第四十三話 お前となら、どんな茨の道でも歩んでいける 前期の期末試験まで一週間を切った最後の休日。 平日はまたむつきからの提案で携帯での連絡禁止、今日もセックス禁止令が出ていた。 ただし前回を越えるご褒美など、そうそうあるはずもなく。 せめてセックスを禁止して、玉袋の中の残弾を貯蔵。 期末明けに太陽が黄色く見えるまで頑張ってあげようという魂胆もあったりする。 そんなわけでひかげ荘メンバーは、前日の土曜日から泊まりこみで勉強会であった。 特に今回は、なにやら和泉がやる気で徹夜も辞さぬという力の入れようだ。 ただでさえ前回、百五十位程順位を上げており、さらに上を狙うつもりのようである。 その為、むつきも多少はお付き合いをして夜食を差し入れたり、飲み物を持って行ったり。 特に四葉に気を使わせないよう気を配ったりもしていた。 それでも深夜の二時頃には、睡魔に負けて一人寂しく管理人室で寝てしまったが。「ん?」 そんなむつきを起こしたのは、玄関先で鳴らされたインターホンであった。 寝ぼけ眼で時間を確認すると午前八時、普段より少し遅い起床である。 一体誰だよと心で毒づきながら、着崩れた浴衣のまま頭を掻きながら玄関へと向かう。 現在ひかげ荘には全メンバーが揃っており、他に心当たりがないのだ。 恐らく、集合した和泉の部屋で撃沈しているであろう皆の眠りを妨げないよう多少早足で向かう。「はい、はーい。ちょっと待ってくれい」 再度インターホンが鳴らされ、割と朝の早い時間なのに待てんのかと毒づきが口に出る。 そして玄関の手前にて、引き戸のガラスの向こう側に金髪が見えた。 引き戸のガラス部分から頭ぐらいしか見えず、雪広かとも思ったが違うようだ。 雪広の頭はあんな低い位置にはないはず。「あっ、先生」 それが確信に至ったのは、背後からかけられた雪広の声であった。 ギシギシと木が軋む音は階段を急いで降りてきたからであろう。「雪ひっ」 おはようと振り返って声をかけようとして、息を飲んで言葉が詰まってしまった。 やや寝ぼけ眼、髪も珍しく乱れ重力に逆らって跳ねている部分さえある。 完璧を体現した彼女に似つかわしくない格好だが、特にそこは問題ではない。 問題なのは、彼女が半裸であった事だ。 彼女の肌よりも白いレースで半すけのブラとショーツ、そしてガーターベルト。 本来清楚なはずの白が生み出すエロティックなガーターベルトである。 まるでショーモデルが突然、家の二階から降りてきたような荒唐無稽さだ。 しかも彼女が階段を降りてきた都合上、見上げる形となる つまり自然とむつきの視線は、局部へと向かってしまった。 半ばシースルーのレースの向こうには、ブロンドのヘアーでさえ見えた気がした。 セックス禁止令中で倉庫から弾丸が溢れそうな今、それは刺激が強すぎる。「どうかされましたか、先生?」 しかも本人は自分の格好に気付いておらず、前屈みとなったむつきに駆け寄ろうとさえしていた。 非常に嬉しいが我慢できず襲ってしまいそうで、手を挙げて止める。「雪広、待て。来るな、来るならそのセクシーな格好をどうにかしろ」「セク……ぁっ、見ないで下さい!」 ようやく自分の格好に気付いた雪広であったが、既にむつきに駆け寄り中であった。 だがそこで止まったり、体を隠してしゃがみ込んだりもしない。 むしろ彼女は自身を加速させ、照れを体にみなぎらせてむつきを追い抜いていく。 そうかと思った瞬間、むつきの体は浮き上がっては背中から板張りの床へと落ちた。「雪、雪広あややかっか。兎に角、雪中華ですわ。これは、部屋に七人も八人も集り。昨晩は熱帯夜であの。この醜態はお忘れになってください!」「くぅ……痛ってぇ」 むつきが痛みに呻く間にとでも言いたげに、雪広が言い訳も途中で踵を返した。 一目散に、わき目も振らずに降りてきた階段を駆け上る。「雪広、階段を走るな。こけたら危ない。委員長だろ!」 そこへむつきは途切れそうな呼吸を無視して、声を張り上げて注意した。「これは、粗相を。私とした事が、失礼しました」 私とした事がと、今一度振り返りなおして頭を下げる。 そして顔を上げてから彼女は気付いた。 背筋を伸ばしお腹の手前で手を組み、姿勢正しく礼をした自分をむつきがマジマジと見つめていた事に。 半分にやけた顔は、先程の注意の本当の意味を教えてくれていた。 咄嗟に何故か手に持っていた消しゴムを手裏剣術の応用で投げつけ、それは見事にヒット。 むつきのおでこに直撃し、胡坐を掻いていた彼を再び床の上に倒れ伏しさせた。「もう、先生の事など知りません!」 そのまま彼女は真っ赤な顔でそっぽを向きながら、階段を駆け上がっていった。「なにあれ、超可愛いんですけど。てか、完全に勃起しちまった。金玉痛ぇ。嫁や恋人、セックスフレンドが家にいるのにオナニーとか、意味わかんねえんだけど」「何を朝から床オナで盛り来るっている、若造」 気を紛らわせ一物を鎮め様と床をゴロゴロしていると、そんな指摘の声が聞こえた。 あまり馴染みのない声に、胡坐に座りなおして振り返る。 鍵は如何したのか玄関が開いており、眩い朝日がこれでもかと注ぐ。 その朝日を背にしているのは雪広と同じブロンドを持ちながら、プロポーション他が比べるまでもなく非常に残念なマクダウェルであった。 こちらは本来エロティックさを助長する黒のセーラーの上着に、プリーツスカート。 どこまでも可愛らしさが抜けきらない、お人形さんのような姿ですらある。 くだけた言い方をすると非常にちんまい。「マ、マクダウェル……いや、違うんだって。何もしてない、雪広には手をだしてない。下着姿だったけど、あいつら勉強してただけで。出してないから」「何を慌てている。社会科資料室で度々柿崎美砂と大河内アキラとあんあん盛り狂う声を聞かせておきながら。今さら貴様が雪広あやかに手を出そうと驚かん」「そうだった、知ってたんだっけ」 可愛らしい外見から長谷川達に負けず劣らずの台詞が飛び出し、一瞬呆けてしまった。 だが直ぐに、麻帆良祭二日目の夜に超達からマクダウェルも知っていると教えられた。「て言うか、やばいじゃねえか。声は出来るだけ抑えてたのに、丸聞こえって」「私の耳は特別性だからな。安心しろ、他の奴らには聞こえておらん。むしろ、自分の喧しい喋り声で聞こえるはずもない」 酷くどうでもよさげに会話を断ち切り、マクダウェルは周囲を軽く見渡した。 むつきも倣うように見て見たが、目新しいものなど何一つない。 部屋を隔てる色あせた襖に、柱一つもワックスではなくニスと年月だけが見せる渋みがある。 良く言えば年期の入った風情ある風景、悪く言えば古ぼけた時代の産物。 マクダウェルがちょっとうきうきとしたように見えたのは、気のせいか。 大人び辛辣な台詞を吐いている時とは別種の、歳相応の笑みのようなものさえ浮かべている。「ふむ、これはなかなか風情が。茶々丸め、何故もっと早く教えん」「ああ、お前日本の古いもんが好きだもんな。上がって茶でも飲むか? 四葉はたぶん撃沈中だから飯の一つも出せんが。お茶ぐらいなら、それとも温泉でも入ってくか?」「温泉、後で頂こう。だが今回の目的は別にある。若造、この旅館はいんたーねっととやらは出来るのか?」「若造は止めてくれ、日本語講座してやったろ。せめて乙姫って呼んでくれ。ネットは、長谷川がなんか。その後で超が何かしたか。ちょっと聞いてみる」 先程、雪広が駆け上がって行った階段の脇、ロビーのデッドスペースへと向かう。 そこに備え付けられていたのは、表にもあったインターホンである。 超と葉加瀬の個室兼研究室に直通の呼び出し口だ。 お互いが見える液晶画面付きと、表のインターホンより高性能である。 そのインターホンにあるボタンを押すと、ピンポーンと音が鳴り待つ事数秒。「何か、用カ。親愛的、今少し立て込んでて」「茶、茶々丸落ち着いて。謝るから、折角積み上げた経験という名のデータが吹っ飛び」「クケェーーーッ!」「おい、なんだ今の凶鳥のような叫びは。茶々丸の声だったぞ!」 どたばたと非常に忙しそうな、むしろ液晶に写る小鈴の後ろで茶々丸が暴れていた。 首がクルクルと回っては髪を振り乱したり、目からビームを飛ばしたりも。 後者は兎も角、前者は少し夢に出てきそうな怖い場面であった。 普段の物静かな彼女は何処へやら、暴走したようにマクダウェルの言うような凶鳥のような声を上げている。 背が届かないまでも、見せろとばかりにマクダウェルは必死に背伸びしていた。「葉加瀬がらしくないポカミスを、手短に頼むネ」「おい、茶々丸を出せ。貴様達、私の従者に何をした!」「はいはい、落ち着けマクダウェル。大人はな、危険な事に首を突っ込まないもんだ。君子危うきに近寄らずって言ってな。マクダウェルがネットやりたいんだと」「それなら、長谷川サンに聞いてくれれば良いネ。親愛的、我愛ヨ」 一方的な、それこそ別れの言葉のような愛の告白後、ぶつりとインターホンが切れた。 おいこらとマクダウェルがインターホンのボタンを何度も押すがうんともすんとも。 やがて怒れて切れるままにインターホンをガツンと叩き、しゃがみ込んだ。 どうやら、強く叩きすぎて、むしろ自分の手を傷めてしまったらしい。 何をやってんだかと思いつつ、扉の開閉ボタンを押してみる。 うんともすんとも言わず、扉も向こう側からロックされたようで開かなかった。「完全ロックって、相当焦ってるな。マクダウェル、どうする? こうなったら、しばらく出てこないぞ。待ってるなら良いが、ネットやりたいなら長谷川に聞いてやるぞ」「くっ、茶々丸。貴様の死は無駄にはせん。私には神の一手を極める野望が……」「中学二年生だなぁ」 あれで二年A組も中二病が多いと、マクダウェルを伴なって二階へと向かった。 雪広の先程の台詞を聞くなら、全員が和泉の部屋に集っているはずだ。 そして恐らくは全員が半裸でいるはずで、もちろんラッキースケベは回避である。 雪広一人でも持て余したのだ、愛しい人を含め複数人の半裸を見たら下半身が持たない。 最悪、そのまま弾薬庫が爆発炎上しかねないぐらいである。 それを避ける為に、襖を軽くノックして中の起きている者に伺った。「おーい、俺だ。長谷川、起きてるか? ちょっと、頼みたい事があるんだけど」「起きてらっしゃいますわ。長谷川さん、あの一体なにを。長谷川さん?!」「おはよっす、先生。私に用事って、柿崎達の変わりに抜いて欲しいのか?」「おまっ、ちょっと待て!」 襖を中から開けるなり、過激な台詞を発した長谷川だが、その格好はなおさら過激であった。 何しろ、下の下着こそ履いて居たがブラはブラでも手ブラであったからだ。 美砂より一回り小さいが、それでも和泉よりは断然大きな胸が圧迫されふるんと揺れる。 その上に鎮座する桃色の乳首は、長谷川の手の指の間から見えそうで見えない。 指の間を開いては桃色の何かが見えたと思った時には閉じられる。 これもまたわざとであろうか、下着が引っ張られたように鋭角に割れ目に食い込んでいた。 やや赤味がかかった茶色い髪と同じ色の陰毛が、レモンイエローの下着からはみ出ている。 若草と呼ぶに相応しい柔らかそうなそれは、早朝の夏のやや涼しい風に揺れてさえいた。 全身くまなく視線をめぐらせては、むつきは眩暈がした気さえしてしまった。 鼻の奥がカッと熱くなり鼻血でも飛び出さんばかりに興奮してしまう。 当然ながら一度は収まりかけた一物にも血があつまり、立って居られない程である。 なのに長谷川がさらに挑発するように、上目遣いで手ブラで作った谷間を見せてきた。「先生、どうしたんだよ。ほら、私に用があったんだろ。それとも、ナニか? 柿崎達との約束を守る為に、私らセックスフレンドで百発抜こうってか?」「やめろ長谷川、この野郎。痛い、イタタタタ。俺を今、興奮させんな。勃起し過ぎると男は痛いんだよ。本当に襲って孕ませてやろうか」「ヤッてみなよ、先生。私は今日、危険日だぜ。先生の豆鉄砲でも百発百中の的中率だ。私は女の子がいいな、可愛い衣装の作りがいがあるってもんだ」「ちょっと、マジで。体が勝手に、雪広止め」 体を摺り寄せられ吐息を首筋に吹き付けられ、もはや暴発寸前。 必死に抵抗を試みるが、長谷川の挑発的な態度や台詞の数々に体が勝手に動き出す。 挑発とはいえ、彼女が欲した可愛い女の子をつくる為に。 雪広に助けさえ求めた瞬間、それは別の場所から与えられた。「いい加減にせんか、このたわけどもがぁ!」 一喝、その瞬間触れもせずに、むつきと長谷川が同時に宙を舞った。 まあと目を見張った雪広が、おもわずパチパチと手を叩くほどである。 先に床に落ちた長谷川の上に、むつきが落ちたのはやはりラッキースケベなのか。 手ブラを失くした胸、その谷間の上にすっぽり顔から収まるように落ちた。 そして素早く手ブラの役目を放棄した長谷川の両手首をがっちり掴んで押し倒す。 最後の最後だけは、むつきの意志で行なったことだ。「ぎゃあ、どこに顔を突っ込んでやがる。どけ、この野郎。動くな息止めろ」 途端に女の子らしく長谷川が悲鳴をあげる。 それを耳にしつつ、むつきは長谷川に見えないように背中越しにとある合図を送った。 それが伝わったかは不明だが、伝わった事を前提に行動を開始した。「んぁ、乳首吸うな。甘噛み、んはぅ」 長谷川の程よい胸の谷間にて顔をもぞもぞ動かし、すっと鼻から深呼吸をする。 熱帯夜でによる汗の芳香、決して嫌なものではなく寧ろ何時間でも吸っていたい。 だがそればかりではと、乳房にしゃぶりついては汗の塩味を堪能した。 舌先で面白いように形を変える乳房から、丹念に汗をぬぐいとるように。 ぴくぴくと舌の動きに合わせ体を震わせる反応をみつつ、頃合かと顔を上げた。 気恥ずかしさと見知らぬ行為の応酬に、長谷川の目尻には涙さえ浮んでいる。 さらにそこへ追い討ちをかけるように、生真面目な顔で問いかけた。「長谷川、本当に俺の子供を生んでくれるんだな。もう、我慢できない。お前となら、どんな茨の道でも歩んでいける。一緒に育てよう、可愛い女の子を」「いや、何を。ちょっと待て!」 当然暴れる長谷川だが、抵抗は許さんとばかりに男の腕力で押さえつける。 両手は頭上に一纏めに片手で押さえ、半裸の体に覆いかぶさり体重で押さえつけた。 ジタバタとされれば多少ぐらつくが、それでもたかが女の子一人の力で脱出は不可能だ。 自由になったもう片方の手は、長谷川の下腹部へ、肌とパンツの隙間に滑り込ませた。 指を掛けてするすると、汗をかいたとは思えないすべやかな肌の上をずり降ろす。 そして膨張して痛みさえ伴なう一物を浴衣の上から秘部へと押し付ける。 羞恥からか、恐怖からか亀頭の先が濡れた気がした。「先生、冗談は止めろって。今日、本当に危険日だから」「千雨、危険日だからこそだ。名前、考えないとな。俺とお前の子供の」 呟きつつもわずかに腰を押し進め、まだ未通の割れ目を押し広げるようにした。「私の名前を嘘、だろ。私は柿崎達と違ってピルなんか。せめて口で、口でするから許してよ先生!」 ついに泣きが入ったところで、パンツのゴムを伸ばしてパチンと肌に当て終了である。 押さえつけていた力も抜いて、そそくさと長谷川の体の上からどいてやった。 あとわずか、思いもよらない処女喪失の危機から脱した長谷川はぽかんとしていた。 怒涛の攻めからふいに解放され、まだ頭がおいついてないようだ。 ほら帰ってこいと、そんな長谷川の頭に力をこめてぽんぽんと手のひらを叩くように置いて言った。「男を誘うって意味をちゃんと考えないからだ。睨んでるマクダウェルと雪広に感謝しろ。二人がいなきゃ、本気で孕ましてるぞ。名残惜しいがここまでだ。もう、投げられたくねえし。でも痛い、絶倫も考え物だろこれ」 最初の合図は、私は正常ですよとマクダウェルや雪広に手を振っていたのだ。 当然、そうでなければマクダウェルは不明だが、雪広は止めに入ったことだろう。「さっさとしろ、乙姫。こちとら貴様達の寸劇にはもう飽きたぞ」 待ちきれずマクダウェルに尻を何度か蹴られつつ、股間を押さえて立ち上がった。「全く、長谷川さんも危機感が足りませんわ。私もですが。皆が脱ぎ始め、部屋に逃げ帰った朝倉さんを見習わなければいけませんわ。少々、先生に心を許しすぎですわ」「もう、何も言うな。くそ、やっちまった。口でするから許してとか、どんだけテンプレ。お母さんって叫ばなかっただけましか。恥ずかし過ぎる」 長谷川も雪広にぺしぺし頭を叩かれつつ、脱いでいたブラを付け始める。 付けてから、むつきの唾液に濡れた乳房を思い出しげんなりしつつ。 ティッシュで拭いては、急速に敏感になった自分に戸惑いながら拭っていた。 また逆に思わず口でするからと言ってしまった事に、馬鹿かと自分を叱咤し赤面も。 少しは反省したのか、雪広同様に身なりを整え始めた。 何故か蝙蝠の羽がついた黒いミニのセーラー服であった。 これには怒り心頭中のマクダウェルが、何故かほほう貴様分かるなとばかりににやついていた。「悪かったよ、先生。やべ、ちょっと涙出た。あと、覚えた数式二、三個も流れ出た」「お前にからかわれて腹立つ事もあるけど、俺は嫌いじゃない。ただ、お前自身が傷つきそうになる事だけは止めろ。他の男なら、迷わず襲ってるぞ。水泳部にも処女喪失失敗した子がいてな」「和泉から聞いてる。みきたん先輩だろ。はあ、迫った相手が先生で良かった。先生、たまに自制心おかしいし。そのおかげで助かったようなものだけど」「はいはい、俺もいきなり乳吸って悪かったな。雪広、こいつ借りるぞ。あと、そこらで撃沈してる奴らにシーツ掛けておいてくれ。腹冷やさないように」 まだ前屈みながら、これだけ騒いでも起きない面々の面倒を頼んだ。 もとより雪広は、撃沈して寝扱ける美砂達にシーツを被せて回っていた。 自身はいまだあのセクシーなガーターベルト姿であるというのに。 あまり見つめるのもかわいそうなので、程ほどに頼んで和泉の部屋を後にする。 まだショックが抜け切らない長谷川と、遅いと憤るマクダウェルを連れて。 向かった先は、最近まで夕映の部屋であった現在は遊戯室となったそこだ。 利用率はむつきが一番低いので知らなかったが、また遊具が充実し始めていた。 あれだけガラガラだった本棚は、皆が持ち寄った漫画や小説で一杯に。 他にパソコンが四台程設置されており、ゲーム機も古今東西そろい踏みである。 もちろん、そのゲームをする為の巨大スクリーンも健在であった。 長谷川は時折むつきをチラチラみながら、パソコンのうちの一つの電源を入れた。「マクダウェル、大体想像つくが。一応聞いておく。ネットで何をしたいんだ?」「当然、囲碁だ。四六時中、碁敵に困らない場所など思いも寄らなかった。当然、はんどるねーむとやらはsaiだ」「あっ、そりゃ無理だ」 マクダウェルがヒカルの碁にはまってしまったのは周知の事実である。 むつきも高畑経由でそれは聞いているものの、長谷川の無理の意味までは分からない。 普段ネットなど、YAHOOのニュースぐらいしか見ない身ではその程度であった。「あのなぁ、ヒカルの碁のせいでsaiを名乗る碁打ちのネットユーザがどれだけいたと思う。既に予約されちまってる。まあ、やるならsai@evaってところだろ」 googleで適当に碁の対戦が出来るサイトを探し、長谷川がマクダウェルのIDを作成した。 どうせ説明しても分からないだろうからと、サクサク自分の最良で進めていく。 ただマクダウェルもsaiの名があれば問題なしと、あまり気にはしていなかった。 むしろ、弱者がsaiを名乗るなど許されるものかと、蹴散らす為に燃えてさえいる。 それでも一点だけ、奇妙な注文を長谷川に出してきた。「碁ができる登録をもう一つしておけ。名前は、sai@sayoだ。出来るか?」「ID二つもって、たく。本気で中二病だな。そこまでヒカルの碁を再現したいか。sayoってのは分からんが。ほれ、作ってやったぞ。取り合えず、サイトの立ち上げからログイン、碁の対戦まで説明するぞ」 意味不明そうに眉根をひそめたりしつつ、マクダウェルは長谷川の説明を聞いていた。 時折、マクダウェルにだけ見える妖精さん、仮にこれをさよとして彼女にも確認しつつ。 一頻り説明が終わると、実際に碁を始めるようであった。 ただそこからは、ルールを知らない長谷川の出番などあってないようなものだ。 カチカチと、たどたどしくマウスを操るマクダウェルをそっと見守る。「最初の餌食は貴様だ。sai@kaora。この世にsaiを継ぐ者は一人、それはこの私だ!」「中二病もここまでいくと、もはや清々しいな」 それも数分の事、取り合えず順調に碁が進んだ事を確認して案内を終えた。 そしてぼけっと見ていたむつきのそばに、そわそわしながら近寄ってくる。「先生、さっきの事だけど」「気にしてねえよ。何時も通り、小憎らしい口を聞いてろ。なんだかんだで、俺は普段のお前が好きなんだよ。それに竜宮城で自分を偽んな、ここにいる意味がないだろ」「くそ、豆腐メンタルのくせに。先生、ちょっと耳貸せ」「なんだ、マクダウェルには聞かれなくな」 耳を貸そうと前屈みに、そして言い終わらぬうちにちゅっと小さな音が鳴った。 思わず頬を押さえたむつきは、顔全外が真っ赤に染まった長谷川を見た。 あまりの恥ずかしさに俯いては震えており、また目尻に涙の粒が浮かんでさえいる。 本当に今日は長谷川の泣き顔を良く見る日であった。「勘違いするなよ、そのあれだ。私は別に先生の事をなんとも思ってねえけど。ちょっとは悪いと思ったし、処女奪わないでくれたし。お礼、そうお礼だよ」「もはや意味不明だが。ありがたく貰っとく。けど、頬っぺたかよ。ディープと言わないまでも、お礼ならせめて唇とかさ」「私はまだファーストキスさえしてねえんだよ。お礼程度でやれるか!」 さらに顔を赤くし瞳を釣り上げ、げしっと尻を蹴り上げられた。 一瞬またやっちまったと後悔の表情を浮かべるも、中途半端に差し出した手のやり場にも困ったようだ。 結局最後にはぷりぷりと、普段の長谷川らしく怒った振りして出ていってしまった。 また和泉の部屋で勉強か、皆と一緒に昼間では寝扱けるつもりか。 あれでなかなか可愛い奴だと、見送ってはさてどうするかと考える。 マクダウェルはむつきと長谷川のやり取りすら眼中になく、パソコンの画面に夢中だ。 意外とsai@kaoraは強かったのか、くぅっと額に汗を滲ませながら食い入っている。「てか、勉強しろよマクダウェル。皆、寝てるか勉強かだし。俺は何するかね。まだ金玉痛いし、大人しく勉強でもすっか。確かこの辺に」 水泳の入門書がと本棚からアキラお勧めの本を取り出し、ソファーに横になって読み始めた。 マクダウェルがマウスをクリックする音をBGMに入門書を読みふける。 正直な所、読むより泳いだ方が身につくことは多そうだが。 いっそ学校のプールの使用許可を取って泳ぎに行くか。 つらつらと入門書の文面など頭にも入らず、どうでも良い雑念ばかりが頭を過ぎる。 誰も彼も可愛いのだが、一癖も二癖もある生徒達。 身近な記憶では、容姿端麗ながら投げ飛ばしてくれた雪広、可愛らしいのに投げ飛ばしてくれたマクダウェル。 やや思考に偏りはあるものの、あとは素直に可愛いところだけを見せてくれない長谷川。 どこかに素直で可愛く従順な、そんな男の夢を体現した良い生徒はいないのかと。 逆に誰も彼もがそんなでは、この稼業も面白みを失うといったところだが。 カチカチ、今再びマクダウェルのマウスクリック音を聞きつつ、むつきはまぶたが重くなるのを感じた。 次にむつきが目を覚ました時、いや我に返った時だろうか。 夕暮れとも昼間ともつかない曖昧な光が窓から注ぐ、そこは麻帆良女子中の教室であった。 二年A組の教室、その教卓に両手をついてやや体重を預けるように立っていた。 あれっと思い、何かを思い出そうとしても記憶にもやがかかって思い出せない。 何を思い出そうとしたのか分からない程に記憶が混乱してしまっている。 何故自分がここにいるのか、そもそも休日、いや現在の日付曜日は何時か。 何もかもが曖昧な世界で、やっと気付いたのは教室を出て行こうとしているマクダウェルだ。「相坂さよ、連れて来てはやったから後は好きにしろ。sai@kaoraめ。中々やるではないか、さすがsaiの系譜。だが、佐為には及ばずとも六百年を生きた私が最も神の一手に近い事を証明してくれるわ!」 わっはっはと謎の笑いを言葉を残して、扉の向こうへと消えていった。 あいつ本当に碁が好きなんだなと、もはや微笑ましさ以外に何も感じない。 しょうがないなと笑っていると、ふと教室内に自分以外の気配を感じた。 はて誰がと思っていると、窓際の一番前の席に一人の少女が座っているのに気付く。 朝倉の席の横、普段は誰も居ないはずのそこに一人の少女が座っていた。 透明感のある白髪が、眉の上で綺麗に切りそろえられた長い髪の少女である。 ただ制服が麻帆良女子中のものではなく、他の学区でも見た記憶のないセーラー服であった。「乙姫先生、授業はまだですか?」「えっ、あ。授業な、授業……」 教室に生徒がいて、教師と言う自分がいる。 そこで生徒が授業を欲すれば、してやらなければいけない気になってきた。 見知らぬ少女が二年A組の教室にいたり、他の学区の制服を着ていても気にならない。 教科書は何処だと思った瞬間、目の前に唐突にそれが現れてもだ。 社会科の普段使い慣れた教科書を開き、授業を始めた。 雪広の起立と礼の号令こそないが、期末試験も近い為に出題範囲のおさらいを始める。 中間テストでは最澄と空海、平安時代の仏教についてまでであった。 だが期末ではそこからもう少し進んで、同じ平安時代でも宗教ではなく文化そのもの。 唐とは少し疎遠となって日本独自の文化が芽生え始めた頃である。「それでは、平安時代の代表的な文学作品が三つ程あります。作者と作品、分かる人は挙手」「はい、先生」 教室内の生徒は一人だけであり、必然的にそれは窓際一番前の席の彼女であった。 マクダウェルが相坂さよと読んだ、大人しくて控えめな少女である。 ただ今はかなり興奮しているのか、挙手一つ取っても元気一杯で目がきらきらしていた。 普通そこは目をそらしたり、私語をするところなのだが、特に二年A組では。「じゃあ、相坂。答えてみろ」 少々疑問は残るものの、穏やかで和やかな授業に心がほわほわ温かい。 騒がしくしたり、人を無闇におちょくったり、心がざわめきそうになる事もない。 それは相坂の人柄のおかげか、例え彼女が素っ頓狂な答えを口にしても許してしまいそうだ。 十数分前に、誰かに投げられたり、おちょくられたりしただけに。 その誰かがちっとも思い出せないが、まあ構わないだろう。「紀貫之さん達の古今和歌集、それから紫式部さんの源氏物語。最後に清少納言さんの枕草子です」 席を立ってすらすらと答えた相坂の答えは百点満点。 歴史の登場人物にわざわざさんをつけるなど、必要ないがそれでも良い。 こんな進めやすい授業は初めてだと、可愛さ余って許してしまう。「正解だ、よく勉強してるな相坂」「はい、これでも五十年近く中学生をしていますから」 お褒めの言葉に良く分からない回答が帰って来たが、小さな事だ。 思わず頭を撫でてさえあげたくなったが、生憎教師と生徒である。 あまり馴れ馴れしいのも問題だと、各文学作品の詳しい説明に入った。 古今和歌集はその名の通り、和歌を集めた作品であり、後の鎌倉時代には新古今和歌集もある。 源氏物語は、これは有名で説明がいらない程だ。 主人公の光源氏の成功と女性関係、それらに由来する苦悩など、さらにはその子孫にまで及んだ大長編小説であった。 日常生活や四季の自然を観察した随想章段、と言われても大抵はピンとこない。 ただ春はあけぼのという一文だけでも聞いた事がある者は多数いる事だろう。「特に源氏物語と枕草子は、古代日本文学の双璧として色々対比されるわけだが。相坂は、どちらでも良いから読んだことは?」「源氏物語はあります」 着席したまま、セーラー服の胸元に両手を掲げ、胸に抱くようにして言った。「光源氏の生き様は正直、共感は出来ないです。ただ、数々の女性と出会いながらなかなか真実の愛に辿り着けない様は、少し共感できるかもしれません」「まあ、真実の愛ってのは良く聞く言葉だが。地球上にいる人の何割が、それにたどり着ける事やら」 何か、何かを思い出したいが、頭にもやがかかって思い出せない。 真実の愛、本当に自分は彼女達を愛しているのか。 若く一部は幼いともいえる青い果実を貪る事に快感を覚えているだけでは。 一人を愛しぬくのではなく、アレもこれもと手をだしているのが良い証拠では。「先生、乙姫先生どうかしましたか?」「あっ、いや……なんでも、何考えてたっけ?」「私に聞かれてもわかりません。変な乙姫先生」 くすくすと笑われるも、別に深いどころか心が温かくなる気さえした。「素敵、例えこれが夢だとしても。こんな楽しい授業が受けられるなんて。マクダウェルさんには感謝しないといけません。例え、教室にいるのが私一人だとしても」 唐突に笑みを寂しさで薄れさせながら、相坂がそんな呟きを漏らし始めた。 その姿が朝か夕かも曖昧な光の中に薄れ消えていきそうであった。「相坂?」「乙姫先生、今日はご無理を言って夢にまで押しかけてもうしわけありませんでした。私は幽霊、この夢が覚めたらまたマクダウェルさん以外に見えない空気になります」 実際相坂を含め、この世界そのものが薄れ消えていき始めてさえいた。 二人を別つ数メートルが、濃霧が遮るかのように伸びていく。 言い知れぬ焦りが一歩を踏み出させるが、同時に相坂も一歩を引いていった。 こんな時、今まで自分はどうしてきた。 どのようにして、相坂と同じように消えそうだった彼女達を掴み取った。「もしも望んで良いなら、また先生の授業を受けさせてください。たった一人の、私だけの授業。ちょっと寂しいですけど、それではまた何時か」「待て、相坂!」 引きとめ何を言うつもりか、それさえ分からず濃霧に飛び込んでいた。 必死に伸ばした手で、消えていきそうな彼女の腕をしっかりと掴んだ。 無我夢中で、彼女引き寄せては胸で抱きとめ、逃がさないとばかりに抱きしめる。 一体それが何になるのか、そもそもここは何処で何時なのか。 様々な疑問を投げ捨て、消え入りそうだった相坂を感じるように腕に力を込めた。「一人じゃねえ、俺がいる。教師と生徒、それぞれ一人だが。互いに一人きりじゃねえ。寂しそうで泣きそうな顔で消えていくな。明日から気になって、夜も眠れなくなるだろ」「でも、そろそろ」 思わぬむつきの行動に目を見開き、抱きしめられた羞恥も忘れ相坂が呟いていた。「ちょっと待て、俺にも時間寄越せ。今まで俺は、そんな顔をした子にどうしてきた。くそ、全然思い出せん。いいから、何か一つ、一つで良い。思い出せ!」 自分を叱咤する事で、霞がかかっていた脳裏に何かが流星のように流れ閃いた。 まだ頭の中で明確な形とはなっていないが、確かな閃きを感じる。 腕の中にいた相坂を少し引き離し、小さな背丈の彼女を見下ろしながら言った。「相坂、結婚しよう」「は、はい」 階段を一段も二段もすっ飛ばした回答に、何故か相坂が了承の返事を返していた。「あれ?」「えっ?」 そしてしばらくの間、無言で二人は見合い続けることとなる。 -後書き-ども、えなりんです。日常話ですが、見所が多すぎる。まず、エヴァ。ネット碁やりたいが為に、ひかげ荘に来ました。何故か初対戦がカオラ・スゥですが私にも理由は分かりません。あと、さよとは普通に碁仲間として仲良くしてます。まあ、さよは普通にへっぽこ棋士ですが。千雨、彼女ひかげ荘に足を踏み入れたのは二番目なんですが。実はいまだにメインイベントが発生していません。一応、予定としては夏休み明けの文化祭辺りを考えています。最後にさよ、むつきは幽霊なんて見えないので夢に出てきてもらいました。夢でも良いから授業を受けたいとかけなげです。でも錯乱したむつきにプロポーズされ、思わず受けてしまいました。どうなるかは、次回。水曜更新ですよ。それでは、えなりんでした。