第八十五話 だってお前が可愛く笑うから! 朝目が覚めると、やっぱりと言うべきか雲か霞のようにアタナシアの姿はなかった。 何時寝たのかも覚えてない時間まで、共に子作りに励んだと言うのに。 時計をチラリと確認すると午前四時、実際全然寝ていなかった。 アタナシアがいなくなった寂しさから目が覚めたのか。 代替行為であるかのように、これまたいつもの様に潜り込んでいたエヴァを抱き締める。 豊満で肉々しい肢体を持つアタナシアとは違い、小さくてふにふにの体をだ。 キュっと抱き締めると寝顔がにへらと笑い、可愛い子猫だとおでこにキスをした。 が、余り可愛がっていると手を出してしまいそうで程々に。 さて、今からもう一眠りか、懐かしの故郷に一人別れを告げるように散歩するか。「結局、昨日はゆっくりできなかったし。ぶらっとするか」 生徒が起きて来るまでの数時間。 それだけでもと、パンツを履いて身だしなみを整える。 とは言っても後はティーシャツにハーフパンツとラフな格好で出かけるだけだ。 古い民宿なので板張りの床が無闇に鳴らないよう気をつけつつ。 裏口を出て昨日、皆が死ぬ程遊んでいた砂浜へ。 さすがの沖縄の太陽も、午前四時ともなれば大人しく、爽やかな潮風が吹いていた。 ただそれでも、肌にはじわりと汗が吹き出そうで今日も暑くなりそうな気配がする。 麻帆良の夏との違いを全ての五感で味わい、背伸びをしながら砂浜に足を踏み入れ気付いた。 先客がいたのだ。 朝日の日差しに瞳を細めつつ、その先客へと眼を凝らすと那波であった。 海を眺めているので表情は不明だが、後ろ姿の寂しそうな雰囲気がもはやアレだ。 亡くした夫を忍んで一人傷心の旅に出た未亡人のよう。 もっとも、ラフなテーシャツにホットパンツ姿なのでギリギリ学生に見えたが。 ここで中学生に見えないのがみそである。「おーい、那波。早いな、おはようさん」「あっ、先生。おはようございます」 直前までかなり失礼な事を考えていた事はおくびにも出さずに声をかけた。 一瞬チラッとあの黒いオーラが出かけたが、にっこり笑って挨拶を返される。 危ない危ないと内心ほっとしつつ、那波の隣に経って共に海を眺め始めた。「随分早いが、眠れなかったとかか?」「いえ、楽しい旅行もコレで終わりかと思うと寂しくなってしまって。何時までも一緒にいられるわけじゃないのに」 台詞の前半と後半で微妙に意味が違って聞こえたのは気のせいか。 後者は特に、仲の良い皆と何時までも一緒にと聞こえた気がしたが。 チラっと横目で那波を見ると、確かに旅行の終わりがとは別の表情にも見えた。 那波の事は学校から提供された資料以上の事は知らない。 あとは、あまり大っぴらにされていないが、あやか並みのお嬢様であるらしい事だ。 ただあやかと那波の最大の違いは、お嬢様と言う事を受け入れているか否か。 あやかは雪広財閥の令嬢である事を殊更強調もしなければ否定もしない。 だが那波は令嬢である事を殊更隠しもしないが、誰かに明かしもしない。 両者にているようだが、少し違う。「那波、お前は何処に行ったのが、一番楽しかった?」「そうですね。やはり、京都。小太郎君と出会えた事が一番です」「小太郎君ね。麻帆良に来るから、何時でも会えるだろうにあえてそこを上げるか」「子供の世話は大好きですから」 旅行の思い出を聞いて、犬上少年との出会いを真っ先に上げるとは那波らしい。 らしいが、普通の中学生として考えるとどうだろう。 そもそも、むつきは旅行で一番楽しかった場所はと聞いたのにだ。 直前の、何時までも一緒にという言葉も踏まえると。「那波、なんか悩みでもあるのか?」「ありますよ。つくもさんが胸ばかり見てくるとか、お爺様が胸ばかり見てくるとか。先生も、我慢はしてますが時折胸に視線が泳ぐとか」「うん、仕方ないね。男の子だからね」 それもまた悩みの一つではあるのだろうが、結構手ごわい。 警戒していると言うよりは、まだ悩みを打ち明ける程までにはむつきを受け入れていないのだろう。 さて、そこをどう解きほぐすべきか。 もちろん、嫁にする為ではなく、一生徒と向き合う為である。 クラス一の巨乳だが、そういう感情は持ってないと自分に言い聞かせつつ。「胸の件は置いておいて。まあ、いっか。悩み話したくなったら、聞かせてくれ。相談ぐらい受け付ける。ただ、俺に解決できる範囲にしてくれな」「先生、それはちょっと相談し辛いのですが」「個々の相談内容は秘密だが、どいつもこいつも俺に解決できないのが殆どなんだよ。俺が学生時代の悩みのレベルとは次元が違う感じで」「先生の学生時代の悩みですか、例えばどのような?」 相談させるつもりが、逆に自分の学生時代を問われてしまったわけだが。 学生時代は何を考えて、どう悩んでいたか。「正直、高校までは姉ちゃんの事ばっか考えてたな。小学校時代は、姉ちゃんを苛めるアホを懲らしめる事ばかり。中学から、姉ちゃんに言い寄る馬鹿を懲らしめる事ばかり」「初恋でしたっけ?」「まあな、たぶん姉ちゃん気付いてないけど。大学になったら、やっと他に眼がいって。モテたいとか。遊びたい、お金欲しい。ってなところだ」 ひかげ荘の件で、散々好きでもない女から言い寄られ苦慮した事もあったが。 さすがにそれをあっさりこの場でいう事は憚られた。「モテたいですか」 そう反復するように呟いた那波の手は、無意識だろうか。 見下ろし始めた自分のたわわな胸の上にそっと置かれていた。 先程は冗談めかしていたが、それで悩んでいるのは本当なのだろう。「先生、男性は何故すぐに胸を見るんですか? こんなもの、私の一部でしかないのに」「ん、胸は母性の象徴だから」 多少言いづらそうに、珍しい事にやや頬を染めつつ那波がついに悩みの一部を口にした。 恐らく一番悩んでいる事ではないだろうが、それでも構わない。 むつきは考える間もなく、那波の何故に即答していた。 まるで脊髄反射のような返答に、問いかけた那波が少し眼を丸くしていたほどだ。 率直過ぎたかなと、改めてむつきは少々噛み砕いて説明した。「男女の体で違う箇所は二つ。胸と陰部なわけだ。照れるなよ、俺は割りと真面目だ」「はぁ……」 お前が照れると俺も照れると釘を刺しつつ。「けどさ、普段生活していてその違いが眼に見えるのは胸だけだ。何故膨らむ、何故揺れる。触ったら柔らかいの、なんて思春期の妄想を駆り立て易い。女の子だって、胸を強調した服着る事あるだろ。見せられる男は尚更だ」 この時、那波が八の字眉毛になったのだ、自分が殊更強調したことはないと思ったからだろう。 あくまで那波は無意識のうちに、何をしていても強調した事になってしまうからだ。 それこそ普通に歩いていてさえ。 分かりづらかったかなと思いつつも、始めた説明は最後までちゃんとする。「あとさ、那波も言ったが。確かに胸とか見た目って、その人の人格のほんの一部でしかない。と言うより、見た目は人格とあまり関係ない」「はい、夏美ちゃんもそばかすを気にしている事がありますけど。そんな事よりも、夏美ちゃんの可愛い所は私が一杯知っています。本人に言っても全然信じて貰えないですけど」「那波に言われても逆効果だと思うが。まるっきり、人格と関係ないわけでもない。寝癖がついてたり、目やにがあったり。服にお昼ご飯の汚れがあったり、だらしない人だと分かる」「小さな子だと可愛いで済みますけど、大人だと確かに」 ちょっと着地点を見失いかけたが。「胸も、女の子の一部に過ぎなければ。胸ばかり見る男もその人の一部に過ぎない。那波がまず鍛えるべきは、本当にその人が胸ばかり見てるかかな?」「内面を見抜く眼を鍛えろということですか」「まあな。男ってさ、身勝手な生き物なんだ。お前が仮に、胸ばかり見るなと注意したとする。男はこう思う、なんて自意識過剰で心の狭い子だと。そんなの詰まらんだろ。そんな低俗な相手はお断りだとしても」「本当にお断りですけど」 表情は笑っているが、眼が笑ってないぞと心の中だけで突っ込みつつ。「逆にこう考えろ。男は胸を見ている間は無防備だ。逆に見抜け。その人はどんな人だ。外見からでも分かる事はある。だらしない人、実は清潔な人。その間に、私はお前を見抜いてるぞって」「先生」「おう、なんだ」「めやについてます」 そう指摘され、慌ててむつきは腕で目元をごしごしと擦っていた。 自分でだらしないと評した人物像が自身に当てはまるとは、情けなさ過ぎる。 もう蒸発しろ、二度と来るなとばかりに猛烈に擦りあげた。「いや、あの。おき抜けで散歩でもって。故郷だし、気が抜けててね?」「ふふ、今さら取り繕わなくても。先生の内面はある程度は知っているつもりです。嫌いになんかなりませんよ。ちょっとだらしないとは思いましたが」 さようですかと、折角の力説も台無しでガックリ来てしまう。「あー、それで俺のお悩み相談室は何点?」「大まけで七十点です。身だしなみをきちんとしていただけていれば。あと、時々私の胸をチラ見しなければ」「ごめんね、男の子で」「いえ、先生のおかげで以前より視線は気にならなくなりました」 少しは役にたてたかと、直前の自分のだらしない格好は一先ず頭から追い出し。 最後に寝癖とかもないよなと、髪に触れるとしっかりあったが。 改めて背伸びをぐぐっとして体を起こすと、その隣で那波も真似て背伸びをしていた。 腕を上に上げて体をそらすと、爆乳もまた太陽に負けじと空を上る。 双子の太陽だっとチラッと見てはいかんいかんと顔を振ったわけだが。「先生、また見てます」「お前が強調……わざと?」「なんの事ですか?」 にこにこと笑う表情にわざとですと、書いてあった。 こいつめっと手を振り上げると歳相応の楽しそうな声と共にきゃっと那波が逃げた。 砂浜で爆乳少女と追いかけっこ、それこそ世の思春期が本気で夢想する世界に突入である。 しかし、その夢想の世界もそう長くは続かなかった。 目の前を逃げていた那波の背丈が、突然低くなったのだ。 いや、即座に視線を下に向ければ那波の足が膝ぐらいまで埋もれていた。 これがただの落とし穴であれば問題なかったのだが、ただの落とし穴ではなかった。 膝から太股、瞬く間に那波が埋もれていき、慌ててむつきがその手を掴んだ直後。「きゃっ!」「うお、深けぇ!」 二人共々、その穴に吸い込まれて周りが一瞬で真っ暗となった。 互いの悲鳴の後に聞こえたのは、どさどさっと何かが落ちて覆いかぶさる音だ。 そして気がついてみれば、二人は暗く深い穴のそこで折り重なるように倒れていた。 何メートル三メートル以上深い、ふざけた落とし穴であった。 自分でも良く覚えていないが、落ちる途中で那波の下敷きになったらしい。 あお向けて湿った砂の上に転がるむつきの胸の上に、那波の顔がある。 キュッと強く瞳を閉じてはいるが、痛みなどの苦痛によるそれは見られずとりあえずほっとした。「那波、大丈夫か。痛いところとかないか?」「先生が咄嗟に……すみません、直ぐにどきます」 先程悩みを打ち明けた胸が、むつきの胸で押し潰されており、そそくさと那波が立ち上がる。 照れたように背中を向け、体についた砂を那波が払っている間。 むつきも大変なお胸様でと思いながら、立ち上がっては砂を払った。 一時、微妙な沈黙が二人の間に流れたが、恥ずかしがるよりも先に擦るべき事がある。 見上げた空は砂浜にいた時よりも遠く、穴の入り口もまた遠い。 穴の全長は三メートル、周囲は半径二メートルか。 乙姫家の人間にとって砂浜は一種の商売道具なので、こんな悪戯はしない。 となれば、昨日訪れたばかりのA組の誰かに決まっている。「鳴滝姉か春日か。アレだな。昨日の花火中に作って、だけど誰も引っかからず。何時の間にか自分達も忘れたパターン」「後できつくお仕置きしないといけませんね」 那波の黒いオーラも、風向きが自分以外でかつ味方であればなんとも頼もしい。「とは言え、脱出できるかどうか微妙な高さだな」 ぴょんぴょん飛び跳ねてみても、穴の入り口まで手が届きもしない。 ならばと砂の壁を登ろうにも足をかけただけで、壁そのものが崩れ落ちてしまう。 あまり弄くって壁が崩れてきたら怖いので、触らないほうが良いかもしれなかった。 二人してどうしようと考える。 まず現在の季節柄、寒さでどうにかなる事はなく、穴のお陰で日差しも届かない。 体調面では問題ないが、早朝の事なので見つけて貰うまでに時間単位でかかる。 生憎、おき抜けでむつきは携帯を持っておらず、那波も同様だ。「三メートルぐらいか」「ぐらいですね」「那波、身長いくつ?」「百七十二センチですけれど」 二人の身長を足せば三メートル五十センチは余裕である。 運が良ければ、肩車でも手が届くかもしれない。 そうと決まれば、話は早い。「那波、肩ぐる……どうした?」「落とし穴、掘ったのは先生じゃないですよね?」「お前が先に走って落ちただろ」「いえ、私が逃げる方向を誘導しつつ」「狩人か」 それにどういう目的でと、気付いたのは那波を肩車してからであった。 胸と同じくずっしりと思い那波のお尻が肩に圧し掛かってくる。 華やかな芳香をはなつむっちりとした太股が視界の脇を挟みこんできていた。 しゃがみ込んだ状態から那波を担ぎ立ち上がった時、その股座が首後ろに食い込んでも。 この時になって、確かに那波が疑うのも当然かと気付いた。 気付いたが、それど頃ではなくなったのも事実だ。「那波、あまりふらふらすんな」「すみません。実は私バランス感覚があまり」「そうだった、お前重心が上にあるから」 あまりに胸が大きく、那波の重心は上の方にあってバランスが悪いのだ。 むつきが必死に踏ん張っても、あっちにふらふら、こっちにふらふら。 那波も必死なのは、キュッと両の太股を締めてきているので分かる。 ただ、既にそのすべやかな太股がむつきの両頬を挟みこんでいた。 唐突に、むつきが鳴滝姉か春日といった犯人の評価を上方修正したとしても仕方がない。 那波の両足をシッカリ抱き締め踏ん張り、那波が落ち着くまで苦労して耐えた。 最終的に、脆い砂の壁に手をつく事で、那波も落ち着いたのだ。「ゆっくりで良い。入り口に手は届くか?」「辛うじて。けれど、私の腕力ではとても。先生の肩に立てば、なんとか」「肩に立つか。俺は良いけど、那波いけるか?」 んーっと、そこで悩むなとも思ったが、高さ的な意味で怖いのは那波だ。 少しばかり何してんだろう俺達と負のスパイラルに入りかけたが。 落ちきる前に、那波が決断してくれた。「行きます。先生、痛かったら言ってください」「おう、頑張れ那波」 改めて土台となるむつきが踏ん張り、那波がそっとその上で動き始めた。 砂の壁に手をつき、体重をそちらへかけつつ、まずは右足を持ち上げる。 むつきの頬に太股が擦れ、どちらも気づいていた。 気付いていたが、妙な考えを浮かべるだけで危ないと何も言わなかった。 そのまま那波は持ち上げた右足を曲げて、踵をむつきの肩に置いた。 ぐっと力をこめて踏ん張ると、さすがにむつきも右肩が悲鳴を上げる。 が、事前に言われた事とは逆に悲鳴は口の中で急きとめ、頬をぱんぱんに腫らして耐えた。「先生」「全然平気、一気に行け。途中で止めると、尚更怖いぞ」「はい、失礼します」 それから本当に一気に、勢いをつけるように那波が左足も肩にかけて中腰に。 そろそろと砂の壁に手をつけながら、立ち上がっていく。 すると手が穴の入り口にかかり、背を伸ばしきった時には肩口まで穴の上に出る事ができた。 そこから踏ん張るのは那波の仕事であった。 穴の入り口にシッカリ手をつき、脱出できるよう背伸びして這い上がる。 しかし、運命というべきものなのだろうか。 やはりここで邪魔になったのは、那波のご立派な胸であった。 巨乳少女は総じて、匍匐前進が苦手なのである。 這い上がろうにも胸がゴム鞠のように下敷きとなってバランスが悪いこと悪い事。「ん、くぅっ」「那波、頑張れ。これで登れなきゃ、何時間も穴の底だぞ!」「はっ、んくっ。ぁっ」 内心、那波が頑張る声がいやらしく聞こえてしまったが、きっと本人は必死だ。 じたばたと足が動き、ちょっと蹴られたりするのが良い証拠である。 その肩から離れた両足を、むつきは両手で支え持ち上げるように助成もした。「先生、もう少し……」「いいぞ、そのままいけ!」 むつきからは、どうあと少しなのか全く見る事も予想する事もできなかったが。 かつてない程に足元を踏ん張り、体全体で那波を押し上げる。 両腕も頭の上以上に押し上げ、まだかまだかと耐え忍ぶ。 そんな折、非常に嫌な音が何故かはっきりと聞こえてしまった。 ビリッと何かが破れるような音である。 踏ん張りすぎてハーフパンツのお尻でも破れたのか、まだその方が良かった。「ぁっ、駄目」 悲鳴のような声を上げたのは、那波であった。 一体何がと落ちてくる砂に苦慮しながら、むつきが上を見上げた時である。「先生、上を見ちゃ」 あろうことか、前だけ見ているべきの那波が何故かむつきを見下ろしていた。 しかし、これをしかるべきかは、全く答えが見つからない。 那波の着ていたティーシャツが、落とし穴の砂を支えていた棒切れに引っかかっていたのだ。 先程ビリッと破れたような音がしたのはそれである。「那波、ほっとけ。そのまま」 女子中学生としてはけしからん、赤いブラジャーが見えたが見えない振りだ。 正直、全身がぷるぷるしていて再チャレンジなど夢のまた夢である。「駄目、破れ。ブラも、ぁぅ。もう、無理……」 那波の足も徐々に下りてきて、むつきが持ち上げようにも持ち上がらない。 しかも一気に脱力したせいで両足は、手を滑り落下。 危ないとむつきが次に支えたのは、那波のおおきなお尻であった。 むずっとそれはもう、両手で鷲掴んでいた。 薄いホットパンツなので直に触っている感触と変わらず、とても良い尻だ。 安産型の良い子が今にでも産めそうな、むしろ産んで欲しくなるような。 そんなむつきの嗜好は刹那の間に満たない間でされたが、本当に刹那であった。「先生、んぅ。手が、指が」 受け止めた手が我知らず愛撫となっていたようで那波が腰をくねらせる。 落下した那波を受け止めた奇跡もそれまで。 頭上で那波が腰をくねらせればバランスも何もあったものではない。 手の上からずり落ちた那波が次に落ちた先は、むつきの頭上であった。 首が胴体に埋もれてなくなってしまいそうな衝撃の後、落とし穴に落ちた時同様に重なり合って倒れこんだ。 その時、周囲の砂の壁も崩れ落ちたが些細な事であった。「痛ッ」「那波、大丈夫カッ?!」 改めて、むつきが仰向けで下敷きに、那波がその上に胸板に顔を預けるように倒れこんだわけだが。 一度目と決定的に違う点があった。 そう落ちる直前、那波のティーシャツが落とし穴に使用された棒切れに引っかかっていた。 シャツが破れただけなら良かったが、何故かブラジャーも引っかかったまま。 那波は上半身裸、ホットパンツオンリーというあられもない姿でむつきに重なっていた。「奇跡か。那波、どこか怪我は」「駄目、先生!」 怪我はないかと抱き起こそうとしたが、逆に那波に必死に抱きつかれてしまった。 ちょっと止めて、間違いを犯しそうともむつきは思ったが那波も必死だ。 大人びた彼女に珍しく、純情な少女のように顔を火照らせ慌てふためいている。 体を離せば胸が見られてしまう、けれど隠すにはむつきに密着するしかないわけで。「見ないでください、先生。恥ずかしいんです」「分かった、分かったけど。この状態……」 深い穴の底で上半身裸の爆乳人妻臭美少女と抱き合う形である。 いくら昨日、アタナシアとハッスルしたと言っても一眠りして体力はある程度回復しているのだ。 しかも朝、世間一般の男性が夜並みに元気になってしまう時間帯。 むつきも例に漏れず、那波のたわわな果実を押し付けられ、たってしまった。 必死に抱きつく那波のホットパンツ姿のお尻が、不自然に盛り上がる程に。「先生?」 これはどういう事かと那波が黒いオーラを出すが、むつきも必死だ。「お前に欲情したわけじゃないから、朝はこういうものなの!」「先生、言い訳禁止です」 むしろ喋るなっと言葉を禁止されたわけだが。 それで状況が好転するはずもなく、ただただ抱き合うだけで時間を浪費していく。 というか、逆にこの状況はむつきにとって致命的だ。 美砂達はまだしも、美砂だけと付き合ってると思っている母親に知られれば。 ビンタや拳の一発程度では到底済むはずもない。「先生……」 どないしよう、どないしようと必死にアレコレ考えていると、突然那波が弱々しい声で訴えてきた。「何か、喋ってください。私……」「那波?」 今まで必死にそらしていた那波を正面から見つめると、何故か瞳に涙が溜まっていた。 あの時々怖いが、普段は穏やかで母性全開の少女が、弱々しい光を瞳にたたえている。 一体なにがどうして、切っ掛けは。 少なくとも、好きでもない男と抱き合う形となり気持ち悪いとかそうではない。 そうだったら良いという願望もあったが、恐らくはちがう。 胸が露となり慌てていた時とは違う、那波の体が小刻みに震え、むしろ必死に抱きついてきていた。「私、駄目なんです。孤独を感じる事が。狭く、暗い穴の底。孤独を象徴するものが駄目なんです」 それは軽い気持ちで相談してよと持ちかけた時には引き出せなかった那波の心の底だ。「常に孤独を遠ざけるように誰かを傍に置かないと。先生、はしたないですが。抱き締めてください。勘違いしないでくださいとか、お願いするのも厚かましいですが」「ん、分かった。勘違いしないから、安心しろ。大丈夫、一人じゃない。馬鹿でスケベな教員の俺だが、ここにいるから」 まだ事情は上手く飲み込めないが、震える那波を安心させるように抱き締めた。 上半身裸なので直接肌に触れてしまうが、気後れは寧ろさせずしっかりと。 ここで変に躊躇すれば余計に警戒を与えてしまう事だろう。 昨晩アタナシアにしたようにしっかりと抱き締め、撫でるようにその髪を梳いた。 時間をかけて、那波の孤独を震えを取り去っていく。 ただただ那波を想い、おかげで一度はいきり立ったアレが大人しくなる程に。「んっ」 気持ち良さそうな声が那波の唇からも漏れ、孤独はなりを潜めたのだろう。 しかし、一つ残った疑問は那波の孤独に対する恐れだ。 人間誰しも孤独は嫌いだが、稀に孤独が好きと嘯く物好きもいるが。 那波の怖がり様、恐れ様は少し異質だ。「ありがとうございます、先生。もう大丈夫です」「とは言え、何も状況は好転してないけどな」 震えが止まっても変わらず抱き合い、むつきが髪を梳きながら互いに黙り込む。 沈黙の音が耳に痛いが、それでも那波は孤独は感じないようだ。「私、私はあやかが羨ましい」 そんな那波が漏らした呟きは、意外過ぎる一言であった。「那波重工は、あやかの実家並みに資産こそあれ。歴史は浅く、成り上がりの家です。家族同士の結びつきが薄く。いえ、むしろ財閥令嬢でありながら、家族の絆が深く愛されているあやかが稀なのでしょうか」 那波の独白のような言葉に答えず、むつきは髪を手櫛で梳く事で応えていた。「何処へ行くにも一人。もちろん、お手伝いさんや面倒を見てくれた人はいましたが、彼らは全て仕事でした。あやかの家のように、愛してはくれなかった」 だからこそ、那波は小さな子へと愛情を注ぐのか。 かつて自分が与えられなかったモノを、漏れなく与える為に。 それに子供は無垢で、鑑のような存在だ。 愛を与えればそのまま子供からの愛が自分へと返ってくる。 しかし、今の那波の独白を聞く限り。「愛を見返りに愛を与える事は、間違っているでしょうか?」「別に、いいんじゃね?」 いかにも深刻そうに問いかけた那波の言葉に、努めて明るく軽くむつきは答えた。「お前ら、似た者同士だな。お前だから言うが、似たような相談を以前雪広にされた。詳細は秘密だが。その時も俺はこう応えた」 もう随分前のような気もするが、つい数ヶ月前の事である。「小さい子は単純だ。特に男の子は、綺麗なお姉さんに可愛がって貰ったやったぜってな。それで恋に花を咲かせるのも良いし、お似合いになれるようにって努力するのも。女の子だって憧れて努力したら、尚良し」「でもそれが純粋な愛でなければ」「んー、那波さ。ちょい、とらわれ過ぎじゃねえか?」 幼少のトラウマとまで行かないかもしれないが、嫌な記憶のせいか。 目に見えない純粋さ、この場合純粋な愛を求めすぎている。「もしかして、無償の愛って信じてる?」「もちろん、信じてます」「ないない、そんなもん」 えっと、とても教師らしからぬ言葉に那波の眼が点となっていた。「ちょっと違うかな。世間様が言う、無償の愛。何も求めず、見返りを求めず。ただただ愛しなさい。俺はあれ、違うと思う。愛は、目的があってしかるべきだ」「愛に、目的があってしかるべきですか。それは不純では?」「だってさ、親が子に向ける愛ってその子が健やかに愛を知った人になって欲しいだろ。ほら、目的あるじゃん。けど、不純じゃない。普通だろ?」 他にも親でなくとも、小さな子には笑顔でいて欲しい等々。 目的のない愛など、むしろ無情の域でとても人の感情ではない。「お前が愛して欲しいから愛するってのも、別に不純じゃない。不純ってのは、そうだな。例えば、金持ちの家の子を懐かせれば後々便利だなと思いながら愛することとか?」「そんなこと!」「まあ、不純なだけあってその子に気付かれるまでは愛、気付かれたらただの策謀だ」 ちょっと話がそれかけたが。「那波が小さい子が好きなのは、確かに愛して欲しいからってのもあるかも知れない。けどさ、それだけで中学生のお前が休日潰してまで面倒見にいかないだろ。普通は、友達と遊び呆けてる」「確かに、最初は私が口にした通り愛して欲しかったから。けど今は……」 そこで思いをめぐらし、違うという事に行き着いたのだろう。 良い笑顔に、親が子を温かく見つめるような良い女の笑みを浮かべ始めた。 良い母親になれるだろうなと、改めてそんな那波を抱き締めている現状に反応してしまった。 一度はぺたんとついた那波のお尻が、むつきのせいでくいっと上に持ち上げられた。「先生?」「ごめんなさい、だってお前が可愛く笑うから!」「これはさすがに不純では?」「痛い、痛い!」 下半身に手を伸ばされ、黒いオーラと共にキュッと締められた。 何て事をを思いはしたが、痛みの前に色々な考えが吹き飛んでいった。 だから痛みにわめいている間、さり気にぽっと頬を染める那波には気付かない。「先生、今気付いたのですが」「ごめんなさい、千切らないで」「いえ、あの……先生のティーシャツをお借りできませんか?」「あっ」 その手があったかと、本当に今さらむつきも気付いた。 ジッと疑わしげな視線にさらされたが、本当である。 というか、そうしようにも駄目と先に抱きつき放さなかったのは那波だ。 それで協議を重ねた結果、まず二人一緒にテーシャツを来て、むつきだけが抜ける。 上手く行けば、この密着状態だけは抜け出せるはずだ。「先生、見ないでくださいね?」「お前もしつこいな」 まずは那波が胸を隠しつつ上半身をむつきから見て下の方に引いた。 それからむつきがティーシャツの裾を持ち上げ、那波がもぐりこんでいった。 夏場だから大き目のティーシャツとは言え、さすがに二人で着るには小さい。 那波も途中から胸を隠す事を断念し、むつきの胸の上を這うように登って行く。「やべ、くすぐったい那波あちこち触るな」 「すみません、もう少し」 うんしょ、うんしょと那波が動くのは良いのだが、その爆乳が胸の上で擦れるのだ。 たゆんたゆんと形を変え、時に乳首がこすれ今直ぐ押し倒したくもなる。 だがまだひかげ荘の存在すら知らない那波にそんな事はできない。 襲いたい、その胸を揉みしだきたい、入れたいと思いながら我慢の連続だ。 やがて胸を這いずり終わった那波が、首の襟元から頭をぐりぐり登ってきた。「ふう……なんとか、ぁっ。おはようございます」「お前、実はかなりテンパってるだろ。おはようございます」 首を出してから、目の前に急接近したむつきに気付き突然那波が挨拶してきた。 むつきもそういいつつ、かなりあせっている。 今さらながら、これ後ろを向いている間に自分が脱いで、手渡した方が良かったんじゃないかと思う程に。 実際、互いに離れ那波が背中を向けるまでに、絶対に眼を閉じていられるかは分からないが。 それに那波もその両腕で何時まで爆乳を隠していられたことか。 しかし、こうなってしまった以上、今度はむつきが抜ける番だ。「那波、あんまり暴れるなよ。この一枚が破れたらもう手はないぞ」「先生こそ、エッチなのは駄目ですよ? 眼はちゃんと瞑ってください」 ちょっと黒いオーラを滲ませ脅されてしまった。 言われた通り目を瞑り、伸びきった襟元を那波がさらに酷使してのばしシャツの中へ。 すっぽり収まったは良いが、最初に感じたのはやはり那波の爆乳である。 瞼を通す光の加減で既に自分の頭がティーシャツの中なのは分かっていた。 頬に触れる那波の柔肌も、これはチャンスなのでは。 むくりとそんな欲望が顔を出し、今ならぱふぱふ出来るのではと邪な考えも。 いやいかんと生真面目に思った挙句、下した結論は見るだけであった。「先生、まだですか」「待て、慎重に。触れないようにこっちも気をつけてんだ」「すみません」 那波が譲歩したように謝ったが最後、ここだっとむつきはその眼を見開く。 偉大なる山が目の前に、しかも二つも現れた。 なだらかな丘などなく、究極の美とも言える曲線がそこにあった。 今にも登頂したいと思う山の天辺には、桜色の太陽にも見えるキュっと締まった乳首が。 しかも度重なるふれあいからだろうか、ちょっと立っているようにも見えた。(爺さん、やはり巨乳は偉大だ……俺もまだまだ、真のおっぱいに貴賎はないに辿りつけてないのかもしれない。先は長いよ) そんな感慨を浮かべ、決して邪な思いではなく、偉大な誓いを胸に抱いていた。 何時までも拝んでいたい気持ちにかられたが、怪しまれては意味がない。 名残惜しむように後ろ髪をひかれつつ、別れを告げようとしたその時だ。「先生、やっぱり眼上げてません?!」 何を根拠にそう思ったのか、那波が急に体を捻り捩った。 不可抗力、本当にそこからは不可抗力でティーシャツの中で頭ごと引っ張られた。 せめて触れまいとした胸に顔から突っ込み、全ての努力は水の泡である。 いや、このまま二人で陰部を泡塗れにしたいと思ったが、それは別。 ふよんと那波の胸に突っ込み、受け止められ、さらに那波が身を捩って滅茶苦茶だ。「ちょっ、暴れんな。これで触るなとか、無理!」「先程から、先生のアレがぐいぐい押し付けられて。怒りますよ!」 バレたのそれが原因かとも思ったが、もはや本当にどうしようもなかった。 那波が聞く耳持ってくれないし、むつきも頭をシャツの中から抜くに抜けない。 もはや誰かに見つかった瞬間、むつきが犯罪者一直線の中で第三者の声が聞こえた。「うひょー、早起きはするもんじゃ。浜辺に、爆乳ブラジャーが流れついとるわい!」 さすが老人は朝が早い。 どうやら、落とし穴の入り口に引っかかった那波のブラジャーに気付いたらしい。 二人して一度動きを止め、助かったと喜びの声を上げようとしたところで。 ビリッとむつきのティーシャツが限界の悲鳴をあげた。 引き裂かれる無残なティーシャツ、露になる那波の胸、そこに覆いかぶさっているむつき。「むつき、ひ孫はそんな慌てんでもええぞ。二時間後ぐらいにまた来るわい」「待って爺ちゃん、助け」「先生、動かないでください!」 しかもあろう事か、爺さんは那波のブラジャーだけ回収して行ってしまった。 せめてティーシャツの方を投げ込んでくれとも思ったがもう遅い。 那波が再び胸を隠すようにむつきに抱きついている間に、嬉しそうに消えていった。 残された二人は、互いに上半身裸とさらに過激な格好でさらに二時間程密着し続ける事となる。 結局、母親にばれたむつきは、殴られた挙句皆の前で那波に土下座させられた。 -後書き-ども、えなりんです。那波の嫌いなものが孤独なのは、確か公式設定です。子供好きとかと掛け合わせ、こういう内容になりました。那波の家が金持ちってかなり最後の方に明かされましたしね。赤松御大の思い付きかもしれませんがw恒例のむつきのお悩み相談室。最近ようやく及第点がとれるようになりました。今後は、むつきが悩みがないか聞くより先に、生徒が相談しに来る感じです。それでは次回は土曜日です。