ガジェット・ドローンとオレの戦闘により破壊された倉庫や、ガジェット・ドローンの残骸が視界に入ってくる。
ここからならば後数分走り続ければ、八神捜査官と合流できる。
ただ、空戦を行っている八神捜査官と敵がかなり移動している可能性もある為、実際の所は何とも言えない。
「ヴァリアント」
『はいよ。今、敵さんをサーチ中だ。空はちょっと時間が掛かる。それはそうと、勢い良く飛び出してきたが、相手は空だぜ? 何か策はあるのか?』
「分かっているだろ? 航空魔導師相手に戦うのはキツイけど、あれを使えばなんとかなる」
『相棒。出来れば使って欲しくないんだが』
「無理だ。何より、使うのが本来のスタイルだ」
オレはそう言うと、ガジェット・ドローンの熱線のせいで、道にできた大きめの穴をスピードを緩めずに飛び越える。
地上で戦ったせいもあるが、オレとガジェット・ドローンとの戦闘でさえ、かなりの被害が建物に出ている。
八神捜査官と騎士との戦いの被害はどれほどになるのか。
少なくとも地上に大規模な魔法が直撃した振動は無い為、建物が消し飛んでいる等という事はないだろうが、先程の爆発を見れば、空中での余波ですら侮り難い。
そんな事を考えたオレにヴァリアントがサーチの結果を知らせる。
『相棒。残念なお知らせだ。さっきの騎士の他にもう一人、増えてやがる。後、ここら一帯に念話妨害と幻覚作用がある結界が張られてる。さっき遠目から見てたのは全部幻覚だ。近づけば幻覚は消えるから、気をつけろ。衝撃的な光景だ』
ヴァリアントの警告の後。ほんの数秒で、オレの目の前の光景がガラリと変わった。
今までは、多少破損はあれど、形のある倉庫が並んでいた。けれど、今、オレの目の前には形を保っている倉庫は一つもない。
よくて半壊、それも僅かで、殆どが土台部分を残して消し飛んでいる。まるで戦争でもしたかのような光景だ。
しかし、その光景にばかり目を奪われている訳にはいかない。
オレは上を見る。
ここまで地上の建物に被害があると言う事は、地上近くで戦っていた筈だ。
幻覚が切れたならば、飛んでいる八神捜査官がどこかに居る筈。
しかし、視界に入ってくるのは、地上の光景とは正反対に平和さを感じさせる雲と青い空だけだった。
どこかに移動したにしても、結界が張られていた以上、そこまで遠くには行ってはいない。
そう判断したオレは、ヴァリアントへ八神捜査官を探すように指示する。
「ヴァリアント。八神捜査官を探してくれ」
「あの子なら海上に移動したよ」
「!?」
オレはすぐに声がした方向を見る。
崩れた倉庫の跡。大きめの瓦礫に座って、そいつは居た。
背がオレと同じくらいの少年だ。年も大して変わらないだろう。
長めの赤い髪に琥珀色の瞳。雑誌に登場しそうなほど整った容姿をしているが、浮かべている薄笑いがそれを打ち消している。
こちらを見る目は完全に見下している。
この場に居る時点で一般人ではないだろう。黒い上下の服の上に赤いマントを羽織っており、腰には細長い剣。
おそらくアームドデバイス。
問題は敵か味方、はたまた中立か。
予想はできるが、管理局員として聞く。
「君は?」
「説明いるかい? 丁寧に説明してあげてもいいけど。まぁ必要はないか」
オレが目を細め、自然に身構えたのを見て、そいつは笑いながらそう言った。
そいつはこちらを警戒していないのか、瓦礫から腰を上げると、服についた埃を払いながら、オレに向かって自己紹介を始める。
「僕の名前はアラミス。アラミス・バザン。傭兵さ」
「傭兵?」
「そっ! お金で雇われるから、今は君たち管理局の敵かな。味方になんてなった事ないけど」
アラミスと名乗ったそいつは、何がおかしいのか笑い始める。
おそらく、味方になった事ないと言う発言がおかしいのだろうが、それは当たり前だ。
管理局は次元世界を取り締まる組織だ。一度でも敵対すれば、そいつは犯罪者とされる。この場で敵ならば、この先も敵だという事だ。
「あの黒い騎士の仲間って訳か」
「黒い騎士? ポルトス兄さんの事か。うん。そうだよ。今は海上で、ターゲットと戦ってる。あの子、はやてだっけ? かなり強いからさ。航空隊のかく乱に回ってたアトス兄さんと二人掛りでだけど」
「航空隊が来なかったのはお前らの仕業か……!」
オレがゆっくりカーテナに手を伸ばすのを見ながら、アラミスはニヤニヤと笑う。
その笑い方が何かしらの意味を持っているようで、オレはヴァリアントに周囲のサーチを念話で指示し、一度動きを止めて、時間を稼ぐ。
「何がおかしい?」
「別に。ああ。大丈夫だよ。罠とかないから心配しないで。それに僕は戦う気ないし」
「戦う気がない? なら大人しく捕まるか?」
「君が何もしなければって話だよ。僕らの目的はあの子を捕まえる事。それは多分、時間の問題だしね。無駄な戦いはしないよ」
アラミスはそう言うと酷薄な笑みをオレに向ける。
その笑みには、結果が見えているとでも言わんばかりのオレへの嘲りが見て取れた。
結果は見えているとでも伝えたいのだろう。
それは裏を返せば油断とも言える。
自分と兄と呼ぶ二人に余程自信があるのか、アラミスは自分から動いたりはしない。
ヴァリアントのサーチで、ここら辺にトラップの類は無い事は分かっている。
二対一と分かった以上、今すぐにも八神捜査官の所で駆けつけたいが、海上では手が出せない。
空戦適正がある魔導師が優遇される理由がよく分かる。空に飛ばれ、足場の無い所に行かれれば、空戦適正の無いオレ達には何も出来ない。
僅かな苛立ちを抱えつつ、オレはアラミスを見る。
アラミスも加わり、三人で八神捜査官と戦った方が有利なのは間違いない。なのに、こいつはここに居る。
考えられるのは二つ。
こいつに空戦適正が無いか、加われない理由があるかだ。
空戦適正が無いならば、こいつはオレと同じく置いてけぼり組だ。戦う、戦わないは別として、八神捜査官への危険度は低い。
問題は加われない理由がある場合。
「無駄な戦いねぇ。兄貴たちに置いてかれたんだろ? ここで戦っておかないとまずいんじゃないか? 評価的に」
「僕を挑発してどうするのさ? 大体、置いて行かれたわけじゃないし、僕の評価は下がらないよ」
「なるほど。お前は保険か。ウチの分隊が来た時の」
カマかけ以外の何者ではないが、そうだろうと言う確信があった。
ここら辺で増援に来れるのはウチの分隊だけだ。まぁ海上に逃げられたらどうしようもないが、こいつらも分隊全員の能力は把握出来てないんだろう。オレの実力は知ってるみたいだが。
アラミスの目が微かに開かれ、そしてアラミスはすぐに笑みを浮かべる。
「正解。君の分隊は他の隊より強いらしいし、何より、アトス兄さんが警戒してた。君の所の部隊長を、ね」
「買いかぶりじゃないか? 大した人じゃないぜ?」
「僕もそう思うよ。ただ、君の分隊は優秀なのは事実だし、それは昨日、襲撃を諦めた時に分かってる」
「昨日……?」
オレはアラミスの言葉を聞いて、そう呟く。
昨日、こいつらがウチの分隊と接触していたのなら、オレに連絡が来る筈だ。なにより、昨日、護衛に付いていたのはオレだけで、他の三人は通常業務だった。
「あれ? 知らないの? ああ。確かに食わせものだね。君の所の部隊長は」
「どういう意味だ?」
「そのままさ。昨日、護衛に付いていたのは君だけじゃない。他の三人も護衛についていた。その護衛を突破するのが難しいとアトス兄さんが判断したから、昨日は諦めたし、今日はあちこちで騒ぎを起こして分散させたんだ。敵を騙すには味方からって事なのかもね。まぁ護衛の存在は僕らにバレたし、この状況からすれば、僕らの方が一枚上手だったって事だけどね」
アラミスは面白げに笑う。
今のオレの顔はさぞ愉快な顔だろう。
敵から味方の秘匿情報を教えられるとは。
しかし、少し考えれば分かる事だ。部隊長は襲撃は半ば確信していた。それなのにオレを一人で護衛に付かせるとは考えにくい。
オレに逃げろと言った時は、まるで八神捜査官を見捨てたような言い方だったが、そうじゃない。既に手を打ってあったから、オレに危なくなったら逃げろと言ったのだ。
とは言え、そんな部隊長の作戦も既に崩れている。
護衛は引き離され、増援は勝手をしたオレだけ。
秘密裏に護衛をしていた先輩たちなら、こちらを助けに来てくれるだろうが、それもガジェット・ドローンを倒してからだ。
知らぬ間に作戦は進められ、知らぬ間に打ち破られた。除け者にされた事も、信用を勝ち取れなかった事も、かなりに癪だが、それよりも、自分に力が無い事の方が余程、オレの苛立ちを増幅させる。
しかし手は無い。せめて海上で無ければ手はあるのに。
そう思っていたオレに対して、ヴァリアントが警告の声を上げる
『相棒! 近づいてくるぞ!』
オレはとっさにアラミスと距離を取り、海上の方を見る。
瞬間。尋常じゃない魔力を込められた魔法が放たれ、海上の方から押し寄せた白い光で視界が埋められた。
白い光が止んだ後、オレの目に上からひらひらと落ちてきた黒い羽が映った。
目を見開いたオレは慌てて上を見る。
一人の少女が、ぐったりとしながら落ちてきていた。
「はやてさん!?」
オレはそう叫んで、落下位置を予測して走り出す。背中をしたに向け、手や足に力は無い。とても意識があるとは思えない落ち方だ。
オレははやてさんが地面に衝突する前に何とか下に回り込むと、両手ではやてさんの小柄な体を受け止める。
衝撃が両手を通して体に響く。何とか衝撃を逃がすために肘や膝、足先まで使って、体勢を保つ。
重いとかの問題じゃない。魔法の強化とバリアジャケットが無ければ、オレも無事では済まない衝撃だ。
一体、どれほどの高さから減速もせずに落下したのか。
そう考えつつ、はやてさんの顔を覗き込む。
目を閉じており、顔色は悪いが、息はしている。
バリアジャケットはボロボロで、あちこち破れて肌が見えているが、見た限りでは外傷もない。
どうにか無事であることにホッとするが、ここを切り抜けなければ意味はない。
オレはアラミスが居た位置を見る。
未だにアラミスはそこに居り、そして、その横に並ぶように二人の人物が降りてきた。
一人は黒い騎士。名前はおそらくポルトス。
ポルトスは随分疲弊しているようで、肩で息をし、地面に剣型のデバイスを突き刺して、ようやく立っていられる状態だ。騎士甲冑もボロボロで、間違いなくはやてさんにやられたのだろう。
もう一人は、アトスと言う男だろう。
肩に掛かる長さの茶色の髪に青い瞳。バリアジャケットは黒いレザージャケットに、同色のズボン。ほっそりとしているが背は高くと、百八十は間違いなくあるポルトスと並んでも遜色はない。年齢は二十代前半か半ば。ポルトスよりは上だろう。表情は無表情で冷たささえ感じる。
そんなアトスは青い目で冷静にこちらを見ている。
アラミスやポルトスとは違い、このアトスと言う男の雰囲気は不思議だった。
とにかく希薄なのだ。視線の強さも、発している気配も。
魔力も抑えているのかそこまで感じられず、全く強さが感じられない。
そして、それをオレは警戒する。
アラミスの話が本当ならば、アトスは途中から参戦した。時間の差があれど、ポルトスがあれだけダメージと疲れを感じているのに、アトスは疲れても居らず、そしてダメージも無い。
言い知れぬ恐怖がこみ上げてくる。
そんなオレの内心を知ってか知らずか。アトスがオレに声を掛ける。
「カイト・リアナード君」
静かだが、よく通る声だ。
無表情のままアトスは言葉を続ける。
「あの機械との戦いの一部始終を見ていたから、君の実力は知っている。助けがあったとは言え、食い止めた事。そしてそのままここに来た事。賞賛に値する」
「犯罪者に褒められても嬉しくなんてないんだが……」
「私たちのも事情がある。法を破っている事も認めるが、私は一人の人間として賞賛したのだ。受け取り給え。それに管理局とてさして大差はない」
「犯罪者に大差ないと言われる筋合いはない!」
アトスはオレの言葉に僅かに目を細め、そしてゆっくり目を閉じて頷く。
オレはどうにかはやてさんを連れて逃げる方法を模索しながら、時間を稼ぐためにアトスの言葉にも耳を傾ける。
「君に言った訳じゃない。管理局全体に言ったのだ。私たちの仕事の半数以上は管理局からの依頼だ。今回は違うがね」
傾けなければ良かった。
嘘かもしれないが、アトスの言葉にその雰囲気は無い。ただ、事実を淡々と述べているような感じだ。
だからと言って、はやてさんを渡す訳にはいかないが。
「なるほど。大差ないかもな。けど、問題は今、お前らがはやてさんを連れていこうとしている。それだけだ。一体、何が目的だ? お前たちは何だ?」
「言葉には耳を貸さないか。意外に冷静だな。質問には答えよう。私たちは傭兵。ある人物に八神はやてを攫ってこいと依頼された。私たち自身、その子に何かしらの感情を抱いているわけではない。依頼者の前に連れて行った後は知らない。だが、おそらく……相当苦しめられた後に殺されるんじゃないかと思っている。闇の書の事件の恨みは、深く、重い。到底一人で背負えるものではないのでね」
アトスは淡々と語り、そして青い目でオレを見る。
いや、オレじゃない。オレの腕の中に居るはやてさんを見ている。
「それを聞いちゃ渡せない……!」
「私も気乗りはしていない。だが、仕事でね」
その言葉と同時に、アラミスが腰の細剣を抜いて突っ込んできた。