第六十四話 楽しむ気満々じゃねえか 本来、日本一周の旅をするならば所在住所から出発し、海沿いをなぞって一周だろう。 もちろん、北海道を始め大きな県やそもそも海がない県もある。 厳密にはなぞらない時もあるが、概ねそのはずだ。 だから今回の二年A組の旅行は日本一周ではなく、日本縦断と言った方が正しい。 三時間を掛けて八時半頃に北海道の稚内空港へ辿り着いて降りた。 もちろん、自家用ジェットが軽々しく降りられるはずもなく、そこは雪広財閥の力を少し借りてしまった。「ねえ、いいんちょ。確かこういう特別扱いっていうか。お金任せ、嫌いじゃなかったっけ?」「えっ、あの……当然ですわ。今回は、特別です」 神楽坂に正面から尋ねられた時の困ったような微笑が、やけにむつきの心に引っかかっていた。 ただ引率者としてあやか一人に構ってばかりも居られない。 空港に降り立ち、やけに腰の低かったお偉いさんとは通信でお礼を述べた。 雪広財閥になんと言われたのか、こちらが恐縮してしっかり感謝を伝える。 それから超包子の特性路面電車は、車のタイヤを変形機能で取り出し空港を後にした。 残念ながら窓は開けられず北海道の涼しい夏は、まだ直接感じられないが。 生徒達は皆、北海道のそれも最北端に興味深々で窓に張り付いていた。「先生、今から何処行くの。何時、外に出られるのかにゃ!?」「明石、テンション上がり過ぎだ落ち着け。それに修学旅行のしおりとまではいかないが。スケジュール表ぐらい渡したろ。ほら、一旦整列しろ」 さすがに今回ばかりは、むつきがぱんぱんと手を叩いても効果は薄い。 真面目なアキラや近衛辺りは直ぐに集ろうとしたが、他が動かないのだ。 お互いに顔を見合わせごめんと手でむつきに謝り再び窓際へ。 むつきもこれは参ったと、神多羅木や刀子と苦笑いであった。 だからせめて声を大きくして初日のスケジュールを発表した。「今から約二十分後に日本最北端の地で有名な宗谷岬に着く。そこでだいたい一時間だな。それからちょっと早めの昼食、ロシア料理を出す店があるからそこで昼食」「北海道なのにロシア。そうなんだ、知ってたまきちゃん。北海道ってロシアだったんだって」「何時の間に日本が侵略されて、まさにおそロシアだね明日菜」「えっ、何言ってるのこの子達。凄く真面目な顔して」 早速おばかな神楽坂と佐々木がごくりと生唾を飲み込み真面目にボケていた。 普段の彼女達をまだ知らない刀子は、大丈夫なのとむつきに問いかける。 さすがの神多羅木もここまでのと、驚きにサングラスがずり落ちかけていた。 こういう子達なんですと涙ながらに卒業までになんとかしますからと訴える。 一応この二人以外は成績を上げてきた実績がむつきにはあるのだ。「北海道に来てロシア料理ってのもあれだが。昼食後には札幌へ向けて出発。途中、あまり時間は取れないがちょいちょい寄り道はする」「あの先生、聞く限りでは。折角の北海道があまり堪能できない気がしますけれど」「スケジュール表みて薄々気付いてはいたけど、超包子の電車に揺られるだけってのも。全然、それこそ空港に着陸する時も揺れなかったけど」「私もできれば、皆だけじゃなくて北海道ならではの写真取りたいかな。ねえ、先生。今夜は少しサービスするからさ、ねえ良いでしょ?」 那波や村上の意見は最もで、擦り寄ってきた朝倉は手で遠ざける。 寝取られる不安がなくなったからといって、随分とまあ大胆になったものだ。 これがひかげ荘ならばいただきますだが、今は教師としての意識が強い。 強いだけで絶対ではないのだが、それはさておき。「そもそも十日で観光しながら日本縦断ってのが無茶なスケジュールだからな。考えても見ろ、修学旅行だって京都付近を観光するので三日ぐらい使うんだぞ」 確かにと数人には頷かれるが、だからと言って我慢出来るはずもなく。「良いじゃない、夏休みなんだからさ。十日間ってお盆の翌日まででしょ。まだ半月あるからゆっくり観光しようよ先生」「うむ、コレを期に日本中の甘味を制覇というのも悪くない。そうだな、少しぐらい私もサービスしよう。どうだい、先生?」「僕らもサービスするです、というわけで脱いで史伽」「お醤油とってぐらいの軽い気持ちで何を言うですか、まずお姉ちゃんが脱ぎなよ!」 釘宮が子供らしいお気楽なおねだりをし、龍宮までもが余計な事を言い出した。 正直ちょっと食指が動き、あの褐色肌を白く染め上げとも思ったが。 お前が脱げと喧嘩を始めた鳴滝姉妹を引き剥がし、保護者である長瀬に引き渡す。「まだお前らには理解できないだろうけど。俺や刀子さん、神多羅木先生は仕事があるの」 他に神楽坂など、金銭的に余裕のない子もいるのだ。 もちろん、皆の前でそんな事は言わないが、神楽坂は自覚があるのでそれは無理っとむつきに向かって手を振っていた。 さすが勤労少女は、お金というものを他の子よりもちゃんと分かっている。 後は普段、良く自炊をする近衛といった子や、以外に明石もそうであった。 父子家庭なので、もしかすると時々は明石教授の家計簿などを見るか、つけるかしているのかもしれない。「俺も広域指導員や、乙姫や刀子は部活の顧問もな。女の我が侭は大抵が可愛いもんだが、時にぐっと我慢して見せるのも大人の女の魅力の一つだぞ」「大人の女。これは皆さん、我慢のしどころですよ。この我慢で例えば、佐々木さん。貴方の新体操の演技にも妖艶な魅力が一つ」「ほ、本当? じゃあ、私我慢する。先生、私凄く大人っぽい?」「うわあい、佐々木の魅力にめろめろだあ」 妙に食いついた夕映にそそのかされ、佐々木が真っ先に皆に反旗をひるがえす。 かなり棒読みだがむつきがそう言うと、アキラがいるから駄目っとお断りされた。 微妙に納得いかないやり取りだったが、少しずつ我慢するという声が増えていく。 そもそも我慢も何も、彼女達はむつきに連れて行って貰っている立場なのだが。 まだまだ、お世話になる事や、自分の楽しみ以外の相手への思いやりなど学ぶ事は沢山ありそうだ。「ところで、神多羅木先生。先程の台詞、後日に乙姫さんに報告しても?」「別に、それぐらいで俺達は揺るがんさ」「くっ、今に見ていなさい。私も、私も良い男を」 むつきの背後で少し神多羅木と刀子がギスギスし、切ない視線を刀子から受けたが今はスルーしつつ。 六時前後に札幌に着く予定で三時間の自由行動、もちろん班単位である。 見知らぬ地で保護者同伴とは言え、あまり遅くまで行動させられないのだ。 これでも善処した方で、当初の予定は八時と悩み悩んだ末の決断であった。 以降は超包子の車内で零時の消灯まで、車内限定の自由行動。 それで本日の予定は終わりだと、お喋りに忙しい生徒の前でスケジュールの確認を終えた。 スケジュールの確認を終えて殆ど直ぐ、最北端の地である宗谷岬へと到着した。 ここで始めて、全員が麻帆良を発って始めて北海道の地を踏んだ。 今が夏だという事を忘れさせるような涼しさに、すっかり生徒達も静かになった。 真夏の日差しは変わらないはずなのに、どこか陽の光に優しささえ感じられた。 超包子の車両を降りてからずっと、目の前の光景に視線を釘付けにされている。 眼前には麻帆良のある埼玉にはない海が広がり、潮の香りを風が運んできていた。 その風がまた海で冷やされており、つい肌寒ささえ感じてしまう気になった。 水平線を前に異国にでも来たノスタルジックを感じているのか。 小鈴の未来技術のお陰で旅行とは程遠い移動であったが、正にこれが旅である。 などと、むつきもまたノスタルジックな気分に浸っていられたのはここまで。「こ、このちゃん、一緒や。雰囲気は全然ちゃうけど、足元は麻帆良と同じや」「せっちゃん、そこはアスファルトやえ。こっち、北海道の大地はこっちや」「このかさん、そこは立ち入り禁止の芝生。ゆえゆえ、どうしよう」「お、落ち着くです。既に我々は北海道の地に。そのアスファルトも芝生も、言わば北海道産ということに!」 足元にぱたぱた足を叩きつけ、ここだけは同じと桜咲が微笑ましい行動に。 くすくす笑っている近衛も舞い上がりようは同じであるらしい。 ほら違うとこちらでもぱたぱた、ただしそこは人の手が入った芝生だ。 そう注意した宮崎もおろおろとどうして良いか解らない。 助けを求められた夕映も、当然の事実を指摘するだけで有効的な解決策もなく。 ただあるがままの事実、ちょっと頓珍漢な事実でもあったが。「よーし、皆。最北端目指して、競争だ!」「桜子に負けるな、私らも続けぇ!」「最北端、最北端で合体。宗谷岬×オホーツク海とか。くぅ、寒さに負けず萌えてきた!」「ちょっ、お前ら勝手に動くな!」 最北端は貰ったと椎名が飛び出し、負けてなるかと美砂が早乙女が走り出す。 むつきの制止など耳に入らず、駐車場で危険にもわき目も振らずだ 止めて危ないから止めてと、ちょっと涙目で止めるも走り出した子達は止まらない。 むしろ周りを助長させ、私も私もと次々に走り出してしまう。「待つアル!」 そこへ周囲一体へ響く、思わず皆が立ち止まるような声が広がった。 一体誰が、そう思う間もなく特徴的な語尾でそれがわかる。 寧ろお前も走り出す側じゃと思い振り返るが、後ろに古の姿はない。 良く皆を立ち止まらせたと褒めてやりたいのだがいないのだ。 一体何処だ何処だと、立ち止まった椎名達も声の主を探し周囲を見渡した。「あっ、いましたわ。あそこですわ、皆さん!」 あやかがなんて事と指差したのは、宗谷岬でも一般人が立ち入りを許された最北端。 傾き立つ二本の角が先端で融合したかのような日本最北端の地の碑。 その目の前にあろうことか古は既にいたのだ。 そして皆の視線が集った事を確認すると、こほぉっと独特の呼吸を生み出し動く。 体勢は自然体で両腕をだらりと落とし、スッと足を忍ばせるように半歩前へそして叫ぶ。「アイヤ、日本の最北端で崩拳!」 ボッと空気を貫くような音が広がり、周囲の観光客達も一時その足を止めてさえいた。 シンッと静まり返った周囲の中で、照れ照れと古がちょっと赤くなった。 佐々木と似たようなものでやってみたかっただけで、意味はないようだ。 だが素人にもその凄さは伝わったようでパチパチと拍手され、おひねりさえ投げられた。 それで結局のところ、「くーちゃん一人だけずるい、私にもやらせて。日本の最北端で崩拳!」 何一つ状況は変わらず、ムーブメントを作っただけたちが悪かった。 早速と春日が目にも止まらない速さで碑の前まで駆け出した。「超さん、アレはどのような原理で」「古と私は流派が違うから少し違うネ。けれど、基本は同じでこう崩拳!」「こうですか?」「ふむ、面白いな。茶々丸、覚えろ。私も覚えてみるか?」 突然小鈴が崩拳講座をはじめ、どうせやるならと皆が足を止めて見入っていた。 崩拳講座を始めた小鈴と切欠を作った聡美は後で超絶可愛がる。 動きを真似た絡繰やエヴァも、皆の足止めに協力してくれたので同様だ。 兎に角、この場を神多羅木と刀子に一時任せて、古と春日を連れて戻ってくる。 もちろん、潮風に染みるであろう大きなたんこぶを思い切りこさえさせながら。 おひねりもその辺にあった募金箱に纏めて放り込んだ。 それから少ない滞在時間がさらに短くなろうと、構わずにちょっと説教である。「お前ら、頼むから勝手に行動するな。特に駐車場で走るな、この野郎。お願いだから、楽しく旅行したけりゃ公共のルールを守れ」「すみません、アルよ」「正直とばっち、いえ。なんでもないッス。ごめんなさい」 単独行動は厳禁だと、兎にも角にも謝らさせた。「少し、早まったかもしれんな。正直、旅行と結納気分だったんだが。気合をいれんと、こいつはキツイ」「私も、次に単独行動を行った子には一人ぐらい見せしめに」「後ろの二人は気合を入れすぎです。厳しく、だけど萎縮させないよう。繊細なんです、この子らは。普段忘れがちになりますが」 何故かフィンガースナップで手首を暖め始めた神多羅木や、木刀を取り出した刀子もたいがいである。 男子高校生以上の猛者を相手に日々鍛えた技をこの子達に振るうのは止めて欲しい。 こそっと小さな声で注意しつつ、ひとまず超包子の車両の前で整列だ。 夏休み中の旅行とはいえ、学園長が公認として認めた以上は半修学旅行である。 単独行動は許しませんと、二列で綺麗に並ばせ手を繋げさせた。 クラスは三十一人なので一人余ったエヴァの手は、むつきが。 一部から、その手があったかとエヴァを羨む視線が幾つも飛んでいる。 義妹だから許してと、むつきが予定のコースを歩き始めた。 神多羅木と刀子は一番後ろから、逸れたり余所見で迷子が発生しないよう監視であった。 ちなみに、田中さんは車両でお留守番であり、キュッキュとショットガンを磨いていた。 きっと気のせい、もしくは龍宮のと同じモデルガンだと信じたい。 まさに寄らば撃つと言っているようで抑止力としてはありだが、戻ってきたら警察に連行されていたとか止めて欲しかった。「はい、最北端ばかり注目され忘れられがちですが。この人の名前が解る人」 刀を差し、ちょんまげ姿のとある銅像の前で立ち止まり、振り返りながら問いかけた。 もちろん足元には名前が書いてあるのでむつきが立ちふさがり隠す。 うーんとほぼ全員が悩み、さすがに小鈴は解るらしいが聡美やあやかも唸っている。 聡美は科学とは直接関係なく、あやかもちょっと解らないらしい。 この人ではなく、師にあたる人ならきっと半分ぐらいは知っているのであろうが。「ヒント、日本の地図を書いた人です」「ああ、伊能忠敬さんですね。江戸時代の、この方が……思っていたより、若いですね」 むつきのヒントでピンときたらしいのはさよだが、惜しいところだが違う。 それこそがこの人物のお師匠様、日本地図を最初に作った偉い人だ。 ぶっぶーっとむつきが両腕を交差した事で、さよは瞬く間に真っ赤になった。 相坂の訳知り顔の答えに、皆がそうだったのかと頷いていただけに余計にだ。 手を繋いでいた絡繰に、気にしてはいけませんと慰められている。「ほかにいなさそうだし、回答。相坂は惜しかった。この人はその、伊能忠敬のお弟子さんで間宮林蔵さん。宗谷岬周辺の地図を書いた人なんだ」 日本の地図を書いたのは伊能忠敬だが、当然の事ながら一人で全ては不可能だ。 北海道も全ては回れず、特に宗谷の周辺は弟子の間宮林蔵が作図していた。 言わば伊能忠敬の地図の北海道部分は、弟子との合作という事になる。 ただ少し、その偉大さは皆には今一伝わらなかった。 たかだか三時間で麻帆良市のある埼玉から北海道までくればそう思いもするだろう。 電車もない車もない時代に、歩いて北海道を回って衛星もないのに地図を描いたのだ。 まあ、何れわかる時も来るだろうと、テストには出ないが覚えておけよと締めくくる。「むつき先生、普段はああいう授業を素晴らしい」「別に普通に、普通だな」「黙りなさい、神多羅木。殺すわよ」 だからギスギスするなと、最後尾の二人へと止めてと視線でお願いする。 それから今度こそお待ちかねの最北端の地の碑の前にやってきた。 途中、あまりにも特に刀子が一方的にギスギスするので、妹分の桜咲のそばにつけてやった。 最初から狙ったわけではないが、ちょうと列の真ん中辺りなので丁度良いといえば良い。 最北端の碑の前でも同じ観光客の人に頼んで記念写真を。 あまり大人数で長く占拠するのも悪いので、最後に全員で日本の最北端で崩拳っとやった。 全員大笑いで、しばらく古菲の持ちネタになるのかもしれない。 後日テレビで観光客の間で広まり噂になってしまう事をまだむつき達は知らない。 日本の最北端で盛大に笑った後は、少々早めのお昼ご飯であった。 お腹が空いていないという意見もあると思いきや、皆お腹ぺこぺこという様子である。 移動中お菓子や何やら食べてはいたのだが、極度の興奮は彼女達からたくさんのエネルギーを奪っていったらしい。 宗谷岬周辺にあるロシア料理のレストラン、センチメンタルが昼食のお店だ。 三十人越えの大人数なので予約はもちろん、むつきがばっちりしておいた。 あまり大きなお店ではないので、もう貸切の方が迷惑をかけずに済むと借り切った。 店内はシックな雰囲気の為に明かりは少なめに、昼間なのに分厚いカーテンで薄暗く。 その代わりに壁の空白部分、白い壁紙が浮かないよう適度に油絵があった。 モチーフは様々で色とりどりの果実がテーブルに転がる様子や、恐らくはロシアの森を描いたもの。 真っ白なテーブルクロスを被せられた四人掛けのテーブルが所狭しと。 本当にもう、無理を言ってしまって後でむつきは頭をさげっぱなしだろう。「北海道をロシアから取り返さないと。一杯食べて体力つけよ、まきちゃん」「そうだね、明日菜。それにしても良い匂い、おそロシア。おそロシアん」 再び、そんな事を囁きあっていた二人は、はやく席につけとお尻を叩いた。 ちょっとセクハラ気味だが、二人は素直にはーいと返事をしてそれぞれ分かれていった。 班の人数とテーブル掛けの人数が会わないので、兎に角奥から押し込んでいた。 ぺちゃくちゃお喋りは今は止めず、ひいふうみいと点呼である。 ちゃんと三十一人、引率を含めて三十四人全員そろっていた。 油断こそできないが、食べている間は大人しいだろうと一時だけは一安心であった。 それから店主直々のご挨拶をうけた。「日本人だね」「日本やからね」 当然というわけではないが、こそこそとアキラや亜子のように呟いたのが数人。 行く所へ行けばロシア人シェフの店もあったのだが。 引率で忙しい上にロシア人とはと、日本語もできるのだろうが、むつきが避けたのだ。 大人数の若い女の子に食べてもらえると、五十過ぎの店長はそれはもうにこにこと。 ちょっと話が長くなり過ぎ、くうっと誰かがお腹を鳴らすまでお話が続いていた。 その誰かさん、いや数人村上や宮崎、ザジと一部は平然としていたが一部は真っ赤に。 それでようやく長いお話は終わってロシア料理とのご対面であった。「コース料理ですから、まずは前菜。西洋ではオードブルと言いますが、ロシアではザクースキ、単品だとザクースカと言います」 料理が運ばれる前から、四葉がロシア料理の前菜を語り始めた。 他の者からすれば豆知識だが、料理人を目指す彼女にとっては普通の知識だろう。 本人の性質もあってひけらかしであるはずもなく、皆ふんふんと頷いている。 一部、料理を運んでいたウェイターや店主もこの子はできると瞳を大きくしていた。「お嬢ちゃんは詳しいね。それじゃあ、ここで皆にもおじさんからクイズだ。前菜ザクースカの語源はザクシーチって言うんだけど、その意味はなんだろうね?」「前菜じゃないアルか?」「それでは語源とは言えないネ。むしろサクシーチって言う方が自然ヨ。私と五月、あと宮崎サンも知っていそうな感じネ」「はい、以前図書館島で読んだ本に書いてあるのをみました」 仮に麻帆良最強の頭脳である小鈴がいなくとも、このクラスは全員そろえば完璧なのではないのだろうか。 まさか三人も知っているとはと、店主がなにこの子達とびっくりしていた。「検索完了しました」「ずるをするな、茶々丸」 一部、ネット検索をした絡繰をエヴァがぽかりと殴ってもいたが。 一応店主さんの名誉の為に、ここは一つ模範解答をとむつきが促がした。「軽くつまむって意味だね。空腹は最高のスパイスだけど、最高過ぎるスパイスは料理人としては腕の振るいがいがね。まずは小腹を満たして味わって欲しいんだよ」 さあ召し上がれとクイズの間に、各テーブルには前菜が並べられていた。 これが前菜かとフランス料理を思い浮かべて連想していただけに驚きだ。 お皿にちょろっとあるどころか、お皿がテーブルの上に所狭しと。 深めの大皿にざくぎりされたきゅうりやキャベツブロッコリーを放り込んでドレッシングであえたサラダ。 他にイクラを乗せた薄切りのパンや、スライスした焼きナスの上に同じくスライスした生トマトにハーブをまぶしたサラダ。 基本冷温料理であるが、量も多ければ種類も多い。「これ、多くない? 少食だと、これだけでお腹一杯だって。さよちゃん、見るからに少食だけど食べ過ぎるともたなそう」「ですねえ。釘宮さん、よければ少しずつ分けませんか?」「店主さんが仰られたように、軽くつまむ程度でよろしいですよ。これでお腹一杯になってしまえば、本末転倒ですから。私は全て、頂きますけれど」 釘宮がこれは自分含め無理でしょと、さよの心配をしていた。 サラダなど最初から分かれているのは無理だが、パン等は半分個する事にしたようだ。 四葉もそこは問題ないですよと太鼓判を押し、けれどと全種類制覇を目指すらしい。 良く良く考えてみれば、最初に四葉が前菜の説明で単品だとザクースカと言っていた。 複数形、単体系とあるならば恐らくはこうして大量に出されるのが普通なのだろう。 皆も自分にあった適量で、小柄で少食な子は分け合いながら食べ始める。「ところで、俺達のテーブルにだけあるこの小さなグラスは」「匂いから察するにウォッカだな」「これぐらいの量なら、少しぐらいは」「ふん、つまむ程度であれば問題ないのだろう。頂こうか」 そしてこっそり混ざろうとした小さな四人目は、当然ぽかりとむつきに殴られた。 最近、軽めとはいえ生徒に手を出す事が増えたので自重すべきか。 ただし、本当に油断のならないこの義妹だけはと、ぺいっと保護者に投げ渡す。 当然の事ながらその保護者とは絡繰である。「全く、油断も隙も。まだ初日なんですけど疲れ、ああ。良く考えたら、全然寝てなかった。そりゃ、疲れて眠くもなるわ」「でしたら、寝酒の意味も含め午後からは少し寝られますか? 移動が殆どで、途中も高速のパーキングや市場の販売店に寄る程度ですし」「乙姫、お前大事な前日に何をしていたんだ」 もはや生徒達はロシア料理に夢中なので、これぐらいはと肩の力を抜いた。 神多羅木などすでにウォッカをちびちび、始めてしまっている。 ちょっとぐらいのろけても良いよねと、むつきも舐めるように飲んだ。「アタナシアが、来てたんですよ。妹の旅行が心配だったのかな。それで朝方までちょっと楽しんじゃいました」「へえ、そうなんですか。だから移動中、あの子は眠そうに。膝の上で、羨ましい」 あ、地雷踏んだと、刀子がグラスを割りそうな雰囲気でエヴァを睨んでいた。 だからエヴァではなく、姉のアタナシアだというのに。「お前、乙姫の事は諦めたんだろう。さっさと良い男を紹介して貰って結婚しろ」「これ以上引きこもれなかったし。諦めたわよ、諦めたけど」「あのチラチラ見ないで貰えます? ごめんなさい、責任とって再婚まで付き合いますから」 改めて、どんな男が良いんですかと麻帆良祭り以来に聞いて見た。 あの時は本当に欲望が振り切れていたので、かなり無茶な注文もされたものだ。 ただし、好きになりかけたむつきの手前それは抑えられ。 可愛い男とだけ、またしてもチラチラ潤んだ瞳で見られる結果に。 未練たらたらじゃないですかと、振った自分を棚にあげむつきはウォッカをあおる事に。「ねえ、長谷川。なんていうか、葛葉先生には悪いけど。自尊心疼かない? あんな美人からさ、私達先生を寝取ったんだよ」「まあ、私は軽いプレイしか許してないけど。確かにな、ちょい疼く。それよりさ、先生の班決め露骨だよな。楽しむ気満々じゃねえか」「そう言う長谷川さんも、超さんに頼んで衣装部屋。作っていただいたのでしょう? 先生、昨晩は激しかったようですし。今日は癒してさしあげませんと」 こそこそと料理に舌鼓を打ちつつ、美砂と長谷川、それに雪広が夜の相談を始めていた。 自分達の班だけ、実はこっそり広めに部屋を造ってあるのだ。 製作者がそうしたのだから、押し込められた自分達は抗いようがないのである。 仕方がない、仕方がないから今夜は全員メイド服で、むつきをもてなし癒すのだ。 その為にも、体力付けておこうと少し多めにザクースカをとる彼女達であった。「さあ、皆お待たせだ。これぞ日本で一番有名なロシア料理、ボルシチだ」 前菜もそこそこ進んだところで満を持してといった感じで店主がウェイターに命じる。 量が少なくなったり空になったお皿は、もう少しと希望した子以外からは下げられた。 運ばれてきたのは前菜の次にあたるスープ、ボルシチであった。 女の子達を前に年甲斐もなくちょっとはしゃいだ店主の手により次から次へと。 一応コース料理なので決められた順と量だが、ロシア料理が運ばれてくる。 スープの次はメイン・ディッシュ、最後はもちろんデザートで締めであった。 生徒達は美味しい美味しい、それこそおそロシアとばかりに食べまくる。 そこまでお高いお店ではないが普段食べられない料理に、リクエスト者の四葉も大満足であったらしい。 後でこっそり店主と連絡先を交換し、色々と限られた時間で質問する場面も。 そんなこんなで美味しい昼食も、早めの時間に関わらず堪能できた。 最後に店主やウェイター一同にお礼を言って、名残惜しまれたがお店を出て行く。 田中さんがショットガンを磨きつつ待つ超包子の車両に戻り、次は一路札幌であった。-後書き-ども、えなりんです。山も谷もない、淡々としたお話でした。エロイ話は次。いわば課外授業ですが、授業風景は久々の気がしました。以前も書いたかもしれませんが、この旅行で今までむつきが絡まなかった子と積極的に絡む予定です。では次回は土曜日です。