第六十三話 言いたい事があるなら言った方が良いぞ? 昨晩、はたまた今朝と言った方が正しいか。 旅行当日になっても燃え上がった情愛は止まらず、むつきとアタナシアは逢瀬を楽しんだ。 美砂達と違い、何時会えるのか解らないといった点もそんな無茶の後押しをした。 何時寝入ったのかも分からず、指定した覚えのない携帯電話の目覚ましに起こされる。 掛け布団はタオルケット一枚で、捲る必要もなく手を伸ばす。 現在時刻は午前四時、旅行の集合時間は午前五時に女子中等部の校庭にである。「か、体重てぇ。アタナシア、さよ……て、あれ?」 全然寝た気がしない重い体に鞭打ち、起こそうとしたら二人が居なかった。 また知らぬうちに帰ってしまったのか、布団を共にしているのはエヴァだけだ。 お姉ちゃん恋しさにまた潜り込んだかと、ふにふに丸い頬を突く。 するとあむっと赤ちゃんがするように指先を口に含まれ、ちゅうちゅう吸われた。 ちくちくするのは八重歯か何かか、可愛い子猫だことと逆の手で頭を撫でる。 子猫はそのままふにゃりと赤子のような無邪気な笑みを見せた。「アタナシアは手を出しても良いって言ったけど、キスしたいかって言われると。うーん、解らん。可愛いけど、妹的な」 しゃぶられた指を抜いてその辺で拭いて、うりうりと頬を突いた。 今度はかぷりとされたも避けて、またうりうりと。 すると獲物を連続で逃し、悔しげに唸り拗ねるようにむずがった。「うぅん、んぁ。むつき?」「おはよう、エヴァ。お姉ちゃんは、さよと一緒に帰ったみたいだぞ。それと眠いけど起きような。お待ちかねの旅行だ。外もしっかり晴れてるみたいだ」 自身がまず起きて、さあ起きろと体を起こさせたがそのままだらんと。 寝た子はまだまだ目元が怪しく、起きる気配は殆どなかった。 さすがに午前四時はこの子にとってはまだまだ夜中といったところなのか。「まだ眠い。むつき、ちゅう」「ちゅう? ああ、キスか。お休みのキスか?」「違う、恋人のちゅう」「恋人か、このおませさん。俺、お前の姉ちゃんと恋人、みたいなもんだけど。エヴァは俺の事が好きなのか?」 ひょっとしてこれまでも影では、姉に対して妬いていたのか。 実は布団に潜り込んできていたのも、姉を恋しがったのではなく精一杯の反抗だったりして。 せめて好きなら応えようもあるのだが、まずはやはりそこをハッキリして欲しかった。 眠たげなエヴァを可愛そうだがゆらゆら揺すり、おーいと答えを求める。 困ったように髪の毛と同じ色の眉毛を八の字に傾け、うつらうつらしていたエヴァがおき始めた。 とろんとしたいた瞳にも意識の光が灯り、ハッと我に返ったようにぱっちりと。 そして次の瞬間、むつきの体が走る車のタイヤもびっくりな速度で回転し引っくり返った。「貴様人が寝ぼけている事を良い事に、何を言わせようと。か、勘違いするなよ。貴様が私に惚れているのだ。この、この!」「なるほど、竜宮城の魔力で色々と勘違いしちゃったのね。うんうん、俺も好きだよエヴァ。ほら、おはようのちゅう。はい、起っきようね」 足蹴にされながらなんとか近付き、真っ赤なエヴァのおでこにそっとキスをする。「ああ、しまった。ついうっかり、チャンスだったのに。違う、す。誰が好きか、この野郎!」 慌てて訂正しようとするも、意地っ張りが突然直るはずもなく。 またしてもくるりとむつきは布団の上で宙返りさせられる始末だ。 だがこれもやんちゃな義妹の愛かと、エヴァが欲しかった方向からさらに遠く。 携帯の時計を見ると四時十五分と、そろそろ本気で準備にかからねばならない。 構って欲しがりなエヴァを片腕であやしつつ、むつきは少し声を大きくした。「おーい、絡繰」「はい、ここに」 何処にいるか解らないのでとりあえず呼んだのだが、まさか襖の向こうにいるとは思わず。 すっと開けられた襖の向こうに、制服に着替え正座で待機していた絡繰に驚いた。 ただ何故だろう、絡繰は片手をスカートの奥に忍ばせ、じーっとむつきとエヴァを見ている。「絡繰君、君は一体何をしているのかね?」「布団の上で戯れるマスターと先生を撮影していました。オナニースタイルは、盗撮時のマナーと学習しております。あっ、お気になさらず続きを枯れ果てるまで、どうぞ」 ここにも悪い意味で竜宮城の影響を受けた可愛そうな子が一人。 と言うか、さり気にこの子は撮影だとか言わなかっただろうか。「このばかロボ、撮影するな。誰にも見せるな。葉加瀬にも超にもだ!」「しかし、メンテ中に記憶領域を」「うるさい、うるさい。巻いてやる、こうして。こうしてやる!」「絡繰、お前ゼンマイ式だったのか。最新式のくせに、なんだそれ」 茶々丸を蹴倒したエヴァが、何処からか取り出したゼンマイを後頭部に挿した。 そのままキリキリと、小さな手で一生懸命巻き始める。「ああ、マスター。そんなに巻いては、らめえひぎぃ」「なんたる棒読み、舐めているのかこの私を。おい、むつき手伝え!」「ちょっとだけだぞ、本当に準備しないと。これで良いのか、よいせ」「ぁっ」 むつきが一緒にゼンマイを巻くと、棒読みは何処へやら妙に艶かしい声が絡繰から漏れる。 絡繰自身、それには驚いているようで口元を押さえて固まっていた。 当然、先程まで一人騒いでいたエヴァも、ただ直ぐににやりと悪い笑みを浮かべる。 自分の手を包んでいたむつきの手から逃れ、逆に自分がむつきの手に触れるようにしてゼンマイを巻く。「はっはっは、私を舐めるからだ。おい、むつきお前は心を込めろ。どうだ、茶々丸。ここか、ここがええのんか!」「心を込めてゼンマイを巻くとか。何プレイよ。まあ、いいか。五分だけだぞ。絡繰、もう一回お前の可愛い声を聞かせてくれ。ほら、気持ち良いか」「やめ、マス。ぁっ、先生ぇ。んぅっ、だ、だめぇ!」 世界初、ゼンマイを巻かれ喘ぐガイノイドを巻き巻きと責め立て始める。 その結果、三人は集合にちょっと遅刻する事になった。 絡繰が予め荷物をまとめておいてくれたからちょっとで済んだのだが。 それがなければ、置いていかれても文句が言えなかった事であろう。 むつきやエヴァのせいで旅行早々にスケジュールは五分遅れとなった。 先に見送りとして来ていた新田や二ノ宮にお小言を言われたぐらいである。 特に二ノ宮には、何故私に引率を頼まなかったとお高いお土産を色々と要求された。 遅れはしたが、公共の交通機関を使用するわけではないので特に問題はない。 この日の為に超と葉加瀬が丹精込めて造り上げた超包子特性のバスだ。 電車をバスに仕立てたそうだが、外観上は一両の路面電車にしか見えない。 おかげで生徒達も今は見慣れたそれより、お喋りに夢中であった。 ただ十日で日本を横断できるはずもなく、色々と秘密が盛り込まれているのだろう。「見るからに、普通の電車だな」「魔力的なものは何も感じられませんね。さすが、超鈴音といったところでしょうか」 電車に興味心身に触れたりしているのは、黒いスーツ姿の神多羅木とワイシャツに白の上着、濃紺のタイトスカートと同じくスーツ姿の刀子である。 二人共引率なのだから、当然として。 麻帆良女子中の二年A組の催しなのに、高等部の教師二人とはこれいかに。 むつきの色々な意味で親しい人だからと言う事もあるだろうが。「二人共、学園長もいらっしゃいましたし。始めましょうか、ところで。姉ちゃんはいないんですか?」「ああ、北海道から降る途中で一度東京に寄って拾う予定だ。この時期、あまり長くは喫茶店のウェイトレスを休めないらしい」「けっ、幸せそうに。学園長、こちらへどうぞ」「うむ……気にせんでええよ。というか、刀子君。君の気が怖いのじゃが」 多少やさぐれ唾を吐くマネをした刀子に対し、学園長がびくびくと進み出た。 何処へとは、当然の事ながら校庭に集るA組の面々の前にである。 普段のこの時間は、さすがに静まり返っているはずの中等部の校庭は現在大賑わいだ。 一応、学校公認の旅行なので現在は全員制服姿だが。 整列こそしているが旅行バッグに座ったりと、わいわいお喋り中であった。 その話題の中心は旅行かと思いきや、ずっと病気で休学していたさよである。 きちんと学校指定の制服を身に纏い、皆のパワーに押されながら仲良くしていた。 何故かその姿をほろりと涙を零しそうに学園長が見ていたのは謎だが。「おーい、お前等静かにしろ。出発前に、色々と骨を折ってくださった学園長の挨拶だ」「皆さん、お静かに。お喋りはバスの中でもできますわ」 ぱんぱんとむつきが手を叩くと、雪広も協力して皆を静めてくれた。 早くもテンションは振り切れ気味で少し普段より時間を掛けて静かになっていく。 それから改めてどうぞとむつきが、学園長へと丁寧にお辞儀をして促がした。「ごほん、あー」「あっ、お爺ちゃん。これ使ってや」「おお、すまんな木乃香。マイ、クじゃないのう」「やん、間違えてもうた。せっちゃん、お爺ちゃんが怒るぅ」 一体、近衛の中での学園長の評価はどうなっているのか。 喋る直前で渡したのはマイクではなく、トンカチであった。 明らかにわざと渡したそれで長話は厳禁とまさに見えない釘を刺し、自分は堂々と桜咲に抱きついて甘えていた。 ある意味で学園長の孫らしい、強かな性格である。「生徒の為に骨を折るのは教師の本分じゃ。楽しんで来るように。乙姫君、頼んだぞ。神多羅木君も刀子君もな。以上」「はい、学園長の素晴らしいお言葉でした。お前等、拍手。拍手!」 せめてそれぐらいしろと、やや語尾を強めて拍手しなさいと強制した。 パチパチパチとまばらなのは、三十人程度だからだと信じたい。 止めてもっとして、特に俺の教師生活の為にとむつきも混ざって必死に拍手した。 その必死さが伝わったのか、ちょっと悪い事をしたかなと近衛がまた動く。 しゅんとして背を向けた学園長へと、うしろから飛びつくように抱きついたのだ。「お爺ちゃん、行ってくるえ。もう、特に暑い日は長話したらあかんえ。お土産一杯、買ってきてお話もしたるから。お仕事頑張ってな?」「おうおう、木乃香。お爺ちゃん頑張るぞ。刹那君と仲良うな。皆も木乃香の事をよろしゅう頼むぞ。行ってらっしゃい、孫達や」 わあっと、先程のまばらな拍手とは違う、心からの拍手が今度こそ送られた。 なんというか以前のむつきと少し被るような。 学園長という殻を脱ぎ捨て一人の老人として、孫達を見守った方が評価が高かったようだ。「学園長行って来ます。足りなかった旅費は夏休み中のバイトで返します!」 近衛とは別の意味で孫同然の神楽坂がまず、声を高らかにそう言った。「私もお土産買ってくるから、お爺ちゃん!」「よおし、一番学園長が喜ぶお土産買ってくるか勝負だにゃあ!」「それ、木乃香の圧勝やないん?」「悦び過ぎて心臓麻痺を起こさないよう覚悟するです!」 続き同じバカレンジャーの佐々木がお爺ちゃんと呼び、明石がお土産勝負を言い出した。 亜子の言う通り近衛の圧勝は目に見えていたが、それはそれ。 楽しければ、そのファクターであれば良いと鳴滝姉も乗り気であった。 次々に生徒からお爺ちゃんと呼ばれ、もはや学園長は涙腺が崩壊中である。 さすがに、麻帆良人気投票で歴代の生徒の票を集め総合の部で三位を取ったのは伊達ではない。 ちょっと足元が危うくさえあり、つきそいのしずなに手を取られていた。「さて、出発前にまず記念写真か。朝倉、カメラ。俺が撮るから、刀子さんと神多羅木先生も入って、入って」「副担任のお前が入らずにどうする、俺が」「はい、そこでちょっと待つネ。順番が違ったが、今回のバスの運転手を紹介するヨ。我が科学技術の粋を凝らしたアンドロイドの田中さんネ」 そう小鈴が手を向け紹介したのは、超包子の電車に向かってである。 窓にスモークが張られた運転席のドアを開け、のそりとその田中さんが姿を現した。 むつきは既に彼ら達に一度会っているので驚きはしなかったが。 朝倉も顔負けのパイナップルの葉のような長いツンツンの白髪が飛び跳ねている。 おでこが出ているのでやや面長に見る顔には黒のサングラス。 多少神多羅木と被る部分もあるが、兎に角大きなガタイが被っているとは思わせない。 百九十は軽く超えそうな体躯はこの暑い時期に関わらず、皮のジャンバーとズボンに包まれている。 誰もが思った、言うぞ、さあ言うぞと。 その思いが通じたかのように、田中さんが空気を読んで腕を挙げ拳の親指を立てた。「I'll be back」 さらに著作権はどうなっているのか、声はあの有名映画の吹き替えの人だ。「言った。言うと思った、ターミネーターだ。リアルターミネーター!」「凄い凄い、ハイタッチ。ハイタッチして!」「High five. OK. Give me five」 早乙女が特に大喜びし、早速と椎名がハイタッチを求めていた。 英語で言われ一瞬椎名は小首を傾げたが、そこは田中さんが手をあげる。「Up high, down low, too slow」「はは、桜子避けられた。お約束、ちょっとマジ凄いんですけど」「超りんこの人、英語しか喋れないの?」 上でパチンと一回、次は下でと手をさげられたがそこはお約束。 桜子が下でもパチンとしようとして避けられ、指を指して釘宮が笑っていた。 だが登場からずっと英語で、楽しいけど不便そうと美砂が小鈴に尋ねる。「いや、日本語喋れますけど。どーも、毎度おおきに。もうかりまっか、ぼちぼちでんな」「日本語覚えたばっかの外国人。テンプレ、テンプレ!」 もはや何処まで生徒の心を掴めば良いのか、千雨が笑いすぎで呼吸困難さえ起こしていた。 これにはつい先程、感動を頂いた学園長も、むつきさえも嫉妬せずにはいられない。 映画とかでロボットに仕事が奪われると、ストライキを起こす人の気持ちが良く解る。 そして先生とは別途、生徒の中でも嫉妬の炎をちらりと燃やした者が一人。「くっ、弟のくせに」「茶々丸、アイツの方が流暢に喋ってないか? ユーモラスもあるし」「マ、マスター!? わ、私の方が、きっとえっと、そう強いです!」 ガイノイドとアンドロイドの力量勝負で、突然強さに移行するのはどうだろうか。 もっと他に介護とか食事の作り方とか、勝負どころは色々とあるのだろうに。 あっさり興味も奪われ、エヴァはビーム出すかなとかわくわくしていた。 ビームぐらい私もと、絡繰が空へと向けて撃ったは良いが、誰一人として喜ばれるどころか見ても貰えず。 さすがに可哀想なので、凄い凄いとむつきは頭に手をぽんぽん置いてやった。 ただ髪の毛が放熱中で少し熱かったが。 そして皆にわいわい詰め寄られ、空にビームを撃ち放った田中さんにカメラを渡す。「田中さん、悪いけど集合写真頼むよ。使い方解るか?」「OK. Boss」 朝倉のデジカメを受け取った田中さんが、何故かむつきの事をそう呼んだ。 もしかすると先日、大掃除をした時に一度会っているのかもしれない。 田中さんは量産型なので、なかなか見分けが付き辛いから解らなかった。 後日小鈴に頼み多少見分けを付かせ、きちんと田中や佐藤と呼び分ける事を提案しよう。「はい、皆さん真ん中に寄って。小さい子は前に、少し大きい子は前屈み。特に龍宮さん。屈んで胸を強調すると、Goooood!」「おい、超。さりげにセクハラされたんだが」「おかしいネ。そんなプログラム組み込んだ覚えは」「すまん、それ仕込んだの俺。相手がガイノイド、絡繰の妹達でも女の子には優しくって教えている間に脱線して」 アンドロイドとはいえ、ひかげ荘で数少ない男だったので楽しく喋りたかったのだ。 恋人とセックスフレンド以外はNGとばかりに、アキラにお尻をこっそり抓られた。 他にやるじゃん先生とばかりに、春日にわき腹をつつかれもしつつ。 そんなむつきの居場所は後ろの何故か中央。 刀子と神多羅木は多少遠慮して列の両サイド後ろに立っていた。 全員が満面の笑みでピースサインなどをしつつ、田中さんがお決まりの台詞を言った。「一足す一は?」 誰がどう答えたかは、ご想像にお任せしつつ。 二年A組の特別修学旅行の幕はあがった。 超包子の電車は現在、日本上空を飛んでいた。 決して比喩ではなく、麻帆良女子中等部のグラウンドからジェット噴射で上空に。 それから翼を生やして一路北海道へと北へと向けて一直線であった。 ただ一両の電車とはいえ超包子の車両は普通のものに比べやや小型。 屋根に飛行船でも着ければ飛びそうで、羽根とシェット噴射で飛んでもおかしくはない。 普通はもっと突っ込みを受けそうだが、車内はもっと驚きが待っていたからである。「先生、はい一枚どうぞ。そうしていると、本当のご兄妹みたいですね」 妹とは、胡坐をかいたむつきの膝の上でうつらうつらとしているエヴァであった。 バランスを崩してこてんといかないよう、時折顎で頭をこっちと揺らす方向を指定したりする。「まかり間違えば、義妹の可能性もあるからな。これ、と。あちゃあババか。那波?」 超包子の車両内にて数人で集ってババ抜き中である。 順番は時計回りに、むつきの一つ前は那波でありババをつかまされたは良いが。 一瞬あの黒い覇気が漏れ、いけないっと繕いうふふと那波が笑う。 突っ込むまいと、ぷるぷる震えていた村上へとトランプを扇状にして見せた。「うーん、ババが一枚。ちづ姉、ゲームの話ね?」「あら、他に何があるのかしら夏美ちゃん?」「なんだろうね。はは、それにしても本当に凄いよね超さんの科学技術。超包子の小さな電車の中がどうしてこんなに広いんだろう」 那波の覇気に気圧されつつ、話題よ変われとばかりに村上が話を振った。 日本の空を縦断して行く超包子の車両は一台、だがその中は広かったのだ。 入って直ぐは全員が雑魚寝できそうなぐらいの広さで、そこから更に部屋が幾つか。 空間を無理矢理広げたうんたらと、四次元とドラえもんの世界に突入したので詳しい説明は全員で辞退した。 各先生、後で合流予定のむつみを含む個室に、四つの班に分けられた各生徒達の部屋まである。 班が四つなのは引率者が四人であり、むつみが合流するまでは田中さんがソレを勤める予定であった。 むつみ合流後は田中さんは運転手兼、警備員にもどる。 もちろん窓もあり夏の青い空と白い雲が流れていく光景が良く見えた。 さすがに高度があるので高所恐怖症の人の為に、窓が見えなくなる眼鏡も配られる気の配りようだ。 高所恐怖症と言うわけではないが怖いと言う事で村上は眼鏡をしている。「これ、よしセーフだ」「まあまだゲーム序盤で確率甘いからな。むしろ一発で引いた俺って」「先生、運悪すぎなんじゃ。はい、龍宮さん」「ふふ、村上。私が欲しいカードはこれだ。はい、揃った」 まるでカードが透けて見えるかのように、宣言通り龍宮が引いたカードをペアにしてそのまま捨てた。 そして次にカードを引くのは、なにやら龍宮と因縁めいた雰囲気を見せる長瀬である。 普段こういう場合、長瀬は双子の保護者役なのだが。 田中さんに色々と触発された絡繰が、双子の手を取りメリーゴーランドとばかりに振り回していた。 弟に負けるわけにはと本人は必死だが、きゃっきゃと双子も喜んでいるので良いだろう。「さて、決着をつける時が来たか楓」「さて、ババからっと。飛行機内で銃は厳禁でござるよ?」「勘違いするな、撃つのはお前じゃない」 パンッとモデルガンで龍宮が撃ったのは彼女の頭上にある糸で釣られた鏡であった。 綺麗に糸を打ち抜き、落ちてきたそれを手で受け止めふふんと笑う。 長瀬もむむむと唸ったがまだ何か仕掛けを施してあるような微笑を僅かに浮かべた。 二人してにやりと笑みを浮かべ、これまた同時にむつきにごつんと拳骨を落とされる。 それからむつきは何よりもまず、龍宮が持っていたモデルガンを取り上げた。「龍宮、危ないもん持ってくんな。誰かに当たったらどうする。長瀬もゲームでずるすんな。長瀬兎に角、一枚引け。お前等の間に俺が入る」 長瀬が仕方なしとてきとうに龍宮のカードから一枚引いてひくっとひきつる。 どうやらペアを作る事には失敗したようで、今のうちにと龍宮とむつきは席を代わった。 次は春日が引く番で、気付いてみればむつきと交流の薄い面々が集っていた。 春日の次はザジであり、その次は那波で一周である。「ねえ、先生。班決めだけど、もう一度話し合わない? できればあっしを別の班に」 長瀬のカードを引きながら、何故か酷く卑屈げに春日がそう言い出した。 一応、勝手にこちらでというか、神多羅木や刀子とも話し合った班で反対意見は特になかったはずだが。 二班が何故か一人少ないが、そこまで拘るような硬い旅行でもない。 それにしても皆の前では何か言い出しにくい事でもあったのか。 ちなみに班分けは以下である。 一斑の引率はむつきで、班長が美砂、アキラ、夕映、小鈴、亜子、千雨、あやかにさよだ。 二班の引率は刀子で班長が神楽坂他に近衛、桜咲、古菲、春日、長瀬、龍宮である。 春日の事情はさておいて、 三班の引率はむつみと田中さんで、班長を那波にし村上、鳴滝風香、鳴滝史伽、四葉、葉加瀬、エヴァ、絡繰であった。 最後の四班は神多羅木が引率で、班長が明石、佐々木、椎名、釘宮、早乙女、宮崎、朝倉、ザジだ。 一部不安なのは最後の四班の宮崎ぐらいだが、特に反対意見はなかった。 鈴宮のたっくんとどうなったか不明だが、教師相手ならまだ拒絶反応はないらしい。 いや、エヴァが一斑に入れろと言ったが、含みのある班なので別途。 葉加瀬や四葉だって別なのだからと、結局膝の上で妥協させるのに苦労した。 それで春日の不安とはなんぞやと、改めて聞こうとしたのだが。「へっへ、それがですね旦那ぅっ!」 突然首でも絞められたように、春日があうあうと言葉を詰まらせていた。 細い細い糸は殆どの者に見咎められず、春日の首を絞めている。 ピンッ、ピンッと弾かれ糸電話のように振動で、明かせば殺すと殺意を伝えられた。 だらだらと春日が妙な汗を掻き出し、急になんでもありませんと意見を引っ込めてしまった。「おい、春日。どうした? 言いたい事があるなら言った方が良いぞ?」「な、なんでもないでやんす。ほ、他にも殺意が。死ぬ、京都に辿り着く前に死ぬッス」 突然泣き出した春日にとりあえず元気出せと懐から出したお菓子を恵んでやる。 集合場所に向かう途中で、立ち寄ったコンビ二で急いでてきとうに買ったものだ。 ありがてえ、ありがてえと春日に拝まれたが、当然一人だけとはずるいと視線が。 仕方がないので一番の奴の商品なと詰まれた捨て札の上にお菓子を放った。「さて、生徒と遊ぶのも良いが」 一応は引率なので、監視の目を怠るわけにもいかない。 基本的に個室は寝るときだけで、特別な理由はない限りは広間にいろと言ってある。 特にこれまで触れ合う機会のなかった得に神多羅木がどうしていることか。 ところが心配は無用とばかりに、神多羅木は落ち着いたものであった。 美砂やアキラ、他に恋愛に興味のある宮崎や神楽坂とむつみとの恋を問い正されていた。 本人も満更ではないように、火のないタバコをふかしつつ答えている。「普段、大人はどういうところでデートするんですか? やっぱり、先生もむつみさんに癒されたりするんですか。特に後者を詳しく!」「無用な意地なのかもしれないが、男は簡単に他人に弱みを見せるわけにも、弱気を吐くわけにもいけない。だがどうしても耐えられない時、そっとそばにいられたらな」「それでそれで、しっぽり慰めあたっ」「子供にはまだ早い。そういう恋愛は大人になってからだ。俺は憧れだけで突っ走る恋も悪いもんじゃないと思う。頑張れ、神楽坂。相手は手強いぞ」「明日菜、どこまでその話広がってるんだろ」 エロイ質問をしては美砂がデコピンされ、高等部の教師にまでバレてるとアキラが苦笑いしていた。 ただ神楽坂は憧れだけも悪くないという意見に、思い悩んでいる。 むつきのはしゃがず支えろという意見と間逆だからだ。 一体どちらが正しいのか、あるはずのない答えを探して今日も恋に忙しい。 宮崎も誰を相手に夢想しているのか、顔を赤くしながらうんうん頷いている。 一方刀子はというと、元々夏祭りでも引率経験があるので良くも悪くも馴染んでいた。「いやぁ、ごめんね葛葉先生この前は。お詫びに、先生とのイチャイチャ場面のスケッチあげる」「貴方には一度、教師という相手への敬意を。それに誰がそんな……貴方、凄く絵が上手いわね、これは中々の。今からでも記憶を探って描けるかしら」 ばんばんと失礼にも肩を叩かれながら早乙女に謝罪され、少し青筋が浮いていた。 だがそれも早乙女のエロエロスケッチを見るまでであった。 浴衣を乱し、後ろからむつきに抱えられ貫かれた姿が克明にスケッチされている。 まだ想いの残り火が燻っているようで、怒りも霧散し食い入るように見ていた。 あの日の思い出にと当時の浴衣の自分とむつきを依頼し始める。 さらにカラーでポートレートっぽくと、残り火どころかまだ燃えているようにさえ。 近衛や桜咲、亜子や千雨もこのグループで、おおエロイエロイと一緒に見ていた。「大輪の一輪挿しだな。おい、お前らその覚悟はあるか。先生に一輪挿しされる」「うーん、うちはまだないえ。せっちゃんといたいだけやし。でもお爺ちゃん、次々にお見合い勧めてくるし。防波堤、は無理やな。先生首になってまう」「お嬢様との二輪挿しなら、極普通の相手であれば特にこだわりは」「そらあかんな。先生、好意のないドライなの嫌いやし。セックスフレンドにもある程度そういうの求めるし。長谷川、うちらどないする。何時頃、一輪挿しされる?」 今の二人の自分本位な考えが抜けないうちは、無理だなっと千雨と亜子が笑う。 それよりと、周りや刀子に聞こえないように自分達はと相談だ。 特に亜子はちゃんとむつきに告白しており、あとはタイミングだけである。 実はこの旅行中にはと心に秘めており、ついに残り一穴を奪って貰うつもりであった。 そんな事はつゆ知らず、むつきは全員楽しそうでなによりと笑っていた。 教師の周りにいない子もそれぞれグループを作ってカードゲームをしたりしている。 全員仲が良くて何よりだと笑い、龍宮に先生の番だと突かれゲームに戻った。 まるで寮ごと移動するかのように超包子の電車は一路北海道、稚内へと向かっていく。-後書き-ども、えなりんです。麻帆良祭以降、扱いの悪かった学園長をちょっと修正入れました。ずっと犯罪者扱いなのもね。ただ、ひかげ荘に襲撃命令かけといて素知らぬ顔で、やはり面の皮は厚かったり。さて、ひかげ荘の二部ですが大半はこの旅行話になります。普段教室ではなかなかむつきと縁のなかった子と交流したり。相変わらず嫁とエッチしたり、最後まで気づかないけど魔法側に巻き込まれたり。そんなお話となります。それでは次回は水曜です。