第七十三話 人生最強更新中! むつき達と別れ、先に道を確認しに行くと言った神多羅木と刀子であったが。 やはり思った通り、行けども行けども竹林は延々と続き、やがて置いて行ったはずのA組の子達の集団の最後尾が見えた。 恐らくは捻じ曲げられた空間を一周してきたのだろう。 いくらなんでも先に行って後ろから現れては辻褄が合わない。 もう少しだけ待ってくれと心中でお願いしつつ、再度引き返して距離を開けた。 何か戦闘が発生しても、迂闊に巻き込まれないようにだ。 改めて状況を整理する為に、落ち着こうかと言葉なく視線で意志の疎通をはかった。 今回護衛対象が多いとはいえ、これぐらいの状況は今までに何度も潜り抜けてきた。 神多羅木はタバコに火をつけ、刀子は長い髪を櫛で梳いてそれぞれ焦る心をリセットさせる。「刀子、この呪術に覚えは? 空間系のようだが」「私は剣士だから門外漢だけど。呪術師が良く使う手ね。破壊そのものは簡単なんだけど、力の源である印を探すのが面倒よ」「そいつは困ったな」 全く困って無さそうに、言いながらふうっと神多羅木が煙を吐き出した。 もくもくとやけに煙が多い、女子生徒が多い為に吸えなかった鬱憤を晴らすように。 いや、もはや小火と見間違えられてもおかしくはない量になりつつあった。 刀子もタバコの煙にまかれながら文句一つ言わず、髪を梳き続けている。「見つけた。竹林、傷つけるなよ。何処まで作られた空間かわからん」「神鳴流は、そういうの得意なの。知ってるでしょ」 ふいに呟いた神多羅木の言葉に何一つ疑問をさしはさむ事はなく。 刀子は櫛を胸ポケットにしまい、代わりに軽く手を振って袖口から匕首を取り出した。 そのまま神多羅木が見つけたと教えてくれた方向へと振り返らず、腕だけを振った。「神鳴流奥義。斬岩剣、弐の太刀」 竹林をそよがす穏やかな風を引き裂く鋭い風がピンッと走った。 一瞬だけ竹の葉がそよぐ音が大きくなったかに思えたが、竹林は何も変わらず。 穏やかな風に葉や節くれだった幹をそよがすのみ。 それから数秒後、ふっと周囲が暗くなっては巨大な物体が落ちてきた。 竹林の道を陥没させる程に重く、巨大なそれは岩で出来たような蜘蛛であった。 大きな牙のある顔面には巨大な傷が生まれており、刀子が放った技のせいだろう。 その巨大な蜘蛛の上には、肩を出すように着物を着崩した黒髪の女性がいた。 ちょっぴり涙を零して半泣き状態の天ヶ崎千草である。「あっ、ぶないやんか。旧友に、なにするんや!」「人を突然空間系の呪術に閉じ込める人を旧友とは言わないわ」「なんだ、知り合いか?」「私が西に残り続けていたら、将来的にコンビを組む予定だった相手よ」 どうりでと、衛生からの映像にて見覚えがあるような反応をしていた事を思い出した。「ねえ、千草。お嬢様が実家に帰るだけじゃない。西は何をそんなにカッカしてるわけ?」「ふざけへんで。お嬢様が帰省するだけならまだしも、それに西洋魔法使いはついてくる。さらにクラスまるごとどすえ。あれやれこれやれ、普段の仕事はスケジュールの無茶な短縮化!」「苦労、してるんだな」「他人事みたいに、事の張本人が黙っとき!」 女には口では勝てんと、残り少ないタバコを大事に吸い始めた。 またあの集団に戻れば、しばらく吸えない身である。「今気付きましたえ。あんさん、刀子が西を抜けた時のええ人?」「わ、別れた……」「は?」「別れたのよ、何よ文句ある!」 流石にそれは禁句なので神多羅木が、むしろ早く戻りたいと視線をそらした。 眼はサングラスの奥なのでそれが何処まで意味のあった事か。 訝しげにした千草のおかげで、刀子から自分から少し言いづらそうに告白する。 二度聞かれた為、気を使えとばかりに大声で言わされた。「別れ、あは。あんだけ啖呵切って抜けておいて、別れた。あはは、騙されたえ。やっぱ東の魔法使いに騙されてたんやえ!」「違うわよ。そのちょっと……セックスレスが、兎に角違うのよ。それにアンタこそ、もう若くないくせにまだそんな格好。どれだけ自分を安売りしてんのよ!」「これぐらいせえへんと、若い巫女に勝てへんのや。はっ、ばつ一。やーい、ばつ一」「それが何よ。今の私には可愛い年下の恋人がいるもん。一昨日だってすっごく可愛がって貰って。刀子さん可愛い、綺麗。すっごい激しく一生懸命で。もう私がいないと駄目、みたいな」 男も女も、見栄の張り合いは虚しいなと神多羅木はもうしゃがみ込んでいた。 自分に無関係な女のキャットファイトなど、見ていて楽しい程にサドでもなく。 やはり女は癒し系だと、むつみを今夜は可愛がろうと決意したり。 関西呪術協会からの手出しも、この程度なら然程気にする程でもない。 と思った所で、凄く重要な事を思い出した。「あーっ、天ヶ崎だったか?」「なんや、西洋魔法使いが慣れ慣れしい!」「アンタ帰ったら一応、自分の通帳確かめた方が良いぞ。あのクラスに、凄く科学技術に詳しい奴がいてな。衛星からアンタを発見して個人特定したばかりか、ボタン一つで残高ゼロのピンチだ」 最初天ヶ崎はそんな神多羅木の言葉など信じてなどいなかったのだが。 刀子がやばっと何かを思い出したように顔色を変えた所で、少しだけ信じる気になったようだ。 だがたかが女子中学生が衛星を使ったり、勝手に他人の口座を弄ったりなど完全に信じられるはずもなく。「わ、私の貯金。まさか……素敵な彼と、お座敷のあるお家で柴犬飼うて」「いえ、まだ大丈夫……のはず。千草、あのなんて言ったら良いか。まずは貯金よりも、可愛い年下の彼じゃない?」「私は年上が好きどすえ!」 中途半端に天ヶ崎を怒らせる結果になっただけのようだった。「もう絶対許したらへんえ。裏切りもんの刀子も、そこの髭……よう見たら、ちょっとダンディ」「すまんな、ちょっと遅かった。これから沖縄に結納に行く予定だ」「死ねぇ、全部全部死ねぇ。式神、ありったけ来や!」 もう主義主張も全部かなぐり捨て、目の前の敵は滅殺とばかりに。 天ヶ崎は着物の袖口から呪符をばらまき、式神を召喚しまくっていた。 あまりに召喚し過ぎて許容量を超えてふらっともしていたが。 巨大蜘蛛の追加から、小猿に大猿、前鬼に後鬼とよりどりみどり。 ただ蜘蛛以外は本人の趣味なのか、可愛いヌイグルミのような外観であった。「あの歳で少女趣味か」「あの子、実力はあるんだけど。あの趣味のせいで気が抜けるって周りから敬遠されてたのよね。まだ治ってなかったんだ」「ほっときやっ!」 どうやら、まだまだ戦闘はこれからのようで。 二年A組が竹林から抜けるのには時間が掛かりそうであった。 一足先に謎の影を追った古であったが。 別に危険に陥ったり、苦戦してなどはいなかった。 かといって彼女が類稀なる才気にて、謎の黒い影をボコボコにしている事もなく。 急いで追いついた長瀬、龍宮、春日はその光景を見て思い切り脱力した。 一体この空間はどうなっているのか、竹林の中でも少し開けた場所での事である。 衛生からの映像でも見た黒ずくめの少年、年の頃は小学校高学年から中一ぐらいだろうか。 元気に飛び跳ねるツンツンの髪を持った学ランの彼、犬神は半眼でしゃがみ込んでいた。 器用に膝に肘をついて手のひらで顔を支え、あきれ返った様子だ。 ただ右頬は真っ赤に腫れあがっており、古の一撃が直撃した様子であった。 同じく衛生で見たくすんだ金髪の少女は月詠、彼女は同年代ぐらいだろうか。 小太刀日本を手にウキウキと、犬神とは対照的な様子で眺めていた。 そう二人が何を眺めていたかと言うと、竹林の中でふんふん腕を上下に振っている古であった。「おかしいアル。気が出ないアル。昨日とさっきは出たアルのに!」 敵の少年少女に見守られながら、古は必死に気を出そうと奮闘していた。 どうやらまだ気の扱いが不安定なようで、苦労しているようだ。「姉ちゃん、初心者じゃん。凹む、女にしかも初心者に迎撃された。月詠の姉ちゃん、この姉ちゃんの相手任せた。ああ、俺もうやる気でえへん」「うちかて、まだ御免どすえ。拳法家なのは不満ですけど、気を覚えたら大変美味しそうですから。もう少しだけ待ちましょう、小太郎君」 ついに犬上はうがあっと寝転び、自分から襲いかかっておきながら職務を放棄。「これ、どういう状況ッスか。乙女の羞恥をかなぐり捨てたアッシの勇気は!?」「拙者らも同様でござるよ」「出来れば、ここらで引いて欲しいのだが。強化BB弾とは言え、撃てば撃つほど懐が痛むんだ」「もう、また女かいな。俺も千草の姉ちゃんの方に行けばよかった。西洋魔術師の男、一人だけやんか。さっきの兄ちゃん一般人やし」 戦いたい戦いたいと、犬上はもはや駄々っ子同然。 おいおいこれが関西呪術協会かと、下っ端とは言えどうにかならないのか。 駄々っ子と言えば、古もちょっとそうなっていた。「別に気がなくても戦えるアル。けれど、全力が出せないのは相手に失礼アル。でろー、気でるアル!」 段々と駄々っ子が怪しい踊りに変化し始めもしている。「古、落ち着くでござる。闇雲に力を望んでも古の心は答えを返してはくれんでござる。先程、何を思い乙姫先生を助けたでござるか? まずはそこからでござる」「何をアルか?」 長瀬に言われ思い出そうとするも、本当に咄嗟の事で殆ど覚えていない。 何故、犬上の拳の迎撃は的確で体はちゃんと普段通り、いや普段以上に動いていた。 何が違った、何の為に拳を拳法を振るった。 云々と唸る事数十秒、ピンと閃いた瞬間に古は赤面していた。 それはもうぽっぽと、その意味が分からなかったのは幼い犬上ぐらいか。「先生を守りたかった。傷つけられるのは、嫌アル。先生は普通の人ある、小太郎の勘違いだったみたいだけど、理不尽な力に傷つけられるのが。あっ」 なるほど、だからとすっと今までの疑問が心に落ちてきた。 親友である小鈴が何故に、裏の世界を消そうとしたのか。 拳法ではなく、恋に生きろと賭けたのか。 純粋に自分を鍛える戦いのみ望んでいては、これに気付く事は無かったろう。 力を得たものはそれを振るいたいと思うのは当然。 古だって、日々鍛えた力を凌ぎあう為とはいえ振るいたいと考えている。 だが、同じ拳法家や裏の世界の住人だけでなく、全く関係ない人に振るいたいと思う者が絶対にいないとは言えない。「今まで私は自身の為に、古家の為に力を欲してきたアル。けれど、それじゃ駄目アル。この力は無辜な人の為に。乙姫先生を守る為に」 そう自覚した途端、風が、黄金の風が古の体から自然とあふれ出していた。 然程意識して練り上げていないにも関わらず、後から後から溢れてくる。 これには女ばかりと嘆いていた犬上も、駄々っ子から跳ね起きていた。 男女に関係なく、心がわくわくする。 好敵手になり得る相手を前に、うずうずと好奇心旺盛な瞳を向けていた。「姉ちゃん、関東からはるばる来たんや。関西とか関東とか、関係なしにやろうや」「うむ、技術を比べる決闘は望むところアル。今の私は恐らく、まだ短い人生ながら最強。力は目的あってこそ意味を成す。愛、かどうかは分からないアルが。守りたい!」 そう叫ぶように拳を握ると、あふれ出していた黄金の風が凝縮された。 そのままフッと消えたかに思えたが、古の体をわずかに覆っていた。 方向を見失い彷徨っていた風が、指標を得て安定して流れ出したかのように。「まさしく天才。覚えたての気をあそこまで流暢に操るとは。ところで、真名、美空殿。どうしたでござる?」「いや、世界が違うって言うか。龍宮さん、もっと右。背中が痒くて」「同感だ。次は私だ。背中が痒くてたまらん」 長瀬はこれぞ初恋と眩しげにうんうんと頷いていたのだが。 春日や龍宮は見ていられないとばかりに、お互いに背中をかきあっていた。 甘酸っぱいああいうのは苦手だとばかりに。 ピンクとまでは行かないが、柑橘系の匂いがしそうな空間に少しばかり勘が鈍っていた。 楽しそうに犬上と古が拳を交えあう中で、一人足りなくなっていた。 月詠、そういう名であったはずの小太刀を日本持った少女が消えてしまっている。 これまであえて指摘こそしなかったが、龍宮にはあの人種が何か匂った。 古のように戦いを望む性質だが、その一歩先、血と戦場を求めるタイプだ。「まずいぞ、呆れ果てて帰ったならまだしも。皆がいる方に行ったら」「くーちゃん、くーちゃん。ドラゴンボールしてる場合じゃないッスよ。あの月詠って子がもしかしたら先生がいる方に!」 春日の言葉に、楽しい時間を捨ててまで古が振り返っていた。「なんだとアル!?」「姉ちゃん、余所見しんといてや。こんな楽しいのは久しぶりや。女も捨てたもんやあらへんな!」「し、親愛的ィ!」「ごばっ」 咄嗟に親友の口調が移り、古は犬上を上空へと竹の葉が擦れる空へと打ち上げていた。 まだ十四年という短い生だが、生涯最強の名に恥じぬ一撃であった。 そのままどさりと落ちた犬上を置いて、走って戻っていってしまう。「嘘やろ、急に拳のキレが、なんでや。技術は劣っても気の扱いはまだ俺が」「愛でござるよ、愛」「あ、愛ってなんや……ぐふっ」 生涯に渡る疑問を呟きつつ意識を失った犬上を長瀬が抱えあげた。 捨て置くには忍びないし、根っからの悪人でもなさそうだ。 他に誰もいない事を確認だけして、長瀬達も急いで戻り始めた。「やばいッス、やばいッス。桜咲さん、このか一筋だし。くーちゃん正気じゃないし」 下手に個々が強いだけあって、連携も何もないと一番焦っていたのは一番非協力的だった春日であった。 一匹の獣が竹林の中を動き辛そうな白ゴス姿で駆け抜けていた。 気に目覚めつつある才気溢れる拳法家の少女も美味しそうといえば美味しそうだったのだが。 やはり好みから言えば、同じ剣術家が望ましい。 天ヶ崎の方に一人そういった匂いの人がいるが、なんとなく歳が行き過ぎている。 そんな折、竹林の間をぬって流れてきた匂いに、香しい匂いが混じっていた。 同じ神鳴流それも普通の人間ではない、混じり者。 自分と同じ歪みを持ち、同じ剣術家、それも同じ流派である可能性が高い。 天ヶ崎の方の人が神鳴流を使った時の独特の気の流れが発生していた。 ならば連れ立って来ている剣術家も恐らくはと考えるのが普通だ。「あはっ」 関西だ関東だと言いつつも、何処か甘い天ヶ崎や犬上とは異なる笑み。 瞳の色が黒く染まり、三日月に割れ猫の瞳の様に金色に輝いていた。 ニッコリ微笑んでいれば可憐とさえ評されそうな少女の正体は、古が恐れたばかりの、龍宮が予想した通りの血と戦場を求める悪鬼であった。 二年A組の中の誰かに同族意識を強く持ち轢かれつつ、間逆の感情を抱く。 切り刻みたい、轢かれた同族と死の果てまで切り結びたいと竹林を一気に飛び出した。「見つけましたえ!」「龍宮達は、このちゃん伏せて!」「えっ?」 飛び出した高さが高かった為、皆その言葉が何処で発せられたのか分からなかった。 まさか上と見上げるより早く、月詠が振るった斬撃が集っていたA組の集団の中に落ちた。 間一髪、夕凪という銘の太刀を桜咲が抜いて誰もいない場所に誘導したのだ。 だがアスファルトが深くえぐれるように割れ、土煙が上がり一体何事だと悲鳴が上がる。 パニックに陥るクラスメイトの中にて、桜咲が落ちてきた月詠と鍔迫り合いをしていた。「何者!」「あはっ、やっぱり神鳴流の。月詠と言います、よろしゅう」 土煙の中、何時誰が飛び出してくることか。 こんな場所で、一般人がいる場所で正気の沙汰ではないと桜咲の剣が鈍る。 それは普通の事かもしれないが、決して表に出すべきではなかった。「たぶん、せんぱい? せんぱい、どうして全力をだしてくれはりませんえ?」「この状況で出せるはず」「なら、出せるようにしてあげますね」「え?」 あろうことか、月詠がとった行動は異常も異常。 一般人から裏を隠すどころか、裏を表にだそうとその一般人へとその凶刃を向けたのだ。 土煙の中で咳き込み、涙目で現れたのは明石であった。「ほら、一人ぐらい死んだ方がせんぱいもやる気が出るでしょ?」「あれ、なにこれ。時代劇? 突然、時代劇の撮影が。桜咲さんって芸能人だったっけ!?」「明石さん、逃げ」「さよなら」 桜咲の太刀を抑えた小太刀とは逆、もう一本の小太刀にて明石の首を狙い横一文字に振り払う。「アデアット!」 その凶刃が首の皮一枚を切りつけた瞬間であった。 必死の叫び声を上げた何者かが、晴れ始めた土煙を裂いて飛び込んできた。 神速を更に超えたスピードで、明石を抱きかかえ転がっていく。 自分の剣速より速いと、ニヤリと笑った月詠の一瞬の隙を桜咲は逃さなかった。 間合いが近いので太刀を翻し、柄頭で月詠の顎を跳ね上げたのだ。 浮いた小さな体の腹部を更に蹴り上げ、降りてきた空へと蹴り上げ返した。 間髪おかず、それを見ていた春日が目を回している明石を腕に抱きかかえながら叫ぶ。「くーちゃん、上。狙って!」「任されたアル。キツイ、愛の一撃アル。人生最強更新中!」 顎と鳩尾、ダブルで急所を攻撃され意識が飛び中の月詠を、さらに竹林から飛び出してきた古が反対側の竹林へと殴り飛ばした。 それこそ息の根を止める事を覚悟した一撃だったが、狂人は強靭だった。 殴り飛ばされた衝撃で我に返り、くるりと猫のように体の向きを変え一本の竹に足をつく。 しなる、千年の歴史を積み上げてきた竹林の竹一本が一人の少女を楽々と支えた。 反発するように再び月詠は古へと撃ち出され、無防備なその一瞬を狙った。 だがたった一人で戦う月詠とは違い、彼女達には味方が大勢いた。「古、体を捻れ!」 叫んだのは、まだ竹林の中に伏せていた龍宮であった。 龍宮の言葉に宙で僅かに体を捻った古の表面積が減った部分へと銃弾が撃ち込まれた。 小さな強化BB弾を次々に月詠は小太刀で弾いたが、次いで撃たれたショットガンは無理だった。「古菲さん!」 撃ったのは田中からショットガンを預かっていた絡繰である。 同時多数ありったけ放たれた玉など、防ぎようがない。 体中を強化BB弾に貫かれ、今度こそ竹林の向こう側へと月詠が吹き飛ばされていった。 今度こそ竹林を少し破壊しつつ地面に叩き落されたが、それでもまだ狂気は消えない。 土煙が晴れるまで時間もなく、このままではいっそ命を奪うしかないのか。 誰もがそんな覚悟をした時、動いたのは状況をつぶさに観察していた小鈴である。 ハンドガンに一発の銃弾を込めて、倒されながら起き上がろうとしていた月詠を撃った。 銃弾を受けた次の瞬間、透明な球体少し風景が滲むそれに月詠が包み込まれた。「こんなもの、せんぱい。まだ、まだ殺しあって」「世界でも斬れない限り無駄ネ」「強制転移、精々が三キロ程度。直ぐに直ぐに戻ってきますえ!」 自分を包む力場を咄嗟に悟った月詠が、そんな捨て台詞と共に消えた。「確かに三キロ普通に飛ばす程度なら。でも、地下に三キロだったら?」 小鈴のその言葉を聞かぬままにである。「超りん、それリアル石の中にいる。痛てて。うわ、足がぱっくり切れて。痛い、痛たた」 間一髪、加速装置付きシューズという魔法の道具で明石を助けた春日が笑いながら痛みを訴えた。 間に合った事は間に合ったが、右のふくらはぎがぱっくりと切り裂かれてしまっている。 あまりに見事な切れ方か、または筋にそったものか出血はさほどでもないが傷は深い。 この土煙の中で、あまり長時間放置しているとばい菌がはいりそうだ。 ならばと犬上を抱え送れてやってきた長瀬が、懐から薬草を取り出し貼り付け胸に巻いていたさらしで応急処置であった。 忍びだけあって手早い所作に、春日の訴えに反応したむつきが遅いぐらいだ。「おい、その声は春日か。皆、土煙がはれるまで迂闊に動くな。ぶつかり合いたくねえだろ」「動きたくても動けない。なにこれ」「きゃははは、重力百倍」 釘宮や椎名の楽しそうな声に続き、動きたくてもと次々に訴えがあがる。 むつきは怪我でもと焦るばかりだが、その実は違った。「パニックというものは、起きた後での怪我の方が多い。覚えておけ、ひよっ子ども」 一般生徒が慌てて怪我をしないように、魔力の糸で抑えてくれていたのだ。 といっても、当人はむつきが悲しむからという理由ぐらいであろうが。 あと、一応は同じ秘密を共有するひかげ荘メンバーを守るためにも。 聞いたら本人は一生懸命に否定するだろうが。「うし、ようやく煙がって。なんじゃこりゃ!」 緩やかな風も考え物で、時間をかけてゆっくりと土煙は晴れていった。 改めてむつきが周囲を確認すると、なんという事だろうか。 自分達が休憩していた丁度真ん中辺り、地面がアスファルトごと抉れていたのだ。 まさかガス爆発でもとも思ったが、そこまで深いわけでもなく。 特に異臭もしないと鼻をすんすん動かしては、残っていた土煙を吸い込んでくしゃみをしていた。 先生汚いと笑われ、うるせえと鼻をずるっとしている。「危ないかもしれないから、ちょっとだけ移動するぞ。それから点呼だ。おい、春日。お前その足、どうした?」「たはは、瓦礫か何か飛んできて。楓ちゃんが忍秘伝の薬でぱぱっと応急手当してくれたッス。超痛い」「秘伝ではござるが、忍者ではござらんよ」「そっか。春日は俺が背負うとして、長瀬。お前は誰を背負ってんだ?」 痛い痛いと喧しい春日には、普段よりちょっと優しくして背負ってやった。 竹林を抜けたら一先ず、病院へ連れて行かなければならないか。 そう考えていると、長瀬が抱きかかえていた一人の少年の存在に気付いた。「どうやら、何処かの修学旅行生らしいでござる。巻き込まれたようでござる」「なら一先ず一緒にだ。後でそいつの学校も探す」「あ、いえ。何処か見覚えのある。恐らくは、現地の学生が遊びに来ていたのではないかと」 探しても見つからないだろうと、京都出身である事を使って桜咲がそう言い出した。 郷に入りてはではないが、むつきも桜咲がそう言うならと深くは突っ込まなかった。 起きてから当人に聞けば良い問題でも有るし、ガス爆発か何かがあった場所から少し全員で離れていった。 もはや竹林への被害を考慮できなくなっていた。 刀子と天ヶ崎が知り合いといえど、そこは所属する組織が異なるだけのプロだ。 多少私情にかられた口喧嘩こそあったが、仕事はきっちりこなす。 天ヶ崎は召喚し過ぎた式神を全て一度に操ろうとせず、弱い者はオートで。 これと見込んだ自信のある式神だけを操り襲いかからせた。 そのこれと見込んだ式神が可愛い外観なのは、プロのこだわりの範囲か。 刀子と神多羅木も、オートの式神は無造作に手当たり次第に破壊する。 それが小猿のような小さな式神ならば問題ないが、特に巨大蜘蛛が問題だった。「心が痛むな」 そう呟きながら風の塊で巨大蜘蛛を吹き飛ばせば、当然竹林がへし折れ押し潰される。 千年の歴史か人の命か、とりあえずそれが自分の命なら大事にするのが普通だ。 呟きの内容に関わらず、神多羅木はあっさりしたものであった。「これ、困るの関西呪術協会じゃないのかしら。千草、まだやる?」「せやな。ここら一帯の式神全部倒したら終わりますえ」 一帯といっても当初から半分以下に数を減らし、天ヶ崎はそれ以降召喚もしていない。 さあもう一頑張りと、神多羅木もびっくりな気楽さであった。「やる気を失くすな。目的は既に達した感じか」「貴方、やる気を出した事があったかしら?」「そうだな、最近だとむつみを抱いた時ぐらいか」 そりゃやる気違いだと、青筋を額に浮かばせながら刀子はまた一匹鬼を切り裂いた。 一応は周りへの被害を考慮して丁寧に対処していたのだが。 天ヶ崎の様子からも、この空間内の被害は表に影響しないのだろう。 もういいやと神多羅木に目配せし、準備に入らせた。「ディグ・ディル・ディリック。ヴォルホール」 当然、無防備になる一瞬を狙って式神が殺到するが刀子が代わりに一手に引き受ける。 多少負担は増えるが、堪える程ではない慣れているという意味で。「おっ、これが噂の詠唱魔法どすえ」 巻き込まれてはたまらないと、天ヶ崎が距離を空ける様に後ろに跳んだ。「逆巻け夏の嵐、彼の者等に竜巻く牢獄を」 素早く神多羅木が詠唱を完成させ、刀子が目の前の巨大蜘蛛を蹴り飛ばし下がった。「風花旋風、風牢壁」 そう最後の詠唱を済ませた瞬間、神多羅木の間の前に巨大な竜巻が生まれた。 竹林ごと包み込むような巨大な竜巻は式神を巻き込み巻き上げ、外周を集束させていく。 そのたびに式神を巻き込み斬り裂き、一匹また一匹と元の呪符に戻していった。 纏めて一掃、ただし最初に危惧したとおり竹林の一部もまた破壊してしまっている。 さすがの神多羅木も、後始末が大変だと溜息をついている。 そして竜巻を手の平で操るように、ギュッと拳を握り上げた。 集束の速度が一気に上がり直径一メートルもなくなり、最後にはすべて消えた。 あれだけいた式神もそれを巻き込んだ風も、あと少しの竹林も。 残ったのは竜巻の名残である夏には嬉しい微風だけだ。「さて、全て倒したわよ千草」「倒したのは俺だがな」 守ってあげたでしょと軽いやり取りの後、改めて尼崎を見ると肩を竦めていた。 それからややおざなりな拍手と気安いものであった。「腕が衰えるどころか、随分と鍛え上げたものね。離婚して、やる事なくなって剣術にでも打ち込んでたん?」「ぶち殺すわよ」 大怖いと相変わらずの女の戦いが繰り広げられそうであったが。 さすがにもう十分だろと嫌々、神多羅木が間に割って入った。 クラスメイトの方が戦力過多とはいえ、余り放っておくのも怖い。 自分達コンビでもあの戦力は落とせないが、万が一という事もある。「東の戦力調査ってところか?」「ご明察、刀子が来るってんでうちにお鉢が回って来たんどすえ。知った仲、刀子は西も東も知っとるから。戦争なんてごめんやろ。すんません、内密にってところや」「だと思った。長は本当にこの件を知らないだろうけど。やっぱり、貴方過激派に入ったのね」 文句あるかと天ヶ崎が別の意味で剣呑な表情になったので、刀子も両手を上げて何も言わなかった。「まあ、これから結婚する身なんで戦争なんて真っ平だ。俺はそれが答えだ」「以下同文、馬鹿じゃないの。そんな事より恋の戦争の方が忙しいのよ」「刀子は兎も角、お髭の魔法使いも話が分かりやすくて安心したわ。過激派でも色々おりますえ。慎重派から極右派。極右といえば、神鳴流から変なの使わされたけど、なんやったんやろ。小太郎と同じで大人しゅうしとけ言うたけど」 嫌な予感がしてきたと渋面になる天ヶ崎を前に、刀子達は急いで戻る事になる。 そして結果を知り、一先ず天ヶ崎は土下座する事になった。 自分の貯金を守る為に、組織の面子も何も全部捨て去りとにかくそうした。 -後書き-ども、えなりんです。今回、特にむつきが目立ってなかったので、題名は古のセリフから。滅多にない戦闘シーンはほぼ、魔法関係者のみ。若干明石が巻き込まれましたが、もちろん足を突っ込みなどしませんよ。折角、春日ががんばってくれたんですから。今回のお話の半分以上は、春日を活躍させたかったからかもしれません。普段ぶうぶう言ってるけど、最終的には身内が危なければ頑張りますよと。まあ、彼女がやらなくても最終的にはエヴァがでばってはいたでしょうがwそれでは次回は土曜日です。