新暦71年9月3日。
首都クラナガン。北地区。
首都に配属される陸士隊は、陸士隊の中ではエリートと思われているようだが、実際は違う。
地上本部のお膝元であるクラナガンでは、レジアス・ゲイズ中将の徹底戦略による犯罪撲滅が叫ばれており、当たり前だが、部隊の管轄区域での犯罪減少率と検挙率がそのまま部隊の評価へ繋がる。その為、どの部隊も犯罪を減らす為に見回りを増やしたり、実働要員の自由待機を増やしたりしていて、首都配備の陸士に休暇らしい休暇は事実上無い。
そう今のオレみたいに。
「こちら陸士110部隊第二分隊のカイト・リアナード陸曹です! 状況を!」
『こちら陸士203部隊司令部。こちらの管轄区域で発生した強盗事件の犯人がそちらに向かっています。そちらの管轄区域に入った後に確保を』
「了解! 情報をこちらの司令部へ転送してください!」
オレはそう言うと、上は白の七分丈のカットソーにベスト、下はベージュのパンツと言う私服姿で全速力で走りつつ、声を大きくならないように文句を言う。
「管轄、管轄ってうるさいんだよ! クラナガン全体が管轄だろ!」
『相棒。気持ちは分かるがなぁ。みんなラクしたいのさ。お前さん所の部隊みたいに、あちこちに応援回したり、こうやって他の部隊の尻ぬがいを率先してやる方が珍しいのさ』
「そのせいで便利屋扱いだ! 他の部隊は逃げ足が早かったり、ランクが高そうな犯人はウチに誘導してるって噂だぞ?」
『まぁあの部隊長の方針だしな。おかげで常に実戦経験豊富な練度の高い部隊になってるし、日頃の借りがあるから、大きな事件の時には周りの部隊は断れない。良い事だと思うぜ?』
オレはそれには答えない。確かにヴァリアントの言葉は正しい。更に言えば、その方針にはオレも賛成しているし、いつもなら文句は言わない。
けれど。
「今日ははやてが来るって言うから休みにしてたのに!!」
オレは苛立ちを込めつつ、そう吐き捨てるように言うと、司令部から送られてきたデータにため息を吐く。
「魔導師でも無い人間に逃げられるってどう言う事だよ……」
『管轄区域ギリギリの宝石店だったのと、下手に怪我させたら問題ってのもあるか。これは完璧に押し付けられたな』
「気楽に言うな! くっそぉ、魔導師なら苛立ちと共に一発殴って終わらせようと思ってたのに!」
『危ない発言だな。おっ! 見えたぞ。どうする? 手加減して殴るか?』
「バカか! 怪我されても……困る! ヴァリアント! セットアップ!」
『オーライ』
オレの体が光りに包まれ、青を基調としたのジャケットにズボン。そして黒いコートと言う服装に切り替わる。
市街地で人通りの多い中、いきなり服装を、しかも目立つモノへと変えたオレに道行く人々がギョッとした顔をするが関係ない。
前を走る白のタンクトップを着た男へオレは一度警告する。
「時空管理局だ! 前を走るタンクトップの男! 止まりなさい! 止まらない場合は実力行使に出る!」
数秒待っても止まらない為、オレは内心でため息を吐きつつ、右手を男へ向ける。
「ワイヤーバインド」
魔法陣が展開され、蒼いバインドが出現する。
男の胴体に巻き付いたバインドを、オレは軽く引っ張る。
軽くとは言え、魔力で強化されている為、男が体勢を崩す。このまま倒れれば逮捕で終わりだが、怪我をされても困る。
オレはスピードを上げて、男が仰向けに倒れる前に肩を押さえて、一言呟く。
「強盗の罪により逮捕するっと。詳しい話はこれか担当が来るからそれに話をしてくれよ」
後半部分は男が手に持っていた袋を開けながら言う。
中には金や銀の宝石類が入っていた。宝石店から奪ったモノだろう。しっかり調査しなければ分からないが、男の項垂れた様子を見れば、それは間違いないだろう。
オレは短く息を吐き、担当者が来るまでの間、この犯人と何を喋ろうかと考えた。
はやてが襲撃された事件から凡そ三ヶ月が経った。
はやての新しい研修先は陸士108部隊に決まり、指揮官研修の傍ら、密輸品のルート搜索が得意な108部隊の捜査官たちレリックを追っている。多忙なせいでクラナガンには中々戻ってこれず、現在は108部隊の宿舎で暮らしてる。
クラナガンにある自宅には守護騎士たちが住んでおり、何人かは、はやての地上勤務に合わせてクラナガンやその近辺の部隊へ転属になっている。
せっかく家族で暮らす為に買ったのにと、週に二、三回来る連絡の度に愚痴られるが、それをオレに愚痴られても仕方ない為、毎度毎度、オレは対応に困らされている。
あの事件からオレと会うのは二度目。一度目はオレの退院日。
リハビリも兼ねていた為、退院には一ヶ月近く掛かった。それでも割と早いらしく、主治医には回復が早くても無理をしない事と散々言われた。
その時は時間もなくて、会ってお互いの現状とこれからを話しただけ。
つまり、友人らしい事をするのは今日が初めてなのだが。
「待たか……」
『デジャヴだな』
強盗事件の後、はやてに連絡を入れたオレは、クラナガンの北地区。つまり、110部隊の管轄からあまり離れていない所で会いたいと言い、有名な喫茶店で待ち合わせたのだが。
「予定じゃ十一時には着く筈なのに……」
『また迷子の相手でもしてんじゃねぇか? 前と違って飲み物も飲めるし、食べる事もできる。いいじゃねぇか』
「この喫茶店で一人って言うのが気まずいんだ」
前は確かに任務だった為、常に出口を張っていなければならなかった為、飲み物も食べ物も食べれなかった。所詮一時間半程度だった為、飲み物にも食べ物を食べたいと強く思う事は無かったが。。
今回はそれに比べれば、美味しい飲み物もあるし、美味しいデザートや軽食もある。しかし周りの視線が痛い。
オープンテラスの席を取ったのが間違いだった。
時刻は既に十二時半。席についたのが十時半だったので凡そ二時間。
クラナガンでも有名な為、カップルもよく来るこの喫茶店のオープンテラスで二時間。一人でコーヒーを飲んでいるのは流石に人目を引く。
仕事をしててもこの店では人目を引くが、何もしてないのは更に人目を引く。周りからは待ち合わせと映るし、待っている時間を知っている人間からは、完全にデートをすっぽかされた男にしか見えないだろう。
特にカップルの男からの目線がウザイ。その勝ち誇った顔は何だ。
苛立ちが増すが、それは決して表情には出さない。はやてが来た時に明らかにイラついてる顔は拙い。
「ヴァリアント。まだ連絡はつかないのか?」
『何度コールしてもダメだ。まぁ何か事件に巻き込まれたって事はないだろ。今日はユニゾンデバイスと一緒だって言ってたしな』
「それもそうか。ユニゾンすれば高町二尉にだって負けないって言ってたし、分断されなきゃ無敵に近いか」
『まぁあのちびっ子がヘマしなきゃだがな』
「でもあれでオレと階級一緒だぜ? いや、空曹だし、部隊での重要度で言えばオレより上だ。精神年齢はかなり幼いけど、ヘマはしないだろ」
オレはそう言いつつテーブルに置いてあるコーヒーカップを持ち上げようとして、止めた。
何となく聞き覚えのある声が聞こえたからだ。でも直接聞いた事のある声じゃない。通信越しでだ。勘違いの可能性もある。もしかしたら似ている声かもしれない。
本当に嫌な予感が湧いてくる。しかも声が殆ど泣き声だ。
『おい。相棒』
「言うな。多分どこかの子が迷子になってるだけだ。オレは関係ない」
『こっち来てるぞ』
「なに!?」
オレはそこで泣き声がやけに近い事、そして結構な速さで近づいている事に気づく。
拙いと思って、泣き声の方向を見ようとしたが、それは無理だった。
左から来た何かが側頭部に直撃した。それの勢いがありすぎて、座っている椅子の左側が浮く。当然、オレの頭も結構右側に流された。
「リアナード陸曹ぉ! 大変です~! はやてちゃんが! はやてちゃんが!!」
頭に抱きついている小さいのが周りを気にせず泣き喚くので、周りの目が痛いしウザイ。
特にカップルの男の方の、待ち合わせ相手、それ?と言う目はかなりウザイ。今に見てろ。
しかも喚いてる内容的に相手をしなくちゃいけない。
「はやてがどうした? リインフォース」
「はやてちゃんが迷子になったです~!!」
オレの側頭部に抱きついている身長約三十センチの青い髪の女の子。はやてのユニゾンデバイスで、管理局員としては空曹の地位を持ち、はやての補佐を務める女の子。リインフォースはそう言った。
事実なら驚愕だが、おそらく違うだろう。迷子になったのはリインフォースの方だ。
迷子はお前だと言ってやりたいが、それを言えばうるさく否定するのは目に見えてるので我慢する。
オレはリインフォースを頭から剥がすと、テーブルの上に置く。
リインフォースはオレが見下ろすのが気に入らないらしく、テーブルの上から浮かび上がってオレと同じ目線で留まる。
これも視線を集めるが、気にしない。
「連絡は取れないのか?」
「それが……」
リインフォースは背中に背負ってたいたある物をオレに見せる。
それは剣十字のペンダント。はやてのデバイスであるシュベルト・クロイツと夜天の書の待機状態の姿だ。杖であるシュベルト・クロイツには魔法を発射すると言う杖以外の機能はないが、もう一つの夜天の書にはデバイスとしては基本的な通信機能が備えられている為、このペンダントさえあれば連絡は取れる。と言うか、連絡は全てこのペンダントを介して行われている。
それをリインフォースが持っている。リインフォースは小人の姿であってもあくまでデバイスなので、これを持っている事になんの意味もない。
だが、はやてがこれを持っていないのは拙い。なぜならセットアップ出来ない。砲身である杖がない。そしてはやての特徴の一つである多彩な魔法が記憶されている魔道書がない。
はやては現在ほとんど丸腰だ。はやてが覚えている魔法を使う分には何も無くても使えるだろうが、効率は悪く、効果も普段より格段に落ちる。
これは拙い。非常に拙い。
近くまで来れば念話と言う手もあるが、オレははやてがどこに居るかわからない。どこに居るかわからない相手に念話を飛ばすには、まずサーチャーを飛ばす所から始めなければいけないし、遠くに飛ばすには魔力も居る。なによりオレはサーチャーを飛ばすのが得意じゃない。はやてならデバイス無しでもオレを特定して念話を飛ばせるだろうが、オレには厳しい。ここは人が多すぎる。不特定に聞こえる念話をばら蒔けば、すぐに同僚に捕まる。
まぁそれは最後の手段で、今ははやてからの連絡待ちしかない。ここを動けば余計に混乱する。
とりあえず。
「何でお前がそれを持ってるんだ?」
「気づいたら持ってたです~……」
どう言う状況だ。
魔導師が常に持ってる筈のデバイスを気づいたら持ってたって。幾らユニゾンデバイスでも有り得ないだろ。
オレはリインフォースの話をあまり信用しないようにしようと決意して、他の事を聞く。
「どうしてはやては迷子になった?」
「気づいたら居なかったです~……」
それは迷子がよく言う言葉だ。やっぱり迷子はこいつだ。
はやてを心配するリインフォースだが、オレからすれば、こいつの将来とこいつで空曹が務まる管理局の方が心配だ。
オレはため息を吐くと、ヴァリアントを呼ぶ。
「ヴァリアント」
『なんだ? このポンコツの扱いならわかんないぜ? 八神一尉に聞け』
「ポンコツじゃないです~!!」
「聞きたいのは山々だが、連絡が」
『カイト君。今、大丈夫かぁ?』
かなりナイスなタイミングではやてから念話が飛んできた。
オレはヴァリアントにリインフォースの扱いを任せると、念話に集中する。リインフォースにマルチタスクを使うのは馬鹿らしいしな。
『大丈夫じゃない。小さな空曹の相手で手一杯だ』
『やっぱり一緒なんやな。堪忍な。今から行くから待っててくれへん?』
『了解。じゃあ後で』
『うん』
そう言ってはやてが念話を切る。
オレはヴァリアントに言いように言われて若干涙ぐんでいるリインフォースに告げる。
「はやてから念話が来た。こっちに来るってよ」
「本当ですか!? 良かったです~」
『ポンコツに心配されるほど一尉は落ちぶれてねぇよ』
「なっ! またポンコツって言ったですね~!? リインはポンコツなんかじゃないです~!!」
「ヴァリアント。あんまりからかうなよ」
『はいよ。だとよ。悪いがポンコツ、お前さんの相手はここまでだ。後は相棒と喋ってろ』
ヴァリアントはそう言うと黙り込む。
リインフォースは何か言おうとするが、オレがメニューを差し出して遮る。
「リインフォース。何か飲むか? それともケーキでも食べるか?」
「飲むです~」
リインフォースはそう言って、オレがテーブルの上に置いたメニューをじっくり見始める。
オレはゆっくり深く息を吐くと、椅子の背もたれに体重を預けて、リインフォースに聞こえないように呟く。
「まるで子守だ……」
『子供だからな』
音を絞ると言う器用な事をしながら、ヴァリアントがオレの呟きに答える。
リインフォースが未だにメニューを見ている所を見れば、聞こえていないんだろう。
「どれくらい掛かるか聞くべきだったな」
『近いから言わなかったんじゃないか?』
「ヴァリアント、正解や」
「はやてちゃん!」
「リイン。もう、探したで~」
オレは後ろから聞こえてきた独特のイントネーションを持つ女性の声に、背もたれに寄りかかったまま首だけ振り向く。
そこには黒色の七分丈のパンツにピンク色の半袖のシャツと言う私服姿のはやてが居た。近寄ってきたリインフォースに抱きつかれて、笑顔を見せている。
まだまだ気温も高いので季節感的には問題ないが。
「久しぶり。しかし、随分おしゃれだな?」
「お久しぶりや。そうやろうか? 別に普通やと思うんやけど」
そう言うはやては自分の服装を見直しながら言う。手に持ってるカバンは前に言ってたリインフォース専用移動寝室、通称おでかけカバンだろう。
オレには間違いなく気合が入ってるように見えるが、本人的にはそうでもないらしい。
素材が良いからそう思っただけか。はたまた、オレとはやてのファッションセンスに差があるか。
何となく後者な気がする。勿論、オレが下ではやてが上だが。
多分、前者も含んでいるだろう。周りの視線が集まるのが分かる。
さっきまでの可哀想な奴への視線じゃない。嫉妬やら羨望の視線だ。何と言う優越感。
はやてがオレとは向かい側の椅子に座ると、その視線が強まる。先ほどウザイ視線を送ってきた男たちが一様に落ち込んでいる。
勝った。
全くオレの実力では無いが、間違いなく周りの男どもに敗北感を味あわせてやった。先程までの疲れも消えた。今なら幾らリインフォースが騒ごうが気にしない。
「ごめんなぁ。あっちこっち探し回っとったらこんな時間になってもうた」
「はやてちゃん。どうしていきなり居なくなったですか~?」
全くしょうがないとでも言うようなリインフォースの様子にはやては苦笑しながら答える。
「ごめんなぁ。リイン」
『うっかりおでかけカバンをレジに置き忘れてもうてな。お店出る前に気づいたんやけど、リインとすれ違ってもうたんや』
『なるほど。カバンにデバイスを入れてたのか?』
「本当です~。リインははやてちゃんが居なくなったから必死で探したですよ~」
『せやねん。ネックレスを試着しよう思うて、外して入れといたらリインに引っかかってもうたみたいや』
「ほんま堪忍なぁ」
マルチタスクで、リインフォースと喋りつつ、オレと念話で会話していたはやては、最後にそう言う。勿論、オレとリインに向けてだ。意味は違うが。
時計を見ればもうすぐ一時になってしまう。
「昼食どうする?」
「せやなぁ。オライオンに行きたいんやけど……」
距離的にはギリギリと言う所だ。基本的には完全休暇なので、どこに行こうが問題ないが、今日はマッシュ先輩も完全休暇で遊びに行ってるから、110部隊の戦力は低下している。
まぁ分隊長とアウル先輩の手に余る事件が起こるとも思えないし、いいか。
「距離を気にしてんなら、別に構わないぞ……ああ、なるほど」
はやての視線がリインフォースに向いたので、はやてが言い淀んだ理由がはっきりした。
リインフォースを伴って、オライオンに行っても大丈夫かと言う事か。
「問題ないと思う。子供には優しい人だし」
「ホンマか!? ほな早速行こか!!」
はやてはそう言うと嬉しそうに椅子から立ち上がった。