第三十七話 俺と二人きりになったら全力で逃げろ 麻帆良祭最終日の夜は後夜祭、打ち上げの夜でもあった。 二年A組と水泳部員は、むつきと高畑の人気投票入賞の賞金で豪勢な夜を過ごした。 高級学食JOJO苑で全員が焼肉の食べ放題と飲み放題。 水泳部員の一年生は沢山の上級生に囲まれ、少々居心地が悪そうだったが、それでも和気藹々と。 高畑派、乙姫派とはなんぞやと対立の陰もどこへやら、騒がしい打ち上げであった。 多少、水泳部のキャプテンがむつきを誘惑し、負けてなるものかと佐々木や明石がアキラを押したりした一幕もあったが。 二年A組、他水泳部員の九割が睡魔で倒れるまで打ち上げは続けられた。 後の処置も殆ど高畑とむつきの手で行なわれ、ひかげ荘へ帰って来たのは午後二時。 これが学生時代なら、焼肉の匂いがなんぼのもんじゃいとそのまま寝入ったが。 最後の気力を振り絞って風呂に入ってから寝入り、翌日にむつきが目を覚ましたのは午前十一時頃であった。 三日間の快晴が嘘のように梅雨らしく、しとしとと小雨が降る蒸し暑い陽気である。「あちぃ」 蒸し暑さに耐えかね薄手の毛布を蹴り飛ばしながら、むつきは目を覚ました。 寝汗が酷く、ぼりぼりと寝ぼけ眼で胸板を掻く始末である。 そもそもひかげ荘に泊まったのは、麻帆良祭の後の二日は休日だからであった。 全員が全員に合鍵を渡しているわけではないので、泊まったのだ。「水……」 冷たい水が欲しいと食堂へ向かうと、人の気配があった。 現在、ひかげ荘の合鍵を持っているのは美砂、雪広、四葉の三名だ。 超辺りは、勝手に偽造もしくは別途、入り口の一つもこさえていないとも限らないが。 食堂での気配の主は、やはり四葉である。「おはよ、早いな四葉。もう、厨房に手を入れてるのか?」「おはようございます、先生。はい、何かと道具が入用で。自室はスペースが限られますし、お料理研究会では私物をあまり部室に置くのもどうかと思いまして」「全然活用してないから好きに。それこそ多少のリフォームは言ってくれれば考えるぞ」「ありがとうございます。ここなら、試食の相手にも困りませんし。私もこれ以上、太る事を気にしなくても大丈夫そうです」 水道の前に立つと、冷たい野菜ジュースがと冷蔵庫を指差されたのでそっちにした。 現在は掃除中なのか、休みにも関わらず四葉は体操服姿であった。 やや酸っぱめの野菜ジュースを飲みながら、ちらりと四葉を覗き見る。 確かにプロポーションや発育状態がおかしいA組にいると目立ちはするが。 自分で太っていると気にする程か。「どうか、されましたか?」「んー、セクハラになりそうで微妙だけど。俺は実は、眼鏡よりもむちむち系が好みでな。言ってしまえば、長谷川より四葉の方が好みだぞ?」「ふふ、ありがとうございます。けれど、麻帆良祭は昨日で終わりです。あまり、そういった発言はなさらない方が良いですよ」「あっ、そっちで怒られたか」 まとも過ぎる反論に、殆ど二の句が継げない状態である。 確かにこの調子で先生業に挑めば、どの様なボロを、または失言をするか分かったものではない。 自分より、よっぽど教師に向いているのではと思ったりする。 しっかりしないとともう一杯、野菜ジュースをコップに注いでいるとお握りが差し出された。 お皿に一個だけなのは、そろそろ一時間もすればお昼を考慮してか。 おもてなしの心もピカイチだと感動しながら頬張っているとインターフォンが鳴った。 百段近い階段の上にあるひかげ荘へとわざわざ訪れるお客など皆無である。 それでも出迎えてみると案の定、雪広、朝倉そして夕映であった。 雪広は白の清楚なロングワンピース、朝倉は胸を強調したキャミソールにホットパンツ。 おおとり、むつきのなかでだが、夕映は黒のミニワンピースに同じ色のニーソックスだ。 どうやら振り出してから寮を出たようで三人共にしっかり濡れた傘を持っていた。「おはようございます、乙姫先生。失礼ながら、マナーでしたので」「おっは、早速現像室造りに寄らせて貰った。昨日は御免ね、先生。はしゃぎ過ぎて、やり過ぎるのが私の悪い癖かな?」「おはよう、二人共。昨日謝って貰ったし、慣れてる。気にすんな、友達にそれしなけりゃひとまずは大丈夫だ。で、夕映? なんか不機嫌オーラ出てんぞ?」「別に、なんでもないです」 そう言ってぷいっと背いた相手が、なんでもない事などまずないわけで。 まず何よりも先に、自分が何をやらかしたのかを思い出す。 実際、思い出すまでもなかったかもしれない。 お酒で記憶は飛ばないタイプなので、それはもうしっかりと覚えていた。 水泳部員をJOJO苑にて打ち上げに呼んだまでは良かった。 前述した通り、水泳部のキャプテンに誘惑されちょっと胸に触ったりしていた。 一応回りから隠れてだが、お尻も何度か触ったかもしれない。 コレは絶対、夕映に見られていたのだろう。 先日、露天風呂で雪広達にぶっかけたり色々したが、ちょっと分けが違った。 昨晩のあれは、もはや酒に酔った上での醜態である。「ご、ごめんなさい」「別に謝られる事は何も。先生に告白はされましたが、私はまだ返していませんし。恋人でない以上、怒るいわれもありません」「先生、弱いわ。格好悪い、なにそれ?」「潔いと言え、自分が悪いと思ったら謝る。逆切れする方が、たぶん夕映の性格上嫌いな男だろうし」 朝倉に苦笑気味に笑われたが、やかましいとばかりに反論した。 そして性格云々の部分でそうだろと、下げた頭のまま上目遣いで問いかける。 深々とした溜息をはかれてしまったが、背けた顔は戻してもらえた。 ただまだその目は、完全に許してくれたようにも見えない。「先生、私の部屋の私物。と言っても、あまりありませんが。手伝ってください、一階に運ぶのを」「元よりそのつもりだ。引越しついでに、全員の部屋を把握するぞ。雪広、まだ来てない奴に連絡して入室の許可とっといてくれ。お前が立ち会うからって」「了解しました。確かに、人も増えましたし。部屋割りの一覧や在室・不在の掲示板か何かもこの玄関に置いた方がよろしいかと。四葉さんの事ですから、色々と食を提供してくれそうですから」「完全にもう一つの寮だね。学校とは無縁なだけに、こっちの方が色々と気楽だけど」 特に発言者である朝倉や長谷川、四葉と言った面々は趣味の度合いが大きい。 前者から現像室、衣装室、撮影室など、最後に厨房と。 むつきと美砂、アキラは兎も角として、これまで雪広や和泉、夕映はここで何をしていたのやら。 超や葉加瀬はこの二人は二人で、何をするつもりやらちょっと怖いぐらいだ。 一度食堂に戻って四葉に三人追加とだけ伝え、その三人を連れて二階へ。 実は最近、むつきは二階より上へは殆ど立ち入っていない。 何しろ朝倉の発言どおり、半分女子寮と化しているのでおいそれと簡単には踏み込めないのだ。 ひかげ荘の間取りは、そのままひなた荘を参考に作られている。 むつきは知らぬ事だが、爺さんの執念、盲愛の賜物でもあった。 正面玄関はホールもかねており、右手が食堂、左手の奥が管理人室と数室の空き部屋。 ちなみに露天風呂へはホール左手の奥から廊下が伸びていた。 途中に共同トイレや洗面所、いわゆる水場に関する施設があった。 露天風呂に隠れて使用頻度は殆ど稀だが、一応屋内にもひのき風呂があったりする。「私の部屋はこっちですので」「私はこっちです」 ホールからの階段を上がり、二階ロビーにて雪広が左手を夕映が右手を指差した。 朝倉は早く自分の領土を作りたいのか、三階へ続く階段をちらちらみている。「先に夕映の引越し済ますか。朝倉、三階の間取りは長谷川から聞いてるか? 俺に聞かれても、何処が空いてるとか知らんぞ」「先生、管理人ならもう少し把握した方が良いんじゃないの。一番奥って聞いてるから大丈夫。撮影室は共同になりそうだけど。んじゃ、お先」「私も、先生が覗かれる前に部屋を片付けます。その前に、亜子さんに一報を入れておきます。それでは、また後ほど」 朝倉と雪広をそれぞれ見送り、夕映と二人きりであった。 機嫌の事もあるので少し迷ったが、小さな手を握ってみた。 振りほどかれはしなかった事を安心し、先導するように歩いたが直ぐに引っ張られる。 やっぱり機嫌がと思ったが、振り返った先の夕映は完全に別方向を見ていた。「先生、こっちというかここです」「ああ、そう言うことね」 雪広がホール左手の部屋ならば、夕映はホール右手直ぐの部屋だ。 もっと奥なら少しでも長く手を繋いでいられたのだが。 ちくしょうと握った手から力を抜くと、逆に力を込めて繋がれた。 どうやら、多少は同じ気持ちでいてくれたらしい。 俯き加減に赤い顔を隠しながら、夕映が目の前の襖を開いて部屋の中へ導いてくれた。 そして、一歩を踏み込まないうちに、唖然として部屋の中を見渡す事になった。「こいつは、また……たった一ヶ月で、よくもまあ」「自慢の愛読書達です」 ふんすと俯かせていた顔を上げてまで、小さな胸を張って夕映が説明した。 間取り的に、十畳から十二畳と言った部屋の中は本の森であった。 四方八方、本棚がないのは入り口の襖と光を取り込む窓ぐらい。 押入れも襖のドアが外され、サイズに合わせた本棚が押し込まれている。 ただし、厳選された愛読書というだけあって本棚の九割はまだ歯抜け状態であった。 むつきが凄いと言ったのは、本棚の数と部屋の中心の小さな丸型テーブル、あと一人用のソファー。 本の虫が部屋に篭る為だけにあるような間取りである。「お前、良くこんな金があったな。無駄遣いしてないだろうな」「委員長ではないので、そんなお金があるわけないです。全て寮内のリサイクル品だったり、ゴミ捨て場にあった良さそうなものを勝手にリサイクルです」「寮内、あれだけでかい寮だ。そりゃ、誰かしら新しい家具買ったり、リサイクル品は出るよな」「中学生ですから、お金がないのは誰でも一緒。そこはお互い、助け合いです」 良く良く見てみれば、本棚に一切の統一感はなく木目模様もあれば安そうなベニヤ板のものもある。 哲学好きな変わった子だが、そういう普通の女子中学生っぽいところは安心した。「でも、これ全部運ぶの結構大変だぞ。むしろ、良く運び込んだな。俺の知らない間に」「先生、普段の休日。ご自分が何をされていたか、胸に手を当ててください」「美砂やアキラとセックスに励んでました。そりゃ、気付きませんね」 三人があんあんやってる間に、密やかに運び込まれたようだ。「て言うか、私物あまりないとか言ってなかったか?」「委員長と話し合った結果、ここはもう図書室にしてしまおうかと。文庫本や漫画でも何でも。お互い知らず同じ物を買わなければそれも節約です。ですのでテーブルとソファー。後は、持ち出し中の本を置く小さな本棚一つぐらいです」 それなら、引越しなどという大げさな言葉も時間も特にいらない。 夕映一人でも新しい部屋と二、三往復するぐらいで終わってしまう。 部屋内の置時計をみると、十一時四十分と引越しを始めるには微妙な時間だ。 一気に終わらせる事もできるのだが、慌てて午前中に終わらせる理由もない。 十二時過ぎに恐らく四葉が何か作ってくれるであろうから、それまでは自由である。 むつきは一人用のソファーに座り、背持たれに首を乗せながら夕映を手招きして膝を叩く。「引越しは昼にして、イチャイチャしようぜ」「エッチなのはなしですよ?」「信じて貰えないかも知れないが、休みにセックスばかりしてるわけじゃないぞ。普通にお喋りしたり、こんな事があったとか」「そういう積み重ねは大事かもしれないですね。分かりました、失礼するです」 一人用のソファーなので、むつきの座った膝の上にぽすりと夕映が収まった。 そんな夕映を小さいなと心中で感想を抱きながら、後ろからむつきが抱き締めた。 お腹に腕を回しキュッと抱き締め、可能な限り密着したが少し暑い。 けれど、夕映から文句が出る事もなくちょっと顔を赤くして恥ずかしそうにするだけだ。 可愛いのうと頬をつんつんしていると、慌てたように話題を振り始めた。「ぅぁ……あの、ですね」 だいたい彼女の話題は二種類に分けられる。 最近呼んだ哲学書か、図書館探検部の面々、特に宮崎に関してだ。 前者は何時の時代のこういう哲学者がこう語ったと、後者は宮崎のお世話に関して。 あまり学校でも口数の多いほうではない彼女だが、二人きりだと良く喋る。 むつきは丁寧に相槌を打ちながら聞き入った。 時々悪戯をしては、エッチなのはなしですと注意されながら、小さな恋人と午前中精一杯イチャイチャした。 十二時を過ぎるまでに和泉が現れ、気がついてみれば何時の間にか超と葉加瀬も。 割と大人数となったが事前に各自から四葉へ連絡がされていたようだ。 さらにお昼の途中で美砂とアキラ、長谷川と勢ぞろいしてもお昼ご飯が足りない事もなく。 食堂に集って四葉お手製と贅沢なお昼ご飯を頂いた。 小雨により蒸して熱い事を考慮し、さっぱりしたこうじ味噌のお味噌汁と白飯。 おかずもまた喉の通りのよい春雨や冷たい生野菜と茹でた豚のゴマダレかけ。 これまで出前やら焼肉、お好み焼きといった事を考えると食のレベルが上がりすぎである。 全員、お腹が一杯になってお茶を飲む頃には、目がとろんとしているぐらいだ。「四葉、とりあえず材料費だけでも出すぞ。友達から金貰うの嫌なら、俺が全部出すが」「気にしないでください。麻帆良祭の超包子でのお金が余ってますから」「超包子は四葉が要ネ、七色つけてお給金は払てるヨ。最も、オーナーの私が一番儲けさせてはいるけど」「友情が壊れそうで、幾ら儲かったか聞くのが怖いわね」 美砂の言う通り、とても怖くて幾ら儲かったか聞けやしない。「ていうか、常識的に考えて。むしろ私らが先生にお金払う立場じゃない? 秘密基地的なこの建物で自由に部屋を使って良いなんてさ」「なんでだよ。空気入れ替えたり、言わば管理の手伝いだろ」「あら、そうでもありませんわ。施設とは使用するだけで何かとお金がかかります。電気、水道、ガス。他に各自の浴衣やお布団のシーツのお洗濯など」「全然、気付いてなかった。先生……もしかして、無理してない?」 新規入居者だけあってまともな朝倉の意見に、まさかと長谷川が反論する。 だが即座に雪広が朝倉に同調した為、意見はそちらに傾いた。 その為、かなり心配そうにアキラを筆頭に夕映や和泉からも見つめられてしまった。「爺さんから毎月管理費用は入金されるし、どうだろ。さすがにここまで人数が増えると足がでる、かもな。その辺は……」 明言し辛い所だが、色々と必要以上に返してもらっている。 四葉はこの食事だけで十分で、朝倉と葉加瀬はまだだが。 他の面々、恋人である美砂、アキラ、夕映以外からも体で払って貰ったも同然。 出るところに出たら、むつきの一生が壊れるリスク付きでもある。 とりあえず、その辺は誤魔化そうとしたのだが、「心配入らないネ。きちんと、皆体で払えば済む話ネ」 絶対わざとそう言った超の発言で、ほぼ全員が同時にお茶を吹いた。「私、部屋代払う。愛してるもん、そんなつもりこれっぽっちも」「私も、あまり大金は無理だけどなんとかして」「そう言う不純なのは私も、できれば避けたいかと」「ああ、この麻帆良最強の馬鹿はもう」 真っ先に反論したのはもちろん、美砂やアキラ、そして夕映である。 それも当然だろう。 お互いそんなつもりはなかったとは言え、ひかげ荘の使用料代わりに体を差し出したなど。 ムキになってお金を払うと言い出した三人を前に、むつきはわざわざ立ち上がっていた。 もちろんそれは、馬鹿な事を言い出した麻帆良最強の馬鹿の頬を引っ張る為である。 赤丸ほっぺをぐにぐにと、横に引っ張ってお仕置きしてやった。「おい、この話はここで終了。金の話なんてろくな事がねえ。生徒から、しかも将来的に嫁にして子を産ませる相手から金が取れるか、この野郎」「うにうに、失言だたネ。ただし」「煩い、お前の妄言は聞かん。今後、ひかげ荘内で金の話は一切するな。俺も四葉にしない。だから、感謝を込めてご馳走様でした」「いえ、お粗末さまでした」 超の頬を引っ張りながらそう言うと、本当に嬉しそうな笑顔が返って来た。 それこそが最高の報酬だとばかりに。 だから美砂達も、四葉にご馳走様でしたと感謝を込めた言葉を送った。 それと素人考えでも、ここが気になったと美味しいご飯の中の小さな疑問を口にした。 十分ほど、四葉も皆の意見をきちんと聞いて、これはと思った部分はメモする。 団欒とは多少異なるが、そうしてお茶を飲みつつ言葉を交わしあい、本題であった。 食堂からぞろぞろと移動しつつ、まずは管理人室の前へとやって来た。「ひかげ荘の部屋割りを確認しつつ、全員の部屋を見て回ろうツアー。ちなみに不要そうだから、管理人室は省略」「管理人室(臭そう)、主にイカ臭い」「ちゃんと空気入れ替えて消臭しとるわ。爺さんに相続権放棄させられたら困るだろ」「否定はしないんだ先生」 日々というわけではないが、休日はセックス三昧なのは今更である。 長谷川に突っ込まれてもそれがどうしたという態度で、和泉も苦笑いであった。 苦笑いはお互い様、美砂やアキラもだ。 ちょっと反応に困ったのは、これからその一員になりかねない夕映ぐらいである。「じゃあ、一番は私の部屋かな。管理人室の隣、お妾さん用の部屋」「ちなみに、正妻である私の部屋は先生と一緒でーす」 はいはいと美砂の惚気は皆で無視して、アキラは少し羨ましそうに襖を開けた。 基本的にひかげ荘の部屋は全て和装である。 壁紙なんて洒落たものもなく、地面も畳で扉など鍵の一つもない襖だ。 プライベートが重要視される現代ではとても寮として機能しない。 その部屋がある意味でファンタジックな光景で溢れ返っていた。「また、増えてる」「中学生になってヌイグルミとか卒業する子って多いから」 またと言ったのは割と訪れる回数が多いむつきであった。 補足するようにアキラが言った通り、増えているとはヌイグルミの事だ。 自身の背の高さがコンプレックスでもあるのか、アキラは小さくて可愛いモノが大好きである。 となれば女の子、ヌイグルミの一つも持っているのは自然なのだが。 ちょっと不自然な量となっていた。 周囲四方に数々のヌイグルミが山のように積まれ、部屋の中央に布団があるぐらい。 ヌイグルミのお友達にエッチな所が見られているぞと、言葉責めしたのも一度や二度ではなかった。「貰い物だけじゃないよ。ほら、ゲームセンターでUFOキャッチャーで取っても扱いにこまるやん。そういうの、だいたいアキラに回ってくるから」「あっ、これこれ。このリッド君。私が一年の頃にとってきてあげたやつ」「あらら、私がとってきたのもある」 和泉がそう言うと、美砂や朝倉がこれは自分がと言い出した。「ちょっと前まで、寮の部屋が何度かぬいぐるみで溢れて裕奈に怒られて困ってたんだけど、ここなら幾ら集めても誰も困らない」「いや、俺はちょっと困るんだけど。主にセックスする時」「前にちょっとヌイグルミにかかった時、先生ごめんなさいさせられたもんね。ヌイグルミに向かって」 ださと主に長谷川辺りに笑われる中で、ぬいぐるみを懐かしそうに抱いていた朝倉が投げ捨てていた。 気持ちは分からなくもないが、こらっとアキラに小言で怒られる。 多少理不尽だが、今は彼女の私物なのでちゃんと謝っていた。「で、その隣が私の部屋となる予定ですが。まだ引越し前でがらんどうです」「それじゃあ、次は私と葉加瀬の部屋カ?」「何があるか怖いから、最後。そこで心が折れたら、もうこのツアーが終了だ」「別に普通の研究室ですけど」 葉加瀬のフォローも、天才でも頭のネジが飛んだ人物の言葉などあてにならない。 後だ後と、家主の権限をフル活用で二階へと移動する。 二階のホール部分は談話室もかね、ソファーや机、かつては自販機が置かれていた跡も床には見えていた。 さすがに小銭とは言え、彼女達から貰うのもなんなので今後は置いてもウォータークーラーぐらいだろう。「では、こちら左手直ぐが私の部屋となります」「その奥が私。四葉さん、部屋まだなら私のさらに隣? 右手の夕映ちゃんの部屋が図書室なら、向こう側は遊戯室とかになりそうだし」「それなら、亜子さんの隣にさせていただきます」「さすがに、この人数で管理人室はもうキツイからな。んじゃ、二階の右手は遊戯室って事で。実家のスーファミぐらい、送って貰うか」 古いと言われた挙句、長谷川がそれならPC一台ぐらい提供してやると言われた。 今時はPCで古いゲームぐらいできるらしい。 むつきもそこまでPCには詳しくないので、軽く流してしまったが。 娯楽室の件はまた、後日詳しく話を詰めるとして、今は各自の部屋の把握だ。 一応むつきも、誰がどの部屋か、未来の構想も含めてメモぐらいとっている。「それでは私の部屋ですが、アキラさん程のインパクトはございませんよ?」 そう言って開かれた襖の向こうは、インパクトの塊であった。 窓際のやや歪な木目調の棚に置かれたのは盆栽、壁には道と一文字だけ書かれた掛け軸。 床に散らばるタロットカードに、コロコロと転がるのは占いに使いそうな水晶玉。 何やら建物を作りかけのレゴブロックなど、もはや理解不能な空間である。 お嬢様などという言葉は欠片も見つからない、多趣味とは名ばかりの飽きっぽい人間の部屋のようですらあった。「雪広、お前なに迷走してんの?」「失礼な、迷走など。これは私も、皆さんのように真に打ち込める趣味を見つけようと努力した結果ですわ。一度とて、報われていませんが」 照れたようにぷいっと顔を背けるのは可愛いが、人はそれを迷走とも言う。「委員長さんにも欠点がありましたね。自由すぎる無法地帯での意外なもろさ。人は何点か、そのような欠点があった方がかわいらしいと思います」「四葉さん、褒められている気がちっとも。可愛らしい、お菓子作りにでも挑戦して……それはいささか、お嬢様っぽいでしょうか?」「趣味を探してるっつーか、お嬢様から離れようとしてるだけじゃねえか。てか、既に私ら共通の趣味持ってるだろ。激しく、お嬢様から離れた」「あー、確かに」 長谷川の指摘に真っ先に同意の言葉を向けたのは和泉であった。 この場にむつきがいるので明言こそ避けたが、長谷川、和泉、雪広、そして夕映。 この四人のお嬢様どころか、女の子らしくない趣味。 ぶっちゃけた話が、セックスする隣人の盗聴である。 そう言えばとぽんっと雪広が手の平を叩いたが、最近は盗聴では済んでいない。 自分達もその場に混ざり、もはやセックスフレンドではと疑いもした程だ。「良くわからんが、興味がわいた事に手を出す事は悪い事じゃねえ。焦らず、なんでも試してみろ。釣りとかなら、俺も付き合えない事はないぞ」「委員長とデートしたいが為の釣り乙」「そうじゃねえよ」 ぺしんと軽く長谷川の頭を叩こうとして避けられつつ、お次は和泉の部屋である。「私の部屋は本当に普通やから。二階での、皆の溜まり場的な部屋やし」 和泉の言う通り、妙なインパクトがあるわけでもなく。 コタツテーブルと四方にはそれぞれ色も形も違うクッションが一つずつ。 それぞれ部屋主の和泉から順に時計回りに、雪広、長谷川、夕映であった。 他には読みかけの文庫本や漫画、食べかけのスナック菓子の袋など。 普通の女子中学生の部屋と言えば、部屋なのかもしれない。「あっ」 ふいに何かに気付いたように、夕映は自分のクッションを回収して胸に抱く。 これまたむつきの知らぬ事だが、盗聴組みから外れる事を意味していた。「夕映ちゃん、怖なったら助けてって言えば駆けつけるから」「さすがに、初夜だけは私達も自重いたしますが」「まだ、ずっと先の事です」 こそこそとむつきをチラ見しながら、三人がその日をわくわくと待ち遠しそうに話す。「おーい、見るもん見たし。次は三階な」「てか、私の衣裳部屋とか試着室、その他は殆ど全員把握してるだろ。朝倉の現像室、んなもん見ても詰まらんだろ」「まあ、確かに」「ねーえ、朝倉」 長谷川とそう喋っていると、妙に朝倉がほっとしたように胸に手を置いている。 隠れてこっそりなのだが、その直ぐ後で三階から何故か美砂が降りてきた。 階段の途中で手すりを乗り越えるようにお腹で受け止め、何かを見せている。 四角い、黒いプラスチックの箱のような写真立てであった。「これ、朝倉の彼氏?」「ちょっと、なんで人の部屋に無断で入ってんの!?」 珍しく自分のゴシップを知られ、飛びついて美砂の手から写真立てを取り返した。 そして、まずいばれたと焦った彼女が皆に振り返って見たのは哀れみの表情だった。 もの凄く食いつかれると思いきや、意外すぎる反応に怖くなってくる。「朝倉、あんな。先生の事をどう、思って……ちゃうな。彼氏とラブラブ?」「そうじゃなきゃ、秘密基地にまで持ってこないって。まあ、クラスの連中に見つかると面倒だから寮に気軽に置けずってのもあるかな」 その辺りの事情は兎も角、和泉の問いかけに肯定が返り、ますます哀れみの目に。「さっきからなに? 先生の事とか言いかけてたけど、さすがの私も彼氏がいるのに先生のセックスフレンドにはなってあげられないよ。この巨乳を前に、先生が欲情するのはわかるけど」 胸の谷間をあえて見せるつけるように、朝倉がキャミソールの胸を腕で押し上げた。 哀れみの視線による不安を払拭しようという意図もあった。 軽くコレでむつきをからかい、出来れば笑いにと。 実際、むつき相手には成功し、なんとも言えない表情で照れたようにそっぽをむかれた。「まあ、普通そう言いますわね。まだ竜宮城に来て日の浅い方は得に……」「言うよな、私も以前は言ってた。先生の寧ろ敵とか、中二病らしく裁定者とか。言ってたんだよなぁ。別にさ、恋心とか欠片もないんだぜ、これ」「うちも、寧ろ嫌いやとか。つい一ヶ月前の事やん。自分が尻軽なのか、ちょい不安になってきた」 溜息混じりに今の現状と照らし合わせ、主に雪広、長谷川、和泉が溜息をついた。「先生、喜ぶと良いネ。朝倉サンで、寝取りプレイができるヨ。彼氏との電話中にぬぷぬぷと、これで本当に真の意味で変態鬼畜教師になれるネ」「お前本当に俺をどうしたいんだ。誰がそんな鬼畜な事」「だよね、先生がまさか。彼氏と電話中の生徒を押し倒して、性的な悪戯するなんて。まさか」「あの、私それに似たような事をされたのですが」 朝倉が頬を引きつらせながらしませんよねと願うようにむつきを見ている。 見ているのだが、その願いも虚しく夕映が既にされたと言い出した。 似たようなと前置きしたので厳密には違うらしいのだが。 次の瞬間、あれかとばかりに雪広と長谷川が、確かにしたと頷いてさえいた。 カッと顔を赤くしつつ、別に言わなければ良いのに夕映が説明を始める。「麻帆良祭の図書館島探検ツアー中に、超さんに一腹盛られた時のことです。男子トイレの個室で必死に頼まれ、その……のどかと電話をしている最中に先っぽだけですが、あの」「超、俺既に変態鬼畜教師だわ。やりました。と言うか、似たような事なら美砂にも。社会科資料室で、釘宮と椎名が外にいる時に」「ああ、あれね。先生もう、扉開けて子作りしてるところ見てもらおうとか。凄い言葉責めされて。恥ずかしかったなあ。また、ちょっとしたいかも」 最後のちょっとアレな、美砂の呟きは置いておいて。 ずざざざっと、朝倉がむつきから離れるように背後の壁へとぴたりとついた。「諦めが肝心よ、朝倉サン。この麻帆良最強の頭脳が断言するネ、近日中に寝取りプレイされると。仲良く、先生のセックスフレンドの仲間入りネ」「いや、しねえし。夕映にした時は、いや俺の責任ではあるが。この麻帆良最強の馬鹿が一腹盛ったせいもある。二度としないって、一応こいつも約束したし」「先生、もはや超さんが先生を鬼畜にしようとする事については信用しない方が」「科学に魂を売った同志ではありますが、そのところについてはアキラさんと同意見です」 葉加瀬にまで言われ、さり気に早乙女並みに信用がない超であった。 もちろん、むつきを変態鬼畜教師にと願う歪んだ想いについてだけだが。 本当にコイツは何が目的だと、何時もの赤丸ほっぺをぐにぐに摘んでまわす。 なんだろう、少し嬉しそうに見えるのは気のせいか。 以前M気質と言っていた気もしたので、気持ち悪くなってやめた。「俺も自分で心配になってきた。朝倉、悪いが俺と二人きりになったら全力で逃げろ。あとそこに超が加わった三人きりでも、むしろそっちの方が全力で逃げろ」「き、きもに命じとく」 彼氏の写真を胸に抱き、ここに来るのやめようかなとさえ呟いていた。 それはそれで、むつきとしては秘密さえ守ってくれれば得にここにこなくても何も言わない。「三階はもう良いや。長谷川、適当に見取り図書いて後でくれ。働け、三階限定の管理人」「あいよ、私の領域だし。三階は制作室、四葉の料理と超や葉加瀬の発明は別だが。趣味とかで何か製作する時は基本三階な。素人が触ると危ない道具もあるだろうし」「と言うわけで」「お待ちかねの我々の地下秘密基地に皆さんをご案内ですね!」 長谷川の台詞が終わるや否や、超と葉加瀬が盛り上がってきた。 葉加瀬など特に、両手を拳に握り締めてはふんすと鼻息が荒かった。 今にも意味もなく、こんな事もあろうかとと何か発明品の一つでも取り出しかねない。 激しく不安を掻き立てられ、テンションダウン中の朝倉以外も軒並みダウンである。 むつきも管理物件の地下にどんな部屋が作られてしまったのか。 物によっては建物の倒壊、はたまた爺さんの不興を買うなど本当に怖い。 前者については、曲がりなりにも麻帆良最強頭脳を信じたい気持ちではあった。「では、まず一階に戻るネ」 こっちヨと、バスガイドのように三角の旗を振る超の後に続く。 二階から一階の階段の踊り場を曲がり、階段を降りきってからもう一度曲がる。 露天風呂へと続く廊下かと思いきや、ぐるりと本当に曲がった。 そこは玄関ホールの正面、階段の側面とも言えるデッドスペースだ。 そのデッドスペースの壁にこそこそ手を触れ、超が何やらボタンらしきものを押す。 すると目の前の壁に亀裂が生まれ、自動ドアのように開いた壁の奥に階段が現れた。「さあ、こちらネ」「なんていうか、ちょっと拍子抜けした。エレベーターでも現われりゃ、腰でも抜かしたかもしれんが」「ふふふ、それはどうでしょうか」 いかにもほっとした様子のむつきの背後で、眼鏡を押し上げながら葉加瀬が怪しく笑う。 ああ、これは何かあるなとむつき以外の全員が気付きつつ階段を降りていく。 最初はひかげ荘の雰囲気に合わせた木造の階段通路であった。 明かりは薄らぼんやりとしていて少々暗いが触れた壁や手すり、足元の感触は確かだ。 だがそれも十数段を降りた辺りで、硬質的で冷たい金属の感触へと変化する。 薄暗かった階段通路も、優しく明るい蛍光色の光に照らされ階段の終わりまで見渡せるぐらいであった。「おい、拍子抜けって言った奴誰だよ」「俺だよ、凄い嫌な予感がして来た。いまさら」 長谷川に突っ込まれつつ、超の後ろをむつきを筆頭についていく。 そして階段の終わり、円筒状の直径二メートル程の小ホールにて超が扉前の端末にパスワードを入力した。 のみならず、指紋、網膜、声紋認証とあらゆる厳重なパスを通過し扉が開く。 流れ出てきたのは冷気であり、ドライアイスを溶かしたようなスモークが足元を冷やす。 一体何がと部屋へと踏み込み見えたのは、人影であった。 空中に吊り下げられた生首、千切れた首から伸びるコードのような紐。 真下には腕がこれまた千切れた胴体があり、下半身は何処にも見当たらない。 そこかしこに端末や液晶画面が並ぶ近未来的な光景の中に浮かぶ人の惨殺死体。「ぎゃーっ、スプラッタ。斜め上過ぎるだろ!」「ふぅ」「亜子さん、お気を確かに。ふふっ、このドライアイスは腐敗を避ける為でしょうか。嫌な匂いが全く」 いの一番にソレを見てしまったむつきが叫び、次いで和泉が魂が抜けたように崩れ落ちた なんとか雪広が支えてくれたが、彼女の意識も何処まで正常なのか。 美砂やアキラも抱き合い震え、夕映はお漏らししそうに股間を押さえながらむつきの服の裾を掴んでいる。 そんな中で多少の引きつりを表情に乗せながら、長谷川が部屋へと突入していった。 何を考えているのか、惨殺死体へと近付いてはじっとそれを見つめる。「お前、趣味が悪いな超」「はて、なんのことカ」「では、スイッチオンですよ」 すっとぼけた超に代わり、葉加瀬が端末を操作しエンターキーを押す。 うぃんうぃんと何処かでモーター音が鳴り響き、あろうことか惨殺死体の首が動く。 電極を刺したカエルの足のようではなく、瞼も動いては意志の見えない瞳が現れる。 そして無表情のままにむつき達へと振り返っては、口をひたらいた。「超、それに葉加瀬。皆さんもおそろいで」「シャベッターッ!!」 気絶していた和泉に気付けを与えるような、大合唱であった。「何を今さら、皆も教室で少しは会話してるはずね。絡繰茶々丸、麻帆良での最高傑作の一つネ」「工学部の施設では、他の研究室の暴走が日常茶飯事で落ち着いて研究もできません。先生の管理物件の地下を借りられ、研究もはかどります」「前から不思議には思ってたが、マジロボットだ。すげぇ、自分の意志で喋ってる。割には、成績悪いよな。現実にどじっ娘ロボとか誰得だよ」「数学は得意なのですが。マスターと同じく日本語の理解、主に現国の情緒の描写は理解不能なことが多く、正解に辿り着けません」 どうやら長谷川は以前から絡繰が人間ではなかった事に気付いていたらしい。 だからこそ、惨殺死体だとむつき達が混乱する中、部屋に入れたのだろう 絡繰茶々丸は、超と葉加瀬が作り上げた最高傑作。 麻帆良最強頭脳ここにありとばかりの、宣言であったのは良いが。「絡繰ってロボットだったのか!」 事実を知らぬ者にとっては驚天動地の事実であった。 -後書き-ども、えなりんです。久々に山も谷もない日常回です。最大の目玉は、やはりひかげ荘の地下に何時の間にか作られていた超の研究室。茶々丸のメンテは今後、そこで行なわれます。まあ、今回むつきの心が折れて表面部分しか出てませんが。更に地下があり、例の鬼神軍団が貯蔵されてます。しかも電力をわんさか使うのでこの月の電気料金を見てまた心が折れます。挿入する場所がなく、書けませんでしたが電気料金だけは超から聴衆します。金、金、話題を超が出したのはその為です。あと、次回は超回、むつきとの二者面談です。そして偶数話、あとは分かりますね?それでは次回は水曜日です。