老に足を踏み込んだ女性であった。「近衛先生の応援団は私達、当時の生徒一同よ。ロリコンに目覚めはしても、当時はそれはもう素晴らしい先生だったの。その近衛先生をブーイングだなんて十数年早いわ」「非常に嬉しいのじゃがロリコンは否定してくれないのかのう」「あらやだ、近衛先生ったら当時ぴちぴちの私達のお尻触ったり」「そうそう、体育の着替えも何度か覗かれたわね。授業時間間違えちゃったとか。もう、思春期まっさかりの乙女の柔肌をねっとりと」 がっはっはと豪快に笑うおば様方は良いとして、学園長に冷たい視線が突き刺さる。「あら、このお腹。もしかして、あの時の近衛先生の子供が?」「やーね、これはただ太ってるだけよ」 おば様方は、自らが追い込んだ学園長の危機に気付く事もなく、笑っているだけだった。 それはもう、先程むつきを弄りすぎた朝倉に対するそれの比ではない。 本気で盛り下がり、騒いでいるのは当時を知るおば様方だけ。 確かに不正こそしていなかったのは分かったが、それ以前の問題が発覚していた。 その縁者である近衛がトンカチ片手に壇上へと上り詰めていく。 やや俯き加減でその表情は伺い辛いが、確実に怒っている事だろう。「木乃香、信じておくれ。わしはお前の事が心配で、お友達と仲ようしているか」「次にお爺ちゃんは、だからちょっと時々間違えて着替え中に覗きにと言うえ」「だからちょっと時々間違えて着替え中に覗き……はっ!」 その台詞を仕込んだのは早乙女か。 次の瞬間驚きに固まった学園長の頭を近衛のトンカチが正確に射抜いていた。 ばっちりその瞬間も地方テレビであったが放映されてしまっている。 第一回麻帆良全域教師人気投票は、前代未聞過ぎる結果にて閉幕した。 ちなみに、第一回にして新田は殿堂入り、学園長は無期の出馬停止との処分になった。 もちろん、学園長室も即座に女子中等部から撤去される事にもなる。 -後書き-ども、えなりんです。瀬流彦の人気にびっくりしてます。これにて、麻帆良祭編は終了でございます。ちなみに、順位発表が一位からなのは普通に作者のミスでした。が、別にこれ学生らしいミスではと残しました。まあ、最後の学園長の演出が都合が良かったのもありますが。なんかどさくさで、学園長室が女子中から撤去されました。あれ、着実に小さな所で未来変わってます。しばらく、女子高近辺で近右衛門は針のむしろです。おば様方の親愛ゆえの下ネタも思春期にはマジネタに聞こえるのです。それでは次回は土曜日です