オレは痛みを無視して、アトスとはやてさんの間に移動する。
加速のせいで、腹部からの出血が増す。
『相棒! この傷じゃ無理だ!』
「うるさい! 無理でも無茶でもやるんだ!」
「それを無謀と呼ぶのだよ。人は」
アトスはそう言うと嘆息して足を止める。
オレはゆっくり空気を吸い込むと、それを同じくゆっくり吐き出して気持ちを落ち着かせる。
「ドレッドノート。開発者はヨーゼフ・カーターとギル・グレアム。中、近距離戦で爆発的な力を発揮する騎士を抑える為に、ミッド式の特徴である距離と汎用性を捨て、ミーティアと高威力の近接系魔法に限定した、ミッド版の騎士の戦術とでも言えるモノ。魔力、体力を大きく消耗する代わり性質上、短時間ならベルカの騎士も圧倒できるが、開発者であり、一番の使い手であるヨーゼフ・カーターですら、後ろに信頼できる魔導師が居る時にしか使用しなかった戦術でもある」
「詳しいな……」
オレはそう言いつつ、バリアジャケットの防御力を上げる。
最高加速による全力でアトスを倒し、油断しているポルトスに奇襲する。
完全な奥の手をオレは使う。魔力と体力は底をつくが、ここからはやてさんを攫う事さえ諦めさせられればいい。ならば手傷を負わせるだけで充分だ。
今のオレにできるのはそれだけだ。
「対ベルカの騎士のエキスパートであるヨーゼフ・カーターの戦術だからな。我々には天敵以外の何者でもない。まぁ君の実力では天敵には成りえないがね。ドレッドノートの真骨頂はミーティアによる最高加速の連続。それで仕留められれば良し。仕留められないならば、後ろの魔導師に仕留めさせる。君の実力では最高加速の連続は厳しいようだし、そもそも剣の腕、体の捌き方、経験、そう言う君個人の技術が魔法と戦術に追いついていない」
「弱いとでも言いたいか?」
「違う。未熟を知れと言っている。ドレッドノートはその危険性とヨーゼフ・カーターの無茶な戦い方と掛けて、ドレッドノート(恐れ知らず)と名づけられた。確かに今の君は恐れを知らず、ドレッドノートを体現しているように見えるが……それは勘違いだ。無謀な特攻に」
「はぁぁぁぁ!!」
オレはアトスの言葉が終わる前にアトスに最高加速による突撃を仕掛けた。
僅かな助走でオレが出せる最高速度に到達する。これならアトスのマインゴーシュが鞘から抜かれる前にたどり着ける。
ガラティーンにもできる限りの魔力を込めた。先程の多重シールドだって斬る事はできる。
狙いは胴体。
右下から首を狙う軌道で行きつつ、肩口で無理矢理、体を左へ捻り、両手で持っていたカーテナから左手を離して、半ば回転するようにして、軌道を左下へ移す。
このまま肩から横腹までを切り裂かれれば、この男も表情を変えるだろう。
オレは右手一本でカーテナを振り下ろし、自分の勝利を確信した。
「大したモノだ。だが、私の前でミーティアの加速を見せすぎたな」
アトスの魔道書が光りを放ち、オレの右手にバインドが掛かる。
超加速をいきなり止められたオレの右腕は、強化していたバリアジャケットの許容も超えて、尋常じゃないダメージを受けた。
「っ!?」
「最高速度で突っ込んでくる事は予想できた。数度見れば最高速度の予想もできる。後はトラップ式のバインドを仕掛けておけば、君が勝手に自滅する」
右腕が焼けるような感覚がある。痛いよりも熱いと言うのが先行した。感覚が無く、カーテナを手放してしまう。
アトスの言葉は殆ど耳に入ってこなかったが、オレは気にせずに何とか左手を動かす。
「覚えておきたまえ。切り札は最後に取っておくものだ」
「ああ。わかってるよ!!」
オレは左の腰にあるフォルダーからもう一本のカーテナを引き抜く。
ありったけの魔力を込めた蒼い魔力刃がアトスの腹部に突き刺さる。
「オレは二刀流だ。滅多に使わないがな」
アトスの口から血が溢れ出る。
とっさとは言え、急所を外した。死にはしないだろう。
オレは左手を引き、アトスから魔力刃を引き抜く。
後、一人。
「なるほど。君の戦い方に違和感を感じたのは、魔力の消費を抑える為に、二本を一本にしていたからか」
オレの後ろから声が聞こえる。
有り得ない声だ。今、オレが魔力刃を突き刺したアトスの声だ。
オレは目の前の口から血を流しているアトスを見る。
徐々にそのアトスは消えていく。
「幻……術……?」
「切り札は最後まで取っておくものだ」
『相棒!!』
オレの左肩に激痛が走る。
見れば、マインゴーシュの刃が飛び出ている。
刺された。左肩を。
右が使えない状況なのに左まで負傷させられた。
「これでもう戦えないだろう。殺しはしない。教訓にすることだ」
アトスはそう言うとマインゴーシュを引き抜く。
オレの左手からカーテナが滑り落ちる。両の膝が落ちる。
横腹、右手、左肩。
あちこちの痛みで意識が遠のいていく。
「信頼できるパートナーがいない時にはドレッドノートは力を発揮しない。これからは一人で戦わないことだ」
「一人やない!!」
聞こえた声が遠のく意識を引き戻す。
意識と共に各所の激痛も戻ってくるが、どうにか首を動かして声のした方を見る。
杖をアトスに向けているはやてさんがそこには居た。
「ブラックアウトダメージから短時間で復活するとは、流石と言うべきか」
「カイト君から離れるんや!」
「止めておけ。今の君に彼を巻き込まずに私を攻撃する事は出来ない。ユニゾンデバイスがいなければ、魔法の精密運用は難しいのだろ?」
はやてさんは答えなかったが、すぐに魔法を撃たなかった事をみれば、それは間違っていないんだろう。
まさか最後の最後で足手まといになるとは。
もう魔力も体力も残っていない。ミーティアで離脱する事はおろか、走ってアトスから距離を取る事すら出来ない。
意識はあるが、体が言う事を聞かない。
「八神はやて。君を守る為にボロボロになったこの少年をこれ以上、傷つけたくないのなら、杖を置き、私たちと一緒に来い」
人質。
管理局の人間が人質にされるなんて。
普通の上官なら応じたりしないが、はやてさんはどうだろう。
はやてさんとオレの目と目が合う。
オレはゆっくり首を振る。
ここではやてさんに杖を置かれれば、何の為にボロボロになったのかわからないし、なにより、後ろに居るアトスはオレを殺す気はない。
おそらくはやてさんを傷つけるのにも乗る気じゃない。
できるだけ傷つけないように、被害が少ないようにしている。
それがどんな理由によるモノかは知らないけれど、アトスはそういう風に動いている。
けれど、はやてさんは一瞬迷う。瞳が揺れている。
杖を置く。そんな気がした。だから声を出そうとしたのに、声は出ない。
腹部の傷が思ったより悪化してる。もしかしたら臓器もやられたかもしれない。
もう少し余裕のある戦い方をするべきだった。
今更、幾つもの後悔が襲ってくる。
「諦めろ。どう足掻こうと、君は闇の書の事件の憎しみからは逃げきれない。そういう運命だ」
『相棒!! 結界が!』
オレのボロボロになった体をなんとか安定させる為に、体に残った微々たる量の魔力でバリアジャケットを保つ事に集中していたヴァリアントがそう声を上げる。
結界の外から、尋常じゃない速度の光の矢が入ってくる。
その後。すぐに結界がボロボロと崩れ去っていく。オレを足止めする為に張られたとは言え、相当な手練でなければ壊せない結界がだ。
アトスもこれには微かに驚いている。
「ボーゲンフォルム……」
はやてさんが呟く。そして、その言葉のすぐ後。上から炎を纏った一人の騎士が降りてきた。はやてさんの傍へ。
「その運命、避けられないならば、私が斬り捨てるのみ」
来たのだ。はやてさんの本当の騎士が。
オレのように気分だけじゃない。はやてさんの為に剣を振るい、傍に仕える古代ベルカの騎士。
夜天を害する者を阻む雲。
その騎士たちの将。
「烈火の将……シグナム……」
「シグナム!」
「遅れて申し訳ありません。主はやて」
烈火の将ははやてさんを背中に庇うと、自らの剣をアトスに向ける。
一方、剣を向けられたアトスは未だに無表情で、しかし、声には微かな驚きを含ませながら呟く。
「どういう事だ? 明日まではだれもクラナガンには来れないように仕向けた筈だが」
「まぁ。八神一尉の協力者には優秀な人間が居るってことだろうねぇ。守護騎士の肩代わりができるくらい」
オレはこの場に不釣合いな声を聞いて、思わず痛みによる幻聴かと思った。
しかし、アトスの言葉で幻聴ではない事が証明される。
「ランディ・ハルバートン。烈火の将も貴様の差金か?」
「まさか。僕の手は全て君に躱されたよ。来るだろうとは予想していたが、こんなに早いとは。嬉しい誤算だよ。これで君たちを捕まえられる」
アトスは一瞬、オレを見た後、はやてさん達から距離を取る為に、アラミスとポルトスが居る所まで移動する。
そして三人は離脱を図ろうとするが。
「おいおい。ウチの後輩を随分と虐めてくれたのに、挨拶も無しに帰る気か?」
それを第二分隊の三人が囲み込む事によって阻止する。
ガジェット・ドローンを叩いた後にすぐに来てくれたのだろう。三人とも肩で息をしているが、目は死んでいない。と言うか殺気立っている。
先輩たちも来てくれた。そう思ったオレだが、実際はそれだけじゃないらしい。
『相棒。上を見ろ』
「? 頼もしい人が来たなぁ……」
一つの分隊が空からやってきていた。
四人編成の分隊だが、その先頭には見覚えのあるバリアジャケットを来た魔導師が居た。
「エースオブエース!? アトス兄さん、ヤバイよ! 戦技教導隊だ!」
「八神はやてを罠にハメたつもりで、罠にハマったのは私達だったか……」
「まぁ悪いようにはしないよ。君たちが依頼主について吐いてくれればね」
後半の言葉は本当に部隊長なのかと思うくらい冷たい声だった。
怒っている。
どんな表情をしているか気になったが、オレにはそんな余裕はなかった。
守護騎士も来た。先輩たちも来た。更にエースオブエースと戦技教導隊も来た。
安心したせいか、どうにかつなぎ止めていた意識が離れていく。
オレは離れていく意識を繋ぎ止めようとはしなかった。
これだけの人間が居るのだ。次に目が覚めた時は病院のベッドの上で、事件も終わっている筈だ。
オレはそう思いつつ、意識を失い、地面へと前のめりに倒れた。