第四十八話 ベッドの中で貴方と私、しっぽりがお好み? 月曜を明日に控え、ひかげ荘ではメンバーが日曜最後のご飯を食べていた。 帰寮せねばならないので六時開始で七時半に解散である。 今日も四葉が試作品を含めた手料理を披露してくれ、食堂は大賑わいであった。 食事の内容は夏バテ回避用のメニューで冷麦であった。 ただし四葉を侮る事なかれ、おつゆの種類が多く色々と楽しめる方式だ。 さながら焼肉屋でたれが色々と用意されているがごとく。 だしと醤油ベースの通常版から、さっぱり塩とポン酢風味、他に韓国風ピリ辛つゆ等々。 賑やかな食事風景の中で、四葉が一人足りないとばかりに周囲を見渡し呟いた。「あの、エヴァンジェリンさんはご飯を召し上がらないのでしょうか?」「まだここのルールに慣れてないし、六時から確か対局があるとか何とか言ってなかった? お握りとか、そういうのなら食べるんじゃない」「と言うか、朝倉さん。ひかげ荘で久しぶりに会ったような」「こいつ、未だに先生から逃げ回ってるからな。朝倉、先生は寝取りゃしねえよ。ありゃ、麻帆良最強の馬鹿の妄言だ」 四葉の問いかけに答えたのは朝倉だが、葉加瀬や長谷川に突っ込まれた。 若干顔が引きつっており、マクダウェルに言える程には彼女も慣れていないのだ。 皆がいる場所ではむつきと一緒で平気だが、少しでも身の危険を感じると逃げ出していく。「実際、迂闊にもセックスアピールをして襲った振りで叱られた長谷川さんのお言葉は重いですわ。普通の殿方なら、頂かれてしまってますわ」「反省したって言ったろ。問題はさ、竜宮城に来てんのに自分をさらけ出さず逃げてる朝倉だ。正直、止めて欲しい。襲われたら言え、裁定してやるよ」「そう言えば、そう言う理由で当初はいましたね。朝倉さん、その時は私も先生を断罪するのにご協力いたしますわ」「えっ、あんたら先生にラブラブじゃ。本当にわけわかんない。油断してるとこの寮、何処からともなく喘ぎ声が聞こえてくるし」 朝倉が一番恐れているのは、襲われる事よりも心変わりする事だろう。 むつきと彼氏を比べ、イケメン度では乙女フィルターを抜きにしても彼氏の圧勝だ。 だが、一人の男として自分の彼氏がこんなハーレムを築けるか。 もちろん答えはノーである。 さらに言えば朝倉が知りうる男の誰も、こんなハーレムを築けるとは思わない。 だからこそ、その見知らぬ何かを思うと、寝取られそうで、断りきれなかった時が怖いのである。 その本人を前にすると、とてもそんな事がありえないとは思うのだが。「ええやん、朝倉のペースで慣れてけば。本当の自分を探すも探さないも自由。あんまガチガチにさらけ出せってのもうちは違うと思うやんね」「何だかんだで、穴と言う穴を先生に晒した和泉に言われても。それもあるけど、最近さ。なんかこの建物いない? こう、幽霊的な。先生、ここって昔女子寮……」 和泉がアナルセックスをした事は当然、周知の事実であった。 むしろ率先して気持ちよかったと本人が明かし、生唾飲み込んだ者が多数。 主にむつきのお嫁さん候補達であったが、その張本人はというと。 朝倉の言葉が途中で止まってしまうような事態となっていた。「アキラ、ほらこのつゆ美味しいぞ。あーん……アキラさん、あーん」「ぷいっ」「アキラがいらないなら、ぱく」 今にも平伏しそうな卑屈さで、アキラの気を引こうと必死であった。 つゆを絡めた冷麦を食べさせようとして、可愛い声と共にそっぽを向かれてしまう。 たかが三十分とは言え、キャプテン代行で大わらわであったのだ。 助けて欲しい時に、むつきは和泉や小瀬と監督室でハッスル中。 妬く妬かない以前に彼氏としてそれは駄目だと、珍しくアキラが拗ねていた。 美砂は相変わらずマイペースに、トンビの如くむつきが差し出した冷麦にぱくついていたが。「今回ばかりは親愛的が一方的に悪いネ。長谷川サンの手を借りるまでもないヨ」「午前中に抜け駆けしてしまったのでノーコメントです。私の一存で、のどかとのデートも決定してしまいましたし」 多少申し訳無さそうに夕映が言うと、誰も今更気になどしてさえいなかった。「おう、それそれ。今度は宮崎か、一途そうだし。何かきっかけがあればバケるぞ。先生がうかつにも手を出して恋人にするに一票」「いえ、彼女の慎ましさがあればきっと夕映さんと先生の関係にも気付いて身を引くはず。セックスフレンドに一票ですわ」「私は乙女、なので会話に加わります。えっと、理論、理論が。しかし、私が勘などとあやふやな。うぅ、委員長さんに倣いセックスフレンドで。科学力が低い場合は高い人の模倣からです」「おお、葉加瀬さんが乙女の会話に加わるなど大躍進です。というか、純粋無垢なのどかをこんな淫猥空間に引きずりこませませんよ」 長谷川が賭けのような事を言い出し、雪広やまさかの葉加瀬までもがのった。 掛け金を言い出さないのは、どうなるかという結果のみを論じているからだろう。 ただ聞く人が聞けば、何処が乙女の会話かと突っ込まれるかもしれない。 特に雪広の、身を引いたのにセックスフレンドとなる辺りが。「機嫌直してくれ、アキラ。お願いだから、ぐす。もう、小瀬とはしないから」「また泣く、先生最近泣き過ぎじゃねえ。大河内、もう少しお灸すえとけ。泣くのもそうだけど、最近マジで先生セックスし過ぎ。アナルもしたそうだし、性病とか大丈夫か?」「確かに、夏休み中に一度、身体チェックを受けさせた方が」「ああ、そこは大丈夫よ。親愛的はもちろん、皆の日々の身体データは私が責任を持って管理してるネ。四月から皆のスリーサイズの変化も一目瞭然」 意外、という事は全然なく、小鈴がこっそりしていた方が普通に思えるから不思議だ。 しかもスリーサイズの変化までとは、ありがたい事この上ない。 皆が一斉に身を乗り出して食堂に空中投影された皆のサイズデータに食い入った。 そして得に美砂やアキラのサイズ変化、胸のふくらみ強化、腰のくびれ強化、お尻の安産型への変化。 今にも素晴らしいと叫び出しそうな程に、むしろ羨ましいと唇を噛んだ。「うちも子宮に中だしされたら、おっぱいもう少し大きくなるかな」「そんな和泉サンには超包子特性のピルを進呈ネ。さすがに胸が大きくなる前にお腹が大きくなったら困るヨ」 これも雪広からの負担の不可分散か、むしろ小鈴への一極集中なのか。 あまり不思議に思ってこなかったが。 最近ひかげ荘内が妙に涼しく過ごしやすいのも、何かしているのだろう。 全員の部屋の配置を確認した日、結局地下の研究室は一階しか見なかった。 それより下に一体何があるのか。 自衛隊ぐらいなら返り討ちにできる戦力的なものがあっても驚きはしない。 むつきは何してんだと怒った後に、ちょっと心が折れるかもしれないが。「アキラ、ちょっとだけ。ちょっとだけで良いからこっちむいてくれ」「べーっ」「おうふっ」 そのむつきはやっと振り向いて貰えたかと思いきや、あっかんべーで止めを刺された。 成人男性として、それはどうかという気もするが。 食卓テーブルに頭を打ちつけて、しくしくと泣き始める。 ちょっとやり過ぎたかなとアキラが手を伸ばすも、美砂に止められ唇に人差し指を当てられた。 普段通りの態度ではあったが、美砂も部活中で少しは腹立たしかったようだ。「なんだろう、こんな先生に恐れを抱いて逃げ回ってた私が馬鹿みたい。これ、襲われても口喧嘩で勝てるんじゃないの?」「その時、パニクッてなけりゃな。押し倒された時、マジで焦ったぞ。思わず、口でするから許してってドラマでレイプ寸前の女優みたいな台詞口走っちまった」「ですね。私も最初に先生に体をさらした時は、色々とパニックでしたし」「おつゆ、薄まってしまった方はお代わりありますよ」 唐突な四葉の話題変換だったが、誰一人として文句を言うものはいなかった。 むしろ泣き崩れるむつきを放り出して、お代わりと全員がお椀を差し出した。 結局、偶には良い薬だとアキラも美砂も許してはくれなかった。 長谷川にさえ肩に手を置かれ、久々に一人で枕を濡らせといわれる始末。 現在時刻は九時を回っており、本当ならむつきも寮に帰っている時間帯である。 ただそんな気力も今はなく、管理人室手前の廊下、縁側にて一人飲んでいた。 ぐずぐず鼻を鳴らしながら、月見酒とばかりに満月を見上げながら。 網戸の向こうからは虫がりんりんと鳴く声が聞こえ、月夜の光で暗い空を流れる雲もしっかりと見える。 だがそんな風流を感じる余裕もなく、むつきは飲みに飲んでいた。 彼の周りに転がるビール缶は一つや二つでなく、五つは超えている。「アキラ……ごべん、アキラ。寂しいよ、美砂。小鈴、夕映」 女々しい、どこまでも惨めに泣きながら、かつての自分のように泣いた。 今でこそ落ち込めば直ぐに誰かが慰めてくれたが、以前は、特に大学時代に彼女と別れた時もこんな感じであった。 一つ違うのは女の子の名前を呼ぶ代わりに、自分以外の全てが悪いと悪態つくぐらいか。 今もお嫁さん達の名を呼びながら缶ビールをあおるが、そのビールさえむつきを見限ったように零れ落ちてはこない。「あっ、ビールもうない」 吐くまで飲みたい、そんな気持ちと共に腰を上げようとして横から冷えた缶ビールが差し出された。 月明かりに煌く緑髪は、放熱の為の機関だかなんだかと説明を受けたような。 月と似たような、冷たい表情の絡繰が缶ビールを差し出してきていた。「どうぞ、新しく冷蔵庫の中から。補充もしておきましたので心置きなく。おつまみの追加ですが、リクエストはありますか?」「あのね、ガツンと一発頭に響くぐらいのキツイの」「では、失礼をします」 隕石でも頭に落ちたかのような、確かにキツイ一発が落とされた。 目の前が一瞬で真っ暗に、廊下を凹ませる程に打ち付けられハッと我に返った。 くわんくわんと揺れる頭を振りながら、何故ここに絡繰がいるのか。 というか、おつまみを頼んで何故に殴られなければいかないのだろうか。「絡繰君、説明を求む」「頭に響くキツイ一発と仰られましたので。違いましたか?」「うん、お前まだデータ吹っ飛んだ影響残ってんのな」 女将のような和服姿で立つ彼女は、小首をかしげる事なく直立不動であった。 まだ少し女の子らしくないが、元々そこまで超や葉加瀬が求めていないのか。 むつきとしては、どうせなら無駄に高性能よりも可愛くにっこり笑ってくれた方が嬉しい。 さすがにはわわとドジっ娘ロボット化されても困るが、無表情は女の子として致命的だ。 ロボットとは言え、女の子、女の子なら可愛く笑ってくれる方が良い。「痛って、それでなんでこんな時間まで? 明日学校なんだから、帰って寝なさい」「帰っていますが? マスターは最近、ひかげ荘をねぐらとされていますので。もはや、この建物が生活拠点かと」「初めて聞いたよ。寮に帰れよ、あの碁馬鹿。あいつ部屋割り当ててないよな。どこで?」「遊戯室か、もしくは大河内さんの部屋です。後者は特にヌイグルミが一杯なので、こっそり自作の人形を追加したりも。あと、マスターは寮生ではなく別途自宅通いです」 ヌイグルミに囲まれて眠る姿は、それはもうアキラよりもお似合いであろう。 アキラというキーワードでちょっぴり涙が滲んだが。 自宅通いというのも今この場で初めて知った。 留学生なので色々と生活の常識の違いなどで難しいのかもしれない。 しかし、ひかげ荘に常駐して囲碁仲間を増やそうとしたりする事もある。 実は意外と仲間に入りたいが、あの口調もあり溶け込めず、けれどといったところか。 これでは帰れと言いづらく、ううむと腕を組んで唸っているとそのマクダウェルが現れた。 手に持った何かを振り回すように、妙にご機嫌な様子でだ。「はーっはっは、勝った勝った。ざまあみろ、なにがプロ棋士だ。ねっと碁の最強アマなど敵ではないと、公の場に姿を現さない臆病者だと豪語したくせに。sai@kaoraの方がよっぽど強い碁敵だ。奴とさよだけはsaiを名乗るのを許してやる!」 sai@kaoraとは、初戦こそ勝利をもぎ取ったが、それから何度か対局し一進一退。 マクダウェルがネット碁会で名声を得る度に、最強のライバルとsai@kaoraの名もあがっていた。 むしろ同じsaiの名を冠するユーザ同士が最強ライバルともはや話題に事欠かない存在ですらあった。 彼女のネット碁ライフはまさに最高潮、とどまるところをしらないのだ。 無茶苦茶上機嫌で大笑いしながら、むつきの想像を木っ端微塵に吹き飛ばす程に。 思い起こしてみれば授業サボタージュの常習犯で、好きな部活だけは参加するちゃっかりさん。 そんな繊細な奴かと、力になってあげようと思った自分がなさけない。 本当、ふりっふりの白ゴス姿が良く似合うくせに性格のなんと悪い事か。「おい、乙姫。今日は良い月夜だな。勝利の美酒に最高の酒を持ってきてやったから飲むぞ」「飲むぞ、じゃない。この不良娘が。お前、そんなんじゃ背が伸びないぞ、この野郎」「あっ、こら返せ!」「良い子はさっさとねんねしなさい。お友達も待ってるから、ほら」 格好と不釣合いなワインの瓶を取り上げ、首根っこを掴んでアキラの部屋に放り込んだ。 お友達とはもちろん、アキラの所有するヌイグルミたちである。 そこまではちょっとの怒りのまま行動できたのだが、アキラの部屋を覗いたのが悪かった。 アキラの匂い、見慣れたヌイグルミたち。 部屋にある一つ一つがアキラを思い出させる思い出の数々で胸が切なくなる。 ちくしょうと呟きとぼとぼと、管理人室前にまで戻りどっかり胡坐をかいて座った。「あ、あの乙姫先生」「絡繰、お前もそろそろ休め。できれば興奮中のちみっ子が起きて来ないように寝るまで手を繋いでやってくれ。添い寝でも良いから」 おろおろとその場を動かない絡繰に、頼むから一人にしてお願いと懇願する。 それで最後に一品だけと彼女も引かず、おつまみをつくりに食堂へ行こうとしたのだが。 冷たくしたのにごめんとその背に視線で謝っていると、すっと襖が開いた。 隣のアキラの部屋であり、まだ寝ないかと注意しに立ち上がりかけ、止まった。「え?」 見間違いか、それとも目の前のアレは幽霊かと何度か目元を擦った。 それでもそれは消えず、妖しい微笑と共にむつきを見つめている。 マクダウェルとは似ても似つかない、大人びた姿のブロンド美人、あとかなり巨乳。 胸元や長い足を強調した薄手の濃い紫色のナイトドレス姿で歩いてくる。 百歩譲ってマクダウェルが大きく成長したらこうなるのではというような人だ。 一体何故、どこからそもそもマクダウェルはどこにいった。 混乱のうちにその彼女が目の前にやってきて、そっとむつきの顎に指を添え振り向かせた。「満月が素敵な夜ですわね、ジェントルマン。ご一緒してもよろしいかしら?」「ちょ、ちょっと待って。貴方は、マクダウェルに良く似て。まさか親族の?」「アタナシア、そう呼んでくださいますか。エヴァの姉です、囲碁。あっ、違った。以後お見知りおきを。日本の素敵な侍ボーイ」「ボーイって子供扱い。ああ、まずい。心の隙間に入られる。年上のお姉さんタイプはあかんのやて。でも胸が、おっぱいが胸に。良い匂いが、フローラルな匂いが!」 止めてスキンシップはと和泉の口調が移り、アキラにつれなくされた恐怖が蘇る。 その一方で寂しい一人寝の夜を色々な意味で癒してくれそうなナイスバディが。 浴衣の中にすべすべの手がはいりこみ、這いずり回っては浴衣を着崩させ。 匂いを嗅がれるようにすーっと深呼吸されては、微笑まれて頬にキスされ舌でべっとりと舐められる。 理性が振り切れる一歩手前で、縦にするようにワインの瓶を掲げられたのは奇跡だ。 性欲よりも愛が勝った、こんな美女を相手に美砂達を選ぶこの勇気、勇者だと自画自賛した。「の、飲みましょうアタナシアさん。マクダウェルが、美味しいワインだとか。ご一緒させていただきますので。本当に一緒に飲むだけでお願いします」「くっくっく、可愛いものだな」 悪戯っぽい笑みを浮かべているとも思わず、むつきはワインを盾にぎゅっと瞳を閉じていた。 だからアタナシアと絡繰の次のやり取りには全く気付かなかった。「マスター、満月と言えどあまり魔力を」「煩い、良いからお前は魔力が増えるつまみを作ってこい。ガツンと一発、頭に響くような」「では失礼して、ふんっ!」「痛ッ、何をする茶々丸。反抗期か!」 むつきと同じ命令をして、同じ仕打ちを受けてはアタナシアが飛び掛った。 どたばたと美女が絡繰とプロレスする現場を、運が良いのか悪いのか見逃していた。 そして瞳を開けた時には、少々髪を振り乱し、ナイトドレスも一部が捲くれパンツ丸出しであった。 局部を隠すだけのセクシーなマイクロショーツで、後ろはほぼTバックである。 だがむつきからは丸見えだが、アタナシアは何故か肩で息をして気付いていない。 どうする、どうすれば紳士だと頭をフル回転させ、気付かれないよう直す事に決めた。 お願い振り返らないでと必死に願い、ナイトドレスにぱっと触れ直し、ぱっと手を引く。 どうやら上手くいったようで、口笛の一つでも吹いて誤魔化そうとし振り返られた。「あら、侍ボーイは紳士ですのね。お恥ずかしい所を。お礼ですわ」 しっかりバレていたようだが、気に入られたようで突然のマウストゥーマウスであった。 先程、自画自賛した勇気の二文字に、ピシリと亀裂が走る音を聞いた気がした。「さあ、この素敵な夜を二人きりで、満月とワインでしっとり楽しみましょう。それとも、ベッドの中で貴方と私、しっぽりがお好み?」「し、しっぽ……くっ、ぁ。じ、じゃなくて、しっとりで」 今にも内臓がねじ切れそうな程に苦しみながらの選択であった。 一つ彼女が微笑むたびに、既に勃起状態のそれと欲望を隠すのに精一杯である。 ぜえぜえと呼吸は乱れ、脂汗も額ににじんでいると言うのに。 こちらの気も知らないでアタナシアは、腕を組んでは自慢の胸を押し付けてきた。 その豊満すぎる胸に、腕どころか乙姫むつきという存在そのものが沈み込みそうだ。「こ、この座布団にお座りください。僕はこっちで」 せめて離れてと座布団を三メートルぐらい、宮崎級に離したが逆効果であった。 むしろ不自然すぎて彼女がきょとんとし、くすくす笑われもはや赤面状態。「初心なのね、侍ボーイ。いえ、坊や。怖がらなくていいのよ。お姉さんが優しくしてあげる。さあ、こっちを向いてお口を開けて。大人のワインの飲み方を教えてあげる」 もはやむつきはされるがままであり、幼い子供が食事を貰う時のように口を開けた。 そこへ親指一本でコルクを抜いたアタナシアが、豪快にワインをラッパ飲みする。 口から溢れたワインを拭いもせずに、唇から顎先、喉を伝って胸のふくらみでワインの皮が二手にわかれた。 口を開けながらそれを見たむつきは器用に生唾を飲み込んだ。 直後、狙ったかのようなタイミングでアタナシアがむつきの唇を奪った。 彼女の唾液交じりのワインが流し込まれ、必死に飲むがそれも追いつかない。 互いの唇の端から流れ落ち、首を伝って流れ落ちていく。「ぷはぁ、何時もと立場逆だな。大変美味しゅうございました」「ふふ、まだ終わりじゃなくてよ。坊や、ここに残ってるわ」 そうアタナシアが指でつっと肌を滑らせ教えたのは、流れ落ちていったワインだ。 指が滑るのは唇の端から喉、胸のお陰で二股に割れた流れの跡。 口移しなどまだ序幕、大人のワインの飲み方とはむしろ流れ落ちた方らしい。 確かに坊や呼ばわりも納得で、美砂達にこんな事をした覚えはない。 一度だけわかめ酒をワインでしてもらったが、なんだろうエロさの深みが違う。 その証拠にほぼキスだけで完全勃起してしまい、もはや抗えそうになかった。 ごめんと心中で恋人達に謝り、アタナシアの唇の端に舌を沿えた。「ワインの跡が消えるまで、そう何度でも」 言われた通り、真っ白な肌の上に残る濃い紫色のワインの跡に舌を沿っていく。 何度も何度も、アタナシアの首筋も鎖骨にできた溜まりはすすり上げ舐め取り。 自慢の舌使いに喘ぎ一つ漏らさないアタナシアには若干カチンときたが。 ただ胸に至ってはナイトドレスが邪魔で、どうしようもない。 ここまでかと諦めかけては見上げた時、挑発的な視線で見つめられてしまった。 唇だけが動き、声なき声で問われた、そこで終わりなの坊やと。 これまでのあやすような響きではなく、蔑みと軽蔑を含んだ嘲りのような呼び方。 実際にアタナシアがそう言ったわけではないが、瞳が確実にそうむつきを蔑んでいた。「後で弁償します」 そう断って、むつきは挑発されるままにアタナシアのナイトドレスを引き裂いた。 セックスアピールの為に可能な限り薄手に作られたそれを破くのは簡単だった。 ただただ犯す為に、乱暴するように、ナイトドレスを引き裂き胸を露にする。 巨乳、巨乳だと思っていたアキラを遥かに凌駕する超重量級。 いかにも重そうに揺れる胸の先端、紫に濡れてすらいない突起へとしゃぶりついた。 やや強めに吸い付き、舌先で乳首を転がしては甘噛みと刺激の種類を変えては責め上げる。 だが必死の口撃とは裏腹に、アタナシアは余裕の笑みでむつきを撫でる始末であった。「ママのおっぱいが恋しいのかしら坊や。いいわ、好きなだけお飲みなさい」「くそっ!」 手玉に取られるどころか、相手にもされていないまるで子供扱いだ。 坊やという呼び名も日本人だから子供っぽく見えるのではない。 本当に彼女はむつきを坊や扱いして、子供に悪戯する感覚で誘っている。 悪態つきながら乳首を強めに噛んでは引っ張り、逆の乳首もまた同じであった。 感じろ、イケと願って愛撫を繰り返すも、むしろアタナシアの瞳は冷めてさえいた。 不感症であるかのように、詰まらない喜劇でも無理矢理見せられているように。 ぞくりと恐怖さえその瞳に感じて、愛撫の手は止まり唇から乳首も離れていく。「ちっ、こんなものか……」「アタナシアさん?」「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。大気よ、水よ、白霧となれ。彼の者らに一時の安息を。眠りの霧」「アタナァ」 アタナシアの指先に白い光が灯り、弾け飛んでは小さな霧となってむつきに降りかかった。 その霧は睡眠薬であるかのように、吸い込んだそばから急激な睡魔をむつきに強いた。 崩れ落ちるようにして、そばにあったビール缶を巻き込んで倒れこんだ。 カンカンと跳ねる缶が煩く、次の瞬間にはそれが氷の中に閉ざされ止った。「私とした事が……」「マスター、おつまみを」「もう必要ない、いらん」 乱暴に髪をかき上げては、おつまみを持参した絡繰を退けるように言葉を投げつける。 いや、むしろ苛立ちを誤魔化すように、お皿を手に持ち流し込むように口に放り込んだ。 怪しげな美女の姿をかなぐり捨て、改めてラッパ飲みしたワインで全てを押し流す。 僅かだが満ちる力を実感しながらも、満月による力の増大を感じても何も満たされない。 この十五年、光の中で生きて、そこで生まれた友を得て親しい者も幾ばくかできた。 だが結局は、闇の世界でしか生きられない本質は変わらない。 ネットの海の向こうで嘲ったプロ棋士の言う通りであった。 幾ら闇の世界で最強だなんだと誇っても、公である光の世界に出られずにいる臆病者。 現在と過去、六百年も経った今、向こうは無理でもこちらならやりようはあったはずだ。 近右衛門があれこれ手を尽くしてくれたが、冗談じゃないと全てを拒んできた。「私とした事が、少し光にあてられたらしい。毎日笑いで満たされ、仲間と今を共有し、偶の休みに愛を育みあう」「マスター?」「過去には私の手を引いてくれた者も居た。だが皆、諦める。憎くはない、仕方がない。生に限りのある人間にはそれが限界なんだ」 両足の膝を引き寄せ、顔を埋めては誰にも見せぬようにして緩んだ涙腺を耐える。「ナギ、やっぱり私は貴様じゃないと駄目なんだ。規格外の大馬鹿、世界の真理すら馬鹿野郎の一言で殴り倒す貴様でなければ。何故、死んだのだ」 アタナシアがついに嗚咽をもらし、絡繰はおろおろとするだけでかける言葉もない。 だが一人だけ、アタナシアの嗚咽に反応する者がいた。 震えるように腕を動かすだけ、それも僅かに数センチ、だが届いた。「こいつ!」 嗚咽を漏らしていたアタナシアの長くて綺麗な金髪の一房を握る事ができた。 手の中でくにくにと弾力のある艶やかな髪を弄び、さらなる覚醒を促がしていく。 瞼どころか目玉まで落ちそうな程に睡魔がきついが。 ぐっと腹に力を込め、腕を体の下に差し込んでは頭を持ち上げ、素早く手放した。 当然、腕に支えられていたむつきの体は重力に引かれるままに落ちていった。「はっ?」 ガンッと思い切り床に額を打ち付け、のろのろと痛みを訴え転がり始める。 何をしているんだこいつはと、とりあえずアタナシアの嗚咽は止まっていた。 例えそれが、滑稽なむつきの姿であろうとだ。 一頻り転がったむつきは、膝を殴っては鞭打ち、時に顔面を自分で殴り立ち上がっていく。 そんな姿をかつて、アタナシアは見た事があった。 酸を生み出す魔法で不覚にも腕を焼かれた時、死の恐怖に飲まれながら立ち上がったむつき。 その時彼はどんな理由で立ち上がったのか、その時自分は彼の生徒であった。 ならば、今は、何が理由で。「ようやく分かった。俺、頭悪すぎ。んがっ、マジで眠い。マクダウェルか、俺は!」「あぁ?」 暗にちびっ子と言って、少しばかりアタナシアの機嫌を損ねつつ。 ガンガンと柱に頭をぶつけて眠気を飛ばし、もちろん失敗したが。 睡魔に痛みが加わり余計に頭がふらふらしていた。「恋人が死んでやけっぱちの女の子に、性欲だけのほれ感じろ、やれイケってなそっけない愛撫で気持ち良くなって貰えるかってんだ」「先生、あまりご無理を」「絡繰、中学生……子供の時間はもう終わりだ。さっさとマクダウェルの添い寝にいけ。これからは大人の時間、俺はアタナシアさんと子作りするから」 ほら行けと絡繰のお尻を蹴り飛ばそうとして空振りこけた。 心配そうに駆け寄ろうとした絡繰へと、大丈夫と手を振って兎に角、アキラの部屋に向かわせる。 それから這ってでもむつきはアタナシアの元へいって、見上げるように彼女を見た。 涙で潤んだ大きな瞳に、無造作に手櫛を通したせいで髪も乱れ、ちょっとだけ鼻水も出ている。 絶世の美女、クレオパトラも真っ青の彼女だが、今はちゃんと見えた。「美女じゃなくて、女の子。見た目よりちょっと小さい女の子が泣いてる。アタナシアさん、俺にもう一度だけチャンスをくれ。ぶっちゃけ、俺にアンタを救う手立てはない」「貴様、あほか。茶番劇ならガキ共とだけにしろ。チャンスもクソも、さっきのはちょっとした火遊びだ。一夜のちょっとした過ちだ」「けど、その一夜の過ち。数時間の一夜だけなら、アンタを救える。ナギって男を忘れさせてやれる。俺を信じろ、アタナシア!」「今まで私を救うと豪語した者はたくさんいた。だがその誰もが失敗した、挫折した。だが貴様はなんだ、最初から挫折して、でも一夜だけならだと」 アタナシアが耐えられんと噴き出し、けらけらと大笑いを始めた。 妖艶な美女としてはなく、むつきの言う通り見た目よりちょっと小さな女の子のように。 お腹を押さえて髪を振り乱し、息が出来んと愛撫しても出なかった喘ぎさえ出た。 少々、意味が異なるが文字としては同じだ。 笑いのツボに上手く入ったようで、ひいひいと笑い続けていた。「確かに、数時間なら貴様程度でもできるかもな。あーっ、笑った。なんというハードルの低さ、志の低さ。ここまで来ると、いっそ清々しい。こういうタイプの馬鹿もいるのか」「いるんだよ、それが。言っておくが、俺は姉ちゃんを守る為の喧嘩じゃ負けた事は一度もねえ。だけど、その姉ちゃんも自分を守ってくれる男をちゃんと見つけた」「あー、神多羅木の事か。こっちの住人だが、まあ悪い男ではない。少々間の抜けたのんびり屋の面もあるが。女一人ぐらい、タバコ一本吸う間に助けられる。で?」「最近、そのお姉ちゃんパワーの向け先がねえんだ。だから、そのパワーでアタナシアを守る。ナギって男との喧嘩にも負けねえ。一夜だけだが、ぶん殴ってでもお前の心の中から追い出してやる」 やれやれと溜息をつくように、アタナシアは仕方がないなとむつきの額に触れた。 ぽっと青白い光が灯った瞬間、半ば虚ろだったむつきの瞳に光がもどっていく。 二重、三重に見えていたアタナシアの顔がはっきりと確認する事さえできた。 相変わらず打ち付けた頭やその他はジンジンと痛みを訴えていたが、それはそれ。「あれ、眠気が吹っ飛んだ。愛の力?」「たわけ」 デコピン一発で、絡繰がそっと開けた管理人室へと吹き飛ばされた。 誰かが予め敷いておいてくれた布団の上に転がり込んだ。「茶々丸、今日はもう休め。これからは大人の時間、だそうだ」「はい、了解しました。マスター」 そう微笑んで絡繰を見送り、アタナシアは二人きりになる為に管理人室の襖を閉じた。 -後書き-ども、えなりんです。最近セックスのし過ぎで起こられた主人公。なのに、その日に浮気とか駄目すぎるwエヴァとの関係は基本こんな感じになります。まだ未定ですが、もしかすると主人公は一生エヴァ=アタナシアを知らない感じかもです。しかし、アタナシアの意味を知る人から見たら凄い変なのだろうか。不死、不死って呼びかけてるみたいなもんだろうし。意味を知らなければ普通の名前に感じちゃいますけど。それでは次回は土曜日です。またも、コメディチックなエロ回です。