ハーメルン様にてマルチ&追加投稿
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スカリエッティの研究施設の深部、強度のAMF空間の中、フェイトはスカリエッティの術中に嵌り捕えられていた。
カツ、カツ、と踵を鳴らしながら、身動きの取れないフェイトへ近づいていくスカリエッティ。その顔はもはや勝利を信じて疑っていないように見える。
フェイトはここまでたどり着く間に魔力・体力ともに浪費し、既にまともな戦いを出来ない状態だ。唯一残された手札――オーバードライブは、一度しか使用出来ない最後の手段であり、未だ戦闘機人が各地で活動している現状では出し惜しみせざるを得ない。
このまま彼女をなぶり殺しにすることは容易いが、それはいささか面白みがないというもの。彼女がここに来た、即ち機動六課の戦力が分散してしまった時点でスカリエッティの目論見は全て的中しており、究極この場でフェイトに敗北したとしても問題ないのだから。
故にスカリエッティは彼女との会話に興じることにした。最高の頭脳を与えられた彼といえども全ての人間の思考に共感することは不可能であり、そして気になる。彼を執念深く追ってきたフェイトもまた、非常に興味深い実験動物なのだ。
「君と私は良く似ている……私は自分の作り出した娘達を、君は自分で見つけ出した……自分に逆らうことの出来ない子供達を、思うように作り上げ自分の目的のために使っている」
「黙れッ」
そう吼えるフェイトに一言スカリエッティは問いかけた。違うかい、と。それだけで動揺しうろたえてみせる彼女を滑稽に感じながら、その揺らぎをより大きくするべく言葉を続けた。
「君もあの子達が自分に逆らわないように教え、戦わせているだろう? 私もそうだし、君の母親も同じさ」
母親、プレシアのことを出されて言葉を失うフェイト。かつて自分の受けた所業の数々を思い出し、体から力が抜けそうになる。
「周りの人間は、全て自分のための道具に過ぎない。そのくせ君達は自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ。実の母親がそうだったんだ……君もいずれ、ああなるよ」
アリシアを失い、壊れてしまったプレシア。それは彼女がアリシアを大切に思っていたからこそだ。フェイトにとってエリオやキャロはかけがえの無い存在、その二人が自分の手元を離れ、あるいは失われてしまったら?
果たしてプレシアと……母と同じことにはならないと、言えるだろうか。
「間違いを犯すことに怯え、薄い絆に縋って震え……そんな人生など無意味だと思わんかね?」
段々と瞳から光が失われていくフェイトを見ながら、スカリエッティは満足とも興冷めともつかない気分を感じていた。
所詮、人形は人形。人間の人生ですら無意味なのだ……人形の生など、それ以上に無価値。
自分の思った通りの結末になったことは喜ばしい。だが実験として見るならば、予想と同じ結果を出しただけなどつまらないにも程がある。
フェイトの心は折れ、その体は囚われになる。エースの一人が堕ちたとなれば局員達の士気は崩壊し、首都を制圧しているナンバーズも、ゆりかご内部の娘達も問題なく作戦を成功させるだろう。
そう、あの子がいなければ。
「――ふふふふ、ふはははははは!」
突如として笑い出すキャロ。スカリエッティがわざわざ双方通信を可能にした空間ディスプレイを通じて、ラボには高笑いが響き渡る。
可笑しくて堪らないと、これ以上の笑い事は存在しないと言うように。
「これまでの俺の苦悩、俺の努力、俺の人生の全てはお前のためにあったという訳だ……」
バッと顔を上げるキャロ。その顔は、瞳は怒りに歪められていた。
「ふざけるな!」
怒気を叩きつける。それは思わずトーレとセッテですら身構える程の発露だった。
だがしかし、その矛先は彼女達でも、ましてやスカリエッティでもなかった。
「よく聞けフェイト。俺は生まれてこれまで、自分以外のために生きたことなど一瞬たりともない。俺の未来へと続く栄光のロード。それを汚すと言うなら、相手が誰であろうと……この手で粉砕する!」
強い眼差しに射抜かれて、色を失った筈のフェイトの瞳に光が戻る。その表情は強く困惑が浮かんでいた。
どうしてキャロはそこまで強くあれるのか。年下であり保護する対象だったキャロの言葉に、今やフェイトは心奪われていた。
「貴様のほざく心の闇など俺は嫌というほど見せられてきた。見たくもない心の闇の底の底、心の暗黒までも。俺はそれを乗り越えてここまで来たのだ。心にあるは、己が未来を切り裂く光。それさえあればいい!」
お前もまた、数々の障害を乗り越えて来たのだろうと喝破されて立ち返るフェイト。九歳から始まって約十年、その間に起きた様々な出来事が走馬灯のように頭を過ぎっていく。
そのどれもが喜ばしい、楽しいものであった訳ではない。苦しいこと、悲しいこと、辛いこと、そんなことの方が圧倒的に多かった。それは凶悪事件を担当することの多い執務官という役職だからだけではなく、フェイトが率先してそのような事件を担当してきたからだった。
自分のような、苦しい想いをする子供を一人でも助けたいから。自分のように、あと一歩届かずに大切な人を失う辛さを味あわせたくないから。
だからこそこの十年、フェイトは走り続け――
「立ち上がれ、フェイト! 貴様はここで終わるデュエリストではない!」
だからこそ今この時、キャロはここにいるのだから。
「貴様は俺が認めた誇り高きデュエリスト。俺の前で無様な敗北を喫するなど、断じて許さん!」
キィン、とハウリングするほどの声量は間違いなくフェイトにも届いていた。
キャロの怒りはそのままフェイトへの期待、どうでもいい相手に対して感情を露わにして叫ぶことなど、ないのだから。
ふるりと身体に走る震えをフェイトは隠すことが出来なかった。
「オーバードライブ……真、ソニックフォーム」
『Sonic Drive, get set』
湧きたった心が立ち止まっていることを許さない。
AMFの圧力を吹き飛ばすように膨大な魔力が、フェイトの中から迸る。噴出した魔力はそのまま彼女の身体を覆い、一瞬の後、その装いを変化させていた。
「貴様にも見える筈だ。見果てぬ先まで続く、俺達のロード……貴様はここで立ち止まるのか!」
ここで立ち止まる筈がないと期待して、信じている。その気持ちに応えなければならない。否、応えたい。
二刀に別れたライオットザンバーを構え、フェイトはセッテへと斬りかかった。
「ぐあっ!?」
スローターアームズを割り、魔力ダメージを通しての昏倒。反応すらさせずにセッテを倒し、フェイトは続けてトーレへと襲いかかる。
「装甲が薄い、当たれば落ちる!」
トーレが口にした挑発は、しかしフェイトの耳には届いていなかった。
フェイトの心にはもう、迷いなどないのだから。
自分はどうしようもなく弱くて、少し揺さぶられただけで迷い、悩み、そんなことをきっと、ずっと繰り返していくことだろう。
だけど。
「それも全部、私なんだ!」
一刀に戻したことで密度の跳ね上がったザンバーで薙ぎ払う。打ち出した斬撃はインパルスブレードを割り、トーレをも地面へと叩き落とした。
「はあああっ!」
ガギィ、とザンバーを手で受け止めるスカリエッティ。その威力は足が床を割り沈むほどだったが、しかし彼の目はフェイトを捉えて離さなかった。
「ああ――」
「何を勘違いしているんだ」
「ひょ?」
折角話しかけようとしたところで出足を潰され、間の抜けた声を出してしまうスカリエッティ。その間にフェイトは離脱し、再び突撃していた。
「行く手に過去が立ち塞がるのなら、過去を、なぎ倒して行け!」
キャロの声が後を押してくれる。それだけで、怖いものなど何も無い。
それに言いたいことがまだ残っている。
「あの子は」
踏み込み、ザンバーを振りかぶる。
「私の言うことに」
反応出来ていないのだろう、身体の真横からザンバーを叩きつけ。
「全然従わないんだからッ!」
振り抜いた。ジャストミートされたスカリエッティの身体は岩壁を叩き割り、崩れ落ちる。
令状を執行し、三人を縛り上げたフェイトがモニターの方を向く。そこには思った通り、キャロが大写しになっている。
「俺は誰の指図も受けん!」
「それは別に良いよ。いや、部隊指揮からするとマズイけど……応援してくれてありがとうね、キャロ」
その一言に真っ赤になるキャロ。
「か、勘違いするな。俺にとって敵とは常に最強でなければ気が済まない、ただそれだけだ」
「ふふ、分かってるよ、それがキャロの照れ隠しだって」
「ななな何を言っている貴様ぁっ!?」
にへら、と笑うフェイトと真っ赤になってうろたえるキャロ。
(仲良いよね、二人とも)
画面の外、気絶したルーテシアを抱えたエリオは少しばかり疎外感を感じているのだった。
つづく?