オレははやてさんを左手だけで支えると、右腰のフォルダーからカーテナを引き抜き、蒼い魔力刃でアラミスの細剣による突きを受け止める。
「レイピアか……!」
「正解! その剣で追いつける?」
アラミスはそう言うと、連続の突きを放ち始める。器用にもはやてさんには当たらない軌道で、尚且つオレの急所を狙って。
打ち合う事は厳しいと判断し、オレは魔力刃で受け止めると、アラミスの細剣を力いっぱい弾く。
アラミスが体勢を崩したのを見て、オレは後ろに思いっきり飛び、アラミスとの距離を離す。
開いた距離は三メートルほど。オレはカーテナを右腰のフォルダーに仕舞い、はやてさんを両手で抱えなおすと、オレは背を向けて逃げに徹する。
当然、アラミスは追ってくるが、アトスとポルトスは動かない。
ポルトスは疲弊しているからだろうが、アトスはわからない。アラミス一人で十分と判断したのか、目に見えないダメージを負っているのか。はたまた、全く違う理由があるのか。
その理由がどうであれ、三人が一斉に来ないのは助かる。一人でも危ういが、三人なら勝ち目はない。
オレはこのまま結界の外へ逃げる為に加速しようとし、ヴァリアントに止められる。
『止まれ、相棒! 結界だ! しかも、デカイ!』
オレは足を止め、後ろを振り返る。
アラミスも立ち止まり、ニヤニヤとオレを見ている。
アラミスではない。直感的に分かった。
視線を移す。
距離の離れた場所に居るアトス。
その手には魔道書が握られており、その魔道書が結界の発生源である事は、オレでも分かった。
「諦めなよ。その子さえ渡せば、僕らは君に何もしない」
アラミスが右手に持った細剣の先をくるくると回しながら、オレに言う。
同時に、ヴァリアントが無慈悲な報告を告げる。
『相棒。ベルカ式の結界魔法だ。超高度な結界破壊の魔法か、Sランク砲撃でもなきゃ出るのは無理だ』
「そんなのを一瞬で……!?」
「アトス兄さんは何でもできるからね。早いとこ諦めてくれない? 簡単でしょ? その子を僕に渡せばいいだけさ。命の危険を心配してるなら、無用だよ。君には用は無いし。あれなら君だけ結界から出してあげてもいいよ。ちょっと時間が掛かるけど、君を結界からはじき出す事もできるしね」
アラミスはそう言って細剣を鞘に収めて、オレに笑顔を向ける。
意味は分かっている。これは最後通告だ。ここで応じなければ、こいつらはオレを実力で排除して、はやてさんを連れて行く。
オレは体から力が抜けるのを感じる。
膝が地面につく。思わず腕の中をはやてさんまで落としそうになって、慌ててバランスを取る。
オレははやてさんの顔を見る。まだ意識は戻ってない。多分、魔力の使用しすぎと魔力ダメージによるブラックアウトダメージだ。
幾ら個人による戦闘が向いていないとは言え、確実にオレよりは強いはやてさんがこんな状態になるまで追い詰められたのだ。
勝ち目なんて万に一つ無い。
そう思ってしまうと、思考が流される。
勝てない。負ける。殺される。
マイナスへ思考は加速していく。
彼我の差くらいは分かる。三人の内の誰か一人にだって、オレは勝てやしない。
はやてさんを渡せば、オレは無事だ。
渡さなければ、殺されて、はやてさんは攫われる。結果は変わらない。
もしも、はやてさんがここで攫われても、救出の可能性は残っている。目の前の三人は依頼を受けただけで、はやてさんには何もしない筈だ。依頼者にはやてさんの身柄を渡すまで、時間がある。
はやてさんの守護騎士が、親友が、関係者が、黙っていない筈だ。
管理局屈指の救出部隊が結成される。救出は間違いない。
救出された時、オレが死んでたら、はやてさんは自分のせいだと責めるだろう。僅かな付き合いだけど、そう言う人だと分かる。
それなら、今、はやてさんを渡して、オレが生き残る事ははやてさんの為と言える。
部隊長だって逃げろと言っていた。命令違反でもない。
救出される可能性は高い。なら、ここでの抵抗は無意味だ。戦略的な一時撤退と言えなくもない。
オレは弱いのだから、ここではやてさんを渡しても、誰も、はやてさんも責めやしない。
オーバーSランクのエースが負けたんだ。Bランクのオレが逃げたって恥ずかしい事じゃない。
仕方ない。しょうがない。
なのに。
オレの決断を一つの言葉が邪魔をする。
頭に思い浮かぶ言い訳が、逃げ道が、その言葉に潰されていく。
教えられた事だ。ずっと思ってきた事だ。
魔導師としての基礎を学ぶ前、魔力の使い方すら分からなかった頃。今より弱かった頃。オレは諦めなかった。
知っていたからだ。そしてそれが間違っていないのだと教えられた。
はやてさんの顔を見る。
こうしてみれば、同年代の女の子だと思える。
一尉の階級章を持ち、捜査する姿。杖を持ち、空を飛ぶ姿。圧倒的な魔法を使う姿。
全部知っているけれど、オレの腕の中に居る少女が同い年と言うのは変わらない。くぐり抜けて来たモノも、取り巻く環境も違ったかもしれない。
でも、変わらない。
オレははやてさんを地面に下ろし、一歩下がる。
アラミスを見て、ポルトスを見て、最後にアトスを見る。
アトスが目を見開く。気づいたようだ。やっぱり只者じゃない。
アラミスは気づかずに無用心に近づいてくる。
「アラミス! 離れろ!!」
「えっ?」
はやてさんに近づいたアラミスに向かって、オレは右腰のフォルダーに収めているカーテナを振り上げる。
アラミスは咄嗟に細剣を抜くが間に合わない。
高圧縮された魔力の刃であるガラティーンは、例え非殺傷設定であっても怪我は免れない。急所は狙わず、左の横腹から右肩までを切り裂く。
バリアジャケットに妨げられ、思った以上に深いダメージは与えられなかった。
アラミスは右手で傷を押さえながら飛び退る。
その目に怒りと驚きの感情が半々に浮かんでいた。
「正気かい? 結果は変わらない。選択は君は死ぬか、死なないかだったんだぞ!」
「分かってる。けどな。譲れないんだ……」
「命より大切かい? その子が。僅か一日ちょっとの付き合いだ! 幾千、幾万の恨みを抱える女だぞ!!」
「知ってる……。だけど、そんな事は関係ない!」
オレはそう言って、ヴァリアントに施してある一つのリミッターを解除しに掛かる。
『相棒。馬鹿は師匠譲りだな』
「まぁな。ヴァリアント! リミッター解除申請!」
『了解。解除パスワードを』
「パスワード『弱い事は理由になりはしない』。承認を」
『了承。行ったれ。相棒!』
ヴァリアントの言葉に従い、オレは一つの魔法を準備する。
リミッターが掛かっていたのはたったひとつの魔法。
それは最後のピースで、師匠がくれたもの。
「一体、どんな切り札を隠してたか知らないが、Bランクの一般局員が調子に乗るな!!」
アラミスが細剣をオレに向ける。
何かしらの魔法を使う気だろう。
オレの近くにははやてさんが居るが、怒りで冷静さを失っているから関係なしに撃ってくるだろう。
オレはアラミスが魔法を唱えるよりも早く、発動に必要なトリガーである魔法名を呟く。
「ミーティア!」
オレの体が蒼い魔力光に包まれる。オレはそれを確認し、アラミスへ近づく為に前へ出る。
オレが一歩踏み出した時には、オレはアラミスの視界から消えていた。
そして次の瞬間。オレはアラミスの横に居た。
アラミスには転移に見えただろうが、実際は速く移動しただけだ。
加速魔法『ミーティア』によって。
アラミスは驚きつつも、オレが振りおろした魔力刃を細剣で受け止める。
このスピードについてこれると言う事は、何かしらの加速魔法を使ったのだろうか。いや、接近戦を得意とするベルカの騎士は基本的に魔力の運用に優れている。瞬間的な反応ならばこのスピードについてこれてもおかしくはない。
このスピードにならだが。
アラミスは瞬間的にスピードを上げた。間違いなく加速魔法だ。
けれど、オレはその速さも超えて、アラミスの後ろに回る。
今度は反応が間に合わない。オレの蒼い魔力刃がアラミスの体を捉える。
しかし、突如発生した赤い魔力光に阻まれる。
「防御魔法か!?」
『装身型のバリアだ。効果は長くない!』
「調子に乗るなぁ!!」
アラミスは後ろのオレに向かって細剣を突き出す。
オレはそれを体をズラす事で避ける。
細剣の先から何かが発射され、オレの後ろにある倉庫の瓦礫を粉々にする。
『一種の射撃魔法だ。当たればひとたまりもないぞ!』
「当たればな!」
オレはアラミスの横に移動し、カーテナを振り上げる。
アラミスはそれをギリギリのタイミングで避けると、体勢が崩れているのも構わずこちらに突きを連続で繰り出す。
その全てを避けるが、このまま避け続けていると、地面に寝かせているはやてさんが危ない。
まだ距離はあるが、安心できる距離でもない。
オレはカーテナを両手で握り締め、アラミスの突きを受け止める。
圧縮魔力刃とおそらく射程を犠牲にして高圧縮射撃魔法がぶつかり合い、激しくせめぎ合う。
結果はアラミスの射撃魔法が消える形になったが、アラミスはすぐに次の突きを放つ。
手数に物をいわせた攻撃を、オレは受け止め続ける。
反撃の隙を与えない連撃だが、決定打も与えられない。
アラミスもそれが分かったのだろう。先ほどより腕の引きが大きくなる。おそらく射撃魔法の威力も上がる。
けれど、オレはそれを待っていた。
その細剣が突き出される前にオレはアラミスを蹴り飛ばす。
連撃で主導権を握ったつもりだったかもしれないが、元々、スピードで圧倒しているのはこっちだ。遅い方が溜めの大きい攻撃をするのは、接近戦じゃ致命的だ。
蹴り飛ばされたアラミスは地面を転がり、腹部を押さえながらよろよろと立ち上がる。
さっき斬った傷は深くもないが浅くもない。高速戦闘に、加速された蹴りを喰らえばダメージは広がる。
それが分かったのだろう。アラミスとオレの間にアトスが立ちふさがった。右手には魔道書。左手には四十センチほどの両刃の短剣。大きなガードが付いているあれは。
「マインゴーシュか」
「そうだ。私は接近戦が、不得手でね」
オレが言葉の途中でいきなり斬りかかるのを、難なくそれで受け止めながらアトスは喋る。
負傷したアラミスにはポルトスが駆け寄っている。せっかく一人を追い詰めたのに、これでは期を逃してしまう。こっちには時間がないのに。
オレはアトスに対して連続で斬撃を繰り出す。
上、下、横、斜め、突き。
その全てを涼しい顔で受け止めたアトスの青い目を見て、オレは一度距離を取る。
まだミーティアを使用してから一分ほどだが息が上がる。
荒い息をつくオレに対して、アトスはやはり。と呟く。
「君には過ぎた魔法だ。加速魔法・ミーティア。使用者の体を一切顧みずに開発された速さを追い求めた魔法。安全に使うには相当な魔力をバリアジャケットに注ぎ込まなければならないだろう? あと数分で魔力が尽きる筈。数分では私もポルトスも倒せんよ。諦めたまえ」
「うる、さい!!」
オレはアトスの背中に回り込み、首を狙う。
今まで避けていた急所の攻撃だが、こいつにはそんなのは無用だ。間違いなく数段上だ。魔力も技術も経験も。
オレの剣を受け止めるのに、アトスは加速魔法を使ってはいない。身体能力の強化はしただろうが、それだけで、あとは先読みで止められた。
それに本人の言葉を信じるなら、こいつは接近戦は得意じゃない。大規模結界を張ったり、魔道書を使っているのを見れば、おそらく砲撃系か広域系の遠距離が得意な筈だ。
オレは一切迷わず、最高速度で右手のカーテナを振り抜く。
アトスは背中に回ったオレへ左手のマインゴーシュを突き出す。
防御の筈の剣を攻撃に使ってきた。
オレは驚くが、更に驚く光景を見せられる。
首と魔力刃の間に十個以上の小型のシールドが展開されていた。
高圧縮の魔力刃はそれらを破っていくが、全てを破る事は出来ず、途中で止められる。
そして、オレは腹部に鋭い痛みを感じて、アトスから離れる。
ミーティアを使用するために強化していたバリアジャケットを突き破られ、オレはマインゴーシュに腹部を貫かれていた。
横腹で臓器に傷は付いてないが、深い。危うく貫通する所まで刺された。
左手で傷を押さえる。出血も今の所はそうでもない。
だが。
「その傷で加速すれば悪化してしまう。わざと急所を外したのは分かるだろ? 諦めるんだ。君にはその戦術、対ベルカの騎士戦術・ドレッドノートは使いこなせない」
「なっ!?」
どうしてそれを。と言う言葉が出かけるが、腹部の痛みに邪魔される。
アトスはそんなオレの様子を見て、マインゴーシュを鞘に収めると、はやてさんを寝かせてある方向へ歩き始めた。