第六十九話 全部、全部いらないネ! 一つ忘れてはならないが、この旅行は半修学旅行。 名目上は勉学の為に学校が特別に許可をした、学校行事でもあるのだ。 なので四日目のデジャブーランドは特別も特別。 移動時間にはしっかりと、生徒には秘密だったが勉強時間が確保されている。 その上、旅行先は社会勉強や実際の社会が勉強できる場所が選択されていた。 北海道に始まった日本最北端の地では、伊能忠敬の弟子間宮林蔵を。 東北地方では日本の主食であるお米をテーマに、米利きのイベントはついでだ。 四日目は関東地方の一大テーマパークで生徒の息抜き。 そして折り返し地点となる五日目は、歴史の授業であった。 関東から夜間のうちにまた移動を済ませ、ここは東海日本の真ん中辺り。 それも戦国時代に三〇〇年という平和な時代を打ち立てた御大のお城である。 現在は観光地化と共に公園にもなっており、駐車場近くの花時計前に集合中だ。 むつきが集合して座る皆の前に立って、松平元康像の向こうの林の更に向こうを指差した。「と言うわけで、あれがあの有名な徳川家康の生まれたお城。岡崎城だ」「金の鯱どこ、ちょっとぐらい持って帰ってもばれないかな!?」「イケメン、おもてなし武将隊は!? リアル信長×家康のお兄ちゃんとショタっ子!」「徳川田信秀のお城、地味!」 ああ、たかが一日それも一時間早く寝ただけでコレかとむつきはがっくりきた。 この子達はその目に何が映り、何を考えているのか。 確かに名古屋城と違って鯱は金ではないし、イケメンのおもてなし武将隊もいない。 ちなみに最初が、バイトができずちょっと金に目が眩んだ神楽坂。 おもてなし武将隊を探しているのは、スケッチブックにペンを走らせる早乙女だ。 彼女の言う通り、現代のイケメンを集めて武将のコスプレをしたのがおもてなし武将隊である。 名古屋城にいけば、会えるかもしれないがあいにくここは岡崎だ。 あと春日、一体どれが誰の事なのか、ミックス大名を教えてくれ。「地味じゃなくて、意外に渋くていい感じじゃない? ファインダー越しにみると尚更。私は結構好きだけど?」 そこへ朝倉がデジカメで岡崎城を撮影しながら、そんな嬉しい事を言ってくれた。「うむ、うむ。最北端や米どころも良かったが京都の前にこのような立派な城が見られるとは。感涙ものじゃないか」「私も、こういう雰囲気は神社仏閣に通じるものがあるので好きです」「三河武士、最強」「サイキョーあるか、三河武士。勝負、勝負!」 ザジや古は、一先ず置いておいて。 朝倉に同意してくれたエヴァを可愛い可愛いと抱っこしながら撫で付ける。 今晩は千雨と亜子が主役の日だが、その前に夕映も超可愛がろう。「東海地方のテーマはこれ、戦国時代の天下人三名。はい、全部言える人」「はーい、徳川田信秀ぇ。痛い、痛い痛い、なんで!?」「はい、ふざけた人は梅干の刑だ。最近、お前らがあまりにもふざけるから、体罰に目覚め始めたぞ。どうしてくれる。俺が新田先生みたいに怒りん坊になっても知らねえぞ」「先生、まき絵たぶん素だよ。春日のさっきの冗談をまに受けただけで」 佐々木の発言はおふざけの結果かと思いきや、アキラがそんな事を言い出した。 梅干を止めて見下ろすと、潤んだ瞳がなんであってたのにと言っていた。 早とちりを正直に謝るしかない。「すまん、佐々木。まさか、お前がそこまでとはまだ見通し甘かった」「うぅ、アキラを撫で撫でしてくれたら許してあげる。アキラ、頑張って。桜子も狙ってるから、一歩リード」 転んでもただでは起きないと言うか、親友想いと言うか。 そんな佐々木を良い子良い子してからアキラに手渡した。 そして事の発端である春日を掴まえようとしたのだが、一歩早く逃げられた。「はーっはっは、新田先生を継ぐなら私ぐらい捕まえてぐぇっ」 オリンピック選手もびっくりの加速を見せた春日が、何かを首に引っ掛けたように引っくり返った。 前を見ずに走るから、首に木の枝でも引っ掛けたのか。 パンツ丸出しで周囲の人に笑われながら、見事にステンと転んでいた。 おい大丈夫かと駆け寄ろうとしたのだが、その前に皆が駆け寄った。 だが大丈夫かと心配するでない。 むつきが新田かして、日々びくびくしなければならなくなったらどうするとボコスカリンチである。「すまんな、春日。クライアントは、安易にアーティファクトを使ったお前が気に入らないそうだ。学友をリンチするだけで餡蜜一杯、汚れてないか私?」「構うな、龍宮真名。こいつは一度、締めておかないと。京都では奮闘して貰うんだ」「このちゃんの前で、気付かれたらどうするんですか!」「ひぃ、ごめんなさいッス。なまはげは、なまはげだけは!」 一部、何か酷く個人的事情でリンチしている者もちらほらいたが。 はいはいそこまでと、むつきが手を鳴らすとさっと皆がはなれていく。 残されたのはちくしょうと、悪戯のしっぺ返しをくらった春日のみである。 考えても見れば、春日はふざけて徳川田とか言い出しただけなので責める言われもあまりなかったり。 制服もほこりまみれで仕方ないなと立たせて、ぱっぱと払ってやった。「先生、ありがとうッス。私を地獄に叩き込んだ張本人だけど。キュンってした」「やっすいな、お前のキュンは。あとお前らも、むしろ偶にはと良いかとも思ったが。友達をリンチすんな。体罰は俺の仕事だ。これでちょっとは大人しくなれよ?」「ぎゃぁぁ、酷いッス。やめるッス。なんで結局。教育委員会、体罰。体罰教師がここに!」 特に謝罪の意味を込めて佐々木へと向けて、春日を梅干の刑である。 まあ、普段から色々と悪戯を仕掛けられる方としては、日頃の恨みが漏れたというか。 ざまあと皆も春日を指差し、鳴滝得に姉は自分も今後は気をつけようとうんうん頷いている。「乙姫先生、あまり騒いでは他の観光客に迷惑でござるよ?」 春日には悪いが、ちょっと笑い者になって貰っているとそんな注意を受けた。 一体誰と思うまでもなく、その特徴的な言葉使いで改めて思い浮かべるまでもない。 むつきよりも背の高い、長瀬が周囲を忙しなく見渡していた。 そんなに神経質な子であったろうか、だが正論でもあった。「それじゃあ、これから簡単に岡崎城内を見学するぞ。その際、学習シートなんてもんを貰ってるから勉強込みな。良い点とったら今夜のデザートはプラスアルファだ」「小学校五、六年生を対象としたシートしかないが。お前らには丁度良いだろう」「受け取り拒否しても、良いけど。希望には縋った方が良いわよ」「はーい、並んで並んで。先生の真似ごとも楽しいわね。はい、これどーぞ」 施設の管理団体が学童用の為に用意してくれている学習シートである。 それを引率四人で各班の班員に配っていく。 ただこの五日間で神多羅木達も、随分とA組の子達の対応になれたようだ。 特に神多羅木の小学校五・六年を対称とした問題が丁度良いとは分かっている。 いや、一部それどころか考古学者も顔負けの連中も一部には一応いるのだが。 頑張れよと一言添えてシートを配っていると、ふと挙動不審な長瀬が目に付いた。「おい、長瀬。さっきから何をキョロキョロ。トイレか?」「そ、そうでござる。直ぐに追いつくでござるから、皆は先に行っていて欲しいでござる!」「そんなわけに行くか。仕方ねえな、ほかに行きたい子は挙手」 はーいと嬉しそうに手を挙げたのは椎名であり、絶対目的が違うと却下。 ちぇっと言っているので、間違いはないだろう。 他には誰もおらず、かといって長瀬一人単独行動させるわけにもいかない。「神多羅木先生、刀子さん。申し訳ないですが、この子達をお願いします」「あっ、むつき先生少しお待ちください」「直ぐに追いつきますから」 何かに気付いたように刀子が止めるも、そんな少し遅れるだけである。「ほら、長瀬漏らす前に急ぐぞ」「ちょっと、待つでござる。まずいでござる、拙者一人で十分」「なんで俺が手伝うみたいな風になってんだよ。馬鹿言ってないで来い。確か、トイレがこっちにあったはず」 何故かだだをこねる長瀬を引っ張り、事前に覚えておいた地図を思い浮かべ連れて行く。 背も高いがその分、手もでかいなと驚かされる。 それでも一端の女の子なので、漏らす前にとトイレの前へと連れて来た。 ほら行ってこいとけり込む様にトイレに押し込み、出入り口前で抱えなおした。 一体何をと改めて疑問を浮かべると、金髪の可愛い子猫が腕の中にちょこんと鎮座している。 普通にエヴァを抱いたままであった。「おわ、お前何時からそこに!?」「抱き上げたのはお前だろう、ばかたれ」 相変わらずの小生意気な言葉にあれっと思い浮かべれば、そうであった。 岡崎城を褒めた直後に抱きあげて可愛い可愛いした。 いやしかし、その後で佐々木や春日に梅干の刑を執行しているのだ。 まさかその後でナチュラルに抱き上げたのか。 最近、抱っこが多かったので本当に無意識にという奴であった。「お前もおしっこ行っとくか? 一人でできるか、手伝おうか? ただし、その場合は男子トイレな?」「そういうプレイなら、構わんが」「このおませさん、十年早い」 抱っこしたままエヴァの頭にこんと顎を乗せ、ぐりぐりと。 そのままアタナシア何時来るの、お義兄ちゃんって呼ばないと時間つぶしに兄妹のスキンシップだ。 すると突然、一陣の風が吹き荒れたかと思った次の瞬間。「ぐぎゃあっ!」 何者かの汚い悲鳴が背後であがり、何事かと振り返った。 するとなんという事であろうか。 真っ黒な格好をした男が、女子トイレに駆け込もうとしていたのだ。 直前で何かに蹴躓いたらしく、入り口そばの壁に顔面からダイブしてずるずると倒れていく。 白昼堂々なんという大胆な覗きであろうか。 しかもトイレの前でむつきが待っているにも関わらず。「へ、変態だぁっ!」「ち、違う。拙者はそのような!」「エヴァ、近付いちゃ駄目。見ても、誰か。警察!」「おのれ、やはりあの時足にかかった糸は。貴様が下手人か!」 しかもなにか変態が逆上して襲いかかってきたではないか。 エヴァを抱えなおし逃げようとした所で、思い出してしまった。 トイレの中にはまだ長瀬が、置いて行けない、だが現在ピンチと足が中途半端に止まる。 目の前では明らかに銃刀法違反であろう刃物を、男が取り出したではないか。「エヴァ、お前だけでも逃げろ。トイレの中の長瀬は俺が!」「やばい、まずった。むつき、はやく放せ身動きが制限。超鈴音、むつきが!」 二人であたふたする間にも刃物が振り下ろされようとしたのだが。「へぶろぱっ!」 またしてもなんだか解らないうちに、黒装束の変態が吹き飛んでいった。 車にでも轢かれたように吹き飛んではごろごろち地面を転がっていく。「うわっ、こっちに転がって来たぞ。逃げろ、変態が来るぞ!」「OH、ローリング土下座。ニンジャ、ニンジャー!」 観光客達も変態が転がってきたと大惨事、しかし一部外国人観光客は嬉しそうに写真を撮っていた。 女子トイレに駆け込んだ変態が忍者だと、覚えて返って欲しくはないものだ。 一体何がと振り返りなおせば、男を殴ったらしき腕を伸ばした長瀬がいた。 さすがクラスでも話題の武道四天王の一人、むつきのような男顔負けの腕前らしい。「た、助かった……長瀬、すまん。まさが途中で出てきてないよな。パンツは無事か?」「先生、セクハラが過ぎるでござるよ。混乱して無理はないでござるが。それよりも、警察への連絡が先でござる」「そ、そうか。そうだったな、警察。なんか別の意味で呼んだ方が良いか?」 この変態と周りの協力者も黒装束の男をリンチに掛かっていた。「犯罪者に人権はねえんだ。その汚ねえ忍者刀折ってやんよ!」「偉大な地で犯罪に走りやがって、家康公に謝れ。おら、謝ってみろよ!」「ち、違っ。拙者は」「犯罪者は皆そう言うんだ!」 逃がさないように気をつけてとお願いし、むつきは急いで警察に連絡である。 その間に、むつきから解放されたエヴァは、長瀬を睨みつけて手招いていた。「おい、一体奴は何者だ。怖ろしく巧妙に気配を遮断していたが」「見ての通り、忍者でござる。忍者ではござらんよ?」「それはもういい。貴様、ふざけていると怖ろしい目にあうぞ。裏の人間にむつきが傷つけられてみろ。超鈴音がその科学力を総動員して潰しにかかるぞ」「拙者の里の人間ではござらんよ。恐らくは古き因縁、といっても拙者にはさっぱりでござるが。伊賀の者ではないかと」 怖ろしく端的に言えば、徳川幕府体制下で恩恵を受けた伊賀忍者。 対して豊臣側にて徳川を監視していた甲賀忍者。 その対立と因縁は推して知るべし。 実は長瀬は甲賀の古い家系の人間なのだが、里自体が既に過疎化も進んでいた。 忍術といった技術こそ受け継いでいるが、実は知識の方がそれはもうさっぱり。 失伝していた事もあって、疎すぎる程に疎いのだ。「しかし、これまで外を出歩いて襲われた事など一度もないでござる」「伊賀と甲賀か。聞いた事はあるが、それが何故お前を襲う」「そこは社会科教師の力を借りるでござるよ」「おい、不用意に奴に尋ねるんじゃない」 エヴァが止めるも、大丈夫でござるとにんにん言いながら長瀬がむつきに尋ねた。 警察への連絡も終わり、変態もよってたかってボコボコにされ簀巻き状態。 危険はないかと、むつきも振り返ってなんだと問い返してくれた。「甲賀忍者と伊賀忍者との違いはなんでござるか?」「また変わった事に興味を示す奴だな。やっぱり、お前って忍者なのか?」「忍者ではござらんよ、にんにん」 やっぱりそうだろっと冗談めかしてむつきが長瀬に言ったのを見て、覆面の中で顔を青ざめさせたのは伊賀忍者である。 一般人に手を出したと、うねうね簀巻き状態でもがき苦しみ。「なんだこいつ、急にうねうね。やっぱり変態だ、縛られて感じてやがる!」「おらおら、ここがええのんか。ここがええのんかぁ!」「ち、違っ。拙者は」「犯罪者は皆そう言うんだ!」 会話が若干無限ループに差し掛かっていたが、そろそろ悪は滅びそうな感じだ。「俺もそこまでディープな歴史は知らないけど。甲賀って、忍者のイメージと違って忠義があるんだってさ。逆に伊賀は傭兵っぽい扱いだったって大学の知り合いの忍者マニアが言ってた」「ほほう、つまり現代でも伊賀忍者は傭兵業を続けていると」「いるわけねえじゃん、忍者なんて。そりゃ、江戸村とかに行けば職業忍者はいるだろうけど。だが、変態。貴様は男の子の夢である忍者を汚した、この乙姫容赦せん!」 近付くのは怖いので、小さい小指の常より小さい石を拾ってなげつける。 一応生徒の引率中なので、過激な方法は避けたいのと逆恨みも怖かったのだ。 やっていることは過激だが、どこかしょぼい男であった。「おい、実は近衛木乃香は関西のそれはもう大切なお姫様でな。現在、麻帆良にいる事はそいつらにとって不本意でな」「明日以降、三日間京都見物でござるな。巻き込まれたの、拙者ではござらんか?」「爺の思う壺だな。関西に雇われて情報収集に現れれば、護衛らしき甲賀忍者が」 とりあえず、勘違いかこの野郎とエヴァと長瀬も投石に加わった。 もちろん、直ぐにむつきが気付いてお前らは駄目とちょっと怒られたが。 やって来た警察にむつきはそれと知らず伊賀忍者を引き渡し、敬礼しあう。 それから岡崎の平和はこれで保たれたと一汗拭って振り返った。「ちょっとハプニングがあったが、急いで皆に合流するぞ」「全く、早とちりも良いところだ。長瀬楓、古いしがらみまたは使い潰されるのが嫌なら後日、ひかげ荘を訪ねるが良い。忍者として生きたいなら、そのまま爺の下へいけ」「ひかげ荘。最近、教室などで皆の囁きから漏れ出る場所でござるな。ふむ、拙者はじじばばから見聞を広めて来いと言われただけでござる。何も知らされず、派閥に取り込まれるのは少し。一度お邪魔するでござるよ」 お前も自分程じゃないが、耳は良かったなとエヴァはむつきと手を繋ぐ。 抱っこされては、また突然のハプニングに対処できないからだ。「ちょっと小走りになるぞ。エヴァは辛かったら言えよ。駆け足は駄目、他の観光客もいるからな」「はい、でござるよ」 一度やっぱり抱っこするかとむつきが尋ね、エヴァが断ったりしつつ。 三人は急ぎ足で、A組の集団である岡崎城の見学へと向かった。 花時計から岡崎城までは、一度ぐるりと林を迂回せねばならない。 その途中、城の石垣前の水堀と林に囲まれた若干視界の悪い場所があるのだが。 突然、糸が切れるように観光客の足並みが途絶え始め、通り雨前のように静かになった。 曲がりくねってはいたが、一本道でしかもお城が右手にあるのだから迷うわけもない。 それでも体中を巡る違和感が、何処か別の場所に迷い込んだように思わせていた。「あれ、お城あるよな。何で誰も」 むつきが小首を傾げた瞬間、その周りに先程と同じ黒装束の男達が複数人現れた。 しかも同心円状に、むつき達を中心にして囲むようにだ。「おのれ、仲間の仇。警察を説き伏せ、丸く治めるのに幾ら掛かると思って居るのだ。命を賭けてただ働きとか、馬鹿じゃねえの。忍者の世界に保険はねえんだよ!」「なにやら突然、世知辛い忍者の実情が赤裸々に語られたでござる」「魔法先生も以前愚痴ってたし、魔法や裏の世界はもう時代じゃないんじゃないのか?」「馬鹿に、馬鹿にしやがって。家族に正直に忍者って明かしたあの日。子供に螺旋丸やってと強請られ、出来ないって言った時のあの父に絶望した我が子の視線。貴様らに分かってたまるか。父ちゃんはナルトにゃ、なれねえんだよ!」 一人が逆上すると、次から次へとそれが伝わり、また一人と愚痴り出す。 彼女に明かしたらストーカー呼ばわりされた。 はたまた、長年隠し通して先日ばれたしだいに、熟年離婚の危機に陥ったりと。 悲喜交々、ちくしょうちくしょうと皆が忍者刀を手に太陽の光を反射させる。「アンタ達!」 そこへ率先して前へ進み出たのは、むつきである。 エヴァや長瀬を守るように両腕を広げつつ、力強い瞳で言い放った。「職業忍者の何が悪いってんだ、良いじゃん格好良いじゃん。子供だって何時かわかって、俺も父ちゃんみたいな忍者になるって言ってくれるさ!」 力説、それはもう拳を握ってまで力説していた。 その姿に未来の息子の姿を見たように、振り上げられていた忍者刀が落ちていく。 次のむつきの台詞を聞くまでではあったが。「だから集団で覗きに走ったあげく、逆恨みなんて。誇り持てよ、プライド持とうぜ!」 周囲に人が消えた時以上に、シンと周りが静まり返っていた。「そもそも貴様が、警察を呼ばなきゃこんな目に。アイツだって、結婚間近の彼女がいたんだよ!」「この野郎、やろうってか。どうせ模造刀とかだろ。俺には姉ちゃんを守り続け、最近では生徒で磨き上げたこの拳が」「もう、お前は喋るなややこしい。眠りの霧!」 またしても物理っと聞こえそうな、エヴァによる魔法薬の入った試験管での一撃だった。 発生した白い煙を吸い込み、むつきが崩れ落ちると伊賀忍者の刀も頭上を通り過ぎて終わる。 やはり素人ではと勘違いしたのも一瞬。 次の瞬間には、顔面を長瀬に貫かれ、水掘を石切のように弾んで石垣に衝突した。「おい、私は面倒は好かんからむつきしか守らんぞ。トイレでは、むつきが襲われたと勘違いしただけで。貴様を助けたわけじゃない」「結構なてだれもいるでござるが。拙者一人では少々時間が」「アイヤー!」 そこへ聞こえてきた奇声にもにた金切り声は、はるか頭上からであった。 忍者達も一斉に空を見上げ、その内の一人が小さな拳を顔面に受け止めた。「痛っ!」 そこで逆に痛みを訴え顔をしかめたのは、強かに拳を打ちつけた古であった。 びりびりと痺れる拳に、着地すると同時にぐらりとバランスを崩した。「馬鹿め、気の扱いも知らず。ど素人が、死ね!」「ふぅ、はっ!」 忍者刀にて切りつけられるも古の瞳は、体のバランス程には揺らいではいなかった。 髪一房、ほんの僅かに切れる程度に首を傾け、刃の銀光を見送る。 大きく足を引いてはバランスを立て直し、一気に前へ。 舐めていたのはお互い様、彼の言う気は知らないがそれはそもそも中国のものだ。「はいヤァッ!」「馬鹿が学しゅっ!」 嘲り笑う忍の懐にて、ハンマーでも打ちつけたような鈍い音が響き空気が震えた。 それこそ馬鹿なという台詞も口に出来ぬまま、忍の一人が地面に沈んだ。「学習能力がないのは先刻承知アル。けれど、四千年の歴史は体に染み付いてるアルよ。とは言え、危なかったアル。楓、助っ人にきたアル!」「おお、助かるでござる古。それに真名」「学園長から、護衛代は貰っている。ついでに先生の護衛代と、この旅行は大もうけだ」 どよめく忍者達も、龍宮の林の奥からの狙撃にて倒れ込む。 慌てて上忍らしき人が散開と叫ぶも、もう遅い。 周囲の確認もままならず動き出したところで、古や長瀬に回りこまれ不意打ち気味に意識がブラックアウト。 取り出した刃物も次々に、狙撃で弾き飛ばされてしまう。 やけくそで眠るむつきを人質にと思った者もいたが、そういった者が一番運が悪い。 一番無防備に寝こけている人物が、その見たままに無防備であるはずがなかった。「ほう、命知らずが。それとも実力に差があり過ぎて、理解できなんだか?」「我ら忍者は、子供とて容赦しない。そこをどっ、ぅぐぁ」 最後まで台詞を呟く事すら許されず、その忍者は糸で首を絞められ宙吊りに。 もがき喉を引っかいても細い糸は爪にも引っかからず、肌に張り付いたように取れない。 もちろん、エヴァは今更手を汚したくはないので適度に気を失った所で解放されたが。 ここまでの間でエヴァはむつきのお腹の上に座ったまま、一歩も動かないどころか立ち上がってすらいなかった。「良い事を思いついた。一人退けるたびに、一回キスしよう。おい、お前ら適度にこっちに敵を回せ。十連コンボで今夜はセックス一回だな」 よし来いっとちょっとエヴァが気合いを入れた分、古と長瀬の動きが鈍りもした。 幸運だったのは、そのセックスという言葉でエヴァとむつきが他人からは結びつかなかったことか。 あれよあれよろ忍者達は数を減らし、ついには数の上でも立場が逆転してしまう。 多勢に無勢と長瀬が困ったと呟いてから数分も立たずにというのにだ。 残すは上忍を含めたったの三人であった。「くっ、ここまでてだれがいるとは聞いていないぞ」「使い捨ての忍者に何故そこまで情報を明かす必要がある。それに、貴様達は情報収集を望まれただけで戦闘員としてはあまり期待されていなかったのだろう?」「おのれ、我々を侮辱するか!」「そうヨ、侮辱は駄目ネ。誇り高い忍者の皆さんに失礼ヨ。謝罪するネ、伊賀の皆サン」 エヴァが嘲り笑い相手が激昂したところで、満を持しての登場であった。 姿こそ麻帆良女子中のものであるが、悪い顔で笑みを浮かべ小鈴が現れた。 なら後は任せたと、エヴァはひいふうみいと指を折り数え、にんまりと笑う。 くうくう寝こけているむつきの胸の上にちょこんと跨り、舌舐めずりしてから唇を奪い始める。 呼吸をする間も惜しむ様に、倒した忍者の数だけ唇を奪い、たらっと垂らした唾液を飲ませた。 小さな姿での行為も割りと背徳的だなと、ぞくぞくと身震いしてはキスを繰り返す。「むつき、むつき」 初心な古や長瀬も顔を赤らめており、マジでかと忍者達も目を丸くしていた。 なにせ西洋美幼女が大の大人に跨りキスを繰り返すのだ。 一人の忍者が、「ぅゎょぅι゛ょぇʒぃ」と股間を押さえ、上忍に殴られていた。「さて、勝者は明らかにこちらネ。交換条件といかないカ?」「それは我々の命という意味か。だったら、舐めるな。その一言に尽きる」「おおう、時代遅れも甚だしいネ、橘圭吾さん?」「何故、私の名前を!?」 上忍が超の呟きに過剰に反応して、しまったと呟いていた。 だが突然本名を呟かれてはそれも当然か。 それから超は倒れている者も含めて、一人ずつ指を指しては名指ししていった。 何もかも終わりだと、裏の仕事のみならず表での生活もと上忍以外が膝を折る。 自分一人ならまだしも、彼らにも愛する家族が、表での普通の生活があるのだ。「さて、貴方達の全てはこちらが握っているネ。大切な家族も、友人も」「我らの家族は何も知らぬ表の者だぞ、腐っているのか!」 自分を省みず上忍がそう口汚く罵った次の瞬間、ピッと光が空より放たれた。 岡崎城の水堀に落ちたそれは、ボンッと水蒸気爆発を起こして飛沫を散らし始める。 これにはエヴァも、本当に軌道衛星砲がと驚いていた。 さすがの龍宮も、本当に時代じゃないのかと自分のライフルを見て肩を落とす。「言葉には気をつけて欲しいネ。別に何を言われても良いガ、親愛的の前だとさすがにイラッとくるネ。それに親愛的を先に襲ったのはそちら」 エヴァに性的悪戯をされているむつきを見て、ううむと色々な意味で上忍改め、橘が唸った。 同じく超もううむと唸り、一度深呼吸してから要求の再開である。「こちらの要求はそう難しい事ではないヨ。今直ぐ、西の仕事から抜ける事。もちろん、相応の対価は払う。先に掴まった彼の保釈にかかるお金は別として一人一千万」「一千万だと、それも一人ずつ。信じられるか」「何を言ってんですか、橘さん。関西呪術協会の依頼なんて、全員纏めて一千万じゃないですか!」「信じた方が良いでござるよ。情報通ならば知っているはず。麻帆良の最強頭脳、超鈴音を」 長瀬が助け舟を出すとぬぐぐと、橘が唇を噛み締めていた。 確かに一人一千万は大金で、関西呪術教会の依頼金から個人個人が貰える金などはした金だ。 それでも関西呪術協会からは、時々ではあるが仕事が落ちてくるのだ。 今裏切って一時だけ一千万を得ても、今後忍として生きていけなくなればどうなるか。 大金だが有限の金では家族をこれからも養え続ける事はできやしない。 かと言って、今見せられた何かしらの方法で殺されては同じ事だ。「さすが、背負うものがある人は目先のお金では動かないネ。解った、それなら一千万は取り下げるネ。変わりに、超包子の警備会社を一社立ち上げるヨ。橘サン、貴方がその警備会社の社長ヨ」「は?」 スケールのでかい話が右往左往して、橘も段々と思考力を失い出す。「不安定で危険、保険さえも効かない世知辛い裏の世界で何時まで生きる、生きられる気ネ。いっそ裏を捨て、安らぎに満ちた光の世界に戻っては?」「部下を纏めた事はあっても、経営などした事がない」「もちろん、アフターケアはバッチリネ。超包子の名を冠した警備会社。私が手を抜くとでも? やるならいっそ、世界一の警備会社を目指すネ!」「アンタの目的が見えない。まさか、世界中から裏の世界でも消す気か?」 もうなんとでもなれと、橘が自嘲的に呟いた。 すると目を丸くした小鈴は、おおっと目を見開いてつかつか橘に歩み寄った。 それから両手を握ってぶんぶんと盛大に握手して、ぱっと笑顔を咲かせた。「その発想はなかった。橘サン、貴方天才ネ。親愛的と幸せになる片手間に、世界中から裏の世界を消すのも面白そうネ。魔法、気、忍いらないネ。全部、全部いらないネ!」 ひゃっほうとクルクル小鈴が小躍りして、橘達のみならずこれにはエヴァ達もぽかんとしてしまう。「裏の世界を、強者の世界を消すアルか?」 そう茫然と呟いたのは、古であった。 そんな親友の呟きに気付かず、小鈴はいらないいらないと歌って回っていた。 裏を嫌うとか、憎むとかそういうのではなくいらないと捨てる。 捨てさせる事が出来るとこの蝶天才は自分を信じて疑わない。「ん~、ぷはっ。ちょっと物足りないが、続きは夜だな。ところで、私は吸血鬼なのだが?」「さよサンを生き返らせる要領で、エヴァンジェリンの魂を新たな器に移すだけネ。それなら親愛的の子供だって孕めるネ!」「おい、私は半魔というか。魔族の存在はどうするつもりだい?」「鎖国、これに尽きるネ。どちらに住むかは龍宮サンやザジサンに任せるヨ。私はどちらでも、貴方達が望むようにするだけネ」 こいつは真性のキチガイかと、橘やその部下ももはや二の句が継げない。 長と話しあう時間をくれと、超からの手付けを貰い仲間を抱え去っていった。 それから数分後で、元の人並みも戻ってくる。 何時までもむつきを寝かせていられないので、長瀬が活を入れて気付けした。「あれ、俺なにしてたんだっけ?」「親愛的、何時までも長瀬サンをトイレに連れ込んで戻ってこないから心配したネ」「小鈴、てか皆の前でそう呼ぶな。違う、違うからな。別に俺の家でとっかえひっかえ」「先生、私は知ってるよ。楓や古は、今知ったんだけどね」 突然目が覚め、気が付けばクラスの武闘派が勢ぞろいの中、やっちまったと頭を抱えた。 もう本当に誰が知っていて、誰が知らないのか。 待てシンキングタイムとむつきが手を挙げたところで、突然古が叫んだ。「超!」 だがそれはむつきへの詰問ではなく、矛先はとんでもない方向であった。「親友として、人生を賭けた勝負を申し込むアル!」「ううむ、少しはしゃぎ過ぎたネ。だが、古ならそう言うのは当然。しからば、親友としてその決闘受けるまでヨ!」 むつきのあずかり知らぬ場所で、突然中国人留学生同士の決闘が決められている。 ちなみにこの時、古の頭の中からむつきに関する卑猥な情報は殆ど忘れ去られていた。-後書き-ども、えなりんです。今回、一部で機種依存文字を使っているので読めない個所があるかも。そもそも使うなよって感じですが、許してください。ちなみに「うわようじょえろい」の箇所です。さて超無双という感じのお話でした。しかし、超天才と書こうとするといつも蝶天才になってしまいます。これが一番困る。武装錬金のクロスを書き過ぎた過去から自動変換されてしまいます。まあ、PCが新しくなった今ではそんなことありませんが。それでは次回は土曜日です。エヴァではなく亜子と千雨の初夜です。