第九十五話 弟とも違うよぉ! 翌日、むつきはまだ誰もひかげ荘に来ないうちから家をでた。 さよがなにか言いたそうだったが、面接時間が決まっているこちらが優先であった。 元々は寮に迎えに行く予定だったが、騒がれるのは面倒だと電車内に決めておいた。 ひかげ荘の最寄駅からしばらく揺られていると、待ち合わせた駅で神楽坂がきょろきょろしながら乗ってくる。 デニムのスカートに白いティーシャツ、チェック柄の上着を羽織ってベルトで縛っていた。 見ようによってはお出かけっぽいが、長い髪を無理やり押し込んだ野球帽子がちょっと不釣合いだ。 そして学校指定の体操着を入れる鞄を手に下げ、ぱっと見て何を目的に何処へ行こうとしているかは不明である。「神楽坂、こっちだ」「あっ、先生……スーツ、なんで?」「会いに行くのはダチでも、あいつの仕事場だからな。それに頼んだのはこっちだし、相応の格好は必要だろ。親しき仲にもってな」「うん、ありがとう先生。昨日も言ったけど」 そして昨日もその笑顔にときめきましたと、ちょっとむつきは目をそらしそうになってしまう。 半年ぐらい前の態度が態度だっただけに、ギャップ萌えに近い何かだと思いたい。 落ち着け俺と、昨晩可愛がったさよの感触を色々と思い出し、神楽坂に感じたときめきを追い払う。 とりあえず、横の席に神楽坂を座らせて、大事な事を聞いておいた。「まだ面接段階だから、お前の格好は良いとして。動きやすい恰好ができるの持ってきたか?」「もちろん、体操服は止めておいた。葉加瀬がツナギ持ってたから、ちょっと借りて来たし。サイズがちょっとキツイけど。もちろん、背の高さね?」「強調しなきゃ、気づかなかったよ」 きっとジッパーを上げる時に、胸がきつかったのだろう。 ちらっとだけ神楽坂の結構なお点前の胸に視線をやり、直ぐ様にそらしておいた。 ちょっとむつきが挙動不審ではあったが、軽く酒呑との間柄を説明する。 本当にバイトさせてくれるかはともかく、前情報としてどんな人かを。 どっしり構えた男臭い奴なのである意味で神楽坂と共感するかもしれないが、もちろんそこは言わなかったが。 時々、宿題進んでるかと先生らしいことも尋ねつつ、現場近くの駅で降り立ち徒歩で向かう。 雑居ビルを建てるぐらいなので、十分も歩けば衝立で歩道と区切られた建築現場についた。 まだまだ作業はこれからといった感じで、ビルという名の影も形もなかった。「先生、ここなの?」「お、おう。そのはずだけど、なんにもねえな。もっとパイプで足場組んであったり」「まだまだ工期は始まったばかりだからな。それはもっと後だ、まずは地ならしからだ。よう、乙姫。それからそっちがバイトをしたいってお嬢ちゃんか?」 ぽけっと空き地を見ていた二人へと、誰かが後ろから肩にばんと手を置いてきた。 思い切り神楽坂はきゃっと小さくはない悲鳴をあげていたが、むつきはその手加減下手の主を知っている。「酒呑、神楽坂は女の子なんだからもっとそっと扱ってくれ。神楽坂、こいつが酒呑。お前がお世話になるかもしれない人だ」「は、初めまして。神楽坂明日菜です、よろしくお願いします!」「おーし、おーし。元気の良い挨拶が好印象だ。これでぼそぼそされたら、たたき出してたところだ。よろしくな、お嬢ちゃん!」 がははと笑った酒呑が分厚く大きい手を差し出すと、気後れせず神楽坂もその手を握った。 しかし、例えば宮崎の様な子であれば、たたき出されなくても逃げていく気がする。「その元気の良さで第一印象は問題ないな。よし、ついて来い。こっちだ」「あっ、はい!」 若干、酒呑の大声に圧倒されているのか、どしどし歩く後ろ姿に慌てて神楽坂がついていく。 慣れているむつきは相変わらずだなと笑ってついていったが。 やはりこの現場はこれかららしく、空き地の隅に建築資材が積み上げられたほかは事務所となるプレハブぐらい。 あとは何もない、現代では珍しい本当の空き地である。 そして事務所内で面接かと思いきや、酒呑が連れて行ったのは積み上げられた建築資材の前だ。 それらをざっと眺め、これかと呟きセメントが詰め込まれた砂袋を持ち上げ神楽坂の前に落とした。「それじゃあ、嬢ちゃん。こいつを持ち上げて貰えるか?」 顔は豪快に笑っているが、目つきはとても真剣でこれが面接の一環だとわかる。 中学生に加えて女の子、だといえど、もしくはだからこそか。 その真剣味を試そうとしているかのようであった。 確かに生半可な女の子であれば、こういう場合いやーん持てないと非力アピールすることであろう。 しかし神楽坂はそんじょそこらの女の子ではない、色々と身を持ってむつきが知っている。「これで良いですか?」 一度しゃがみ込むと、いともあっさりセメントの砂袋を両手で持ち上げた。 何を思ったのか、腕力アピールと野球の投手がロジンバッグを使うように片手でぽいぽいと持ち上げも。「おい、むつき。最近の女子中学生は、肉体改造手術でも受けとるのか?」「神楽坂、危ないからぽいぽい放り投げるな。てか、何キロよそれ」「えーっと、あっ。小さく二十五キロって書いてある。これぐらいなら、お手玉できます!」 アピールがまだ足りないかと、勝手に資材に手をのばし神楽坂がもう一袋追加した。 そして言葉通りお手玉を始めようとしたので、さすがにむつきが止めさせた。 どうやら身を持ってしったむつきですら、神楽坂の怪力はその一端でしかなかったらしい。「がーっはっは、最近の女子にしては骨が太い。気に入った、お嬢ちゃん。いや神楽坂だったか。口噛みそうだな」「それなら明日菜って呼んでください、親方!」「現場監督だ。よし、明日菜。お前さんは採用だ。現場には明日菜みたいなパワフルな華があった方が、部下も仕事に身がはいろう!」「は、華って。初めて言われた。やだな、監督お世辞上手なんだから!」 ぼくっと殺人パンチが酒呑の腹に決まったが、当人は笑って堪えた様子はない。 過去にアレをくらったむつきはゲロを吐きそうになって崩れ落ちたというのに。 いや、ちょっとだけ顔が何時もの赤ら顔ではなく、青いように見えるのでダメージはあるようだ。「おい、神楽坂。ボディは、てか。上司を殴るな、上司を!」「やだ、ごめんなさい監督!」「はっはっは、この程度……うぐぅ。二十日酔いに比べれば蚊に刺された程度だ。明日菜、今の事務所は無人だから今のうちに着替えとけ。あと十五分もすれば他の仲間が来る。その時、また紹介するぞ」「分かりました、監督!」 なんというか、体育会系のノリというか物凄く息の合った二人ではなかろうか。 神楽坂も面接が上手くいったと、しかも華なんて言って貰えて上機嫌で事務所に入っていった。 若干、むつきのことがアウトオブ眼中な気もするが。 神楽坂と仲良くなるのに結構かかったむつきとしてはジェラシーを感じずにはいられない。 こんちくしょうと、旧来の大親友へと恨みがましい視線を向けても許されよう。「ん、なんだ。もしかして明日菜はお前が喰っ」「わーっ、お天道様の下で何を言う。酒呑君!」 しまったこいつ一部を知ってたんだと、背の高い酒呑の口を塞ごうとするが手で一蹴されてしまう。「違うのは、一目瞭然だ。そういうのとは違う信頼を感じるからな、教師やっとるではないか」「三年目にしてようやくだよ。何度、辞めようと思ったことか」「貴様はメンタルが弱いからな。まあ、もう大丈夫そうだ。おら、貴様は貴様の嫁のところにでも帰れ。明日菜はわしがきちんと預かった。遅くなる場合は、送り届けもするぞ」「お、おう。本当に悪いな、酒呑。恩に着る。神楽坂、俺は今日休みだから困ったことがあったら連絡しろよ。ただし、仕事のことは酒呑に聞けよ」 酒呑に追い出され、後ろ歩きしながら小さなプレハブ小屋の事務所へ向けて叫ぶ。 するとツナギの正面のジッパーを上げながら、慌てた様子で引き戸の扉を開けて明日菜が顔をのぞかせた。 慌てるのは良いが、年頃なんだから身支度はきちんとしてから出てきてほしい。 チラッとオレンジ色のブラが見えてしまったではないか。 ギロッと酒呑を見上げると、流石にきちんとした相手がいるためか視線はそらしていた。「先生、なんども言ったけどありがとう。これでしばらく、なんとかなりそう。頑張るわ、私」「おう、頑張れよ。気が向いたら、差し入れでも持ってきてやる」「大丈夫だって。先生は、アタナシアさんとデートでもしてきなさい」「違いない。そら、部外者はとっとと敷地から出ていかんか」 最後は笑いながら酒呑に蹴りだされたが、一先ず神楽坂の緊急処置は済んだようだった。 とはいえ心配だったので、むつきは神楽坂が酒呑の部下に紹介されるまではいた。 もちろん彼女らには見つからないよう隠れてたが。 女子中学生ということで紹介された部下の方も多少驚いていたが、そこは酒呑のお墨付き。 改めて神楽坂がセメントの砂袋でお手玉してみせたことで、若干のひきつりと共に受け入れられた。 周囲のおっさんから明日菜ちゃん、明日菜ちゃんと可愛がられるばかりか、渋めのおっさんを見つけ神楽坂自身もやる気アップ。 さすが勤労少女はたくましく、勤労意欲をいかに沸かせるかに長けている。 そこまで確認してからようやくむつきは、その場を離れひかげ荘へと帰っていった。 本心ではもっと見守りたいが、あまりべったりされても神楽坂が迷惑であろう。 ひかげ荘にたどり着いたのは十時半頃、そろそろ誰かしらやって来ている頃だろうか。 じりじりと暑くなる日差しとやかましいセミの声の中、百階段を上りきり今や完全に我が家となったひかげ層に帰り着く。「さて、神楽坂の親権とか。やることは一杯だが、偶にはゆっくりするか。って、なんか靴が多いな」 玄関脇には靴箱がちゃんとあるのに、何故か今日に限って玄関先に脱がれた靴が多い。 寮や旅館として機能していたこともあるので、靴箱は十分にスペースがあるはずなのだが。 さすがに年頃の女の子が多い状況では、足りないのかもしれない。 いっそ今日は健康的に日曜大工をして新しい下駄箱の増設も良いか。 靴だけは自室に持って行くわけにもいかないし、どうしても玄関のような共用スペースに置くしかない。 両手の親指と人差し指を直角にし、カメラの枠をつくるように覗き込む。 どちらかというと頭で図案を描いているというよりは、こうしてる俺恰好良くねえというだけだが。「下駄箱以外にも、古びれた場所多いからな。床下とか、今度酒呑に見て……」「あっ」 手で作ったカメラの枠を覗き込みながら横にスライドさせていく。 すると丁度その枠に綺麗な絵として収まるように、一人の少女が階段を下りて来た。 最初はちょっと唇を尖らせていたが、むつきを見るなりぱっと笑顔が花開いていく。「先生だ。ジュースお使いじゃんけんに負けておかしいと思ったけど、やっぱりついてる!」 ととんと、階段を一段とばし、最後は三段ぐらいとばして少女がむつきへと駆けつけてくる。 軽やかな足取りで床を蹴るたび、身に着けている黒いミニワンピースのフレアスカートがふわりと舞う。 止める間もなくというか、唐突過ぎてそんな思考すらできず。 ひかげ荘を知らないはずの椎名が、猫のように飛びついて来た。 胸元にぽふりと収まられてしまい、悲しいかな条件反射で小柄なその体をぎゅっと抱きしめてしまう。「先生、お帰りなさい!」「お、おう」 なにこれどういうことと、むつきは目を白黒させるしかないわけだが。「あーっ、桜子。先生から、私の彼氏から離れなさいよ!」「やだぷー。これからは、私の彼氏にもなるんだもん。ねー、先生」「別に先生の恋人になることは否定しないけど。先生の本妻は、私だぁ!」「だめ、美砂。そこくすぐったい、にゃははは!」 むつきに抱き付いた椎名をひっぺがそうとするも難しく、咄嗟にくすぐり攻撃に変えたらしい。 美少女二人が自分をめぐってキャットファイトとは光栄なことだが、そろそろ説明が欲しい所だ。 何故ここに椎名がいるのか、いや彼女ならその豪運でひかげ荘を見つけてもおかしくない気もするが。「先生、実はこの通りでして」 さすがに二人の騒ぎに二階の遊戯室から、雪広をはじめお嫁さんプラスアルファが降りて来た。「あっ、先生お帰り。アキラとの新居にお邪魔してまーす」「ここゲームも漫画も、なんでもそろってるから秘密基地に最高にゃあ!」「先生……」「あっ、若干侮蔑の交じった釘宮の視線が。逆にほっとしてしまう」 椎名以外にも、佐々木や明石、唯一非友好的な視線を半眼で送ってくる釘宮と。 もう言葉もない状況で、今度は背後からまたぞろぞろと人の気配がやってきた。「いやいや、この辺りは気のめぐりが豊富かつ穏やかな山でござるな。故郷を思い出してしまうでござる。先生、しばし厄介になるでござるよ」「周辺一帯を売ったら良い金になるが。拠点としては手放すに惜し過ぎる。先生、宿代はこの私と混浴できる権利で良いかな?」「お邪魔してるアル。桜子、早くも猛烈アピールアルか。ぬぐぐ……」「もう、お腹いっぱいです」 美砂と桜子を体にくっつけたまま振り返ってみれば、長瀬に龍宮、古まで。 もはや二-Aの誰がここを知っているのか、知らないのか。 考えるまでもなく、知らない人を数える方が確実に速い状況である。 なにしろ三十一人中、九人しかこのひかげ壮を知らない者がいないのだ。 具体的に神楽坂、春日、早乙女、宮崎、那波、鳴滝姉妹に村上とザジ、この九名である。 過半数なんてとっくに過ぎ去ってしまっていた。「全く持って分からんが、一先ずだ。ここの秘密を知ってばらそうと思った奴はいなかったのか?」「警察に行くべきか必死に悩んだ末、五月ちゃんの牛丼で買収されました」「お前本当に牛丼好きだな。ありがたいけど、中途半端な常識人は苦労するぞ?」 とりあえず、一番大事なことを聞いてみたが釘宮一人が手を上げるのみ。 さらには誰の差し金か、四葉が先手を取って封じてくれたらしい。「なら、とりあえず露天風呂行くぞ。四葉にさよ、小鈴は飲み物と食べ物頼むわ。どこまで知ってるかわからんが、腹割って話すぞ。聞きたいことあれば纏めとけ」 若干捨て鉢な気分だが、猫手でパンチを繰り出す美砂と椎名を引きずりむつきは露店風呂へと向かった。 女の子が多いので一足先に、むつきは服を脱いで体を洗い湯船の中に軽く沈んでいた。 体がちょっとこわばった感じがするのは、やはり大量の生徒にこの場所がばれたせいだろう。 まだ完全に安心したわけではないが、常識人釘宮を買収済みというのもありがたい。 これで凄い剣幕で詰め寄られでもしたら、胃炎の一つでも起こしていたかもしれなかった。 絞ったタオルで真夏の日差しと熱いお湯で浮かんだ汗を拭い、ふうっと脱力した。 この静かな一時も、やがて脱衣所の向こうの騒ぎからすると消えてしまうのは明白である。 ひかげ荘で一人きりになってリラックスする時間というのは、割と貴重なのだ。 あと何分それが続くかと思っていると、せいぜいが数秒であった。「先生、お待たせ。もうちょっと色気ある登場したかったけど。あっ、こら桜子。フライング!」「甘い、美砂。先生の右手は貰ったよ!」「お前ら、走るな危ない。暴れたら、二人だけ外に放り出すぞ」 相変わらずのキャットファイト中であり、振り返りもせず注意する。 すると一応走るのは止めたらしくペタペタと競歩で、二人は洗い場に向かったらしい。「無理、アンタら頭おかしい。私やっぱ帰る。お父さん以外に見せたことないのに!」「いや、懐かしい反応。朝倉も当時、こんな感じだったよな」「何もかもが懐かしい……って、つい二ヵ月前だけど。ほら、クギミー。笑って、はいチーズ」「撮るな馬鹿たれ、笑えるか!」 今日はお嫁さんばかりではないので、相変わらず振り返らずむつきは空を見ているわけだが。 声だけで容易く状況が想像できるというものだ。 千雨が暴れる釘宮を羽交い絞めにし、和美がリラックスと写真を撮っているらしい。 釘宮の暴れる音や声でそれ以上誰がどこにいるか推察は難しいが。 かなり急いで体を洗ったらしき美砂と椎名の勝負がちょうど、直ぐそこでついていた。「先生の右手は貰った。いっちばーん」「いたた、椅子が滑って動かなきゃ……」 一足先に湯船に入って来た椎名が、以前は服越しに押し付けた胸を今日は直接押し付けてくる。 ふにふにの感触の中でぽっちがしっかり味わえるぐらい押し付けられるが、美砂の方が心配だ。 お尻を抑えながらやってきたため、その手をとって正面に座らせた。「先生?」「美砂はここ正面。どこ打ったんだ。ここか? 撫でてやるよ」「やん、そこ。先生のエッチ。お尻のここ、優しく撫でて」「むぅ」 さすがに恋人としての年季どころか、そもそもむつきの中ではまだ椎名は恋人ではない。 その差を前にさすがの大明神も、自分の不利を覚らざるを得なかったようだ。「裕奈とまき絵は、私のボディソープとシャンプー使って。まだ、その辺り用意してないでしょ?」「うん、昨日とかは美砂ちゃんとかの借りたんだけどちょっとしっくりこなくて」「私らおそろいの、普段使ってるし。亜子、リンス貸して欲しいにゃあ」「はいはい」 こちら運動部四人組は仲が良い事で、というか少しは恥じろ佐々木に明石。 あと恥じ入りし過ぎて得物を狙う目つきになっている古はなんとかしてほしい。 龍宮や長瀬が両脇をがっちりガードして押さえてくれているが、なんか怖い。「先生、せっちゃんにも腕貸したげてや。私が言わへんと、恥ずかしがって行動せえへんえ」「お、お嬢様。私はその……」「ほら、左腕空いてるぞ」 木乃香に手を引っ張られやって来た刹那だが、タオルで体を隠すので忙しくなかなか動かない。 結局はしびれを切らした木乃香が、それならと間に入ってむつきと刹那の腕を取るのであった。 男一人に美少女複数でイチャこらしているうちに、小鈴や葉加瀬、四葉なども体を洗い終えたようだ。 最後まで抵抗していた釘宮も、結局数の暴力には抗えず諦めていた。 ただし、これが最後の抵抗とばかりに、湯船には入らず東屋のベンチにて距離を取っていた。 仲の良い者同士、小さなグループを作って釘宮以外は全員湯船に浸かっている。 あとは四葉たちが用意したジュースやお摘みを桶に浮かべて、準備は万端であった。「適当にくつろぎながら、なにか聞きたいことがある奴」「はーい。むしろ私が突っ込まなきゃ、なあなあで済む気が……一応美砂たちから聞いたけど、改めて先生の口からこのありさまの理由を知りたいかな?」「釘宮、お前良く美砂から聞いたな。惚気のオンパレードだろ」「糖分過多で死ぬかと思った」 一番遠い位置にいながら鋭く切り込んできた釘宮は、ちょっとげんなりしていた。 タオルが落ちないよう、しきりに巻き直す姿はさすがに実際の距離以上の距離を感じさせる。 彼女はむつきに対し、副担任以上の好意はないのだから仕方がないことかもしれないが。「四月に、美砂が無断外泊しかけたろ。あの時が最初。で、美砂が千雨に口滑らせて。五月にアキラが溺れて、亜子とあやかが巻き込まれて。次に夕映、それから小鈴に葉加瀬」 当時を思い出すように一人一人名をあげていく。 思い返してみれば、今でこそ千雨もあやかも嫁になるとまで言ってくれているが。 今の釘宮以上にむつきを警戒し、厳しく監視していたかもしれない。「美砂の話とほぼ一緒か。でもそれで……麻帆良七不思議の半分持って行ってそう」 なにやら今、むつきの顔をちらっと見ていわれた気がしたが、今さらだ。「次、次私アル!」 ざばっとお湯からあがる勢いで古が手を上げ、勢い余って全てをさらしてしまいそうである。 さすがに長瀬が肩に手を置いて止めていたが、また殴られるかとちょっと警戒してしまう。「おう、古なんだ?」「やっぱり、先生は実力を隠しているだけで本当は凄い達じ」「はい、素人です。現実を見なさい、古。喧嘩は多少やってきたが、お前の足元にもおよばんよ」 なんだか納得いかなそうに、お湯に口元まで沈んでいくが事実なのでいかんともしがたい。「で、椎名や釘宮。あと、佐々木と明石は分かるとして。長瀬や龍宮、古は何処から出て来たんだ?」「私は元々、超の伝手で知っていたさ。先生がここで日々ナニをしていたのか」「え、そうなの?」「色々と龍宮さんには、手伝って貰っていたネ」 正直、言えよとも思ったが相手が小鈴ともなると、何か考えがあってと思って言いづらい。「最初は深入りしないようにしていたんだ。だが私の焼けぼっくいは灰になったつもりなのに、意外と燃える部分があったらしい。先生、私で火傷してみるかい?」「お前、そんなセリフどこで覚えたんだよ。両手に抱えきれない程に嫁がいて、わざわざ火傷する意味がわからん。長瀬は?」「拙者は……」 チラッと長瀬がエヴァを見たわけだが、私が誘ったと言うなよ絶対言うなよと前振りされた。 わけではなく、割と真剣に言うなと視線で釘をさされたので、んーっと少し考える。「修行中にたまたま見つけたでござるよ」「忍術の?」「忍者ではござらんよ」「もはやこのやり取りは一種の様式美だな」 最後に古に聞こうとしたが、相変わらず口元まで沈んでぶくぶくしてたのでパスした。「正直、俺ができるのは。黙っててくださいと頭を下げるぐらいだ。別れろと言われても、今更無理だし。もう、開き直って全員幸せにするしかない状態だ」「五月が既にこちらの味方な以上、私に買収できない相手はいないネ」「うぐ、実際に買収された手前なにも言えない」「友達買収すんなって言いたいけど。小鈴、ほどほどにな」 小鈴ならお金ではなく釘宮のように、四葉の牛丼とか安上がりな買収なので目をつぶるしかない。 それで黙っていて貰えるならそれこそ、安いものだ。「あっ、腹割って話すと言えば。あやか」「はい?」 椎名たちとは全くの別件だが、後に後に回されていたことを思い出した。 今この場で聞く事でもないかもしれないが、本人に可能かどうか催促も込めて聞くのも良いだろう。 買収された手前、色々と悩んでしまっている釘宮の傍にいたあやかに声をかけた。「ほら、旅行の時ちょっと悩んでたろ。アレ、聞かせて貰いたいんだけど。ここが駄目なら、後ででも」「あの件ですか……」「あやかさん、円さんのお相手変わりますので。先生のところへ」 察したさよと釘宮のケアを交代したあやかが、タオルで体を隠しながら湯船の中にやって来た。 同じく感じるものがあったのか、むつきに背中から抱きしめられていた美砂がすっと移動する。 つい先ほどまで張り合っていた椎名が驚くぐらい、ごく自然と。 軽く笑い合い美砂が手をあげたので、あやかも交代とばかりに手をパチンと合わせた。 それからむつきの目の前でくるりと反転し、お尻を見せつける様にして湯船の中に沈んでいく。 美の結晶のようなあやかの一連の所作に、むつきと同じく全部見てしまった椎名と木乃香は顔が真っ赤だ。「失礼しますわ、先生」 なんだか当時を思い出すと、全く悩んでいる気配が見えないが細い腰に腕を回しぐっと抱き寄せる。 あやかもその力強さに安堵するように、そっともたれかかってくれた。 なんだか肉体的な接触以上に、精神的に繋がっているような不思議な感覚である。「なんかエッチだね」 佐々木の呟きは間違いではなく、お嫁さん以外は大抵がむつきとあやかの雰囲気に赤面中。 長瀬や龍宮は平気そうだが、長瀬だけは薄ら頬が赤いか。 美砂たちお嫁さん組は、言葉が不要そうなその雰囲気にむしろ羨ましそうなぐらいだ。「えっと……この雰囲気勿体ないけど、反応しちゃいそうだから」「すみません、先生。あの悩み、文字通り吹き飛んでしまいました」 なんのこっちゃと思いながら、あやかの頬に流れた汗をちゅっと唇で吸い取る。 そちらではなく唇にと言いたげな潤んだ瞳をしながら、あやかもむつきの手に触れて言った。「実は私、お見合いさせられそうになっていたんです」「お見合い?!」 あやかの言葉を繰り返すように数人が尋ね返し、誰が発した言葉やら。「両親がとても乗り気で、何度も断ったのですが……会うだけでもと」「ど、どんな奴なんだ。なんであやかに」 頬が引くつき、むつきの声はかなり震えていた。 旅行で浮かれている間に、可愛い嫁がそんな事態になっていたとは。 あの決意に満ちながら、どこか憂いを含んだ表情は、最後の思い出などと考えていたのだろうか。 何故もっと強引に聞き出し、行くなとそれこそ体で分からせるぐらいして安心させなかったのか。「先生、あやかはどこにも行きませんわ。ご安心なさって」 湯船の中で振り返ったあやかが、触れるだけのキスをしてから目の前で微笑んできた。 ちょっと唇を尖らせてしまったが、そうまで言われてはいらぬ嫉妬が不甲斐なさは飲み込まねばならない。「その方は、某国の王家の血筋を引くお方なのですが。そんな方の夫人ともなれば、危険が伴うことも多く。周囲に出された条件が、己の身を守れる強い女性だと」「我らからすればまだまだでござるが、一般女性としては委員長は破格の腕前でござるからな」「ええ、そのお話がお耳にはいり興味を持たれたようで。生半可な女性ならば聞く耳も持たれないその方が、一度会ってみたいと。それがさらに両親の耳に入り……」「委員長、さすがに先生には言いづらいだろうけど。私らの誰かに、ぐらい言って欲しかったな。どうせ、なにもできないだろうけどさ」 千雨もやはり何も聞かされなかったことに多少思うところはあるらしい。「今回と同じで、楽しい旅行前に心配をおかけしたくなかったんです」「文字通り吹き飛んだのだろう。なら、良かったねと言ってあげるのが友達なんじゃないのかい?」「龍宮さんと楓さん、馴染み過ぎです」 猛烈アピール中の椎名や、照れまくりの古に比べてと夕映が若干呆れながらそう評していた。 元々クラスの中でも落ち着いた大人組なので、割り切るのも早かったのだろう。「それで、旅行明けにお見合いする予定だったのですが。先日、そのお方のプライベートジェットに隕石がぶつかりまして」「ぐっ、げほっ……コーヒーが気管に、ぐっ。あれか、あの時の」「温泉でコーヒーなどと無粋なものを飲むからでござる。おっ、茶柱」「思い出した。ひかげ荘に来た日、そう言えば飛行機に隕石ぶつかってた!」 ここ最近、忙しくてむつきは新聞どころかニュースさえ見ていなかったわけだが。 龍宮や長瀬、佐々木らはそれを直接見ていたらしい。 飛行機に隕石がぶつかるなどどういう確率なのか、急に椎名が組んでいた腕に力を込めて来た。 ちょっと言いづらそうに、口元をもにゅもにゅさせていたがまさかである。 その日の事を聞いていないので、むつきもまさか椎名が髪をほどいていたことを知らない。「ちぇっ、結構近かったらしいから決定的瞬間逃しちゃったか。けど、その人大丈夫だったの?」 その瞬間を取りたかったとさりげなく、皆の混浴姿をパシャリと撮りつつ和美が尋ねた。「ええ、もちろんですわ。機体の翼が折れ、命を覚悟した瞬間に天女が助けてくれたと」「いや、大丈夫じゃないでしょ。メテオストライク、頭に受けてないその人。生きてたっぽいけど!」 釘宮のまっとうな突っ込みももっともだが、とりあえずその人は助かったようだ。 麻帆良上空での惨事にも関わらず、人的被害は零、物的被害も窓ガラスが割れたとかその程度らしい。 飛行機に隕石がぶつかったのも奇跡なら、その後の結果も奇跡としか言いようがない。 ちょっと誇らしげな龍宮と長瀬の態度は良く分からないが、隕石だけに不思議な力に守られたか。「ともあれ、その方は命を助けてくれた天女に一目惚れしたらしく、絶賛アプローチ中とかで。私とのお見合いは綺麗さっぱり流れてしまいましたわ」「某国の王族とか、途中はちょっとロマンチックだったけど。なんだかなあって感じやん」「亜子ちゃん、お見合いはあかんえ。お爺ちゃん、良くお見合い話持ってくるけど二十歳後半ならまだ若い方で時々四十歳の人の写真見せてくるから。お見合いはあかんえ!」「それはちょっとひどいね、学園長」 亜子の言葉に激しく拒絶反応を示したのは、日々学園長が持ってくるお見合い話に苦しめられている木乃香であった。 確かに木乃香は三月生まれなので十三歳になったばかりとも言える少女のお見合い相手がそれでは嫌にもなろうものだ。 アキラのみならず、それはないと。 むしろ喜びそうなのは神楽坂ぐらいだと、くすりと笑いが零れ落ちる。「とりあえず、あやかが無事なら良い。でも、次はちゃんと相談してくれよ」「はい、私の居場所は先生の腕の中と再認識しました。あやかを今後も可愛がっていただけますか?」「今からでも良いけど?」「先生!」 湯船の中から飛び跳ねる様に抱き付いて来たあやかを受け止める。 さすがにこの瞬間ばかりは木乃香はもちろん、椎名も美砂に諭されながら腕を放してくれた。 あやかの折れそうなすらっとした体を正面から受け止める。 こんな細い体でやんごとない方とのお見合いなんて重たいものを背負わされそうになったのを一人で我慢していたのだ。 次は絶対、一人で我慢なんてさせない。 財閥相手にむつき一人でできることなんて何もないかもしれないが、あやかの心は誰よりも守れる自信だけはある。 その時はいっそ男の意地なんて捨てて、爺さんや小鈴、あらゆる伝手に頭を下げたって良い。「あやか、ごめんな。んぅ、寂しい思いさせて」「怖かったですわ、誰にも言えず。先生と離れるなんて、先生以外の殿方に。あやかは先生だけ、先生だけですわ。先生のあやかなんです」 寂しがりやの幼子が安堵できる親を求める様に、日々成熟していく少女が安堵できる男を求める。 抱きしめあうだけに飽きたらず、それこそむさぼるように唇を求め粘膜の一滴まで絡み合う。 一心不乱に、まだひかげ荘になれていない子がいるにも関わらずだ。 怖かった、そんな単純で人なら抗えぬ感情をさらけだし、それを払拭する愛を求めあやかがむつきにすがる。「委員長が取り乱すの久しぶりに見た気がする。以前は、小さい子の前でよく取り乱してたけど」「あれが先生なんです。女の子の我がまま一切を正面から受け止めてくれる。私たちのあなた様です」「うっ、そっか。さよちゃんも……エッチしちゃってるの?」「はい、愛していただいてます」 屈託のないさよの笑みを受けて、釘宮は腕を組んでうーんと悩み始める。「愛してるよ、あやか。あやか!」「ああ、もっと私の名前をお呼びになって」「あやか、あやか!」 最初は二人の求め合いも微笑ましく眺められていたのだが。「先生、あやかに。少しでも先生のもとを離れようとしたいけないあやかに、お仕置きしてくださいませ。先生の熱いもので、お印を」「ああ、つけてやる。二度とそんな馬鹿なこと考えないように。俺から離れられないように」 夫婦喧嘩した後は、夜のセックスが燃え上がるという統計があるのだが。 例に漏れず、二人もあやかが離れかけたという事実をおかずにちょっと盛り上げってしまったらしい。 行為は徐々にエスカレート。 キスだけでは足りないと、若い男女として手が自然と互いの性器へと向かい愛撫しあう。 それでもおさまらず、温泉の岩場に両手をついたあやかがいやらしく腰を振りながらむつきにお尻を向けた。 あやかの割れ目からは明らかに温泉のお湯とは違う、粘り気のある滴がとろとろ流れ落ちている。 その割れ目を自らの手でにちゃりと開いたあやかが愛する男へとおねだりし始めた。 当然、むつきも完全勃起していた一物を羞恥にさらし、あやかの腰を掴んで挿入しようとして。「先生待って。まき絵と裕奈がいるのに、もう少し段階を」「あんま生々しいと、今後に響いてまう!」「こっちの古も、臨界突破ぎりぎりでござる。これ以上は……」「私たちにも飛び火しかねないから、楽しむなら部屋に返ってからでお願いするよ」 アキラや亜子は、親友二人にむつきとあやかの痴態をこれ以上見せぬよう目隠ししていた。 長瀬や龍宮も、壊れたエンジンぐらい顔が真っ赤な古をがっちり引き留めている。 まだ肉体はもちろん、精神的にも未発達な子がいるのだからと止められた。「あっ」「ら?」 ぎりぎりのところで、二人も正気に戻ったわけだが。「また、また……やってしまいましたわ。どうか、お忘れになって!」「あやか、ちょ。俺はあやかを追うから。長瀬達は一度寮に帰って、宿題持って来い。二日で終わらせるぞ。それでもまだ、一週間は遊びほうけられるだろ」「げっ、なんで秘密基地でまた勉きょ。にゃあ、違う。お父さんのおちんちんと全然違うにゃあ!」「弟とも違うよぉ!」 折角アキラと亜子が防いでくれたのに、勉強の一言で二人がその手を振り切ってしまった。 結果、フル勃起中のむつきの一物を凝視してしまい、この悲鳴である。 その割にしっかり、見覚えのある比較対象と比べての言葉を残していたが。「乙女の前で、ブラブラ。ブラブラと。さっさと委員長追いかけろ!」 終いには同じく凝視してしまった釘宮に桶やら石鹸やらを投げつけられ、むつきは逃げ出すようにあやかを追いかけた。 -後書き-ども、えなりんです。新規入寮者へのもろもろは、まだ続きます。その前にのびのびだったあやかのお悩みから。本来は、あやかとやんごとない方とのお見合いをどうにかする予定でしたが。どうにもならないと思い、桜子に何とかして貰いました。逆に超とか、彼女たちがいれば元々どうにでもなってしまう面も……んで、メテオストライク受けたその人を刀子(天女)が助けたと。そのうちアプローチに押されそうな刀子からむつきに相談が来ます。その話はまたその時にでもするつもりです。それでは次回は来週の土曜日です。