第六十六話 それ全然頼りになんない 半修学旅行の二日目から、超包子の移動車両は東北地方の青森に入っていた。 札幌での自由行動後の夜間に、田中さんが札幌から三時間程掛けて函館に向かった。 そこで夜中の二時初の青森行きのフェリー、あさかぜ五号に乗船。 料金は車両台の約二万円と田中さん一人分の千五百円。 他の人の分はと思われるかもしれないが、払っていない、払えないのだ。 一体誰がどうやって、世間に知られていない近未来的な超包子車両の説明をする。 誰も出来ないし理解できないだろうと、むつき一人の心に仕舞われた。 そんなこんなで青森に到着した午前八時。 起床時間は七時なので、生徒達はお腹空いたとくうくうなるお腹を押さえている。「先生、お腹空いた。ちょっと、ちょっとだけだからお菓子食べて良いでしょ?」「お腹の音、止まらない」「起きた時、こっそり食べておけば良かったやんね」「我慢しましょう、亜子さん。空腹は最高のスパイスですよ」 主にぶうぶう言っているのは、むつきのお嫁さん達だったりする。 他の子達もお腹空いたとさすってはいるが、ブーイングする程でもない。 あまりにも我慢できず、美砂がちょっと甘えてしな垂れかかってきていた。 さらにアキラが上目遣いでじっと見つめ、亜子は閉ざされた部屋をチラチラと。 必死に宥めるさよも、時折くうっと鳴るお腹を押さえむつきをちらっと見たりする。 昨晩、夜中にハッスルし過ぎたせいもあったりした。「ほら、お前らもう少しの我慢。良いか、どうせお前らスケジュール見てないだろうから改めて説明するぞ」「先生、その前にしつもーん」「おう、なんだ佐々木。できれば後にして欲しいが、言ってみろ」「なんでエバちゃん抱っこしてるの?」 だろうなと、質問される事は解りきっていた為、後回しせず正解だったようだ。 佐々木のみならず、明石達も自分が寝ぼけてたわけじゃなかったんだとちょっとほっとしたり。 だが改めて見ると、何故にと思わずには居られないだろう。「昨晩ちょっとな。義兄ちゃんが恋しかったみたいで、離れてくれんのだ。ちなみに、現在エヴァは絡繰と一緒に俺の家にホームステイ中。アタナシアに頼まれた」「ふん、嘘をつけ。お前が寂しい、寂しいと言うから住んでやっているのだ」 ひかげ荘を明かすつもりはないが、これぐらいの情報は構うまい。「ちょっと先生、アタナシアさんのみならず妹にまで。姉妹丼、爛れ過ぎでしょ。しかし、エヴァちゃんか。ぼこぉひぎぃが現実に、じゅる」「アタナシアさんは兎も角、エヴァちゃんはないでしょ。先生の趣味って、西洋美人みたいだし」「でも、エヴァちゃん今はああだけど。いずれあんなボインボインになるだからねえ?」「先生、エヴァンジェリンさんに妙な事はしていませんよね?」 早乙女は予想通り食いつき、釘宮がないないと半分ぐらいは味方してくれていた。 ただし、明石が余計な事を言ったお陰で、なるほどっと妙な納得をされてしまう。 那波も小さな子をお世話するのが好きなだけあって、黒いオーラがもれている。 おかげで村上がぷるぷると、春日までも汗をだらだらながしているのだが。 どうや春日までも、那波のあのオーラに当てられているようだ。 しかし、一体俺はどれだけ爛れた人間だと思われているのか、ちょっと悲しい。「はいはい、気をそらした俺が悪かったけど。しばらく、このままで頼む。満足したら離れるだろうから。刀子さんも、無駄に睨んでエヴァを怖がらせないでください」「私は冷静です!」 ぐぬぬと刀子が歯軋りするものだから、すわっまた修羅場かと騒がしくなりかける。「おい、乙姫。馬鹿話している間に、着いたぞ。田中から連絡が入った」「本当ですか、説明がまだ。ええい、百聞は一見にしかずだ。表へ出ろ、お前ら」 神多羅木の報告により、むつきが出入り口を開放する。 夏の割りに涼しい風が車中に流れ込み、さわさわと何かが大量に擦れ合う音が聞こえた。 待っているのは、温かくて美味しい朝食ではないのか。 小首をかしげながらもそれでもご飯だと、ちょっと小走りで皆駆け出していく。 この時、落ち着きのある者は、窓から外を見てある程度気付いてはいた。 全く気付かなかった者は空腹で、窓の外の風景を見る余裕さえなかったのだ。 北海道では水平線さえ望める海岸風景であったが、今度はその間逆である。 超包子の車両は、のどかな田園風景のあぜ道にぽつんとあった。 盆地なのか周囲は青々とした山に囲まれ、さらに周辺はまだ実り始めたばかりの稲穂が風に揺れていた。 さわさわという音は、稲穂やその葉が風で揺れて擦れる音であったらしい。「日本最北端に続き、これは撮りがいのある。風景の写真も捨てがたいね」「玉置浩二」「ザジちゃん、よう知っとるな。田園、せっちゃんは知っとる?」「えっ、知っていますが。今目の前に」 デジカメでこの田園風景を朝倉が激写し、ザジが某ミュージシャンの名前を呟いた。 誰かが仕込んだのか、元々知っていたのか。 近衛も知っていたようで、桜咲に話を振ったがどうやら知らないらしい。 普通にこれですよねと、目の前の風景を指差しくすくす笑われる。「郷里を思い出す光景でござるなあ」「それはともかく、お腹空いたにゃあ!」「にん!?」 しみじみと呟いた長瀬の哀愁を、明石が両腕を上げて思い切り吹き飛ばした。 折角の感動も、続いて何人かがぐうっとお腹を鳴らしここまでだ。「育ち盛りだし、もったいぶるのもここまでだ。と言うわけで、はい。あいさつ、この周辺一体の田んぼの持ち主の三浦さんです」 隠れていたわけではないが、超包子の車両の裏から二人の人が現れた。 一人は土に塗れたGパンと夏なのに長袖のティーシャツ姿のおじさんであった。 陽に焼けすぎて年の頃が一目で判別は出来ないが確実に六十は超えているか。 頭には某野球チームの帽子と、首には汗拭きようのタオルを巻いている。 むつきに言われ皆が挨拶すると、皺だらけの顔をにこにこさせて言った。「めごいお嬢さん達が一杯。こしたら大もてしたごどがね。わのえの孫の嫁さ来んか。まだ三歳じゃが。がぁっはっはっは」 農家の人なので泥に塗れた格好はわかるが、方言がまた凄かった。 一部では日本語とお互い、隣同士ささやき合う事も。「お爺さん、若い子の気を引こうとわざとなまっても気味悪がられるだけですよ。さあ、お嬢さん方。朝ご飯のお握り、たんとありますからどうぞ。喉が渇いた子は、お茶もありますからね」 もう一人、後ろから現れた女性が、方言を放ったおじさんをの頭をバシンと叩く。 さっさとどきなさいと足蹴にして田んぼに蹴り込み、大きな寿司桶を抱えて差し出した。 その寿司桶には、キラキラ光ってさえ見える粒の綺麗なお握りが湯気を上げている。 ごくりと生唾を飲み込んだのは誰であったか。 涎を垂らしそうになりながらいいのと、まずお婆さんに視線で尋ね頷かれ。 次にむつき達教師陣に振り返り頷かれ、わっとお婆さんへと群がった。 厳密には、お婆さんが両腕で抱えている寿司桶の上のおにぎりにだ。「美味しい、なにこれ。梅、酸っぱ。ちょっと涙でた。あはは、美味しい過ぎる」「きゃははは、明日菜。泣いた、本当に泣いてる!」「ぐぬぬ、この絶妙な塩加減。超包子の肉まんが世界を制する壁になり得る美味さネ」「大変アル、超は。私は美味しい物はなんでも食べて強くなるアル!」 空腹もさる事ながら、何でこんなに美味しいのと神楽坂が涙を零す。 指差し笑っている椎名も同様で、超は強敵現るとばかりにうなっている。 古は相変わらずだが、美味しさに感服しているのは変わらない。 皆美味しい、美味しいとお握りを食べ、お茶を貰っているとお爺さんが復活した。 さらに泥だらけになり、田んぼの水で濡れながらも逞しく這い上がってくる。「婆さん、そいつはわしが一人一人手渡しで。お握りだけに、そっと手を握がっ」「ごめんね、うちの人が煩くて。こういう時はね、こうするの。将来の為に、覚えておきなさいね」「そうか、年甲斐もなく妬い痛っ。やめ、婆さん止めろ。すみません、ごめんなさい!」 田んぼのあぜ道の高低差を利用し、お婆さんが長靴でお爺さんを蹴るわ蹴るわ。 あと将来の為にとか止めて欲しい。 むつきの嫁が数人、なる程と頷いているので。「あー、犬も食わないアレは程ほどに。改めて、農家の三浦さんご夫婦です。東北地方のテーマはこれ。日本の主食、お米だ」「お握り、まだまだあるから一杯食べていってね。今年とれたばかりの新米だから」「先生と一緒です、新米教師!」「お姉ちゃん、一応先生三年目だから新米じゃあ。あれ、お米って秋じゃないんです?」 自覚があるだけに鳴滝姉の言葉は否定できず、妹も妹でそれフォローなのか。 ただその途中で、三浦さんの今年という言葉がひっかかったようだ。 現在は八月の上旬で、当然の事ながら秋ではない。「今ここから見える稲は違うけれど。早植って言ってね。早期に植えて、早期に刈り取る。そういう稲作方法があって。そのお握りは正真正銘、数日前に収穫したお米なのよ」「秋は台風が来るだろ。それを避けたり、東北とか寒い地方は冷害もある。そういう農家の方が努力を重ねたお陰で。我々は美味しいお米が食べられるの」 そっかと納得後、皆で声を揃えてありがとうの大合唱だ。 あらあら可愛いと三浦さんは微笑ましいとばかりににこにこ顔である。 彼女の夫が、田んぼの中でどざえもんの如く倒れているにもかかわらず。 もっとも、下手人も彼女なので毎日の事なのかも知れないが。「良い子達ねえ。アンタ、独身だっけ? 一人ぐらいつばつけときなさいよ。女は数年で変わっちゃうんだから。ねえ、先生?」「へっ、昔は可愛かったのに。今じゃ、皺くちゃ。嫁にするんじゃなかったわ」 そう三浦さんが呼びかけたのは、ようやく田んぼから上がってきた夫である。 えっと、意味がわからず三浦夫婦の間を、多種多様な視線が行ったり来たり。「私が中学生の時の先生なの。今は定年しちゃって、しがない農家のお爺さんだけど。昔はあれでもモテたのよぉ。今じゃ見る影もないけど」「そりゃもう、並み居る女生徒に手を出しては問題になり、手を出しては問題になぁっ!」 またしても蹴られ、田んぼにおっこちた三浦さんの夫は兎も角。 あいたたたたと、むつきは目頭を押さえる事になった。 まさか社会見学を依頼したお宅が、先生と生徒の間柄の夫婦とは。 それはもう、美砂達は先輩だ、大先輩だと目がキラキラしている。 むつき自身も、手を出しては問題にと繰り返した三浦さんに親近感が沸く始末だ。 表だって問題にこそなっていないが、手だけは際限なく出してしまっていた。「とりあえず、お腹も満たせたところで注目」「先生、声が裏返り過ぎ。変な事、考えてないよね?」 真面目な村上にそう思われる程、むつきは動揺していたようだ。 げふんげふんと咳払いして喉を調整しつつ、改めて言った。「さっきも言ったが、東北地方のテーマはお米。今回は三浦さんの田んぼでとれたつがるロマンって品種だ。これから、一杯農家を回って色んな品種の米を食うぞ」「利き米大会」「ふむ、利き米でござるか。五色米を操る手前、これは負けれいられないでござる」「私はどちらかというと、利き米よりも利き酒に興味のある年頃なんだが」 ザジの利き米という言葉に対し、妙にのりきな長瀬は兎も角として。 問題発言をかました龍宮には、特別製のむつきの拳骨をプレゼントだ。 本当にモデルガンの件といい普段大人しく大人びているだけにびっくりである。 やはり姿形はどうあれ、A組はA組の生徒かと要注意と心にメモしておいた。 それはともかくとして、ザジの利き米という意見は大いに興味を引いたようだ。「なら、今のうちにつがるロマンの味を覚える為に一杯たべるにゃあ!」「あっ、ゆーなずるい。私も、私も!」「もっと食べるですぅ!」 明石に続き、佐々木や鳴滝姉の風香まで。 さらにほけの面々も今のうちに味を覚えるぞと、改めてお握りに手を伸ばした。「ちなみに、利き酒は俺達用に。今晩、生徒が眠ったら飲むか」「ええ、喜んで付き合ってあげるわ。ただし、途中で聞き酒ついでに気を利かせなさい」 何処で買い付けたのか、一升瓶を両腕に抱える二人は割りと上機嫌だ。 この旅行の為に尽力してくれた学園長や新田の為のお土産という面もある。 ただ半分、三分の二、いや九割がたは自分達が楽しむ為なのかもしれないが。 生徒も教師もお米が原料の食べ物や飲み物を手に、大はしゃぎだ。 そんな調子で、二年A組の一向は東北地方の農家を順々に回っていく事になる。 青森でもう二つの農家を回り、むつほまれ、まっしぐらというお米を入手。 そこから秋田にくだり、有名なあきたこまちやひとめぼれ。 その日はそのまま移動でつぶれ、やったといえばやはりお米の授業であった。 日本にあるお米の品種の種類から好んで食べられるブランド米など。 主食、お米といっても色々あるんだぞというのが主な内容である。 そして半修学旅行の三日目に山形を通過。 はえぬきやコシヒカリを手に入れ、そろそろ良いかと利き米大会である。 その時になって実はと、北海道で入手したきらら397やななつぼしも投入。 現在、超包子の車両は四日目の為に千葉に向けて走っているが、車内はそんなの関係ねえとばかりにお祭り騒ぎだ。 さらば福島、栃木、茨城とばかりに車内は盛り上がっていた。「第一回、二年A組の利き米大会ッ!」 以降にとり行われるかは別にして、マイク片手に朝倉が叫んだ。 ちょっと気合が入りすぎて耳を塞ぐ者がちらほら居たが、わくわくしている者の方が多い。 何しろこの二日間、お米の美味しさを嫌と言う程知らされたのだ。 二日目の朝に食べた三浦さんのお握りに始まり、お昼は皆できりたんぽを作って食べた。 他に四葉がイカ飯にしてくれたり、おやつにお米を引いた粉でお団子も。 もう本当にお米尽くしで、皆はもうお米の虜だったりする。「おっ米、おっ米!」「いえぃ、おっ米ラヴ。あきたこまち、可愛いっぽいから好き!」「松屋って何処のお米使ってるんだろ、って悩む時点で私無理。だから応援!」 全く揺れない車内なので、美砂や椎名、釘宮がチアコスでふりふりと踊り捲くる。 もはや利き米をする者ではなく、お米自体を応援しているようであった。 ちなみに、利き米に参加するのは、クラスメイトに加え教師三名全員である。 チアコスで踊っている三人も例外ではない。 元々大量に用いるわけではないが、それでも十分な量を農家から頂いてきたのだ。「明日は千葉のデジャブーランドで宿題なし、マジ遊びのみの日だから。食い過ぎで腹痛とか起こすなよ。利き米だからな、別にお茶碗一杯ずつ食べなきゃいけないわけじゃないぞ」「えっ、そうなの!?」「やっぱり、まき絵勘違いしとったん。一人だけどんぶりでおかしかったもん」 むつきが念の為に注意すると、案の定というか佐々木が驚いていた。 亜子の言う通り、皆が小皿を手にしているのに一人だけどんぶりである。 配られたのは皆同じ小皿のはずなので、自前で持ってきたのか。 何やら失敗したとばかりに、すごすごと懐から小皿を取り出していた。 どうやら一人どんぶりでスタートダッシュをはかろうとしていたらしい。「あの利き米は、普段とは違い少量でもゆっくり噛んでお米と会話をするように食べるのがコツだと以前。お米百選の本で読みました」 皆宮崎の豆知識に感心するより先に、何故それを読んだとも思ったが。 それが本屋と仇名される所以でもあるのだろう。 皆、利き米用の小皿を手に、まだかなまだかなと思っていると良い匂いが漂ってきた。 大広間から続く厨房の奥から、この二日で嗅ぎなれたお米の炊ける匂いである。 そしてガラガラと台車の上にお釜を乗せて、四葉が炊き立てのそれを持って来た。「さあ、第一問が炊けました。順番に並んでください」 農家の皆様から預かったお米を大事に、電子ジャーではなく釜で炊き上げたのだ。 わっと群がるクラスメイトに、四葉が釜がまだ熱いのでと注意する。 それから四葉に加え、近衛やアキラが手分けして皆の小皿に炊きたてご飯をよそって行く。 利き米大会と言っても内輪の催しなので、ルールや規定などありはしない。 いきなり一口でという者はさすがにいないが。 まず匂いを嗅ぐもの、はたまた一粒だけ摘む者、粒を眺める者とやり方は様々だ。 むつきは一先ず、一粒だけでもと指先で摘んで食べてみる派であった。「んー、なんだろ。これ、そもそも何種類あったっけ?」「先生、ご自分で旅行を企画しておきながら。九種類ですよ」「てきとうに答えても、九分の一だな」 那波が丁寧に答えてくれたが、ある意味で神多羅木が身も蓋もない言葉を漏らす。 本人もちゃんと味わっているが、事実を単純に述べたまでなのだろう。 ただそれでも確率云々を言いだしたらと、早乙女がとある絶対王者に視線を向けた。「でもそれを言ったら、桜子の一人勝ちになっちゃうんじゃないの?」「んー、私だってちゃんと考えて食べるよ。勘はなし、その方が勝算少ないから!」 なんだそれと皆で笑い、あれっと一瞬だけむつきは妙な違和感を感じた。 ただそれが何か具体的な事は何も思い浮かばず。 小皿と一緒に配られたパネルに、これかなと品種名を書いていく。 なんだと思うと見せ合いっこする者には、相談はなしだぞと注意しつつ。「では正解の発表です。北海道産、ななつぼしでした。お米の基準は、外観・香り・味・粘り・硬さで良く審査されますが。ななつぼしは、そのバランスが最も取れているとされ丼ものに良く合うと言われています」 北海道産は農家での説明がなかった為、補足付きで四葉が発表した瞬間、当たった、外れたと大騒ぎだ。 ちなみに今回は全問正解したり、正解数が一番だからといって特に何もない。 テーマがお米なだけに、無粋な商品はない。 ただただ、お米を知る為に、お米で楽しんで、お米を美味しく頂くのが目的だ。 そこでやはりふと気になり、美砂や釘宮と喋っている椎名を眺めた。 外れちゃったと皆と一緒に笑いながら、次こそはと拳を握っている。 あの以上に勘の鋭い椎名がたかだか九分の一を外したのだ。 その気になれば、砂漠に落とした針でさえたぶんこっちと当てられそうなものなのにだ。 やはり放っておけず、チア部三人の近くにひょこひょこ歩いていく。「あれ、先生どうしたの?」「おう、俺も外れちまってな。ちょいと、外れ仲間に入れてくれ」「えー、先生運が悪そうだから。一緒にいると余計外れそう」「いらっしゃい、先生。好きなだけ入って良いよ」 まず最初に気づいた椎名に問われ、答えを書いたパネルをぶらぶらアピールだ。 ただ冗談交じりとはいえ、割と本気で釘宮にそういわれてしまった。 確かに運が良いとは言えないのだが。 とりあえず、括弧の注釈で私の中にと付いていそうな美砂の台詞はスルーした。 そして三人のフリップを順々に眺め、やはり全員が外れている事が解った。「米の味って言われても、単品だと美味い不味いぐらいしかわからねえよな。せめて、食べ比べたりとかさ」「あっ、でも私。松屋のお米なら、食べればたぶん分かりそう。お肉とお味噌汁があればなおさら。肉だけ買ってきて、ななつぼしで食べるのも面白いかな?」「それ、もはやアンタが食べたいだけでしょうが。この松屋好き、味噌汁があるからって貧乏臭いよ。私は色々種類があるすき屋かな。桜子は?」「私はどっちもだけど。選ぶなら、松屋? すき屋ってネギ系多いから、あれ食べるとしばらく猫が寄ってこないんだよね。先生は?」 などと牛丼屋談義に花を咲かせている間に、第二問である。 やれ炊き立ての米を貰えとばかりに、お釜を運んできた四葉の周りに集まった。 飴玉に群がるありんこの様に、それいけと並び始めた。 皆の視線はもう新しい利き米ようのご飯に釘付けだ。 なら丁度良いかなと、周囲にあまり聞かれないようとんとんっと椎名の肩を叩いた。「ん、どうしたの先生?」「ちょっとした疑問というか、な」 他意なく、二人きりでちょっと会話したいと伝える。 小首を傾げながら椎名が頷き、いいよっと近衛にお米をよそって貰ってから壁際へ。 この時、めざとく見ていた美砂がちょっと気を利かせて釘宮を足止めしてくれた。 自覚はないが、むつきが真面目な教師の時の顔をしていたのかもしれない。 二人で壁際、高速道路の風景が流れる窓の傍にて壁に背を付けてしゃがみ込んだ。 それからさり気なく小皿の上の炊きたてご飯を眺め、尋ねた。「なあ、椎名。お前これ何処の米だと思う。食べる前だから、勘で良いけど」「んー……試さなくて、いいよ。先生だし。山形のはえぬきかな」 殆ど迷う事なく、椎名はそう呟いた。 利き米には匂いや見た目など食感以外も重要だが、嗅ぐ事も見る事もなく。 勘とはいえ、普通もっと迷うだろうと思いつつまずは粒で食べるが違いなどわからない。 もういいやと半ば放棄して一口でぺろりと。 いや、意外ともちっとしているような、うんでも解らんと飲み込んだ。 隣で座る桜子もうーんと咀嚼しながら勘ではなく頭で考えている。「正解は山形産のはえぬきです。日本穀物検定協会が認定する食味ランキングにおいて特Aと魚沼産コシヒカリと同等の評価なのですが。作付け面積が少なく、知名度はいまいちです。その分、価格も安くお得なお米です」 四葉の説明にほほうと、数名目を光らせる者が。 近衛や明石、あと神楽坂と言った誰かの胃を握ったり、お金事情がある者だ。 最近ひかげ荘は人数も増えてきたので安くて美味しいのならねらい目か。 亜子にはお金にルーズと怒られたことだし、考慮する必要ありである。 ただ今は、見事勘の一言で正解を言い当てた椎名であった。「前々から思ってたけど、凄いなお前。テストとか、山勘し放題じゃねえか?」 正直に思った事を口にしたが、少々それは失言だったようだ。 何時もニコニコ、能天気な椎名の顔に珍しい事に影がさした。「一年生の頃、山勘でテスト問題言い当ててちょっと問題になったんだ。それから、やめたよ。だからあの成績なんだけどね」 たははっと力なく椎名が笑って言った。 この三年間むつきはずっと二年生の教科担当だったので、記憶には薄い。 ただ一年生がテスト問題を盗んだのではと、騒がしかった事があったような。 やさぐれ時代の記憶は本当に曖昧で、何時何処で誰が何をしたのか色濃く刻まれる最近とは雲泥の差だ。「あったような、なかったような」「先生、私のこの髪型どう思う?」「面白くて可愛いと思うぞ?」 女の子故に他のクラスメイトも髪の手入れには予断がない。 ひかげ荘の露天風呂でもエッチの時意外は、美砂達は何か色々付けて洗ったりしている。 時々、そこまで薬品付けにしたら余計に痛まないかと思う事も。 そういった隠れた努力以外にも、髪型と言う意味では椎名が一番気合が入っている。 三つ編みだけに留まらず髪を纏めて縛り、リボンやゴムを使わずツインテール。 それだけで朝は確実に三十分以上、手をとられそうなものだ。「ありがと、けど好きでこうしてるわけじゃないの。私の運が良すぎるのを心配して、親が風水とか調べて運気が最大限にまで下がる髪型探してくれたの」「はっ? 運気がって何もったいない。ていうか、最大限に運気下げてそれなのお前。どれだけ運気余ってるの。ちょっと俺にくれよ」「できたら、そうしたいんだけど。先生、運が悪そうだし」「やかまし」 自分で振っておいてなんだが、この野郎と手を振り上げる。 もちろんそのまま振り下ろしはしないが、一応椎名も楽しそうにきゃっと避けた。「あれ、でもお前賭け事好きじゃなかったっけ?」「うん、好きだよ。賭けで勝つ人は一人じゃないから。誰かが外しても、私のせいじゃないもん」 よく意味が分からず、思わずむつきは眉根をひそめてしまう。「例えば、くじ。一等があったら、絶対私が引いて他の人の運を取っちゃう。テストでもそう。私が勘を使うと、特にマークシートだと努力した人を差し置いて一番になっちゃう」「ああ、だからあの台詞に繋がるのか。勘は使わない、頭で考えるって」 百パーセント、勘だけで行動すれば椎名は恐らく最強だ。 もしかすると髪型さえ変えれば、麻帆良最強の頭脳の小鈴を超える事さえ。 それは解らないが、そうなる可能性さえあるかもしれない。 だからこそ、そんな自分を自覚して誰かの運や努力を食いつぶさないよう使うべき場所を選んでいる。 元来根明な性格であるのだろうが、日々あっけらかんと能天気に過ごす裏では常に気をはっているのかもしれない。 多少大げさかもしれないが、椎名も椎名でちゃんとお年頃な悩みがあるのだ。「しっかし、雪広やお前といい。もう少し俺になんとかできる悩みにしてくれ。部活とか友達、あと恋か。どうにもしてやれねえんだよ」「恋、か明日菜じゃないし。そういえば私意外と恋愛運はないかな。主に金運ばっかり」「俺は逆に恋愛運ばっかで金運なんかありゃしねえ」 はふうと二人同じタイミングで溜息を吐いて、どっちが相談をして受けているんか。「まあ、お前の運気を俺なんかがどうにかできるもんでもないが。その運気で困った事になったら俺を呼べ。解決できるかわからんが、一緒にあたふたするぐらいの事はできるからな」「先生、それ全然頼りになんない。けど、うん。そうさせてもらう」 にへっとこれまた同じく笑い合い、「では第三問、炊けました」 四葉のそんな言葉を聞いて、皆と同じように利き米の炊き立てご飯を貰いに並んだ。-後書き- ども、えなりんです。むつきは暇があれば、生徒のお悩み相談室してる気がします。言い換えれば、困ってる子はいないか、気が弱ってる子がいないか。と、付け入るスキを探しているともwまあ、本人はいたって真面目なので、そんなつもりはありませんが。結果はどうあれ。当たり前ですが、桜子の髪型ネタはオリ設定です。なんであんな妙ちきりんな髪型かなと思いまして……いくらなんでもセットが面倒そう、何か意味がある。桜子は異常に運が良い、なら運気を下げる為だと。そういう設定を考えるのも二次の醍醐味ですねえ。それでは次回は土曜日です。