第八十話 私の方が先生を愛してる お遍路中に突如体調を崩したむつきは、その夜に高熱を出して病院へと緊急搬送された。 生徒達が寝入った後であったのは、ある意味幸運であった事であろう。 残されたのは大人だけであったので、速やかにむつきを病院へ連れて行くことができた。 むつみが付き添い救急での診察を受けた結果は過労であった。 自分以外にも引率がいたとは言え、中心となって四六時中生徒の面倒を見ていたのだ。 特別修学旅行の全てを取り仕切り、水泳部の顧問で合宿の計画もある。 さらに、毎晩お嫁さん達の為に頑張ってさすがに限界が来たようであった。 過労プラス夏バテも加わり、点滴をうってもらい病院のベッドで寝入っていた。 その間に神多羅木と刀子、むつみと観音が話し合って一時別行動という事になった。 看護の為にむつみが残り、観音を加えた三名で福岡の観光をするという事に。 むつきは体調が回復し次第、遅くても沖縄で合流という予定である。「えーッ!」 翌朝、神多羅木からその事を聞かされた生徒達の第一声はそれであった。 そろそろ副担任という枠を超えた仲になりつつある生徒にとって当然の反応だろう。 まるでクラスメイトが一人病欠で欠けたような反応である。「神多羅木先生、乙姫先生は大丈夫なんですか?」 中でも高畑との繋がり強化に協力して貰っていた神楽坂はそれはもう必死であった。 ちょっと方向性はアレだが、貴重な協力者がという意味で。「ただの過労だ。今まで担当クラスがなく、今年に急に半担任と部活の顧問。色々と無理が祟ったんだろう。点滴うって寝てるだけだ」「旅行のスケジュールは、私達も把握しているから問題ないわ」「ねえ、先生。今から四国に戻れない?」 当然ながらむつき一人欠けても支障はないと神多羅木達は言ったのだが。 既に九州は福岡を目前に、美砂がそんな事を言い出した。 昨晩は、お遍路中から既に体調が悪かった為夜の相手はなかった。 それ故に、気付くのが遅れてしまったのだ。 美砂達、むつきのお嫁さんもむつきの不在はつい先程知らされたばかり。 一体むつきの容態は、気が気でなく旅行どころではない。 こんな時に傍にいられない生徒という立場に、久方ぶりにもどかしささえ感じてしまう。「私も、できれば先生と一緒が良かった。福岡で観光より、お見舞いしたい」「うちもアキラと同じ気持ちやて。先生が苦しんどるのに、楽しめへん」「私もお見舞い行きたい!」「私もアル!」 アキラや亜子のみならず、桜子や古。 ここまではお嫁かどうかに関わらず、むつきに特別な感情を抱く面々である。 だがそればかりでなく鳴滝姉妹や長瀬などなど、気持ちは同じらしい。 皆が皆、旅行よりもお見舞いの方が良いと。「いやいや、愛されていますね乙姫は」「何を気楽に。この人数でお見舞いに言ったら、病院にどんな迷惑が」「お前ら、落ち着け。狭い病室に押しかけたら、乙姫も休むに休めないだろう」 そう大人に諭されても、止まれないのが若さでもあった。 行きたいお見舞いに行きたいと大合唱する生徒を前に、神多羅木達もたじたじである。「私は反対だ」「私も、お見舞いという意見には反対ですわ」 そこへ一石を投じたのは、千雨とあやかであった。 千雨はまだしも、リーダー格で普段からクラスを取り纏めるあやかの言葉は大きい。 アレだけ騒いでいた生徒達も、何でと神多羅木達に詰め寄るのを止めていた。 一部、特に同じむつきのお嫁さんからは、冷たくないかという厳しい視線も。「考えてもみろよ。先生がぶっ倒れたから、楽しい旅行を止めてまでお見舞いに来たよ。元気になってねって言われて、先生が喜ぶと思うか?」「少々言い方は鋭いですが。先生の性格を考慮すると、お見舞いにいった場合酷く落ち込まれます。俺のせいで楽しい旅行がと」「ありそうやな、心配されると返って落ち込む。先生、結構ナイーブやし」「手のかかる事ですが。一理有りますね」 二人の言葉に近衛や夕映が確かにと頷いていた。 二人のみならず、周りも次第にその時の事を想像したのか。 しっかりしてよと、こめかみに手を置いて眉を八の字に苦笑いであった。「んじゃ、逆転の発想でこうしない?」 心配したいのにするなという二律背反の中で、意見を述べたのは朝倉である。「今日も目一杯観光を楽しんで、いつも以上に私が皆を写真に撮るからさ。先生がむしろ、悔しがるくらい楽しいそうなところを見せない?」「そうですね、それなら。先生も、一安心されるかと。朝倉さん、ないすあいであです」「相手を案じさせないようあえて健気に元気に振舞う。皆、瞬く間に大人になっちゃって」「ちづ姉、その台詞はちょっと……」 さよはともかく、あらあらと頬に手を当てて呟いた那波に村上が突っ込んだ。 それはさすがにアウト、アウトと。 当然、何かしらっと黒いオーラを見せられ、条件反射で逃げ出した。 最近手に入れた犬上バリアーと言う名の、少年の背後に。 その犬上も、初めてみる菩薩が発した黒いオーラに冷や汗を流し硬直していたが。「ちょっ、あれなんや。夏美姉ちゃん、押さんといてや。千鶴姉ちゃん怖ぇ!」「頑張れ、小太郎君。主に私の為に」 これでヒエラルキーの最下層は脱出とばかりに、代わりの最下層を押し出す。 そんなちょっと姉妹喧嘩のようなのは放っておいて。「というわけで」 ちょっと仕切りなおしと、真っ先にお見舞いにと言い出した美砂が言った。「今日も引率よろしくお願いしますわ」 あやかがそう神多羅木達に頭をさげると、一斉にお願いしますの大合唱だ。 無茶を言い出さなくて良かったと内心冷や汗ものだったが。「それなら、今日は俺が仕切ろうか。福岡の観光は屋台廻りだ。昨日まで随分とエネルギーを使ったからな。今度は溜め込む番だ」「福岡は特に屋台や美味しいもので有名ですから。一杯食べて、満面の笑みを先生に送りましょう」 四葉のお勧めもあり、食うぞーっと言葉を変えて皆が意見を一致させた。 福岡と言えばと聞けば、多くの人がまず明太子を頭に思い浮かべる事だろう。 他に数多くの芸能人を輩出している事や、プロ野球チームがある事など。 そして今回の特別修学旅行の目的では、屋台に焦点が当てられている。 日本全体で言えば、その屋台という形式の飲食店は数を減らしていた。 食品衛生法、消防法、道路法、道路交通法と法律が制定されていった事が大きい。 それに個々の家庭が裕福になるにつれ味以外にも、上気法律に伴なう衛生面等々。 中々苦しい面はあるのだが、今では形を変えた屋台もある。 超包子がその良い例なのだが、昔懐かしい荷車式を止め、車と厨房を一体化させた屋台だ。 上記の法律を潜りぬけつつ、移動販売のフランチャイズビジネスが成り立つ事も。 ただ、今日はそんな細かい点は抜きにして、美味しいものを一杯食べようという事に焦点が当てられていた。 場所は福岡駅前、屋台のイメージは夜間だが屋台のメッカだけに朝から営業しているお店も多い。「博多、トンコツラーメン。ウマにゃー!」「朝倉撮って撮って、ウマコツ。あれ、ニャーコツ? とにかくラーメン!」「あいさ、はいチーズ」 明石や佐々木に請われ、屋台のラーメンを堪能中の二人を朝倉がファインダーに収める。「朝倉待った待った。私もいれて、先生残念でした。沖縄でたっぷりお土産話してあげる」「桜子、メールレターじゃないんだから。トンコツ超美味しい!」「私も入れて。エロいる? 先生が病院で看護婦相手にハッスルできるよう。パンツ、誰かのスカート捲る?」「夏の悪戯風」 椎名もどんぶり片手に割って入り、それ続けとばかりに釘宮もカメラの枠内に。 同じ班員の早乙女も同様だが、何時も通り方向性がアレだった。 その為、ならお前がやれとばかりに後ろからザジがちょいっとスカートを捲る。 もちろん、言いだしっぺの早乙女のだ。 ブルーの刺繍入りパンツがそれも屋外で惜しげもなく晒されていたる。 それで朝倉が躊躇するはずもなく、むしろ嬉々としてその貴重な一枚を写真に収めた。「ぎゃー、朝倉ストップストップ」「はい駄目。何時もエロネタでクラスメイトをからかう罰。はい、送信っと」「やばいって、先生が授業中私を視姦してるとか……いや、以外にそういうネタ。ってなんでやねん。ネタだから楽しめるの、リアルでするとか」「ハルナ、まだザジさんスカート捲ったまま」 屋台の親父が握りこぶしに親指を立てているのを見てようやくハルナも自分の惨状に気づいた。 再度の悲鳴を上げながら、ザジの手を払いのけお前も見せろと追いかけ始める。 当然の事ながら、曲芸手品部の身軽な彼女はひらりひらりとその手をかわす。「なにやってんだか。それで、長谷川はなに落ち込んでるわけ?」「ああ、なにがだよ?」 今日は朝倉が皆の写真を撮る必要がある為、急遽判別行動を取り止めていた。 引率者が一気に半分近くなった事もあるが。 全ての班が同時行動し、今現在はトンコツラーメンの屋台を堪能中というわけだ。 皆もハルナとザジの追いかけっこをトンコツラーメン片手に笑っている。 そこでふと美砂が隣にいた長谷川へと、そう問いかけたわけであった。「落ち込んでるって、そもそも先生に写真送ろうって長谷川が……本当に、元気ないやん」「どうしたの、どこか辛い?」「はあ、余計な事に気付きやがって落ち込んでるよ」 それは気づかなかったと美砂の指摘に亜子やアキラと、続々と気づき出す。 これは逃げられないと、千雨も諦めて本音を吐露した。「気付いてたんだよ、先生が無理してる事に。けど、楽しかったし、大丈夫だって先生の言葉を信じちまった。信じてるけど、信じるべきじゃなかった」 そうむつきが無理をしている事には気付いていたが、大丈夫と言う言葉に安心していた。 可愛い嫁に一杯支えられているからと、千雨自身も含めて可愛がってくれたから。 何故信じた、嫁になると決意する前ならきちんと止められたはずなのに。 信じないなど、むつきの言葉を否定することなど考えられなかった。 落ち込みながらも、改めて惚れ過ぎだろうと赤くなってしまう。「ふふっ、千雨サンも今や戻れはしないネ」「うるせえ、てか。先生が寝込んだってのに、意外と元気だな超は。てっきり、お前も私と同じで見落とした事があったり、落ち込んでるのかと思ったけど」「そうね、確かに先生の健康管理を怠ったのは失態ヨ」 千雨の指摘をあっさりと受け入れ、失態だと認めつつ小鈴は返って笑って見せた。「天才は、反省こそすれ落ち込む事などしないネ。何故なら、落ち込む時間が無駄だから。反省したら改善点を見つけ、実行する。既に先生の強化プランは出来てるヨ」「あまり、先生を妙な方向に改造しないで欲しいのですが。超さんの漢方でアレな方向に既に改造されていますが」「アレはまだ第一段階ネ。第二段階は、先生の協力が不可欠。体力作りを兼ねて、太極拳を学んで貰うヨ。もちろん、武術的意味でなく近代的な太極拳を」「先生既に水泳部で結構泳いでるけど、まだ鍛えるの?」 夕映の制止もなんのその、むしろ聞いて驚けとばかりの小鈴の計画であった。 運動なら既にしているというアキラの意見でさえ、チチチと指を振って蹴散らしてしまう。「まだまだ足りないネ。今の先生では、我々の相手で精一杯。皆も気付いていると思うが、桜子サンや古。それに葉加瀬だって、桜咲さんもカ。まだまだお嫁さんは増えるネ」「桜咲さんは分からないけど、超りんが何もしてないのに普通に好かれてるよね」「私が言うのもなんですが、どうしてああもおモテになるのでしょうか」 まだまだ増えるのは良いが、改めて考えてみると不思議なものだと美砂とあやかが言う。 何しろ以前美砂が口にした通り、むつきは何も世間一般的にイケメンの部類ではない。 極普通の石を投げれば当たるとまではいかないが、普通の男である。 あやかの言う通り、惚れた者がいうのもおかしいが何故モテるのか。 その答えを口にしたのは、さよであった。「先生は凄く一生懸命な上に、女の子が気弱になっている場面に遭遇し易いんです。気弱になってる時に優しくされてしまっては、惚れざるを得ません」 この時、何人かがサッと視線をそらしたのが何よりの証拠であろう。 美砂を筆頭にアキラ、小鈴にそれからさよ本人。 小鈴は若干違うかもしれないが、行き詰った時にむつきの存在を知り惹かれた一人だ。 それから椎名や明石、桜咲と弱った時にそばにいたのはむつきである。 古は若干勘違いも混ざってそうだが、思春期の恋など大半勘違いなので問題ないか。「ま、まあなんにせよ」 ちょっと声が裏返りつつ、冷や汗をかいた美砂が長谷川の手を取った。「言いだしっぺが落ち込むとかないわ。ほら、先生も可愛いお嫁さん達が近くにいなくて寂しがってるはずだし。私達も朝倉に撮って貰おう」「おい、引っ張るなって」 空元気も元気のうちだとばかりに、落ち込んでいた千雨の手を美砂が引いた。 トンコツの汁がどんぶりから零れないか、慌てて千雨も席を立った。 すると何故かそこで美砂が立ち止まり、勢い余った千雨はそのまま二歩、三歩先んずる。 次の瞬間、美砂の白く長い手足が蛇のようにするすると千雨に絡みついてきた。「へ?」 左足に美砂の左足がフックの様に掛かる。 さらに千雨の右腕の下を経由して、美砂が左腕を首の後ろに巻きつけた。 フィニッシュに背筋を伸ばすように伸び上がれば完成だ。「ていうか、正妻さえ気付かなかった事に気付いておきながら落ち込むとか。自慢か、私の方が先生を愛してる」「いでででで、馬鹿止めろ。零れ、つーか。痛ぇ、何処で覚えた!」 グッと力をこめればもう、千雨は動けない。「ピルを飲み始める前、生を強要し過ぎて一回先生にかけられちゃった。てへぺろ」「可愛くねッ、痛いマジで伸びる折れる。委員長、タッチ。タッチ!」「私、むさ苦しい技は好みませんの。技とはやはり、蝶のような優雅さが。はふぅ、これがトンコツ。少々濃いですが、悪くはありませんわ」「飲んどる場合、かーッ!」 千雨から必死のタッチを求められるも、あやかはトンコツスープをすすりほっと息をついていた。 さすがにここまで騒げば、同じ場所にいるだけに別の班員がわらわらと集ってくる。「長谷川、アンタなにやってんのよ」「私に言うな、技かけてる方に言え。ちょっとマジやばい、泣く。泣きそう!」 神楽坂に無情な突っ込みを受けても退けてはいたが、本当に限界らしい。 今や既に伊達眼がねのない目尻から、大粒の涙が滲んでいる。 何しろ美砂は一度冗談でむつきに掛けられたが、その時は思い切り手加減されていた。 さらに他人に掛けるのは初めてと、実は美砂は手加減の仕方を知らないのだ。 必死の千雨の訴えも、内心痛くないくせにと思っているぐらい。 そんな千雨の必死のタッチに応えた者がいた。「あれ?」「柿崎、苛め駄目」 するすると、まるで蝶々結びを解くかのように。 千雨の手にタッチしたアキラが、美砂のコブラツイストを解いていった。 そのまま、小さな子に注意するように一言告げて、また自分も美砂に手足を絡めていく。 コブラツイストの後継、オクトパス・ホールドである。 美砂の右腕を後ろに締め上げ、左足は美砂の首に、右足は美砂の左足に。 格好が格好なだけにパンツが見えそうだが、さりげにスカートの中は短パンだ。「ちょ、なんでアキラが!?」「実は私も……」 ポッと頬を染めつつ、かつて生を強要し過ぎてむつきにされた事を思い出していた。 あの時は布団の上だったので多少形は違うが、大体あっているはず。 美砂がかけたコブラツイストよりも、よっぽど複雑で痛そうなのだが。「なんだやっぱり痛くないじゃん。長谷川、大げさ過ぎ」 技を掛けられた美砂はきょとんとしていた。「あのね、その時はちゃんと手加減してくれてたんだよ。ここをね、こうすると」 しかしそれも、アキラがグイッと四肢に力を入れるまでであった。「やばい、超痛い。長谷川、ごめん。謝る、謝るから!」「ちなみに、柿崎よぉ。ここに熱々のトンコツラーメンがあるんだが」「火傷した時の為に、一応お冷を手に待機です」「さすがに可哀想なので、お顔が汚れた時の為にお絞りを待機です」 ガッチリホールドされた美砂へと、トンコツラーメン片手に千雨が迫る。 さすがに自業自得だと、夕映やさよは火傷前提で待機であった。 そんな事より千雨を止めてという美砂の訴えは、尽く退けられた。 熱々の、ろくに冷ましもされていないラーメンを目前へと運ばれ悲鳴をあげる。 それのみならず、涙目の決定的瞬間を朝倉に写真に収められる始末だ。「うわぁ、美砂ちゃん熱そうやわ。せっちゃんは、ちゃんとふうふうしてな」「はい、このちゃん。ふぅ、ふぅ……はい、あーん」 桜咲が懸命に熱いトンコツラーメンの麺を自ら冷まし、近衛に食べさせる。 近衛が美味しいと呟けばそれはもう、桜咲は満面の笑みになるのだが。「刹那、お前は本当にガチレズを否定するつもりがあるのか? 二人が幸せなら、これ以上何も言わないが。春日、背中掻いてくれないか」「ああ、うん。私も今、頼もうとしてたところ」 あいもかわらず、ラブラブな近衛と桜咲はもはや周りからそっとしておかれていた。 一部お幸せにと生温かい視線もあったが。 その生温かい視線の主は朝倉であり、一応これもとぱしゃりと撮っていた。 ちなみに龍宮と春日は、今日も違う世界を目の当たりにして背中を掻きあっている。 もはや奇妙な友情すら感じてしまう、極々普通の感性を持った二人であった。「こら、貴方達。少し騒ぎ過ぎよ、周りへの迷惑も考えなさい」「最後に一枚、屋台の前で撮って次に行くぞ。田中、すまんが頼む」「いえ、ここは私が。田中さんも入ってください、それから小太郎も」 美味い美味いとトンコツラーメンの三杯目に突入していた小太郎が驚き振り返った。「俺もか?」「ほら、小太郎君。一緒に撮りましょう、こっちにおいで」「ちづ姉、保母さん全開。旅行の間はずっと園の方にいけなかったもんね」「OH, Nice Bo'z」 何処のミュージシャンだと突っ込みたくなる呼び名と共に、田中が観音にデジカメを渡した。 それからトンコツラーメンをご馳走になった屋台の前に大集合である。 何故か小太郎を中心にして、その両脇に村上と那波がそれぞれ並んだ。 そこからはもう自由に、背の高い低い関係なく押しくら饅頭でも擦るかのように。 皆が皆、満面の笑みで心底楽しんでるぞこの野郎とばかりに集った。 カメラに向かってピースをしたり、前の子の頭の後ろで鬼の角とばかりに指を立てたり。 余計騒がしくなったのではと、集団の両脇に神多羅木と刀子が。 最後尾中央では田中がショットガンにガシャコンと装填しながらポーズを決めた。「それでは撮りますよ。はい、ニッコリ笑って。笑わなかった人は、閻魔様にその舌を引っこ抜いてもらいますよ」「どんな脅し文句だ。別の意味で笑えねえよ!」 一先ず、千雨も落ち込みは治っていたようで。 観音の無茶振りにそれはもう、大きな声で普段通り突っ込んでいた。 時は少々遡り、皆がトンコツラーメンを食べ始める正午過ぎの頃の事である。 緊急搬送されたむつきは、夜中に倒れてから初めて目が覚め意識を取り戻した。 まず最初に感じたのは極度の寝不足時のような気だるさであった。 何より体は億劫で頭がぼうっとし、今自分がいる真っ白な部屋が最初認識できないでいた。 ぼけっと呆けている事数秒、ひょいっとむつみが顔を覗きこんだ。「むっくん、大丈夫? ん、熱は引いてるわ」「姉ちゃん……」 むつみに額同士で熱を計られ、そう呟かれた。 熱が引いた、一体何の話だ。 記憶の前後が繋がらず、ともすれば自分の歳が幾つなのかさえ忘れそうであった。 何しろそばにいるのが昔から一緒にいた姉のみなのである。 ただそれでも自然治癒により、少しずつ少しずつ記憶が繋がり、やがて思い出した。 自分が何者で、もちろん歳が幾つで、職業も何をしていたのかさえ。 最初に行ったのは時計を探す事であり、蛍光灯なく明るい時間にて十二時を指した時計を見て心底驚いた。「寝坊しッ!」 たと、最後まで言いきる事なく、飛び起きようとしたその体はベッドの上に落ちた。 熱こそ下がったが、その為に使い切ったなけなしの体力が底をついていたのだ。 体の上からずり落ちたシーツをむつみが掛けなおしつつ、教えてくれた。「むっくんまだ寝てなきゃ駄目よ。酷い熱だったんだから、過労だって。昨晩、倒れたの覚えてる?」「あんまり、ここ何処。旅行は?」「四国の国立病院よ。旅行は神多羅木さん達の引率で皆は九州に向かったわ」「そっか」 半分は良かったと思いつつ、もう半分は。 千雨が危惧した通りの形でむつきの心の中でじくじくと広がり始めた。 むつみに掛けなおして貰ったシーツの中に、むつきがずるずると引きこもっていく。「むっくん?」 むつみに呼び止められても止まらず、頭まですっぽりスーツを被ってしまった。「情けねえ。なにやってんだろ、俺。アイツらが楽しんでる旅行でダウンとか。はあ、前にもあったよな。自分の健康管理もできないなんて」 特に千雨、怒ってるだろうなと泣けてくる。 アキラを嫁に貰う切っ掛けとなった事件の時だって、千雨に怒られたのだ。 社会人なら健康管理ぐらいちゃんとしろと。 つい数日前だって心配してくれたのに、安易に大丈夫だと笑って済ませ。 その結果が、これである。「皆の為に頑張った結果でしょう? 皆も今頃は心配してくれてるわ」「それが一番心配なんだよ。勝手に倒れた馬鹿を心配して折角の旅行が楽しめないのが」 気弱になって落ち込んでいる反動か、むつみの言葉についつい語気を荒げてしまう。 怒鳴りつけるほどではないが、むつみもこんもりとしたシーツの中からの言葉に慰めの言葉を失ってしまった。 昔ながら、むつみが慰めれば一発で元気になったものだが。 やはり何もかも昔のままとはいかないかと、少し笑顔に陰りが見えた。 そんな時である、ぶぶぶっと傍の棚の上で何かが震えたのは。 落ち込み中のむつきはまだシーツの中で、それを手にとる気配はない。「あら」 代わりにそれ、むつきの携帯電話を手に取ったむつみは液晶画面に映る名を見て驚いた。 それから少し迷ったが、送られてきた内容を見てみる事にした。 むつきが自分の手を離れている事を先程知り、この子達ならと思ったのだ。 その勘は外れてはいなかったようだ。 メールに添付された画像を見て、陰ったはずの笑顔をまた取り戻した。 そして再びブルブルと鳴るむつきの携帯電話から、送られてきたそれを表示する。「むっくん、起きて。ちょっとだけで良いから」 しばしむつみがシーツの山を揺り動かしても反応は全くなかった。 あのむつきが、初恋の相手で敬愛する従姉のむつみを無視する程に。 さすがにぷっくり頬を膨らませるむつみだが、ぽんっと両手を叩き微笑んだ。 二十八にしては少々悪戯っぽい、実際に悪戯を思いついたような笑顔である。「お嫁さん達からのメールが来てるわよ」「貸して!」「あらあら」 悪戯半分で言ったつもりが、思いの他に効果は覿面であたようだ。 篭城していたシーツの中から、むつきはそれはもうあっさりと出てきた。 ぐしぐしと涙を病院服の袖で拭いながら、むつみの手から携帯電話を奪い取る。 まだまだ涙でぼやける視界で見た液晶画面には良く知った二人の少女の写真が映っていた。 明石と佐々木が満面の笑みで、白いトンコツスープのラーメンを啜っている場面だ。 特に明石はホームシックもなんのその、それはもう楽しい、美味しそうであった。「俺は明石教授じゃねえんだから、しっかり発散してちゃんと寝ろよ」 後で明石にメールを送っておこうと決意し、写真を捲った。「ぶっ!」 次の写真でも明石と佐々木はどんぶり片手だが、登場人物が増えていた。 器用にカメラ目線でウィンクしながらトンコツラーメンを食べる椎名やそれに付き合う釘宮はまだ良い。 隣でザジにスカートを捲くられている早乙女が意味不明だ。 その後ろで宮崎が慌てているが、大体この場面が想像できてしまった。 どうせまた早乙女がエロネタを振ってザジの逆襲にでもあったのだろう。 青いパンツ、ごっちゃんですと厳重に保存しておいた。「むっくんったら、泣いたカラスがもう笑ってる」「おわっ、姉ちゃんたんま」 早乙女の貴重な一枚を素早く隠しつつ次の写真を捲った。「子ども扱いしないでよ、俺もう二十五だぜ」「むっくんは幾つになってもむっくんなの。お姉ちゃんにも見せて」 ベッドに座ってきたむつみが、むつきの手元の小さな携帯の液晶を覗いてきた。 どうかエロネタはありませんようにと、次の写真を一緒に見る。 何故かアキラにオクトパスホールドを掛けられた美砂が、千雨にトンコツラーメンを食べさせられていた。 ちょっと半泣きな様子から、冷まされもせずもの凄く扱ったのだろう。 なにやってんだかと笑いながらまた写真を捲ると案の定。 夕映から冷たい水を奪って飲んでいる光景で、唇の端から落ちる水をさよが拭いていた。 その様子をみたあやかと亜子、それから小鈴が思い切り笑いを我慢、出来ず指差し笑っている。 本当の意味でのむつきのお嫁さん達も何をしているのか。「ふーん」「え、なに姉ちゃん」「なんでもない、次は?」 何か意味ありげに頷かれ、問いかけるもはぐらかされ次を促がされた。 トンコツラーメンを食べさせ会う近衛と桜咲。 その隣で何故か背中を掻きあっている龍宮と春日、どちらに対しても呆れている神楽坂。 相変わらずの糸目で、ズズッとラーメンを啜っているのは長瀬だ。 古はむつきにものを食べている場面を見られるのが恥ずかしいのか、普段の豪快さは何処へやら。 麺を数本ずつ、ちびちびと食べては赤い顔でぎこちなく笑みを向けてきていた。「らしくねえな。明石とは逆に、元気な方が良いって送ってやるか」 四班、一斑、二班と来て、最後の三班である。 テーブルにどんぶりを三つも重ね、四つ目を豪快に犬上が食べつくしていた。 何故彼が中心かは不明だが、鳴滝姉妹が二人掛かりで対抗中。 と言っても、二人共小柄でしかも女の子なので二人でどんぶり二つ目。 結局は一人一杯と対抗になっていない。 そんな小さな子三人を凄い凄いと那波が手を叩き、村上は呆れ混じりに半笑いだ。 四葉はいつもの様に店主に何かを聞き、葉加瀬もそこに加わっている。 屋台の機能性にでも興味を持って聞いているのか。「お前もちゃんと混ざれよ」 そう苦言を漏らしたのは、ちょっと不機嫌そうにトンコツラーメンを食べるエヴァだ。 一応絡繰と一緒にはいるが、食い荒らそう犬上達を半眼で見ていた。 本当は一斑になりたかったが、やむを得ず三班に入れてしまったが。 合流したら一杯可愛がってやろうと思う、もちろん子供相手という意味で。「なんで倒れちまったかな。俺も一緒にトンコツラーメン食いたかった」 最後に屋台前で集合写真を撮った場面を見て、むつきはそう呟いた。 何故倒れたと自分を後ろ向きに振り返るでなく、行きたかったと残念そうだに。「次がまたあるわ。来年だってあるんですもの。さあ、むっくん。もう少しだけ休んで、私達も沖縄に帰りましょう。お爺様、帰って来てるらしいわよ」「えっ、そうなの。何処情報?」「観音さんが教えてくれたわ。退院手続きとって来るわ、それまでむっくんは寝てて」「うん、ありがとう姉ちゃん。そうさせて貰う」 すっかり憑き物が落ちたように、普段の明るさで持ってむつきはむつみを見送った。 行ってらっしゃいと、扉を開けて出て行く姉へと手を振る。 それから今一度病院のベッドに横たわり、もちろんその手の中には携帯電話があった。 最後の集合写真はクラスメイトから神多羅木に刀子、田中さんに犬上と勢ぞろいだ。 撮ったのは恐らく、観音なのだろう。「思わぬ形で世話になっちまったな」 観音にも礼をと思った所で、再び携帯電話がブルブルと震えた。 各班と集合写真を撮って次は移動だと思われるが。 移動中の超包子の車両内、または電車や歩き中の写真を想像していたが違った。 胸元を開けるように人差し指で引っ張られ、そこから覗くのは大きな双球の谷間。 ピンクのプラジャーに覆われてはいるが、柔らかく美味しそうなおっぱい画像だ。 かなりの巨乳で、美砂やアキラより大きくあやかに迫る迫力である。 一体誰のともう一枚の添付があったので写真を捲ると、投げキッス中のご本人が映されていた。「朝倉、珍しく大サービスじゃねえか」 そしてメールの本文には、今夜合流できなかったら使ってと素敵な電文が。 ありがたく、ありがたくむつきはその画像を厳重に保管したのは言うまでもない。 -後書き-ども、えなりんです。朝倉の行動の理由は次回。水曜日です。