時空管理局・本局
新暦71年6月10日。
時空管理局の提督執務室。
艦長として色々仕事が入ってきているが、この要件は外せない。
三日に起きたはやての襲撃事件。
本局を離れていた為、状況を把握出来ず、指示された通りにしか動けなかったが、一つ間違えばはやては攫われ、おそらく命を落としていた。
それもこれもこの執務室の主のせいだ。
僕は心でそう呟くと、インターホンを押して、自分の名前と所属を告げる。
「艦船アースラ艦長。クロノ・ハラオウンです」
「クロノ? いいわよ。入って」
わざわざ役職を告げて真剣さを伝えたにも関わらず、暢気な声が返ってくる。僕が来た要件は分かっているだろうに。
僕はため息を吐くと、ドアの開閉ボタンを押す。
「失礼します。リンディ・ハラオウン提督。クロノ・ハラオウン艦長入ります」
敬礼をする僕に対して、緑の髪をポニーテールにした女性、僕の母であるリンディ・ハラオウンは、僕に対して敬礼を返すべきなのだが。
「久しぶりの親子の再会なのに無粋よ。クロノ」
「僕の記憶が正しければ、ここは管理局本局の執務室で、あなたは仕事中の筈ですが」
「私の執務室だもの。私が何をしようと勝手よ。久々に会った息子に敬礼だなんて、そんなの嫌よ」
いじけたように唇を尖らす母さんに僕の苛立ちが増すが、僕はそれを必死に抑えた。
ここでいつものように母さんのペースに乗せられると、大事な事が聞けなくなる。
「ではご自由に。今日は聞きたい事があって来ました」
「冷たい子ね。はやてさんの事よね? フェイトも私の所へ来たわ」
「なるほど。それでフェイトは納得しましたか?」
「ええ。いきなり来てごめんなさいって言って帰って行ったわよ」
まんまと丸め込まれたか、妹よ。
僕は母さんの笑顔を見ながらそう察する。フェイトは優秀だが、この人の裏を読むには経験が足りない。多分、事実を告げられ、それを納得させられたに違いない。
だが、僕が知りたいのは真実だ。
「フェイトには何と? あの子も執務官です。ただ事実を述べて、納得した訳じゃないでしょ?」
「そうね。最終的な決め手は、私が戦技教導隊とシグナムさんを向かわせた事かしら。信じてくれたわよ? 私が意図してあの事件を起こしたわけじゃないって」
「僕はそこまで言うつもりはありません。ただ、何故、はやてを止めなかったんですか?」
特別捜査官は本局地上部隊の所属であり、事件の情報を受けた時に本局に居たはやてを止める事は、顔の広い母さんなら出来た筈。
「フェイトには、直属の部下じゃないはやてさんを止める為の根回しする前にはやてさんが地上に降りたって言ったのだけど」
「僕がそれを信じると? 確かに特別捜査官は独立色の強い役職ですが、あなたなら止められた。言葉で止められないなら、圧力でも何でもできた筈です」
「まぁ否定はしないわ。止めようと思えば止められたのは事実。ただ、止めてどうすると言うの?」
僕は母さんが口にした言葉の意図に気づいた。
なるほど。と思う。確かに、今回止めた所で意味はない。
「ヴォルケンリッターをはやてさんから引き離したのは、はやてさんを恨んでいる人たちじゃないわ。彼らは普通の管理局員。ヴォルケンリッターの力が必要な事件が起きたから、力を借りただけ。それはつまり、ある場所で一定規模の事件が起きれば、ヴォルケンリッターがはやてさんから離れざるおえないと知っていたと言う事、それは、当時の本局に居る魔導師を把握していたと言う事」
「内部を知っている人間が関わっていると?」
「間違いないわ。だから止めなかったの。私が今回力づくではやてさんを止めれば、今度は私もはやてさんの傍から引き剥がされるわ。後手後手なのは分かっていたけれど、だから止めずに、次善策としてシグナムさんの所に、本局へ帰港中のあなたのアースラを向かわせ、シグナムさんを任務から外して、任務帰りで待機中だった戦技教導隊のなのはさんとその分隊と一緒に向かわせたの」
言い終わった母さんは疲れたように座っている椅子の背もたれに体重を預ける。 確かに筋が通っている気がするけれど、何となく都合が良すぎる気もする。何より母さんが後手に回ったと言うのが怪しい。この人がヴォルケンリッターを引き離す動きに気づかないなんて。
「ヴォルケンリッターに出動要請が掛かった時点で気付かなかったんですか? 本局に全員が揃っている事なんて中々無い事です。把握していてもおかしくはないでしょ?」
「フェイトは最初にそれを指摘してきたけれど。私は常に本局全体の動きを把握している訳じゃないわ。最初に第18管理世界の市街地に巨大な魔法生物が接近の報が入って、ヴィータさんとリインフォースⅡさんが出動。次に第37管理世界で大規模な火災が起きた発生して、シャマルさんとザフィーラさんに救援要請が掛かったわ。最後に執務官が追い詰めていた次元犯罪者がガジェット・ドローンを引き連れて、執務官と交戦したと言う情報が入って、高ランク魔導師に出動要請が掛かったわ。あの時、本局に居たSランクははやてさんだけ。そのはやてさんもま地上からの研修上がりで、所属は地上だったから手続きに時間が掛かってた。だからニアSのシグナムさんが向かったわ。この時点で、本局の全員が、はやてさんと一緒にシグナムさん達も本局に居た事にホッとしてたわ。最後にクラナガンでレリックらしきロストロギアの報。レリックが臨海空港の原因だって言うのはロストロギアを扱う特別捜査官は知っていたから、だれも行きたがらなかった。まぁ気持ちはわかるけど。そうしてはやてさんは一人で地上に降りたの。私が気づいたのはシグナムさんが出動した辺りだったかしら。貴方ならどうしてた?」
問われて返しに困る。
模範的な回答を求められている訳じゃない。どうするのが最善だったかを問われてる。僕なら。
「……母さんと同じようにするよ」
「あら。随分物分りが良いのね? 婚約した影響かしら?」
「そ、それは関係ないだろう!」
からかわれているのは分かっていても反応せずには居られず、僕は顔を赤くしながらそう言う。
既にペースは握られた。もう真剣な話は出来ない。
「話はおしまい? なら、後でフェイトとエイミィさんも呼んで食事をしましょう。私は幾つか案件を片付けるだけだけど、クロノは?」
「僕も大丈夫です」
「なら、片付いたら連絡して頂戴。あと、フェイトにも連絡をしておいて」
母さんはそう言うと、無駄に張り切って机の端に置いてあった書類に取り掛かる。
僕はそれを見て、そう言えばエイミィが幾つか書類を机に置いていた事を思い出す。あれは帰港の手続きの書類だ。すぐに終わらせないとまずい書類だ。
「では、失礼します。お忙しい所すみませんでした」
「あら? 別にまだ居ていいわよ? 話なら幾らでもあるし、そうだ。緑茶飲む?」
「失礼します!!」
僕は一気にドアまで走って行く。
ここにいてはあの味覚破壊の飲み物を飲まされてしまう。
クロノが部屋を出てからすぐ、私は待機状態にしていた秘匿通信を再度開く。
「すみません。息子だったものですから」
『構いませんが、音声もオフして貰えると、凄く心臓に優しかったんですけどねぇ。息子さんも中々鋭いですなぁ』
画面に映ったのは、小太りで頭皮も薄く、いまいちパッとしない眼鏡を掛けている男性。全くやり手には見えないが、この前のはやてさんの襲撃の際には、地上に降りたなのはさんやシグナムさんを速やかに現場へ誘導し、自身の部隊と共に犯人を後一歩まで追い詰めた人物。管理局地上本部で、レジアス・ゲイズが台頭する以前から現場で指揮を取っている古株。
「そうですね。特に今回ははやてさんが関わっていますから。あの子は三人の妹分には過保護なんですよ。ハルバートン三佐」
『あまり姓で呼ばないでくださると助かります。厳格そうなその姓が似合わないのは自分がよく知ってますから』
ハルバートン三佐はそう言うと、照れたように薄くなった髪を撫でる。
私はそれに対して笑顔で、分かりました。と言うと、若干真剣味を帯びた顔で聞いてくる。この人には私の笑顔は通用しないらしい。まだまだ昔と変わらないつもりなのだけど。
『息子さんにまで嘘をつく必要がありましたか?』
目は中々に鋭い。
英雄の後輩なだけあって、いろいろと修羅場をくぐり抜けてきたのかしら。後方の指揮官の筈なのに、数多の危機をくぐり抜けたような目をしている。
「嘘はついていないでしょ? 実際、気づいたのはシグナムさんが出動した辺りでしたし」
『確かに嘘はついていませんね。ただ、一つ事実を告げていない。前々から、反夜天派の行動が怪しい事を貴女は知っていた。当然、今回の事件も予想していて、幾つか対策も練っていた』
言われた言葉に私は肩を竦める。
敵の作戦が決行された日に気づいたのはシグナムさんが出動した時で間違いないけれど、それで抱いた感想は、罠にハメられた。ではなく、動いたか。である事は間違いない。もっと言えば、敵を罠にハメた気分であった。
一体、どこから情報を持ってくるのか。
私が反夜天派の動きを察知していた事は僅かな人間しか知らない筈なのに。
「広い情報網をお持ちのようで」
『ただの予測です。貴女の反応を見る限りでは当たっていたようですが』
してやられた。
そう思い、私は思わず苦笑する。
はやてさんが地上に居る以上、バックアップは必要と思い、今回の事件で実力を示したこの人に秘匿回線で繋いで見たけれど。
最初は上手く扱えるかと思っていたのに、中々どうして食えない人。
レジアス・ゲイズに睨まれないように、無能を装いながら地上で色々やっているだけあって、この手の話も得意なようね。
「ええ。正解です。どうしてお分かりに?」
『あの事件が起きた時、あなたと繋がりのあるグレアム提督の教え子や友人、あなたの個人的な知り合いである高町二尉や戦技教導隊の隊長、そしてあなたの息子さん。中々揃うもんじゃない人間が偶然揃っていた。怪しみますよ。まぁおかげで部下を死なせずに済みましたが』
全て正解ね。
本局に残っていたのは、はやてさんに好意的な人間ばかり。そしてなのはさんを上手く任務帰りで待機させるように仕向けていたのも事実。
クロノのアースラの帰港タイミングを合わせたのも間違いじゃない。かなり偶然ではあるけれど。
私は最後の言葉に対してだけ答える。
「はやてさんのサポートについていた陸曹の事でしたら、謝罪致します。巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
『気になさらず。あの子が八神はやてと出会ったのは運命なのかもしれませんし。それは置いておいて、この後どうするおつもりで? 流石の貴女もあの戦力で逃げられるとは思わなかったのでは?』
「そうですね。相手の作戦を利用したつもりでしたが……まぁすぐには行動出来ないでしょう。雇っていた傭兵の行動を探れば絞れますし、今は時間を掛けます」
『なるほど。それでしたら、私は八神一尉のバックアップに回る役目をお受けいたします。ただ、二度と囮にするような真似はしないで頂きたいですな』
「分かっています。それでは、また」
私はそう言いながら通信を切る。
最後の言葉は脅しね。次は無いと言う事かしら。
確かに囮のように使ったのは事実。
私としても危険に晒すつもりはなかったのだけど、敵も中々優秀で、思った通りにはいかなかった。なにより、あの一回で一網打尽にするつもりだった。
「クライド……あの子を守るのは大変そうよ」
今は亡き夫に対して、そう呟く。
夫の死は闇の書による事は間違いないけれど、はやてさんが主となったからこそ、これからも続く筈だった悲劇は回避された。だから彼女は守ると誓っているし、何があっても守る。
けれど。
「私は関われたから良いけれど……他の人たちはどう折り合いをつけるべきなのかしらね」
私には分からない。
はやてさんも被害者ではある。けれど、彼女はヴォルケンリッターを残してしまっている。ヴォルケンリッターに大切な人を殺された人たちだっている。そう言う人たちほど、反夜天派に属している。
幼い少女に責任を負わせる事は間違っているとは分かっていても、それでも憎しみのはけ口は必要だった。なにせ、もう闇の書が暴走する事はないのだから。
いっそうのこと、闇の書が未だに暴走していれば、彼らもこのような事は起こさなかっただろうに。
闇の書の暴走が終わり、夜天の書として新たになったからこそ、今、新たな犯罪者が現れた。今まで被害者だった者たちだ。
彼らを捕まえたとして、どう気持ちに折り合いをつけろといえばいいのだろうか。犯罪者として裁くのは簡単だが。
「家族としてヴォルケンリッターを受け入れる代わりに、闇の書事件の全てを受け止める……子供に言わせた時点で私たち大人の負けかしら」
ヴォルケンリッターについて裁判の時にはやてさんが言った言葉。決して軽い気持ちで言った訳じゃない筈。
例え主の命令であっても犯罪は犯罪。だから管理局に所属し、世界への貢献を義務付けられた。それは高ランクの魔導師を手に入れたい管理局の方便ではあるが。
「後は再び敵に回られたら厄介と言う事よね」
ヴォルケンリッターと魔導師として覚醒した時点でSランククラスの魔力と強さを誇っていたはやてさんが敵に回れば、管理局は精鋭を送り込まなければならなくなる。
だからこそ、受け入れられた。そしてそれを受け入れられない人も居る。
私たちの敵はその受け入れられない人たち。そしてその人たちの憎しみ。
気持ちは分かる。更に厄介なのは、犯罪は犯罪と言う言葉を使えば、向こうも同じ事を言ってくる事だ。
捕まえて終わりではない。捕まえた犯罪者に納得を与えるのも仕事の内だ。
「私も表立って動かなきゃかしらね」
とりあえず、今は目の前の仕事を終わらせて、可愛い息子と義理の娘、そしてこれから娘になる予定の子たちと食事を楽しむ事を考えましょう。
私はそうして仕事に取り掛かった。