そして今、いつきの手の内に血染めの刀がある。足下に、畳を血で汚して倒れ伏す姉の身体があった。
「……っ、どう、して、こんな事に」
夕暮れの日が血液を醜悪に染める、書院造の簡素な部屋の中。絶望にうめきながら、いつきは刃の腹をこちらに向ける。血に濡れて何も照り返さない。怪物の面は映らない。
そんなものを確かめて、何になるのか。刀剣の扱いに慣れた自分が初めて、それを他人のもののようによそよそしく感じている。
脳裏を混乱の風が渦巻く最中に、足音を聞いた。兄の足音。
襖を開け放って、彼は硬直する。
「な、ぁ……え?」
困惑した表情は、一瞬の後に空白になる。理解を超えた絶望を前にして、人の感情は虚ろに閉ざされる。
これは――これは――兄さま、違う――わたしは――
無駄言を口に上しかけて、いつきはそれを決死と言える程の力で封じた。面は被ったまま。中の表情がどれほど荒れ狂っていても、彼には悟られない。
語るべき事を、口にする。
「危急でした」
理解出来ない、と彼の表情が弛緩する。続けて、言葉を並べる。
「雷に穢れた子だけを摘出する暇は、ありませんでした」
彼にとって親しんだ、おぞましい言葉を聞いて、理解の光が点る。その光は見るべきでないものを暴く、残酷な照明となる。
愛する男の運命を破壊する言葉を、いつきは告げる。
「母体は……助からないかと」