第八十二話 ここか、都会娘のおっぱいは! 旅行も終わりが見えてきているのに、相変わらずA組の面々は元気一杯であった。 お昼一杯は海で泳ぎ、砂浜でビーチバレーなど遊び捲くったというのに。 現在時刻は午後六時を十分程過ぎたところ。 民宿竜宮の大宴会場にて、テーブルに並べられた海の幸を前に眼がキラキラしていた。 大皿に豪快に盛られたお刺身は、当然の如く尾頭付き。 他に捌かれた直後で、まだ微妙に動いている伊勢えびなどなど。 お預けを喰らった子犬のように、早く早くとうきうきしっぱなし。 だが、うきうきしているのは、空腹を前にご馳走を並べられたからだけではなかった。 宴会場の小さなカラオケステージ、その壇上に置かれたお膳と分厚い座布団。 そこに座るべき主を待っているのだ。「ねえねえ、今さらだけど先生のお爺さんってどんな感じなの?」「なんか凄い期待されてる感じがするけど。お前らが想像してるような純な人じゃねえぞ」 四つの班で分けられている為、隣にいた美砂に尋ねられたわけだが。 失望するよりはと、先に釘を刺しておいた。「純情、どうしてそんな事になってるの?」 するとA組の子達よりも先に、エヴァに料理の説明をしていたぽかりが反応した。 他に働いていた乙姫家に連なる人たちも、立ち止まって唖然としていた。 現在爺さんはつくもが港まで迎えにいっている。 だから次々に、被害者の会とも言える人達が、そんな事があるはずないと力説し始めた。 主に未婚者であるむつみ側の乙姫家、次女ちなみから末娘のぽかりに至るまで。「アレは純なんてもんじゃない。昼間につくもに会ったでしょ。アレがそのまま爺さんになっただけ。ひなたお婆ちゃんも可愛そうだって」「下手に土地とか、妙な人と繋がりあるから。日本じゃ相手が危ないからって、あれ国外に出会い求めにいってるよね。私ら今でも油断すると、間違えちゃったとか言って一緒にお風呂入って来ようとするし」「イラッとするけど、一応老い先短いお爺ちゃんだし。だから、イラッとした分はそっくりなつくもでストレス発散するんだけどね」 つくもが不遇な理由がさり気に暴露された気がしたが。「あっ、でも今日は大丈夫だよ。むつみお姉ちゃんが返ってくると、お爺ちゃんの狙いはそっちに注がれるから。むしろ、お姉ちゃん帰って来て」「と言うか、お姉ちゃんが甘やかすからお爺ちゃんも全然反省しないし。私らも、都会に行きたい。むつき兄ちゃん、ホームステイさせてよ」「じー……」「無茶言うな。お前らの面倒まで、見てられねえよ。ぽかり、期待の眼差しで見ても無理だって」 出るわ出るわ、近辺では沖縄美人姉妹として有名な従妹達から。 爺さんの被害報告が。 着替え中に突撃された、お風呂に突撃された、布団に突撃された等々。 下着がなくなったとかより、被害も犯人特定も容易いが反省のない常習犯である。 宴会場のテンションが少々下がりそうな爺さんの評に、騒がしさが少し納まっていた。 現代に蘇った乙姫と浦島の純愛とはなんだったのか。 聞いていた話と違うと、何故かむつきにどういう事だという視線が集った。「俺はちゃんと、爺ちゃんがストーカーだって言ったぞ」 即座に祖父を売ったわけだが、そこへ丁度良いのか、悪いのか。 その絶妙なタイミングにて、宴会場の外から慌しい声と足音が聞こえてきた。「何処だ、都会もんの凄いおっぱいは何処だ。大きさは、形は!?」「アレ、ちょっと前にテレビでやってたスイカップ。むつみ姉ちゃん級が一人。都会の中学生マジ凄い!」「中学生でむつみ級か。まだ成長が見込めるとは、逸材。まさに逸材じゃあ!」「ちょっ、爺ちゃん足速過ぎ!」 何処の高校生が馬鹿話をしながらとも思われる内容なのだが。 確かにつくもは高校生だが、爺さんはそもそも高校に行った経験があるかどうか。 戦争に行った事がと聞かされる方がまだ現実味がある歳だ。「ここか、都会娘のおっぱいは!」 とんでもない事を口走りながら現れたのは、腰程もない背丈の小柄な老人だった。 格好こそ着物に杖と一本と小奇麗な格好ではあるのだが。 しかし、そこはさすがに年の功。 宴会場の雰囲気を察知するや否や、顎鬚を撫でながらはたと冷静になったようだ。 そして地面に突かず真ん中辺りを握り締めていた杖を、端っこを持つように持ち直した。「この馬鹿タレが!」「なんで!?」 そのまま、自分の後ろを走っていた可愛いはずの孫へとを強かに打ちつけた。 頬っぺたを杖で抉られ、その何故という悲鳴の言葉も当然の事だ。「お前はお客様の前でなんちゅう恥知らずな言動を。幾つになったと思っておる!」「痛ッ、ちょっ。むつみ姉ちゃん、むつき兄ちゃん助けて。なにこの癇癪爺、無茶苦茶だよ。知ってたけど、腹が立つ!」「あらあら、だめですよ。お爺様。つくもちゃんを苛めちゃ」「つくも……後で、小遣いやるから元気出せ」 この時、駆け寄ってきたむつきに、半泣きになりながらも一万と呟いたのは強かな証拠だろうか。 それはそうと、この時全員が思った。 超我が侭、スケベ爺が来たと。 その我が侭爺は、後ろからむつみに抱き抱えられるや否やその豊満な胸に顔を埋めていた。「むつみ、また一段と大きくなりよって。むほ、ほほぉ。浦島の馬鹿息子め。こんな可愛いむつみを捨てるとは、罰当たり過ぎる」「お爺様、けー君は良い人よ。それよりも」 よしよしと、むつみが爺さんの頭を撫でながら、チラっと意味ありげな視線を送った。 その送られた相手とは、さすがにこの状況でサングラスがずり落ちそうな神多羅木だ。 しかし、ハッと我に返るや否や、目上を前に失礼かとそのサングラスを取り外した。 この時、個々で時間の差はあれ、誰もがえっと呟く事になる。 サングラスの奥に隠れていた神多羅木の瞳は、獲物を狙う鷲のような切れ長な瞳であった。 黒いスーツや顎鬚などから、昔の刑事ドラマの熱血役のような雰囲気であったが。 サングラスを取るや否や、現代でも通用しそうな渋めのイケメン俳優のようだ。「超良い……」 プルプル震えながらテーブルの上に突っ伏した神楽坂が、太鼓判を押すほどだ。「えっ、えー!」 そして最も、声を大きくして避けんだのが一番付き合いが長かったはずの刀子だった。「ん、何故お前まで驚く。そういや、プライベート以外で外したのは初めてか?」「なんで、なんで常時サングラス掛けてるのよ!」「昔、散々言い寄られて対応が面倒になってな。不機嫌そうにサングラス掛けてれば、誰も近寄らなくなったから。そのままだ」 もはや嫌味にもならない程の、見たままの理由であった。 しかも極自然と、決して自慢するわけでなく言ってのけた神多羅木に同じ男のむつきは嫉妬も沸かない。 いや少し、全く別の理由で言い寄られた事はあったが、次元が違うと納得する程だ。 むつきとしてはそれで良いが、直ぐ隣にいたイケメンを逃した刀子のダメージは大きい。 何故もっと神多羅木という一人の男性に踏み込まなかったのか、心底悔やんでいた。 変な奴だなと、うな垂れる刀子を置いて神多羅木がむつみに抱かれている爺さんの前に歩んで行った。「お孫さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいています。神多羅木と言います」「おうおう、近右衛門君から聞いとる聞いとる。おお、昔のわしにそっくりなイケメンじゃて。女子は、初恋の人の面影を追うらしいのう」 この時、何をぬかす爺とむつみ以外の乙姫家の全員がイラッとしたわけだが。「ほえ、近右衛門君? 珍しい名前やから、そうやと思うけど。うち、近衛木乃香言うんやけど、うちの爺ちゃんとお知り合いなん?」「ふむ、やや小ぶり。美乳タイプ……はっ、げふんげふん」 質問にまともに答えずまず乳に眼が行く、このエロ爺はどうにかならないものか。 たださすがに、むつきの生徒に対しては駄目とむつみの視線に気付き咳払いだ。 それから、むつきも気になる呟きに対して答えを返してくれた。 それはもう、衝撃的な、むつきにとっては今世紀最大とも言える答えをである。「わしと近衛近右衛門君、それからひなたの婆は同窓生でな。ほれ、むつきが麻帆良学園都市で教師をしとるのもわしの伝じゃからな」「え?」 その疑問の声は近衛ではなく、むつきであった。「爺さん、なに言ってんの?」「あれ、言ってなかったか。就職が決まらんと、お前が嘆いとったからな。近右衛門君に頼んだのはわしだ。もちろん、駄目なら切って良いとは言ったがの」「え?」 改めて疑問の声を上げたわけだが、既に残酷な答えは目の前にあげられていた。「うわああああ。就活時代、もっとも憎んだ縁故採用の奴らと同じ。俺も縁故採用だった!」「せ、先生落ち着いて。良く分からないけど、大丈夫?」「そんなに落ち込む事ですか。慰め方がさっぱりわからないです」 頭を抱えたむつきを、近くにいたアキラや夕映達が慰めようとはしてくれたのだが。 大学生が陥る就活地獄の悲惨さが中学生に想像できるはずもなく。 右往左往するのが精一杯である。 しかも、むつきをそんな地獄を思い出させるような発言をした祖父はというと。「さて、そろそろ飯にしようか。お前達もお腹が空いているであろう。おーい、酒じゃ。酒、可愛いむつみの門出じゃ。神多羅木君、当然君もイケるのだろう?」「嗜む程度には、お供します」「うむ、それでこそ男じゃ。ところで、君の派閥は何かな? むつみを娶るからには巨乳じゃと思うのじゃが」「えっ?」 女子生徒や同僚がいる前でそれを答えるのかと、神多羅木にターゲットが移っていた。「はーい、それじゃあ。お爺ちゃんの許可も出たところで。一杯食べてくださいね。ご飯はもちろん、おかずもお代わり一杯ありますからね」「おう、既に頂いとるで!」「小太郎君、勝手に一人で食べちゃ駄目だって。皆と足並みそろえないと。ほら、零れてる」 さすがにむつみの母や、むつきの母は慣れたものだ。 爺さんの我が侭もあっさりスルーして、焚きたてご飯等を運びこんでくる。 マイペースと言う意味ではある意味同レベル、犬上が頂きますの前に口をつけていた。 それを嗜める村上は、良いお姉さんと言ったところか。「ほほう、姐さん女房ですか」「そうなんですよ、観音さん。夏美ちゃんったら。可愛い男の子に眼がなくて」「ちょっとそこ、ちづ姉なに言ってんの。小さな子に眼がないのはちづ姉でしょ!」 すっかり犬上のお世話係りとなった村上がからかわれつつ、特別修学旅行の最後の晩餐が始まった。「やべ、超凹んだ。縁故採用って……」「先生、そう気にする事はありませんわ。所詮縁故も切っ掛けの一つに過ぎません。その切っ掛けを手に、二年と数ヶ月しっかりとご自分の足で歩んできたではありませんか」「そうそう、悔いてんのかなんなのか分からねえけどさ。良いじゃん、今先生はちゃんと先生してるんだから。それとも、縁故だから駄目教師なのか?」「誰が駄目教師だ。豆腐メンタルは認めるが、それだけは認めんぞ」 あやかに慰められ、認めんのかよと長谷川に笑われようやく気分が戻り始めた。 縁故採用だった事実は確かに凹んだが、千雨の言う通りちゃんと先生になれ始めている。 一部、生徒を嫁にする予定の駄目教師分も含むが俺はやっているのだ。 やれているんだと言い聞かせるようにして、笑って見せた。「先生、はいご飯です。たくさん、つけましたから一杯食べてくださいね」「おう、悪いな相坂。んー、久々のお袋の味」 厳密にはお袋ではなく、乙姫家のもっと言えば沖縄の味なのだが。 昼間は和美とエッチしていた為、今ここでようやく帰って来たとの感慨が湧き上がる。 そう、故郷に帰って来たむつきにとってなにもかもがお袋の味なのだ。 美味い美味いと健啖ぶりをみせるむつきを前にして、美砂達はようやく気付いた。 ここがむつきの実家なのだと、自分達の知らないむつきが育った土地、家、空間。 さらにそのむつきを愛し育ててきた母親。「あれ、私ら。普通にお客さんしてていいの。数年後、挨拶に来た時そんな子いたかなって眼で見られたら泣きそう」「もうちょい耐えろ、波風立てんな。いずれ、ちゃんと連れてくるから」 食事中なのに慌てて居住まいを正し、今にも化粧直しにとでも言いそうな美砂にそう言った。 いや美砂だけでなく、続々とその事実に気付き始めるアキラ以下お嫁さん達に。 爺さんのインパクトが強すぎて、忘れていたのだろうが。 今ここで嫁だなんだと暴露されても困るのは、むつきである。「えー、桜子ちゃん。むつき兄ちゃんが好きなの!?」 そう嫁を宥めていた丁度その時、三女ななみがとんでもない事を大声で叫んだ。「わ、私もアル!」「なにを張り合ってんだ、お前は!」 次いで負けてはいられないとばかりに、真っ赤な顔で立ち上がったのは古だ。 ただお茶碗をそれでも離さないのは、彼女らしい。「うわ、私らと同じ中学生。それも生徒とか、引いた。乙姫家で唯一まともな男だと思ってたのに。もう一緒にお風呂入ってあげない」「お兄ちゃん、私らとお風呂入った後で変な事してないよね。私らも、結構育ってきてるんだけど? お小遣い弾んでくれなきゃ、一人で入ってね?」「ぽかりは良いよ。お風呂でお兄ちゃん独り占め」「ぽかりは兎も角、お前らは俺が入ってたら突撃してくるんだろ。爺さんと同レベルだっての!」 双子のあかりとかがりの談だが、そこだけは必死に否定しておいた。 従妹に欲情、いや初恋がむつみだなけにそちらには欲情したこともあった。 しかしむつみは従姉で、あかりたちは従妹。 読みは同じだが絶対に違うと、視線こそ向けないでお嫁さん達にアピールしたわけだが。 既にロリコン変態の本性を知っているだけに、そこには別にくいつきもしなかった。「もう、アンタはなに慌ててんの。お嫁になりたいって可愛い女の子が言ってんじゃない。ありがたく貰っときなさい。ちょっと線が細いけど、老い先短いお爺ちゃんの為にひ孫でも見せてやりなさい」「母さんも何言ってんの、中学生だからね。それに教師首になっちまうよ。そ、そうだ。俺ちゃんとした彼女いるから。結婚もするつもり」 さすがに、そこで隠れてドヤ顔してる美砂を筆頭に。 むつきの母親が直ぐそこにいる為、微妙に居住まいを正したアキラ達とは言えない。 言えないので、他に思いつかず慌てて携帯を操作しこの子とまず母親に見せた。「ほら、この子。アタナシアって言うんだけど」「ぶーっ!」「エヴァちゃん?」 他に誰も思いつかず、とりあえずアタナシアの写真を見せたら何故かエヴァが噴き出した。 可愛くけほっとむせているところを、ぽかりに背中を撫でられる。「ふーん、アタナシアさんね。で、アンタの妄想は良いとして」「妄想じゃねえし、あのちっこいエヴァの姉ちゃん。ほら、この場にいる全員アタナシアに会った事あるし。思い出してみれば、濃厚キスシーンも見せてた!」 当然ながら、美人過ぎる上に日本人とも思えぬ容姿に疑いの目がふりかかった。「でもさ、先生。アタナシアさんとは結婚する気ないって言ってたじゃん。本命がほかにいるからって。刀子先生も振っちゃうし、その本命ってどんな完璧超人?」「本人達が納得して別れたのに、混ぜっ返す……あっ」「はぅっ!」 さすがに早乙女の言動を見逃せなかったのか、刀子が持っていた箸を投げつけた。 棒手裏剣のように綺麗に飛んだそれは、綺麗にスコンっと早乙女の額に突き刺さる。 ツボにでも刺さったのか、そのまま早乙女は白目を剥いて倒れこんでしまった。 まあ、早乙女が状況を引っ掻き回すのは何時もの事としてだ。 当然ながら、絶技を見せた刀子へとあの子がと視線が集るのは必然。 はしたない所をと、ぱっと手を後ろに回しカァッと顔を少女のように赤くする。 正直、何故振ったとむつき自身が今さらふいに思ってしまう程だ。「いえ、あの。私達は別に付き合ってたわけでは。好きでしたけど、乙姫先生に彼女がいた事は知ってましたし。横恋慕というか、なんというか」「いえいえ、こちらこそ。こんな不出来な息子を好いてくれたのに。申し訳ないわ。むつき、ちょっとこっち来なさい。お話があります」「痛い、耳千切れる。ちょっ、生徒の前なのに」「生徒の前だろうが、なんだろうが。アンタは私の息子でしょうが」 と言う風に、耳を引っ張られながらむつきは連行されていく事になった。 腹いっぱいの夕食の後は、この特別修学旅行の締めとも言える花火大会であった。 ありったけ購入してきた花火を、飽きる程に砂浜でするのだ。 夏場とはいえ、九時にもなれば夕日も既に水平線の向こう側。 花火が栄える夜の闇の訪れである。「うりゃ、両手持ち大回転!」「お姉ちゃん危ないよ」 まあ、普通の花火を買ってきてはいても、A組が普通の花火で満足するはずもなく。 早速鳴滝姉が、両手に火のついた花火を持ってくるくる回転しはじめる。 傍目には綺麗に違いないが、妹の言う通り飛び散る火花がちょっと危ない。 これで最後だとはしゃぎたくなる気持ちも分かるが、一言注意しとくかと腰を上げる。 そこではたと気付いた、はしゃいでいるのはA組の子達だけではないと。「よし、つくも。こっちは八つ墓村バージョンで対抗じゃ」「火傷する、絶対これ火傷する」「馬鹿者、だからお前は駄目なんじゃ。男のワイルドな部分に、女子は股座をじゅんっとさせるのだ。さあ、我が孫ならいけ」「マジで!」 乙姫家の筆頭馬鹿の爺さんとつくもであった。 鉢巻をした額に花火を何本も差し、両手には放出型の花火がそれぞれ持たれている。 それに点火すればどうなるか、少し考えれば分かりそうなものだが。「アチッ、熱つ。千鶴ちゃん、見てる。俺超、頑張ってる。輝いてる!」「風香ちゃん、危ない事をしちゃ駄目よ」「はーい」 だが生憎、意中の那波は危ない事をした鳴滝姉を注意中であった。 駄目じゃねえかとつくもが爺さんを追いかけるが、歳をとっても健脚は変わらず。 先にばてて恥を晒すに終わってしまう。「爺さんもつくもも、変わんねえな。ぽかり、あんまり揺らすと落ちるぞ」「うん、エヴァちゃん。線香花火ね、こうすると一つになるよ」「おお、火の玉が一つに。ぽかりは物知りだな」 乙姫家で唯一まともと思われているむつきは、ぽかりとエヴァの面倒を見ていた。 他の妹たちは程度の差こそあれ、A組の子達と花火に興じている。 元より、むつみと仲良くなるのも早かったので他の終いとも早い早い。「乙姫」 そんなむつきへと幽鬼のようなおどろおどろしい声質で喋りかけたのは神多羅木であった。 その為、ぽかりがビクッと体を震わせ閃光花火の玉がぽたりと落ちてしまう。 じわっとぽかりの瞳に涙が浮かびそうになり慌てたのは神多羅木だ。 何しろこれから、そう遠くないうちにぽかりは義妹になる予定である。 今から機嫌を損ねてしまえば、むつきの帰省時に肩身の狭い思いをするのは必須だ。 しかしさすがの神多羅木も小さな女の子の相手は、経験不足らしい。 やたらめったら慌てふためかないのは良いが、反面硬直してしまっている。「ほら、ぽかり。次のがあるだろ。エヴァ、ちょいと面倒頼む」「まかせろ。おい、ぽかり。次はもっと束ねるぞ。そうすればもっと大きな玉になる」「うん、オジちゃん御免ね」 逆にぽかりに謝られ多のは良いが、オジちゃん呼ばわりに再び微妙な顔だ。「さて、神多羅木先生どうかしました?」「いやな、両親への挨拶は滞りなかったが。やはり、あのお祖父さんがな」「面食らいますよね、あの爺さん。別に巨乳派ってばれたぐらい軽いですよ。俺の親父の時は、親戚一同の前で夜の生活は大丈夫か、こう言う体位があるって説教くらったらしいですよ」 勘弁してくれとばかりに、さすがの神多羅木も困り果てているようだ。「そのうち慣れますって。あんな爺さんですけど、裏表がない分、好かれてるか嫌われてるかははっきりします。神多羅木さんは好まれてますよ」「普通、嫌いな相手の派閥など気にはしなさそうだからな」 やれやれと何処か力が抜けたように座り込み、神多羅木は火のないタバコを咥え始めた。 そんな神多羅木を目ざとく見つけ、線香花火を手にむつみが近付いてきたのでバトンタッチ。 さて俺は何処へと、むつきは周囲を軽く見渡す。 ぽかりはエヴァと仲良く線香花火中で、面倒は絡繰が見ていてくれている。 あかりとかがりは、椎名や古と中学生らしく恋話で盛り上がっているので近寄りがたい。 誰か俺の相手をと寂しくなっていると、騒ぎからやや離れた場所にいた葉加瀬と四葉がいた。「おーい、俺も仲間に入れてくれ」 ちょっと不思議に思いながらも、その辺に余っていた花火を手に近付いていく。「あっ、先生」「今日もお疲れ様です」 早速四葉が火のついた花火を差し出してくれたので、貰い火をする。 花火の勢いでの貰い火で、直ぐに燃え移り華々しく火を噴き出し始めた。 ちょっと煙の火薬の匂いが鼻にしみるが、それもまた花火の醍醐味か。 無心に燃え盛る花火を見ていると、四葉が周囲を見渡してから尋ねてきた。「先生、柿崎さんが先程一度消えて戻ってきたのですが。トイレにしては長い間」「良く見てるな。飯の時に母さんに連れて行かれたろ、あの時ゲロった。生徒と付き合ってて、結婚もするつもりだって」「えっ?」 思わず大きな声をあげかけた葉加瀬は、咄嗟に口を閉じていた。「さすがに、他にもいるってのは言ってないけどな。アタナシアで納得してくれるのが一番だったけど。まあ、しゃあない。一発殴られたけど」 日焼け跡で隠れてはいるが、実は右頬がちょっと腫れているのだ。 その痛みのかいあり、美砂の聴取の後はお咎めなしの状態である。 何を聞かれたのか、喋ったのかは美砂からも聞いていない。 ただ今言葉を交わすと感極まって抱きつきそうだから、近付かないでとは言われている。 たぶん、了承を貰ってしまったとかそう言うことなのだろうが。 思わぬ形で嫁を実家に連れてくるハメになってしまった。「お嫁さんですか、私も何時か。えっと、私はまだ」「ひかげ荘にいるからって強制はしないって。四葉みたいに特別な約束とか。本当、何時からひかげ荘は妙ちきりんな竜宮城になったんだか」「約束ですか?」 その件はむつきしか聞かされていないので、葉加瀬が尋ね始める。 四葉も隠すような事ではないと、将来素敵なレストランにドレスを着てとあの約束を話していた。「その日の為に、先生が恥ずかしくないよう私も少し見た目に気をつけようかと」「俺は別に今の四葉が良いけど?」「それで納得しないのが女の子です」 女の子のお洒落は口では可愛いと思われたいと言うが、内心は自己満足だ。 四葉がそれで納得できるなら、綺麗になった四葉といずれである。 その時、食事だけで終わるか、その後そういう場所へ行くかはその時次第。 絶対、行くよなっと椎名ではないが勘が囁く。「四葉さんも、ついに。少し焦ります」「ついにとか言うな、あと焦る必要もない」「でも、一度だけされてしまっている身としては……」「誤解を招くような、いや。ぶっかけたけどね」 なんだか周りがそうしているからと、流されそうな葉加瀬に釘をさしておく。「研究と俺、どっちか取るならどっちとる?」「えっと、申し訳ないです。研究です」「そんなんで怒らねえよ。俺はそれで良いと思う。それでも、研究中に頭の中で俺がちらついて邪魔なら俺のところに来い。そのちらつき、解消してやる」 どうやってと尋ねるまでもなく、葉加瀬の顔が赤く染まっていく。 元々花火で照らされていたが、それでもはっきりと分かるぐらいに。 それから三人の手元の花火がそれぞれ鎮火し、残り火を残した後で呟いた。 周囲の騒ぎにかき消されそうな蚊の鳴くような声で。「その時は、お願いします」「おう、無茶苦茶可愛がってやるよ。研究は研究、恋愛は恋愛。けじめを付けられるのが良い女になる為の一歩だ」 そう言うからには、むつきも先生は先生、恋愛は恋愛。 けじめをつけてこれからも、生きていかなければならない。 生徒に偉そうに語っている場合ではないと、新たな花火を二人に配りながら思った。-後書き-ども、えなりんです。ようやくにしてむつきの爺さんが登場。あと以前から情報チラつかせてはいましたが。爺さんとひなた婆さんと近右衛門とさよは、元麻帆良の同窓生。さよは別にして、同世代にアレな人材が集中してた感じ。特に爺さんとひなた婆さんにその気がなかったとはいえ、仮に三人が協力してたら、たぶん日本の裏の世界は統一されていたと思う。そして今現在も何も知らないむつき。人を殺したことや、辛い過去に悩む出なく縁故採用に悩む主人公wヒロインたちに慰められてますがなんか違う。それでは次回は水曜です。もう少しだけ沖縄回、次回は爺さんでずっぱり。