第六十七話 無力だな、俺って 複数の花の匂いと温もりに包まれるまどろみの中で、むつきは目覚めた。 夏の特別修学旅行の四日目、まだ時刻は午前四時と慌てるような時間ではない。 美砂をリーダーとした大一斑の寝室の中央にて、むつきは大の字で寝ている。 足やお腹、至る所に美砂達が情事に疲れたまま重なり、眠っていた。 昨晩も何時も通り、エロに好奇心旺盛なお嫁さん達を全員満足させたところだ。 あやかは最終日だが、亜子と千雨の処女何時食べるかなと夢うつつに考える。 そこでふと隣を見ると、都合が良い事に千雨がむつきの腕枕で幸せそうに眠っていた。「なんだかんだで、コイツも凄い美少女なんだよな」 色がちょっと抜けた茶髪に見える髪にはさらさら柔らかく。 時々毒舌が酷いが、こうして寝ていると可愛いもので、思わず軽いキスをする。 だけのつもりが、朝に異常に元気となる男の子の性質としてそのまま舌を差し込んだ。「結婚してくれよ、千雨。ちゃんと幸せにするから。俺の子供を孕んでくれ」「んぅ、別に良いけど」 当たり前だが、そこまでされれば起きるのも当然である。 返答された事に驚いたむつきの方が少々抜けているという事か。「おは、おはよう千雨。今日も可愛いな、先生思わず襲っちまった」「夫婦でも強姦罪になるから気をつけろよ。まあ、そんな事で訴える馬鹿は先生のまわりにいねえけど。私含めて。ほら、キスするんだろ。早くしろ」 相変わらず口が悪いが、そこに愛があればそれも一つの愛嬌となる。 横向きだとし辛いので千雨に馬乗りとなり、貪るように唾液を交換しあう。「んぁ、ぁぅ。先生、起き抜けだからちょっと口、臭うぞ。全く、準備ぐらいしとけよ」「じゃあ、千雨が飲ませてくれ。喉渇いた」「変態、女子中学生の唾で喉を潤すとか。異常性癖者」「それで千雨と愛し合えるなら、全然構わん」 以前みたいにちょっとはキョドれと、小さな不満を口にしごろりと二人で転がった。 むつきが下に、千雨が上となってキスを続けては唾液を直接口で受け渡す。 こくこくとむつきの喉が鳴るのを聞きながら、千雨は小さくながら腰を振っていた。 朝立ちで下から押し上げてくるむつきの一物に、未通の性器を一生懸命擦りつける。 まだ互いにぬれていないので肌と肌が擦れる音が良く聞こえた。「一生懸命腰振って、可愛いな」「うっせ、真性ロリコン。昨日、見てたぞ。椎名に粉かけてたろ」「違うわ、妬くな。ちょっとしたお悩み相談室だ。相変わらず、役に立てなかったけど」 何時になったら一人前の教師になれるのかねと呟くと、千雨が腰の動きを止めている。 また毒舌家と一瞬身構えると、何故か千雨に抱きつかれ懐深くで抱き占められた。「あんま無理すんなよ。超とか葉加瀬とか手伝ってるとはいえ、三十人も引率して日本横断。その上、個別にお悩み相談とか。キャパ超えてるぞ」「大丈夫だよ、先生は俺一人じゃないし。こうして可愛い嫁が毎晩慰めてくれるんだ。孕ませたいってむしろたぎる」「孕ませたいのは分かってるけどさ」 完全勃起状態のそれとぬれ始めた割れ目をこすり付けているのだから分かって当たり前。 私もちょっと孕まされたいしと、染み出る愛液で自分の気持ちをちょっと知ったり。「先生さ、たいした事できやしないのに頑張り過ぎるのが良い点でもあり欠点でもある。だから皆、あんたを支えたいと思う。けど、支えきれなかったら」「おい、こんだけ嫁がいて支えきれないとか。どんだけ弱いんだよ、俺は」「ただでさえ馬鹿が多いクラスだぞ。それを生徒だけでなく、嫁として迎えて支えきれると思うなよ。ああ、もう。自分の性分がいやだ」 いきなりどうしたと、頭を抱えた千雨をギュッと抱き締める。「先生に愛されてセックスして幸せ。それで終われば良いのに、アンタが潰れたらとか。怖い想像ばっかしちまう。どんだけ、アンタが好きなんだ私は」「うん、嫁に不安を抱かせる俺は夫失格だな。千雨、お前もっと馬鹿になれ。もう、今夜。今夜にお前の処女奪って、アヘ顔ダブルピースさせてやる。俺の前だけでもさ、はっちゃけろ。ストレス解消しろ」「そうやって、アンタは直ぐ抱えもできないのに全部抱えようと。私、先生を舐めてんのかな。それぐらい、私一人ぐらい増えても平気か?」「当たり前だ。プライベートでは、美砂の次に付き合い長いんだぞ。安心して寄りかかってろ。駄目な時は、ちゃんと相談する。ジャッジメント長谷川にな」 懐かしささえこみ上げる呼び名だと、千雨は愛欲を一時押さえ腰を振るのをやめた。 今まで周囲に流されたり、楽しいからと混ざってきたが改めて思う。 ひかげ荘という物件だけでなく、そこを管理する一人の男も愛しているのだと。 女の子にはない分厚い胸板に倒れこむように頬を寄せ、心臓の鼓動に耳を済ませる。 ネットアイドルをしているだけでは、決して男から手に入れられなかった安心感。 愛欲を抑えたはずが、何故かより股の間からは愛液が染み出し、孕みたいと思った。「でも、ちょっとたんま。明日にしてくんない。デジャブーランドで疲れ果てて、なんだか解らない夢うつつで終わるのはちょっと」「あー、体力残す為に楽しまないのも勿体無いな。なら明日?」「和泉の事もあるしさ、明日二人一緒に。連続処女食いでもしてみるか。鬼畜な先生?」「それこそ和泉は、俺にデジャブーランドのトイレに連れ込まれて犯されても喜びそうだけど。さり気に、一番俺とのセックスの虜だぞ」 足元にでむつきの股間を捜し、無意識に手を彷徨わせている亜子を見た。「それでも、毎日セックス前に勉強してんじゃん。葉加瀬と一緒に、超に授業受けたり。子供生む前に、私も二、三年ぐらい働いとくか」「それも良いと思うぞ。社会を経験しとくと視野が広がるし。どちらを選んでも俺は味方するから。安心して、やりたいようにやれ」「よし、言ったな先生。だったら、今からやろうぜ。腰抜ける程、可愛がってくれよ」 了解っと呟き、むつきは千雨をうつ伏せに組み伏せた。 一物を尻の間に挟むように、とろとろと濡れる割れ目にそってつける。 千雨もこれで胸が揉めるだろと腕で上半身をちょっと起こしてくれていた。 なら遠慮なくと、尻をぱんぱん叩きながら首筋にキスをしつつ贅沢に胸も。 あやかやアキラよりは小さいが、それでも一般的な中学生よりは大きな胸を揉みしだく。 ネットアイドルをしていただけに、千人単位でこいつを抱きたいと男に思わせた千雨を好きなだけ抱いた。 途中、眠りが浅く起きた夕映やさよを加えつつ、朝からむつきは思い切り嫁を堪能する事になった。 デジャブーランド、それは日本中の夢と希望が集められた一大テーマパークである。 大人も子供も、いやむしろ普段の生活に疲れた大人が童心に帰ろうとやって来るのだ。 日本人なら一度は訪れたい場所ランキングでは、常に一位を獲得する人気であった。 ちなみに麻帆良の学園祭もトップテン入りしていたりする。 麻帆良祭で面白い出し物を提案した人物は、ヘッドハンティングされるという噂さえ。 そのデジャブーランドに二年A組一向は、特別修学旅行の四日目の日程として訪れていた。 夏休みは特別に開園が一時間早まる為、現在時刻は午前七時半。 駐車場に超包子特性車両を駐車させ、うずうずしている生徒を並ばせ整列させる。 気の早い明石などは、今からネズミーマウスの耳パッドを頭につけていたりも。「ゆーなずるい。それどうしたの」「去年お父さんと来た時に買って来た奴にゃあ」「ねずみの飾りを頭に付け、猫言葉とはこれいかに」 夕映にこっそり突っ込まれるも、皆いいないいなと視線が釘付けだ。 初日にちょっと怒られた事もあり、突然入場門を目指し走り出す者もおらず。 神多羅木や刀子と連携しつつ、続々と入ってくる車に気をつけて移動である。 入場門は既に人だかりで、開園と同時に人並みが動き出すのは目に見えていた。 それに待ち合わせの事もある為、入場門から外れた場所にて待機であった。 移動時は二列だったが、四つの班別に四列に並びなおさせ、むつきは人数を数えた。「ひいふうみいと。よし、全員いるな。よーし、お前ら注目」 わいわいがやがやと、静寂は無理ながら話を聞けと手を叩く。「まずどこ行く、どこ行くです。サウザンドサンダーマウンテン行きたい!」「えー、怖いの嫌だ。僕は、ネズミーハウスが良いですよ」「あらあら、そっちも良いわね。風香ちゃんもまずはそっちにしない。大きなアトラクションは身長制限もあるし」「はっ、幼児体形は大変だな。お子様は精々、幼稚なアトラクションで楽しむが良い」 普段とは異なり、やはり開園前のデジャブーランドを前に興奮はなかなか収まらない。 那波でさえはしゃく鳴滝姉妹の引率だけに留まらず、自身も楽しみと笑っていた。 両腕を組んで大人ぶるマグダウェルを手馴れたように撫で撫でも。 この班大丈夫かなと、村上は相変わらず苦笑いで大人しかったが。「ほら、楽しいデジャブーランドで逸れて泣きたくなかったら聞く!」「お前達、しっかり楽しむ為には入念な準備ってのが必要だ」「お嬢様や刹那も、聞きなさい」 神多羅木や刀子の手を借り、二十分程かけてようやく静かになった。 ただおかげで開園時間まで十分しかなく、手短に注意事項と確認事項を述べた。「デジャブーランド内では札幌と同じく班行動だ。改めて確認するが、皆自分の携帯に引率者全員の番号入ってるな。前後、隣同士で確認しろ」 一人でも逸れれば、捜索の為に先生は全員動因せねばならない。 となれば自然と他の班員も行動が制限される為、何度も注意して確認させる。「財布落としたり、不足の事態にはスタッフの前に俺達に連絡な。引率者が一緒に行くから。絶対に一人で勝手に行動するな。俺も夢の国で怒りたくないから」 はーいと小学生のような元気な声が返り、返ってちょっと心配になったりも。 大丈夫かなと思っていると、千雨とちょっと目があった。 潰れそうになったら慰めてやるよと、呆れ顔の中にも愛を感じたが今は教師である。 予め決めておいた注意事項も、一通り説明し終えた所でどうやら開園したようだ。「先生、開園。開園したよ、はやくはやく!」「まき絵、落ち着きや。凄い人並み、今行ったら危ないし絶対はぐれるやんか」「和泉の言う通り、もう少しだけ待て。それから、まだ合流予定の」 他の面々にも同様の注意をした所で、その懐かしさを覚えるとぼけた声が聞こえた。「神多羅木さーん」 呼ばれた相手が自分ではなく、神多羅木であった事に奇妙な違和感を感じつつ。 声の方に振り返ると、むつみが手をふりふりしながらとてとて走ってくる。 ただ愛する人しか目に入っていないのか、大胆にも駐車場を一直線。 あやうく古臭いバンにも轢かれそうになり、急ブレーキをかけられたりも。「ちょっとむつみさん、危ない。前見て、前。あと、右も左も!」「へぇ、あれが神多羅木さんか。うちの旦那より渋くて格好良いかも」 どうやら送って貰った眼鏡夫妻であるようで、てへっとむつみが笑っていた。 というか、妻の方は初見だがあの日焼けした眼鏡男はけー君ではなかろうか。 気軽に呼んではいるものの、写真越しでしか会った事はないのだが。 神多羅木含め、よろしくお願いしますと遠目で黙礼され、教師三人もペコリと一礼。 改めてちょっと周囲を見渡してから、むつみが神多羅木に一直線であった。「神多羅木さん、今日もお髭が素晴らしく」「君はあれか、髭フェチか」 結納直前のカップルらしいかは兎も角、むつみが何よりも先にお髭をさわさわと。「くっ、神多羅木のくせに」 止めてください、相手が俺の姉ちゃんですと刀子を宥めつつ。「あらあら、むっくんのお嫁さん達もお久しぶり。スイカ、食べるかしら?」「出た、謎のスイカ。しかも何故か冷たいし。うん、春頃より良い音してる」「では今夜のおやつにでも。田中さん、申し訳ないですが車両の冷蔵庫の方に」「OK.Mam」 もはやあいさつ代わりにむつみがスイカを取り出し、釘宮が音を確かめている。 ただスイカよりも今はと皆の意識は、開演中の入場門に釘付けだ。 四葉が田中にスイカを頼み、片付けに言ってもらっている間に最後の注意であった。「一応通達しておいたが、三班は姉ちゃんと田中さんの二人で……」「むつみ、離れろ。今日は一日別行動だ」「えー、折角神多羅木さんと会えたのに」 よくよく考えてみれば、それでむつみがごねるのもある意味当然である。 折角恋人と会えたのに、夢の国で離れ離れでしかも引率のなれない仕事付きだ。「先生、むつみさんは四班の引率で良いのではないでしょうか?」「折角神多羅木先生に会えたむつみさんを引き離すのも。こちらの要注意人物は鳴滝姉妹にエヴァンジェリンさんだけですから」「おい、四葉。何故そこで私と双子を同列に」「田中さんがいれば、暴漢が現れようと対処可能です。もちろん、茶々丸もいますし」 何故私がと憤慨するエヴァは置いておいて。 絡繰の提案に四葉や葉加瀬も、自分達や特に保母経験のある那波がいればと言った。 当の本人や村上も大丈夫なのではと、頷いて返してくれた。 大変もうしわけないが、そうした方がふらふらむつみが何処かへ行く事もないか。 きっと園内ではずっと神多羅木と腕を組んで歩くだろうし。 別にそれがどうしたという事も無いし、当の昔に終わった初恋なので別に。 ぶんぶんと頭を振って、むつきは神多羅木担当の四班にも意見を聞いた。「全然問題ないんじゃない。神多羅木先生、むつみさん。こっちむいて、はいチーズ」「結婚間近のとろとろラヴ臭が。それを嗅ぎながら夢の国とかもう、昇天しそう!」「こ、今後の参考に」「もーまんたい。大丈夫だ、問題ない」 朝倉は早速二人の思い出にと写真を撮って、是非結婚式で使ってと売り込んでいる。 他に早乙女や宮崎も多種多様な思惑ゆえに快く了承を。 最後にザジ、それを仕込んだのは小鈴か古か。 一応後で後半のネタはともかく、それは中国語だからと教えておこうとむつきは思った。 厳密には広東語なのだが、そんな知識をむつきが知るはずもなく。「じゃあ、四班は姉ちゃんを頼んだぞ。あれ、引率? まあ、いいか。三班は田中さん、あっ戻ってきた。頼むな、変な奴がナンパとかしないよう鎮圧も可」「OK. Boss」 最後は冗談だったのだが、ガシャンとショットガンに装填するのは止めて欲しい。 遠巻きに、ここUSJだっけと他のお客に呟かれたのもご愛嬌。「じゃあ、そろそろ人垣も多少はましになったし移動するぞ。雪広、一班は入園後ちょっと待っててくれな。団体入場だから、俺は最後に入って確認するから」「はい、承りましたわ。皆さん、ではこちらですわ」 先頭をあやかに頼み、まずはむつきが窓口で入園手続きを取った。 それから改めて入園の列へと並び、先頭から係員と一緒に点呼である。 申請した人数、ぴったり問題なしと判断され入園章も全員ちゃんと配られた。 一応点呼後なので動かないでと指示され、むつきは一斑ながら最後尾となった。 そして一番最後尾にいた釘宮や椎名と昨日振りと軽くハイタッチである。「何時ぐらいぶりだろ、小さい頃に連れて来て貰ったらしいけど。先生は来た事あるの?」「大学時代はずっとこっちだったからな。そん時に何度か。彼女と来て、お泊りもあるぞ」「きゃははは。えろーい、先生えろーい」 その時は二人で見たパレードが云々と、嫁が遠い事もあってちょっと当時を思い出したり。 普通学生の修学旅行では、パレードを見るまで行動は許されないのだが。 各班には引率の先生が張り付くし、そもそもお泊り可能な移動車両付きだ。 パレードを全て見て、余韻に浸ったままお泊りできて普通こんな事は不可能である。 こいつら、最高の学生時代をすごしてるなとちょっと羨ましくもなったり。 ただ彼女達がそんな学生時代を送れるなら、千雨が多少不安を抱いても頑張りたいものだ。「ただ、なんだろ。今日はちょっと当時と雰囲気が」 二人の相手をしながら、当時との記憶の不一致があるようで小首をかしげる。 何がというわけではないのだが、係員の行動にもやや合点がいかないことも。 何故一緒に点呼したむつきは最後尾から動いてはいけないのか。 団体入場で申し込んでと思った所で、気付いた。 そう団体で申し込んだのに、並ばされているのは一般入場者の列だ。 当時は最初から一般入場だったが、団体入場は列の移動が早く楽そうだと思った記憶がある。(変だ、絶対変だこれ。なんで団体で申し込んで一般入場) 団体入場用のゲートは何故か閉ざされ、他の団体客も並ばされていた。 ただいくら考えても理由はわからず、雪広を先頭にA組の入場が始まった。 貰ったばかりの入園パスポートを一人一人チェックされ列が進む。「ねえ、パパ。まだ、早くネズミーハウス行きたい!」「もうちょっと、今お姉ちゃん達が並んでるからその後で」「修学旅行かしらね。懐かしいわ」 ふとそんな声が真後ろから聞こえて振り返ってしまい、目が合ってしまった。 後ろは一般客で小さな四、五歳ぐらいの女の子を連れたご夫婦だ。 目が合ったついでに思わず目礼し、釘宮と椎名は女の子に手を振っていた。 それから少し屈んで、楽しみだねっと話しかける。「お姉ちゃん達も、凄く楽しみ。行きたいところは?」「あのね、ネズミーハウス。それから、それからね」 一応聞こえてはいたのだが、釘宮が問いかけると指折り数え始める。 可愛いなあと思わずむつきも、日々嫁を孕まそうとしているだけに目尻が下がった。 今は学生だしピルも飲んでいるので無理だが、いずれ早くても五年後にはだ。 誰が一番に孕み、可愛い我が子を生んでくれることか。 デジャブーランドとは全く別件でわくわくとしてしまった。「あっ、たぶんそれ私」「は?」 ふいに、むつきを見上げて椎名が呟き、あれっと自分で何の事と首を傾げた。「先生、今私に何か聞いた? 思わず勘で答えちゃったけど、次のバカレンジャー?」「えっ、嘘。マジで、マジでお前なの? お前の剛運で大当たり?」 まだ手を出してないんですけどと、だらだら嫌な汗が。 椎名も何を聞いたのと食い下がってくるが、この場で正直に言えるはずもなく。 俺の子供を最初に生むのは誰かなどと。 一応それで生徒に手を出した事まではばれないが、何しろ椎名の勘だ。 何がどうなってそんな事にと、やっべえと嫌な汗がまだまだ止まらない。 夏場である事に加え、汗を拭くハンカチを一杯お代わりしたい気分であった。「おじちゃん、だいじょうぶ?」「こら、お兄さんでしょ。すみません」「いえいえ、はは」 小さな子におじさんと呼ばれる事よりも、椎名が最初に子供を産むとかの方がダメージでかい。 教師と生徒として普通の接点はあったが、内面に踏み込んだのは昨日が初めてだ。 ちょっと待ってお願いと、恋愛の神様にお願いしても何一つ止まらず。 デジャブーランドへの入場も同じく止まらず近付いていた。 ついに四班の入場となって、最初に引率の神多羅木とむつみが。 それから順に明石、佐々木と続いて早乙女に宮崎とザジ。 お先にと女の子に手を振って釘宮が入園パスのチェックを受けようとした時であった。「あっ、お先にどうぞ。靴の紐ほどけちゃって」「行列で危ないなあ。ぱぱっと結んじゃったら?」 突然椎名がそう言い出して脇にどいてしゃがみ、早く入りたそうな女の子に先を譲った。 釘宮もむつきがいるとはいえ、椎名だけ置いていくわけにはと同じく譲る。「わーっ、おねえちゃんありがとう。おとうさん、おかあさんはやく!」「こら、待ちなさい。貴方、あの子をお願い」 女の子はそれでやっと自分の番だと、スタッフどころか親御さんの制止も聞かず走っていってしまう。 妻に言われ夫も、失礼とスタッフに一言断って女の子を追いかけ掴まえていた。 椎名も早く入園したいので、釘宮の言う通りしゃがみ込んでぱぱっと。 三人家族の後ろ、妻が入園チェック中にむつきと一緒に並びなおし、入園を待つ。 この時、もう少し良く周りを見ているべきであった。 非常にまずいといった顔をしている入園チェックのスタッフの表情を。 そして改めて入園時に先は貰ったと椎名が無情にも、釘宮より先にチェックを受けた時である。「お、おめでとうございます。お客様で丁度、デジャブーランド入園十億人達成です!」「えっ?」 この時、椎名のみならず一連の光景を眺めていた全員が凍り付いていた。 これは完全にスタッフの失態である。 女の子が勝手に入ってしまったとは言え、順番を守ってくださいと止めるべきであった。 おかげで本来はあの小さな女の子が十億人目のはずが、椎名が十億人目に。 スタッフは必死におめでとうございますと盛り上げようとしているのだが。 十億人目の入園者となってしまった椎名は、顔面蒼白であった。 どうしたのと父親の腕に抱えられ小首をかしげる無垢な瞳が余計に辛い。「丁度十億人目となったお客様には、デジャブーランド年間パスポートと」「いらない」 涙を堪えての椎名の呟きに、スタッフもまた記念すべき行事の滞りに顔面蒼白だ。 だが円滑な運営もわかるが、もう少しこっちの気も察して欲しかった。 椎名でなくとも、こんな状態で喜べるわけがない。 昨日聞いたばかりだが、誰かの運気を吸い上げるのは椎名が最も嫌う所だ。「椎名、それから釘宮もこっちこい」 だから咄嗟にむつきは、泣きそうな椎名を抱きかかえ、無粋なフラッシュから守った。 恐らくフラッシュの大本は、入園十億人をひかえ呼ばれていたマスコミだろう。 隠れて控えていた彼らは場の空気がわからず、やれ十億人目のラッキー少女だと撮り捲る。 それも椎名がとびっきりの美少女だから絵になると、本人の了解も得ぬままにだ。 椎名の涙も、彼らにとっては嬉し涙に見えているのかもしれない。 だからむつきは椎名をスーツの上着で隠し守りながら、強引に入園していった。 そして二人を連れて、女の子以外茫然としている三人家族に話しかけた。「すみません、順番通りなら貴方達が十億人目。厳密にはその子が。我々は団体行動中で手を取られると困るので。申し訳ないですが再交代していただけないでしょうか?」「え、ええ……それは、むしろこちらから。あの、その子泣いて」「ああ、えっと。桜子、この子カメラのフラッシュが苦手で。一斉にたかれると泣いちゃう性分なんで。お気になさらずに!」 釘宮も親友故に椎名の内面を知っているのか、黙ってむつきに協力してくれた。 そのまま三人家族に伝え、やれ逃げろと遠巻きに見ていた面々の尻を蹴り上げる。 入園と同時に班単位で解散なので、残っていたのはむつきのお嫁さんの一班と四班だ。「乙姫、マスコミはちとまずいな。急ぐぞ。ほら、解散前に移動だ。雪広、お前らも来い」「むっくん、桜子ちゃんは?」「姉ちゃん、話は後で。二人一組で手をつなげ、さっさと移動!」 引率者を三人とし一班と四班は一緒に、入園ゲートから逃げ出した。 一先ず落ち着ける場所にと、来園の記憶が新しい明石の案内で飲食店に。 そこで一斑と四班を纏めて神多羅木に預け、むつきはその場を一度離れた。 もちろん、まだ動揺中で泣いている椎名も一緒だ。 釘宮やそれから美砂も、ついてきたそうにしていたがそれはむつきが断った。 椎名も折角のデジャブーランドを自分のせいでこれ以上盛り下げたくはないだろう。 飲食店をちょっと離れたベンチに連れて行き、まずは椎名を座らせた。 それからぽんぽんと頭を叩いて慰め、むつきはちょっと悪いと断って電話であった。 コール三回、連絡先を聞いておいて良かったと受話された向こうに話しかけた。「学園長、乙姫です。ちょっと問題が」「ふむ、聞こうかのう」 電話に出た瞬間こそ孫の様子を聞きたそうな雰囲気が伝わったが、それも直ぐに止んだ。 さすがに先生歴が長いだけあって、むつきの声の調子からある程度伝わったのだろう。「スケジュール通り、デジャブーランドの入園を済ませたんですが。椎名が誤って入園十億人をとってしまいまして」「誤ってとはどういう事じゃ?」 問い返され、俺も意外と動揺しているとちょっと深呼吸する。 それから改めて、どういう状況でとってしまったのかを説明した。 本来十億人目となるはずだった女の子の事や、直前で靴紐を直す為に順番を交代した事。 咄嗟に再交代して貰って椎名を連れ出したのは良いが、一番まずいのは随分とマスコミに写真を撮られてしまった事だ。 妙なゴシップを書きたてられる前に、できればなんとかしたいのだが。 むつきにそんな力があるはずもなく、学園長に期待するしかない。「あい、解った。デジャブーランドの方には、麻帆良学園から圧力を掛けておこう」「えっ……期待してはいましたが、どうやってです。あのデジャブーランドですよ?」「あそこの親会社はな、麻帆良祭に随分と注目しとるんじゃよ。毎年社長、理事長自ら訪れては学生をヘッドハンティングもな。卒業生が偉いさんになったりもしとる」「それはもう、なんて言ったら良いのか。凄いですね、うちの学生」 日本の一大テーマパークからも注目される麻帆良祭とはと思わざるを得ない。 大人も手伝っているとは言え、確かに学生だけ、それも突貫で街一つをテーマパークに仕立て上げるのだからそれも当然か。「分かりました、圧力の方よろしくお願いします。椎名個人の方は僕が。あと可能かどうかは不明ですが、超にも少し手伝って貰っても構いませんか? その時は連絡します」「うむ、学園で抑えられるのはデジャブーランドだけじゃからな。マスコミ各社、それも個人となると。多少荒療治でも良いじゃろう。連絡はいらん、存分にやりなさい」「ありがとうございます、また何かありましたら申し訳ないですが連絡させていただきます。あと、近衛木乃香ですが。楽しんでますよ、桜咲と一緒に」「そうか、そうか。一言、京都には気をつけてなと。それにしても、血は争えんのう。乙姫君の孫がなあ。そっくりじゃて」 電話を切る直前、何か懐かしそうに学園長が呟いていたがそれどころではなく。 やべ聞き逃したと思っても、もはや遅いし、今は椎名が最優先だ。 しゃくりあげる頻度も少し収まり、今はすんすんと鼻を鳴らす程度。 時折スタッフが心配そうに伺ってくるが、椎名を見ては少しばつが悪そうに。 怖ろしい速さで広まっているのかもしれないので、急いで小鈴にメールであった。 即座に既に対処済みで、ネット上の火消しは千雨と絡繰で分担だそうだ。「無力だな、俺って。学園長に超、長谷川に絡繰。皆の面倒を見てもらってる神多羅木先生。なーんも、できねえ。すまん、椎名。俺嘘つきだわ」 何かあったら俺に言えと言っておきながら、結局は他力本願で丸投げばかり。「先生、そんな事ない。助けを求める前に、助けてくれた。咄嗟に庇って、連れ出して。私がとっちゃった運気、あの子に返してくれた」「そう言って貰えると助かる」「うん、ちょっと格好良かった。アキラも溺れたところを助けて貰った時、こんな感じだったのかな。ちょっと胸がドキドキしてる」 泣き止んで笑ってくれたのは、良いのだが話が妙な方向に。 今気付いたのだが、意外と大きなお胸を両手で押さえるようにし呟くのか。 まるで驚きではなく、ほのかな温かい気持ちでドキドキしているような。 やばい、パターン入りそうだと、せめて最初に生むのは嫁の中からと話題を変える。「えっと、それにしても聞いた以上だったな。お前、髪型以外にも運気下げる何かしたらどうだ? うーんっと、姓名判断?」「きゃはは。先生、名前はずっと同じだ……あれ? 乙姫、桜子?」 なにやら思いついたようにむつきの苗字と自分の名前を椎名がくっつけた。 自分に止めを刺したのは俺でしたっと、むつきは心の中で叫んでいる。「乙姫桜子、凄い。たぶん、勘だけど。髪型と合わされば、普通の運気になりそう!」「待って、待った。良く考えろ、別にさ姓名判断だけじゃ」「だってちょっとやそっとじゃ、変わらないもん。髪型だってふいに乱れる事もあるし。先生、結婚しよう。中卒は無理だから、高校卒業したら!」 ついに逆プロポーズまでされ、うぎゃあっとむつきは頭を抱えた。 動機はちょっとアレだが、椎名の中ではちゃんとした恋心も芽生えているかもしれない。 完全に好意度外視でやってきた桜咲や近衛とは全く違う。 きっと絶対に、求められ続けたらむつきに断る言葉も理由も無くなってしまう。 だからここは、日本人それも政治家がお得意のあの手であった。「椎名、まずその話はまた今度な。皆待たせてるし、今日はデジャブーランドで夢体験だ!」「先生、私も一斑になりたい。そうだ、もう一班と四班は合同で行動しよ。私色々あって動揺しちゃった。先生、いいでしょう? うりうり」「やべ、おっぱい押し付けるな。ほら、他の人が見てるから。お前の人生の前に、俺の人生が終わっちゃう。あっ、立つな。ちょっと止めて!」 桜子の無邪気なそれでいて割りと豊満な体に下半身が反応してしまった。 デジャブーランドの夢と希望でさえ、むつきの愛欲は止められないところまできているらしい。 -後書き-ども、えなりんです。ちょこっとだけですが、景太郎となるが登場。相変わらず、師匠から譲り受けた高性能バンに乗ってます。あと未だ幼馴染同士、むつみと仲良くしてる感じです。たぶん彼女の結婚話を親並みに喜んでいそう。さて、今回早くも前回のフラグを回収したむつきですが。少しだけ今までの嫁と異なる点があります。ずばり、乙姫という苗字を欲しがり嫁になりたがってます。つまり、書類上でも嫁になりたいと言っている点です。現時点では美砂と桜子の両立は成り立ちません。その辺、旅行が終わった辺りで書こうと思います。それでは次回は水曜です。